《Page19 占術》 「どうしたのでしょうか、L・・・随分イライラしているようですけど」 破壊されたロボットの首を、捜査本部に入室するなり見てしまったサラが、隣にいた松田に囁きかける。 「さあ・・・何かまずいことでもあったみたいだとしか」 松田も小声で応じると、ニアを不愉快にした報告をもたらしてしまった二代目ワタリが三枚の紙を差し出した。 「刑務所内の囚人が、心臓麻痺で死ぬ前に書き遺したものです」 「あ・・・そういえば前のキラの時もあったな、そういうこと」 確かあれは、キラが刑務所内の囚人を使ったテストだと推理され、答えを教えてやることになると判断されたので、表立って報道されなかった。 だが当時捜査の指揮を執っていた夜神総一郎のPCにはしっかり内容が打ち込まれており、彼の息子であるライトにしてキラにハッキングされたため、意味はなかったのだが。 「あれって、死の状況をどこまで操れるかを確かめるためだろうって、後から竜崎が言ってたけど・・・今回になって何でまた?」 松田が首を傾げると、ニアはとんとんと指先で遺書の初めの文字を縦になぞる。 「貴方、日本人でしょう。これくらい気づけませんか」 「え・・・あ!」 サラはすぐに気づいて、ニアが不機嫌な理由を察した。 「エル知っているか、キラは死後、神となった・・・」 サラが隠されたメッセージを読み上げると、松田も感心したような声を上げる。 「うわ、凄い」 「私に対する挑発です。ただの嫌がらせか、それとも自分は死神になったと伝えたいのか・・・」 ニアはふと、松田が『前のキラの時もあった』という言葉を思い出して、松田に尋ねた。 「以前もあったと言いましたね。それはどのような?」 もちろん初代Lこと竜崎のPCにはその内容が打ち込まれていたであろうが、初代ワタリと彼の死に伴ってデータは全て消去されている。そのため、ニアもこの件は知らなかったのだ。 「えっと・・・覚えてないです、スミマセン」 何しろ十年以上の前のことだし、内容も抽象的なものだったので、憶えていないのも無理はない。 「まあ、そうでしょうね。ワタリ、警察庁から受け取っておいた当時の事件の資料にから、その遺書のコピーがあるはず。取ってきてください」 「はい」 ワタリが退出すると、ニアは今回のキラからのメッセージについて思案を巡らす。 夜神ライトが死神になったことを、こちらに教えたいはずはない。 何故なら今の裁きの様子から察するに、キラ側には死神の目はない。よしんば持っていたとしても、隠したいから偽名の犯罪者はあえて裁いていない、という予測が成り立つ。 何故隠したいか・・・それは死神の目がないと思い込ませ、顔を出させて行動させようという意図があるからだ。写真一枚さえあれば、こちらの生殺与奪を握れるのだから。 死神がキラに協力的だと判明したら、自然こちらの防御は厚くなる。ましてその死神が、あの悪魔的頭脳を持つ夜神ライトだなんてことになった日には、死神の目の取引以前に、どんな手段でノートの所有者達に名前が解るようにするか、解ったものではない。 つまり、こちらも用心に用心、さらに用心を重ねることになり、顔を手に入れることが難しくなるのだ。 (それが解らない男ではない。単に『自分には信者が大勢いるほどの神になった』と誇示しただけとも取れるが・・・) わざわざ深読みしたくなるメッセージを残す・・・というのも考えがたい。 「ん?待てよ・・・」 ニアはふと、リュークのほうに視線を向けた。 考えてみたら、自分はリュークから夜神ライトが死神になったことを聞いた。 だからこのメッセージを“夜神ライトが死神になったと伝えてきた”と捉えたのだが、もしこの情報がなかったら、自分はどう取ったのか。 (さすがに、人間が死神になりましたと考えたりはしないだろう。やはりキラは神になったと誇示したいのだと考える。 リュークが夜神ライトが死神になったことを、こちらに教えたことは想定外のことだったなら・・・) パキンとチョコレートを齧る音が、捜査本部に響く。 と、そこへワタリが資料室から戻ってきた。 「L、こちらが例の犯罪者が書き遺したものです。こちらも三枚で、横読みのようです」 ワタリが差し出した三枚の紙片を受け取りながら、ニアは眉をひそめた。 「えっと・・・こっちは『エル知っているか、死神は、林檎しか食べない』か・・・」 サラが読み上げると、一斉に林檎を貪るリュークに視線が集まった。 「何でこんなメッセージを送ったんだ?わざわざリュークのことを教えるなんて」 松田が疑問を口にすると、ニアはしばらく当時の事件の資料を漁りながら考えていたが、第二のキラが送ったビデオとメッセージに思い当たり、推論を述べた。 「おそらく、この時点でのキラ・・・夜神ライトは、死神のことをバラすつもりはなかったと思います。 死神という単語について注目が始まったのは、第二のキラ・・・つまり弥ミサが送ったメッセージ・・・『互いの死神を見せ合えば確認できます』と、日記にある『東京ドームで死神を確認』の部分からです。 それが偶然、自分が先に送ったメッセージと重なってしまい、死神について考える余地を与えてしまうことになった。何しろ二人のキラが使っている単語ですから、当たり前です。 彼女のことは完全に夜神ライトの想定外だったでしょうから、彼もあんなメッセージを送るんじゃなかったと後悔したかもしれません」 まあ、死神が自分達の前に姿を現したのはそれから第三のキラ・火口卿介を確保してからなので、きっかけにはなったが気にするほどのことにはならなかった。 松田が頷くと、ニアは続ける。 「つまり夜神ライトは、どこまで死の状況を操れるかの実験の際、ことのついでで嫌がらせ文を送ったのだと思います。 第二のキラさえ現れなければ、死神がいるかもなんて先代でさえ思わなかったことでしょう」 つまり、このメッセージも何かのついでの可能性は高い。それを探るには、やや材料が不足し過ぎている。 しかし、このままやられっぱなしというのも癪である。 「少し、意趣返しをしたいところですね」 ニアはそう呟いた後、人形を弄りながらなにやら考え始めた。 その様子が余りに真剣だったので、サラと松田は顔を見合わせてアイコンタクトを取った結果、同じ答えが即座に出たので行動した。逃げるように部屋から出て行ったのだ。 「こわ・・・よっぽど頭にきたんだな、ニア・・・」 「いつも冷静なLでも、怒ることってあるんですね」 部屋から出たというのに、ヒソヒソ声で二人は囁き合う。 「どうしましょう?せっかくあそこのパソコンで、キラ教団の動向を調べようと思ったのに・・・」 「今ニアの考え事の邪魔したら、不興を買いそうだからな~。別に急ぐわけでもないし、時間潰そう」 「そうですね。あ、じゃあ私の部屋に来ませんか?今クラスで“LIVE NOTE”とかいうアニメが流行っているそうなので、話題に合わせたくてレンタルショップで借りてきたんです。一緒に見て頂けますか?」 「ああ、映画化もしたアレね。僕も見てみたいと思ってた」 サラの申し出に松田は二つ返事で承諾し、サラの部屋に向かうのだった。 サラの部屋は、捜査ルームの下の階にある。この部屋に限らず、この捜査ビル自体の各所に監視カメラが仕掛けられてはいるが、捜査ルームでしか見ることは出来ない。 もちろんサラの部屋も例外ではなく、来た当初は落ち着かなさそうにしていたが、今やすっかり順応してしまい、普通に生活していた。 もっとも彼女が着替えする時などは、相沢らの手によって監視カメラのスイッチは切られているので、その辺りの配慮は守られている。 捜査員の私室は、基本的にベッドと最低限の生活用品、後は個人の嗜好品が少し置かれている程度なのだが、サラの部屋は凄い。 まず、本棚。日本語の解説本や、言語や国籍を問わない物理学や犯罪心理学の本で埋まっている。 さらに日本で流行している歌手のCDやファンブック、少女雑誌が山と積まれ、ファッション雑誌の切抜きから選んだのだろうか、“友達とお出かけ用”・“学校用”・“友達のバースデーパーティー用”など、用途に合わせて組み合わせたらしき服が選別されて並べられている。 「・・・何でわざわざ、そんなことしてんの?」 「日本では制服が幼い頃からあるくらい、場に合わせた服装を大事にすると聞いたので・・・よく遊びに誘われたりもしますから、慌てないように準備しておこうかと」 東応大学入学式の際、くたびれたシャツにズボン、素足に運動靴といった服装で出かけた竜崎に、聞かせてやりたい台詞である。 「いや、そんな気を使うことはないんだけどね・・・全く、サラはいい子だよ、ホント」 CDや少女雑誌は、間違いなくクラスでの話題についていこうとしているからだろう。 人との関わりを大事にしようとする姿勢は、あの他人に無頓着な歴代Lに付き合ってきた松田としては、実にじ~んとくる話である。 「サラ・サワキとしての家にある私の部屋では、これほど多くの物は置けませんし・・・必要になったら、そっちに持って行きます」 「うん、他に必要な物があったら、遠慮なく言ってね。それにしても、女の子の部屋とは思えないなあ」 思わず本音を口にしてしまった松田だが、サラは苦笑するだけだった。 「ふふ、やっぱりそう思われますよね?私、子供の頃からこういう本が好きだったんです。 父が検事、母が弁護士をしていたこともあって、家にはその手の本がたくさんありましたから・・・理解しないまでも、よく読んでいたものです」 「へぇ~、法曹一家なんだ。じゃあ、君がL・・・全世界の警察の切り札になったら、さぞ喜ぶだろうね」 松田がアメリカの法律書を手にとって笑うと、サラはそうですね、と笑った。 「でも、君はまだ十代なんだからさ、もっと好きなことしてもいいと思うよ? 僕が君くらいの年齢だった頃は、遊ぶことばっかり考えていたもんだけど」 「ワイミーズハウスでは、結構遊んでいましたよ?今はキラ事件の捜査をしているのですから、自粛しているだけです」 「まあまあ、確かにそうだけど。趣味くらい持ってさ・・・ん?」 松田がふと机に目を向けると、その上にあった額縁に目を留めた。 かなり大きなそれには絵ではなく、22枚のカードが綺麗に並べられて飾られている。 「へぇ~、綺麗なカードだな。もしかして、カードを収集するのが好きだったの?それなら僕、その手の知り合いがいるから、欲しいカードがあったら聞いてみても・・・」 「いえ、違います!それはタロットカードという、占い道具なんですよ」 松田の申し出を慌てて遮りながら、サラが額縁に手をかけると、丁寧に机に下ろしてカードを出し始めた。 「あの占いで使うヤツ?サラ、占いが好きだったのか」 物理学や化学などの本に囲まれている少女の趣味が占いというのは意外だったが、年頃の少女としてはよくある話だろう。 「僕あんまり詳しくないけど、タロットってカードに意味があって、それで占うんだろ?」 「そうです。これは祖母の形見なので、お守り代わりに持っているんですよ。占いが好き、というわけじゃないんです」 「へぇ~、おばあさんの・・・」 「でも、これを手にとって考え事をすることは、よくあります。そうですね、Lの人形みたいなものですか」 ニアはよく、捜査の状況を人形で説明してくれる。あれは実に解りやすいので、捜査員には好評だ。 「ふ~ん、これでね~。何かよく解らないなあ」 松田が興味津々で尋ねると、サラはカードの説明をしてくれた。 「これはフール(愚者)、次がマジジャン(魔術師)、その次が・・・」 次々にカードの名前を読み上げていき、最後のカードを指す。 「・・・ジャッジメント(審判)、そしてワールド(世界)」 「なるほどね~。で、他のカードとの組み合わせで占うんだ?」 「そうです。意味もあって、逆位置に出ると文字通り正位置と逆の意味で捉えます。例えばこのデス(死神)のカード・・・」 サラは大鎌を持った骸骨・・・いかにも死神といった感じのカードを手に取ると、すっと逆さまにしてみせる。 「まあ言わなくても解るでしょうが、正位置だと死や破滅などを意味します。 ですが逆だと、出産や再生などを意味するんです。まるでそう・・・キラのように」 「え~、死神って言ったらリュークだろ。キラはやっぱり・・・悪魔じゃないかな」 松田は夜神ライトと仲良く過ごしていた頃を思い出したが、それを振り払うようにして言う。それはまるで、自身に言い聞かせるかのようだった。 サラも以前、夜神ライトと松田は年齢が一番近かったせいもあってか仲がよかったことを聞いていたので、あえて明るく振舞いながら言った。 「まあ、確かにキラの持つイメージは、そうでしょうね。ただ、私はそう見えると言うだけで」 「へぇ~、ちょっと面白そうだな。どういうことか、聞かせてくれる?」 松田が楽しそうに言うので、サラも釣られて微笑みながらデス(死神)のカードを指で挟んでひらひらさせた。 「キラは死の裁きを下します。というか、死でしか裁きを下せない・・・ですから、死の神というイメージが強い。これが第一」 「ふ~ん、確かにね」 キラは微罪に対しても・・・例えば窃盗を犯した人間から、相応の財を奪うことで対等の処罰と言うようなことは出来ない。いつだって死と言う究極の刑罰でしか、人間を裁けないのだ。 「まあ、デスノートは殺すしか出来ないからなあ。それで?」 「第二に、人を殺すことで犯罪者が激減し、新たな秩序が生まれたこと。逆位置の再生・・・“大きな変化”の意味に、当てはまっています」 「なるほど、そう考えたら確かに、キラのイメージそのものだ。死神って今まで悪いものだとばかり思ってたけど、そういう解釈もあったんだねえ~」 松田が感心したように、幾度も頷く。 「あ、でもいくらいい意味での解釈でも、キラが死神だなんて、外であんまり言わないほうがいいと思うよ? タロットは日本じゃメジャーなものじゃないから、キラ教団の人にキラへの悪口と取られてまずいことになるかも」 松田がその必要もないのに小声で囁くと、サラはそうですね、と頷いた。 「またキラを支持する人間が増えてきていて、今やキラは正義だと取る人が大半だからね。迂闊なことは言わないに越したことはないよ」 松田が机に並べられた22枚のカードに、視線を移す。 つい先ほど聞いていたが、絵柄で何を意味しているかはだいたい解るもので、松田が手に取ったのは目隠しをして右手で剣を上に捧げ、左手で天秤を持つ女性のカードだった。 何故かそのカードとスター(星)のカードだけ、他のカードに比べて端が切れたりしているので、よく使い込まれているようだった。 「ジャスティス(正義)・・・僕達がそうだと、世間に大っぴらに言えないのが辛いよね」 「なるほど、そうですね・・・でも、それもキラに似合うカードではありますね」 サラはジャスティス(正義)のカードを、松田の手から取って逆位置になるようにしながら笑った。 「デス(死神)についで、これも正位置、逆位置ともに二番目に似合うと思います」 「へぇ~、どうして??」 先ほど、タロットカードの逆位置は本来の意味と逆だと言っていた。 普通に考えるなら、正義の逆は悪。 「ジャスティス(正義)の逆位置の意味は、“一方的・独善・厳しい掟・抑えつける・権力の乱用”という意味なんです。 キラは確かに犯罪者に対しては、厳しい掟で一方的に抑えつけていますから。 今の世ではそうしなければ犯罪がなくならなかったせいもあるでしょうから、キラが一方的なのも仕方がないことなのかもしれませんが・・・独善的なのは確かです」 「・・・そうだね。キラは独善的で身勝手だ」 自分が正しいと信じ込み、犯罪者のみならず、罪なき人間を何人もその手にかけた。 彼は確かに、正義を愛していた。それがどこからか軌道がずれてしまい、あのような傲慢な神を気取った人間へ変貌した。 取り返しがつくうちに気づけなかった自分が、とても情けなかった。だからあの日・・・彼を、ためらいなく撃ったのだ。 「・・・だからこそ、キラを野放しには出来ない・・・必ず、彼を止めないと・・・」 呻くように言う松田に、サラは続けた。 「松田さん・・・ジャスティス(正義)には“孤独・孤立”の意味もあるんです。感情に惑わされず、公正に裁くために必要なものだから」 「・・・・」 「だから、裁きを下しているこの女性の目は覆われています。余計なものを見ず、ただ罪の在り処さえ感じればいいというかのように」 サラは軽く瞠目すると、カードを一枚一枚、まとめ直し始めた。 「私がもしキラの能力を持ったとしたら・・・とても夜神ライトのようなことは出来ないと思います。 私は、一人で生きていくのは恐くて出来ませんから」 「うん、そうだね・・・普通はそうだよ」 夜神ライトは余りに優秀すぎて、他人に頼ることを必要としなかった。 それ故に、あの死神のノートを手に入れてしまい、ますますその傾向を強めていったのではないだろうか。 誰にも相談など出来ない、超人的な能力・・・もしかしたら、同じ秘密を共有した第二のキラ・弥ミサだからこそ、彼も本当の自分を晒すことが出来、それ故に一緒にいたのかもしれない。 「そう思うと・・・ライト君も可哀相な人だな」 「ですが、彼のしたことは許されることではありません。罪は裁かれるべきなのです・・・どのような理由があろうとも、人を死に追いやったのですから」 穏やかな表情で話していたサラが、燃えるような瞳でそう言った。 彼女もまた、犯罪を強く憎む人間なのだろう。キラの記憶を無くし、真剣に純粋にキラを追った夜神ライトのように・・・。 「なら、頑張ってキラを捕まえよう。いや、一番頑張らないとダメなのは僕らだけどさ」 ハハハ、と努めて笑う松田に、サラもにっこりと笑みを浮かべた。 「ふふ・・・きっとこうなりますよ、松田さん」 サラはまとめ直そうとしたタロットカードから、戦車を引く兵士が描かれたカードを取り出して言った。 「チャリオット(戦車)です。意味は“勝利・克服・行動”を意味します。松田さんにぴったりですね」 「いやあ、そんな・・・褒めすぎだよ~」 松田はまんざらでもないようにデレデレしながら、頭をかく。 「じゃあさ、相沢さんは?」 「エンペラー(皇帝)かな。“自信・決断・人の上に立つ”ですから」 「あ、それむしろ夜神次長に合うかも・・・ワタリさんは、やっぱりこのおじいさんかな?」 「ハーミット(隠者)ですね。“理解・年上・知恵”・・・当てはまりすぎなくらい」 楽しそうなサラに、松田は最後に尋ねた。 「ニアは?いつもオモチャで遊んでるから、これかな」 マジシャン(魔術師)のカードを指して予想する松田に、サラはん~、と軽く考えた後その横のカードを指した。 「それもいいですけど、一番合うのはコレですね。フール(愚者)」 旅人が霧の中に向かって歩き出すカードに、松田は首を傾げた。 「愚者って・・・ニアはそうには見えないけど」 「いえ、意味が“出発・自由・遊び心・常識にとらわれない”なんです」 「あ、それドンピシャ」 松田は即座に納得した。 ニアは確かに何ものにもとらわれずに自由で、常識を無視して実に多彩な思考をする。 「結構楽しいもんだな~。それじゃコレは・・・」 他のカードの意味も聞こうとすると、内線が鳴った。 サラが慌てて受話器を取ると、相手はニアからのようだ。 「あら、L。何かありましたか?」 「いえ、残念ながら進展はありません。先ほど、何か用があるようでしたので・・・」 「ああ、別に大した用ではないですよ。ちょっとそっちのコンピューターで調べ物をしようとしていただけで」 「ニアが恐い顔して考え込むから、恐くていられなかったからな~」 松田がボソリと呟いた台詞は、しっかりニア聞こえていたらしい。 「ああ、ミスター松田もいたんですか。ヒマなら仕事して下さい」 「あ、いえ、L!松田さんは私のお話に付き合って下さっただけで・・・」 ただいま気分が低気圧なニアから松田を庇うべく、サラが慌てて割り込んだ。 「ミスター松田と?アニメの話でもしてたんですか」 その問いかけに対し、空気の読めない男・松田は正直に答えた。 「違いますよ~、ニア。タロットの話してました」 「タロット、ですか?・・・それは面白いかもしれませんね」 ニアの意味不明の呟きに、二人は顔を見合わせる。 「あの~、それはどういうことで・・・」 「夜神ライトに出す返事の内容が決まりました。ありがとうございます」 ニアはそれだけ言うと、ガチャンと電話を切った。 「・・・どういう意味だろう?」 「さあ・・・」 さすがにサラも首を傾げるだけで、答えは出ない。 「ま、後でニアに聞けばいっか。機嫌が直った頃にでも」 「そうですね。それで、話の続きですが、このカードは・・・」 サラのカード講義は続き、しまいに占いまでやり始めたため、一時間後に二人の姿が見えなくて探しに来た相沢に叱られるのだった。 翌日、弥家に差出人不明の手紙が一枚、郵便受けに入れられていた。 消印がないことから、差出人が直接投函したものとみられるそれの差出人名は“Near”とあったため、キラは慌てて父の元に届けた。 「ニアからだと?何のつもりだ・・・」 眉をひそめながらも、ライトは慎重に開封する。中から出てきたのは、一枚の厚紙に張られたカードが一枚あり、上のほうに“The message to KIRA.”とある。 「キラへのメッセージです、だと?これは・・・タロットカードか?」 ライトは占いなどに全く興味のない人間だったが、とある番組で見たことがあったので知っていた。ただ、意味までは知らなかったが。 メッセージが書かれているほうを上にすると、カードは逆になっている。 天使に囲まれた女性が、台の上に立って微笑んでおり、その台に“THE WORLD”とあった。 すぐにインターネットで検索して調べると、すぐに意味は解った。 「正位置だと“完全、完成、結婚、理想、プライド・目的の成就”・・・逆位置は・・・」 ライトは逆位置の意味が目に入った途端、ギリ、と指を噛んだ。 “不完全・未完成・理想と現実のギャップ・思い通りにならない・理想が高すぎる・目的の失敗”など、どう考えても悪い意味にしか取れないものばかりだった。 これがニアからのメッセージ。 お前は永遠に新世界を創造することなど不可能なのだ、とこのカードは言っている。 「ニア・・・ふざけたことをする」 自分が先にニアに向かって挑発文を送ったことを棚上げして、ライトは呟く。 「あのメッセージを送った翌日に、こんなことをするということは・・・リュークめ、ニアに僕のことを教えたな」 それは予想外のことだったが、ニアの手の者がこの学校に来ることは計画に必要なことだった。 実はサラが神光学園に来る前なら警戒されてニア達が潜入する可能性が低くなるため、ライトが死神になって活動していることがバレるのは非常にまずかったが、今既に彼女がいるため、さしたる問題はない。 ニアとしては“夜神ライトが死神になったことを知っているぞ”と暗に伝えることで、リュークがニア達に情報を漏らしていると思わせ、こちらの動きを鈍らせようというのが狙いだろう。 実際、リュークがどこまでバラしたかによって、ライトの行動範囲が変わる。 もしリュークが自分の目的と死神を殺す方法をニアに教えていたら、ニアのことだからノートを盾にとって来るだろうし、最悪キラとネオンに危害を加えて自分にニア達の名前を書かせるよう仕向け、自分を殺そうとする可能性もある。 「時間がないな・・・くそ、どうにかしてあの子供の名前をキラ達に知らせないと」 幾重にも腹立だしいが、この挑発を返すのは控えるべきだろう。これに応戦すれば相手が危険と判断し、サラが学校に来なくなる危険がある。 ニアをここに連れて来るには彼女が不可欠な要素であり、そのためには彼女の本名を自分の子供達が知ることは絶対条件だからだ。 ライトは脳裏に転写した死神の掟を幾度も思い返し、リュークやレム、シドウといった出会った死神達の行動を照らし合わせて、掟に抵触せずに子供達にサラの本名を教える方法を考え始めた。 メモに関係者の名前を書き連ね、矢印などを書いて考えること一時間が経過した頃、ライトはニイっと唇を三日月状に歪めた。 「そうか・・・その手があったな。そうだとすると・・・」 ライトはさらにメモに複数の名前を記し、計画を練る。 「念のため、監視カメラの数を増やしておくか。よし、これなら大丈夫だ」 上手くいけば、当日にニアを始末できる。 ライトはニヤリと笑うと、計画を説明すべく、子供達の部屋へと向かうのだった。