《Page21 前哨》 11月18日土曜日、とうとう双方がぶつかる日の幕が上がった。 ニア達は捜査本部ビルにて、最終調整をしていた。 サラの家族として神光学園に潜入する予定の相沢とワタリはカメラを二台用意し、その画像が用意したモニターにしっかり転送されるか、盗聴器や発信機の確認、変装特殊マスクの最終確認などを、念入りに行っている。 それが終わる頃、早朝から弥家の監視をしていたジェバンニから、弥ライトが登校するのを見たと、ニア達に連絡が入った。 「ニア、たった今弥ライトが家を出ました」 映像を見ると、弥ライトは着替えやすそうな私服を着て、体操着を入れた袋を提げて普通に歩いている。 「弁当などを持参していないことから、おそらく伯母の弥が弁当を持ってくるのでしょうね。病院も休みで、市民病院のバイトも入っていませんから」 極秘に入手した、弥がバイトしている市民病院の勤務表を見ながら、ニアが言った。 「ということは、ミサの姉も学校に来るということか~。まあ、保護者だから当然か」 松田が当たり前のことをのん気に呟く。 「ミスター伊出が尾行していますが、登校後はそのまま神光学園に?」 ジェバンニの問いかけに、ニアは弥家をそのまま監視するよう指示する。 「いえ、弥ライトが校内に入った後はすぐに戻り、弥家を見張るよう伝えて下さい。すぐにミスター松田とミスター模木が向かいます。 弥音遠が出てくる可能性がありますので」 「了解しました」 ジェバンニの通信が切れると、ニアは相沢とワタリに言った。 「カメラは堂々と回して下さい。おどおど周りを気にするほうが、よほど不審です。機械に慣れないフリでもすれば、それで充分ですから」 「解っている」 相沢達が手にしているのは、見た目は普通の家庭用カメラだが、画像は全てこの部屋に設置されたモニターに送られる仕掛けがしてある。 もちろん音声も同時に送信されるのだが、体育祭は大声の嵐だから、さぞこの部屋はうるさくなるに違いない。 「防音設備も万全ですから、近所迷惑にはなりませんよ」 ワタリが言ったが、この部屋にいる捜査員達が聴覚をフル稼働することに変わりはない。むしろ逆に言えば音を外に逃がさないのだから、その場にいる人間より耳が痛くなることだろう。 今のところ捜査ルームに待機予定のレスターは、それを予想してやや憂鬱な気分になった。 ちなみにジェバンニは伊出と弥家の監視、リドナーはキラ教団の会合に出席するためにおらず、松田と模木は神光学園近くで待機、もちろんニアは総指揮として捜査ルームにいる予定だ。 人形を弄びながら、ニアは無表情に命じた。 「ではミスター松田とミスター模木は、すぐに神光学園に向かって下さい。今は入場時間前なので、それまで待っている保護者のフリでもして」 「秋とはいえ、朝は寒いんだけどな~」 松田がぼやきつつドアの前に向かい、模木もそれに続く。 「そうそう、ミスター相沢達と顔を合わせても、知らぬフリをして下さい。間違っても捜査の話なんてしないで下さいよ」 念のため釘を刺すニアに、松田は不本意そうに言った。 「解ってますよ。僕だってそれほどバカじゃ・・・」 「ヨツバの時みたいに、向こう見ずで校内をうろつくのもやめて下さい。今回は助けられない可能性が大ですので」 続けて刺された釘は、前科があるだけに松田は大人しく頷いた。 「ハイ・・・肝に銘じておきます・・・」 肩を落としながら部屋を出た松田の肩を、模木の手が慰めるように軽く叩かれた。 AM8:15。 弥ライトが何事もなく校門を潜り抜けるのを見届けた伊出がジェバンニがいる車に戻ると、疑問を口にした。 「もうすぐ保護者入場だというのに、弥は出てこないな」 「ああ。もしかしたら、ギリギリに学校に向かうつもりなのかもしれない」 弥家の玄関をじっと見つめながら、二人は動きを待つ。 と、そこへ大き目の車が現れたかと思うと、弥家の玄関に横付けされた。 「ん?何だあの車は」 すぐに気づいた伊出が車を注視すると、出てきたのは谷口和利だった。 彼が呼び鈴を押すと、玄関から何やら荷物を持った弥が出てきた。 「そういえば、谷口和利は神光学園の校医だったな」 「校医なら、ケガが起こりやすい体育祭には必要なはず。何でこんなところに・・・」 ジェバンニが不審に思いながら、盗聴器のスピーカーを少し上げる。 家の中に仕掛けるのは無理でも、石などに貼り付けて玄関近くに置くことくらいは出来たので、監視当初からついてはいた。もっとも、今の今まで何の意味もなかったのだが。 「おはよう、弥さん。今日は助手として頼むよ」 「どうせ“ライト”の姿を見に行くつもりでしたもの。場所取りなどしなくても、救護テントなら特等席だしちょうどいいです。 大した仕事ではないし」 どうやら谷口が弥を体育祭の仕事で助手として呼び、その出迎えに来たということのようだ。 「弥は看護師だし、PTAでもあるからな。別におかしなことではないな」 「そうだな、ミスター伊出。となると、あの家には弥音遠がいるだけか」 ジェバンニが弥家を見つめながら話を聞くと、弥は弁当をたくさん作ったから、などと世間話をしながら、車に乗り込む。すぐに車は動き出した。 その車は谷口の妻・悠里の趣味なのかぬいぐるみなどで飾られ、後部座席のフロントにはきちんと“子供が乗っています”と書かれたプレートがつけられていた。 「くそ、中が見づらいな・・・まあ、スモークガラスよりかは幾分マシだが」 ジェバンニが嘆息しながらも車を発進させ、谷口達の後を追い始めた。 「ニア、谷口和利が弥を迎えに来て、車で神光学園に向かうようです。後をつけます」 「解りました。お願いします」 盗聴器からの会話をニアに転送したジェバンニが、距離を置いて追走する。 谷口達は気づかないのか、きちんと法廷速度を守って走っていた。 何事もなく車は神光学園に到着し、“神光学園初等部 体育祭”と大きく書かれた看板で飾られた校門を通過していく。 「何もなかったな、ミスタージェバンニ」 「ああ。いちおう、報告しておこう」 ジェバンニが何も起こらなかったことをニアに報告すると、ニアは“谷口和利”と書かれた男性型の人形と、“弥”と書かれたナースの人形を“神光学園”と書いた円の紙の上に置く。 そこには既に“弥ライト”、“サラ”と書かれた少女の人形が置かれていた。 「舞台の役者は揃った、というところですか。弥家にいるのは音遠だけ・・・思い切って、家に侵入して確認して貰いたいのですが」 弥 音遠が本当に自宅にいるなら、おそらく今回の体育祭は何も起こらない。だがいないのなら、既に神光学園内部にいる可能性が高いのだ。 そしてそれは、確実にこの体育祭で事件が起こるということを指している。 「私が行きます」 露骨に嫌そうな顔をした伊出を見て、そんな要求には慣れっこのジェバンニが名乗り出た。 「じゃあお願いします。家にはカメラが仕掛けられているかもしれないので、マスクをつけていくように」 「解りました」 ジェバンニはマスクを取り出すと、渡されていた変装マスクをつけた。効果絶大だが長時間つけると秋とはいえ蒸れるので、必要な時以外極力つけたくない。 朝の八時から三時まで、場合によっては六時までの七~九時間もまだ残暑厳しい九月からつけているサラを、ジェバンニは心底尊敬する。 再び弥家前に戻ったジェバンニと伊出は、伊出は車番をするので残り、ジェバンニはその特技を生かして弥宅に侵入を始めようとした刹那。 【ドクン】 「・・・え?」 ジェバンニは嫌な鼓動音が、自身の胸から響き渡るのを感じ取った。 「くっ・・・まさか・・・!」 ジェバンニは胸を押さえてうずくまると、ふと上を見上げた。そこにはじっとこちらを凝視している、黒いカメラ。 (監視カメラ・・・!だが、今私は変装マスクをしているはず・・・!) 何が何だか理解出来ぬまま、ジェバンニはそれでも這うようにして車に戻ろうとする。 何とか玄関から道路に出るが、徐々に気力が失せていく。顔からは脂汗が流れ、一歩歩くごとに胸の痛みは加速する。 車まであと十歩、というところで、ジェバンニは冷たいコンクリートの上に倒れ伏した。 と同時に、胸を押さえて苦しがる日本人の同僚の姿が見えた。 「キ・・・ラ・・・」 その手は宙に浮き、目は無念を込めて青い空を見上げていた。 「ジェバンニ・・・!」 倒れ伏す同僚を助けることも出来ず、伊出もまた同じ胸の苦痛に喘いでいた。 何とかニアに連絡しようとするが、何故か自身で通信機を壊してしまい、スイッチすら入れられない。まるで何かに操られているかのよう・・・否、おそらくそうなのだろう。自分は今、キラの死のノートによって操られている。 「キラ・・・!」 ありったけの憎悪をこめて、伊出は呟いた。 「夜神次長・・・みんな・・・すまん・・・」 伊出は一筋の涙をこぼし、助手席のシートにもたれかけたまま永久の眠りについた。