《Page43 始末》 「ニ、ニア!」 目を閉じて動かなくなったニアに相沢が駆け寄り、ニアの胸に手を当てて呼吸の有無を確認すると、小さく首を横に振った。 同じくリドナーの横に跪いて同じ確認をしていたサラも、泣きそうな表情でやはり首を振る。 「よくも、よくもLを・・・!リドナーさんを・・・!」 悔し涙を流すサラを無視して、ライトはまるでネズミを見下ろす肉食獣のような目で四人を見下ろしながら問いかけた。 「さて、どうする?一番邪魔なニアは死んだ。 残るは相沢、松田、模木、そしてサラのお前達だけだが」 「どうする・・・って」 松田が戸惑いながら反問すると、ライトはにやりと笑みを浮かべた。 「これから僕が取る行動を教えてやるよ。 まず、夏海と神崎にはデスノートの所有権を放棄させる。 これで二人にはデスノートを使って殺人をしたことどころか、その存在を忘れる。 そして谷口夫妻にはL達を始末したことを伝え、帰宅させる。 その後は普通にキラ教団本部の人間として、布教活動に勤しんで貰う。 ああ、この二人にはデスノートのことは一切教えていないから」 先ほどライトが言ったとおり、これでは弥 夏海と神崎を逮捕しても、間違いなく無罪が確定する。 逮捕出来るとしたらサラを誘拐したことに加担した谷口夫妻だが、全てを白日の元に晒す場合、サラに未成年の身でキラ捜査をさせたことが世間に知れ渡り、相沢達はまずい立場に置かれることになるだろう。 つまり、これから自分達が出来る限りのことをやろうとすればするほど、キラ社会はますます隆盛を極めていくということだ。 どこまでも狡猾なライトに、相沢達はカチカチと歯を鳴らして怯えた。 「安心していいぞ?さっきも言ったが、お前達は殺さない。特に、まだ子供のサラ嬢はね。 きっと世間は未成年者を捜査員にした挙句、キラが深く関わっていると解っていた場所に行かせたLを、さぞ強く批判するだろうね。 そして自分に逆らった者はことごとく殺したキラ・・・未成年者には手を出さなかったことを、どう受け止めるかな」 「うっ・・・!」 未成年者だからではなく、その必要性がなかったから殺さなかっただけとはいえ、世間、特にキラ崇拝者達には『キラは自分を捕まえようとした者でも、子供を裁くようなことはしない』と好意的に受け止めるだろう。 そのように世論を持っていくことくらい、ちょっとマスコミや雑誌関係者を動かせば簡単なことだ。 ましてや仮にも犯罪者を捕まえる役目を持つLが、子供を使ったという事実と比較されるとあっては、なおさら。 「そしてキラはこのまま普通の学校生活を送って貰い、成人した暁には警察庁に入って貰う。 犯罪者を裁くのは僕の役目だが、そのためには犯罪者を捕まえて貰う必要があるからな。 必ず冤罪など起こさない、優秀な警察官になるだろう」 誇らしげにキラを見るライトのそれは、かつて彼の父・総一郎が、ライトを自慢する時のそれに酷似していた。 息子は必ず、私を超える警察官になるだろう。親馬鹿と言われるかもしれんがな』 いつもは厳しい表情を崩さなかった上司が、息子のことを語る時だけは笑みを浮かべていた。 確かに総一郎のあの台詞は親馬鹿の成分が混入されてはいただろうが、客観的に見ても十分、その通りだった。 間違いなくライトは親のコネなどなくとも実力で昇進し、警察庁のトップになっても誰も驚かなかっただろう。 デスノートなどという禍々しい代物が、総一郎の息子を大きく変えさえしなければ、ライトにはその名にふさわしい、輝ける未来があったはずなのだ。 それらを思い返して、相沢、松田、模木はやるせない気分になった。 「僕は警察庁のトップになって犯罪者を逮捕し、キラとして裁く予定だったけど、僕が死んで死神になった以上、犯罪者を捕まえるのは生きている人間に任せるしかないからね。 幸いキラも、僕が言わずとも警察官になる夢を持っていてくれたことだし」 それを聞いた相沢は、黙って父の傍で立っているキラに、震える声で尋ねた。 「君は、それで納得しているのか?こんな、恐ろしい計画に加担するなど・・・。 君は、ライト君がやり過ぎていると思っているんだろう?」 キラはその問いに、淡々とした口調で答えた。 「・・・始めはただ、死んだ父さんに憧れて警察官になるって言っていただけだったんだ。 でも谷口先生の事件が起こって、先生が泣いているのを見て、その思いは強くなっていった。 そして、母さんの両親が殺されて、警察がそれを歪んだ形で処理しようとした事件を知って、僕は父さんが必要だと感じた。 とどめはあなた方が母さんを拘束し、拷問まがいの尋問をした上に図々しく捜査協力までさせたことだったかな」 「・・・・」 「僕だって警察官を志す以上、犯罪者以外が死ぬのを見るのはいい気分じゃない。 それに、違法捜査を平気でやるLも好きじゃなかったから、Lを始末するのには賛成だった。 あいつさえ殺してしまえば、父さんは犯罪者を裁けばいいだけなんだし、他に犠牲が出ることはない。 父さんはL以外の反キラ派は、テロ行為でも起こさない限り殺す必要はないと言っていたからね」 確かにライトは、ニア以外の公然と反キラを唱えていた人間は、誰一人として殺してはいない。 キラ全盛期でも、極数名がキラを否定していたが、彼らが殺されることはなかった。 自分に対して否定する論議は結構、しかし直接邪魔をすることは許さない、というスタンスを貫いていたのだ。 「もうこれで、犯罪者以外が父さんによって殺されることはない。 そして犯罪が今よりは極端になくなった世界で、みんなが穏やかに暮らせる。 僕はこれでいいと思ったから、父さんに協力したんだ」 つまりキラは、Lと父どちらを支持するかと考えた結果、父を取ったということのようだ。 キラは決して、父親だと言う理由でライトに加担したのではなく、自分で考えて行動したのだと。 相沢が黙り込むと、ライトはふっと満足げに笑いながら、今度はネオンに視線を移す。 「ふふ、さすがは僕の息子だよ、キラ。 ネオンは僕の都合で学校を行くのを我慢して貰ったが、今後は普通に神光学園の中等部に通って貰う。 今まで僕が個人授業をしてきたから、そこらの中学生よりよほど学力はあるけど、社会生活を学んで貰わないと」 「やった、ネオン学校に通えるんだ!」 初めて小学校に通う子供のようにはしゃぐネオンを、ライトは穏やかな目で見つめた。 「成長したら、ネオンにその意志があればキラ教団の教母になって欲しいと思っている。 キラの思想を広めてくれれば、僕は嬉しい」 「うん、もちろんネオンやるよ~♪ ママみたいに立派なパパの代弁者になるの、ネオンの夢だもん!」 目をキラキラ輝かせて即答するネオンに、ライトは笑いかけた。 「そうか、そう言ってくれると僕も安心出来るよ。そして、最後に僕だ」 ライトは娘に向けるのとは真逆の表情を、相沢達に向けた。 「僕は死神界と人間界を往復し、死神界では死神達を統率し、人間界ではこれまで通り裁きを行う。 死神になってからすぐに人間界に来てしまったせいで根回しもすんでいないから、時間がかかるだろうけど」 ライトの計画、それは死神達に犯罪者や犯罪予備軍などを見つけて、殺させることだ。 死神達に新たな掟を作って遵守させ、犯罪のない新世界を創るのだと、ライトは勝ち誇った笑みを浮かべた。 「さて、もう夜も更けたことだし、お前達にはそろそろお引取り願いたいね。 もう決着はついたんだ」 「ライト君・・・」 松田の呻くような問いかけに、ライトは冷や水を浴びせかける。 「お前達と、語るべき言葉はもうない。 ニアとリドナーを連れて、さっさとここから去れ。 僕を止めたいなら、それなりの実力を身につけてから来るんだな」 ライトの冷たい台詞に、松田は目を大きく見開いた後、諦めたような表情でのろのろと立ち上がり、床にへたり込んだままのサラを抱き上げた。 サラは泣きそうな顔で松田の顔を見つめた後、掠れた声で言った。 「・・・戻りましょう、皆さん。 このままここにいても、どうにもなりませんよ」 「サラ・・・」 「悔しいのは解りますよ、相沢さん。でも・・・」 「解った、そうしよう・・・」 サラの言うとおり、このまま体育館にいても全くの無意味だった。 ライトとしてもこれから今回の策に使った金庫や、保健室の割れたガラスなどの処理があるので、いつまでも相沢達に居座られると困る。 デスノートに名前を書かれたいか、と視線で脅すライトに追われるように、相沢がニアを、模木がリドナーを抱えて歩き出した。 一同が重い足取りで体育館を出たその瞬間、背後から哄笑が響き渡る。 それを無言で聞きながら相沢達が体育館を出ると、谷口 悠里がじっとこちらを見つめて立っていた。 彼女は青ざめてはいたが無事なサラの姿を認めるとほっと安堵の息を吐き、小さく礼をしてマイク付きヘッドフォンを操作し、誰かと連絡を取り始めた。 それらを視界の端に捉えながら、いつの間にか警備員がいなくなっている校門を出て、車に乗り込む。 まずサラを車に乗せると松田を残し、ニアとリドナーを寝かせて腹部に両手を組ませて横にした後、相沢と模木はレスターを回収するため、校長室にやって来た。 校長室の中では、トロフィーが散乱している床の上で、悔しいと顔全体で物語っているレスターの大柄な身体が、心臓を押さえて倒れていた。 「レスター・・・すまない」 相沢が小さく呟くと、模木は少しの黙祷を捧げ、二人で協力してレスターを運び出す。 車まで戻ると、サラはレスターから一瞬だけ目を逸らしたが、彼女はニアとリドナーの横にレスターを寝かせるスペースを空けるため、松田の膝に座った。 これが普通の日常でのことなら、真っ赤になって狼狽するであろう松田も、無言でそれに従った。 相沢がハンドルを握り、助手席に模木が、後部座席に松田とサラ、そして物言わぬ身体となったニアとリドナーが横たわっている。 神光学園に行く時も無言だったが、それ以上の重苦しい空気が、彼らを支配していた。 初代Lが作ったビルに到着した一同は、やはり無言で捜査ルームに戻ると、最初に現れた松田とニアを見て、慌てた足取りで二代目ワタリことロジャーが走り寄って来た。 「ああ、サラ、よく無事だったな。 ということは、無事にキラ・・・は・・・」 勝ったと思って喜色を浮かべかけたロジャーの表情が、相沢に抱えられたニアの姿を見て凍りついた。 「ニ、ニア?こ、これはいったい?」 目が閉じられたニアの死体に続き、リドナー、レスターと自分で歩くことなく戻って来た捜査員達に、ロジャーは震える声で尋ねた。 「・・・キラは、どうなりました?」 せめてキラだけは止めることが出来たと、そう聞きたかった。 ロジャーは子供嫌いではあったが、それでも長年面倒を見てきた子供達は、それなりに大事に思っている。 ましてやワタリとして十年以上も共に様々な事件と戦ってきたニアとあっては、なおさら。 そのニアが死んだのだ、キラを仕留められなかったはずはないと、ロジャーは信じた。 だが・・・。 「・・・畜生」 「ミスター相沢?」 「畜生ー!!!」 相沢は床にへたり込むと、力の限り拳を固い床に向かって何度も何度も叩きつけながら絶叫した。 相沢の涙を流しながらの叫びに、ロジャーは自分の望んだ答えは返ってこないことを知った。