《Page14 来日》 「・・・とうとう、この日が来てしまいましたね」 「そうだな・・・」 夜の九時半、成田空港にて、松田と相沢が肩を落としながら、来て欲しくない待ち人を待っていた。 一週間前、サラという十六歳にしてケンブリッジ大学入学資格保持者という天才少女を捜査に加える提案をニアがしたのだが、いくら優秀でも未成年を捜査に参加させるのを一同は強硬に反対した。 が、幾ら考えてもその少女抜きでデスノートを持つ弥一家、およびキラ教団本部である小学校と接点を持ち、捜査できる手段が見つからない。 夜神ライトが死神であり、今はどういう理由か知らないが自身で自分達を殺せないとはいえ、その理由が解らない。 理由が判ればその理由を何とか継続させ、長く捜査を続けることも出来ようが、いつその理由が消えてライトにノートに名前を書かれてしまうか不明な以上、時間勝負でライトを死神界に追い返す必要がある。 結局、捜査陣は己の情けなさを噛み締めながら、サラを迎えることを承諾せざるをえなかったのである。 「あの子は大丈夫だって言ってますけど、敵陣に単身乗り込むんですよ?やむをえないとはいえ、やっぱり僕は・・・」 「それはみんな同じだ・・・ニアを除いてだがな」 相沢が苦々しげに言うと、松田はハァ・・・と肩を落とす。 「とにかくこうなった以上、せめて彼女に対して何重も安全策を考えるんだ。一番不安なのは、あの子なんだぞ」 「そうっすね」 サラはいったんイギリスに行ったワタリが連れてくることになっており、その後は八月中にサラの書類を偽造し、九月に神光学園に編入できる手はずを整える予定だ。 「ヒースロー空港より、直行387便が到着しました」 アナウンスが流れると、松田がメモを見て慌てふためいた。 「あ、この便ですね・・・うわ、緊張してきた」 「バカ、お前が緊張してどうする。お前の明るいキャラで、サラさんの緊張を解してやるんだからな」 「遠回しに、バカにされてる気がする・・・」 松田はぼやいたが、相沢はスルーしてサラを待った。 それから十五分ほどが経過して、ようやく入国手続きを終えたワタリが茶髪の長い髪を三つ編みにしている白い肌の少女を連れて、キョロキョロと周囲を見渡しながらロビーにやって来た。 「あ、二代目ワタリだ・・・ってことは、あの可愛い三つ編みの子がサラかな?」 「そうだろうな」 相沢達が小走りで二人の元に駆け寄ると、ワタリは足を止めた。 「ああ、ミスター相沢、ミスター松田。この夜遅くに、お迎えありがとうございます」 「いや、最近は夜でも物騒だからな。キラのお陰でそういうことは少なくなったが、我々の敵はキラだから念には念を入れないと」 相沢がちらっとサラに視線をやると、サラはにっこりと微笑んだ。 「えっと、こんばんは、相沢さんと松田さん。私がサラです」 英語の教科書の日本語訳のような挨拶だが、完璧な発音での挨拶だった。 「ご迷惑をおかけいたしますが、これからよろしくお願いします」 「こちらこそ、こんなことを頼んですまないと思っている。困ったことがあったら、何でも遠慮せずに言ってくれ」 「そうそう、せっかく日本に来たんだし、青山でも渋谷でも案内するよ」 相沢と松田が握手を求めながら言うと、サラはにっこりと笑った。 「ありがとうございます、ミスター相沢・・・じゃなくて、相沢さん、松田さん」 「そんな細かいこと、わざわざ修正しなくていいよ。日本語は和製英語もあるから、意味さえ通じてりゃいいんだからさ」 松田がサラの修正セリフに苦笑しながら言うと、サラは生真面目に首を横に振る。 「いいえ、間違いは正すべきです。ほんのささいな間違いでも、後で大きな失敗になるかもしれませんから」 「いや、日本語間違うことは、日本人でもあるから。気にしない気にしない」 松田はハハハと軽く笑いながら、サラの手をとって歩き出した。 ロジャーと相沢も荷物を持つと、二人の後を追った。 準備していた車に乗り、ロジャーの運転で捜査本部へと向かう。 「いやあ、思っていたより可愛い子だね。紅一点のリドナーはずっと別行動だし、捜査本部には花がなくてねえ」 「そうですか?ありがとうございます」 松田とサラはすっかり打ち解けてしまい、とても楽しそうに話している。サラも緊張はもうないらしく、終始にこやかだ。 「せっかく日本に来たんだし、いろいろ回ってみるのもいいんじゃないかな。 東京は観光地としては少し不向きだけど、それなりに有名だしね。どこに行きたい?」 「ええ、この事件が解決したら、ぜひお願い致します。 実はワイミーズハウスの友人や後輩から、日本のアニメグッズを頼まれているんです。何でも、秋葉原という所にたくさんあるそうですが」 「・・・・」 「池袋という所も、女の子向けのグッズがあると聞いております」 「・・・・」 間違ってはいないが、何か間違っている情報に松田と相沢は硬直した。 考えてみれば、日本は世界一のアニメ輸出国である。世界各地からアニメの同好の士が集まるらしいから、ある意味当然のことなのかもしれない。 マジメに言われてしまえば拒絶するすべはなく、キラ事件が終わったら松田がサラを秋葉原と池袋を案内することになった。こういう役回りは、常にこの男である。 サラ自身はアニメに詳しくなかったようで、松田に“セーラーアーン”、“白ずきんチャラチャラ”、“ドラゴンコール”などのグッズのことをいろいろ質問し、松田と親交を深めていた。 そうこうしているうちに、サラ達を乗せた車は捜査本部にひっそりと到着し、ニア達がいる部屋へとやって来た。 部屋に入るなり、ニアはサラにデスノートを差し出し、触れるよう指示する。 「グッドイブニング、サラ。早速ですが、これを触って下さい。貴女も死神が見えていたほうが、話が通りやすいのでね」 「グッドイブニング、L。いきなり死神?少しは聞いていますが・・・」 サラはこれが世界最悪の殺人兵器と噂されるノートかとまじまじと凝視し、少し震えながらも目を瞑ってそのノートに指を触れた。 「何にも見えませ・・・誰ですかそれ!」 目を開けた瞬間にサラの視界に飛び込んできた、ニアの背後にいるやたら背の高い妙に口が裂けている異形の死神を見て、彼女は大きく口を開けた。 ニアは相変わらず人形を弄びながら、何でもない事のように答えた。 「以前話したでしょう?これが死神です。名前はリュークですが、気にしなくていいです。 長い旅でお疲れでしょうが、時間がないのでさっそく本題に入らせて貰います」 「あれが死神・・・」 「リュークだ。ま、よろしくな」 「そう・・・ホント気にしなくていいから。それより、少しくらい休ませてあげてもいいんじゃ」 松田が言ったが、サラは引きつって笑いながら、首を振った。 「いえ、困っているのは聞いていましたから、気にしないで下さい。 私はキラの関係者が集まっているという小学校に生徒として潜入・・・だったわね」 サラはなぜか、ニアに対しては敬語を使わない。だが、誰もそれを気にしなかった。 「そうです。始めはリドナーの縁者として入って貰う予定でしたが、事情が変わりましたので、それはやめます」 「え?」 不思議がるサラと一同に、ニアは説明した。 「夜神ライトがあちらにいるとなった以上、当然リドナーのことも知っていますからね。 サラがこちら側の人間だと感づかれてしまう可能性が高いですので」 「ふむ、確かに」 相沢が同意すると、松田が尋ねた。 「じゃあ、誰を彼女の保護者にするんです?」 「この場の誰かを、彼女の伯父とでもいうことにして貰いましょう。 もちろんマスクをつけて頂きますので、顔がバレる心配はないです。戸籍等も用意しますし」 「そうだな・・・それしかないか」 サラの安全を図るためなら、偽造戸籍くらいは呑まねばなるまい。相沢が手を上げた。 「なら、その保護者の役目は俺がやろう。いいな」 有無を言わせぬ口調だったが、松田が反対した。 「相沢さんには、家族がいるじゃないですか。ここは独身貴族の僕が・・・」 「いや、お前は少し突っ走る傾向があるからな。 こんな子供を巻き込んだんだ、これくらいは当たり前だ・・・夜神次長に合わせる顔がないんでな」 「・・・・」 夜神総一郎の名を出されてしまえば、松田はそれ以上何も言えなかった。 かつてLに次いでキラ事件の指揮を取り、全力を注いでいた。 息子が疑われていても・・・いや、だからこそだろう、キラを追い続け、寿命を削って死神の目を手に入れ、デスノートを奪ったメロを追い詰め・・・そして亡くなった。 最期に、最愛の息子がキラではないと確信して・・・。 「あの・・・」 「いや、サラが気にすることじゃない。君は君で、役目を果たしてくれればいいよ。 それ以外のことは、僕達がする・・・じゃないと、僕らの立つ瀬がないんだ」 暗くなった雰囲気に、サラが身の置き所がなさそうなのを見て、松田が慌てて取り繕う。 「じゃ、相沢さんがサラの保護者ってことで。 じゃあニア、死神の目の取り引きして下さい。マスクが効くかどうか調べないと、サラを安心して神光学園に送り込めないですからね」 夜神総一郎の時は自分がやると言った松田だったが、彼はむろん誰も自分がやるとは言わなかった。 まあ、所有権が移動できない以上ニアがやるしかないとはいえ、ニアの人望が垣間見えた瞬間である。 「死神の目って、何ですか?」 サラが問いかけると、一同はノートの説明を表面的にしか彼女にしていないことに気づき、相沢が死のノートについて説明し、捜査の目的を話した。 「・・・だからそれを燃やして、以前のキラである死神を追い返さなければならない」 「以前のキラが、今死神に・・・」 絶句したサラに、ニアがさらりと言った。 「大丈夫です、顔が見えなければ問題ないです。 今のところ死神の目を持つ人間はいないようですし、死神自身は人間に名前を教えてはいけないらしいですから」 「なるほど・・・解ったわ。顔を見ると名前と寿命が解る目か・・・」 「ノートの所有者には、寿命だけが見えないらしいですけどね」 それを聞いたサラは、首を傾げて何事か考え出した。 「・・・それじゃ、私が死神の目を持つわ。弥音遠っていう子がノートを持っているらしいけど、もしかしたらその弟の弥ライトが持っているかもしれないし。 それに、顔も解らないんじゃ、音遠のほうがもしかしたら堂々と学校に出入りしてる可能性もあるし・・・寿命を持たない人間が所有者だって解るのなら、その子を尾行するなりしてノートの所在を明らかにし、ノートを処分するほうが穏便にことが済むのではない?」 「確かに・・・学校に日常的に出入りすることになるサラのほうが、そういう策もとれますが」 夜神総一郎は死ぬ間際に、息子の寿命が見えるので彼がキラでないと確信した。 このことから、夜神ライトは所有権を放棄しても記憶を飛ばさない方法を知っていたことが解る。 相沢達の話を総合すると、先代Lこと竜崎が死んだのは火口というヨツバのキラが死んだ少し後。 (死ぬ少し前に、ノートを初代達が手に入れたらしい。夜神ライトも触ったようだから、記憶が戻る条件はノートに触ることだろう。 つまり、所有権がなくてもノートに触れてさえいれば記憶は消えないという推測が成り立つ) しかし・・・。 「却下!君ね、幾ら捜査のためでも、そんなのは絶対ダメ!」 「当たり前だ!寿命が半分になるんだぞ?不吉なことをいうようで恐縮だが、万が一お前の寿命が短かったらどうするつもりだ!」 「君が怪しい人間をピックアップして、写真でも取ればいいんだよ。それをニアに見せればそれで十分なんだし」 松田、相沢、伊出が総出で否決された。もちろんレスターとジェバンニも、大きく頷く。 「でも、私が直接見たほうが確実だし、間違いはないわ。 弥一家に的を絞っているけど、もしかしたらそれだって囮かもしれないし、ノートの所有権が移動する可能性だってあるのでしょう?」 サラが言い募ると、ニアはあっさりと言い切った。 「サラ、捜査と言うものは疑ってかかり、間違っていたら『ごめんなさい』でいいんです。 貴女が穏便に済む策を提案したのは見事ですが、どうせこの事件は穏便に終わらせられるものではないんですから」 「・・・・」 ニアの暴論に、サラは目を見開いて硬直した。 ニアも反対したが、それは相沢達のように人道的な理由からではない。 「貴女にノートの所有権を渡すと、私のノートの記憶がなくなるので捜査に支障がきたされます。 それに、貴女が言った策はそのまま相手も使えること。ノートの所有権が貴女にあると解れば、何が起こるか解りません」 死神ライトが所有者がサラだと教えなくても、子供達に気づかせる手段を取る可能性が高い・・・そう指摘されて、サラは残念そうに肩を落とした。 「それなら、仕方ないわね」 「そうそう、そういうこと。だからニア、よろしく」 松田がサラがまた何か言い出さないうちにと、ニアを急かす。 「随分私の扱いが酷い気がしますが・・・いいでしょう。ワタリ、二人にマスクの用意をして下さい」 ニアが言うと、ワタリは頷いて隣室へマスクを取りに行った。 「二人って、相沢さんのもあるんですか?」 「いちおう、全員のを作らせています。先日完成したところで」 これで偽名警察手帳の他に、自分を守る手立てが増えて少し安心できたが、夜神ライトに名前を知られている。人間に名前を教えててはならないという死神の掟に、大感謝である。 ワタリがマスクを持ってくると、サラと相沢にマスクの装着法を説明して手渡した。 「結構伸びるな~。あ、でもつけてしまうとぴったりです」 サラがマスクをつけてカツラをつけると、別人に近い顔になった。 「これなら、解りませんね。ではリューク・・・取引を」 (正直、これだけはしたくなかったんですが・・・やむを得ませんね) このままライトを放置しておいたら、寿命が来る前に確実に死ぬ。 「クックック・・・了解」 リュークはニヤニヤ笑いながらニアに手を伸ばすと、彼に死神の目を与えた。 「・・・本当に、名前と寿命が見えます」 さすがのニアも、周囲の人間の頭上に名前と数字が並んでいる光景に、驚きを隠せないようだった。 「ニア、サラとミスター相沢のほうは?」 「そうでしたね・・・大丈夫です、見えません。後でどれくらいの顔が見えれば寿命と名前が解るのか、検証することにしましょう」 レスターに適当に人間が移っているビデオの準備を頼むと、マスクを被っている二人に言った。 「まず、妻はおらずアメリカに弟が住んでいる平凡な男の戸籍を作ってミスター相沢を入れます。 そしてその弟が事故死したので、身寄りのない姪を引き取った、ということにしましょう」 「まあ、妥当だな」 「姪は今年十二歳で、公立より私立のほうがいいだろうということで神光学園に入学。 そしてここからが肝心なんですが・・・サラと相沢さんは父親が事故死した際に一緒にいて、自分達も顔に怪我を負ったということにして下さい」 ニアのいきなりな言葉に、サラはすぐにピンときたようだ。 「なるほど・・・名前が見えないなら見えないで、警戒されるものね。 でもマスクをしていることを事前に報告し、顔にケガをしているから治療用のマスクをしていると言えば」 「最近の医療用マスクは精巧ですから、それで通じるでしょう。 『皮膚の状態が安定したら整形する予定だけど、それまで学校を休ませるわけにはいかないので』とでも言えばいいです」 「それでも疑われませんか?」 ジェバンニが心配そうに言うと、ニアはあっさり言った。 「どうせ新たに入ってくる人間は、警戒されるんです。名前くらいは隠さないと。安全のため、ワタリに送迎させます。役どころは祖父ということで」 万一サラが行方不明になれば、毎日送迎している以上、学校内で消えたということになる。それを理由に捜査員が突入する、という策も取れるだろう。 「解ったわ。私は弥ライトに近づいて、弥 音遠やキラ教団のことを聞き出せばいいのね」 「ついでに怪しい人間がいたら、何とか写真を手に入れて下さい。特に十代の少女に的を絞って」 その写真を見て寿命が見えなかったら、彼女が弥音遠というわけである。 「一番危険な任務ですが・・・よろしくお願いしますよ」 サラが頷くと、さらに細かい打ち合わせに入った。 家族構成は両親を事故で亡くしたハーフの少女が伯父に引き取られ、父方の祖父と三人暮らし、マンションにて生活。 伯父は祖父が経営している小さな店の店長で、ごく普通の一家という設定が決められる。 数日後、神光学園初等部と捜査本部の中間地点に建つ一階が雑貨店、二階が住居の建物を買い取り、相沢とサラ、ワタリの自宅とし、関係書類を作成して神光学園に提出し、サラの転校が認められた。 そして九月に入り、全国の学校で始業式が行われた。 神光学園初等部も例外ではなく、退屈な校長の挨拶や訓示が終わった後、六年A組で転校生の紹介が行われた。 「家庭の事情でアメリカから来られました、サラ・サワキさんです。皆さん、仲良くしてあげて下さいね」 谷口悠里の紹介で、クラス全員はーい、と声を上げる。 「ロスから来ました、サラです。皆さん、よろしくお願いいたします」 そう挨拶したサラが頭を上げると、その視線の先には不適な笑みを浮かべつつも、興味深そうに自分を見つめる少年がいた。