《Page29 案内》 11月18日土曜日、PM7:45、神光学園初等部の門前に、一台の車が停止した。 もちろんそれは、サラを救出しデスノートを葬るべく、キラ事件の捜査員が乗り込んでいる車である。 彼らは全員が乗り込んでもまだ余裕のあるワゴンを選び、レッカー移動などされないよう、駐車禁止除外指定車のステッカーが貼ってある。 レスターとワタリはまだ顔を知られていないため、神光学園近くにあるサワキ宅となっている家に保険として待機しているが、それ以外の全員がこの場に来た。 薄暗い校舎には職員室、校長室、理事長室、保健室、警備員室だけに灯りが灯っているが、やはり夜の学校は不気味極まりない。 ましてやここは、キラという連続殺人鬼が支配しているのだから、いっそう恐怖心を掻き立てられる。 松田が情けない顔で暗い夜にそびえ立つ校舎を見上げたが、ニアを除く捜査員も似たような気分だったらしく、しばらくの間無言だった。 そんな部下の心情を気にせずに、ニアは堂々と素顔を晒し、校門横にある警備員の詰め所に視線をやった。 「キラの指示通りに、一応は動きます。 いいですか、ぐれぐれも勝手な行動は取らないようにお願いします」 ニアはそう言うと、紙袋を持って校門前に足を進めた。 校門前には、既に案内人と思われる人物が佇んでいる。 「ようこそ、キラ教団本部へ。キラ様の命により、案内をさせて頂く谷口悠里と申します。 どなたがLですか?」 冷静な声でそう尋ねてきたのは、谷口悠里だった。 白い教団服を身にまとい、マイクつきヘッドホンをつけている。おそらくあれでキラの指示を受け、マイクで校内にいるキラ信者に指示を出すものと思われた。 神光学園ではなく、キラ教団本部と言ったところに、彼女が今どんな立場にあるかを如実に語っている。 ニアは無表情に、あっさり答えた。 「私がLです」 「・・・貴方が、L?思っていたより、随分若いのですね」 やや驚いたように悠里は呟いたが、少し無言だった後頷いた。正真正銘に彼がLであると、死神の目を持っていると思われる弥から言われたのだろう。 校門には監視カメラがある。それを通してニアを見ると、死神の目を持っている人間にはニアの寿命が見えないはずだから、自然ニアがLであると解るのだ。 悠里はLと捜査員達を見つめ、その中にいるリドナーの姿を認めると、彼女は何故か驚いた顔をした。 「リドナーさん?どうして貴方が、ここにいるのですか」 「え?」 まさかこんな質問をされるとは夢にも思わず、リドナーのほうこそ驚いた。 もちろん他の捜査員達も、既にリドナーがキラ捜査員だとバレているものと思っていたから、目を丸くしている。 「どうしてって・・・聞いていないのですか?」 はっきりと何を聞いていないのかと言わず、曖昧に尋ねたリドナーに、悠里はますます不思議そうな顔になる。 「聞いていないって、何をですか? もしかして、貴方がここにL達を連れてくるよう、キラ様からご命令を受けたとか・・・?」 ニアから見ても、悠里が演技をしているとは思えない。 それを見て、ニアはやはり、と内心で呟く。 これまでの経緯から考えて、リドナーの正体は信者達には公けにされていないと考えられた。 もしそうなら、本日行われたキラ教団の集会で、彼女に好意的な視線など集まらないからである。 それを証明するかのごとく、会話が聞こえない詰め所にいるキラ教団員でもある警備員はリドナーに対し、敬礼までしていた。 夜神ライトや弥ミサのように、人を完全に騙しきれるほど演技が上手い人間などごく僅かである。 教団内に彼女の正体・・・すなわちキラに逆らう捜査員であると告知してしまえば、自然彼女に対する態度は剣呑になる。 下手をすれば、メロに協力し高田清美を誘拐したマッドのように、その場で殺されてしまうことだってあり得るのだ。 そうなればリドナーは教団に来なくなるので、例の最後通牒であるタロットカードをニアの元に運ばせることが出来なくなるし、情報も掴みづらくなる。 もちろんそれは、谷口悠里にも当てはまる。 彼女にはリドナーと親密になって貰い、彼女から情報を引き出すという役目を担って貰う必要があった。 故に悠里にも、リドナーの正体は言わなかったのだ。 「・・・え、リドナーさんが? そんな・・・解りました」 悠里は最後の最後になってリドナーの正体を知らされたらしく、唖然とした顔になった。 だがすぐに表情を引き締め、ニア達に相対する。 「リドナーさんが、L側の人間だったなんて・・・残念です」 心からの言葉だったのだろう、悠里は大きく溜息を吐いた。 「とても・・・残念です」 軽く瞠目して繰り返した後、悠里は身体をずらして校門への道を開けた。 「・・・それでは、中へご案内いたします。くれぐれも、勝手に私から離れないようにして下さい」 「いいでしょう・・・それより、サラは無事なんでしょうね?」 ニアが確認すると、悠里は頷いた。 「ええ、もちろんです。今は夫が見ておりますわ」 悠里はあっさり答えると、一同を先導しながら校門をくぐる。 「キラ様はLを裁いたら、すぐにサワキさんは返すと仰せです。 キラ様は、罪なき子供を殺すような方ではありませんわ」 (これまで真摯に協力してきた高田清美を、用済みになったら自殺させるような男ですけどね) ニアは内心で、嘲りながら呟いた。言葉に出しても、どうせ悠里は信じないからである。 「今は夫が、彼女を見ております。 それにしても、酷いですね貴方がたは」 きっと目を吊り上げて、悠里がニア達を睨みつける。 「女の子の皮膚の中に、発信機や盗聴器を埋め込むなんて」 「何だと?」 初耳以外の何ものでもなかった捜査員達は、それこそ目を吊り上げた。 「そういえば・・・」 『サラには、キラ達に絶対に解らないように発信機と盗聴器が仕掛けてありますので』 ニアの言葉を思い返して、松田は顔を青ざめさせた。 「もしかして、これのことですか?! ひひひ皮膚に発信機と盗聴器埋め込んだって、鬼ですかニア! しかもバレてるし!」 松田が怒鳴るのも無理はない。 実は皮膚に盗聴器と発信機を埋め込むという手法は、確かに囮捜査によく使われる手段だ。 衣服につけた場合、着替えさせられればそれまでだし、イヤリングや指輪などに仕込んでもやっぱり取り上げてしまえばいいだけだ。 しかし、皮膚に埋め込めばまずバレないし、機械で発信機がついていると解っても取り出すことはまず無理だ。 素人が取り出し作業をやろうものなら間違いなく出血してしまい、下手をすれば死ぬ危険がある。 だがキラ教団には、皮膚科の医師でもある谷口和利がいる。だからあっさりと、取り外しが可能だったのだ。 皮膚に麻酔を打ち、皮膚を切開して埋め込み、取り出すにもメスを使う。そのため、傷跡はわずかなりと残ってしまうのだ。 「手段としては考えたものですが、お陰でサワキさんの皮膚には傷が残りました。 夫がなるべく残らないように処置を施しましたから、さほど目立ってはいませんけどね」 軽蔑の色がたっぷり含まれた視線を投げつけられて、相沢達は唇を噛んだ。 「・・・まあ、L以外には知らされていなかったようですが。 貴方がたが、どうして後になって文句を言うような策を黙って実行するような方に従っているのか、私には理解できません」 ふと思い返してみれば、ニアと自分達は捜査方法でよく激突してはいた。 しかし、ニアのほうが確かに効率的に効果を得られるため、仕方なしに従っただけだ。 だが、結果として十六歳の少女を危険な場所に捜査に向かわせ、誘拐させてしまった挙句、小さいとはいえ身体に傷が残ってしまった。 「・・・・」 「ですが、この件に関して私どもが文句を言える筋合いはありませんね。 苦情は全てが終わった後で、サワキさんから聞いて下さい・・・こちらです」 一同の間に重苦しい雰囲気が落ちたが、それを無視して悠里が案内したのは、体育館だった。 かなりの規模を持つ体育館に、パッと灯りが灯される。 明るくライトが灯されている体育館を見上げて、捜査員は拳を握り締めた。 体育館の出入り口には、土足厳禁と書かれた紙が貼られており、靴箱が置かれた履き替え場がある。 ニアを含む捜査員達が、ぞろぞろと入っていくと、悠里は扉を閉じてしまった。 「待っていましたよ、Lと捜査員の皆さん。 監視カメラで見たけど、とても世界の頭脳とは見えないね」 クスクスと笑いながら失礼な言葉で出迎えたのは、弥ライトだった。 悠里と同じように、マイク付きヘッドホンを身につけている。 「失礼、初めまして。僕が夜神ライトと弥ミサの息子、弥ライトです」 愉快そうにそう自己紹介した彼は、すっと手を差し出した。 「さっそくですけど、貴方が持ってきたデスノートを見せて下さい。 あ、もちろん中のページを一枚だけ破って、僕に渡して貰うだけで結構です」 デスノートが贋物なら、ページを触ってもニアに憑いている死神・リュークは見えない。 だが逆に、本物ならリュークの姿が視認できるようになるため、このノートが本物であるという証明になるのだ。 「なるほど・・・用心深いことですね」 「それはお互い様。 代わりに、コレはいかがです?」 そう言ってキラが取り出したのは、名前が書けるほど大きくはない紙の切れ端だった。 「それは・・・」 「僕達が持っている、デスノートの切れ端です。 父が、貴方と話したいそうなのですが・・・それには、貴方が持っているデスノートが本物であるという証明が必要です」 そうでなければ、体育館に続くドアは開かない、ということか。 ことここまで来て、夜神ライトが贋物を掴ませるとは思えない。名前が書けるほど大きな切れ端でないのが、いい証拠だ。 (夜神ライトの姿が見えるようになるというのは、こちらにとっても悪い話ではない。 逆らえば、まず日本捜査員の命が見せしめに消されるだろう。 それに、むしろ好都合だ・・・) ニアはカバンから黒いノートを取り出すと、無造作にページの端を小さく切り取り、キラに手渡した。 キラの手に切れ端が触れた途端、キラの目に口が大きく裂けた異形の死神が映る。 「どうも・・・へぇ、貴方がリュークですか。初めまして」 さすがに父とは全く異なる容姿である死神の姿を見て、キラは冷や汗を流しながら驚いた。 「ククク、初めまして。ま、こっちはずっと、モニターを通して見てたんだけどな」 リュークが笑いながら挨拶すると、キラは小さく息を吐いた。 「貴方がLに余計なことを言ったお陰で、父は大層怒っていましたよ。 『これ以上余計なことはするな』と言うのが、父からの伝言です」 「あ、やっぱり?まあ、見ていて面白いから、何もしねえよ」 多分、と内心で付け足して、リュークは笑う。 「・・・まあ、父は基本的に貴方は何もしないと言っていましたけどね。 父さんは怒ると恐いから、余り怒らせないで下さい」 初代Lこと竜崎が、東応大学入学式でライトと顔を合わせた日のことを思い返して、リュークは切実なキラの言葉にしみじみと頷く。 あの日のライトは、竜崎と別れた後無言で電車に乗り、無言で帰宅して部屋に鍵を閉めた後、思い切り怒りを吐露したのだ。 『こんな屈辱は初めてだ!』 その時のライトの形相は、今思い返しても恐い。 「怒り狂う貴方の父親が恐いのは、私も知っていますがね・・・それより、貴方のデスノートの切れ端を下さい」 空気を読まずにニアがそう要求すると、キラは気にした様子もなくデスノートの切れ端をニアに手渡した。 続いてその切れ端は、相沢、松田、模木、リドナーに回され、全員が手に触れる。 「それは正真正銘に、本物のデスノートの切れ端です。 では、案内しましょう・・・父の元へ」 キラはそう言って父親そっくりの笑みを浮かべると、体育館へと続くドアを開けた。 ニア達がキラの後に続いて体育館へと入ると、まず綺麗に磨き抜かれた床が目に付いた。 さらに体育館の奥にあった舞台に視線をやると、その前に弥が立っている。 彼女もキラや悠里と同じように、マイク付きヘッドホンを身につけていた。 そして、その背後浮かんでいるのは。 「・・・お久しぶりですね・・・夜神ライト」 ニアが淡々とした口調で話しかけると、黒いマントをたなびかせた秀麗な顔立ちの死神が、ニヤリと笑みを浮かべて応じた。 「全くだな、ニア。 待っていたよ・・・お前を殺す、この日を」 相沢、松田、模木の三人は、目を見開いてそのその死神・夜神ライトを凝視している。 その端麗な容姿は、最後にYB倉庫で見た時のものと、全く変わっていない。 だがその背中から生えた黒い翼が、彼を人間以外のものと知らしめている。 「ライト、君・・・?」 そう呟いた松田に、ライトはちらっと視線を向けたが、すぐにニアに視線を戻した。 「お前も、何も考えずここに来たわけじゃないだろう? さあ、始めようか」 どちらの策が上を行くか。 ライトとニアの視線が、空中でぶつかった。 その様を、体育館の舞台上に設置されていた監視カメラが凝視していた。 「ネイト・リバー、スペルはNate River・・・♪」 体育館から離れた理事長室では、豪華な革張りの椅子に座っている少女・弥ネオンが、楽しそうに笑っていた。 彼女の前にある、これまた豪華なマホガニー製の机の上で開かれたノートパソコンのディスレイには、体育館で父と対峙している探偵の姿が送られてきているのだ。 彼女は身につけていたマイク付きヘッドフォンのマイクに向けて、もう一度繰り返した。 「ネイト・リバー、スペルはNate River~♪」 その柔らかな前髪が、不意にふわりと浮いた。 ネオンは不思議に思うこともなく、得意げな笑みを浮かべて言った。 「えへへ・・・パパにも、後で褒めて貰おっと!」 そして彼女は立ち上がると、理事長室を出て行った。