そこは小さな病院だった。寂れた街角の、誰も来ることのないような小さな病院。 “倉井産婦人科”と看板がかかったそこで、何人かの人間が赤子の産声とともに歓喜と祝福の言葉を上げた。 「産まれた」 「我らの神の子」 「私達に安息をもたらしてくれる神の子が」 おめでとうございます、と口々に祝いの言葉を述べられた神の子を産んだ女は、看護師である姉に抱かれている我が子を見て、安堵の笑みを浮かべた。 「よかった・・・ちゃんと産めた」 産まれた子供を見て、彼女は手を伸ばす。生まれたばかりでベタついた肌に触れて、元気な産声を聞いて、彼女は姉に言った。 「あとはお姉ちゃん・・・私の言ったとおりにして」 「大丈夫、任せて」 姉は力強く、妹の手を取って頷いた。 「キラ様のご意志に従って、私がちゃんと育てるわ。そして、必ずまたキラ様がこの世に来る日を・・・楽しみにしてるから」 「ありがとう・・・」 姉が大事そうに子供を抱きかかえて立ち去ると、外で神の子たる子供を一目見ようと、信者達が群がっているのが聞こえる。 その声を聞きながら、ミサは呟いた。 「終わった・・・」 これで自分の仕事はおしまい。 あとは自分が愛した男の下へ逝くだけだった。 そう、今日が自分の寿命が終わる日。 なのに、どうしようもなく心が弾んでいる。 「ライト・・・私ね、ちゃんと出来たよ。だからね・・・」 まるで初デートにでも行くかのような表情を浮かべて、ミサは最後に言った。 「生涯・・・愛してくれるよね・・・今から行く・・・から・・・」 そして、目を閉じた。 それから翌日、かつて原因不明の失踪ばかり繰り返したことで有名だった女優・弥ミサの葬儀が執り行われた。 その後日、キラ教団と呼ばれる教団が時折集まる山の上に、信者でさえ知らぬ箱が埋められた。 その中に黒いノートが納められており、そのページにはこう記されていた。 《弥ミサ 6月15日 子供を産み落とした後、幸せな気分に浸りながら死亡》 《page1 復活》 いつの世も、事件が絶えるということはない。 世界最高の名探偵・Lことニアは、つくづくそう感じていた。 かつてキラという猟奇連続殺人事件の犯人が、次々と犯罪者を心臓麻痺で殺していたという事件が五年近く続いていた。 その時はキラに怯えて犯罪発生率が劇的に減少し、警察は交通違反の取り締まりや発作的に起こる傷害や殺人事件の、はっきり言えばすぐに捜査が終わるような簡単な事件にしか動かなかった。 だがそのキラも死に、死のノートなる死神の道具もこの世から消えたため、その反動で犯罪は劇的に増加した。 お陰で警察は過労で心臓麻痺を起こしかねないほど働くハメになり、それは十三年経った今も変わらない。 「L、麻薬事件の犯人、とっ捕まえました~」 「ご苦労様です、松田さん」 ニアが相変わらずプラモデルを弄び、チョコレートを齧りながら誠意のない口調で労った。 「じゃあ、次は昨日起こった連続殺人犯の捜査をお願いいたします。練馬区で起こったんですが・・・」 「またですか?!僕もぉ連日頑張ってるのに・・・」 泣き崩れる松田に、ニアは無情にも言い放った。 「私も連日休みナシで頭を働かせているんです。お互い様です」 松田は悲鳴をあげたが、ニアだって世界中で起こっている事件を解決するため、何台ものPCに流れる事件の報告書を見て各地の部下に指示を下している状況に、さすがに辟易しているのだ。 ことに信頼できる部下がLという特殊な探偵の状況か、はたまたニア自身の人徳のせいか非常に少ないので、事件解決の遅れも出てきている。 「やれやれ・・・次はアメリカの連続殺人ですね」 ぱきっとチョコレートを齧り、メロが生きていてくれたなら、と思う。 自分より行動力がある彼がいたら、もっとハイスピードで事件を解決できるのに。 今更言っても詮無いことかと溜息をつきながら、再びモニターに視線を戻す。すると、二代目ワタリことロジャーが彼にしては慌てた声で駆け込んできた。 「どうしたんですか、ワタリ」 「テレビをごらん下さい。キラが・・・!」 キラ・・・かつて五年近くに渡って犯罪者および自分を逮捕しようとする人間を、名前を書くだけで殺せるノートを用いて殺し続けた。 本名を夜神月(ライト)といい、騙し合いの攻防戦の末紙一重で勝利を収め、死神による心臓麻痺でその生を終えた男。 以後キラを信望する信者がキラ復活を信じて、犯罪者撲滅を行ったりしていたこともあったが、十年以上も経った今は、ただキラ復活を祈るだけの集団となっていたはずだ。 だがワタリがつけたニュースを見て、ニアは目を見張った。 「臨時ニュースをお伝えします。つい先ほど、世界各地で刑務所内に収監されていた犯罪者が合計十五名、原因不明の心臓麻痺で死亡しました・・・」 そのニュースを告げる見出しには、“キラ復活か!”と大きく書かれていた・・・。 「始まった」 ニュースを見ながらそう呟いたのは、まだ中学生にもならぬ少年だった。 「さて、ニアとかいうLは、どう動くのかな」 黒い表紙のノートを撫でながら、少年は窓際に座る死神に声をかける。だが、死神は黙って笑うだけだった。 「楽しそうだね・・・父さん」 「ああ、僕は負けず嫌いでね。一度負けたからって諦めてられないよ。さて、始めようか、“キラ”」 そう言って微笑む父にして死神・ライトを、月光が照らし出す。 新たな物語のページはめくられた。 キラ VS Lの、壮絶なる頭脳戦が、今再び始まる・・・。 《Page2 宣戦》 「あの、これはどういうことなんでしょう?」 急遽集められた元SPK(キラ捜査特務機関)のメンバーと、元日本キラ捜査のメンバーは、松田の第一声で頷いた。 「我々は十三年前にキラこと夜神ライトを追い詰めて、勝利を収めた。 その後彼は死神の手によって、心臓麻痺で死亡した。ちゃんと死体も確認し、葬られたはずだ」 SPKの指揮官・レスターが確認するように言うと、ニアもそのとおりです、と人形を置いて言った。 「デスノートもちゃんと、私が燃やして処分しました。 他にノートがあったとしか考えられませんが、それを誰が持っているか、どうやって手に入れたのかを知る必要があります」 KIRAと書かれた人形にノートのオモチャを持たせながら、ニアは手早く指示を出す。 「皆さん、解っていらっしゃると思いますが、今からすぐにご自分の写真や映像等を破棄して下さい。 偽名の警察手帳や身分証明も用意しました。今後はそちらで捜査をお願いいたします」 一同が了承すると、ワタリが偽名の警察手帳や身分証明を各自に手渡していく。 「またこれを手にすることになるとは、な・・・」 相沢が溜息交じりの声で呟くと、他の元キラ日本捜査のメンバーも瞠目して同意する。 「早速ですが、まず被害状況を。現在キラによる被害者は全て犯罪者。アメリカ115名、日本91名、中国・・・」 「キラ事件が終わってから、爆発的に増えましたもんね・・・犯罪者」 ニアが被害状況を言い終えると、松田が引きつりながら言った。 「もちろん、名前と顔が公開されている犯罪者ばかりです。 キラ事件が始まってから犯罪者の名前と顔は公開しない時期がありましたが、キラ全盛期に入ってそれも廃止されて今に至るため、この有様です」 「キラの目星はついているんですか、ニア?」 紅一点の女性・ハル・リドナーが問いかける。 「初代Lはキラが初めて殺した人間が日本にいたことから日本にいたと断定しましたが、今回の被害者はアメリカ人です。 それに、関東限定のテレビ放送で居場所もある程度特定しましたが、さすがに同じ手は食わないでしょうね」 パキンとチョコを齧る音がすると、松田が叫んだ。 「それって、ライト君が生きてるっていうんですか?!」 「いいえ、夜神ライトは死んでます。みんな確認したことですから、それは間違いありません」 即否定したニアに、松田はほっとしたような残念なような表情になった。つくづく解りやすい同僚に、相沢が溜息をはいた。 「では、どういう意味だ」 「つまり、以前のキラを知っていた者がキラだった場合、この放送のことを知っている可能性が高い、ということです。 あれは関東に住む者なら誰でも知っていたことですし、世界的にもあのやり取りは有名です。 私がキラなら自分が住む国以外の者を最初に殺し、どんな挑発的なことをテレビで言われても沈黙を貫いて裁きを続けますよ」 「なるほど」 デスノートの最大の特徴は、“名前を顔を思い浮かべて書くだけで相手を殺せる”という点にある。 今の世の中、顔と名前を知る手立てなど幾らでもあるから、史上最悪の殺人兵器といっても過言ではない。 「見た目は表紙が黒いだけの普通のノートですもんね・・・燃やされたら証拠隠滅終了だし」 「それに、“死神の目”もある。 寿命の半分を死神に譲渡することで、相手の顔を見れば名前と寿命が解る目を持っていたとしたら・・・」 松田と相沢が改めて厄介さを口に出すと、シーンと沈黙が落ちた。 そうなると、どうにも解決の糸口が見えない。おまけに捜査をするだけで自分が死ぬ可能性が高くなる・・・暗くなるのも道理だ。 だが、ニアは少しだけ光明を差してくれた。 「つい先ほど、偽名を使わせた犯罪者の報道を国ごとに一人ずつ報道させました。 もしその犯罪者が死ねば“死神の目”を持っていることになりますし、そいつが死んだ国にキラがいるという証明になります。 誰も死ななければ、今のキラに“死神の目”はないことが証明されますよ」 「竜崎譲りの乱暴さだな」 犯罪者とはいえ、他者を犠牲にする策を躊躇わず実行したニアに、相沢が吐き捨てるように言った。 「そうでもしないと、キラは捕まえられません。 キラより未熟だった第二のキラこと弥ミサでさえ、夜神ライトと接触を持たなければ彼女が第二のキラだと特定するのは困難だったことでしょう」 多少の犠牲はやむを得ません、とニアが言い切ると、他のメンバーも渋々頷いた。 「一週間ほど待って報道された偽名犯罪者が全員無事なら、世界中で犯罪者の実名と顔の公開を停止します。 そうなるとインターネットで調べるしか手がありませんから、国ごとに犯罪者の名前と顔を流し、その後の裁きの状況で居場所を特定していきましょう」 「以前のキラ事件のせいか、犯罪が減るのも早かったからな」 模木がいつのまにやら作成していた犯罪発生数のグラフの線は、“犯罪者の謎の心臓麻痺相次ぐ”と報道された翌日から途端に下降し、場合によっては0になっている。 「そうですね、相沢さん・・・そういえば、キラ信者の動向はどうですか?」 ニアに尋ねられて、相沢は報告書を取り出した。 世界中にいるキラ信者だが、日本に圧倒的に多い。海外に住んでいても、“キラ様が降臨された国”として移住した者もいるくらいだ。 「案の定、キラ復活を喜んで各地で集会を行っている。 別に過激なことをしている訳ではないので取り締まるわけにもいかないから、放置状態だ」 「その中で目立った指導者は?」 「いいや、出目川みたいな連中が大半を占めているから、カリスマ性というのを持った人間は今のところ見ていない」 相沢の報告に、手詰まりか、と一同はうなだれた。 「では、とりあえずキラの動向を・・・」 「L!テレビをご覧下さい」 テレビのほうを随時確認していたワタリが声を上げたので、一同はそちらに視線を集めた。 「・・・刑務所内の犯罪者が五名、予告どおりに殺されました。 ゆえに私どもはキラ本人がテープを送ってきたものと判断し、このキラによるテープを放映させて頂くこととなりました」 「テレビを確認していましたら、突然これが」 「さくらTVか!くそ、また無断でこんなことを・・・!」 相沢が髪を掻き毟りながらうめくと、ニアはチョコを手にとって銀紙を剥きながら前向きな考えを述べた。 「よろしいじゃないですか。キラが日本にいる可能性が高くなりましたし、あちらからのアプローチなんて願ってもないことです」 画面に“KIRA”というLに似た書体が映し出されると、明らかに機械で合成された声が流れ始めた。 「皆さん、お久しぶりです。私はキラです」 「・・・・」 「ここ十年以上、私は訳あって裁きを行うことが出来ませんでした。 しかし、今後は裁きを滞らせることはないと、今まで私を信じてくれた方々にかけて誓います。 犯罪者を撲滅し、心の優しい人達だけで造る理想の世界の創造を成し遂げたいと思っています」 「キラ・・・夜神ライトではない。ならいったい誰が・・・」 流暢な日本語で作られた合成の声からして、間違いなく今のキラは日本在住だと確信する。もしくは在住期間が長かった者だ。 ニアが考えを巡らせていると、捜査本部に爆弾が投げ込まれた。 「そのためには、どうしても倒さねばならない者がいます。それは、かつて私を捕まえようとした探偵・L・・・」 「!!」 「かつてLは、私にテレビで言いました。『殺してみろ』と・・・今度は逆に、私が言いましょう。 『捕まえてみろ』と」 淡々とした物言いが、かつてのキラ・夜神ライトを彷彿とさせる。 かつて彼が自分達の前にいた頃、彼もまた感情を荒げたりすることなどまれな人物だった。 もしかしたら、本当に彼が生きていて・・・そう思って、松田はそれを振り払うかのように自らの頬を叩く。 「知ってのとおり、私は相手の顔と名前が解らなければ殺せません。 貴方は私にそれが解った時点でアウト・・・そして私はそれが解る前に貴方に見つかればアウト・・・」 「そうですね」 ギリ、と指を噛みながら、ニアが呟く。 「まずはお手並み拝見といたしましょう。いずれ、顔を合わせることになると思います。 さくらTVの皆さん、ご協力ありがとうございました。それでは、失礼させて頂きます」 それでビデオは終わった。 「・・・初めとは逆のスタートになったな」 井出の言葉に、皆は内心で同意する。 「ワタリ、警察庁の次長に連絡を入れて、捜査協力を依頼して下さい。それから、初代が作ったビルの設計図を」 ニアの指示に、ワタリが頷いて退出する。 それから五日後、かつて初代Lこと竜崎が作ったビルが改装され、“キラ対策本部”が設置されたのだった。