《Page22 開会》 ジェバンニと伊出の心臓の音が強制的に止められたことを知らないニアは、チョコレートを齧りながら神光学園のほうにその神経の全てを注ぎ込んでいた。 ジェバンニからの連絡が三十分も途絶えていたが、それどころではない事態が判明したからである。 ちょうどジェバンニからの『谷口和利が弥を連れて神光学園に向かった』と言う報告の後、松田と模木が校門付近で保護者を装い、調子を確認するフリをしてカメラを回していた。 そしてそのとおり、谷口が弥を連れて校内に入ったのを松田のカメラが捕捉し、ニアに画像を転送した。 弥は保護者ではあるが、校医である谷口の助手なので、体育祭関係者としての扱いで、保護者入場前に入ることが出来たのだ。 それに目を留めた中でいち早く、何故かリュークが反応した。 「お・・・?クックック・・・」 リュークが笑うのも当然、ニアの死神の目が弥の寿命を知らせなかったのだ。 おそらく、夜神ライトの姿を目にして笑ったのだろう。 「やられた・・・」 「どうした、ニア?」 不安を隠すことなく尋ねたレスターに、ニアは舌打ちして答えた。 「今、弥の姿を見たところ、彼女の寿命が見えませんでした。つまり、彼女が今のデスノートの所有者です」 「何だと?!」 「ずっと彼女にノートの所有権が無いことから、弥音遠にばかり気を取られていましたが、その手がありました。 今日と言う日に弥にノートの所有権を手渡し、夜神ライトを弥に憑かせる。そしてそのまま、弥ライトの保護者、谷口校医の助手として神光学園に向かわせる・・・」 一時期弥の記憶が無かったとみて間違いないことから、今の彼女には当然、全ての記憶が戻っている。 「まずいですね・・・子供である弥音遠の口を介するより、大人である弥のほうがずっと信者達に指示を伝えやすい」 「だとすると・・・サラが危険だ!ニア、すぐに連絡して彼女を神光学園から出すんだ!」 レスターが叫ぶように提案すると、ニアが冷静に言った。 「今は無理です。サラからならこちらに連絡を取れますがこちらからの連絡手段はありませんし、ミスター相沢達が強硬手段で入れば、不法侵入で捕まります。 せめてミスター相沢達が、保護者入場する時を待ちましょう」 「だが・・・!」 「今ヘタに動いたら、それこそサラが危険です。私がキラなら、サラを人質にしてLを引きずり出そうと考える。 そしてその人質が、自分のテリトリーから逃げ出そうとするのを察知したら、何を置いても捕らえておきますね」 レスターは小さく呻きながらも、ニアの正しさを認めた。だが同時に、ニアがサラが誘拐される可能性があることを初めから知っていたことも悟った。 「ニア、それではサラを、初めから誘拐させるつもりだったのか?」 「・・・そうです。彼女も解っていました、自分が誘拐されるということを。 それでも、すぐに殺されることはない、必ずノートの在り処を聞き出すからと言ってくれました」 「だからと言って・・・!」 「その代わり、私も命を賭けます。彼女が誘拐されたら、即座に神光学園に向かいます・・・マスクも、コレもなしで」 コレと言ってニアが差し出したのは、初代キラこと夜神ライトを追い詰めたあの日に被っていた、初代Lを模したというお面だった。 「もし私が殺されたら、サラの救出を第一に考えて行動して下さい。 この場合の救出とは、サラをキラ側から取り返し、ノートを全て弥一家から奪い、燃やすことです。そうしてしまえば、名前を知られても彼らに貴方達は殺せません。 それ以外は、絶対考えないようにして下さい。いいですね」 つまり、ニアは自分が囮になるから自分の命などよりサラの身を守り、事件解決を優先しろと言っているのだ。 「ニア・・・」 「まあ、それはあくまで最終手段です。私も自分が可愛いので、それなりに手段を講じていますから、上手くいけば死なずにすみます」 ニアは無表情にそう言うと、パキリとチョコを齧り、銀紙を丸めてゴミ箱に放り投げた。 そのやり取りをじっと見つめていたリュークは、やはり笑いながら画面を見つめている。 (まっさか、こうなるとはな・・・あいつ、やっぱ性格悪っ!) 内心でそう呆れ、楽しみながら。 八時半になり、保護者入場が開始されると撮影にいい場所をゲットするべく、一斉に保護者が入場を始めた。 もちろん松田と模木もマスクを確認して、それにまぎれて入場する。サラの保護者として、相沢とワタリも同じように入場したが、途中彼らとすれ違っても視線すら合わせない。 相沢とワタリのペアはサラの護衛も兼ねているので、サラがいる六年A組がよく見える位置の場所取りに成功した。 一方の松田と模木は、ニアからの連絡で弥に夜神ライトが憑いていると聞き、彼女がいる救護テントの近くに回ろうと考えた。 だが余りに近くだとマスクをしているため、名前と寿命が見えない自分達の姿が相手に見えてしまい、怪しまれてしまうので、彼女達の斜め後ろの位置に回ることにした。 「あそこに、ライト君がいるんだ・・・」 松田がボソリと呟くと、模木は黙ってカメラを構え、救護テントのほうを写している。 あっという間に保護者がグラウンドを埋め尽くすと、華やかな装飾が施された朝礼台に、“体育祭実行委員”と腕章をはめた生徒が、マイクを用意した。 そして時計が九時を示すと、アナウンスが流れ始めた。 「ただいまより、第二十回、神光学園初等部による体育祭を開会いたします。 競技は全てA組からE組までの五組で競われ、見事ベスト三位に入った組が表彰されます。 競技の合間には得点には関係ありませんが各学年による出し物もございますので、保護者の皆様もぜひ、お楽しみ下さい。 それでは、全校生徒の入場です」 保護者達の拍手の中、一年生、二年生、といった学年順に、生徒達がグラウンドに入場していく。 そして、いよいよ六年生の番になった。 「最後に、六年生の入場です。 今年の六年生は、ワルツというとても難しいものに挑戦し、その成果を本日の体育祭での最後に見せてくれるそうです」 そのアナウンスが聞こえると、相沢とワタリはむろん、弥の監視が役目の松田と模木も六年生の列に注目する。 弥ライトが六年A組と書かれた青いクラス旗を持って先導を努めており、サラは女子の列の最後を歩いていた。 「今は無事だったか・・・」 模木以外の捜査員が同時に呟き、慌てて己の口を塞いだが、幸い皆生徒に注目していたので誰も気にしていなかった。 「サラが出るのは、ワルツの他に借り物競争と綱引きか。マスクしてるから、百メートル走とか全力疾走しなくちゃいけないものは避けたんだな」 相沢がプログラムを確認すると、彼はこみ上げる不安を隠してじっとサラを見つめていた。 サラは学校に来た後、すぐに体操服に着替えてクラスメイトと談笑していた。 さりげなく弥ライトことキラの様子を観察していたが、やはり彼にも何の変化がなく、同じようにクラスメイトと話をしている。 結局何事もなく体育祭が始まり、体育祭実行委員会の委員長による開会宣言が行われた。 「宣誓!我々はスポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います!」 その宣言を、違う場所で聞いていた体育祭の裏側で行われている戦いを指揮している者の片方は自嘲し、もう片方は嘲笑した。 だが、考えていることは同じである。 正々堂々などありえない、ありとあらゆる策謀を尽くしてこそ、勝利が得られるのだと。 「サラは、今のところ無事のようですね。 この調子だと昼食時までは何も起こらないでしょうから、その隙にミスター松田達からワタリ達に弥のことを伝えさせ、サラにも伝えるようにしましょう。今の彼女に近づくのは、危険ですから」 「そうだな・・・そういえば、もう九時だというのにジェバンニから連絡がないな」 「あれからもう、五十分が経ちます。確かに家宅捜索が済んでもいい頃ですが・・・」 ニアはロボットを弄びながら考えた。 弥にノートの所有権を渡したなら、何も弥音遠を家の外に出す理由がないので、彼女が家にいる可能性は高い。 だが、それだと弥宅に侵入した時点で彼女に会うことになり、即座にジェバンニは逃げ出すはずで、当然すぐにその報告が来るはずである。 となると弥宅に音遠はおらず、その隙にジェバンニは家中を捜索していることになるのだが、よほど手間取っているのだろうか。 「まさか・・・レスター、すぐにミスター伊出に連絡を」 「解った」 レスターがジェバンニ達の車に取り付けてある通信機宛てのスイッチを入れたが、砂嵐のような耳障りな音がするばかりで、返事どころか声すらない。 「ニア!」 「解っています。レスター、すぐに弥宅に急行して下さい。万一最悪の事態だった場合、速やかに二人を回収し、ここに戻ってくるように」 レスターは苦しそうな表情で頷くと、彼もマスクを装着して慌てて捜査ルームを飛び出して行った。 ジェバンニと伊出の訃報がニアの元に届いたのは、それから十五分も経たない頃のことだった。