《Page46 神話》 「死神の物語?サラ、これは?」 相沢がその本の表紙を見つめながら問うと、サラは真剣な面持ちで答えた。 「これはニアの部屋から見つかった本で、世界各国の死神にまつわる話を集めたもののようです。 加えて彼のパソコンにも、これについて調べた形跡がありました。 読んでみたところその中に一つ、興味が引かれるものがありまして」 そう言ってサラは、そのとある国で伝わっているという民話についての概要を語った。 はるか昔に、人間の青年に恋をした死神がいた。 その死神は彼と離れたくなくて、愛の証として自分の力を与えた宝物をその青年に手渡し、常にその傍らにいた。 しかしある日、その国で戦争が起こってしまい、青年は兵士として戦場に行くことになってしまう。 死神は必死で止めたが、青年は決まりだからと言って出征の準備をしていた。 それを見た死神は、戦争がなくなってしまえばいいのだと思い、戦争を起こした人間をその力で殺してしまった。 戦争はなくなったが、以後その死神は青年の前から姿を消した。 たった一つ、死神からの贈り物を残して・・・。 「・・・たまに聞く、人間と神様や精霊との悲恋ってヤツだよね? あんまり珍しいとは思えないけど」 松田が首を傾げると、サラはその物語のページを開きながら言った。 「この話・・・似ていると思いませんか? 夜神ライトとレムという死神に・・・」 「・・・何だって?」 相沢達は正直忘れかけていた存在である死神の名前を言われて、眉をしかめた。 火口に憑いていた死神で、彼がおそらくは夜神ライトに殺された後、大人しく捜査本部について来たものの、肝心なことは何も話さなかった白い死神。 竜崎と初代ワタリが死んだのと前後して、姿が見えなくなってしまっていた。 「聞けば初代Lは、死神の目を持っている弥 海砂とは火口死亡後は会っていないそうですね。 だとすれば目の取引はしていなかった夜神ライトが初代Lの名前を知る機会はなかったし、何より皆さんも彼がノートを使っているところは目撃していない。つまり、彼が初代Lや初代ワタリを殺せるはずがありません」 「では、誰が・・・あ、レムか?!」 話の流れから答えを出した松田が叫ぶと、サラは頷く。 「そうです。その死神なら初代Lの顔を見て自然に名前を知っていたでしょうし、壁を通り抜けて初代ワタリの元まで行くことも可能です。 おそらく夜神ライトは、初めからレムに二人を殺させるつもりだったのではないでしょうか」 いったん所有権を放棄し、レムに適当な人間にデスノートを渡させて裁きをさせ、それを自分が捕まえて偽のデスノートのルールを確認させ、自分とミサを無実にさせる。 「しかし初代Lがそのルールの検証を行ってしまえば、逆に夜神ライトへの疑いが強まりますから、そうなる前にレムが殺したと見るべきでしょう。 そしてこのシチュエーションは、この民話と似ているんですよ」 人間に恋した死神は、青年を戦争に行かせたくなくて戦争の首謀者を殺した。 レムは夜神ライトを追い詰める初代Lを、偽のルールが暴かれる前に殺した。 「どちらも死神が傍観していた場合、青年は戦争で死んでいた可能性が高いですし、夜神ライトは偽のルールが嘘と解ってしまい、当然また監視下に置かれることになるでしょう。 当時裁きをしていたのは弥 海砂でしょうから、彼女も拘束されて今度こそ逮捕ということになるのも、時間の問題だったと思われます。 そうなったら、大量殺人犯である以上、夜神ライトは死刑・・・」 「それは、そうだろうな」 相沢が苦渋の表情で同意すると、サラは言った。 「言い換えれば二人の死神は、“死に直面していた人間を救うために、人を殺した”ということです。 そしてその行為を行った後、どちらも姿を消していることまでも同じです」 さらに、残された死神の宝物。 これもまた同じである。 夜神ライト側が持っていたデスノートの数が、それを示している。 まず、リュークから夜神ライトに手渡されたデスノート。 これは後に火口の手に渡り、彼が死んだ後は誰にも使われないよう捜査本部で保管し、メロ率いるマフィアに奪われ、最後に元の持ち主だという死神が持って帰っていた。 第二のキラが持っていたデスノート。 まず弥 海砂の手に渡り、その後は夜神ライトが持っていたが、マフィア事件の際にリュークが捜査本部に持ち込み、夜神 総一郎が死亡して以降は捜査本部が保管(実際はすり替えられていたのだが)していた。 「しかし実際には、もう一冊ノートが存在して魅上 照の元に送られていました。 死神が人間に手渡したノートは二冊しかないことを考えると、数が合いません」 「ふむ・・・では、三冊目のデスノートの入手経路は・・・まさか」 相沢がごくりと喉を鳴らした。 「ライト君も言っていたな。『死神もまれに死ぬことがある』と・・・」 「はい・・・レムの、デスノートと思われます。 おそらく、“死神は人間を助けるためにデスノートを使うと死ぬ”のではないでしょうか。 だからこそ死神大王とやらは死神界と人間界を断絶し、人間に深い感情を抱かせないようにしたのではないかと思うのです」 夜神ライトの死神についての講義を思い返しながら、サラは続ける。 「実際、リュークの性格から見ても、あのYB倉庫で夜神ライトが追い詰められた際に助けなかったというのが、少し奇妙に感じました。 リュークは刺激を求めて、人間界に降りた。 しかし夜神ライトが負ければデスノートは焼却され、自分は再び退屈な死神界に戻らなければならなくなるのです。 それを失望したというだけで、簡単に退屈しのぎの種が壊れるような真似をするものでしょうか?」 「・・・サラの仮説が正しければ、リュークがあの日ライト君を助けたらリュークは死んでいたってことになるよね?」 「退屈しのぎも、命あっての物種だからな」 相沢と松田が頷くと、サラはそれを裏付ける推理を続けた。 「今回の件にしてもそうです。 夜神ライトはわざわざ自分の配下の人間に指示して、ニア達の名前をデスノートに書かせていました。 ニアが神光学園に来たのなら、自分で名前を書くのが一番成功率が高かったにも関わらず、彼はそれをしなかったのです。 デスノートを所持している弥一家の容疑が固まれば、一家全員超法規的な措置で極秘に死刑、という可能性があったことを踏まえると、例え自分が仕向けたことであっても、彼があの時点で手を下せば死に直面している人間を助けたことになる」 「それは、ニアの持っているデスノートが本物かどうか疑ってたからだってライト君が・・・」 「・・・夜神ライトはデスノートの回収を死神大王に命じられていたと、リュークが言っていました。 つまり、彼はニアがいなくなっても、デスノートの在り処を死神大王から聞くことが出来たのです。 事実彼は、ニアが持っていた以外のデスノートの回収も行っていたようですし・・・だから何冊ものデスノートが、彼の手元にあったのでしょう」 「何だって?」 松田が叫ぶと、サラはパソコンを操作して弥 海砂や弥 夏海が行ったキラ教団の布教活動のルートを示し、そのうちの一つをアップにした。 「・・・おい、この国って、この民話の国じゃないのか?」 相沢が題名の下に書かれていた民話の舞台になった国名を見て、呻くように尋ねた。 「そうです。この国で、博物館に展示されていたノートが一冊、行方不明になっています。 それから二週間後、館長は責任を感じて自殺していることから見て、彼がデスノートでノートを持ち出させられた後、殺されたのでしょう。 夜神ライトがデスノートの在り処を知る手段がないなら、回収など出来る筈がない。 となれば、何かと邪魔をするニアさえいなくなれば、適当な人間を操ってデスノートがあると思われる場所に向かわせて回収するなり、建物ごと燃やすなりすればよかったはず」 小さな国に伝わった民話、そしてその国で保管されていたノートの紛失と、それに関わったと思われる人間の変死。 その民話の、恋した人間を救うために力を使い、宝物を残して死んだという死神。 夜神ライトに都合のいいタイミングで初代Lと初代ワタリを殺し、姿を消した死神・レム。 大事な退屈しのぎの道具である人間を助けなかった死神・リューク。 そして何故か、自分では一切デスノートに名前を綴らなかった死神・夜神ライト。 「状況証拠だけなら、サラの推理は固まっているが・・・」 「もしそうだった場合でも、夜神ライトを殺すのは難しいでしょう。 何故なら夜神ライトはこの事を知っている可能性が高いので、自分が情を持っている人間に危険が迫った場合、他の死神に頼んで殺させるなどの処置を取るでしょうから」 さらに言えば、この策を取る場合、最低でも一人は夜神ライトに殺される必要がある。 だがキラである彼を倒すことが出来るなら、自分が人柱になっても本望だと相沢達は思ったが、推理した当の本人が首を横に振る。 「すみません・・・こんなこと、出来るわけないですよね」 サラが申し訳なさそうに謝ると、相沢が首を横に振る。 「いや、君の推理はどれももっともなことだ。 死神が死ぬ方法、か・・・難しいな。 俺達のうち誰かが犠牲になって弥一家を襲っても、ライト君自身がそいつを殺すとは思えないしな」 相沢が沈んだ声でうなだれると、松田が前向きに明るく言った。 「でも、デスノートを無効化する方法・・・それがあるってことが解っただけでもいいですよ。 それさえ解れば、ライト君だって裁きのしようがなくなるんだから」 デスノートを無効化する方法を見つけ出し、それを全世界に公表して実行するよう呼びかける。 そうすれば死神達は人間を殺すことが出来なくなるから、当然夜神ライトも裁きが出来なくなり、キラは終わる。 「キラを活動出来なくしてしまえば、僕達の勝利です。 何もキラを倒すだけが、勝つ道じゃない」 松田の言葉に、サラは強く頷いた。 「私も同感です。 そのためにも、必ずデスノートを解析し、その方法を見つけ出してみせますよ」 「・・・いつも君にばかり負担をかけてしまって、済まない。 出来ることがあったら、何でも言ってくれ」 相沢が己の無力さを噛み締めながら言うと、サラははい、と小さく笑う。 それを見て、相沢は一つの決意を固めた。 (彼女がデスノートを無効化する方法を見つけたら、当然実験が行われるだろう。 サラのことだから、自分で自分の名前を書いて試そうとするに違いない。 だが、そうはさせない。 その時が訪れたら、最初に書くのは俺の名前だ) 「・・・サラ」 「はい、何でしょう?」 「もしその方法の目星がついたら、俺達に真っ先に知らせてくれ。 実験に立ち会いたいから・・・」 相沢の頼みに、サラはもちろんです、と了承した。 「私一人でやって、万が一失敗だったら困りますから。 むしろ私からお願いしたいくらいですよ」 そう微笑むサラを見て、相沢はそうか、と安堵の息を漏らした。 サラがもし、デスノートを無効化する方法を見つけられたなら。 その方法を聞き出して、彼女自身が実験する前に自分がそれを実行し、自分で自分の名前を書く。 そしてそれが成功したなら、それを自分一人で公表する。 きっと公表した自分を、キラ信者を使ってライトが物理的に殺そうとするだろうが、それでもいい。 これは自分の役目なのだ。 サラが言ったとおり、これは小さな希望だった。 彼女がこれからの一生をかけてデスノートを分析しても、何も解らないかもしれない。 解ったとしても、その方法は全世界の人間が実行できるとは限らない。 それでも、人ならぬ身となったキラを止めるには、どうしても必要だった。 相沢、模木、松田、そしてサラは同じ思いを胸に灯していた。 ほんの少しでも希望があるなら、それに向かって進んでいこう。 自分達は、生きているのだから。