《page49 出発》 サラと松田とロジャーが乗った飛行機は、後は離陸を待つばかりだった。 三人が乗った時は乗客は殆どいなかったが、今は満席状態である。 明後日にはクリスマスとあってか、飛行機の中にあるメディアにはクリスマスソングが並んでいる。 サラは窓際の席に座りながら、月を見ていた。 「月(ライト)・・・」 ぽつんと呟いたサラに、松田がああ、と小さく笑う。 「変わった名前だろ? 僕も初めて聞いた時は、驚いたよ・・・あの次長がさ、そんな名前を息子に付けるなんて」 生真面目と言っていい夜神 総一郎が、長男に付けた名前。 暗い空を照らす光になれと願いを込めたと、松田は聞いたことがあった。 「まだキラ事件が起こる前に会った時にさ、ライト君は次長みたいになるって言っていたんだ」 父が付けたように、犯罪被害者の心の闇に灯る存在になれればいいと、その時のライトは穏やかに笑いながら言っていた。 だけど、現実に彼がなった光は、暗い夜を鮮血で染める赤月だった。 キラ・・・漢字を当てはめれば綺羅という、意味の異なる光。 「・・・デスノートさえなかったら、ライト君はキラにならなくても、そんな光になれたはずなんだ。 全部リュークのせいなんだ。あいつさえいなけりゃ・・・」 次長も言っていたではないか、『悪いのはキラではなく、人を殺せる能力』だと。 松田は心底からリュークを呪ったが、ライト自身を嫌う発言はしたことがない。 デスノートを所有していないライトと年が近かったせいで、一番仲が良かったせいだろう。 年下だけど、一番尊敬出来たのが夜神 ライトだったと、松田は言った。 「サラ・・・この期に及んで言うのも、諦めが悪いだろうけどさ。 僕は思うんだ・・・もしかしたらライト君、本当はキラになった自分を止めて欲しかったんじゃないかって・・・」 「え?」 サラが驚いて松田を見つめると、彼は真剣に続ける。 「リンド・L・テイラーを殺したのは、確かに負けず嫌いの面からだと思うよ。 でも、その後Lの挑発に乗ったり、FBIを殺したりして、わざわざLを自分の所に誘き寄せるような真似をしてるだろ?」 「・・・・」 もし、本当に新世界の神とやらになるつもりなら、夜神 ライトが取った行動は明らかに愚かである。 デスノートという人外の道具があるのなら、このままLがどんな手段を取ろうとも、黙ってデスノートに名前を書き続ければそれで良かったのだ。 FBIの尾行を無視すれば、それだけで自分が特定されることはなかったはずだからだ。 そう・・・ライトの最終目的を果たすには、むしろLを相手にしてはならなかったのだ。 「僕でも解るようなことを、あのライト君が解らなかったはずはない。 ニアの事でもそうだよ・・・彼を殺そうとせずに放っておいたら、ニアだってライト君をキラだと断定することは出来なかったんだから」 ライトを逮捕出来ないのなら、ライトはやはり黙ってデスノートに名前を綴ることが出来る。 奇しくも松田は『キラが活動出来ないようにすれば、僕達の勝ち』と言ったが、逆に言えば『自分が逮捕されなければ、夜神 ライトの勝ち』でもあったのだ。 「・・・だからライト君はきっと、心の底では止めて欲しかったんだよ、自分を。 僕がそう信じたいだけかもしれないけど、それでも僕はそう思う」 「いいえ、松田さん。貴方の言うことは一理あると思います」 サラが優しい口調で同意した。 弥 キラが、自分に不利な情報を伝えにやって来ていた。 そのことを知らなかったのかもしれないが、あの計算高いライトが無意味な行動をするはずはないと、サラは思う。 となれば、松田の言うとおり、どこかで自分を止めてくれるだろう存在を欲しているのではないのか? だからこそ、最も厄介な存在であるLの後継者(じぶん)を生かしておいたのではないだろうか。 ならば、やはり自分のするべきことは変わらない。 「もしそうなら、私はなおさら頑張ってデスノートを無効化する方法を探さなくてはなりませんね」 サラは小さく笑みを浮かべると、自分のバッグを見つめた。 その中に入っているのは、死をもたらす絶望であると同時に、希望でもある黒いノートの分身。 「うん、そうだね。 僕も出来るだけの事は手伝うから、一緒に頑張ろう」 松田がサラの手を握りながら言うと、ちょうどアナウンスが流れ出した。 「ご搭乗の皆様、大変お待たせいたしました。 ヒースロー直行便506便、間もなく離陸いたしますので、シートベルトをご確認下さい・・・」 そのアナウンスが聞こえてきた瞬間に、松田は慌ててサラの手を放す。 「あ・・・ごめん、その・・・」 「いえ、お気になさらず」 慌てる松田がおかしかったのか、サラは苦笑した。 ふと窓の外を見ると、飛行機がゆっくりと動き始めた。 サラの険しい視線の先には、先ほど自分がそのキラの後継者と話したロビーがあった。 (私は必ず、戻ってきます。 デスノートを無効化する方法を見つけて、キラを止める・・・!) 「僕が冤罪なんて起こさない優秀な警察官になったなら、サラは僕を見てくれるかな・・・」 サラが乗り込んだ飛行機をロビーで見つめながら、キラは呟いた。 そしてすっと椅子から立ち上がると、今まさに飛び立とうとする飛行機を背にして歩き出した。