《Page3 密談》 キラによるLに対する宣戦布告が放映された翌日、某所で4人のキラ信者が集会を開いていた。 「我らの祈りがついに聞き入れられ、とうとうキラ様が復活された」 「犯罪のない理想郷が、これで地上に生まれる」 陶酔しきった瞳で、皆は口々に喜びの声を上げる。 「最近子供に危害を加えるような事件が多かったけど、キラ様が復活なさってからは一度もなくなったわ」 「そうだね、先生」 にこっと微笑んで同意する少年に、先生と呼ばれた信者の女性は優しく手を繋いだ。 「私の子供を殺した犯人を、キラ様が裁いて下さった。可愛そうな私の子・・・!」 「大丈夫だよ。今度はきっと、キラ様が守ってくれるもん。だから、先生もまた頑張ろう、ね?」 「ああ、そうね、ありがとう。弥君」 「アマネ・・・十年位前に亡くなられた、教母様と同じ名字・・・?」 ふと近くにいた青年の信者が問いかけると、少年は頷いた。 「僕はライト。弥ライトっていうんだ。よろしくね」 ライトと名乗った少年は、無邪気な顔で答えた。 しかし、その真後ろにいる秀麗な容姿の死神は、クスクスと笑っている。 彼の目には少年の姓はともかく、名がまったくの別物として写っているのだから。 「うん。教母の弥ミサは、僕のお母さんなんだ」 それを聞いた周囲の人間は、ざわめいた。 十三年前、キラがこの世から消えたと思われた頃、世界のキラ信者を取り纏めた女性がいた。 名を弥ミサといい、かつてハリウッドの映画にも出たことがあるという有名女優だったが、理由不明で消息を絶つことが多かったことでも有名だった。 紅白出場もいきなりドダキャンした後、彼女はさらに引退表明を出し、以後教母としてキラ教団を指導する立場にあった。 しかし彼女はそれから五年も経たぬうちに死亡し、以後教母の地位は空位のまま今に至る。 「キラ様が戻ってきたから、もう隠さなくてもいいだろうって」 「ああ・・・では君が・・・いいえ、貴方がキラ様の代弁者となって下さるのですか」 「ううん、直接伝えるって、キラ様が」 青年の歓喜に満ちた質問に“ライト”はそう答えると、手にしていたノートパソコンを用意し、築かれた祭壇へ設置し、立ち上げる。 幾つかの操作の後、“KIRA”と書かれた文字が躍り出て、テレビと同じ音声が流れ出た。 「お久しぶりです、皆さん。キラです」 「ああ・・・キラ様!」 集まったキラ信者は歓喜の声でパソコンの前に跪く。 「十年以上も待たせてしまいまして、申し訳ありません。今度はこのようなことがないよう、私も努力したいと思っております」 信者達が泣いて頷く中、キラは言った。 「テレビでも言いましたが、そのために倒さねばならない敵がいます。 直接相対するのは私とそこにいる“ライト”君ですが、皆様のご協力が不可欠なのです」 ざわ、と信者達がざわめいて、“ライト”に視線を集めた。 「しかし・・・この子はまだ子供ですが・・・」 「心配は要りません。彼はれっきとした私のパートナーです。そして私が皆様に頼みたいのは、彼を守ることなのです」 キラが女性の教師と青年、そして老人の三人にそれぞれ指示を出すと、三人は頷いた。 「―――ということです。お願いできますか?」 「はい、キラ様」 「仰せのままに」 「お任せ下さい」 三人が力強く了承するのを聞くと、キラは最後に言った。 「では、お願いいたします。何かあったら、その“ライト”にメモに書いて報せてください。既に戦いは始まっています。油断しないように」 “ライト”は子供らしい邪気のない顔で笑った。 「よろしくお願いします」 息子と下僕達を見下ろしながら、ライトは満足げに呟いた。 「上出来だ」 「きゃはは、きゃはは♪」 同時刻、地下室にてウインドゥに“KIRA”と写されたパソコンを弄っていた少女が楽しそうに笑っていた。 「悪い人のリストも作成したし、本日のお仕事おしまい~♪」 クマのぬいぐるみを抱きしめながら、少女はクスクス笑い続けた。 彼女の名は弥音遠。 書類上では色素性乾皮症(XP)という病気に冒されているため、外出不可能とされている少女である。 《Page4 名前》 「父さん、計画通りにうまく協力を取り付けたけど・・・Lが“あそこ”まで辿り着くのに、時間かかるんじゃない?“日本にいる”だけじゃ、絶対難しいよ」 集会から戻ってすぐに、“ライト”ことキラは、父に疑問を呈した。 「ああ、そうだろうな。だから、こちらから少しずつ情報を流して誘き出す。 誘き出そうと考えるのは向こうも同じだが、あちらとこちらでは絶対的に有利なことがある」 ライトは息子の頭に手を置いて、ニヤリと邪悪かつ秀麗な笑みを浮かべた。 「それは、お前が子供だということだ。 以前の僕と違って小学生のお前では、ニア本人が接触して心理戦を仕掛けることは無論、監視や監禁など出来ようはずがないからな」 「なるほど」 「そのために十年以上もかけて、いろいろ準備してきたんだ。お前達には悪いと思っているが・・・ニアのヤツが余計なことをしたせいだ。 お前達に絶対危害が及ばないようにするから、安心して僕の策に従ってくれ」 「解ったよ、父さん」 息子が力強く頷くと、ベッドに座って言った。 「それにしても、早いものだね。父さんと僕が出会ってから、もう二年か」 「そうだな・・・」 弥“ライト”は、いわゆる私生児として生まれた。 かつて女優として有名だった弥ミサを生母として生まれたが、その後母が亡くなったため、母の姉である伯母に引き取られて育った。 伯母はかつて両親を強盗に殺されており、その犯人がキラの裁きで殺されたため、熱心なキラ信者だった。 ゆえに“ライト”も自然にキラの教えを吸収していき、犯罪者は死の裁きを受けて当然だ、弱い者を守るためには当然のことだと信じて育っていった。 非常に頭がよく私立小学校でトップの成績を持ち、運動神経も優れていて空手の小学生の部で全国優勝を果たし、かつ容姿も何度かモデルにスカウトされたほど端麗だった。 そんな“ライト”を伯母はいつも、『貴方のお父さんそっくりだ』と褒め称えた。 『妹に何度か遭わせて貰っただけだけど、本当に何でも出来る人だった』と伯母は語った。 “ライト”は本当に実父に似て冷めたところのある子供だったので、伯母の思い出は誇張されたものと認識していたから適当に聞き流していた。 だが小学校に入ってパソコンの授業を受けてインターネットを扱えるようになると、何気なく東応大学のHPを開いて父の名前を発見したことから、伯母の言葉が全くの誇張でなかったことが判明する。 中学時代はテニスで日本全国優勝、高校では全国模試で連続首位、東応大学入試では全教科満点でトップ入学をして新入生代表の挨拶・・・。 伯母から見せられた写真もモデル顔負けの容姿を持っていたことは知っていたから、まさに完全無欠の男だった。 かくて“ライト”は父のように立派になりたいという思いを抱き、いつにもまして努力を重ねるようになる。 さらに年月が経って“ライト”が十歳の誕生日、ずっと地下室暮らしを余儀なくされていた姉・音遠が少し変色した手紙を手渡し、続いて一冊のノートに触れるように言ってきた。 『お誕生日おめでとう☆これはママからの手紙、こっちのノートはあげないけど、触ってみて』 “ライト”はまず手紙を手にとって開くと、それは確かに生母・ミサからの手紙だった。 そこにはこう記されていた。 【十歳のお誕生日おめでとう、キラ。私からの誕生日プレゼントを贈ります】 自らが信じる神の名前で呼ばれて、さすがの“ライト”も?マークを脳裏に咲かせていたが、疑問はすぐに氷解した。 姉に促されるままノートを手にとった瞬間、目の前には黒いマントを羽織り、黒い翼を羽ばたかせて浮かぶ死神が現れて教えてくれたのだ。 『ずっとお前達を見ていたが、話すのは初めてだな。僕は夜神ライト。 死神にして、以前はキラと呼ばれていたお前の父親だよ・・・キラ』 「父さんが死神でキラだったってコトもびっくりしたけど、自分の名前が偽名だったっていうのも驚きだったね」 「まあね。名前っていうのは調べてみたけど、非常に面白い」 ライトが息子に説明した名前の歴史は、確かにかなり興味深いものだった。 日本古来、名前というものは隠すべきものとされていた。特に平安時代などがいい例で、皆名前ではなく職名で呼ばれており、未だに本名が解らない者も多い。 本名は忌み名として呼ぶことをタブーとしていたので、知る者は親ないし名づけ親だけで、自身でさえ知らない場合もあった。 それが江戸時代などになると、まず幼名を付けてさらに元服という成人式の後改名、それも何度か変えることもあったという。 世界各地になると、やたら名前が長かったり新しくミドルネームをつけたり外したり、他国に婿入りしたり嫁いだりでその国風の名前に改名したりなど、コロコロと名前を変えている。 宗教ではではキリスト教の洗礼名などの名前を与えるなど、複数の名前を持つ者が今でもいる。 「これを知った時、僕はある仮説を立ててみた。 もしかしたらこの頃の人間達は死神の存在を知っていて、それを避けるために名前を隠したんじゃないか、とね」 以前自分に憑いていた死神・リュークから聞いたところによると、はるか昔の死神は人間界に積極的に関わっていたというし、デスノートも出回っていたこともあったという。 それを合わせると死神のノートから逃れる手段として、名前を隠したり変えたりしたのではないだろうか、とライトは考えたのだ。 「デスノートを使っていた者として言わせて貰うと、名前を隠されるというのは非常に厄介なものでね。おかげでさんざん苦労した」 ライトが忌々しげに言うと、過去の苦労が蘇る。 苦労したというのは、やはり初代Lこと竜崎だろう。 この男が流河秀樹という当時有名だったスターの偽名を使って接触してくれたお陰でうかつに動けなくなってしまったし、その後も名前を探り出すのに危険を冒して日本捜査盆部に身をおくハメになった。 その挙句、せっかく死神の目を持つミサを手に入れたが後一歩のところで彼女が監禁されたため、所有権放棄で記憶を消さざるを得なくなってしまったのだ。 「今のところ人間界に出回っているノートは把握出来ているけど、いつまた誰かがそれを使うとも限らないし、別の死神が落とす可能性もあるからね。 僕の子供を標的にされてはたまらないから、生まれた時に偽名を戸籍に載せるようにミサに言っておいたのさ」 「じゃあ、生まれた時に最初につけられたのが本名ってこと?」 「僕が検証した限りでは、そういう結果になった。以前別の名前を名乗っていたヤツの本名が、どこからも出なかったってことがあってね。 戸籍の名前や多くの人物に呼ばれているからといってそいつの名前になる、ということじゃないし、自分が認識しているのが名前、という訳でもないようなんだ」 「ふ~ん・・・じゃあ正確な名前を知りたいなら、やっぱり死神の目が有効なんだね」 “ライト”・・・本名キラは、父親の切れ長の秀麗な目を指して言うと、ライトは小さく笑った。 「まあそうだけど、今の人間は殆ど全員戸籍どおりの名前を名乗っているから、滅多に苦労はない。ニアなどの忌々しい連中以外はね」 「父さんは知ってるんだろ?ニアってヤツの本名」 「知ってるけど、死神となった今では教えられない。それに、自分のノートで殺すことも出来ないんだ」 死神の掟により、ライトは人間に死神の目で得られる情報を教えることは許されなくなっている。 さらに特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす目的で他の人間を殺すとその死神は死んでしまう。 いかに冷徹を絵に描いて色を塗ったようなライトといえど、実の子供を犠牲にする策は取りたくない。 かつてやむをえず父を自らの策の道具としてしまったことはあったが、二度はしたくないと考えるほどには、血縁者に対する愛情はある・・・と同時に、自分が二度も死にたくないと考える自己愛も健在なのだった。 よってライトは“自身も子供も死ぬことなく、ニア達の名前を子供達が知るようにしてデスノートに書かせる”策を取らなくてはならない。 “デスノートの元持ち主である死神は、そのノートでの死の手伝いや妨げになる行為は基本的にはしない”が、あくまで基本的であるのでミサの恋の成就に掟が許す範囲で協力していたレムのようにする分には構わないのである。 「じゃ、次の目的は?」 「ニア達を日本に呼び寄せることはうまくいったはずだから、次はお前に目をつけさせることだ。 まず夜神 月(ぼく)の関係者やキラ教団をまず調査するだろうから、どちらにも入るお前に接触してくるヤツは適当に受け入れて泳がせてくれ」 「解った」 「ただし、やるとは思えないが教団本部にカメラや盗聴器の類が仕掛けられたら、見つけ次第すぐ破棄しろ。 今のキラに憑く死神、つまり僕が協力的だと知られると、相手の動きが鈍くなるからな」 こくりと了承すると、キラはあれ、と首を傾げた。 「じゃあ、うちに監視カメラや盗聴器が仕掛けられた場合も破棄するの?」 「安心しろ、それは絶対にない。この家には24時間絶対に誰かがいるんだから、仕掛ける暇などありはしない」 ライトが指先で下を指し示すと、キラははっとなった。 「まさか、父さんがずっと姉さんを外に出さなかったのはキラ役をさせるためだけじゃなくて・・・!」 「・・・ああ、そういうことだ。ネオンには悪いが・・・対策は万全にしておきたい」 父から姉の名前が出ると、キラは瞠目する。 「何でと思っていたけど、全てはこの日のためだったんだね」 産まれた時から決められた時以外に外へ出ることを許されなかった姉に、キラは心底同情していた。 本人は納得しているようだったが、今更それを否定する訳にはいかないし、何よりもこれはこの世から犯罪をなくすための戦い・・・。 「ニア達を始末し終えたら、ネオンもお前も、みんな普通の生活が送れるようにする。それは信じていい」 「解ってるよ、父さん。そろそろ遅いし、僕も寝るよ。姉さんのところに行ってあげて?」 キラが人との接触が余り出来ない姉を気遣うと、ライトは頷いて床をすり抜けていった。 「あ、パパ!いらっしゃい♪」 地下とはいえ冷暖房完備、冷蔵庫も置かれてかなり快適なその部屋に、つい先ほど信者の前でキラを演じた少女・弥ネオンが父の姿を認めて嬉しそうに笑みを浮かべた。 「ねね、どうだったネオンのキラ。うまく出来てたでしょ♪」 「ああ、上出来だ。ミサ以上だな」 母よりうまいと言われたネオンは、パチパチと手を叩いて喜んだ。 「じゃ、次からもこの調子で指示出すね。ネオンはどうすればいいのかな?」 「あっちの出方次第で、指示を出す。それまで悪いが、ここにいて欲しい」 ライトがキラに語った作戦と同じ内容を話すと、ネオンは父に向かって尊敬のまなざしを向けた。 「さっすがパパ!こうなることを見越して、ネオンをこうしたんだね!すっご~い☆」 作戦のために軟禁した父をまるで恨む様子のない娘に、ライトはミサを思い浮かべた。 (ミサとよくぞここまで似たものだな・・・) さすが母娘だ。 ふう、と小さく息をつくと、ライトは年齢の割りに幼い精神構造の娘をベッドに入れてやりながら言い聞かせた。 「そういうことだ。それまで一緒にいてやるから、ここにいてくれ」 「いいよ~。パパがいてくれるなら全然おっけー」 あっさり承諾したネオンはうきうきしながらも眠りに落ち、翌日から母顔負けの強引さで父をゲーム三昧の日々に付き合わせるのであった。