《Page26 不意》 「皆様、大変長らくお待たせいたしました。本日の体育祭のトリを華麗に飾る、六年生の入場です! 皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!」 放送委員の言葉とともに、運動場に拍手が響き渡る。 体育祭のプログラムは滞りなく消化され、とうとう最後の演目であるワルツになったのだ。 六年生はドレスに着替えなければならないため、教師達による演目が始まるとすぐに教室内にいき、着替えを始めた。 女子達はこれまでの競技で疲れきっていたのだが、それ以上にシンプルではあるが華やかなドレスに、母や姉などから借りてきた美しい装飾品を身につけてご満悦で、非常に張り切っていた。 男子生徒はというと、クジ引きでお目当ての女子と踊ることが出来る者はイイトコ見せるチャンスとばかりに気合を入れているが、そうでない者は 『フォークダンスなら、あいつと踊れたかもしれねぇのになぁ・・・』 と己のクジ運の悪さを今更に呪っていた。 そんな中で、まさしく美男美女というありきたりな形容詞を独占しているのは、弥ライトとサラ・サワキだった。 満場一致でクラスの一番最後に出るという役を仰せつかった二人を見ると、中世ヨーロッパの社交パーティーの一幕を髣髴とさせるほどはまっている。 キラはごく自然にサラの手を取ってエスコートし、サラは笑顔を浮かべてゆっくりと優雅な足取りで彼の横を歩いていた。 運動場の中心には、クラスの代表が一組ずる選ばれることになっており、その代表は最後に出てくる手はずになっているのだ。 まるでクラスメイトが二人を待っていたかのように並び、二人はその列の中央を通って真ん中に出た。一番目立つポジションだった。 「さすがに体操服ではなくドレスやタキシードですと、まるで美しい花が咲いているかのようですね。これはとても華やかな出し物となりそうです。 それでは皆様、“華麗なる大円舞曲”、どうぞお楽しみ下さい」 放送委員がスイッチを入れると、軽快な音楽が運動場を満たし、それと同時に六年生全員が動き始める。 ドレスのスカートが男子の邪魔にならない程度にふわりと浮き、白い手袋が女子の手を引いて動きを助ける。 ほう、とあちこちから感嘆の息が漏れて、羨ましそうに下級生達が見入っていた。 その中でもっとも注目を浴びているのは、中央にいるクラス代表のペアだったが、やはりというかその中でも一番に視線を集めているのは、キラとサラのペアである。 よどみなくステップを踏み、軽々と妖精のように舞うサラを、絶妙のタイミングでキラがフォローする。 まるで何年もパートナーであったかのような呼吸の合わせ方に、踊っている六年生も思わず目を向けてしまうほどだ。 もちろん、別の意味の視線も存在する。 「あれが弥ライト・・・弥ミサの息子か」 そう呟いたのは、初めて間近でキラを目にする相沢だった。 時期的に見て夜神ライトの息子でないのは確かのはずだが、余りにも彼に似過ぎている。 リュークは死神は人間と交尾はしないと言っていたが、例外でもあり、本当は弥ミサとの間にライトが作ったのではないかと思うほどに。 相沢は小さく首を横に振り、カメラをしっかり二人に向けて撮影に専念するのだった。 「やっぱり、似てるよな・・・」 相沢と同じ感想を持ったのか、松田がぽつんと呟いた。 模木もその呟きに入る二つの固有名詞を考えるまでもなく解っており、全くの同感だったので重々しく頷く。 「普通、息子は母親に似るっていうけどさ・・・そりゃ、ミサの面影もあるけど」 そこまで言った時、模木が小さく口に指を当てて注意する。 「あっ・・・スイマセン」 松田はすぐに口を閉じた。 「それより、サラちゃんを撮らないと。うん、可愛いよなサラちゃん」 何事も起こらなかったら、この映像はいい思い出になるに違いない。 松田はそうなるように心の底から祈りながら、サラにピントを合わせてカメラを回す。 その横で、模木は救護テントにいる弥から視線を逸らさず見つめていた。 一方、このワルツのヒロインたるサラは、身体を動かしながらも目の前にいるパートナーであるキラを見つめ、考えを巡らしていた。 (ここまでは何事もなかった・・・やはり私を誘拐するとしたら、この後のはず) このワルツは軽快で、テンポが早めの曲だ。つまり、身体をかなり動かす。 当然終了後はジュースなどで喉を潤すことになるので、それに睡眠薬でも入れて誘拐するというのは、陳腐だが確実性のある策だろう。 サラは初めから誘拐される気満々なので、それについての対策はある。 ドレスに入れてあるポケットティッシュには薬品に反応する紙が仕込まれており、落としたフリをして薬の有無を確かめる。 反応がなければよし、あったら飲んだフリをして昏倒した演技をすればいい。 (別に飲んでもいいけど、連れ去られる時に意識があるほうが、いろいろ細工も出来る。 発信機と盗聴器の類は、一応いくつも持って来ているし) どうせ自分がL側だというのは、相手にバレている。ならばと、サラは既に開き直っていた。 イヤリングや指輪には盗聴器と発信機が仕込んであるので、ここに来るまでに交わした会話もニアにはまる聞こえだ・・・もっとも、どうでもいい世間話だったが。 五分少々の曲が徐々に音が小さくなり、同時に早くなっていく。 皆の動きもそれに合わせたものになり、そして最後に大きく二度鳴った。 手を繋いだ両手が上に上がり、男子が女子の腰を軽く抱き寄せたポーズでフィニッシュとなった。 数拍の間を置いて、拍手が鳴り響く。 「素晴らしく美しい演技を、ありがとうございます! 今年で初等部最後の体育祭となる六年生は、見事に有終の美を飾って下さいました! 皆様、今一度盛大な拍手をお願いいたします!」 アナウンサーが拍手をしながら言うと、ひときわ大きな拍手が運動場を包み込んだ。 その中を、ゆっくりとした足取りで六年生達は照れくさそうに笑いながら進んでいく。 サラもキラにエスコートされて、ゆっくりと歩いていた。 普通は退場門から出るのだが、閉会式に向けて六年生はまた体操服に着替えなければならないため、観客席を回ってから校舎に戻る。 E組から順に校舎に入っていくので、A組は最後だ。当然キラとサラが、最後尾ということになる。 サラが笑みを浮かべて観客席を回っていくのを、ワルツの最中は何もなかったと胸を撫で下ろしていた相沢と松田が、じっとカメラに映していた。 「全く、何も起こらなかったな・・・やはりサラを攫うのは、校舎内か」 レスターもサラと同じ見解に至ったのか、相沢と松田から送られてくる映像を眉根を寄せて見ながら言った。 「一番人目につきにくいですからね・・・保健室に連れ込んでしまえば、後は谷口和利に任せれば済みます」 デスノートの在りかを、何としてもサラに探って貰わなくてはならない。 それさえなくなれば、死神となった夜神ライトは人間界にはいられず、新世界の神とやらになる野望は潰えてしまう。 ニアはサラのイヤリングや指輪などに仕込んである盗聴器や発信機のスイッチが入っているのを再度確認すると、改めて耳を澄ませる。 「お疲れ様、サワキさん。 やっぱり本場仕込みの社交ダンスだね、一番動きが綺麗だったよ」 聞こえてきたセリフに、ニアは弥ライトと書かれている人形を手にとって言った。 「もう完璧に、サラが私達の仲間と知られていますね」 「どうして解る」 レスターが尋ねると、ニアはサラの人形を手にして弥ライトの人形と隣り合わせにしながら答えた。 「社交ダンスの本場は、イギリスです。サラはこれまで、弥ライトの前でイギリスにいたということは無論、イギリスという国名すら言っていないはずです。 それなのに弥ライトは、彼女のダンスを“本場仕込みの社交ダンス”と言いました。 つまり、もう既に彼は知っているんですよ・・・サラがイギリス出身、ワイミーズハウスの人間だということを」 それは、Lの後継者を育てるための施設の名。そこの出身者だということはすなわち、L側の人間だと断定する以外にない。 その言葉の意図にサラも気づいたのだろう、とっさに反応出来ないようだった。 「・・・・!」 「そう緊張しないで・・・ってほうが無理か。 悪いんだけど、新世界創世のために協力して貰うよ」 「え・・・どういう意味・・・」 (まさかこの場で、そんなことを言うか?言うとしたら、せめて誘拐する間際に・・・) そこまでニアが思い当たった刹那、信じがたい光景が目に飛び込んできた。 ちょうど二人が観客席を回り終え、校舎内に入っていこうとしているところだった。 あと少しというところで、何とサラのマスクが突然半分に割れ、顔の上半分が露出されたのだ。 「な・・・!」 予想もつかなかったこの攻撃に、さすがのニアも目を見開いて驚いた。 「まさか・・・どうして!」 先に大勢のクラスメイトが歩いていた道だ、何かが仕掛けてあったとは思えない。 まさか弥ライトが・・・と思うが、彼の両手はずっとサラの手にあった。 となると・・・。 「死神・・・夜神ライトか・・・!」 以前、ノートを奪ったメロが指揮するマフィアの元に、当時のアメリカ大統領・・・というより、Lとして指示を出した夜神ライトが、特殊部隊を突撃させたことがあった。 ところが顔をヘルメットで覆い隠していた特殊部隊は、何故か軒並みヘルメットを固定していたベルトを切られて顔を見られてしまい、死神の目を持ったマフィアに名前を知られ、デスノートに名前を書かれて殺されてしまった。 いきなりベルトが切られたことから、デスノートに憑いていたリュークとは別の死神の仕業だとすぐに判明し、ライトは余計な策を練るハメに陥っている。 つまり死神は、人間に危害を加えさえしなければ、人間が身につけている物を壊すくらいのことは許されているということになる。 「こんな直接的な攻撃に出るとは・・・目が見えるほど顔が露出しているということは、当然サラの名前が見えているはず・・・」 ニアが死神の目を手に入れた後、顔のどの辺りまで隠せば名前と寿命が見えなくなるかの実験を、当然行っている。 その際、大ざっぱに言えば “視界に入っている人間と自分が認識している人” “横顔でもいいが、目が自分に見えている人” “サングラスをかけているなら、顔全体がはっきり見えている人” の三つに当てはまるなら、名前と寿命が見えることが判明している。 サラの場合、おそらく後頭部に切れ目を入れられた後、顔の上半分が見えるようにマスクをめくられたのだろう。見事にニアの死神の目に、サラの本名と寿命が映っていた。 相沢達の狼狽した声が、モニターから聞こえてくる。 「しまった!おい、すぐにサラのところに行って来る!」 「解りました!」 さすがにワタリも驚いているのが、慌てた声だ。 しかししっかり相沢からカメラを受け取って、顔を押さえてしゃがみこむサラと、それをわざとらしく心配そうに声をかけるキラを映し続けていた。 松田と模木も慌ててサラの元へ行こうとしたようだが、相沢が動いたのを見てそれをやめ、やはり二人を映すほうに専念したようだった。 相沢が全速力でサラの元へ走っているが、いかんせん距離があり過ぎたため、心配そうにクラスメイトに支えられたまま、彼女の姿は校舎内へと消えていく。 「マスク、急にめくれちゃったね。大丈夫かい?」 白々しくそう尋ねるキラの声を聞いて、ニアは床に置いてあったロボットを手に取り、苛ついたように回しながらチョコレートを齧った。