《Page31 暴露》 「そもそもあの日、ニアがどうやって僕に勝利出来たか、解っているか?」 ライトが腕を組みながら問いかけると、松田がごくりと喉を鳴らしながら、おそるおそる答えた。 「・・・ニアが魅上が持ってきたデスノートを贋物とすり替えておいて、それでニアを含めた捜査員達の名前を書かせることが、ニアの目的だったんだろ? 死神の目を持っている魅上は、顔を見れば全員の名前が解るし、デスノートを持っているライト君の寿命が見えないから、ライト君がキラだと解る。 当然、キラであるライト君の名前は書かないから、それでライト君がキラだという根拠にする・・・」 「ああ、そうだ。だが、ここで気がつかないか? 魅上はずっと、“本物のノートを別の場所に隠し、ページを送って高田清美に送り、彼女に裁きをさせていた”ことは知っているな。 つまり、魅上もまた、“ノートではなく切れ端をずっと持っていた”ことになる」 「あ・・・!」 相沢がその言葉の意味に気づいて、声を上げた。 「なら何故、“確実に殺せるはずのその切れ端ではなく、ノートを使って名前を書いた”のか・・・」 「そのとおり」 ライトがニヤリと、笑みを浮かべた。 「僕が魅上に指示したのは、こうだったんだ。 『金庫から出してすぐに、適当な人物の名前を書き、本物と確信してからYB倉庫に来い。 万が一ニア達によって摩り替えられているようなら、切れ端を持って計画遂行』とな」 この場合、魅上はライトの命令に背いていない。 魅上は確かに“適当な人物の名前”・・・この場合既にライトの不要となっていた高田清美の名前を書き込み、彼女が死亡したことから、魅上はこのデスノートが本物と思い込んでYB倉庫を訪れた。 1月28日ではなくとも、一応それが本物であるかの確認作業も兼ねて、魅上は高田を殺したのだから。 しかし、ライトの真意は別。 あの日ニアが言ったように、ライトはあの日までデスノートを貸金庫から出すことは計画の中になかったため、“1月28日に金庫から出してすぐに、適当な人物の名前を書いてから”という意味だったのである。 ニア達に本物のノートを奪われたとしても、確実にあの場に持って来ていることは明白だったので、殺してしまいさえすれば奪還は容易だった。 既にニア側のすり替えについても手を打っていたライトは、魅上が持ってきたデスノートが贋物であると思わなかったし、彼の忠誠心から来る失態に狼狽したのだ。 「さて、ここで馬鹿でも解る問題を出そう。 もし魅上が僕の指示通り、 “1月28日にノートが本物であるかを確かめてからYB倉庫にやって来ていた”ら、どうなっていたと思う?」 「!!」 ライトが本物のデスノートがすり替えられていた場合も想定していたのだとすれば、魅上にデスノートの切れ端にライト以外の全員の名前を書かれ、間違いなく皆死亡していた。 「つまり、ニア、お前の策は魅上の実験一つで崩れるような、脆いものだということだ。 しかし、それを防ぐ簡単な方法がある・・・それが、デスノート」 名前を書かれた人間の、死に際の行動を操れる。 これを利用すれば、魅上にデスノートが本物であるかを確認させることなく、YB倉庫に来させることが出来るのだ。 「お前は本物のデスノートを手に入れた後、その計画に気がついた。 切れ端でも人が殺せることは、今までの状況やノートが切られた跡などを見つければ解ることだからな。 魅上を尾行して、切れ端がどこにあるかを調べて回収するなど、さすがに不可能だろう。 魅上を拘束すれば別だが、そんなことをすれば僕(キラ)を逃すだけで、何の意味もない」 相沢と模木は唖然として、松田はかつて自分が伊出に語った“ニアが魅上を殺した”説がライトによって紡がれるのを、むしろ無表情で聞いている。 「そう、たった一点・・・“魅上がデスノートの確認をしない”これさえクリアできれば、お前の勝ちは決まっていた。 だからお前は、魅上の名前を書いた。あの後、あいつは十日後に死んだらしいから、怪しまれないように日にちを設定してな」 「し、しかし!メロが高田を誘拐するという予測不可能な事態が起こったからこそ、ニアは本物のノートの在りかに気づいた。 魅上が高田を殺すために、本物のデスノートの場所に向かいさえしなければ・・・!」 相沢が反論すると、ライトはその程度のことは気づいたか、と鼻を鳴らす。 「確かに、それはニアの計画になかっただろうよ。 だが、“デスノートさえ手に入ってしまえば、メロの行動などどうでもよかった”んだよ。 何故ならそれ以前に、ニアは“魅上が持っているデスノートが贋物で、本物は別にあると気づいていた”んだからな」 「何だと?」 「お前達、ニアが言っていたことを憶えているか?」 『高田誘拐のタイミングで判を押したような生活をしていた魅上が、二日続け銀行・・・貸金庫・・・。 正直この報告をジェパンニから受け、初めて私は偽のノートの可能性に気づきました。 今思えば魅上が外でノートを出した事や、[死神が憑いていない]との独り言を、不自然と考えるべきだったのかもしれません。 魅上に早く辿り着けた事が仇でした』 「この時、僕はニアが初めから魅上が持っているノートが偽だと気づいていたと悟ったよ。 僕はニアが、魅上の元まで辿り着くことも計算に入れていたし、彼に注目を集めさせてもいた。 そのために偽のノートを作らせて、それで裁きをしている行動を取らせていた訳だが、どう考えてもこれは、不自然極まりない行動。 秘密裏に行うべき裁きを、街中で堂々と行う馬鹿がどこにいる?」 「た、確かに・・・」 通常、幾らノートに名前を書くだけとは言え、殺人の行動をとる場合、普通はまず人目につかないところで行う。 ライトでさえ、特殊な場合を除いては独りになった時を見計らって行っていたのだ。 「不自然と考えるべきだった、だと? 正直が聞いて呆れる。既に不自然と考えていたんだろうが。 その時点で、ニアは魅上が僕(キラ)に繋がっていることは解っただろうが、そのノートが本物だとも思わなかったはずだ。 魅上が幾度となく銀行に向かっていたことも知っていたなら、そこが本物のノートの隠し場所とも見当がついただろう」 魅上が銀行に毎月行っていると報告を受けたなら当然、何をしているかも調べさせたはずである。 すぐに彼が、貸金庫に預け物をしていることも解ったことだろう。 そもそも1月26日に、魅上が銀行に行った時にようやくジェバンニが銀行の中まで追い、魅上が貸金庫に向かったことが判明したということ自体、おかしいのだ。 「さらにいえば、『ジェバンニが一晩でやってくれました』というアレだ。 それこそ馬鹿かとしか言いようがない。 神経質を絵に描いたような男が、一ページにびっしりと名前を書き連ねたノートを、外国人であるジェバンニがたった一晩で複製することなどあり得ない。 時間をかければ、何とか可能ではあるだろうが・・・。 一晩と言う短い間で出来た代物なら、魅上がちょっと念入りに見れば贋物であることくらい、簡単に見破るだろうよ」 ライトがニアに及ばないとすれば、それは組織力である。 もちろんLとして活動していたライトはそれなりの権力を持ってはいるが、キラ社会になりつつある日本においてその名を使うことは、皮肉にも不可能。 キラ捜査員として使えるのは、未だ自分を信頼している松田だけだが、もちろん彼は役に立たない。 一方、ニアはSPKとして公けに活動こそ出来ないがそれなりの人材はいるし、初代Lこと竜崎のように、その道のプロを呼ぶこともあり得た。 ここまで考えていたからこそ、ライトは魅上に切れ端を保険として持たせたのだ。 「僕の失敗は、“ノートではなく最初から切れ端に名前を書いて殺せと命じておくこと”だった。 そうすれば、例えニアが 【自分が持参している切れ端ではなく、持って来ていたノートに自分が信仰する人物に指示されたとおりの人間の名前を書き、十日後に発狂して死亡】 と書いたところで、起こるのは魅上の心臓麻痺で死亡と言う事態だけ。 後は本物のデスノートを持っているだろうニアをキラだと決め付けて拘束し、ノートを回収した後、今度こそ全員の名前を書いてしまえばいい・・・。 まあ、どうせ仮定の策だから、無意味な話だけど」 「何故、テルがその場で死ぬって言い切れるんだ?別に不自然な状況じゃないだろ」 不思議そうにそう尋ねたのは、それまで楽しそうにライトの話を聞いていたリュークだった。 不自然な状況下では、名前を書かれた人間は心臓麻痺で死ぬということは、もちろん周知の事実である。 皆も同感だったのか、眉をひそめて答えを待つ。 「いいか、デスノートのルールはこうだ。 “書き入れる死の状況は、その人間が物理的に可能な事、その人間がやってもおかしくない範囲の行動でなければ実現しない” この“やってもおかしくない範囲の行動”が、少し厄介な点なんだ。 例を取れば、この時の魅上の場合、“僕(キラ)の命令に背くという行動”が、おかしい範囲に入る」 キラを神と崇め、その言葉に絶対服従することこそ正義という信念を持っていた男である。 もしライトが“デスノートが本物であろうがなかろうが、デスノートの切れ端でニア達の名前を書いて殺せ”と魅上に命じていたら、それに反することは“考えもしない範囲”になるだろう。 何しろ『考える必要はない・・・神は絶対・・・私は神の召すままに・・・』と本気で考えていたような男なのだから。 「よって“自分が持参している切れ端ではなく~”がデスノートの効果の外にあることになり、魅上は心臓麻痺になる可能性が高い、という訳だ。 現に、伊出とジェバンニ。あの二人がいい例だ。 ニア、お前も気づいていただろうが、あの二人をあの場で殺してしまったのは、こちらとしても誤算だった。 あの二人の死因には、こう書いてあってね。 【何を目にしても異常なしと上司に報告した後、通信機を破壊し、今監視している家から離れて人気のない場所で心臓麻痺で死亡】」 「・・・不自然ではないように見受けられますが」 ずっと沈黙していたニアが、呟くように言うと、ライトは実に楽しそうに喉を鳴らして笑った。 「おそらく、状況から見て“何を目にしても異常なしと上司に報告した後”・・・この点が不自然だったんだろうな。 実はジェバンニ達に弥宅を見張られていると、こちらとしては少し困ったことになったのでね、離れて貰う必要があったんだ。 無言で離れられてしまうとお前に怪しまれてしまい、新たに捜査員を派遣されてしまう恐れがあったのでね、念のために入れた一文が仇になってしまったよ。 ・・・なかなか忠誠心厚い部下を持って幸せだな、ニア」 あの二人からすれば、ニアに、ひいては仲間達に偽の報告をすることなど、思いつきもしないことだったのだろう。 あの時、“どうあってもニア側の捜査員が来るという事態は避けなくてはならなかった”ため、あの二人を操ってニアに異常なしという報告をさせる予定だったのだ。 あの二人の、キラ捜査にかける執念を読み誤ったライトのミスだった。 「幸い、幾らでも修正の利く範囲内だったから、特に問題はなかったけどね」 「なるほど」 ククク、とリュークが笑って納得すると、ライトは話を続けた。 「さて、ここで話を戻そう。 さっきも言ったが、神経質を絵に描いたような男が、一ページにびっしりと名前を書き連ねたノートを、外国人であるジェバンニがたった一晩で複製することなどあり得ない。 かろうじて、時間をかければ可能・・・なら、いつ本物のデスノートを手に入れたのだろうな?」 「・・・・」 さすがに反論のしようがなく、皆唖然とニアとライトを交互に見るばかりだ。 「つまり、お前があの時とった行動はこうだ」 ジェバンニから毎月25日に魅上が銀行に向かっていることを聞いたニアは、魅上が中で何をしているかも調べさせ、貸金庫に行っていることを知った。 そこで魅上の不自然な行動から、ライトが偽のノートで魅上に注目を集めさせていると悟り、それを確かめるためにジェバンニに命じ、貸金庫の中身を持ち出させた。 案の定、それは普通なら貸金庫になど預けないであろう、一見何の変哲もない黒いノートだった。 ニアはこのノートこそが本物のデスノートであると確信したが、本物のデスノートを奪ってしまうと裁きは止まるが、キラが誰かを特定することは出来なくなる。 そこでニアはライトの策を逆手に取り、ライトをキラだと認めさせるための策を思いついたのだ。 まず、ジェバンニにデスノートの贋物を作るよう指示し、25日が来る前に再び本物を貸金庫に戻す。 そして25日が過ぎて魅上が貸金庫から出てきたことを確認した後、貸金庫からデスノートを取り出し、内容を写真に取って再び貸金庫に戻すということを繰り返す。 そうすれば時間をかけて、贋物のデスノートを作ることが出来るのだ。 同時に魅上が持っていた贋物のデスノートの細工もこなさねばならなかったのだから、ジェバンニこそ過労で死ぬ危険性が高かったことだろう。 「その後は、お前達も知っているな。 1月28日に僕と会うよう仕向け、偽のノートに名前を書かせて僕をキラだと断定する。 お前にとって幸いなことに、メロが清美を誘拐し、魅上が清美の名前を書いてくれたお陰で、決定的な証拠を突きつけることに成功した。 もしかしたら、メロはお前の策に気づいたからこそ、清美を誘拐したのかもしれないな」 「・・・・」 「お前が事実を語らず、メロを過度に褒めたのも、一晩でジェバンニが贋物のノートを作ったなどと言ったのも、魅上を殺したことを言いたくはなかったから・・・だろ? Lの名を継ぐ者が、僕(キラ)と同じく殺人という行為で目的を達したなど、お前としても認められないことだったんじゃないのか?」 ライトは実に楽しげな表情で、ニアを嘲る。 「ニア、僕に反論出来るならしてみるがいい。 別に恥じることじゃないさ、あの日お前が勝つためには、不可欠な要素だったんだからな。 お前が崇拝しているLなら、間違いなくその手段を取ったことだろうよ」 「・・・別に、ここまで言われてしまったのなら、否定することは出来ません。認めます」 ニアは無表情に認めると、自分が持っていたデスノートを開き、ある一人の男の名前が書かれたページを公開した。 名前以外の内容は英語で書かれていたが、アメリカで捜査していたことがある相沢達には判読可能だった。 【魅上 照 1月28日までに自分が大事に保管しているノートが本物であるかを確認することなく、同日13時30分にYB倉庫に来た後、十日後に発狂して死亡】 「ニア・・・」 「・・・・」 相沢と模木は呆然としていたが、松田は半分冷静に、半分驚愕が入り混じった様子で聞いていた。 彼が驚いているとすれば、自分の推理が的を射ていたことに関してだろう。 「ニ、ニア・・・僕は」 松田が口を開こうとした刹那、いきなり弥とキラが声を上げた。 「どうしたの、ネオン!何があったの?!」 「姉さん、落ち着いて!いいから現状報告を!」 どうやら弥 音遠に、異変が起きたようだった。 慌てた声で指示する二人に、ライトも慌てて弥からマイク付きヘッドフォンを奪うようにして受け取り、頭に装着する。 「聞こえるか、ネオン!大丈夫だから、何があったか言ってごらん」 ライトの声を聞いて、狼狽仕切りのネオンがぐずるような声で答えた。 「ど、どうしよう・・・パパが捕まえたスターラーって女の子が、外から来た知らないおじさんと逃げちゃったぁ・・・」 それを聞いて、ライトは呆然とした表情になった。 「くそっ・・・!キラ、お前が行け! 教団の連中を使ってもいい、何としても、あの女を連れ戻せ! いざとなったら、名前を書いても構わない!」 「了解、父さん!」 父の命令を受けたキラが、舞台裏に走って裏口へと向かう。 「ニア・・・貴様、過去を暴露されても、止めようとしなかったのは、このためか!」 「はい、その通りです。 今頃レスターがサラと合流し、デスノートを探していることでしょう」 さらりと答えたニアを、ライトはギリ、と唇を噛んで睨みつける。 「息子さんがサラ達を捕まえるのが先か、デスノートをサラ達が見つけるのが先か・・・賭けです」 「・・・・」 「サラを連れ戻そうとするばかりか、場合によっては殺そうとするところを見ると・・・もしかしたら彼女に、デスノートの場所を気づかれているのですか?」 ライトは無表情だったが、弥の顔色が変わった。それを見て、ライトが弥を睨みつける。 「馬鹿が・・・簡単に悟られるようなことをするな」 「も、申し訳ありません、キラ様」 謝罪する弥を無視して、ニアはライトに言った。 「こうなったからには、ますます私に息子さんを殺させる訳にはいきませんね。 サラ達がここに戻ってくるまで、全員この場を動かないで下さい。 死神の目を持っている弥 夏海さんは、特にお願いします」 「・・・くそっ」 ライトは忌々しそうにしながらも、了承せざるを得ないようだった。 (・・・デスノートの隠し場所はサラに知られたとしても、変更出来ない場所だったのだろう。 信者達と言っても十人もいないから、レスターなら何とか処置が可能だ) 後はサラの機転と、誘拐後の情報にかかっている。 ニアはキラを行かせてしまったことに不安を感じたが、彼を行かせなかった場合、問答無用で弥が切れ端にサラの本名を書き込みかねない。 それよりも彼を自由にし、逆に弥を残して見張っておくほうが、かえって動きを制限出来る。 悔しそうにデスノートの切れ端を握り締める彼女を、ニアはじっと見つめていた。