《Page39 仕掛》 「まず、お前がサラに命じて燃やさせるはずだったデスノート・・・あれは二冊とも贋物だ。 ただし、中身はただのノートで出来ているが、表紙は間違いなく本物という特殊な贋物だが」 「何だと?!」 驚く捜査員達に、ライトはニヤリと笑う。 「ついさっき言っただろ?ニアが持っていた贋物のノートの逆さ。 ニアはデスノートのページは幾ら書いてもなくならないという特質を利用して、ページが本物で表紙が贋物と言うダミーを作って持っていた。 僕が作ったのはその逆、まず表紙だけを切り取って中身は普通のノートの表紙を張り替えて作ったのさ。 だからサラは表紙を触ってミサや僕が見えたことで、それが本物と誤認した」 サラはそれを聞いて、青ざめた。 確かにニアはサラに、キラ側のノートが本物であるかどうかの確認の際、『必ずページではなく、表紙のみに触って死神を視認してから本物と断定するように』との指示を与えた。 サラはその指示を忠実に守り、金庫から発見したノートの表紙だけに指を当て、理事長室に置いてあったPCに流れる画像から弥に憑くライト、そして神崎に憑いていた死神・ミサを視認し、それは本物だと確信を強めたのだから。 「一番確実な確認方法はページに名前を書くことだが、デスノートの在りかを知るサラが殺人になる行為が出来るほど、豪胆な度量を持っているとは思えない。 サラを助けに来た捜査員がするかとも考えたが、そうしようとすれば神崎に命じて殺してしまえばいい・・・」 実際、この仕掛けはかなり苦労した。 この罠のポイントは、いかにして贋物を本物と誤認させるかにかかっている。 それにはまず偽のデスノートを発見させなければならないが、簡単に見つけてしまえば『囮じゃないか』と疑われるのは明白なので、それなりに厳重に隠さなければならない。 かといって見つけて貰わなければやはり困るので、その辺りの調整が実に大変だったのだ。 だから棚に隠し金庫を作り、ある程度のパソコン技術があれば簡単に開けられるパソコン開錠タイプの金庫に偽のデスノートを保管した。 サラとキラが受けている授業科目にはパソコンがあったし、ライトが死神界に戻ってサラがニアと繋がっていることを見た時に、彼女がかなりのレベルのコンピューター技術を持っていることは解っていた。 故にもう一つ、パソコンから監視カメラの画像を見えるようにしておいて、死神たる夜神ライトが見えるようにしてやったのだ。 あとは本物のデスノートを持って来るだろう捜査員を、わざと校内に誘き寄せてサラを救出させ、金庫の元まで向かわせる。 そしてその中身を本物のデスノートだと思わせて、ニアが所有するノートもろとも燃やさせればいいのである。 もっとも、幾重にも策を巡らせるライト自身が仇となり、サラが疑い深く本物と断定しなかったため、業を煮やしたキラが燃やしたのだが。 サラの疑念は、ものの見事に的を射ていたのである。 「では、本物のノートはどこにあるんです?!音遠は本当に、それが本物のノートだと思い込んでいた」 サラが叫ぶように問いかけた。 キラ側でも重要なポジションにいるネオンが、必死になって守ろうとしたノートである。 「ああ、この子は正直だからね、ちょっと目晦ましをする必要があった。 “敵を騙すなら、まず味方から”って奴だな」 サラ誘拐後、それまでサラに憑いていた自分は夏海に憑く必要があったため、ノートの所有権をネオンに放棄させ、夏海にデスノートを触らせて彼女を所有者とした。 そして夏海にもデスノートの所有権を放棄させ、今度は神崎に触れさせて彼をその所有者としたのである。 その時夏海に憑いていたのは妹であるミサだが、夏海がノートを交換したことにより、死神も憑く人間を交代したのだ。 そこまでは正真正銘の本物のデスノートのやり取りだが、次からライトの計画が発動された。 死神は人間が所有するノートに、直接関与することは許されていない。 しかし、人間が許可した場合や頼まれた場合には、その限りではないのである。 例としては、火口がデスノート所有者だった時、レムに『デスノートを例の場所に隠しておいてくれ』と頼んでいたことや、警察長官誘拐事件の時にライトの指示でデスノートを捜査本部に持ってきていたリュークが挙げられる。 つまり、人間が許可をすれば、死神は人間が所有しているデスノートに接触、または所持しても構わないのだ。 「じゃあ、本物はずっと、パパが持っていたの?」 「ああ。あの後お前がキラと出て行ってすぐに、本物のデスノートを金庫から取り出して表紙だけを切り取り、あらかじめ用意しておいた表紙を切り取ったノートにそれを代わりに貼り付け、金庫に戻したのさ。 本物は・・・ここに」 ライトがニヤリと笑ってマントの中に手を差し入れて取り出したのは、表紙がない二冊のノートだった。 「!!」 「・・・やられましたね」 ニアが忌々しそうに呟く。 「貴方自身が持っていたのでは、幾ら探しても見つからない・・・貴方自身が、一番安全な金庫ということですね」 確かに死神は所有者の側に常にいなければならない上、普通の人間には見ることが出来ないのだ。 いざと言う時、いつでもノートを取り出して使うことも出来るだろう。 しかし、ライトはそれを笑って否定する。 「はは、もう少し頭を使え、ニア。 確かに死神自身を隠し場所にするというのは名案に見えるが、実は愚策以外の何ものでもないんだよ。 死神は普通の人間には見えないが、それ以外の物ははっきり見える。 例えばリュークに林檎を与えると、僕達には林檎を食べるリュークは見えているが、一般人には林檎が浮いて一口ずつ齧られて消えていくという、ミステリーな光景しか見えないのさ。 つまり、人間界の物ははっきり人間の目に映るわけだ」 「・・・・!」 他の面々はまだ理解出来なかったようだが、ニアはその意味に気づいて嵌められたことに気づいた。 「デスノートは元々は死神界の物だが、人間界の地について人間が所有したことで、人を殺せるという不思議な効力を持っていても、それはもう人間界の物になる。 だから死神が人間が所有しているノートを持つと、傍から見ればノートが宙に浮いているという、摩訶不思議な現象が起こるのさ。 口に入れるなりして体内に入れられれば別だが、そんなことはさすがに無理だし、出来たとしても所有者が断固拒否するだろうよ」 死神の体内に入れてあるデスノート・・・想像してみると、さすがにそんなものは意地でも使いたくないどころか、触れたくもないに違いない。 「じゃあ、普通は死神を隠し場所にする人はいないってことだよね? でも、ライト君は自分で持って・・・あ!」 松田がいち早く理解し、キラに視線を向けた。 「だからライト君は僕達に、デスノートの切れ端を触らせたんだ。 初めから姿が見えていれば、逆にデスノートは見えないから!」 「そのとおり」 落第生が合格点を出したので意外だというような顔で、ライトが肯定する。 始めにこの体育館に訪れた時、キラがデスノートの切れ端をニアに渡した。 ニアは夜神ライトの姿が見えるということは、サラ達のように不意を突かれる危険性がなくなると判断し、全員にその切れ端を触らせた。 結果として確かに、体育館にいたライトが全員に見えたが、もしこの中で一人でも切れ端に触っていない人間がいたら、夏海の背後で表紙のないノートが二冊、宙に浮いている異様な光景が目に飛び込んでいただろう。 公衆の面前でミサにサラのマスクを剥ぎ取らせたのは、そのことを警戒させて切れ端に触れさせるよう仕向けるためでもあった。 ライトがニア達に姿を現した最大の理由は、自身の姿を見せることで、マントの中に隠してあるデスノートが見えないようにするためだったのだ。 「・・・完敗ですね」 ニアは淡々と認めた。 既に自身が持つデスノートは燃やされ、神崎によって名前が書かれている。 わずかな時間を自分に与えたのは、十五年前ライトに与えた屈辱を返してやろうという意図からに過ぎない。 「では、最後にもう一つ・・・聞きたいことがあります。 いつから、このややこしい計画を考えたのですか? デスノートを回収するだけのことに、随分手間と時間をかけたものですね」 皮肉めいた口調で問うニアに、ライトは意外そうな表情をした。 「リュークから聞いていたと思っていたんだけどね。 デスノートを持った人間を死神界にいる死神が殺す事はできない。 デスノートを持った人間を殺す目的で、死神が人間界に下り、その人間を殺す事もできない。 デスノートを持った人間を殺せるのは、人間界にデスノートを譲渡している死神だけなんだよ、ニア」 「つまり、私を殺すにはまず、人間界にデスノートを譲渡しなければならなかった、というわけですね」 「そのとおり。 その時、ミサに渡していたデスノートの死神としての所有権を持っていたのはリュークなんだけど、その所有権を僕に譲る時に『ノートの奪い合いで面白いショーを見せてやる』と約束したんでね。 だからお前を、直接には殺さなかった」 飄々とした顔で成り行きを観戦しているリュークを、捜査員達が睨みつける。 「それに、キラ社会をより効果的に復活させる必要があった。 キラ教団本部を内密に立ち上げ、ネオンとキラをその指導者に育てるための時間もいるしね。 だからお前は、十五年も生きることが出来た」 あとはネオンとキラが成長するまで待ち、キラ教団から使える駒を選出して準備を整えていた。 裁きの神(キラ)がいなくなった後、爆発的に増えた犯罪者に怯える世界を見つめながら。