《Page12 掟》 「・・・・」 皆唖然として、十五年ぶりの死神を凝視した。 リュークとはリンゴを餌付けする仲だった松田などは、顎が外れんばかりの顔である。 「おい・・・マジでお前か?」 「俺みたいなのが、人間界に他にいると思えないけどな」 クククク・・・と相変わらず何を考えているのか解らない顔で、リュークが笑う。 「どういうことか、説明しろ。事の内容次第では、俺はこのチームから抜けて、独自で捜査を行わせて貰う」 相沢がニアを睨みつけて言うと、伊出と模木も同じなのか、燃えるような視線をニアに刺した。 「解りました。では説明させて貰います。あの日、YB倉庫で燃やしたあのノートはジェバンニが作成した贋物なんです。 最も、魅上に持たせた贋物の失敗作のほうですがね」 「それは解る。何でそんなマネをしたかと聞いているんだ」 相沢がイラついて急かすと、ニアはそれを気にせずに続けた。 「万一、夜神ライトが持ってきたデスノートが贋物だった場合を想定してのことです。 あの時、本物を持ってくる確率は半々だったので、もし贋物を持ってきて回収し損ねたら意味がありません。 現に、今になって判明したとはいえ贋物でした」 あの時、ニアが取り出した“ジェバンニがすり替えた本物のデスノート”は贋物だった。 夜神ライトが日本のキラ捜査メンバーが保管していたノートをすり替えていて、そのノートを魅上のような人間に手渡している可能性があったから、予防策を張る必要があった。 本物のノートに切れた痕跡が多くあることから、切れ端にも効果があると確信したニアは念のために本物からノートを一枚切り取ってノートに貼り付け、仮に名前を書かれてもそれが本物と思い込むように細工するという念の入れようである。 ニアとしては“夜神ライトがキラと捜査員全員が知り、その上で逮捕、もしくは死亡させればいい”ので、ノートの処分はそれらが終了してからでいいと判断したのだ。 「万一夜神ライトを逃がした場合も考えて、何らかのゆさぶりの材料になると思いました。 ノートは日本に移動してから作った捜査ルームに置いていたんです。 あの後魅上が死に、他にノートが使われた形跡がないことを確認したから夜神ライトが持ってきたデスノートは本物と判断し、今度こそ本当にノートを処分しておしまい・・・になるはずだったんです。 この死神が、私の前に現れさえしなければ」 ニヤニヤと笑うリュークを指して、ニアは林檎を手にとって弄んだ。 「そして、あろうことかこう言い出しました。 『魅上が死んだ今、このノートの所有権はお前に移った。だから俺は、お前に憑く』と」 デスノートのルールの中で、“デスノートを盗まれ、その盗んだ者に所有者が殺された場合、所有権は自動的にその者に移る”というものがある。 この場合、ニアがすり替えたノートの所有権は魅上にある。それを盗んだのはジェバンニだが、それを指示したニアの手元にあるから、ニアが盗んだことになるらしい。 「殺したわけではありませんが、所有者である魅上が死んだのは事実ですので、私に所有権があるそうです」 「で、いったん死神界に戻った俺は、人間界にノートが残ってるって聞いたのさ。だから所有権持ってるこいつのトコに来た」 リュークがニアの持っている林檎を物欲しそうに眺めながら言うと、ニアは不愉快そうに林檎にフォークを突き刺しながら続ける。 「それだけなら、『ああそうですか、今からノートを燃やすので短いお付き合いでしたねさようなら』で終わるハズだったんですが、こともあろうに『まだ人間界にノートがある。でも掟で所有者や場所は教えられない』と言ってきたんですよ」 「え?あ、もしかして捜査本部のノートのすり替えの推理って・・・」 松田が気づいたように言うと、ニアは頷いた。 「実は、最初から知ってたんです。“人間界に他にもノートが存在していた場合、人間にそのノートのある場所や所有者を教えてはならない”そうなんですが、存在することを教えるだけなら平気だとかで教えてくれました。 あと、どういう経緯でそうなったかも」 そしてリュークが語った、ノートの行方はこうだった。たった一言。 「ライトのヤツが、知り合いに渡したんだよ」 「・・・それだけ?」 松田が顔を引きつらせて問うと、リュークは林檎にヨダレを流しながら頷いた。 「だから、前も言ったろ?それは掟で教えられないんだよ。場所と個人名言わないだけでギリなんだよ」 確かに十五年前、リュークがノートを捜査本部に持ち込んだ時も同じことを言っていた。 「けどお前、ウソを言うことがあるからな~。裏表紙の“How to use(使い方)”の件もあるし」 疑り深そうに言う松田に同感なのか、探るような目つきを一同が投げつける。 「あれはライトが『面白いモノが見れるから』って言うから、そうしただけだ。実際、面白かったし」 飄々として悪びれずに言うリュークに、皆の視線が剣呑になる。 この死神は面白いモノが見たいという理由で人間界に降り、デスノートという禍々しいアイテムを人間界に広めたのである。 はっきりいえばこいつが元凶なので逮捕すべきだろうが、銃で撃ち抜いても死なない、手錠や檻で拘束出来ない死神を逮捕なぞ出来るハズもなし。どれほどイヤでも彼を手元に置いて、捜査に役立てるすべを考えるしかないのだ。 「で、今回デスノートの存在を教えた理由もソレだ。またノートの奪い合いで面白なモノが見れると踏んだんでな」 「・・・だそうです」 ニアがぽいっと林檎を背後に放り投げると、リュークはそれを追って手に取り、バクバクと食べ始める。 「私がノートを処分しなかったのは、リュークを手元に置くためと自分の記憶を飛ばさないためなんです」 「・・・記憶が飛ぶ?どういうことだ」 レスターがたずねると、ニアはリュークから聞いたデスノートのルールを話した。 すなわち、 “デスノートの所有権を失った人間は、自分がデスノートを使用した事等の記憶が一切なくなる。 しかし、ノートを持ってから失うまでの全ての記憶を喪失するのではなく、自分のしてきた行動はデスノートの所有者であった事が絡まない形で残る” という項目である。 「つまり、私がこのノートを燃やしてしまうと“所有権を放棄した”ことになるらしく、当然ノートに関する記憶はなくなるそうです。 もちろんリュークの姿も見えなくなるらしいので、捜査に混乱をきたすことになりますから」 「あ・・・そう言えば言ってたな、ソレ」 松田が思い出したように、ポンと手を叩いた。 夜神粧裕がメロ達によって誘拐された時、キラこと夜神ライトがリュークを使ってデスノートを捜査本部に届けたことがあった。“このノートを使って、メロ達を殺せ”というメッセージつきで。 その際松田が『キラの元に戻れ』と言ったところ、 『それやるにはお前らに俺の姿が認知されないようにするため、一人ずつ所有権を持って捨ててをやらないといけないんだぞ』 と言っていた。 「切れ端でも触れば姿が見えるらしいですけど、記憶までは戻らないそうです。 いちいちまた最初からノートの推理をしたり、貴方達から話を聞くのも非効率的なので・・・所有権を持ちさえしなかったら、問題はなかったんですけどね」 “デスノートの所有権を失うと、そのデスノートに憑いていた死神の姿や声は認知できなくなるが、所有者でないノートに触れた人間には、その持ち主の死神の姿や声が認知され続ける”。 “よって、ノートの所有権のない人間がノートに触れる事で認知した死神は、そのノートの所有権を得て所有権を失わない限り、認知される事になる”。 この二つの掟を聞かされたニアは、いやがうえにもノートを燃やすことは出来なくなった、と言う訳である。 「いや・・・こういうのはどうだ?ニアは今持っているデスノートの所有権を放棄するんだ。 そうすればリュークはもう一冊のデスノートの持ち主に憑くことになり、そいつを捕まれば」 ニアにはリュークは見えなくなるが、他の全員はリュークの姿を認知できる。 かつての松田の『リュークが憑いているのがキラだから、リュークをキラの元に返そう作戦』を実行しようと言う相沢の提案に、伊出が賛同の声を上げようとしたが、ニアは即座に却下した。 「今デスノートを所有していると思われる弥音遠は、外に出ないんですよ?本人が外に出ないと、リュークは見られません。 それに、それが出来るなら弥ミサが生存中にノートがある時点で、そうしていましたよ」 「・・・どういう意味だ?」 「リュークが今、キラ側にあるノートに憑く死神ではない、ということです。 何でもリュークが別の死神に、死神としての所有権・・・つまりノートに憑く死神としての資格を譲渡したとのこと」 「げ・・・!」 「ノートを持っていれば全ての死神が認知できるわけではないそうなので、キラ側が持っているノートに触らない限りそのノートの死神は見えません。 その上弥ミサが持っているのはすぐ解りましたが、所有権を別の人間に渡している可能性もありましたので」 “デスノートを借りた者の方に死神は憑いてこない。死神は、あくまでも所有者に憑く”ので、逆に言えば別の人間にノートの所有権だけ渡し、ミサが所持すればリュークをキラ側につけて目印にしたところで、所有者を出さない限りニア達にはミサに死神が憑いているとは判らないのだ。 「・・・お前、何ややこしいことしてくれたんだよ」 松田は言っても馬耳東風な相手に、苦情を言った。やっぱりというか、リュークはもちろん反省なんぞしていなかった。 「だって、そのほうが面白いと思ったからな」 「その死神の情報を教えるな、という掟でもあるのか?」 相沢がこめかみを揉みながらヤケになったように尋ねると、リュークはあっさり否定した。 「いや、死神に関してはないけど?」 少なくとも俺は知らない、と言うリュークに、ニアは冷静な彼に似合わず、珍しくぎろりとリュークを睨み付けた。 「私は聞いていませんが?」 「だって、聞かなかったじゃんお前」 ケロリとして答えたリュークに、ニアは新たな林檎を手に取りながら尋ねた。 「なら聞きましょう。その死神はどんな死神ですか?今後も林檎の物資を滞りなく受けたいなら、迅速かつ正直に答えてください」 半ば脅すような質問に、リュークはこの世の終わりのような顔を一瞬だけした後、すぐに答えた。 「そいつは新しい死神だ。どういうワケか知らないが、死神になっちまったらしい」 「死神に・・・なった?」 イヤな予感がした一同は、ごくりと喉を鳴らした。それを面白そうに眺めながら、リュークははっきり言った。 「名前はライト。お前達もよ~く知ってる元人間だよ」 あっけらかんと答えたリュークは、呆然とする人間達に向かって手を差し出した。 「ほい、答えたから林檎くれ」 しかし、事実だとすれば余りに重たい答えに驚愕し、誰も応えてはくれなかった。