《Page35 発見》 レスターはサラを抱え上げたまま全力で、白いプレートに黒い文字で、“理事長室”と書かれているドアを蹴り破り、簡単に侵入を果たした。 保健室から十メートルと離れていなかったため、すぐに移動が終わったレスターはサラを下ろした後ドアに鍵をかけ、念のためにソファを起こして立てかけ、簡単に他の人間が入れないようにしてしまう。 理事長室の電気をつけて部屋を見渡すと、マホガニー製のデスクに最新型のノートパソコンが置かれ、六法全書や教育関係の本が収められた本棚に書類が入っているファイル棚が見えた。 地球を模したキラ教団のマークが描かれた大きなタペストリーが壁に飾られている以外は、至って普通の仕事部屋である。 「ふう・・・とりあえず、これで一息つけるな。 だが、もたもたしてはいられん、すぐにデスノートを探すぞ」 「はい、レスター指揮官。 まずは鍵が付いているものとか、本棚やファイル棚とかを探してみて下さい」 そう言うとサラもまだ完全に自由とはいかない身体に鞭を打ち、まずデスクから探し始めた。 レスターも頷いて本棚に近づくと、一冊ずつ本を出してはノートでないかを確認し、違うと解ると乱暴に床に落としていく。 「さっきの話の続きだが、何故デスノートが二冊あると?」 「先ほど弥 音遠が、体育祭の間はずっと父親と一緒にいたと言っていたんです。 それに、監視カメラでずっと見ていたとも言いました。つまり、彼女はグラウンドには行っていないんですよ」 「何だと?!それでは・・・!」 「ですから、弥 夏海に憑いていたのは夜神ライトではないということです。 他に死神がいて彼女に取り憑き私を襲い、顔を晒させたと考えるのが妥当でしょう。 死神が二人いるということは、当然デスノートも二冊あるのではと・・・」 サラがネオンが神光学園にやって来る時、監視員がいれば家を出る時の画像が転送されてしまい、彼女の寿命が見えなければそのことがバレてしまうため、それを避けるために伊出とジェバンニを殺したのだろうと話すと、レスターは納得しつつも呻いた。 「くそっ、どこまでも用意周到な・・・!」 「同感です。ですが幸運なことに、その厄介な夜神ライトはノートの所有権を交代させ、今は弥 夏海の元にいるようです。 他の死神も、貴方が保健室に飛び込んできた時に何の手出しもしなかったことから、音遠には憑いていないのでしょう。 断定は出来ませんが、弥ライトにでも憑いているのではないでしょうか?」 「そうだな」 レスターはニア達と別行動を取っていたため、ニア達が体育館に入った時からキラと接触していることを知らない。 よってもしサラの推測どおりなら、死神の目を持つニアがそのことに気づいているはずなので、彼にも死神は憑いていないのだ。 「デスノートが二冊、か・・・もしかしたら、一冊ずつ別々に隠してあるのでは?」 「別々に隠してあっても、必ず理事長室内のどこかにはあるはずです。 何故ならキラ側はノートの所有権を交代するため、ノートの所有権を破棄する意思を示し、さらに新たなノートに触らなければならなかったはず。 いつそうしたのかは解りませんが、体育祭で教師や生徒、保護者が校内をうろついていたのですから、彼らが絶対に近づかない場所にノートを置いておかなければならないからです」 職員室では教職員が行き来しているし、保健室も捻挫など大きなケガをした生徒が来る可能性が高いし、教室も昼食を食べに生徒などが来るのでそれも無理。 ならば木の葉を隠すなら森の中で、図書室かと考えたが窓からはグラウンドがはっきり見えているため、わざわざ監視カメラで競技を観覧する必要などない。 「となると残るは隣の校長室と理事長室(ここ)だけですが、校長が校長室に行くこともあるでしょうから、一番安全な場所はやはり・・・」 「なるほど」 レスターがデスクの上に置いてあるノートパソコンにちらっと視線をやると、とうとう全ての本を床に落とし終わってしまい、忌々しそうに舌打ちする。 「駄目だ、本棚にはない・・・!」 「こちらもアウトです。デスクの中は全て、何の変哲もない書類ばかりで・・・」 鍵付きの引き出しもジェバンニ直伝の鍵外しで難なく開錠したサラが、中身を見て落胆の溜息を吐く。 「他には・・・あら?」 サラはトロフィーなどが飾られている棚に目を向けると、正面から見る分には奥行きが浅いのに、横から見るとそれよりも随分、余裕があるように見える。 「まさか・・・レスター指揮官、申し訳ありませんがトロフィーを全て、床に置いて下さいませんか?」 「解った」 レスターもサラの様子で違和感に気づいたので、トロフィーを全て床に置き、奥の板をコンコンと叩くと空洞音を感じた。 「・・・サラ」 「ええ・・・板を外して下さい」 レスターは頷くと、奥の板に手をかけた。 すると板はガタンと音を立てて横に開き、中から隠し金庫が現れた。 「あからさまに怪しい金庫だな。 キラ事件でなければ、裏帳簿でも入っているかと推理するところだが。 この中か?」 「いえ、まだ解りませんが、とにかく開けてみましょう。 金庫の形式は?」 「ふむ・・・ダイヤルどころか、鍵穴すらないな。 となると電子ボタンしかないが、それもない。何だ、この金庫は?」 レスターが金属製の取っ手しかついていない金庫を凝視して首を捻ると、サラが取っ手の近くにある何かの端末の接続プラグに気づき、そっと指で確認する。 「これ・・・パソコンの接続プラグじゃありませんか?」 「む・・・言われてみれば確かに」 「となると、この金庫の鍵はあのノートパソコンでしょうか?」 デスクに電源が落とされたまま鎮座しているノートパソコンを見ると、考えている暇はないので試してみることにした。 このノートパソコンは非常に線が長く、金庫前まで移動してもまだ余裕があった。 さらに金庫のプラグにぴったり合う接続プラグもくっつけたままになっており、おそらくネオンが放置したのだろうと思われた。 確信を深めながらパソコンを起動すると、スタート画面がいきなり一つのウィンドゥを開いた。 「やはり、パソコンが鍵だったようですね。 最近、この手の金庫が発売されたとは聞いていましたが・・・もしかして」 さすがに情報が早いサラだが、そのウィンドゥの指示を見て眉を寄せた。 “パスワードを入力して下さい” 「・・・予想通りですね」 「ああ」 こめかみを押さえながらレスターが同意するが、幾重にも防御してあるこの金庫の中にこそ、デスノートが入っているのではないかと疑いを深めた。 サラも同感だったが、パスワードなど当然知らない。 しかし、サラは慌てなかった。 彼女は冷静にキーボードに指を滑らせ、パソコンのプログラムの解析を始めたのである。 さすがに次期L候補と言われるだけはあり、彼女は瞬く間にシステムを把握していく。 どうやらこのパソコンは、最初に入れるパスワードによって使えるプログラムが違うらしい。 持ち主である神崎 康煕の名前が入っている、表立って使うものは何の変哲もないワードやエクセルが主だった。 しかし、YAGAMIと入っているプログラムには、見たことのないアイコンが幾つか並んでいる。 「とにかく、これを片っ端から調べていくしかないですね。 これは監視カメラのアイコン・・・そうだ、L達の様子を見ることが出来るかも。 キラ達と会う場所はどこですか?」 「体育館だが・・・そんな場所にまで設置するものか?」 警備プログラムを開いているサラの問いに答えたレスターが言うと、サラはあるとあっさり肯定する。 ワルツの練習の際に何度も体育館を使ったことがあるサラは、そこにも監視カメラがあることを知っていたのだ。 「体育館のカメラは・・・これですね」 サラがもう一つウィンドゥを開くと、そこには弥 夏海と対峙するニア、相沢、松田、模木、リドナーの姿があった。 「いた・・・全員無事のようだな。だが、弥 ライトがいないぞ」 「ニアの目の前に行けばノートが二冊あるとバレているはずですから、初めから体育館には行っていないのでしょう。 今頃は、逃げた私の行方でも追っていると思います」 サラは仲間の安否を確認して安堵すると、再び金庫を開錠するプログラムを探し始める。 「これも違う・・・これも・・・あ、これだわ!」 サラが歓喜の声を上げて開いたプログラムには、“strong box”と書かれている。 彼女はさっそくそのプログラムを開き、もう一度パスワードを要求されるとKIRAプログラムに入った時と同じパスワードを入れてみた。 “New world” エンターキーを押した瞬間、金庫からカチっと音が響いたことが、それが正しいパスワードだったと証明した。 「・・・開いたな」 「はい」 二人は金庫に歩み寄ると、金庫の扉を開けた。 ごくりと喉を鳴らしながら中を見ると、そこには確かにノートが二冊、並び収められている。 「・・・これは」 「デスノート?」 一冊は妙な模様が書かれている黒いノートで、もう一冊は赤い表紙のノートだった。 「デスノートは黒いノートだけではないのですか?」 「私が見たことがあるノートは、全て黒かったが・・・本物かどうかは、表紙を触れば解る。 好都合なことに、確実に死神が憑いている弥がここから見ることが出来るしな」 体育館の画像を流し続けているノートパソコンに視線をやりながらレスターが言うと、サラも頷いた。 二人は顔を見合わせて覚悟を決めると、レスターは赤い表紙のノートに、サラは黒い表紙のノートに指を触れさせた。 そしておそるおそるノートパソコンに視線を移すと、レスターは歯を噛み締めて悔しがる弥 夏海しか見えなかったが、サラの目は忌々しそうな顔でニアを睨みつけている、写真でしか見たことがない青年・・・夜神ライトの姿を映し出す。 「見つけた・・・少なくとも、この黒いノートは本物のデスノートです!夜神ライトが見えました!」 興奮したサラが叫ぶと、レスターは同じく黒いノートの表紙に手を触れさせ、やはり夜神ライトの姿を視認する。 「となると、このノートがキラが・・・夜神ライトが憑いているデスノートだな」 「はい。では、この赤いノートが別の死神のノートということに・・・」 もし夜神ライトが自分達に二冊目のノートの存在を知られた場合のことも想定していたとすれば、これは囮ということも考えられる。 何しろ相手は、さんざん相沢達日本捜査員を好きなように手のひらの上で操り、竜崎こと初代Lに疑いを抱かせつつも決定的な証拠を出さず、さらには最後で下僕である魅上の失敗がなければ確実にニア達を殺すことに成功していたという、恐ろしいほど頭が回る、冷徹なる殺人鬼なのだ。 思案はどれほど深くとも、気にしすぎということはない。 「どうする?今全てのデスノートを燃やしてしまうことは出来るが・・・」 「でも、この赤いノートが偽者だった場合、もう一人の死神を人間界に残してしまうことになります。 リュークを見れば、死神は他の死神にノートに憑く死神としての資格を譲ることが出来るということが判明していますから、夜神ライトにその資格を譲られてしまえば意味がない」 「同感だ。ならば、この赤いデスノートが本物であると判れば・・・」 「どうやって調べるのですか?まさか、誰かの名前をノートに書くというのではないでしょうね」 サラが眉根を寄せながら尋ねると、レスターは首を横に振って否定した。 だが、彼とても一番確実性のある確かめ方が使えないとなると、どうやって本物かどうかを見分ければいいか、皆目検討がつかないのも確かだった。 「一冊は・・・それも、夜神ライトが憑いているノートを確保できたのです。 これを盾にして、もう一冊のノートの在り処を弥 音遠に聞いてみるというのはどうでしょうか?」 どうもファザコンの気があるネオンのことだから、このノートを燃やして父親を人間界から追い出すと脅せば、幼い精神構造の持ち主の彼女は、案外あっさり喋ってくれるかもしれない。 ずっとノートの番人をしていたのであろうネオンなら、誰がノートの所有権を持っているか知っている可能性は高かった。 レスターは頷くと、二冊のノートを持ってサラを抱え上げようと手を伸ばした時、聞き覚えのある声が室内に響き渡った。 「その必要はないよ、スターラー・ジャスティス」 その声に目を見開いたサラは、声がした方向に首を動かすと、そこには弥 ライトことキラが、微笑を浮かべて立っていた。 「弥、キラ・・・!いつの間に理事長室に・・・!!」 驚愕の表情で問いかけるサラに、キラはあっさり答えた。 「校長室と理事長室は、室内にあるドアで繋がっているんだよ。 もっとも、タペストリー(これ)のせいで見えなかったみたいだけど」 地球が描かれているキラ教団のマークが描かれたタペストリーをめくると、そこには確かにドアがあった。 「しまった・・・!!」 ノートを探すほうに気を取られていた二人は、こんな単純な手段に気がつかなかった己の馬鹿さ加減に舌打ちする。 「こんな薄いタペストリーに、ノートなんか隠さないだろうって思ったんだろ? 確かにノートは無理でも、ドアは隠せるんだよね」 「くっ・・・」 「見つけるのに苦労したみたいだけど・・・思ってたより早かったね」 感心した様子のキラに向かって、サラはレスターからライターを受け取ると、夜神ライトが憑いている黒いデスノートを手にとって言った。 「それ以上近づけば、このノートを燃やします!」 「・・・・」 「つい先ほど、このノートの表紙を触って夜神ライトの姿を視認しました。つまり、これは紛れもなく本物のデスノート。 この事件の首謀者である夜神ライトはこのノートがなくなれば、人間界にはいられない。 そうなったら、貴方がたには大変困ることになるのではないですか?」 「確かに父さんがいなくなるのは、凄く困るね。でも、代わりはいるから大丈夫」 キラが淡々と言い放つと、やはりこの赤いノートは贋物かとサラは眉をひそめた。 「・・・やはりもう一人、死神がいるんですね」 「・・・気づいてたんだ?やっぱり君は、油断ならないね」 「貴方に言われたくはありません。 父親の代わりがいるから見限るなんて、冷たい息子ですね」 「それはまあ、あの父の息子だからね。 だから今君がしている脅迫は、全くの無意味だよ」 さらりとした口調で言ってのけたキラに、サラはレスターが身につけていたベルトのバックルに手を伸ばした。 「ご存知でしたか?Lの捜査員が身につけているベルトのバックルを押すと、ワタリに繋がるんです。 そして今は合図が入ると、ワタリが持っているデスノートの切れ端に弥一家の名前を書く手はずになっているそうですよ」 「・・・ニアのベルトだけじゃなかったのかい?」 「その様子ですと、既にLからその旨を知らされているようですね」 キラから笑みが消えたのを見て、サラは要求した。 「さすがの貴方も、ご自分や姉君、叔母君の命は惜しいと見えますね。 このような脅迫をする以上、私もどのようなことをされても文句は言いませんよ・・・そういう問題ではないと、解っていますけれど」 キラとサラとの間で、睨み合いが展開された。 どちらも未だ十代の子供だとは思えない無言の戦いに、レスターは思わず唾を飲み込んだ。 キラが降参のポーズを取ったのは、それから一分に満たない間の後だったが、その場にいた者には永遠とも思える重い時間だった。 「・・・そこまで覚悟を決められたんじゃ、どうしようもないね。要求は何?」 「もう一冊のノートの在り処と、その所有権を持っている人を教えて下さい。 死神を使ってレスター指揮官のマスクを剥がそうとしないところを見ると、貴方が所有しているのではないのでしょう?」 「欲張りだね・・・でも、仕方ないね。確かに僕も、命は惜しい。 もう一冊のノートは、間違いなく今君達の手にあるよ。そして、所有しているのは・・・ん?」 キラの溜息をつきながらの自供は、騒々しい足音と叫び声に中断された。 どうやら複数らしいが、非常に慌てた様子で理事長室のドアを開けようとしたが開かないため、泣きそうな声で叫んだ。 「もお~、全っ然ダメじゃん!どうしよう~?!」 「ネオン様、こんなこともあろうかと、理事長室へは校長室からも入れます。 どうぞこちらへ」 苛立った様子のネオンをたしなめているその声は、初めて聞くものだった。 ネオンは素直にその声に従って、校長室に移動を始めたようだ。 「谷口 和利ではありませんね。もう少し年上の男性のようですが・・・」 サラがネオンと同行してもおかしくない人間の該当しそうな人物を脳裏に展開すると、すぐに一人の名前が浮かび上がる。 「もしかして、神崎 康煕・・・?!」 「キラ、大丈夫?たった一人でどうしたの~!心配したんだからねっ!!」 泣き腫らした目でそう訴えたネオンが理事長室に入ってくると、予測どおり眼光鋭いスーツ姿の中年の男・・・神崎 康煕が、それに付き従うように入室してきた。 するとレスターが、大きく目を見開いて驚愕した。 「そんな・・・まさか・・・」 「どうしたんですか、レスター指揮官。 ひょっとして・・・死神が見えたのですか?!」 サラの問いにレスターがコクリと首を縦に振って肯定すると、サラはレスターが手にしている赤いノートの表紙に指を乗せた。 そしてサラと中年の男に視線を戻すと、確かにその二人の間には先ほどは見えなかった生き物が、空中に浮かんでいるのが見えた。 「あれが、もう一人の死神・・・え?!」 サラは黒いドレスの上に黒いケープを身に纏っている死神の顔を見て、レスターに劣らず唖然とした。 「あ・・・貴女は・・・弥、海砂・・・?!」 その喘ぎに近い質問には答えず、ツインテールに結い上げた髪を揺らした死神は、奪われたノートを悔しそうな表情で見つめていた。