《Page16 円舞》 サラは体操服に着替えると、つい先ほど決まった体育祭の出し物であるワルツのパートナーを前にして、ひたすら沈黙していた。 本来ならにこやかに相手と胸襟を開いて語り合い、信用を勝ち取っていくべきなのだが、背後の黒いオーラの集団が恐くて、口を開くことが出来ない。 これが初代Lこと竜崎や現L・ニアなら、他者の視線なぞ意にも介さずに自らの目的を遂行するだろうが、良くも悪くも彼女はまともな神経の持ち主なので、どうにも落ち着かない。 (うう・・・こんな雰囲気で平気で話し合えたら、タダモノじゃないって思われて警戒されるかも) かろうじてそう考えられる辺りが、サラの限界点であった。 が、相手はサラの沈黙をどう受け取ったのか、にこやかに何事もないかのように話しかけてきた。 「そう緊張しないでよ、どうせただの余興なんだしさ」 「はあ・・・」 弥ライトの背後にも、黒いオーラは流れている。 すなわち、 『いきなりハーフのカワイイ女の子と踊れるなんて・・・!』 『てめえと踊れなかったって、クラスの女どもがみんな不機嫌で恐えぇじゃねえか~!』 という、切実な心の声である。 だが、“ライト”ことキラはテレパシー能力などなくても如実に聴こえるその声を見事にスルーし、にこやかに笑った。 「ダンスの経験は?アメリカはダンス大国だから、さぞうまいんじゃないのかな」 「まあ、それなりに踊れますけど」 サラは校庭に出る前にお手本として見せられていたビデオで動きを掴むと、ソロでまず踊ってみる。 確かにアメリカはダンスが盛んで、サラは十二歳でイギリスに行くまでダンスをよくしていた。なので、リズム感が違うし手足の動きも滑らかだ。「うわ・・・さすがアメリカ出身」「アメリカってチアガールとかジャズダンスのほうが盛んだって思ってたけど、ワルツもあるのね~」 先ほどまで嫉妬の視線を突き刺していた女子生徒すら、少し悔しさの成分が混じっているものの、賞賛の声を上げている。 (イギリスって礼儀にうるさいし、社交ダンスの授業もあったからな~) そう思いながらサラが踊り終えると、拍手が響き渡る。 「そう、上手ですよ、サワキさん。私も貴方ほどうまくはないから、よかったらみんなにもコツを教えてあげて下さい」 「はい、先生。えっと、意外とワルツは女性のほうが動くんです。男性のワルツは女性の動きをフォローするように出来ていますので、それが綺麗なダンスに繋がります。ですから・・・」 サラは説明しながらクラス全体を見渡し、さりげなくキラに視線を送る。 (笑っている・・・) ずっとこちらに視線を送りながら、人好きのする、だがどこか冷たい笑みで、じっと自分を見つめている。 そのことにサラはこくりと喉を鳴らし、自分もにこやかにワルツのコツを教えていた。 幾つかの動作に分けてソロで練習を終えると、いよいよ一度、通しでやってみようということになった。 ぎこちない手で互いのパートナーの手を取り、 『足踏むなよ』 『うまく身体支えなさいよ』 などと言った憎まれ口や、 『よ、よろしく・・・』 『こちらこそ・・・』 などといった微笑ましい挨拶が聞こえてきた。 その中で、日本人とハーフのペアはよどみがなかった。 サラはキラの視線に腹をくくり、周囲の視線は気にせず、相対するキラに手を差し伸べた。 「僕もワルツは初めてだから、フォローを頼むよ」 「あら、ワルツは男性が女性を助けるんですよ?そんな風では困ります」 少し挑発してみる。 キラは少し、肩をそびやかした。 それだけでさすがにムッときた様子が、サラには伝わった。 「ふふ、アメリカはレディーファーストの国だったね。OK、努力してみるよ」 笑顔で不快さを隠すキラに、サラは内心で舌を巻きながらキラが自分の手をとるのを見つめた。 そして曲が流れる。 「それでは、いきます。“華麗なる大円舞曲”」 美しく軽快な曲が流れ出すと、皆ぎこちないながらも一斉に動き出す。 サラは滑るような足取りでキラの手を取り、踊り始めた。 (もし彼がキラの代理人なら、私をLの代理人として疑っているはず) (もしこの転校生がLの手の者なら、僕に近づこうとしてくるはず) (Lを消さない限り、キラは全盛期のような活動が出来ないのだから) (デスノートを消さない限り、キラの裁きは止まらないのだから) (でもLは鉄壁のビル要塞に篭もり、顔も名前も解らない) (でも姉さんは外に出ないし、ノートは絶対に持たないから僕からデスノートを奪うことは出来ない) (だから私がLの代理人とバレても、私を殺さずに利用し、Lを引っ張り出すことを考える) (だから僕がキラのパートナーだと解っていても、ノートの在りかが解らない限りこちらに手は出せない) (まず私がすべきことは) (まず僕がやらなければならないことは) (キラ側の持つノートがどこにあるかを知ること) (彼女の名前を知ること) (そうすればノートを抹消し、キラの裁きは止まる) (そうすれば彼女を人質にして、Lをここに引きずり出せる) そして、この戦いは終わる。 お互いに笑みを浮かべて、二人は踊る。 たった一度見ただけのワルツを、完璧とは言わないまでも呼吸を合わせて踊る二人に、クラスメイトは自分達が踊るのも忘れて見入っていた。 同時刻、某地下室で校庭にある監視カメラから送られてくる映像に、ライトはシニカルに笑った。 「クックック・・・」 「どうしたの、パパ?」 急に楽しそうに笑い出した父に、ネオンは不思議そうな声を上げた。 「もしかして、何か解ったの?」 「いいや、懐かしいものを見た、と思っただけさ」 ライトは踊り終えて汗を拭く息子とそのパートナーを見ながら、ライトは大学入学後のことを思い出していた。 あれはそう、初代Lこと竜崎との“互いが深まった”と了承し合うための、茶番めいたテニス。 今思えば、あれは間違いなく腹の内を読み合ってもいた、この世でもっとも陰湿なテニスだっただろう。 誰が見ても好試合だったその裏で腹黒い考えが脳を支配していたなど、当人達にしか解らないようなそれは、今息子達がやったワルツと雰囲気がよく似ていた。 周囲が賞賛し、プレイヤーはにこやかに互いの健闘を褒め、絵に描いたような清々しい競技後の光景。 だがそれは、壮絶な頭脳戦の顔合わせの挨拶に過ぎなかったのだ。(カンに頼るとすれば、間違いなくこの子供はニアの手駒。こいつがフェイクと言うことも含めてだが・・・) ライトに似つかわしくなくカンで決めたのは、はっきりした証拠がないからに過ぎない。だが、状況を見ればその可能性が濃厚なのも事実である。 「確実にこの子供がニア側の重要人物なら、来月にはカタをつけられるが」 「もしそうじゃなかったら?」 「名前を知って『こいつを殺されたくなかったら顔を出せ』と言ったところで、この子供は見捨てられるだろうな。 日本捜査員がいるなら、人命尊重でニアを引きずりだしてくれるだろうが、いるかどうか不明だ」 ライトは形のよい顎に指を当てて、考え込む。 「・・・ニアを呼び出し、ノートに名前を書くことが最終目的だ。ニアを来させるためには、エサがいる」 だがそのエサを向こうが自ら垂らし、こちらが持つ極上のエサ・・・すなわちデスノートを差し出させようとしているのは、馬鹿でも解る。というより、それしかキラを止める手段がない。 もっとも、“既に止める手段がない”ということまでは、ニアも知るまいが。 「勝つには攻めること。それには・・・」 ライトの指がスイッチを押し、サラ・サワキの顔をアップにする。 「まず、こいつを完全に手中に収める必要があるな」 ライトは続けて彼女のプロフィールを広げ、家族欄に目を移す。 「ネオン・・・」 「解ってるよ、パパ。この子のパパとおじいちゃんの顔だね。早速、調べさせるよ」 ネオンは父の言葉が終わる前に携帯を手に取り、兄に谷口悠里への指示をメールするのだった。