《Page30 対峙》 弥は厳しい眼光で捜査員達を睨みつけていたが、一言も発さなかった。 案内してきたキラは、対峙する父とニアを、実に面白そうな表情で見つめている。 「案内、ご苦労だったな、“ライト」 本名は呼ばず、あえて偽名でライトが息子に労をねぎらう。 「別に、大したことじゃないよ。あ、伯母さん、これ」 キラがニアから受け取ったデスノートの紙切れを持って弥に駆け寄ると、弥は無言でそれを受け取った。 「・・・あれが、死神リューク・・・」 紙切れに触れた途端に視界に飛び込んできた異形の死神に、さすがに弥は息を呑んだ。 「キラ様とは、随分違う死神ですね」 「ああ、そうだろうね。あれは僕とは違って、死神として生を受けたから」 ライトがリュークに、実に不機嫌そうな視線を向けながら言った。 「久しぶりだな、リューク」 「よう、ライト。また面白なことを、いろいろやらかしてるみたいじゃないか」 ククク・・・と笑うリュークに、ライトは無駄な苦情を言った。 「お前が余計なことをニアに言ってくれたお陰で、計画が狂い掛けた。 まったく、死神界から観戦するだけで満足しておいてくれればいいものを」 「こんな楽しそうなこと、生で見ないわけにはいかないだろ。 お前が死神になったって聞いた時のこいつらの顔、面白かったぜ」 「ふん・・・そうだろうな」 ちらっと目を見開いたまま立ち尽くす日本捜査員達を見下ろして、ライトがニヤリと笑みを浮かべた。 「まあ、いい。 さっそくだが、ニア、お前の持っているデスノートを渡して貰おうか」 いきなり本題に入ったライトに、弥が懐から名前が書けるくらいのメモとボールペンを取り出す。 「ネイト・リバー、スペルはNate River」 「くそっ・・・!やはり、弥が死神の目を持っていたのか!」 相沢が叫ぶと、まさに自分の名前がデスノートと思われる紙に書かれようとしているにも関わらず、ニアが冷静な声で言った。 「アマネ・キラ、アマネ・ナツミ。 文字は共に弥の名字、キラはカタカナでナツミは夏の海・・・」 「!!」 今まさにボールペンで名前を書き込もうとした弥の手が、ピタリと止まった。 キラも笑みを消し、ピクリと肩を揺らす。 「何故、その名を・・・!」 自分の名前は、まだいい。今まで普通に暮らしてきたのだから、別に何の苦労もなく調べられる。 しかし、甥のキラは違う。 これまでキラたる夜神ライトの命令で偽名を戸籍に載せ、本名を呼ぶことが許されているのは甥の親と姉だけ。 となると、弥キラの本名を知るすべはたった一つ・・・死神の目だけだ。 (まさか、あのLが?!) 弥もデスノートのルールおよび、死神の目についての説明は受けている。 “デスノートを借りた者には、死神の目の取引はできない”はずだ。 よって、姪がデスノートの所有者と断定したL以外に、死神の目を持つことは出来ない。 弥はすぐにそれに気づき、焦った表情で背後のライトを仰ぎ見る。 「キラ様・・・!」 「・・・まさか、お前が死神の目の取引をするとはな。驚いたよ」 いきなり取り乱した弥と、笑みを消したライト父子に、捜査員達も混乱する。 「な、何ですか弥キラって・・・?」 松田が代表して尋ねると、ニアは淡々と応える。 「弥 月(ライト)というのは、偽名です。 弥キラというのが、その少年の本名」 「・・・だが、戸籍にはちゃんと、弥 月(ライト)となっていたが」 戸籍を調べた模木が言うと、ニアは詳しいことは解りませんが、と前置きして続ける。 「おそらく、戸籍云々は本名に関係ないと思われます。世の中には、戸籍を持たない人間など数多くいます。 つまり、“死神の目で見えるのは、その人間を殺すのに必要な名前”なのでしょう。 貴方はそれを知っていた。だから、戸籍に偽名を載せさせた・・・違いますか?」 「ああ、その通りだ」 ライトは今さら否定も出来ないので、あっさり肯定する。 「デスノートの所有者を探すために、死神の目の取引をするとは考えていたが・・・キラの本名を知って、どうするつもりだ?」 ライトが冷たい眼光でニアに問いかけると、ニアは自分の腰に巻いてあるベルトのバックルを指して言った。 「私がこのボタンを押せば、捜査本部に残っている二代目ワタリが、その二人の名前をデスノートの切れ端に書くことになります。 本来ならこんな手段は使いたくなかったのですが・・・サラの安全のためには仕方ないと、納得して貰いました。 場合によっては、谷口夫妻の名前も考えています」 弥とキラ、および谷口夫妻の写真は、画像等も含めてかなりの数が捜査本部に残っている。 ニアの死神の目を持ってすれば、彼らの本名はすぐに解るのだ。 「何ですって?!」 弥が絶叫した。 自分や谷口夫妻の名前だけならともかく、子供に過ぎないキラまでその対象にされることに驚き、弥はギリ、と唇を噛む。 「貴方、まだ十二歳の子供まで・・・!」 「しかし、貴方がたが所有しているデスノートを、この場に持って来て下さるなら押しません。 私が持っているノートともども、この場で燃やしてしまいます」 ニアは、自分が持って来ていたノートを取り出しながら言った。 「私の目的は、貴方も予測していたと思いますが、デスノートをこの世界から消すことです。 そうすれば夜神ライト、貴方が人間界にいることは出来なくなります」 「・・・・」 「弥夏海と弥キラがいなくなったら、残りは弥音遠だけですが、今まで人前に出ず、家の中で過ごしていた子供に、教団を取りまとめることなど出来るはずがありません。 むしろ彼女を飾り物にして、いいように振舞おうとする輩すら出てくることくらい、貴方なら解りますよね?」 今でこそ、キラ教団は善人の集団ではあるが、それもキラと言う死刑執行者がいればこその話である。 以前夜神ライトが出目川に指示を出せなくなってしまった途端、出目川が寄付金を集めたりするなどして暴走してしまった例がある。 また、谷口悠里はキラ教団本部の人間として、既に知られている。 その彼女が心臓麻痺で死ねば、教団に尽くしていた人間をキラが殺したことになり、教団内部に大きな亀裂が入ることは目に見えていた。 「・・・だが、そうなってもお前を殺す時間くらいはあるぞ、ニア」 「・・・私は自分の命を諦めました。 私はデスノートをこの世から消すことが出来れば、それでいいです。 今デスノートは、この学校内にある可能性が高いので、教団に指示を出している貴方がた二人を消してしまえば、後はミスター相沢達が探してくれます」 サラが推理したように、デスノートを弥宅に置くには信頼できる番人が必要であり、それが可能なのは弥音遠だけだが彼女では力不足だと、ニアも考えたのだ。 「そうすれば、貴方の新世界の創世という野望は達成できなくなるので、最悪引き分けに持ち込めます」 これまでのニアの発言は、事前に相沢達は打ち合わせて聞いていた。だから黙っていたのだが、さすがに目の前で命の駆け引きを見せられると、その生々しさに気分が悪くなってくる。 「・・・フン、一度ノートを使っているんだ。 さすがに二度目ともなると、使うのに躊躇いなどない、か」 数分の沈黙の後、僕と同じだな、とライトが嘲笑した。 その台詞に、ニアの肩がピクリと動いた。 「それって・・・どういう意味?ニアが、デスノートを使ったことがあるってこと?」 松田が恐る恐る尋ねると、ライトが呆れたように答えた。 「何だ、気づかなかったのか? こいつは既に一度、デスノートを使っているんだよ。それも、十五年前に」 「・・・・」 ライトの台詞を、ニアは否定しなかった。 十五年前と言えば、あの日ライトがキラだと判明し、そしてその生を終えた年だ。 「まったく、それにすら気づかなかったのか? なら、教えてやるよ。あの日、ニアが使った本当の策を」 心底呆れ返ったように笑うライトを、ニアは制止しなかった。 そして、ライトは語る。 あの日にニアが誰を殺し、どのようにして勝利を得たのかを。