《Page18 依頼》 「いつ来ても、ここは荒れ果てているな」 第二の故郷となった死神界に戻ったライトは、大きく溜息を吐いた。 砂だけの土地に生えている木々は花や実どころか葉すらつけず、乾いた風の音が不快な交響曲を奏でている。 だがそれ以上に不愉快なのは、ここの住人達だった。 死神界にある人間界を見下ろす穴(マド)の近くでは、人間が“化け物”と評するだろう容貌の死神達が、ドクロのカードで賭博に興じている。 こいつらをデスノートで殺せるなら、真っ先に処分したいとライトは思う。 「ククク、上がりだ」 「つまんね・・・ん?」 切れ長の秀麗な瞳が剣呑な光で死神達を刺しながら通り過ぎると、博打を気だるそうに観戦していた死神の一人が、死神にしては美しすぎる青年を目にして、周囲に声を潜めて囁いた。 「おい、見ろよ。ほら・・・」 「あ・・・例の、ニュータイプの死神ってヤツかよ」 「へぇ、俺初めて見たけど、結構キレイなヤツじゃん。例の人間殺しまくったキラってヤツだろ?リュークの飼い主の」 「でも、死神になってすぐ死神大王(じじい)に何か言われて、人間界に行ったって話だぞ。もう終わったのか?」 やることがないせいか、死神界では人間界の主婦達の井戸端会議以上に、噂はすぐに広まる。特にこういう変わった噂ならなおさらで、死神達が囁き合う。 「何かとっつきにくそうなヤツだな。ま、どうでもいいけど」 興味は持つが、深入りしないのが今の死神の在り方というものだった。皆だらだらとぬるま湯に浸かっている状態に疑問を持たないのは無論、向上心という単語など知らないに違いない。 だが、その新しい死神が考えていることを知ったら、彼らは笑い飛ばすか戦慄するかのどちらかだろう。 何故なら。 「今のうちに、せいぜいその腑抜けた生活を楽しんでおくがいいさ。この件が片付いたら、僕は今度はこの世界の頂点に立ち、この世界を改革する」 ライトはそう呟くと、軽蔑の視線を死神達に投げつけ、リュークが住処にしていた死神界の林檎の木の元へ足を向けた。 「・・・あいつ、どこに消えた」 半ば予想していたが、リュークはいなかった。 死神界の林檎は乾いていてまずいと愚痴っていたリュークだが、『ないよりはマシ』の精神で、毎日数個食べていたはずだった。 しかし林檎の木には林檎が鈴なりに生っており、少なく見てもここ数年は誰も手をつけていないのが解る。 ライトは舌打ちすると、手近にあった死神界の穴(マド)を覗き込み、リュークを探す。 顔と名前さえ解っていたら、死神でも人間でも、ここから見下ろすことが可能だ。 「・・・いた」 ライトは自分を追い詰めた男・ニアの元で林檎を貪り食う死神の姿を見て、思わず爪を噛んだ。 「何をしているんだ、あいつは・・・」 林檎に目がくらんで、余計なことをバラした可能性は大だ。もしかしたら、面白いモノが見れると思って進んでバラしたかもしれない。 それを恐れたから、余り自分達のことを知らず、また適当に言いくるめられそうな頭の弱い死神・シドウを選び、そいつにニアが持つノートに憑く死神としての所有権を、リュークから譲渡させたのだ。 (そう頻繁にネオンに所有権を放棄させ、死神界に戻ることは出来ない。直接あいつに文句を言うのは、シドウから事情を聞いてからだ) ライトは苦々しい顔でシドウを探すと、賭博で見事にチップを持っていかれ、落ち込んでいるところをあっさり見つけた。 「うう、チップが・・・」 「シドウ」 「何だよ、もうチップは・・・って、お前確か、あの時の・・・」 「ああ、ライトだ。こんなところでカード遊びをしている理由を、伺いたくてね」 口調こそ淡々としているが、内心は計画外のことが起こったためにイライラしている。 ライトが一番気に入らないのは、自分が立てた計画に水を差されることなのだから、この苛立ちは計画が修正されるまで収まるまい。 「何でって、遊ぼうって誘われたから」 シドウは何でこんな質問をされるのか解らぬといった風情で、首を傾げながら答えた。その態度に、ライトの秀麗な眉がしかめられる。 「・・・お前には事細かな質問をしないと解らないようだな。 お前には今、人間界にあるデスノートの所有権があるはずだ。だから今は人間界にいなければならないはずだが、どうして死神界にいるのかと聞いているんだ」 「俺の人間界にあるノートの所有権って、十何年か前にお前立ち会いの元でリュークから俺に渡されたヤツのことか?」 「そうだ」 「あれなら、お前がどっか行って俺も人間界に降りようとしたら、リュークが『やっぱ返して』って言ってきたから、返したけど」 「・・・あいつ」 半ば予想していた答えに、ライトは舌打ちした。 「だって、その前にリュークと賭けしてて、チップの代わりにそれでいいって言うからさ~」 「ノートを持っている人間が死ぬまで所有権を持っててくれたら、チップを好きなだけやると言わなかったか?」 今さら言っても仕方なかったが、ライトが睨みつけるように言うと、シドウはあ、と声を上げた。 「そっか、それまでチップを支払うのやめればよかったんだ。あ~、残念なことをした」 「こっちにとっても全くそのとおりだよ。相変わらず頭の弱いやつだな」 これ以上シドウと話していても無意味なので、チップ~、と嘆くシドウを背にライトは歩き出した。 「くそ、計算外だ・・・リュークめ、余計なことを・・・!」 どうせリュークのことだ、死神界から見るだけでは飽き足らず、再び起こるライトVSニアの戦いを間近で見たくて、シドウを言いくるめて人間界に降りたに違いない。 「あいつが素直に、僕にノートの所有権をくれたらコトは済んだんだ」 可愛い娘を地下に軟禁し、聡明な息子に十二歳の身空で代理人をさせる必要もなかった。 自分が死神になってすぐに受けた、死神大王からの依頼。 “人間界にあるデスノートの回収”。 掟に抵触しない範囲で人間界に行き、それを行うというものだった。 後で知ったことなのだが、リュークとレムが持ち込んだほかにデスノートはあったらしい。 だが奇しくもニアが言ったように『普通の人間は使ってしまっても二度は使わない』ため、どこかに放置されたままだったり、いろんな人間の手をさ迷い歩いていたりしていたようなのだ。 おまけに人間に取り憑いた死神がその人間に好意を持ち、その人間を助けるためにノートを使って死亡したためにノートが人間界に残る、というケースもある。 デスノートの在りか自体は死神大王が把握しているものの、死神大王は死神界から動けないらしく、ずっとその任務を頼める死神を探していた。 だが今の死神達はそんなに頭が回らないばかりか面倒くさがりな者が多かったから、半ば諦めていたところにうってつけの人物が現れた、という訳である。 だがノートを回収するには、まず死神が人間界にいてもいい条件を満たさなければならないため、ライトは人間界にあるノートの所有権を一つ、貰わなければならなかった。 そこで死神大王が人間界にあるノートの所有権を持つ死神・リュークを呼んでくれたのだ。 ノートの所有権を渡さなかったら、お前がノートを回収しろと脅すと、リュークはあっさり頷いた。 『いいぜ、お前に弥ミサに渡したノートの所有権をやるよ』 『ああ、助かるよ』 ライトはその時はニアがノートを持っているとは知らなかったため、素直に感謝してその所有権を受け取り、ミサの元へ舞い降りた。 ライトが死亡した後、それこそ死神以下の無気力さで日々を暮らしていたミサだが、死神になって舞い戻ってきたライトに狂喜乱舞し、ライトから『人間界にあるノートの回収を手伝って欲しい』と言われてあっさり了承した。 その際ノートの所有権を持っている人間がいるか確かめる必要性があったため、ミサに再び死神の目を与えた。ミサはライトのためになるならと、またライトのいない世界に未練もなかったため、むしろ自分から言い出したくらいである。 ライトはノートを回収するに当たって、死神大王から聞いたノートの在りかを回るため、ミサにキラ教団を指揮する立場になるように言い、布教活動にかこつけてノートを見つけ出しては回収していった。 二冊程度しかなかったが、一冊はある古い家系を持つ人間が、先祖代々受け継がれているという書斎にあり、その人間から穏便に譲り受けた。 もう一冊はとある博物館で“某国の支配者が愛用していたノート”として展示されており、所有権を持つ人間こそいなかったが“死神は人間界にある物を人間から譲渡されない限り持ち去ることは出来ない”ため、強奪する訳にはいかなかった。 そのためミサに命じて博物館の館長を操ってノートを持ち出させ、これも回収に成功した。 最後に残ったのは、イギリスはウィンチェスターのノートのみとなった。 これを後回しにしたのは場所が場所だったため、ニアの監視に引っかかって全てのノートの回収が出来なくなる可能性があったからだった。 ここでライトのミスが発覚する。 ライトが死神大王から聞いたのは“ノートが存在する場所”であって、“ノートを所有している者”を聞いていなかったことだ。 一冊目のノートを回収した時所有していた人間は、その人間が有名ではないが古い家系を持つ人間で、代々受け継いできた書斎にノートがあったというだけだったし、博物館にあったノートも今ほど科学技術に優れていなかった時代に鑑定されたきりのままだったため、地球上に存在しない物質のノートとは解らなかったのだ。 ゆえにその元ノートの所有者だった大統領が、おそらくは政敵の名前を書き連ねたのだろうデスノートを、“政敵を書いたノート”として展示したのだ。 つまり、死神大王としては所有権を持たれていないノートのほうが多かったから、ノートの存在する場所を教えるだけで充分だと思った。唯一所有権を持っている人間はライトの知人だと知っていたし、それでいけるだろうと判断したのだ。 もし知人は知人でも、怨敵仇敵を結晶化したような関係だと知っていたら、持っているのがニアだと教えていたかもしれないが、死神大王は中途半端にしかライトの状況を理解していなかった。 そしてニアが持っているノートを回収する段になって、ようやく持ち主が判明したのである。 当然ライトは驚き、ミサにノートの所有権を放棄して貰って死神界に戻るやいなや、死神大王にどういうことかと怒鳴り込んだ。 そこで死神大王が 『その持ち主は、お前の知り合いであろう。事情を話せばよいではないか』 とさらりと言った。 ライトは苦虫を百ダースほどまとめて噛み潰し、ニアと自分の関係を話すと死神大王は 『ふむ・・・だが、我としてもお前を派遣するので精一杯だからな。何とか回収して貰いたい』 とあっさり問題をライトに棚上げした。 ライトとしても、ニアが相手だからやめますなど、己の矜持にかけて言えない。むしろ相手にとって不足はない、借りは返してやろうと黒い炎を燃やした。 ニアの本名が解っているのだから、操ってノートをミサの元に送らせて殺してしまえば手っ取り早かったのだが、 “デスノートを持った人間を死神界にいる死神が殺す事はできない” “デスノートを持った人間を殺す目的で死神が人間界に下り、その人間を殺す事もできない” “デスノートを持った人間を殺せるのは、人間界にデスノートを譲渡している死神だけである” ため、今現在ニアに憑いている死神となっているリュークにしかニアを殺せなかった。 なのでさっそくリュークに事情を説明してミサにノートを渡させた後ニアを殺せと言ったのだが、彼は応じなかった。 『俺がソレに応じなかったら、お前意地でもあいつからノートを奪うためにまたいろいろやらかすつもりだろ?面白そうだ』 余計な知恵をつけたリュークに舌打ちしつつも、ライトはリュークの説得を早々に諦めた。 彼にはこの依頼を完遂した後、死神界を支配する計画に協力して必要があった。だから、今リュークに恩を売っておこうと、ライトは方針を変えたのである。 『いいだろう、またノートの争奪戦で面白いショーを見せてやる。 だがニアの元にあるノートを回収する必要があることには変わりないから、そうだな・・・あのロスでの頭の悪そうな死神に、その所有権を譲ってくれないか』 『で、シドウ言いくるめてニアを殺させようって言うのか?』 『いや、僕はすぐに人間界に降りる。そしてニアとの決着をつけてやるさ・・・今度こそ、僕が勝つ』 『・・・いいだろう。面白なモノを見せてくれるっていうなら、そうしてやるよ』 ライトはリュークを連れてシドウの元に行くと、人間界に行くのを渋るシドウにライトがチップを提示して納得させ、リュークは間違いなくシドウにノートに憑く死神の権利を譲渡した。 もっともすぐにリュークはシドウに元に行って、ノートの権利を奪い返し、ニアの元に降りて言ったのであるが。 その頃、ちょうどミサが長女・ネオンを出産した。 ネオンはまだライトが人間だった頃、ミサと同棲していた時に出来た子供だったが、ミサが妊娠を隠していたため、ライトが知ったのは死神になって彼女の元に降りた時だったりする。 今思えばミサが高田清美に対し、ライトとの結婚を発表すると強気だったのはこのせいだろう。 そこでまた、ライトの計算外のことが起こってしまう。 ミサに与えたはずの死神の目が、なんと娘のネオンに移っていたのである。 今後死神の目を使ってニアからノートを奪おうとしていたライトにしては、致命的なことだった。 ライトは死神の掟や生態について、リュークやほとんどの死神でさえ知らないようなことまで調べていたが、こんな記録はなかったのだ。 判断する材料がなかったので、ライトはいまだにこうなったのか解らなかった。 以前竜崎が美空ナオミを使って解決した事件・BBB事件の犯人・ビヨンド・バースディが天然の死神の目を持っていた。 もしライトがその事件のことを知っていて、かつそのバースディの母親の弟の息子・・・つまりバースディの従兄弟の書斎から自分がノートを回収したと知っていたら、 “死神の目を持った人間の目は、まれに子供に転移することがある” という仮説程度は立てられただろう。 経緯はどうあれ、ライトはネオンが成長するまでニアとの決戦を伸ばさざるをえなくなってしまったわけである。 ライトは前向きな性格を遺憾なく発揮し、『これなら準備を整える時間はある』と考え、早速音遠をXPと偽装させ、教団から使えそうな人材を選び出して来たる日に備えてきたのだが・・・。 「リュークめ、死神界で観戦するだけで満足して貰いたかったが・・・だが今、あいつの元に行って苦情を言うわけにはいかない」 リュークが自分がキラ側にいると知らせていなかった場合、今ヘタに会いに行けばそれだけでニアに自分のことがバレてしまう可能性がある。 それに、いまさら死神界に帰れと言ったところで、とうてい聞き入れるとも思えない。 「ニアの動きが素早かった理由も判明したが・・・どこまであいつがバラしたかだな」 ニアが真っ先に弥一家に目を向けたことを考えれば、ライトがミサにノートを託したことは、確実に教えている。だが今の所有者のことまでは、掟で教えていないはずだ。 (少し挑発して、どこまで知ったか調べるか) 「こうなった以上、仕方ない。あいつが気まぐれを起こさないうちに、ノートを回収しないと」 ライトはそう決意すると、手近にあった死神界の穴(マド)を覗き込んだ。 サラの顔はマスクだから見つけられなかったが、ニアの顔を思い浮かべて探すと、運よく目的の人物を自分の策に好都合なシーンつきで発見した。 「フ、ン・・・やっぱりな」 ライトはマスクを外したサラがニアと何やら話しているのを目にして、ニヤリと笑みを浮かべた。 「まさか、ここまで深くニアと繋がっていたとはね。本名も解ったし、後はこいつの名前をネオン達が知るように仕向けて、ニアをあそこに引っ張り出せばいい」 自分が教える訳にはいかないものの、サラがニアと繋がっていると解っただけで死神界に戻った価値はある。 死神としての能力をフルに使っているのをニアが見れば、卑怯だと罵るかもしれないが、使えるものは全て使うというのは、戦いの上で至極当然のこと。 ライトは死神界には滅多に戻れないし、人間界に降りれば代理人を立てない限り、ニアと接触することさえできないのだ。 「ああ、でもニアはどうあっても僕を殺すことは出来ないから、ニアに勝ち目はないんだがな」 そう、ニアはもうライトを殺すことは出来ない。 なぜなら・・・。 「さて、もう必要な情報は手に入ったし、そろそろ戻るか。ネオンがうるさい」 ライトはそう言いながら立ち上がると、人間界への道に飛び込んだ。 サラがワルツの練習をするようになった一週間後、ニアは彼には珍しく苛立ったようにチョコレートを齧っていた。 その日はキラに裁かれた犯罪者が三人、遺書を残して死亡しており、その遺書の内容が余りにふざけていたからだ えものにされてしまったおれは しのくにへ るけいにされたあと しけいになってしまう おれを つれていかないでくれ その てはこわい いやだ でもきらはしってい る おれの かくしていたつみを あばいている きたない おれの罪をキ ラが清めてくれる おれは はしごを登り 死の世界へ行くだろう 後のことは任せる 神のもとへ召されたい ここでは とても落ち着いて暮らせ ない だから早く つれていって欲しい もう たくさんだ 「夜神、ライト・・・!」 ニアは忌々しげにライトの名前を吐き捨てると、持っていたロボットの首をぐしゃりと折るのだった。