《Page28 通牒》 相沢達は神光学園から出た後、すぐに携帯でサラが誘拐されたことと、キラからのメッセージをニア達に伝えた。 もちろんすぐに帰還命令が出たため、急いで捜査本部ビルに戻ると、難しい顔でレスターが出迎えた。 相変わらず床に座り込んで、ニアがパズルのピースをはめ込んでいる。 「すみません、レスターさん、ニア。サラが・・・」 「ああ、そのことはいい。サラが誘拐されるということは、ニアの計画の範囲内だったらしいからな」 松田の謝罪にレスターが複雑そうな顔で言うと、相沢が眉間にしわを寄せた。 「何だと?どういうことだ」 剣呑な視線を浴びせられたレスターが、サラを初めから誘拐させるつもりだったとニアが話したことを、申し訳なさそうに告げた。 「ふざけるな!そんな、俺達に黙って・・・!」 「怒るのは解る。だが、サラ自身も承知の上だと・・・」 「だからといって、許されることか!」 相沢がニアを睨みつけると、ニアはパチンとパズルの最後のピースをはめ終え、パラパラと床に落としながら言った。 「どうしても、デスノートのありかを調べるために必要なことでしたから。 彼女にはキラの元に向かって貰い、デスノートを発見次第、燃やして貰うことになっています」 「だが、万が一サラの名前が書かれてしまったら・・・! たとえ燃やしても、デスノートの効果は消えないんだろう?!」 松田が悲鳴じみた声でリュークに問うと、リュークはリンゴを齧りながらあっさり頷いた。 「ああ、いったんデスノートに名前を書かれてしまえば、ノートを燃やしたり切り刻んだりしたところで、無効になったりはしない」 その答えを聞いて、相沢達が顔面蒼白になる。 「じゃ、もう既に死の状況とか死ぬ時間が書かれていることも、あるってことじゃ・・・」 松田が震えながら呟くと、ニアがそれはないでしょうと否定した。 「先ほど、夜神ライトが刑務所内の囚人を使った実験データで得た情報ですが、どうやらデスノートは記載された状況に無理がある場合、その通りにはならず心臓麻痺になるようなのです。 刻一刻と変化する状況のさなか、彼女がキラが予定した時ではなく、妙な場面で死ぬようなことになれば人質がいなくなってしまうので、ギリギリまで名前を書くようなことはしないと思います」 「しかし、名前を書かれてしまう危険があることに、変わりはないだろう」 「逆に言えば、その前にデスノートを押収し、燃やしてしまえば書かれはしません。 弥姉弟が切れ端を持っている可能性がありますから、彼らを先に抑える必要が出てくるかもしれません」 サラの身の安全を思うと、確かにそのほうがいいかもしれない。 「それより、サラを救出するほうを考えましょう。 キラの・・・夜神ライトの要求は、私自身がデスノートを持って神光学園に向かうことでしたね」 「ああ。もちろん、顔を隠さずに来いということだろうが・・・マスクをつけても、もはや無駄だしな」 死神がいる限り、マスクをつけたところでサラ達と同じように剥ぎ取られるのは明白だった。何しろ姿が見えないのだから、注意のしようがない。 「そうでしょうね。ミスター相沢達のマスクを剥がしたのも、その警告を込めていたのでしょうし・・・」 ニアがオモチャ箱から、現在の状況を示すための人形を取り出した。 神光学園と書かれた小さな台に、弥、弥ライト、弥音遠、谷口和利、谷口悠里と書かれた人形を円形状に置き、弥の背後に夜神ライトと書かれた死神人形を置く。 そして円形状の人形の真ん中に、サラと書かれた少女の人形を置いた。 「今現在、サラはキラ達に囚われています。 彼らの目的は、私を自分達の陣地に引きずりこみ、顔を見て名前を知り、デスノートに名前を書いて私が持っているデスノートを押収するということでしょう。 つまり夜神ライトは、私が初めからデスノートを持っていることを知っていた」 「あんな要求をしてきたのだから、当然だな」 相沢が頷くと、ニアはノートの模型を二個取り出し、捜査本部と書かれた台に捜査員達の名前が書かれた人形を置き、自分の名前が書いてある人形にノートの模型を置き、リュークそっくりの人形を背後に置く。 「つまり、彼の目的は私を始末することと、デスノートを奪うことの二つあった。 私をさっさと殺してしまうとデスノートのありかが解らなくなるので、これまで殺すことが出来なかったと考えられます」 ニアが推理したのは、こうだ。 夜神ライトは死神になった後、ニアがあの日YB倉庫に持って来ていたのは贋物と知って、奪い返そうと決意した。 彼の性格上、自分が使用していた大事な道具を他人に奪われているままというのは我慢ならないだろうし、万が一にもニアがデスノートを使おうとするかもしれないとも考えただろう。 しかし、ライトはニアの性格をよく解っている。絶対に本人しか解らない場所に隠してあると予測したので、すぐにニアを殺せばノートは永遠に行方不明のままであろう。 ゆえにライトはニアを殺さず、回りくどい方法でデスノートを奪い返そうとしたのではないだろうか。 「リュークによりますと、いったん人間の手に渡ってしまったデスノートは、死神が関与することは出来ないそうです。 つまり、夜神ライトが私の近くにこっそり来て、ノートを奪ったり燃やしたりするなどの行為は許されていない。 しかし、人間同士がノートを奪い合う、燃やすなどの行為は、何ら問題はない。 だから、どうあっても自分の子供の手にデスノートが渡らなければならなかった」 “デスノートを紛失および盗まれた場合、490日以内に再び手にしないと、所有権を失う” もちろん所有権は、盗んだ人間に490日後に移るし、所有権がなくともデスノートを使用することは出来るので、その場でニアの名前を書いて抹殺すれば、その時点で所有権は盗んだ人間のものだ。 「なるほど、それでニアを殺さなかった理由が解ったな。 しかし、それだとニアがデスノートを持って行けば、その場で全員の名前を書かれてデスノートを奪われてしまうということになるぞ」 レスターの予想は、もっともなことだ。 ニアがノコノコとデスノートを持って神光学園に入れば、死神の目を持っていると思われる弥がニアの名前を知り、自分達が持っているデスノートに名前を書いて殺し、デスノートを奪ってしまうだろうことは、容易に考えられた。 「でしょうね。ですから・・・」 ニアが自分が考えていた計画を捜査員達に話すと、捜査員達は驚きつつも了承した。 「それなら、最低でもサラだけは助けられるな」 「この策で重要なのは、時間稼ぎです。 サラには、キラ達に絶対に解らないように発信機と盗聴器が仕掛けてありますので」 「いつの間に・・・」 松田が呆れたように言ったが、ニアはスルーした。 「では、すぐに準備を・・・」 ニアがそう言いかけた刹那、このビルに来訪者が来たことを告げるブザーが鳴った。 「あれ、誰だろ・・・あ、もしかしてリドナーかな」 まだ戻ってきていないのはリドナーのみだったので松田がそう予想しながら玄関の監視カメラを見ると、確かにハル・リドナーであった。 彼女は全ての貴金属類を外して暗証番号を入力し、指紋・網膜照合キーを開けて捜査本部ビルに入っていく。 「確か、彼女キラ教団の会合に出てたんだよね?無事だったんだ」 サラがあのような事態になったので、リドナーの身危うい可能性もあったがどうやら杞憂だったと思い、一同は胸を撫で下ろす。 「お帰りなさい、リドナー」 リドナーが捜査ルームに戻ってくると、松田が安堵の表情で出迎えた。リドナーは軽く頷くと、さっそく報告を始めた。 「ニア、キラ教団ですが、どうやら政治にも関わろうとしているようです」 リドナーがキラ教団の数名が今度の選挙に出馬すると表明し、神崎康煕もその候補に挙がっていると告げると、ニアは予想していたのか呆れた顔で、床に落ちていたボールを指先で弾いて転がす。 「まあ、犯罪者を殺すだけでは新世界とやらを創るのは無理でしょうからね」 ニアは興味なさげだったが、日本在住の捜査員達は顔を引きつらせた。以前キラに屈した警察や政治家達が、自分達にかけてきた圧力を思い出したのだ。 キラに屈するだけならまだしも、完全に服従した政治家達がキラ捜査員達にかけてくるのは圧力ではなく、もはや弾圧であろう。 「選挙までに、何としてもキラ事件を片付ける必要がありますね。 こうなってしまった以上、私達が勝つにせよ負けるにせよ、決着は今夜つきます」 ニアの台詞に、まだサラが誘拐されたことを知らないリドナーが理由を尋ねると、レスターがジェバンニと伊出が殺された上、サラが体育祭の最中にマスクを外され、その後弥達によってさらわれたことを話した。 「サラを無事に帰して欲しかったら、ニア自身が本物のデスノートを持って来いというのがキラ側からの要求だ」 「そんなことが・・・もしかして、その件と関係があるのかしら」 リドナーがそう呟きながら取り出したのは、一枚の白い封筒だった。 「これは?」 「実は、会合の後神崎康煕と話す機会があったのですが、帰り際に渡されたのです」 リドナーが語ったのは、以下のことである。 『貴方とは以前から、お話ししたいと思っていました、ミズ・リドナー』 『恐縮です』 リドナーが頭を下げると、神崎は形だけ笑みを浮かべて最近のいじめ問題や不登校問題、教師による児童に対する問題ある振る舞いについて熱心に語った。 リドナーはキラに繋がる話があるかもしれないと、終始聞き役に徹していたが、これといって参考になる話はなかった。 ただ一つだけ、神崎は自分が文部科学大臣となり、それらを解決するようにキラから命じられたことを心より名誉に思っていると誇らしげに言ったという。 「その後、神崎は仕事に戻ると言って部屋を出たのですが・・・その際私にこれを渡したんです。 支部から出て、中を確認してみたら、こんなものが入っていて・・・」 自分には意味が解らないのですが、と言ってリドナーが封筒から取り出したのは、二枚のカードだった。 「あれ・・・これって、タロットカードじゃないか」 絵柄こそ多少違っていたが、サラの部屋にあったタロットカードを思い出して松田が言うと、ニアがサラと書かれた少女の人形に視線をやった。 「やっぱり、そうですか。 あの、これってどういう意味なんでしょう?」 リドナーが困惑しながら問うが、相沢や松田、模木はもちろん、レスターも首を傾げてリドナーが差し出した二枚のタロットカードを見つめるばかりだ。 「これ、スター(星)とジャスティス(正義)のカードだよね。 意味は確かスターが“理想・希望・出会い・未来”。 ジャスティスが“公正・均衡・正義・誠意・調和”だったと思うけど」 「詳しいな、ミスター松田」 レスターが感心すると、松田は照れた。 「いえ、サラからの受け売りですよ。 でも、これに何の意味が・・・」 松田の疑問はそのまま一同の疑問だったが、それに答えたのはニアだった。 「もう隠している意味もありませんから言いますが、サラの本名はスターラー・ジャスティスと言います。 文字にすれば、こうなります」 本来、ワイミーズハウスにいる子供達の本名を知っているのは、本人とその子供達を集めたワタリしか知らない。 ことにキラ事件があってから名前に対する警戒が強くなったため、ニアでさえあえて知らないようにしていたほどだ。 だがニアには死神の目があるため、サラの本名を知ることが出来たのだ。 【Starer・Justice】 「あ・・・!」 松田はサラの部屋にあった22枚のタロットカードのうち、スター(星)とジャスティス(正義)のカードだけが他のカードより使い込まれていた形跡があったことを、思い出した。 自分の名前が入っているカードなのだ、幼い頃よくそれを弄っていたのだろう。だからあの二枚のカードだけ、あんなに傷んでいたのだ。 「うわ・・・じゃあ、この二枚のカードを送った理由って・・・」 「サラの本名を書かれたくなかったら、言うとおりにしろという最後通牒です。 私が送った嫌がらせのカードの仕返しもあるでしょうが・・・」 夜神ライトに送りつけた、逆位置のワールド(世界)の件を思い返して、ニアが呟く。 一同の間に、重い沈黙が横たわる。 いかにサラが危ない状況か、よく理解できたからだ。 しばらく沈黙の協奏曲が奏でられたが、それに耐えられずリドナーが口火を切る。 「ニア、その要求に応じるつもりですか?」 余りの事態に冷や汗を流しながら問われて、ニアは肩を竦めて頷いた。 「もう贋物を作る余裕も人材もありませんし、レスター、ワタリ、そして私以外の捜査員の顔と名前を知られてしまった以上、応じるしかありませんよ。 ただし・・・」 同時に先に語った計画を話すと、リドナーは納得した。 「殆ど賭けに近い策ですが・・・仕方ないでしょうね。 八時まで、あと三時間しかありません。細かい打ち合わせに入りましょう」 リドナーの言葉に反論はなく、一同は真剣な表情で話し合いに入った。 それらを口を大きく開いてリンゴを食べていた死神が、クククと笑いながら楽しそうに見つめていた。