《Page11 係累》 翌日、レスターが難しい顔で報告書を持って戻ってきた。 「どうしたんですか、そんな顔して」 「何か解ったのか」 相沢も期待と不安が入り混じった声でたずねると、レスターは報告を始めた。 「ああ・・・まず、谷口医院の院長・谷口和利だが、確かに彼は谷口悠里の夫だった。 夫は28歳、妻は37歳の夫婦だが、仲がいいことで近所でも有名だったそうだ。息子がいたが、二年前に誘拐されて殺されている」 インターネットで調べてみると、かなり惨い事件だった。 二年前谷口夫妻の一人息子・谷口吉良(当時三歳)が、甲斐 雄真という男に誘拐され、身代金一千万円を要求するという事件が起きた。 夫妻は要求どおりに一千万を用意したが犯人からその後の連絡は途絶え、捜査は暗礁に乗り上げてしまった。 それから一週間後、吉良はバラバラにされてスポーツバッグに入れられ、遊園地のコインロッカーに捨てられた無残な姿で発見された。 防犯カメラから甲斐 雄真が浮かび上がってまもなく逮捕されたが、彼は精神病院に通っていた前歴があったことや、幼い頃虐待を受けて心理的に成長が出来なかったなどの弁護士の主張がある程度入れられ、無期懲役刑となった。 日本の無期懲役は模範囚なら二十年前後で出てくることが可能である。その後は保護観察つきだが社会に出られるのである。 当然夫妻は激怒し、検察側も告訴したが判決は覆りそうになかった二審の裁判中に、甲斐はキラによって裁かれ、心臓麻痺による死刑に処されたのだ。 「ああ、あの事件か。担当ではなったが、よく憶えている」 捜査が行き詰まって泣き崩れる夫妻の噂を聞いた相沢は、ニアにコンタクトを取って解決して貰おうかと考えていた矢先、防犯カメラのスポーツバッグをロッカーに入れている甲斐が見つかって逮捕されたのだ。 部屋に沈黙が流れ出ると、レスターはこほん、と咳払いをして続けた。 一審の無期懲役刑の判決が出た後に、夫妻はキラに縋って教団に入信。その祈りは聞き入れられたのか、二審の裁判中に息子を殺してのうのうと生きている男は心臓麻痺で殺された。 「夫妻の入団経緯はよく解りました。解ったのはそれだけですか?」 ニアが無表情に問いかけると、レスターは報告を続ける。 「いや・・・谷口悠里が勤めている私立・神光学園は小学校から高校までエスカレーター式の学園だが、まだ新しい学園で二十年程度の歴史しかない。 正確には私立の高校が経営を拡張して、初等部と中等部を開設したようだ」 レスターが入手した机に並べられたパンフレットを見ると、少人数制、英語教育、正しい人格形成を謳った、それなりに知られている学園のようだった。 「東応大学や早稲木大学などの有名大への進学率に惹かれて、高校まで行ける初等部に人気が高い。 その初等部の校医に、皮膚科と小児科の医師である谷口和利が入っている」 「神光学園の初等部といえば・・・弥ライトも所属していますね」 ニアが弥ライトの調査報告書を見ながら指摘すると、松田があ、と声を上げた。 「偶然・・・ってコトはないですか?」 「偶然弥が勤めている病院の医師が偶然弥ライトが通っている学校の校医になり、偶然キラ教団の本部の人間が教師として勤務しているんですよ?まあ、ギリで偶然と言えないこともないですが」 ニアは地図を広げて、神光学園の初等部がある場所に弥ライトの人形と谷口夫妻の人形を置いた。するとレスターが、神光学園の理事長の調査書を取り出した。 「まだある。この神光学園の理事長は元高等部の校長で、父親である前理事長が引退した後に理事の職に就いた。 校長時代からたいそう生徒に厳しいことで知られていて、万引き一回で退学、というのもザラだったらしい。 当時は表立っては言わなかったが、十五年前のキラ事件の時からキラ信者で、今は東京第二支部の責任者だ」 「これでも偶然といいますか、松田さん」 ニアの冷静な言葉に、松田はさらに言い募った。 「しかし、単に同じキラ信者の元が勤めやすいと思ってあの夫妻が勤務先に選んだってことも・・・」 「谷口悠里が神光学園に勤めだしたのはまだキラ事件が起こる前です。谷口和利が校医になったのは今から三年前・・・タイミングが合いません」 う、と松田が言葉に詰まる。 確かに教育大を卒業してすぐに谷口悠里・・・当時は旧姓の城川悠里は神光学園初等部の教師として就職し、それからずっと同校で勤務している。 「幾らなんでも、キラ事件が起こる前からキラに協力など出来るはずがない・・・か」 相沢が納得したように呟くと、伊出が言った。 「じゃあ弥音遠の指示を、弥ライトが谷口夫妻に伝えてるってことか。 神光学園初等部がキラ教団本部ということになるが・・・もしそうなら、証拠を掴むのは難しいぞ」 「今は学校で物騒な事件が相次いだせいで、物凄い警備が厳しいですもんね」 以前は卒業生や近所の人間が気軽に出入りできたものだが、今はインターフォンで用件を告げたり、身分を証明したりしないと入れなくなっている。 しかもこのご時世では当然のことなので、誰も不審には思わない。教師と校医と生徒が喋るのも当たり前のことだし、PTAである弥が校内に入るのも不自然ではない。ヘタに会館などを作って本部とするより、よほどメリットがある。 「考えてますね・・・監視カメラを仕掛けたくても、出入りした者をチェックするんです。すぐにキラ側にバレるでしょうね」 松田が考え込むと、ニアが人形を弄びながら独り言のように言った。 「もしそうなら、自然に校内に入り込む必要がありますね。教師か生徒・・・が妥当ですか」 「言っておくが、全員教員免許など持ってないぞ。弥ミサのマネージャーをやるのとは、勝手が違う」 相沢が“教師になって入り込め”などと言い出さないうちに、そう釘を刺した。 「解ってますよ。英語の講師としてリドナーを送り込んでもいいんですが、向こうがOKしなければ意味がない」 神光学園が受け入れてくれるような人間・・・捜査本部内ではいないだろう。教師として送ると、必ず不審の目を向けられる。 「生徒なら、まだ入りやすいですよね。 帰国子女なら私立の学校に入ってもおかしくないし、弥ライトに近づける上、保護者として捜査本部の誰かを学校に入れる口実も出来る」 「おい、あそこは小学校だぞ!この場の誰が、小学生に見えるっていうんだ?!」 捜査メンバーの中で一番若く見えるのは、いまだにオモチャで遊んでしかもそれに違和感がないニア本人だが、それだって小学生には到底見えない。 かつて初代L・竜崎はキラ容疑をかけた夜神ライトに近づくため、自らライトが入学した学校に入学したが、そこは大学である。 「ワイズミーズハウスから適当な子供を選んで、神光学園に入学して貰います。 幸い日系で、既にケンブリッジ大学に入学できる頭を持った子がいます」 「相手に死神の目がない可能性が高いとはいえ、取引されて手に入れられればそれまでだ。 そんな危険な任務に、子供を行かせるつもりか?!」 淡々と子供を戦場に行かせるも同様の策を言い出したニアに、相沢が強硬に反対した。続けて伊出と松田も反対する。 「幾らなんでも、それはまずいだろう!その子供が捜査本部の手の者だとバレれば、殺されるぞ!」 「そうですよ・・・これは絶対反対です!」 日本捜査員の反対意見に、アメリカ捜査員も同意した。 「さすがに、それは乱暴だ。子供を使うなど、捜査員として恥なことは賛成できんな」 「同感です」 レスターとジェバンニ、おそらくリドナーも同意見となるのが目に見えたため、ニアの提案は日米共通の議決法・多数決で却下された。 しかし、ニアは言った。 「顔を見せなければ、名前は見えないんです。送り込む子供の顔を隠せばいい」 「何言ってんですか。学校にフルフェイスのヘルメットかぶっていけとでも?」 松田が呆れたように言った。 学校にそんな姿で登校する子供・・・イジメに遭うこと必死だし、まず学校側も受け入れ拒否するだろう。 「まさか」 ニアはバカにしたように否定すると、二代目ワタリことロジャーに何やら指示を言った。 「ワタリ,ワイミーが開発した変装用マスクとメイク用品を、至急用意して下さい。それとサラと話をしたい」 「サラを、ですか?・・・解りました。すぐに手配します」 ワタリはさすがにいい顔をしなかったが、了承して部屋から去った。 「変装用マスク・・・」 相沢がなるほど、と言いたげに呟いたが、すぐに反対した。 「しかし、それが死神の目に有効とは限らない。百%の安全が保証されない限り、断固反対する」 「そうですよ!だいたいそんなのがあるなら、もっと早く出してくれれば・・・」 松田がやや見当違いの文句を言ったが、皆無視した。 「このマスクは作るのに時間がかかる上、物凄くコストがかかるんです。一個作るのに一ヶ月、一千万くらいでしたか」 「・・・・」 「確かに顔は露出されませんけど、不安はありますね。ですから、事前に効くか確認すべきでしょう」 「確認って・・・誰も死神の目なんて持ってませんよ。 ってか、そもそもデスノート自体ないですから、死神もいませんので死神の目なんて取引できません」 松田が突っ込むと、ニアが彼には珍しく言いにくそうに頭を掻いた。 「実は・・・あるんです、デスノート。死神もいます」 「へぇ~、あるんだ。じゃあ安心・・・ある?!」 松田が驚愕の顔で叫ぶと、相沢や伊出、レスターも口をあんぐり開けている。ジェバンニだけが、申し訳なさそうに日本人から目をそむけた。 「もう隠れてなくていいですよ・・・死神リューク」 ニアが天井に向けて言った途端、天井から人ではありえない身長を持ち、大きな目と耳まで裂けた口をニヤつかせた異形の存在・・・死神が舞い降りた。 「よぉ、久しぶりだな」 彼の名はリューク。 全ての始まりのノートを、この人間界に持ち込んだ死神である。