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No.2120の一覧
[0] ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/01 23:36)
[1] Re:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/02 20:46)
[2] Re[2]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/03 20:01)
[3] Re[3]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2008/09/12 00:45)
[4] Re[4]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/06 21:15)
[5] Re[5]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/06 22:01)
[6] Re[6]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/23 01:53)
[7] Re[7]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/08/28 01:15)
[8] Re[8]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/09/03 20:47)
[9] Re[9]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/09/05 07:46)
[10] Re[10]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/09/17 09:44)
[11] Re[11]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/10/07 23:17)
[12] Re[12]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2006/10/29 10:31)
[13] Re[13]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2007/01/09 06:16)
[14] Re[14]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2007/03/02 06:09)
[15] Re[15]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2007/03/03 16:12)
[16] Re[16]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2007/03/08 01:23)
[17] Re[17]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)[ドジスン](2007/05/05 03:44)
[18] ワルキューレの午睡・第二部十節[ドジスン](2007/12/26 07:53)
[19] ワルキューレの午睡・第二部最終節1[ドジスン](2008/02/11 03:51)
[20] ワルキューレの午睡・第二部最終節2[ドジスン](2008/02/11 03:52)
[21] ワルキューレの午睡・第三部一節[ドジスン](2008/02/11 03:53)
[22] ワルキューレの午睡・第三部二節[ドジスン](2008/11/15 07:17)
[23] ワルキューレの午睡・第三部三節[ドジスン](2008/11/15 07:16)
[24] ワルキューレの午睡・第三部四節[ドジスン](2008/12/01 06:10)
[25] ワルキューレの午睡・第三部五節[ドジスン](2008/12/08 17:11)
[26] ワルキューレの午睡・第三部六節[ドジスン](2008/12/08 17:13)
[27] ワルキューレの午睡・第三部七節[ドジスン](2009/04/14 00:40)
[28] ワルキューレの午睡・第三部八節[ドジスン](2009/07/27 00:36)
[29] ワルキューレの午睡・第三部九節1[ドジスン](2009/09/21 01:05)
[30] ワルキューレの午睡・第三部九節2[ドジスン](2010/03/19 02:00)
[31] ワルキューレの午睡・登場人物表/あらすじ[ドジスン](2011/02/25 00:16)
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[2120] Re[5]:ワルキューレの午睡 (舞-HiME)
Name: ドジスン 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/08/06 22:01








6.Firestarter & Coolbeauty & Troublemaker (後)






 舞衣は金縛りにあっていた。影を縫われたように感じた。天蓋から差し込んでくる日暮れの光と、地下で繰り広げられる非現実的な光景を前に、呼吸さえも覚束ない。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう――)

 命が、先生が。それに、玖我さんが。
 震動する地面が心許ない。常識がまるごと打ち砕かれたように感じた。
 なつきが従える狼のような怪物が、宙を泳ぐ蛇さながらに動き回る敵を撃つ。命は背後の高村をかばって動けず、徐々に押され始めている。

(おかしい。変よ、これ絶対。あたしはただの女子高生で、趣味はアルバイトで、あの子のためにもしっかりしなくちゃいけなくて。霊感なんてぜんぜんないし、そりゃ運動は得意だけど本格的な喧嘩なんかしたこともないし。だいたい、あたしがこんな夢みたいな。ありえない。夢、よねきっと。でも夢の中だって、関わっちゃダメだよ、こんなの)

 逃げろ――と、玖我なつきはいった。
 舞衣もそうするべきだと思った。
 だが、足は動かない。

(だって、命はあんな怪我して、先生は倒れちゃって、玖我さんだって――
 それを、放っておいて逃げるの? あたし)

 鴇羽舞衣は、立派な人間になろうと思ったことはない。自分が特別不幸だと思ったこともない。彼女はあくせくした日常を愛し、せめてたった一人の弟のために恥ずかしくない人間であるようにと心がけてきた。それでも時折、疲れてたまらなくなることがある。弟の難病は進むばかりで一向に治癒の兆しすら見せず、家計は医薬品に入院費にと圧迫され、舞衣の労働時間は増えていく。よく底の抜けた桶で水を掻いている悪夢を見る。汗だくになって泥のような短い眠りから朝起きると、体を動かすのも億劫になって、人生の貴重な時間を浪費しているような気分にもなる。それでも弟を煩わしいと思ったり、疎んだりしたことはない。弟を愛している。それが舞衣の誇りであり、支えである。
 舞衣は目を閉じて思い浮かべた。ここで逃げたとする。彼女は明日、弟の病室に見舞いに行く。そして彼の世話を焼き、世間話をして、新しい学校がどんなところなのかを話し合う。弟は楽しそうに笑う。不思議なことが大好きな弟に、そうそう、と舞衣はこの夢みたいな出来事を話してやる。あたし怪物にあったんだよ巧海。それで同級生とかルームメイトが、そんなのと戦ってるの。おかしいよね。へえ。それでお姉ちゃんはどうしたの。お姉ちゃんも戦ったんでしょ。まっさかあ。そんな危ないことして万が一なんてことになったらあんたの面倒誰が見るのよ。だから逃げたわよ。すぐにね。玖我さんも逃げていいっていったし。弟の顔色は翳る。失望がその曇りない瞳に宿る。じゃあ、と彼は言う。ぼくがいなければ、お姉ちゃんはそこで勇気を出せたの?

「違うよ、巧海」声に出して、舞衣は決起した。「あんたのお姉ちゃんはね、スゴイんだから」

 震える手を見た。そこには変わらず、黄金色に輝く環がある。怪物を寄せ付けず、宙を飛び、そして反撃も可能だった。倒すのは無理でも、隙を作ることくらいならできるかもしれない。
(できる。やれる)

「でもそれじゃあ、心許ないよね」心を読んだとしか思えないタイミングで、ずっと黙っていた少年が口を開いた。「そんな舞衣ちゃんに朗報だ。君には戦う力がある。あの怪物――オーファンなんかめじゃない力が」
「ちから……」悪魔にでも誘惑されている気分で、舞衣は彼を見る。
「そう、力だ。君をずっと待っている子がここにはいる。何を隠そう、今日、君をここに呼んだのもその子だ」

 と、少年が頭上を指差した。そこには巨大な岩が二つ寄り合って立っている。道を塞いでいるようにも見えて、まるで高村の授業で聞いた、黄泉比良坂にあるという〝千引の岩〟だった。

「畏くも気高きその子の名は、カグツチ」戯曲でも諳んじるように、朗々と少年は告げる。舞衣の思考は酩酊し始める。「君は知っているはずだ。君を守る力の存在を。いつだって、カグツチは舞衣ちゃんのそばにいた」
「……カグツチ」

 光輪が輝いて、舞衣の体を宙に浮かばせる。二度目ともなれば戸惑いは薄く、あ、あたし飛んでる、とだけ舞衣は考えた。そのまま上昇して凪を飛び越え、閉ざされた岩の狭間に手を添えると、何かが強く脈打った。
 胎動に似ていた。
 幼い頃、身ごもった母にせがんで、舞衣が聞いた音と同じだ。

「でも、力には代償が必要だ。その子を受け取るならば、舞衣ちゃん、君の一番大事なものが懸かることになる。命がけの、それは契約なんだよ」
「いのち……ですって」繰り返して、舞衣は気丈に笑った。「そんなことで怖がるようじゃ、働く女子高生はやってらんないのよ。――あたしは、鴇羽家の大黒柱なんだから」
「それでこそ、僕の舞姫だ」快哉を叫ぶと、少年は用は済んだとばかりに踵を返しかけた。「そう、その剣を抜いてね」
「剣? そんなもの」

 どこにあるの、と言いかけて、舞衣は口をつぐむ。手の中には確かに剣があった。だが実像ではない。教科書で見た銅剣のような、幻の剣だ。
 迷わず引き抜いた。
 光が満ちた。炎が噴出し、舞衣の全身を舐める。しかし熱は皆無だ。むしろ包み込まれるような温かさを感じて、舞衣は陶酔に身を震わせた。

 炎の中で、舞衣は羽ばたきを聞いた。それは神話の産声だ。身も心も焼灼する浄炎の内部で、彼女は巨大な鳳を見る。内心かなり驚きながら、それでもいとおしげに嘴を摺り寄せてくるそれ、カグツチの思慕を察知する。生まれて間もない動物が母親にするような、原始的な愛情表現である。
 圧倒的な力が、舞衣を衝き動かした。あれほど恐ろしく見えた怪物が、いまは取るに足らない的でしかない。カグツチが一鳴きして威嚇すると、場にいたすべての存在が畏怖するように動かなくなった。
 全能感が彼女を満たしていた。

「すごい……これ、この子……」

 カグツチの口腔で炎が膨れがある。それはほんの吐息でしかない。だが放たれれば、ちっぽけな洞窟の中の全てを焼き尽くすだろう。いや――
 カグツチは焼き尽くしたがっている。

 だから舞衣は、母としてその願いに応えるのだ。

 ※

「やれやれ。一応、筋書き通り、かな?」

 陶然と神話を随える鴇羽舞衣を満足げに見つめて、炎凪は微笑する。これで彼の仕事はひとまず、終わりである。

「とりあえずはセンセにとっても、ここまでは予定通りなんだろうね」

 それだけ言い残すと、凪は闇の奥へ悠々と歩み去った。

 ※

「とんでもないな。想像以上だ」

 と、高村恭司は頭から流血しながら立ち上がる。視線の先にいるのは巨大なチャイルド、カグツチである。息吹だけで、玖我なつきのデュランでは問題にならないほどの脅威を感じさせる威容だ。

「恭司、大丈夫か」珍しく神妙な様子で近寄ってきた命もまた、舞衣から目が離せないようだった。「あいつはすごいな。舞衣はすごい」
「大丈夫だ。跳ね返した」ふらつきながらも、高村は笑う。
「跳ね返してなかったぞ? それに頭から血がたくさん出てる」
「それは主観の相違だな」そう返して、カグツチの嘴に炎が溜まる様子を見ると、ふと不安に襲われた。どう見ても、狙われているオーファンの片割れと同一線上に彼らはいた。「あれ? これ俺たちもやばくないか、美袋」
「うん。わたしも危ないと思う。逃げよう」

 顔を見合わせて走り出したまさにそのとき、カグツチが火を吹いた。
 火勢に巻き込まれたオーファンは一瞬で消滅し、その余波は高村たちのいる空洞の大半を吹き飛ばしてなお余りあった。
 轟火というのも生温い熱量が一線の軌跡を空間に刻むと、吹き荒れた熱気流が高村と命の尻先を炙る

「あつっ、あついぞこれ!?」命が加速して、高村は置いていかれそうになる。
「一日に何度死にそうになればいいんだ」諦めの境地で、高村は踊り狂う焔を見やった。

「チャージ」声が響いた。「シルバーカートリッジ、撃てッ!」

 炎と高村の狭間に、玖我なつきのチャイルドによる砲撃が突き立つ。冷気の弾丸だ。

「ばっ」

 一瞬で氷が気化していく様子を見て、高村は色を失った。もうもうと高熱の水蒸気があたりに垂れ込め、破裂して、霧のように一瞬で高村を巻く。絶叫しながら口元を袖で覆うと、半ば吹き飛ばされ、半ば転がりながら、異常な熱気の渦から脱出した。

「……おや?」心底訝しげななつきがそこにいた。「おかしいな。理屈では消火できるはずなのに」
「おや、じゃない!」立ち上がると、高村はなつきの額に自らの額をぶつけた。眼鏡のフレームが少し歪むが気にならない。「熱量の差を考えろ! 水蒸気爆発も知らないのかおまえは! ちょっと漏れたじゃないか! 馬鹿か! おまえは馬鹿か! 肺が焼けて死ぬかと思ったぞ!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿! 痛いだろうが!」涙目で額を抑えて、心なしか顔の煤けたなつきが抗弁する。「……それより、どうも鴇羽は我を失っているようだ。ここは逃げた方が賢明だろう。ほら、次が来るぞ!」

 その言葉に、恐る恐る高村はカグツチを振り返る。萎縮しきった残る一体のオーファンを前に、巨大な鳳は胸を反らし、両翼の機械的なファンを凄まじい勢いで回していた。いかにも『次が本番だ』とでもいいたげであった。

「古代の兵法書『六韜』にこんなオチがある」神妙な顔で高村はいった。「三十六計、逃げるに如かず」
「全面的に賛成だな」どうでもよさそうにいうなつきはもう駆け出している。
「恭司! 早くしろーっ!」

 通路へ通じる穴の前で待つ命を見て、高村はほろりと涙ぐんだ。

「いい子だなぁ」
「おまえ、ロリコンか?」警戒心丸出しでなつきが睨んでくる。
「俺から見ると美袋もおまえも大して変わらないんだが」全力疾走しながらも、高村は反論を忘れなかった。
「なんだとうっ」
「なんだよ。わかったよ」唇を歪めたあとで咳払いして、露骨につくった声で高村は囁いた。「世界一可愛いよ、なつき」

 毛虫でも見るような目が返ってきた。

「……おえっ」
「傷つくだろうその反応は! なんだよちくしょう!」

 泣きそうになりながら回廊に飛び込んで、高村はさらに走る速度を上げた。目の前では命のおさげが勢い良く揺れている。
 そして、洞窟に侵入したときの亀裂はまだ遠い。走って一分もかからないだろうが、まるで永遠のように遠い。
(これは、間に合わないかも知れない)
 異常な熱の中だからこそ、冷や汗が高村の背を伝う。

「チャージ・クロームカートリッジ!」

 せめてもの壁にということなのか、なつきがデュランの砲撃で広間へ続く出入り口を破壊し、封鎖する。先ほど見た火力の前ではなんの慰めにもならないが、文字通りの焦眉の急だということを、明哲な彼女は理解してしまっているのだ。打てる手は打っておきたいのだろう。

 暗闇をものともせず、先頭の命は異常な速度で駆けていく。途中で高村を振り返りながら走ってもどんどん引き離されていた。彼女だけならば逃げ切れるかもしれない。そしてなつきにはデュランがいる。舞衣の例を見る限り、HiMEならば理論上念じさえすれば身を守ることも可能なはずなのだ。

(まずいのは俺だけか)

 廃神社でデュランに体当たりをされて以降、ひっきりなしに鈍い痛みを伝えてくるろっ骨を意識して、高村はいや、と独語した。

(玖我にだって、そんな保証はない。それに鴇羽のあれは異常だ)

 そのとき――
 沈思しながら走っていた高村は、命の背にぶつかった。

「どうした美袋。もう出口か? だったらぼさっと立ってないで」

 違った。
 通路が半ば崩落して、外部への通り道は完全に塞がれてしまっている。再三の衝撃に構造が耐え切れなかったのだ。
 これで、脱出の可能性は潰えたことになる。
 そこで、ずずん、と大地が揺れるような音が響く。オーファンが焼却されたのだろう。これで収まってくれればいいな、と高村は思う。楽観的過ぎる希望であることはわかっている。

「……なんてことだ」忌々しげになつきが舌打ちする。「仕方ない。おい、おまえら。デュランの背に隠れろ。あのチャイルドが相手じゃ心許ないが、障壁くらいは展開できる」
「待て」高速で思考を回転させながら、高村は周囲の岩や壁に手を触れていく。「美袋! ここ、ここの壁だ。その剣で掘ってくれ。人が三人くらい入れる凹みだ。なるべく幅よりも深さ優先で。思いっきりぶん殴ればそれでいい」
「わかった」緊急時の命は、ある意味三人の中でもっとも判断力に優れている。ふたつ返事で頷くと、勢いをつけて壁に斬りかかった。
「なにをするつもりだ? それよりも、早く」
「玖我は、俺が合図したら天井をぶち抜いてくれ。間違っても氷の弾なんか撃つなよ」有無を言わさずなつきに承諾させると、高村は上着を脱いだ。
「い、いきなりなんだっ。何のつもりだ貴様ァ!」
「うるさい」狼狽するなつきの頭に、背広を被せた。「髪に火が点いたら一瞬でハゲかアフロだぞ。美袋が掘った穴に入ったら二人で頭に被れ。気休めだろうけど、ないよりはましだ。ほら、ワイシャツも一応」
「あ、ああ」

 上半身裸になった高村の姿を見たなつきは、かすかに息を呑んだ。

「おまえ、その体……」

 いわれて、高村もおのれの躰を確認する。いびつに盛り上がった筋肉。胸部中央に十センチ近い手術痕。下腹部と背にも同じものが見られる。右手も下腕全体に縫合のあとがある。下半身も大差はない状態だ。見目良いとはいえないな、と高村は苦笑する。

「玖我、俺は実は一子相伝の暗殺拳の伝承者でな、この傷はその修行で」
「そのネタを引っ張るな」白けた顔でなつきがいった。「わたしも躰に傷くらいある。いちいち気にはしない」
「あ、そう」
「恭司、終わったぞ!」驚くべき速度で、美袋命による戦慄の突貫工事が終了した。『斬った』というよりはまさしく『粉砕した』といった風情のクレーターが、壁の一箇所に築かれている。
「よしいい子だ美袋! あとで角砂糖をやろう! 美袋と玖我は先にそこに入ってろ! その、えっとデュランはまだ外に出しとけよ!」

 無理やり二人を窪みに押し込めると、高村は目をつけておいた岩の前に立つ。両腕を成人男性ほどの大きさはある岩塊に回し、奥歯が磨耗するほど力を込める。眼球が膨張し、耐用限界を超えた肉体の酷使に無数のエラーが吐き出される。それでも高村はわずかに岩を持ち上げると、くぼみの真前に打遣った。

「はぁー……はぁー……」半ば閉じた穴の奥にいるなつきと命は、不思議そうに高村を見つめている。そんなふうに、彼には見える。
「お、おい、早くしないと」
「まだだ。タイミング、計る人間、外にいないと」

 何度目ともわからない地響き。終末の様相を呈している。高村は耳を澄ませて、最後の機を待った。
 未来における視界の端から、朱がやってくる。
 目視してからでは遅すぎる。感覚の命じるままに、高村はなつきに向かって叫んだ。

「今!」
「デュラン、撃てぇッ!」

 最大威力の火砲の反動に、強靭なデュランさえ宙に浮く。砲弾はあやまたず洞窟の上部構造に風穴を開け、意外と近い空を高村に見せる。山の上なのだ。当然といえば当然かもしれない。

「よし! もういいぞ高村、早くおまえも入れ! あとはデュランがなんとかする!」
「……」高村はふと思いついて、なつきに訊ねた。「玖我。おまえは、なんで戦うんだ?」
「何をいっている!? いま聞くことか、それが!」
「大事なことなんだ。教えてほしい」

 遅れて、竜のような火が回廊の奥からおぞましいまでの勢いで這い出した。地獄の光景があるとすれば、それはきっとこんなものだろう、と思わせた。
 一瞬で隘路を埋め尽くすはずだった炎は、天井に穿たれた空白という逃げ場を見つけ、我先に空へと逃れていく。しかしそれも、どれほども持つものではない。炎の規模が圧倒的するのだ。

「……復讐だ!」焦れに焦れて、なつきが絶叫した。「わたしはやつらに母を殺された! だから――」
「そうか」頷くと、予想よりずっと軽いデュランの体を抱いた高村は、ほとんど押し込めるように穴へ、狼のチャイルドを放り込んだ。「教師には引率責任があるから、じゃあ、またあとでな」
「―――は?」

 ぽかんとしたなつきの顔は、やはり年並みである。高村は満足すると、岩に手をかけた。

「俺は、俺のためにやってる。俺だけのために」

 呟いて、岩戸を閉じる。
 その寸前で、

「恭司――ミロク!」

 隙間を作ろうとしたのか、命の伸ばした剣が飛び出して、しかし勢い余って地面に突き立った。それを最後に、完全に窪穴は密封される。

「さて……格好つけたはいいけど、勢いでやってしまった感は否めない。っていうか、これ蒸し焼きにはならないだろうな……」

 肌先をちりちりと炙る熱を感じて、すでに高村は半泣きであった。

「……やばい。深優、助けて」

 自業自得でしょう、といわれた気がした。

「返す言葉もない」

 そして高村恭司は、炎に飲まれた。

 ※

 全焼だった。
 裏山の一部どころか海岸線まで、巨人の轍のような焼け跡が続いている。燃え残りはほとんど見られない。木も葉も土も石さえ、炭化して灰になった。

「……」

 なつきは襤褸切れになった背広を手にしたまま、呆然とその光景を眺めた。彼女たちがいた洞窟は、かろうじで骨組みだけを残している。蒸し焼きにならなかった原因は、恐らくデュランだろう。
 そしてその加護に、高村恭司が含まれていたのかはわからない。
 周囲を見回しても、人影はない。美袋命のほかには、無人の焦土が広がるばかりだ。ただ一本だけ、彼女の得物が灰の上に突き立って、赤熱していた。
 命は鼻を鳴らしてあちこちを歩き回ると、かなり遠距離で埋まっていた鴇羽舞衣を掘り返した。

(高村は探さないのか。懐いていたくせに)

 その様子に、なつきは得体の知れない、暗い怒りを覚えた。
 命の肩を借りて歩いてくる舞衣にも、自然きつい視線が向いた。舞衣は既に正気なのか、気まずそうになつきから顔を逸らす。
 そしてあたりに高村の姿がないことに気づくと、茫然と立ち尽くした。

「せ……先生、は?」
「ごらんのとおりだ」なつきは虚ろに笑う。加虐的な感情が彼女を衝き動かす。「草の根ひとつ残っていないな。何もかも丸焼けだ。わたしは何度も警告した。去れと! ろくなめに遭わないと! それを聞かず、凪の口車におまえが乗せられた結果がこれだ。見ろ! ひどいものじゃないか。大したものだな、鴇羽舞衣。ようこそ、HiMEに。そしておまえは、もう、まともな人生を、歩め……な、い……」

 鏡に向かって言葉を吐いている気分になって、なつきの言葉は尻すぼみに消えた。

「舞衣を、いじめるな」舞衣をかばうように立つ命を見て、一層惨めを誘われた。
「……すまない。おまえの気持ちを考えてなかったな」

 なつきは舞衣に向かって頭を下げると、静かに背を向けた。
 長々と続く灰の道はいまだ熱が冷め遣らない。まるで太陽がとおったようだ。

「ここで……馬鹿な奴だ」

 墓標のような剣は、触れるにはまだ熱すぎる。

(ハムレットの復讐は――)

 つまらない言葉を思い出しそうになって、なつきは目蓋を下ろした。
 夜を前にした風が吹いている。
 ――ぶは、と足下から妙な音が聞こえた。

「なあ舞衣」命があどけない声でいった。「なんでそんなに悲しそうなんだ。舞衣が悲しいと、わたしまで悲しくなってくる……」
「だって」湿った声で、舞衣がかろうじてこぼす。「先生、高村、先生が……先生を……あたし……」
「恭司か。恭司ならそこにいるぞ」

「…………」

 なつきは瞑目したまま難しい顔で、その言葉がどういった意味なのかを考えた。気休めか。慰めか。それとも幻を視ているのか。親しいといってもそれほどではなかった気がするが、ひょっとしたら悲しみに心が壊れたのかも知れない。それこそ、ハムレットのように亡霊を見るほどにだ。だとしたら哀れな娘じゃないか……。

「は、はいぃ!? せ、せんせい……なにやってんの、そんなとこで」

 ああ、なんということだ。なつきは絶望に暮れた。鴇羽舞衣までもが己の罪悪感に耐えかねて幻覚を見始めた。責めるような言葉を言うべきではなかったのか。しかし、責任は問われてしかるべきだったのだ。

「危ないところだったけど、なんとかミロクが間に合った」命が満足そうにいうのが聞こえた。「ん! 恭司には恩がある。わたしが守ってやらないとな!」
「……く」

 説明的な命の台詞に、いよいよ進退窮まってなつきは目を開ける。悪趣味極まりないが担がれている可能性も一応考慮に入れて、慎重に周囲を見渡した。だがやはり高村の姿はない。どこにもない。舞衣はあんぐりと口を開け、命はあくまで自信ありげに、なつきの足下を見ていた。

(……足下?)

 足下である。
 正確には、股の間というべきであった。

「よう、玖我」煤だらけの顔で、灰にカモフラージュされた高村がいった。なつきの股の下で。「なんだ。サービスか。あれ? なあ玖我。なんか……染みが」
「よし」全世界すら魅了できるであろう笑みを浮かべて、なつきは思い切りかかとを振り上げた。「改めて死ね」

 ※

 その顔面を踏みつけると、玖我なつきはすっかり憤慨して、大股でどこかへ歩き去ってしまったのだった。

「恭司」命が沈黙した高村に催促した「約束だぞ。角砂糖をくれ」
「まず、救急車を呼んでくれないか」

 それだけを言い残して、高村は眠りについた。






ワルキューレの午睡
序幕 「媛星」
これにて読切り







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