《Page15 学校》 サラの挨拶が終わると、悠里は席を見渡してサラに真ん中の席を指して言った。 「席は、一番後ろの真ん中の席がいいですね。このクラスに慣れたら、席替えを行いますから」 「はい、先生」 サラが言われた席に移動すると、そこは女の子が多いエリアだった。 (弥ライトとは離れてしまったけど・・・仕方ないわね) 努めて“ライト”と目を合わせないようにしながら、サラは席に座った。 「今年はさしたる事件もない平穏な夏休みで、先生はとても嬉しいです」 悠里がニコニコしながら生徒達に話をしているのを聞きながら、サラは“ライト”に接触する手段を考えていた。 悠里の話が終わると、今日は学校は午前中なので、生徒達は開放された。 いつもならみんなすぐに帰宅するのだが、今日は外国からの転校生がいるため、サラを取り囲んでお決まりの質問合戦が始まった。特に女の子からの質問が激しい。 「ねえねえ、ロスから来たんでしょ?ロスってどんな街?」 「両親ってどんな人?」 「アメリカと日本じゃ、だいぶ雰囲気違うでしょ。どんな感じ?」 サラは予想していたとはいえ多少辟易したが、元来真面目な性質なので丁寧に答えていく。 「ロスは都会で、東京みたいに賑やかな所です。父は日本人で、母も日系アメリカ人です。 学校は初めてなので詳しいことは判りませんが、こういう始業式などの式はないので、驚いています」 「へーえ・・・で、何で敬語なの?」 模範的な教科書のような文法で答えるサラに、クラスメイトが少し驚きながら尋ねると、サラは首を傾げた。 「日本では初めて会った人には敬語を使い、親しくなってから敬語は使わないと聞いたのですが」 「・・・まあ、間違ってはいないけどさ」 どこかズレた日本観に、クラスメイトは苦笑を浮かべた。聞けば父は日本人だが、日本に来たのは今回が初めてだそうなので、仕方がない。 「まあ、いっか。それより、学校を案内してあげるわ。結構広いのよね、ここ」 「もう学校終わってるし、ちょうどいいわよね。クラブも決めないとだし」 クラスメイトがはしゃぎながら立ち上がると、サラも立ち上がった。 「ありがとうございます。クラブもあるんですね」 「ええ。必ず一つ、入らなければいけないのよ。ほら、木曜日にクラブ活動の欄があるでしょう?」 「面倒だけど、結構楽しいわよ。アメリカにもあるでしょ?」 「ありますけど、強制ではないですね」 「おお、さすが自由の国!」 女子達が連れ立って教室から出ると、残された男子達はさっそく本日のネタであるサラについて語り始めた。 「結構可愛い子じゃん。ハーフだぜハーフ!」 「アメリカ人ってもっと何ていうか・・・明るいというかお気楽そうなイメージだったけど、あいつマジメそうだよな」 わいわいと語る中で、じっと話を聞いていた“ライト”が口を開いた。 「先生から今朝聞いたところだと、彼女両親を事故で亡くして、父方の親戚に引き取られて日本に来たらしいよ」 「うわ・・・これまた絵に描いたような不幸を」 「そっか、じゃあ親の話はタブーだな」 男子達が頷き合うと、キラは唇の端を少し上げた。 「そうだね。当分は女子が独占するだろうから、仲良くなるのは難しそうだな・・・相手か近づいてこない限りは」 「やっぱ、そう?・・・って、お前はいいよな!イケメンで成績トップでスポーツ万能の弥ライト君!!」 「どうせお前は必死にならなくたって、向こうから砂糖に群がるアリのごとく来るんだ!チックショー!」 男子達が雄たけびを上げて嘆く中、キラはニヤリと笑いながら小さく呟いた。 「砂糖が甘いとは限らないんだけど、ね・・・」 「で、あっちがパソコンルームで、こっちが美術室」 「やっぱり人気はコンピューター部かな。英語部は・・・今さら必要ないか」 女子達はサラを連れて、校内を案内していた。 さすがに私立なだけあって、ワイズミーハウスと比べても遜色ないほど、設備が整っている。劣っている点と言えば、図書室の蔵書くらいなものだ。 「凄いですね・・・さすがは日本です。これだけでも、日本に来た甲斐がありました」 仕事を忘れてしまいそうなほどの設備に、サラは感嘆する。 「日本のパソコンは、世界でも評判がいいんですよ。コンピューター部に入ろうかな」 「らしいわね・・・でも、コンピューター部は難しいかも」 「そうよね、定員数が満杯だったから」 女子達が溜息をつくところを見ると、彼女達もコンピューター部を希望して外れてしまったらしい。 「それは残念です。やっぱり日本でも、パソコンは必須ですから今から習うのですね。 日本人は勉強熱心だと伺っていますが、小学生からしっかり習得するなんて」 サラがしきりに感心すると、何故か彼女達はバツが悪そうな顔になった。 「いやあ、それもまああるんだけどね」 「実はね、あそこには弥君がいるからなのよ」 少し顔を赤らめながら、女子達が話し始めたところによると、弥ライトは女子達のアイドル的存在だという。 成績トップ、スポーツ万能、容姿もそこらのアイドルと張ってもいいくらいにいい上、面倒見もよく頼りがいがある・・・憧れない要素などない。 そんな彼が所属するクラブは四年生から入部したコンピューター部で、それ以来クラブ活動を行う学年全体から入部希望者が殺到し、抽選で入部者が決められたのだそうだ。 「ほら、右端の窓際の席の男の子。あの子よ」 「ああ、確かに目立った顔立ちをしていましたね。そんなに優秀な人だったんですか」 びっくりしたフリをしながら、サラはさりげなく“ライト”の情報を集める。 「さぞ、先生の信頼も厚いのでしょうね」 「そうそう、最近じゃ理事長先生の所にも行ってるみたいよ?理事長室に入ってくトコ、見たもん」 (確か、ここの理事長はキラ教団第二支部の責任者だったはずよね?) サラはきらりと目を光らせつつも、再び質問する。 「理事長先生とは何ですか?」 「ん~、何ていうのかな・・・まあ、学校業務には関わらず、学校を経営している人ってトコかな」 「前はウチの高等部の先生やってたらしいよ。結構厳しい人だったみたい」 既に知っている情報だったが、サラは今知ったかのように振舞いながら頷いた。 「じゃあ、偉い先生じゃないですか。挨拶に行かないと」 理事長に接触するチャンスで、また日本人は挨拶を大事にすると聞いていたこともあり、サラが何気なく言うと、クラスメイトは面食らった。 「いや、そこまでしなくていいから」 「どうせ滅多に来ないし、学校経営なんて私達には縁がないことなんだから。校長に担任、生活指導担当とか・・・ま、それだけ憶えておけばOKよ」 初めはハーフということで正直と惑っていたのだが、多少天然の入った転校生に、クラスメイトは親近感を覚えた。 だが、ここで一つ、大きな釘を刺しておく必要がある。 「でも、ライト君に近づいちゃダメよ?みんな狙ってるんだから」 「そうそう、ライバルは少ないに越したことないんだから、サワキさんキレイだし。用心はしておかないと」 (え・・・?) サラはこんなことを言われるとは予想しておらず、思わず硬直した。 別に弥ライトに恋愛感情など微塵もないが、捜査のためには是が非でも接触する必要があるのだ。 (まさか、こんな理由で阻まれるなんて・・・!) いや、もしかして彼女達もキラ教団で、さりげに彼に近づく人間をガードしろと言われているのかも、と邪推してしまうが、見ている限りどうもそうでないように思う。 サラは思いのほか目的の人物達に近づきにくい状況に、内心で嘆いた。 (やっぱり、男女間で近づくのは難しいわ。何とかしないと・・・) かつて初代Lはキラこと夜神ライトに近づくため、同じ大学に入学したらしいが、同性だったために容易く友好関係を持てたという。 だがこちらが女で、しかも相手が校内切ってのアイドル的存在となると、どうやら妨害が入るようだ。 (こうなったら、向こうから近づいて貰わないと・・・) サラは予想外の伏兵に頭を悩ませながら、クラスメイトがいかに弥ライトが格好いいかを語るのに、耳を傾けるのだった。 「ただいま、父さん、姉さん」 「お帰り~、キラ。始業式だったのに、遅かったね」 地下室で出迎えた姉に、キラはカバンを置きながら言った。 「うん。父さん、例の転校生の写真、手に入れたよ」 キラはそう言いながらカバンから隠しカメラで撮った写真をライトに手渡す。 ライトは息子・キラを通じ、谷口悠里に教師・生徒が入ってきたら、すぐに連絡するように命じていたため、サラが転校してくることを知っていた。 ただ証明写真等は書類に付属していなかったため、キラが撮ることになったのである。 「でもさ、幾らニアってヤツでも、危険と解ってる所に子供をやるとは思えないけど」 キラが常識論を言ったが、ライトはフンと鼻を鳴らして写真を受け取った。 「あいつも大概、手段を選ばないヤツだからな。それくらいしても、僕は驚かない。 だがもしその子供があいつの手駒なら、相沢達が承諾したのか、それとも今回はアメリカチームだけで動いているのか、その辺りが解らないな・・・ん?」 写真を見たライトは、はっきり顔全体が見えているにも関わらず、サラ・サワキの本名と寿命が浮かび上がらないので眉をひそめた。 「どしたの、パパ?」 「この子供・・・名前と寿命が見えない」 死神は人間に、死神が見える名前と寿命は教えてはならない。だが、これは単に見えないと教えているだけなので、掟には抵触しないのだ。 「あ~、そういえばその子、事故で親を失って、顔をケガしてるんだってさ。 皮膚の状態が安定するまで、特殊なマスクつけてるって先生が言ってた」 キラが説明すると、ライトは険しい顔で考え込んでしまった。 姉弟はそんな表情の父に声をかければ機嫌を損ねるだけと知っているので、二人して顔を見合わせるだけだ。 五分ほどの沈黙の後、ライトはキラに命じた。 「特殊マスク、か。よし、谷口和利にそのマスクについて調べさせろ。あいつは皮膚科の医師だから、理由をつけてその子供と接触させてもいいな」 名前と寿命が解らない子供の写真を見つめて、ライトは不敵に笑った。 「この子がニアの手の者の可能性は高いが、本人がそうと知らないままここに来た可能性もある。キラ、この転校生から目を離すなよ」 「解った。何とかしてみるけど・・・女の子だろ?」 どうも近づきづらい、という息子に、ライトはニッと笑みを浮かべた。 「いいか、女と言うのは単純な生き物だから、優しくしてやればそれで充分だ。 転校したてで困ることが多いはずだから、それに親切にしてやればいい」 「それ、既にクラスの女子がやってるみたいだけど」 近づきづらい理由がここにある、と言う息子に、ライトはやれやれ、と息を吐く。 「仕方ないな・・・谷口悠里を使って、サラ・サワキと近づける状況を作ってやろう」 そう言ってライトが視線を送ったのは、神光学園初等部の体育祭のお知らせだった。 「女というのは、ムードに弱いからな。それに、これならいろいろ解ることもある」 父が語る“サラ・サワキと近づける状況”に、キラは正直に言った。 「父さん、本当こういうの考えるの得意だね」 「女は利用しやすいからな。ネオン、お前も憶えてくといい。こういう手段で男は女を思い通りにしようとするから、気をつけろよ」 女は利用すべきと考えているわりに、娘は利用されるのが気に入らないらしい。かつて妹が誘拐された際も、何とか妹だけは救おうとしたので、ライトは血縁の女性には甘いようだ。 「はーい!心配しなくても、ネオンは利用されません」 ネオンはライトに抱きついて宣言するが、充分父には利用されているだろう、とキラは思う。 「さて、ライト。明日にでも谷口悠里に指示を出してくれ」 「了解」 キラが頷いて了承する。 その翌日、谷口悠里は生徒達に言った。 「皆さん、来月の体育祭はワルツを踊ることになりました。 ちょうどサラ・サワキさんが転校してくれたお陰で男女比がちょうどですから、人数に余りはないですからね」 途端に女子から歓声が上がり、キラに視線が集中する。 「公平に、クジでパートナーを決めることにしましょう。 同じ番号を引いた人がパートナーです。右の箱が男子、左の箱が女子です。 出席番号順に引いていって下さい。男子は弥君から、女子は河野さんからね。はい、どうぞ」 「はい」 キラがクジを引くと、“6番”と記されている。 「次、河野さん・・・」 男子と女子が、次々にクジを引いていく。 お目当ての子と組めた男子はガッツポーズをし、イヤな男子と当たってしまった女子は何とか交代できる子がいないか探し始めた。 だが弥ライトことキラの番号である6番が引けず、非常に悔しがる女子の姿が目立ち、それを見た男子が『チックショー!所詮オレラなんてっ・・・!』とこれまた悔しがるのである。 結局女子は誰も六番が引けず、最後に引いたのはもちろん、転校生であるサラだった。 彼女はクジの箱に手を入れ、自分の番号を知りながらも引いた番号にどう反応すればいいのか解らなかった。 「はい、六番ですね。弥君、転向したばかりで不安でしょうから、いろいろフォローしてあげて下さい」 「はい、先生・・・よろしくね、サワキさん」 クラスの女子の『羨ましい~!』という合唱を聞きながら、サラはこれまた予想外の出来事に、ただ驚いていた。