《Page5 逆》 キラがLに対して宣戦布告を行った翌日から、世界中がキラVS Lに注目し、連日その特集を組むなどしていた。 さくらテレビなどはいち早く“キラ王国”を復活させ、各地のキラ教団の信者を招いてキラによる時代が再来したと熱弁していた。 かつてこの番組のディレクターの出目川というという男がキラの代弁者を務めていたが、寄付を募って意味不明な建物を建造するなどやり過ぎが目立ったため、キラの粛清を受けて殺されていた。その彼がいなくなったあと視聴率が低下し、自然消滅した番組だ。 ところが忘れた頃にキラの重要な動向が掴めたりするので捜査本部はもちろんのこと、各地のキラ信者や一般人すら番組のチェックを欠かさなくなったため、大した番組内容でなくてもそこそこの視聴率を持てるようになった、まさにキラ様々のテレビ局となった。 警察庁はキラによるLに対する宣戦布告が行われた翌日、犯罪者の顔および実名報道を禁止する旨を発表したが、これに反対する者が続出した。 まず、犯罪被害者およびその遺族が第一声を上げた。 「私達被害者は事件報道のおかげで心無いマスコミが連日押しかけてきたり、時としていわれのない中傷を受けたりしているのに、何故その加害者だけが法の庇護を受けていられるのですか」 ことに殺人事件の被害者は人の命を奪っておきながら、法によって守られている犯人はむろん、警察にさえその憎悪の矛先を向けてきた。 続いて報道関係者が反対する。 「これでは正しい報道というものが出来なくなる。 第一罪を犯しても名前も顔も発表されないというのでは、それこそキラ以外の抑止力というものがなくなるも同然ではないか」 それを証明するかのごとく、犯罪者の実名と顔の報道を禁止する通達を出した翌日から、激減していた犯罪が増え始めた。 とはいってもキラ出現以前に比べれば相当減っているレベルではあったが、これ以後の犯罪被害者としては腹立だしいことこの上なかった。 「・・・まずいな」 「ですね・・・」 予想していた事態だったが、思っていたより酷い。 懐かしき初代Lこと竜崎が建設したキラ対策本部ビルに集まった捜査員達は、早急にキラ逮捕をしないと自分達が弾劾されるところまでいきかけている。 「捜査を始めたばっかりなのに、いきなりピンチ寸前まできちゃいましたね・・・」 「以前のキラ効果があったからな・・・客観的に見れば、平和に暮らしている人間からすればキラはまさしく救世主だ」 松田のぼやきに、相沢が冷静に指摘する。 別に自分が犯罪者でないなら、犯罪者が心臓麻痺で殺されることなどどうでもいいことだ。むしろそのお陰で女性が夜遅くまで残業しても安心して帰れる、子供を一人でお使いに行かせられることが出来るようになるなら、歓迎すべきことであろう。 事実、“キラを支持しますか?”アンケートによると、六割近くが“支持する”、二割が“支持しない”、あとの二割が“どちらともいえない”だった。 キラがいなくなった後爆発的に増えた犯罪件数を思えば、この結果は当然のものといえるのだが、こうして現実を見せ付けられると溜息も出ようというものだ。 『警察ではここまで出来ないよ。しょせん対症療法でしかないからね』というキラ支持者のコメントは全く事実なだけに、さらにへこむ。 「ぼやいてるヒマなんてありませんよ。我々は可及的速やかにキラを特定し、殺人ノートを押さえて処分しなくてはならないのですから」 呑気にプラモデルを組み立てながら言われても説得力などないと松田は内心で突っ込んだが、どうせ無視されるだろうと予想していたので、口には出さなかった。 年月が経って天然の名を欲しいままにしていた彼も、成長していたようである。 「この情勢下で、キラ教団の信者は物凄い勢いで増えています。一番多いのは犯罪被害者、次が女性や老人などの弱者ですか・・・」 「キラがいなくなった後に芸能界から引退した弥ミサが教母として活動、世界各地でキラの教えを広めていたようだ」 レスターがどこからか、十五年前にミサがキラの集会を開いた時のチラシを皆に見せた。 以前の明るく無邪気な彼女はどこへやら、それこそお堅い修道女のように白いマントを羽織り、祈りを捧げている様子は聖母マリアを思わせる。 「夜神ライトが死亡した後も彼女にはある程度の監視を続けていましたが、それくらいしか動いていませんでしたね。 悪人天罰、弱者救済を掲げているせいか、信者が造った犯罪被害者の子供を収容する施設などを回ったりしていたみたいです」 「でもミサミサ・・・いや、弥も十年ちょっと前に亡くなったよね?僕葬式に出たけど・・・」 松田がどこか辛そうに言うと、ニアは冷めた口調で言った。 「知ってますよ。ファンや信者が大勢詰め掛けてきて、宗教者にしてはかなり大々的な葬式でしたから」 地道な活動を細々と続けつつ、キラ復活を祈念していたキラ教団。そしてそれが叶えられた今、彼らは全力でキラを守り、その言葉に忠実に従う集団となっていることだろう。 下手をすれば、最後までキラに従い、最後は狂ってしまった信者・魅上照のような者も出てくる可能性もある。 「一番厄介なのは魅上のように、有能な狂信者です。キラのためなら命も才能も捧げます、というのが一番恐い」 魅上の厄介さは、常時尾行していたジェバンニが一番よく認識しているだろう。彼はしきりに頷いていた。 「つまりニアは、キラがキラ教団ないし信者と接触を持つと?」 「その可能性は70%くらいです。理由は三つ」 その1、キラが全世界の警察機構を動かせる人物・Lに宣戦布告を出した以上、それを追うなら組織力というものが不可欠である。 その2、キラの目的が犯罪者のいない理想郷の創造なら、犯罪者を殺していくだけではなく政治などにも手を伸ばす必要があるので、その人材確保をしなくてはならない。 その3、L側が真っ先に追うのはキラ教団しかないので、Lの動向を調べられる。 「以上の理由から、キラがキラ教団と接触する・・・いえ、接触を通り越して既に支配下に置いているかもしれません。 キラが夜神ライト並みに頭が回ると仮定したら、間違いなくそうした上で我々に戦いを挑むことでしょう」 「それだったら、数の上じゃこっちは不利じゃないっすか・・・」 「案の定みんなキラを恐れて、キラ捜査に加わったのは旧メンバーと今本庁に形だけ設置されている本部で電話番中の山下だけだからな」 松田のぼやきに、井出が十五年前にニアの部下になった山下を思い浮かべて言った。 「実際にキラが動かしているのは、教団の中でも極少数でしょう。 秘密というものは知る人間が少なければ少ないほど守られやすいですし、弥亡き後の教団は確たる教祖などもおらず各地で勝手に動いているだけですから、教団同士の統制はまだ取れていないようです。 入り込むなら、今がチャンスといえるでしょう」 ニアが幾つか丸を描いた紙を床に敷くと、適当に人形をばらまいて各地の教団に見立てて説明を始めた。 「作戦は常に最悪のケースを想定して進めていきます。今回は既にキラが教団の誰かと接触しているものとして考えます」 “KIRA”と書かれた人形が、“Believer”と書かれた人形の隣に置かれた。 「キラは教団を自在に動かすため、まずこの信者を教団でも上位の地位につけます」 “Believer”が小さな箱の上に乗せられて背後に“KIRA”がつき、周りに幾つか人形を置いた。 「いわば高田清美と同じ状況にするわけか・・・テレビ関係者を選出して代弁者にし、じわじわと世論を味方につける手は非常に有効だったから、そうしてくる可能性もあるな」 レスターが指摘すると、相沢も頷いた。 「それなら、手っ取り早くキラとの繋がりを持つ者が判明するな」 「全くないとはいいませんが、60%くらいの確立で囮でしょう。 調べる価値はありますが、何も知らないキラ信者を代弁者にして本当の繋がりを持つ信者を隠す隠れ蓑の可能性のほうが高い」 ですが、とニアはキラを支持するとしているテレビ番組に視線を送りながら続けた。 「かといって代弁者を放っておけば前と同じように、捜査本部の廃止というところまでいきかねません。 初期の夜神ライトとは異なって、あちらには初めから手足となる人間が数多くいるのに対し、こちらは寡兵で戦わなくてはならない。全くもって逆の状況です」 改めて戦況のまずさを認識させられる一同。 「とにかく、キラ教団から先に調べていきましょう。各地の熱心な信者をピックアップして下さい」 これは数多くの人間を調べることが何気に得意な模木が引き受けて、早速パソコンに向かい始めた。 「私は魅上の例もありますし、テレビ番組からキラと繋がっていそうな人間を探していきます。 相沢さんはさくらテレビに送られてきたビデオの鑑識をお願いします・・・まぁ、期待は望み薄ですが」 残りで教母として活動していた弥ミサと付き合いの深かった者や模木が調べた目に付いた信者を調べていくことにし、かつてキラの代弁者だった高田清美の護衛を務めていた経歴を生かしてリドナーがキラ教団に潜入してくことが決定された。 「一番危険な任務ですが、彼女が一番入りやすいのも確か・・・お願いします」 「はい」 既にワタリは監視カメラと盗聴器つきの適当なマンションを用意しており、彼女にそこの場所を教えてキーを手渡す。 「まずは一歩・・・」 この戦いは、お互い相手を巣穴から引きずり出さなければ勝ちはない。 例えていうなら、チェスのようなもの。自身はひとコマずつしか動けないキングが、他の駒を操って相手のキングを追い詰めれば勝ち・・・。 「さて、キラの次の一手は・・・」 それを予想しながら、ニアはその次の一手を考えていた。 勝つためには先手を打つこと。 それをニアは、キラと戦っている間にイヤというほど学んでいたのだから。