《Page27 問答》 模木も死神の仕業だとすぐに解ったのか、弥のほうに視線を移すと彼女は手にしていたデジタルカメラを、何かの紙切れと一緒に警備員に渡していた。 警備員は頷くと、それを持って校門のほうへ歩き出す。 「おい、松田」 「何ですか、模木さん!今、それどころじゃ・・・」 松田が心配そうにサラを見つめながら苛立った声で応じると、模木は無言でカメラを持った警備員を指す。 「今、弥から受け取ったカメラだ。急いでいる様子だが・・・」 「死神の目を持った人間に渡すってことかな・・・え、でも死神はここにいるんだから、死神の目を持っているのは弥さんってことになるけど・・・?」 死神の目の取引は、デスノートの所有権を持っている人間とだけしか行えない。ニアは弥の寿命が見えないことから、間違いなく彼女がデスノートの所有者だと言っていた。 「そうか、デスノートに名前を書くには、顔と名前が必要・・・彼女がサラの顔を見て名前を知り、デジカメで写真を撮ってノートを持っている人間に教えようとしているのか・・!」 松田がそう推理すると、模木も頷く。 「ノートを持っていないなら、弥を抑えても意味がない。 それどころか、自分が戻ってこなければノートにサラの名前を書くと脅す材料にもなる。考えたな」 デスノートの効果を得るには本名を書くほかに、“顔を思い浮かべる”という行為が必要だ。 サラがマスクをつけたのは、死神の目で本名を知られるのを避けるという意味もあったが、もう一つ顔自体を明かさないという理由もあったのである。 校内は監視カメラだらけだが、正確に顔を撮影して名前を書いた紙と一緒に手渡しておけば、より確実と言うわけだ。 「今、警備員を取り押さえるわけにはいかないですかね?」 「無理だ・・・今そんなことをすれば、サラに何をされるか解らない。 だが、確実にノートの所持者がいるところに向かうのだろうから、尾行して居場所を突き止めるべきだろう」 松田はサラが心配で仕方なかったが、相沢に任せるしかないと言い聞かせ、模木の提案を聞くや、足早に警備員を追う。模木は弥を見張るため、その場に残った。 警備員はまっすぐに校舎内に入ると、まっすぐに理事長室に向かっていく。 「やっぱり、あそこにデスノートがあるみたいだな。でも・・・」 理事長室は校長室、職員室と並んでおり、その向かいに保健室と図書室が存在しているのだが、そのエリアは既に五名もの警備員によって封鎖されている。 しかもその警備員は皆、キラ教団のバッジを身につけていた。 もはやここが、キラ教団の本拠地であることを隠しもしないあからさまさに松田は息を呑み、物々しい警備のあるそのエリアから、即離れるしかなかった。 松田が歯がゆさを噛み締めながら弥のいる救護テント近くに戻ると、既に閉会式が始まろうとしており、そこにサラはもちろん、弥ライトの姿も見当たらなかった。 救護テントにいるのは弥だけで、校医である谷口はいない。模木によると、サラが校舎内に入っていった後、すぐに彼も後を追ったとのことだった。 「模木さん、あの警備員は理事長室のあるエリアに向かいました。 そこには五人のキラ信者と思われる警備員がいてよく見えなかったので、正確に理事長室にいるとは断言できませんが・・・」 松田の報告に模木は眉間にしわを寄せた。 「キラ信者?どうして解った」 「キラ教団のバッジをつけてましたから、すぐ解りますよ」 サラのマスクを剥ぎ取ったことから見ても、キラがこの場で決着をつけようとしているのは明白だった。 使える手駒を配置するのは当然のことだから、キラ信者がその警備員だけとは限らない。 「とにかく、ニアの判断を仰ごう。サラのことは相沢さんに任せるしかない」 「そうですね、じゃあ僕がいったん校舎の外に出ます」 松田がそう言って歩き出そうとすると、模木が小さく制止した。 「待て」 「何ですか、模木さん。僕急ぐんですが」 松田が苛立ったように言うと、模木が無言で救護テントを指し示す。 閉会式の挨拶が済み、表彰式が始まったのだが、弥は救護テントから出て歩き出した。 「何だろう・・・こんな時にどこへ・・・」 松田の呟きに同意しながら、模木もその動きを追う。 弥はいったん保護者の邪魔にならないように後ろに回ると、どうやらこちらに向かっているようだった。 「何か、こっちに来るみたいですけど・・・何かあるんでしょうかね?」 「・・・・」 二人が緊張して弥の動きを見守っていると、松田の呟きは見事的中し、弥は彼らの前にやって来た。 すっきりと細い体型にやや不釣合いな白いジャージを着、赤十字のマークをつけた腕章をしている。 「初めまして、弥と申します。Lの捜査員の方々ですね」 無表情に淡々と自己紹介と確認をした弥に、松田はとりあえず否定した。 「いえ、そんなわけでは・・・」 だが彼女はそんな二人に対し、冷ややかに言った。 「顔を隠している時点で、既にそうだとしか思えません。 名前と寿命が見えないようにしたことで、貴方がたは自ら正体を暴露したようなものです」 「う・・・」 至極もっともな意見に、松田が詰まった。 もっとも、マスクをしなかったらしなかったで、松田達捜査員の顔を知っているライトが正体を彼女に教えていたであろう。 人間の名前を教えるのは禁止されている。だがその人間がどういう人物かを教えることまでは構わないのだから、どうせ正体がバレるのなら、名前と顔を隠すほうが上策である。 緊張する二人に構わず、弥は無感情に言った。 「では、本題に入らせて頂きます。キラ様からの伝言を、そのままお伝え致しましょう。 『今夜の八時に、L本人が持っているデスノートを持って神光学園初等部の体育館に来い。 もしこれに応じなかった場合、捜査員から殺していく』 以上です」 弥がそう告げた途端、松田と模木のマスクがサラと同じように半分に割れ、顔の上半分が露出する。同時にフラッシュ音が耳に響き渡った。 「!!」 二人が思わず顔を両腕で覆い隠したが、既に間に合わなかった。弥がカメラ付き携帯電話で二人を撮影しており、それを転送したのである。 「くそっ・・・!」 「ライト君・・・」 模木と松田が弥を見つめていると、携帯電話を閉じた弥が背後を仰ぎ見ながら言った。 「・・・松田桃太、模木完造。これで私達は、貴方達を殺せます。 あと、あのサラという少女の元に向かったサワキという方ですが、それも同じようにすればすぐに解ること」 破れたマスクを忌々しそうに地面に投げつける松田に、弥は冷静に告げた。 「解っていると思いますが、私に何かあった場合、即座に貴方達の名前がデスノートに書かれることになります。 さらに、キラ様に不利益になるようなことをすれば、サラという少女の本名も・・・」 「あの子は子供だ!僕達が勝手に巻き込んだ、あの子も被害者だぞ!」 松田が叫びながら抗議すると、弥の顔が嫌悪に歪んだ。 「なら、どうしてあの少女をここに潜り込ませたのです?危険だと解っていて」 「・・・それは」 言いよどむ二人に軽蔑の視線を投げつけながら、弥は言った。 「子供だから私達に殺されないだろうと判断して、ですか? 確かに子供を殺すのは心苦しい限りですから、こちらとしてもギリギリまで名前を書くつもりはありません。 ですが、犯罪者のない新世界を創世するためなら、やむをえないことです。 貴方がたが、私達を犯罪者と思い、それを捕まえるためなら子供を死ぬかもしれない最前線に、たった一人で向かわせてもいいと考えたことと同じように」 「それは違・・・!」 「私達のように、助ける立場にある大人を常に彼女の元につけることもせず、よくぞそこまで出来たものです。 キラ様にどういう形であれ関わる者は、等しく命を賭ける覚悟を持たなければならないことくらい、今や皆が知っていることでしょう。 彼女は子供だから殺すなと言うのであれば、初めから関わらせなければよかったのです」 弥はそう言い捨てると、くるりと二人に背を向けた。 「キラ様からの伝言は、確かに伝えました。 それでは、今夜の八時にお待ちしております」 弥は最後にそう告げると、呆然と立ちすくむ二人の前から歩み去っていく。 地面に叩きつけられたマスクが、風に揺られて小さく乾いた音を立てていた。 一方、サラを追って校舎内に入った相沢は、保健室に向かおうと“廊下を走ってはいけません”という張り紙を無視し、全速力で走っていた。 松田とは違う入り口を使ったので彼と鉢合わせることはなく、あと少しというところで小さな人影が相沢の足を止めた。 「君は・・・!?」 「こんにちは、サワキさん」 にこやかにそう挨拶したのは、サラのダンスパートナーにしてキラに深く関わっている人物・弥ライトことキラだった。 「あ、ああ、確か弥君、だったかな。姪に会いにきたんだが」 焦りを押し隠しつつそう尋ねた相沢だが、少年はまどろっこしいやり取りを好まなかったようだ。 「もうそんな建前はいいですよ、Lの捜査員さん」 「・・・・!」 「顔が見えないマスクをしているだけで、自分でバラしているようなものですよ?」 弥が松田達に言った台詞と同じことを言うと、キラは楽しそうに笑った。 「今、サラさんはこっちで預かっています。Lが持ってるデスノートと交換しませんか?」 「何だと・・・?!」 「これに応じて貰えないと、彼女の命は保証できませんね。 詳しいことは、貴方の連れの二人組の方が知っています。叔母さんがキラ様からのメッセージを伝えているはずですから」 キラの言葉に、相沢が搾り出すような声で尋ねた。 「キラというのは、夜神ライトだな」 飾りもしない直球の質問にキラは驚いたが、すぐに面白げに笑いながら答えた。 「そうですよ?そして僕達姉弟の、父親でもあります」 人好きのする笑みでそう告げた少年は、確かに紛れもなく夜神ライトの面影を宿している。 相沢が夜神ライトに会ったのは彼がキラ事件の捜査に加わってからだが、彼が十二歳の頃を想像すれば、間違いなく目の前の少年になる。 「別に知られても構わないので、教えただけですよ。僕の髪の毛でも入手していれば、DNA鑑定ですぐに解ることですし。 もっとも、親子でなくても僕が父さんの駒なのは事実だから、血縁関係を確認したところで無意味ですけどね」 「・・・君が生まれたのは、ライト君が亡くなってから二年も経ってからだ。それなのにどうやって・・・」 「人工授精だそうですよ。 父さんは自分の精子をアメリカの精子バンクに登録していたそうで、それを母さん・・・弥ミサが自分の卵子に受精させて生まれたのが、僕・・・」 弥ミサは夜神ライトの死後、キラ教団の教母として世界各地を回り、キラの教えを広める活動をしていた。 その中にはアメリカも含まれており、ロスやニューヨークにも足を向けていたことが判明している。 さすがに彼女が回った施設や店全部を調べられたわけではないので、精子バンクにまで行っていたとは解らなかったのだ。 布教活動は、弥ライトを生み出すための隠れ蓑だったということだろうか。 唖然とする相沢を、キラはクスクスと笑いながら見つめている。 「どういう理由で父さんが精子バンクに登録したのかは知らないけど、僕がそのお陰で生まれたことは事実です。 まあ、薄々気づいていたかもしれませんけどね」 父親の死後に子供を産もうとした場合、確かにそれ以外方法がない。 夜神ライトがどうして精子をわざわざアメリカに残したのかという疑問が残るが、キラが知らないと言った以上、彼から答えを得ることは出来ないだろう。 「僕はLを葬るこの日のために産まれました。 ああ、同情しなくて結構ですよ。僕が父のことを知ったのは十歳の時で、新世界の創世のためにLを倒す計画に加担することを決めたのは、僕の意志ですから」 相沢が自分に向けている視線の色に気づいたのだろう、キラははっきりそう言った。 「・・・君が関わっている計画は、殺人だ。それは紛れもない、犯罪だろう」 「言われなくても解っていますよ。けれど、犯罪者を出さないためには、仕方のないことです。 犯罪者が何の罪もない人間を殺して利益を得るのと、キラが犯罪者を殺し、犯罪の抑止力となるのと、どちらがましですか」 「だが、人間社会には法がある。それにのっとって処罰されるべきで、キラが一方的に処断することは許されない」 「それはおかしな論理ですね。そもそも先に法を犯しているのは、犯罪者のほうではありませんか。 それに、法を犯した犯罪者でさえ、正当な罰を受けていると言えますか? 谷口先生の子供を殺した犯人は、何の罪も犯していない幼児を殺してバラバラにした上、バッグに詰めてコインロッカーに捨てたのに、“精神障害の疑いがあり、責任能力なし”で精神看護を受ける刑務所に行くんです。 だいたいあそこまでした人間が、頭がおかしくないわけないじゃないですか。生きてて何の意味があるんです?」 先ほどからの笑みは姿を消し、あのYB倉庫での夜神ライトを髣髴とさせる表情で、キラは続けた。 「みんなそう思ったからこそ、キラを支持するんです。 犯罪者が跳梁跋扈する世界か、キラが死を持って管理する世界のどちらがいい世界か、嫌と言うほど思い知ったから」 「しかし、それでは捜査員達はどうなる?!彼らもまた、罪人ではない」 「たとえて言うなら、戦争でナイフを向けられた兵士が応戦して相手を銃で撃ち殺したら、犯罪ですか? 違いますよね、戦場にいる以上、命のやり取りは当たり前です。 まあ確かにその辺り父は行き過ぎたとは思いますが、僕は貴方達にだけは父を非難する資格はないと思っていますから」 意外にも父親にやり過ぎの面があることを認めたキラに相沢は驚いたが、続けられた“自分達に夜神ライトを非難する資格はない”という言葉に眉間が寄る。 「何故、そう思う?」 「知れたことです。 Lはキラを見つけ出すため、リンド・L・テイラーという犯罪者をテレビの前に立たせ、自分の身代わりにしたそうですね。 結果、確かにキラという犯罪者を殺す人間が実在したことと、そのキラが関東にいるということが判明しました。 代わりに彼は死んだわけですが、それと父が犯罪者を抑制するために犯罪者を殺した行為と、どう違うというんでしょうね?」 「・・・・」 相沢は返答できず、黙りこくった。 目的のために犯罪者を犠牲にしたという点では、初代L・竜崎とキラ・夜神ライトは、確かに同じである。 「それだけじゃない、貴方達は第二のキラである母を、逮捕状もなく連行して監禁し、椅子に縛り付けて尋問したそうですね。 しかも、いっそ殺せと叫ぶほど衰弱したのに、解放しなかったとか・・・。 それって、貴方が言う“法にのっとった手段”なんですか?」 母にした仕打ちに怒りを隠せないのか、キラは睨みながら尋ねた。 「結局、ベクトルが違うだけで、やってることはキラもLも同じなんですよ。 それなら被害者が少なくなる手段を選んだほうが、ずっといいじゃないですか。 少なくとも僕はそう思ったからこそ、こうしてここに立っている・・・そして伯母も」 キラの台詞に相沢が目を見開いた瞬間、相沢のマスクが割け、ベリリと嫌な音を立てて剥がれ落ちる。 「つっ・・・?!」 「今まで貴方と話をしていたのは、伯母がメッセージを貴方の仲間に伝えている間、貴方を引き止めるためだったんですよ。 伯母がいなければ、貴方達がつけているマスクを剥がすことは出来ませんから」 顔を押さえる相沢を冷ややかに見つめながら、キラは相沢の背後にいる女性に視線を向けた。 「首尾はどうだった?伯母さん」 「完璧よ。顔と寿命が見えなかった人達の顔は、一人を除いて解ったわ。 人目につかないようにするのが大変だったけど・・・」 授賞式と言う表彰台に注目が集まっている間に松田達と接触したのは、それが理由だった。 サラ・サワキの祖父だという老人は人込みの中にいたために無理だったが、サラと三人の捜査員の顔が手に入っただけで充分だ。 相沢の写真を携帯で撮った弥は、甥の背後に立ちながら携帯に視線を落として言った。 「相沢周市さん、ですか。早く私が会った松田さんと模木さんと合流して、Lにキラ様からのメッセージをお伝え下さい。 今夜の八時に、またお会いいたしましょう」 弥はそう言うと、理事長室のほうへ歩き出した甥の後ろにつき従った。 相沢はそれを呆然と見送ると、後ろから自分の名前を呼びつつ走ってくる仲間の姿を認め、自身の両頬を叩いて気を入れ直す。 「相沢さん、実は・・・!」 「弥からキラ・・・ライト君からの伝言を預かったと言うんだろう。 このままここにいたら、サラの身が危ない。ここはいったんニアの元に戻って、策を検討しよう」 相沢の提案に否やはなく、三人はワタリと合流すると心配そうに校舎を振り返りながら、さわやかに閉会式を行っている神光学園を後にした。