《Page13 S》 「・・・ライト君が、死神になった?」 松田が数瞬の茫然自失の後、絞り出すような声で確認すると、リュークは林檎を貰えないことに不機嫌そうにしつつも、あっさり頷く。 「らしいな~。死神界に戻ったら、死神大王(じじい)に呼び出されて引き合わされてよ~、俺もあれには驚いた。 どうやって死神になったか聞きはしたけど、『お前に教えたら面白そうだという理由で死神増やしかねないから』ってじじいもライトも教えてくれなかったんだよ」 リュークの長い死神生で、あれは1,2を争うほど驚きを隠せなかった出来事だった。 何しろ死神しかいないはずの死神界で、自分が殺した人間が自分達の王の前に立っていたのだから。 「じ、じゃあ向こうはライト君が弥音遠に協力してるってコトじゃ・・・」 「いや、リュークは死神の掟で協力できないんだから、ライト君も見てるだけじゃないのか?」 松田と伊出が焦った声で言うと、リュークは儚い希望を打ち壊す発言をした。 「いや、別に掟に抵触しない範囲なら、人間に協力してもいいんだよ。 俺だって、面白いモノが見れるならってんで、ある程度はライトに協力したしな」 「・・・そういや、そうだったような」 振り返ってみれば、デスノートの裏表紙に嘘のルールを書いたり、ノートを届けたり、シドウとかいうメロの元にいた死神と話をつけたり、意外とこいつは働いていた。 「弥音遠が夜神ライトの遺志を継いでいたのかと思ってましたが・・・この様子では、彼女も夜神ライトの駒でしかないようですね・・・死んでまで自らの意志を通そうとするとは」 ニアの呟きに、松田が目を見開いて言った。 「それじゃ・・・弥音遠を逮捕しても、ライト君をどうにかしない限りこの事件を終わらせることは出来ないってことじゃないですか!」 「!!」 松田の叫びは的確だった。 犯罪というものは、首謀者という存在が必ずいるものであり、それをどうにかしない限りそれは止まらない。 十五年前は夜神ライトを松田が射殺することで、キラ事件はいちおうの解決をみた。 しかし、今回はどうだろう。 夜神ライトは死神となって、キラ事件の首謀者となった。チェスのキングのごとく、自身は一マスしか動けなくなったとはいえ、その卓越した頭脳は健在である。その上、忠実に動くコマが団体でおり、今後も増える一方だ。 「弥 音遠は、チェスでいえば最強の駒クイーンですが、それを取ったからといって勝てる訳ではない・・・それどころか、何百人といるポーンを鍛え上げて、クイーンにすることすら出来る状況・・・」 ニアのやたらマニアックなたとえに?マークを飛ばした松田に、レスターが親切に教えてやる。 「チェスのルールには、自軍のポーンが相手陣の1段目に達すると、キングを除くどれかの駒にならなければいけない昇格(プロモーション)というのがあるんだ。 たいていの場合、クイーンを選ぶことが多いがな」 なるほど、とチェスに疎い人間は新たな知識を増やしたが、『トリビアが増えて満足した』などと言ってはいられなかった。 その例えが意味するのは、弥 音遠を取り押さえればいい、という捜査の目的が意味を成さないことであり、キングである夜神ライトは死神・・・どうやっても詰むことが出来ない相手だった。 さらに悪循環なことに、キングをどうにかしない限り駒はどんどん増殖していき、キングを守る壁は厚くなるときている。 「最悪だな・・・」 相沢の一言は、まさしく今の状況を端的に言い表していた。 「くそ・・・!どうすればいいんだ・・・」 「・・・・」 捜査陣が絶望の波に飲まれている中、相変わらずマイペースに何か考えていたニアが、ふと口を開いた。 「そう悲観しなくていいかもしれませんよ」 「え?」 一同が顔を上げると、ニアは死神の人形に“ライト”と書き込み、ノートを持たせて捜査陣を表す人形の群れの横に置いた。 「いいですか、死神ライトは既にこちらの顔も名前も知っているんです。 もちろん、この私の名前も知っているはずです・・・あの日、贋物とはいえノートに魅上に私の名前を書かせていて、ちゃんと見たんですからね」 あの日、魅上が持っていたノートのページを開いて、夜神ライト以外の名前が羅列されたページを、ニアが公開したのだ。ライトの頭脳があれば、あんな緊迫した状況でも全員の名前を暗記するくらい、たやすいことだろう。 「あ~、確かNとtが書かれてたっけ」 十五年前のことだし、見たのは一瞬だけだった松田が記憶を探るようにして言った。伊出や模木も似たような印象だったのか、軽く頷く。 「つまり、今この時間でも・・・いや、死神になった時点で死神ライトは我々全員を殺すことが出来るはずなんです。 それなのに、わざわざこんな遠まわしなやり方で、我々に戦いを挑んでいる」 「そういえば・・・」 「そうだよな。死神の目も本人が持ってるんだし・・・」 伊出と松田が顔を見合わせると、ニアはリュークに尋ねた。 「死神は人間を、どのような基準で殺すんですか?また、それに規制はありますか?」 「お前、質問ばっかだな。ライトみたいに、自分で調べようって気はないのかよ」 リュークが皮肉げに言うと、ニアはこれみよがしに最高級青森産林檎を手に取ってリュークの前にちらつかせながら言った。 「あいにく、死神の生態なんて調べようがありませんのでね。その辺りのことだって、夜神ライトは貴方から聞いたんでしょう」 「聞いたっつうか、自分で喋ったっつうか」 リュークは自分を尾行していたFBI捜査官をどう始末するかを考えていたライトに、死神の目のこととその取引、死神がどのようにして殺す人間を選んでいるかを話した。 そう、あれは自分から話したのであって、ライトが尋ねてきた訳ではない。もっとも、あれだけのやりとりでライトは死神の目によらずして、尾行した男を始末する方法を考え出したのだ。 アレは見ていて面白かったので、話して正解だったとつくづく思う。 「貴方、夜神ライトには本当に協力的だったんですね。私にも積極的に協力して頂きたいものですが」 「解ったよ、別に話して困るモンでもなし」 林檎にヨダレを流したリュークは、ニアが軽く投げ渡した林檎を受け取ると、死神のことについて話した。 いわく、 “死神は死神界の穴から人間達を見下ろし、多少の好みはあるがたいていは適当に目に付いた人間の名前をノートに書いて殺す”。 “そして殺した人間の本来の寿命の残りを、自らの寿命として加算する”。 そして規制としては、 “生後780日に満たない人間にはデスノートの効果は得られない”。 “人間界単位で124歳以上の人間をデスノートで殺す事はできない”。 “残りの寿命が人間界単位で12分以下の人間はデスノートで殺す事はできない”。 の三つだった。 「どれも我々には当てはまってないな」 「そうですね、レスター。つまり、死神ライトは他に我々を直接殺せない理由がある・・・ということになります。これをうまく利用すれば・・・」 リュークは“他にニア達を直接殺せない理由”について、心当たりがあった。 レムから聞いた、死神を殺す方法・・・それは。 “死神は特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす為にデスノートを使い、人間を殺すと死ぬ”。 (恋愛感情でなくとも、ぶっちゃけ好意を持った人間のためにノートを使うと死ぬってことだもんな。 幾らあいつでも、子供は可愛いだろうし・・・そもそも自分を大事にするヤツだからな~) しかし、リュークはそれを口にしない。理由は“聞かれないから”である。 「リュークの話を信じるとしたら、死神ライトはノートで我々を殺せるが、それが出来ない理由が存在し、直接自分で殺せないため、子供達を使って我々を殺そうとしている・・・という推測が成り立ちます。 そして死神は自身が憑くデスノートが人間界にない限り、人間界にいることは許されない・・・そうですね?」 「ああ。正確には“そのノートの所有権を持つ人間がいない限り”だから、ノートを地中に埋めて『所有権を放棄する』と言えば、新たに人間が拾わない限り、死神は人間界にはいられない」 ライトがエルこと竜崎に監禁された時、ライトは自分のノート(ミサから受け取ったノート)を地中に埋め、適当な時間が経ったところで所有権を放棄し、キラ容疑をかわしたことがあった。 それまでリュークは大好きな林檎も食べられず、ライトの監禁生活に付き合うハメになったが、その後は死神界に戻っている。 「では、弥音遠が持っているノートを燃やしてしまえば、死神ライトは死神界に戻らなければならない・・・ということですね」 ニアは自分の考えを口に出しながら、考えをまとめた。 死神ライトがどういう理由で自分達を殺さないかは解らないが、状況次第でその理由が消滅し、死神なら全員が持つというデスノートに自分達の名前を書き込みかねない。 手段を選んでいる余裕は、ない。 「ワタリ、サラは?」 「通信の準備は出来ています」 ワタリがパソコンを立ち上げてスイッチを入れると、“S”のアルファベットが画面に映る。 「久しぶりですね、サラ」 「はい、L。急に私にお話があるなんて、驚いたわ」 サラ、というコードネームなら女の子だろう、と予想していたものの、声音を聞く限り本当に子供のようだった。 せめて十八歳くらいだったら、捜査に加わってもおかしくはないだろうが、明らかにそれより幼い。 「サラって子、いくつなんですか?」 ヒソヒソと松田がワタリに問いかけると、ワタリは短く答えた。 「確か、今年十六歳になったばかりかと」 「十六歳・・・!まだ高校入ったばかりじゃないか」 「いや、イギリスではちょっと教育事情が日本と異なっていまして」 イギリスの教育制度では、五歳から十一歳までの初等教育、十二歳から十六歳までの中等教育までが義務教育らしい。 そしてさらに2年間のGCSEコースを修了し、全国学力試験という試験を受験し、その学力を基に大学を受験するのだそうだ。 イギリスでは七月が卒業式シーズンなので、八月の今ではサラは既に中等教育を終え、一番難しいケンブリッジ大学の入学試験さえ余裕で合格できるとのお墨付きを教授達から貰っているため、飛び級で入学することが決定しているらしい。 「優秀なのは解るが、だからといって十六歳の少女を命がけの捜査に向かわせるのか?」 相沢がパソコンにも聞こえるように言うと、サラという少女は臆することなく言った。 「私もLを継ぐ者として、教育を受けてきた身。今までも幾つかの事件で助言をし、解決の手助けをさせて頂いたわ」 「何か、ライト君みたいな子ですね」 高校時代から父に助言をし、迷宮入りしかけた事件を解決したことがいくつもあることを、松田達は知っている。 しかし、それだってあくまで助言。直接捜査に加わった訳ではないし、キラ捜査チームに加わったのは大学入学後だ。 ニアも十五歳の時に竜崎の死後にLを継ぐよう、ワタリことロジャーに言われたが、直接行動を開始したのはそれから三年後のことだ。 たった二歳の違いだが、若い時の二年と言う差は大きい。 ニアが今キラ事件の捜査を指揮していること、首謀者の縁者である少年が小学校にいることと、直接の情報の発信源がその小学校にある可能性が極めて高いので、それに出入りしやすい状況を作るために年若い人間の助力が必要だと言うと、サラは納得したようだ。 松田達はやる気満々なサラに、キラ事件がどれほど危険か懇々と説いたが、彼女は首を縦には振らなかった。 「キラ事件となれば、どうして協力を惜しむ必要があるの?私は行きます」 流麗な日本語でそう言い切られて、松田達は折れた。 「そこまで言うなら、止めてもムダだろうな。ただし、危険だと判断したら、君をそれこそ監禁してでも止めさせて貰う」 それは似たような年頃の娘を持つ相沢が出した、ギリギリの条件だっただろう。こんな子供まで捜査に加わらせねばならない自分に、ふがいなさを感じる。 (この事件が終わったら・・・いや、むしろ今でも退職願を出してこよう。俺は警察官として、失格だ・・・!) 故夜神総一郎がこの状況になったら、何としても止めただろう。 相沢が肩を落として溜息をはくと、サラが言った。 「ありがとうございます。そう言って・・・あ、おっしゃってくれる人がいてくれるなら、安心して日本に向かうことが出来ます。 失敗しないよう、頑張りますね」 使い慣れない敬語を使って感謝の弁を述べるサラに、レスターとジェバンニは内心で同じことを思った。 (ニアにもこれくらいの謙虚さと言うか、社交術があればよかったのに) てっきりニアや竜崎のような子供が来るか、と思っていた一同は、思いがけずまともな性格であるらしい三代目L候補者に、付き合い方の心配をする必要がなくなって安堵した。 と同時に、こんな子を犠牲にしたくない、という思いも増えていた。 「彼女が来るまでに、何とか神光学園に入り込む手段を考えよう」 「そうだな。自分が必要ないとなったら、あの子もイギリスに戻るかもしれん」 伊出と相沢が言うと、松田も頷く。 「それでは、今月中に日本に向かうわ。確か日本は、九月から一学年の中期が始まるのよね?」 「そうです。ちょうどいい節目ですし、リドナーの縁者として書類を作成しておきますからよろしくお願いします」 「了解。あ、それで私が適任なのか」 思わず英語でサラが呟いたが、全員アメリカで捜査をしていたことがあるため、その程度の理解力はあったから、松田が代表してその意味を尋ねた。 「リドナーの縁者として適任って、どういう意味ですか?」 「彼女はもともと、アメリカの出身者なんです。 その頭脳を見出されて、数年前にロスの孤児院からワイズミーハウスに引き取られたと聞いています。そうですよね、ワタリ」ニアが確認すると、ワタリはそのとおり、と答えた。 「父親、母親ともに、日系のアメリカ人です。外見も日本人寄りですし、発音もクイーン・イングリッシュではなくアメリカ訛りですから、イギリスから来たと気づかれにくいでしょう」 「なるほどね」 「しかし、十六歳だろう?十二歳の年齢層に編入するのは、大丈夫なのか?」 相沢が心配そうに言うと、ニアはあっさり言った。 「今の日本人の少女は大人びてますし、ハーフということで発育が早いと取られる程度で済みますよ。 この間テレビで、どう見たって高校生くらいにしか見えない小学生が出てましたしね。念のため、変装マスクを童顔にしておけば、問題ないでしょう」 「マスクつけるの?私もともと童顔だけど・・・あ、顔を見られないようにするためか」 顔さえあれば人を殺せることもある、という情報を思い出して、サラが納得する。 「日本人の皆さんは、とても親切ですね。皆さんに心配をかけないよう、私頑張ります。またお会いする日を、楽しみにしております」 模範的な挨拶をして、サラは通信を切った。 「いい子だな~」 「うん、いい子だ」 (日本では、その子を見習わせるために“爪の垢を煎じて飲ませる”という風習があるらしいな・・・ニアにやってみたら、少しは人に合わせることを覚えるだろうか) 少し日本文化とことわざを混同していたレスターは、皆がサラを出迎える準備を話し合っているのを見もせず、一人チョコレートを齧りながら人形を弄っている上司を見て、溜息をつくのだった。