◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~
20:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の六 前半
「ふふふ、華琳様に私の武をお見せするに不足のない場。これだけの数を蹴散らせば、どれだけ喜んでいただけるだろうか」
「気持ちは分かるが、落ち着け姉者」
やる気に漲っている、春蘭こと夏侯惇。そんな姉を冷静に諌めようとする、秋蘭こと夏侯淵。
ふたりは曹操軍における生え抜きの将として、華琳こと曹操のため働くことに喜びを見出している。
黄巾賊の討伐に際しても、己の振るう武がそのまま曹操の殊勲に繋がるのだ、と、その働き振りは他の追随を許さない。
ことに夏侯惇の、曹操に対する心酔振り心服振りは相当のものだ。
「確かに、姉者が焦る気持ちは理解できる。だからといって逸ってみても、仕方がないだろう」
「だがな秋蘭。華琳様は、あの関雨とかいう奴に妙にご執心だ。
あやつの武才が凄いというのは分かる。目の前で見せ付けられたのだから、わたしとてそれを認めるくらい出来る。悔しいがな。
ならばあれ以上の武を、華琳様にお見せする。
そうすれば、華琳様をお守りする剣にふさわしいのが誰なのか、あやつにも見せつけることが出来よう」
うむ、完璧だ。
夏侯惇はなんの疑いもなく、自分の理論に満足してみせる。純度満点な笑顔を浮かべる彼女は、傍目からは物凄く魅力的に移った。
思考の筋道をところどころすっ飛ばしている気がするのは、気のせいということにしておこう。
結局のところ夏侯惇は、主である曹操の関心が、自分以外のものに向けられているのが気に食わないのだ。
ゆえに、その目を自分の方に向けようと、関雨に対して一方的に対抗心を燃やす。
あやつより一人でも多く黄巾賊を薙ぎ倒す。彼女の頭の中はそのことで一杯だった。
血気盛んといおうか、血気に逸るといおうか。とにかく彼女は、黄巾の群れに飛び込む瞬間を今か今かと待ちわびている。
「だがな姉者。仮に華琳様が関雨を召抱えたとしても、そのせいで姉者をないがしろにすると思うか?」
「華琳様に限ってそんなことはありえん」
「私もそう思う。今は少しでも戦力の欲しいとき。ならば、つわものが華琳様の下に集うのは喜ばしいことじゃないか」
「それとこれとは話が別だ!」
胸を張って言い切る夏侯惇。感情のみでいい放ち、聞く耳を持とうとしない姉に思わず溜め息をつく夏侯淵。
たが、その内心が"華琳様の一番じゃなければ嫌だ"という、駄々みたいなものだということは分かっている。
だからこそ、夏侯淵は頭を痛めながらも、素直な態度を隠そうとしない姉を愛しく思う。
その言動を諌めはしても、よほどのことがなければ止めようとは思わない。
姉に対する愛情ゆえでもあり、"夏侯惇"という武将が主に不利益になる行動は起こすまいという信頼でもあった。
姉妹でそんなやり取りをしている間に。彼女らの遥か前方から鬨の声が上がる。
それは幽州合同軍が突撃を開始した合図。
「よし、行くぞ! 曹操軍の名を貶めぬよう、その武の限りを振るい黄巾賊を殲滅させよ!! わたしに続けぇ!!」
夏侯惇は他の兵たちに活を入れつつ、待ちかねたとばかりに吶喊する。
その様に苦笑しながらも、夏侯淵もまた姉の後を追う。
「全軍突撃せよ! 曹操軍の名に恥じぬ武を見せ付けてやるのだ!!」
先陣を切る夏侯惇。それを後ろから補佐する夏侯淵。ただ前のみを見つめ剣を振るう姉と、その背後に何人たりとも近づかせぬと弓を引く妹。このふたりが生み出す連携は、目前に映る"敵"をことごとく再起不能にしていく。呂扶のみならず、夏侯姉妹の前に立ち塞がることもまた、黄巾の徒にとっては地獄の入り口に立つに等しいことだろう。
そして彼女たちが率いる、精鋭たる曹操軍の兵たち。彼ら彼女らもまた、将たる夏侯姉妹の行動を忠実に再現する。前衛が剣を振るい、後衛がその背を守りつつ手助けをする。歯車が噛み合ったかのような連携、それが千にも届こうかというほどに横へと広がり繋がっている。
曹操軍は派手にかつ確実に、その戦果を増やしていく。黄巾賊にとってはまさに恐怖の軍勢であり、味方にとってはこの上ない頼もしさを与えるものだった。
時を少し遡り。北側に陣取る幽州合同軍。
烏丸族との黄巾賊討伐戦と同じように、呂扶が陣の先頭に立つ。
その立ち居振る舞い、その強さの程をすでに目の当たりにしている兵たち。
呂扶の姿がそこにあるというだけで、彼ら彼女らはこの上ない心強さを感じる。
「……命は大事に。無理はしない。死んだらご飯も食べられない」
そんな、呂扶の小さなつぶやき。
今の彼女にとって、戦場に立つ理由はただひとつ。自分のいる場所を侵されそうだから。これに尽きる。
黄巾賊が幽州に入り込むと土地が荒れる。
土地が荒れると人が離れ、人が離れると物流が滞る。
物流が滞ると食材の確保が難しくなり、ひいては毎日の食事さえ満足にいかなくなる。
乱暴な論理ではあるが、これはこれで間違いではない。
なによりこれは、呂扶がこの外史にやって来て改めて認識した事実でもあった。
一刀が毎日作る食事、その元となる食材、それを流通させる商人や作る農民。ただの民草である一刀の後に付いて回ったことで、そういった"表に出て来ない"人たちの存在を実感し、一掴みの麦が実際に自分の胃に収まるまでの過程をつぶさに知った。自分の食べるものには、たくさんの人が関わっているのだということを理解した。
「無理は恋がする。みんなは、がんばってくれればいい」
そんな人たちが危険な目に遭う。彼ら彼女らを守ることは、すなわち毎日の食事の充実に繋がり、毎日の平穏に繋がる。
普段から人一倍食べる呂扶。ならば、いざというときには人一倍働く必要があるだろう。彼女の思考はそういうところに落ち着いたのだ。
だから、それらを侵そうとする輩はおしなべて敵である。ゆえに、北方の黄巾賊討伐にも請われるままに参加し、呂扶はその武を振るうことを躊躇わなかった。
そして再び、平穏を乱す存在を薙ぎ払うため。彼女は討伐の先陣に立つ。
呂扶の後姿を眺め、やはり頼もしさを感じながら。公孫越は檄を飛ばす。
「この一戦を終えれば、幽州の平穏は約束されたも同然です。
剣を掲げ、鬨を上げよ!
我ら幽州の民は、不当なる略奪を許しません。我らの友、家族、仲間の安らぎを守るために、害為す黄巾賊を殲滅する!!」
不当なる略奪を繰り返し、平穏を乱すもの。黄巾に身を寄せ牙をむいた以上、庇いたてする理由は少しもない。
「全軍、突撃!!」
号令とともに、幽州の兵たちは鬨の声を上げつつ吶喊する。声は木霊となって響きあい、その音は雪崩となって一帯を覆い包む。
その先頭を駆けるのは、やはり呂扶。
合同軍の半数である公孫の兵たちは、すでにその武の程をつぶさに見ている。だがもう半分の兵はそれを知らない。
たったひとり、突出して駆ける呂扶の姿に驚きの表情を浮かべる者もあったが。その驚きはすぐに色を変え、更に高まることとなる。
幽州合同軍の先陣、その中央を呂扶が勢いよく駆けていく。一拍遅れて、先陣左翼に陣取る公孫範が突出する。
白馬義従を率いる将のひとりとして、その実力のほどは周囲にも広く認められている。趙雲に師事し、このところは呂扶にも教えを乞うていることもあり、武のほどの成長もまた著しい。
姉の進む道の露払いを自認し、武を誇示することが己の役目と考える彼女にとって、呂扶の在り方はひとつの指標となっていた。
そこに立つだけで威を振るい、敵には脅威を、味方には安心感を与える。敵に斬り込めばそこから陣形が崩れていき、後に続く兵たちがそれを潰すのに労がない。
目の前にある戦況は、正にそれだった。
戟を振るい暴れ回る呂扶の姿。それに恐れをなした黄巾賊が、彼女から少しでも離れようと逃げ惑う。
となるとどうなるか。呂扶から遅れて馬を走らせる公孫範の目の前に、黄巾賊の姿が現れることになる。
背中に感じていた脅威から逃げ出す黄巾の徒。その多くが、自分たちの側面から襲い掛かる軍勢に気付くことが出来なかった。
ひとりの男が蹄の音に意識を向けたとき、その首は黄巾の布と共に、公孫範の剣によって容赦なく斬り捨てられた。おそらくは死んだということさえも気付けなかったことだろう。
「一度怯んだ輩を我に返すな、すぐさま叩きのめせ!」
後続に向けて檄を放つ。
彼女の振るう剣先は次々と黄巾賊を切り刻んでいく。首、腕、胸、背、馬上から届く範囲に一閃を与え、後に続く兵たちが漏らさず止めを刺していく。
公孫範は想像する。自分の姿を呂扶と同じ位置に置き、陣が展開する状況を。
いずれ自分がその位置に立つことを意識しながら、呂扶の背を追いかけていく。
「恋姉ぇの立つ場所に、ワタシも立ってみせる」
全力で駆けたとしても、呂扶の立つ場所はまだまだ遠い。
「越の奴、私より才能があるんじゃないか?」
自慢の白馬に跨り、白馬義従と称される直属の騎馬隊を引き連れて。今の公孫瓉は、太守ではなくひとりの武将として戦場に立っている。
彼女が自ら先頭に立ち剣を振るうのは久しぶりのことだった。どれくらいになるだろうか。烏丸族、丘力居と最後にやりあったとき以来かもしれない。
人を斬る、というのは決して気持ちのいいものではない。理由はともあれ、人の命を奪っているのだから当たり前のことだ。
だがそれでも、戦場特有の雰囲気と感触に、公孫瓉は気持ちは高ぶる。死と隣り合わせの場で武を振るうことで、知らず胸のうちに溜まっていた鬱屈が晴れていくかのようだった。
趙雲、関雨、華祐が先陣を切った後。彼女らを追いかけるように公孫軍の兵たちも突き進む。
公孫瓉自身は、普段と同じように後方で指揮を執るつもりでいた。だが改まって指揮を執るほど差し迫った状況はまったくなく。
今の公孫軍を指揮するのは妹の公孫越で自分ではない、ならばむしろ戦働きをしたほうが士気も上がるだろう。
そんな理由をでっち上げて、わずかな供を連れ自ら吶喊していってしまったのだった。
軍勢を統べる人間としては決して褒められた行動ではない。それに普段の彼女らしからぬ行動でもあった。
一番上の立場ではないという気持ちが湧いたがためか、手持ち無沙汰になった彼女は指揮権を副官に押し付け、戦線へと飛び出していた。
彼女はもともとは武人として身を立てるつもりだった。それが今では一地方を統べる太守である。大出世といっていい。
だが反面、内政に携わることが多くなることで、本分であった武から離れがちになっていた。
そのこと自体は、彼女も仕方のないことだと思っている。
自分の治める遼西という地を豊かにしたい、民の生活を平穏なものにしたいという気持ち。それを実現させるには武の力が多くを担う。
だが公孫瓉は、剣を振るうだけでは成し遂げられない、もっと複雑に入り組んだ凡雑な現実を知っている。むしろそちらの方こそが、民の生き死にを左右するということを実感している。それらを大事だと思うからこそ、日々雑事に追われ、彼女の毎日はより武から離れていく。
だが今この時は、自分の剣の一振りが世の平穏に繋がるという、単純な図式の中でいられた。
公孫瓉の武才は、趙雲に及ばない。関雨にも華祐にも劣っている。
だが馬を駆けさせれば随一だという自負が彼女にはある。伊達に白馬義従などと名乗っているわけじゃない。
その自負の元に、彼女は馬を駆り、ただ愚直に剣を振るう。忘れかけていたなにかを思い出したかのように。
「烏丸さえ恐れた我ら白馬義従、弱きを襲い奪うばかりの賊徒にどうこうできるものではないぞ!!」
少し前までは、遼西を守るために心血を注いでいた。今は幽州を守るために剣を振るっている。
彼女の求める平穏とは、かつては自らが治める遼西周辺のものでしかなかった。
だんだんと大きくなっていく、守りたいもの。
公孫瓉は思う。ならば、次はなにを守るために戦うのだろうか。
もちろん、彼女がそれを知る術はない。
・あとがき
読者ー! オレだー! ちょっとまってくれー!
槇村です。御機嫌如何。
これまでの槇村ペースに比べると、更新に間が開きました。
いやだってぜんぜん書けなかったんだもん。(だもんじゃねぇだろ)
戦闘オンリーの、なんて難しいことか。いやはや。
もっとチャンチャンバラバラなシーンにするつもりだったのに。
しかも書こうとした分を全部書けていません。だから“前半”なのです。
残りはまた後日。
ちなみに、
孫呉の出番は、反董卓連合編に入らないと出てこなさそうです。
すまぬ。本当にすまぬ。
……どうやって袁術を絡ませるか、なんだよな。