《Page33 正義》 「話す前に一つ、訊いてもいいかな」 「・・・どうぞ」 サラが了承すると、キラは自分もジュースを飲みながら問いかけた。 「君さ・・・どうしてLが正義だと思っているの?」 「・・・は?」 質問の意図が解らず、思わずサラは聞き返してしまう。 (どうしてLが正義だと思うって・・・何を今さら) 一瞬の戸惑いを浮かべた後、サラは毅然とした口調で答えた。 「Lは犯罪者を逮捕し、事件を解決することで世界の治安をよくするための存在です。 確かに犯罪者を減らすための効果は、キラよりは少ないでしょうが・・・・それでも犯罪者を捕まえることは、間違いなく正義です」 「ああ、それは僕も同感だね。じゃあ、もう一つ質問。 犯罪者を捕まえるために、逮捕状なしで拘束したり拷問したりすることは犯罪じゃないって思う?」 またしても意図の解らない質問だったが、サラは眉をしかめながらも首を横に振って否定した。 「そんなはずないでしょう。キラは法律によらずして、人を裁いているのです。 幾ら犯罪者を減らすのに効果的だとは言え、独断で人を裁くことは許されることではない。 ましてそれが誤った裁きで殺されたなら、救いがないではありませんか。 もちろん、犯罪捜査であったとしても同じです。きちんと審議した上で逮捕状を取ってから拘束するのが正しいことですし、まして拷問など論外です」 きっぱりとそう言い切ったサラに、キラは空になったジュースのカップを握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れながら言った。 「・・・ついさっきさ、姉さんを何も知らない子供だって哀れむように見てたよね、君」 「それがどうかしましたか?事実ではありませんか」 キラが何を言いたいのか読めず、サラは少し苛立った。 「いい加減、本題に入って下さい。いったい、何が言いたいのですか?」 「その視線を、僕も君に送りたい気分だよ。 初代L・竜崎・・・あいつが第二のキラである母を逮捕状もなく拘束したうえ、目隠しして暗い部屋に閉じ込め、椅子に革ベルトで固定して立たせて尋問したことがあるって、知ってた?」 「・・・え?」 思いもがけない話に、サラは目を見開いた。 「後になって座らせはしたみたいだけど、トイレ以外で拘束を解くこともしなかったんだって。 いっそ殺してって叫ぶくらいに衰弱しても、五十日以上も監禁したらしいよ。 母はしまいに、舌さえ噛もうとしたのにね。今の君は、それよりずっとマシだよ」 「・・・嘘です、そんなこと・・・!」 「本当かどうか、相沢捜査官達にでも聞いてみたら?彼の下で働いていた彼らも、それに加担したらしいからね。 まあ、反対はしたらしいけど、結局彼の言うとおりに動いたことに、変わりないし」 「まさか、ミスター相沢達が・・・?」 驚きを隠せないサラだが、キラは忌々しそうに続ける。 「ついでに言えば、まだ父がキラ容疑者として浮かび上がった頃・・・とはいっても、5%未満の疑いだったらしいけど。 まあ、その程度の疑いだけで父の部屋に、64個もの監視カメラと盗聴器を仕掛けたことがあったんだってさ。 それは祖父の夜神総一郎の許可があったって話だから、まあギリで違法じゃないといえるけど・・・浴室やトイレにまで仕掛けることないと思わない? 家には祖母や、当時中学生だった叔母の粧裕さんまでいたんだよ?」 それが事実なら、確かにそれはやり過ぎだろう。 「あ、それネオンも聞いたことあるよ♪ 叔母さんの部屋とかにも仕掛けられてあったんだってね~、監視カメラ」 ネオンは無邪気に、事実を付け足す。 「でも、さすがパパだね♪ 全然、証拠なんて出さずに裁きを続けたんだよ~、凄いでしょ♪」 「・・・ですが、貴方がたの父親がキラであり、母親である弥ミサが第二のキラだったのは、まぎれもない事実なのでしょう?」 「そうだけどね、そこまでしておいて、二人がキラだったと断定できた訳じゃない。 母のほうは隠滅し切れなかった証拠はあったけど、それでもビデオを作ってさくらTVに送ったという事実が判明しただけで、はっきり殺しの証拠であるデスノートが見つかった訳じゃないんだよ」 「・・・・」 「間違ってなかったからいい、なんて言わないでよ? ああ、そういえば監視カメラと盗聴器は、同じ容疑者である北村って人の家にも仕掛けたらしいね。 そっちははっきり間違いだった訳だけど、問題にならなかったところを見ると、その事実は世間どころか本人達にも隠蔽されたままみたいだね。 だいたいそれだけの証拠で殺人罪が立件可能なら、どんな事件でも疑いがかけられた人間は全員、有罪決定だ。 今回はたまたま、正解に辿り着いたというだけの話だろ?」 それに、とそれまで憎悪の表情だったキラが、ニヤリと笑った。 「そして、今のL・・・ニアっていうんだっけ? そいつは15年前、父をキラだと断定する証拠を突きつけるために、デスノートを使ったって話だよ」 「何ですって?!」 聞き流すには余りに重過ぎる言葉に、サラは思わず叫んだ。 「ちょっとややこしい話になるんだけど、聞いてみる?っていうか、聞く気がなくても喋るけどね」 クスクスと実に楽しそうに笑いながら、キラは語った。 父・夜神ライトの代理人として選ばれた魅上のこと、デスノートのすり替えの策、魅上に取らせた偽の裁きの行動と、それから来るニアの行動を語り、最後に告げた。 「解る?この状況から、ニアが勝つ手段って」 「・・・・!」 キラが嘘を言っているようには、見えなかった。 だから、サラは震えながらも言った。 「・・・それは、貴方の父親が貴方にLに不信を抱かせるための嘘です。 Lが、そんな非人道的なことをするはずありません」 「あ、やっぱりそう思うんだ?まあ、いいさ。別に今、信じて欲しいわけじゃない」 彼女が相沢達とニアに再会すれば、彼女はことの真偽を確認するだろう。 会って話をしてみた限り、相沢達は実直な性格のようだから、うまくごまかすことが出来るとは思えない。 ニアはごまかそうとするかもしれないが、それが無理だったなら・・・。 その時、彼女がどんな顔をするのか見てみたいと、キラは思った。 それに、もっと楽しいことが起こるかもしれないのだ。 「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。ちょっと準備があるんでね」 そう言ってドアのほうに向かいながら、姉に言った。 「姉さん、谷口悠里先生が見張りとして交代するまで、ここにいてくれる? 解ってると思うけど、余計なことは言っちゃ駄目だからね」 姉というより、妹に使うような語調である。 実際年齢はネオンのほうが上だが、精神年齢ははるかにキラが上回っているのだから、自然とそうなるのだろう。 「解ってるよ、キラ♪じゃ、ばいば~い♪」 のん気に手を振る姉にキラは軽く肩を竦めると、ドアを開けた。 それらを眺めていたサラは、キラを鋭い視線で睨みながら言った。 「弥、キラ・・・!」 「何?スターラー・ジャスティス」 本名で呼び捨てされたことに多少の対抗感を覚えたのか、キラも本名でサラに応じる。 「先ほどのLの話が事実だとしても、Lが正義でなくても・・・!私は、これだけは言えます。 キラは、悪です・・・!」 サラの脳裏に、父と母の姿が浮かび上がる。 続いてその尊敬し愛していた父と母の、もう動かなくなった身体に取りすがる、幼い自分の姿。 「・・・・」 「たとえLを否定する日が来たとしても、私がキラを肯定することは絶対にありません。 キラだけは、認める訳にはいかないのです・・・!」 キラは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑みを浮かべた。 「・・・そう、それが、君の答えか。それもまた、一つの答えだね。 じゃあね、サワキさん。姉さんをよろしく」 人質に向かって言う台詞ではないが、キラはクスリと笑い、保健室を出て行った。 それを睨みながら見送ったサラは、キラから聞かされたことを反芻した。 『初代Lは、第二のキラである母を逮捕状もなく拘束したうえ、目隠しして暗い部屋に閉じ込め、椅子に革ベルトで固定して立たせて尋問したことが・・・』 『今のL・・・ニアっていうんだっけ? そいつは15年前、父をキラだと断定する証拠を突きつけるために、デスノートを使った・・・』 サラはそこでニアから聞いた台詞を思い出してしまい、それを必死で振り払う。 『捜査と言うものは疑ってかかり、間違っていたら“ごめんなさい”でいいんです』 (冗談です。きっと、あれは私の策を否定するために言ってくれただけなんです。 それより、今は弥ライトよりも話が引き出せそうな弥 音遠がいます。彼女から、デスノートの在りかを聞き出しましょう) キラが悪であることは厳然たる真実なのだから、何としても止めなくてはならない。 何度も自分にそう言い聞かせながら、サラは考えを巡らせた。 理事長室に戻ったキラは、厳重に置かれている金庫の前に立ち、そのキーを見つめた。 (ここまでは計画通り。 後は姉さんが、ここのデスノートの在りかをサワキさんに教えれば・・・) 経験値が絶対的に不足し、演技と言うものが出来ない姉のことだ。 あれだけ精神構造が幼いとサラも解っただろうから、彼女は誘導尋問でも仕掛けようと考える。そしてすぐに、姉はそれに乗せられるだろう。 「八時まで、あと二時間半、か」 腕時計に視線を落としながら、キラは呟いた。 「ここに置いてあるデスノート・・・それをもろともに焼却させてしまえば、それで全てが終わる」 そしてキラはデスクの上に置いてあった、マイクつきヘッドホンを身につけるのだった。