《Page24 昼食》 「ミスター伊出とミスタージェバンニが・・・そうですか」 人が少ない場所にシートを広げ、弁当を開いたサラ、相沢、ワタリの三人は、小さく溜息を吐いた。 周囲は家族で歓談するのに一生懸命なので、こちらに視線を送ってくることはないが、どこに監視の目があるか解らない。 よって彼らは盗聴器の有無を持参していた探知機で確認し、無いことを確認してから喋っていた。 もしかしたら監視している人間がいるかもしれないが、それに聞こえない程度というか、自分達にだけ聞こえる範囲の声で会話をすれば、問題はない。 「Lからの指令には、絶対に弥一家に不用意に近づくな、とありますね。同感ですが」 「うむ・・・しかし、こちらの目的は最低でも、デスノートの回収だ。二人が死んだ以上、彼らの元にノートがあることは明々白々。 近づかずにノートを回収する方法があればいいのだが」 相沢がワタリが料亭に注文して持参してくれた、豪華三段重ねの弁当に申し訳程度に箸をつけながら言った。 同僚の死を知って食が進まないのも当然だが、弁当を広げておいて何も食べないという光景は目に付くから、イヤでも食べねばならない。 サラも落ち込んでいるが、顔には出さずに二人の分までフォローしようと、少し無理をして食べている。 「・・・問題は、ノートがどこにあるかだが・・・」 相沢が問題提起すると、サラが若くてもさすがにL候補というべきか、すぐに推理を展開する。 「可能性としては、二つあります。 一つ目は、この神光学園の校舎内。理由はここに死神とノートの所有者がいることから、ここで私達を殺そうとしていると予測されるからです。 ただノートの切れ端でもノートの効力が及ぶそうですので、それを考えた場合、必要な分だけを切り取って持参したということも考えられますが」 「ならば、ノートは弥宅にあるということか? それなら、ジェバンニが弥宅を捜索しようとして殺された理由が解るが」 相沢が言うと、サラは小さく首を横に振る。 「おそらく、その可能性は低いでしょう。もしそうなら、最低でも一人ノートの番人をする人間が必要になります。 この場合は間違いなく弥 音遠でしょうが、ノートの所有権を持たない人間が死神の目を持つことは出来ないんですよね?」 サラが確認すると、相沢が頷いて肯定する。 「ならばミズ弥に所有権が移行した今、彼女に死神の目はないことになります。 死神の目がなければ、何とか変装マスクを剥がすことに成功しても名前までは解らないので、殺すことは出来ない。 となれば向こうは女の子一人、軽々と取り押さえられてしまいます」 もし弥音遠が天然の死神の目の所有者だということが判明していたら、サラもこの推理を引っ込めただろうが、あいにくそこまでの発想はサラはもちろんのこと、ニアでさえない。 「確かに・・・となると、ノートはやはり、校舎内か」 「私がキラなら、女の子一人に番をさせるより、たとえ奪われる可能性が高くなってもこの学園にノートを保管しておきます。 そうしたとしてもこの学園は広いですから、奪われる可能性が高くなるのはほんの数%、問題はないでしょうね。 いざという時、幾らでもノートの切れ端を取ることが出来ますし」 「うむ・・・だが、それでも探すのは容易ではないな」 保護者に配られた体育祭のパンフレットには、簡単な校舎内の地図が印刷されている。 主にトイレや保健室などの場所が描かれており、立ち入り可能な区域だけでもかなりの広さだ。 「今日一日で見つけ出すとなったら、捜査員が最低でも百人は必要でしょうな」 ワタリも同意すると、サラはペンを持ち、その地図に何やら書き込み始めた。 「少しは絞り込めると思いますよ?人は何かを隠す時、自分が知らない場所には隠さないものです。 つまり、弥一家の行動範囲を調べていけばいいんです」 この学園に通っている間、サラとて無為に過ごしていた訳ではない。 弥ライトはもちろんのこと、キラ側と思われる谷口悠里、たまに校医として訪れる夫・谷口和利、理事長である神崎康煕の行動を、さりげなく調べていた。 サラは彼らの行動範囲を、ライトが青色、悠里がピンク、谷口が黄色、神崎が黒で表し、地図に書き込んでいく。 「・・・やはり、弥ライトの行動範囲が一番広いな」 「ええ・・・彼の行動範囲内のどれかにノートがあると思って、間違いないかと」 青色の箇所は、まず六年A組を中心として職員室、美術室などの特殊科目の教室、部活動のパソコンルーム、保健室、校長室、そして理事長室だった。 「理事長室?普通の生徒なら、まず無縁の場所だが・・・やはり、神崎もこの件に関わっているのか?」 「キラ教団の第二支部長だそうですから、可能性はあります。でも最近体調を崩したとかで、たまに仕事に来る以外は家にいるらしいですね」 実はこれまで、サラはもちろんのこと、捜査員の誰も神崎の姿を目にしていない。 捜査員が少ないため、弥一家と谷口夫妻だけで手一杯で、余り動きのない彼にまで目が向けられなかったからだ。 また、写真も余り撮らない性質らしく、彼の写真を手に入れることも出来なかった。 「あまり弥ライトを尾行することは出来なかったのですが、クラスメイトの証言によりますと、私が転入する前から彼は理事長室に頻繁に行っていたようです。 理事長とは知人らしいとだけ聞いたとのことですが」 「一番怪しいのは、やはり理事長室か。いや、あからさまにバレる場所には置かないか」 「理事長室には入れなかったので、室内の様子は不明です。しかし、隠す場所は山ほどあるかと」 結局、デスノートは校舎内、弥ライトの行動範囲内のどこかにあり、一番可能性が高いのは理事長室という推論になった。 「自然に理事長室に入るだけでも、かなり難しいな。一番いいのは、弥一家が俺達の目が向くところにデスノートを持って来てくれる事だが」 「絶対、それだけはやらないと思います」 相沢の願望を、サラはあっさり粉砕した。まったくそのとおりなので、相沢は無言でお茶を飲みながら頷く。 それを見て、サラは改めて思った。 (やっぱり私が誘拐されて、直接ノートの所に行くしかない。ノートの元には連れて行かないかも知れないけど、それに近づけるはず・・・!) サラはそう決意すると、さりげなく指を伸ばして袋に入れてある瑪瑙のイヤリングと、鉄板が仕込んである指輪を確認し、牛肉のタタキを口に運ぶのだった。 ランチタイムが始まると、キラはすぐに伯母と合流し、校舎内へと入って行った。 ランチルームとして教室が幾つか開放されているため、何十組もの家族が談笑しながら校舎内に入って行く。 松田達も後を追ったが、二人が入って行った先には警備員がいたため、断念して引き返した。 「あの先は・・・職員室と校長室、あとは理事長室か」 校舎にあった見取り図を見ながら模木が言うと、松田がパンフレットを見ながら言った。 「じゃあ、もしかしたらあそこにデスノートがあるかもしれないですね。警備員もいますし」 おそらく警備員は何も知らないだろうが、自分達が行こうものなら、確実に取り押さえにかかることだろう。 「うう、あからさまに怪しいのに、行くことが出来ないなんて」 悔しそうに松田が言うと、模木もその方向に視線をやった。 「・・・いつまでもここにいたら、怪しまれる。戻ろう」 「そうっすね」 肩を竦めながら松田は同意し、二人は弥達が出てきたら見える位置にある喫煙テントに足を向けるのだった。 ランチタイムが始まり、理事長室に来た子供達とミサの姉に、ライトは現在の状況を説明する。 「今ここに来ている、名前と寿命が見えなくなるマスクをしているのは全部で五人。 うち一人はサラ・サワキ、その伯父と祖父だが、これは間違いなくL側の捜査員だ。 流暢な日本語から日本の捜査員であることは確実だが、マスクをしている以上誰がそうなのかは解らない。 新しく捜査員に入った人間の可能性もあるし、今殺すことは無理だ」 「じゃあパパ、どうするの?」 弥が作ったサンドイッチを頬張りながら、ネオンが問いかけた。 「別に、連中は放っておいて構わない。キラ達を尾行していた二人組もだ。重要なのは、サラ・サワキだけ」 監視カメラに少しだけ写っているサラ達の画像を見ながら、ライトは笑った。 「この女だけは、確実に確保する必要がある。伊出達を殺してしまった今、連中もより一層、この女から目を離さないようにしているだろう」 とんだ計算違いにライトは苦々しかったが、幸いニア達はこちらが危惧するように警察に通報し、弥を呼び出そうとはしなかった。だが、今後は解らない。 もし弥が呼び出されていたら、彼女からまたノートの所有権を譲渡させなければならなくなるからである。貴重な大人の代理人を、今になって変更させたくはなかった。 「今のところは弥さんが呼び出されることはないようだが・・・もしそうなったら、所有権をネオンに」 「解りました」 弥が了承すると、ネオンは理事長室にある金庫のほうへ視線をやる。 「今は隠し場所がネオンになってるだけで、所有権は伯母さんにあるから、伯母さんが所有権を放棄すればネオンが必然的に所有者になるんだよね?」 「そうだ。だがそれだと、弥さんが所有権を放棄すると宣言した後に、お前がノートに触れる必要がある。 だから所有権を放棄する間際、空メールでいいからネオンの携帯にメールを送信して欲しい。 そうしたらノートを金庫から出してネオンが触るから、ネオンが所有者だ。あとはまた、金庫に戻しておけばいい」 「それなら、今からそうしてもいいじゃん。ネオン、家族で過ごしたいし~」 ネオンが口を尖らせて訴えると、ライトはポンポンと娘の頭を叩いて嗜める。 「サラ・サワキの動向を見張るには、死神が現場にいるほうがいいんだ。こっちに潜り込んでいる捜査員が持っているカメラに、死神は写らないからな。 それに、また弥さんの記憶を飛ばすと谷口夫妻に指示する人間がキラだけになる。キラは常時、二人の傍にいるわけじゃないんだぞ」 「うう~、仕方ないなぁ」 渋々納得したネオンに、ライトは最終確認をする。 「全員が集まる機会は、多分もうないだろう。 ワルツになったら、所有権が弥さんのままなら予定通りに行動、ネオンに移った場合ならネオンに仮面をつけさせてグランドに行かせるから、僕がやる。 監視カメラを常時、サラ・サワキに向けさせておくのを忘れるな」 「はーい、パパ!」 「解ったよ、父さん」 「解りました」 弥一家が了承するのを見つめて、ライトは言った。 「お前が計画成功のカギだ。頼んだぞ」 その言葉を向けられて、彼女は力強く頷いた。