驚くに決まってる。
そしてそのまま水面に落ちるに決まってる。
これは決定事項だ。
覆せない。
「そうだ。覆せないったら覆せない」
なんだ、この妙に可愛らしく俺好みな声は。
「誰か居るのか?」
また聞こえた。
「怖いから、出てきてくれよ」
本当に怖い。
自分が発しているだろう言葉と同じ言葉が聞こえてくるのだ。
だろうというのは、自分の声が聞こえないからだ。
それを確かめるために口を開く。
あいうえお、と大きな声で発することにしよう。
「あ~~い~~う~~え~~お~~」
……先程と同じ甘ったるい声が聞こえてきたので、そろそろ現実逃避は止めにする、か。
「よし、わかった。分かったよ。この声は俺の声で、あの姿は俺の姿」
良いじゃないか、男の娘。
「可愛らしいのに実は男で、脱げば物はデカい。うん、良いじゃない……か?」
怖かったので声に出しながら、"男"の娘かどうか確かめた。
水浸しになったせいで、股間を触るときにビチャっという音が鳴ったが、関係ない。
大事なのは、確かめてより一層怖くなった事だ。
「な、い? ない、の、か?」
そう、ないのだ。
象徴が。反り立つ棒が。
「嘘だ。嘘だよ。俺は、信じない。信じないぞ」
発する声は震えているのに、表情は全くの無表情。
あまりの出来事に表情筋が逝っちゃったのだろうか。
だが、そんなことより大事なことが世の中にはある。
「俺の……かわいい息子が……旅立ってしまった、なんて……」
草原の大地に両足を着け、神に祈るかのような体制。
顔は天に向けられ、閉じられた目からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。
その上目の前には綺麗な池、周りは木々に囲まれ、彼女の居るところだけは草が生えるだけでポッカリとなにも無い。
映画で妖精だか精霊が森の中で祈りを捧げているシーンがあるが、今まさにそれの様な感じになっていた。
端的に言うならば、神秘的な光景だった。
彼女が今尚、股間を両手でまさぐっていなければの話だが。
取りあえず、状況確認した。
反り立つ愛しい息子の事は、考えないようにしながら。
またいつか生えてくるから大丈夫。
そういう事にしておこう。
そう考えると、こうなってしまった事を割と楽しく感じられる。
もともと以前の自分に未練なんてないし、家族のこともそこまで思い悩むほどでもない。
友人に気になる奴が一人居るが、俺が居なくても何とかやっていけるだろう。
彼女はと問われると、居た、という答えになる。
亡くなったわけではない。
単にふられたのだ。
1年程前に。
凄い好きであった。いや、愛していると言える彼女に。
理由は……単に長く一緒に居すぎたのだろう。
46時中一緒にいたと言っても過言ではない環境で、俺は良くても彼女の方が耐えきれなかったのだ。
要は俺が束縛し過ぎただけの話。
彼女は今、大学で生き生きと過ごしているという。
そういう話を聞いた。
それを聞いた時、俺はもう未練たらしくまた一緒に居ようとする心にさようならと告げた。
彼女には、幸せになって貰いたかったからだ。
出来れば、俺が幸せにしたかったのだが。
「傲慢だな……」
フッと自嘲する。
当時のことを思い出し、それをかき消すように頭を振る。
兎も角、現時点の俺には未練と言う物があまりなかった。
元々彼女の事を抜けば、俺は一度しかない人生は楽しくと思っていたからだ。
何せ振られた後の俺は、大学を卒業したら旅に出ようと思っていたくらいだ。
そう思えば、今の状況は唐突に旅に出たのと同義だ。
どうせ姿が変わってしまった今では、以前の俺とは誰も認めないだろう。
戻るにも戻れない。
なら、いっそのことこの旅を楽しむとしよう。
となれば、状況確認の続きだ。
今の俺は、女の子の体になってしまっている。
しかも見た目が10代前半の幼女で、日本人の面影などどこにも残っていない。
髪は白っぽい金髪……白金のような色の髪で、肩から軽くウェーブして腰まで伸びている。
目の色は鏡がないので分からない。
ただ、この髪色で目は黒ってのはなさそうだ。
身長は140センチあるかないかくらいだと思う。
これまた調べようがないので、以前との視線の違いでの推測なのだが。
他といったら、肌はバカみたいに白く、綺麗な事か。
あぁ後、着ている服はスーツだ。
これは今日企業説明がある大学に行く途中だったからだ。
オーダーメイドのお気に入りスーツだったのだが、今は池に落ちたことによりびしょ濡れになっている。
更に、体がこんな風になってしまったのでサイズが大きすぎるったらありゃしない。
仕方がないので、今はズボンの方は裾を巻いてあげており、上に至っては上着は脱ぎシャツを肘まで捲り上げている。
……今一度自分のことを見てみたが、なんかあまり違和感が無くなっているというか……。
自分で自分の事を言っていて、それを自分だと思える。
あの時、姿を確認したからだろうか。
我が愛しい息子の事は惜しいが、それも段々と気にならなくなっている……。
確かにこの姿になる前から、もし可愛い女の子になれたら、なんて思ったことがあったが……、どうもそう言った類のものではない。
自分が段々と、体と融合している様な感じがする。
なんだか……頭が、いや全身がグラツいて来た。
これは不味い。
そう思い、休めそうな木々のある方へと向かう。
一本の木のところまでたどり着いた後、俺は気を失った。
ガサ。
ガサガサ。
音が聞こえる。
草をかき分けて這い寄ってくる様な、そんな音。
「ん」
俺はゆっくりと目を開けた。
「……むか、で?」
開けた先にはムカデっぽい何かがいた。
とても巨大な。
俺を見下ろしながら、口っぽい物が開いた。
「うまそうな嬢ちゃんだ……」
やばい、殺される。
純粋にそう感じる。
逃げなければ、いや、殺らなければ殺られる。
何故、逃げるより殺すと思ったのかは分からない。
ただ、それが当然だと思う自分が居た。
「そうか? 私はマズいぞ?」
あぁ、俺は本当に"マズい"。
「それは、喰えば分かる」
ニヤリと笑った様な気がした。
気がしたというのは、ムカデの表情等俺には分からないからだ。
「クク、ならどうぞご賞味下さいな」
そう言いながら、両腕を広げた。
それを機にムカデは大口を開け、一直線に俺へと向かってくる。
後少しでその口に飲まれるだろう所で軽く跳躍すると、自分の身長程飛び上がった。
以前の自分では考えられない程の事をしているが、全く違和感がない。
あるとすれば、初めてこんな高く跳んだな、という場違いな感想か。
「なに!?」
ムカデが何かを言っているが、気にせずにそのままムカデの背に着地すると同時に頭まで駆ける。
「そろそろ味わって貰おう、私の拳を」
「!?」
そう言い、驚きのような表情をしているムカデの顔に、拳を叩き込んだ。
SIDE 巨大ムカデ
今日の我はついているらしい。
目の前の少女見下しながら、そう思った。
この様な年端もいかぬ少女がこんな所に居るのは珍しい。
この時間、この場所に居ることもそうだが、何よりただの"人間"の少女が一人というのが。
ニタリと、自身が笑うのが分かった。
この巨大ムカデの目が狂っていた訳ではない。
端から見ればこの少女は人間その物の様ではあった。
だが実際は、人間、妖怪、妖精、幽霊、魔女、天人、死神、神のどれにも当てはまらない。
通常なら、その纏っている気配、雰囲気から分かるものだが、少女からは特有の雰囲気がしないのだ。
逆に言えば、全ての特徴が見れる雰囲気をしている、とでも言うのだろうか。
それがこのムカデに、人間だと思わせたのかもしれない。
まぁそれ故に、破滅の道を歩むことになってしまったのだが。
「ん」
少女が小さく呟く声が聞こえた。
起きたのだろう。
瞼をゆっくりと開けながら、こちらを見上げる。
「……むか、で?」
寝ぼけているのだろう、我の事を見上げ呆然としている。
見上げた顔は美しく、実に旨そうであった。
「うまそうな嬢ちゃんだ……」
思わず呟く程に。
少女は我の言葉を聴いた途端緊張の走った顔になったがそれは一瞬で、すぐにニヤリと口元を釣り上げて見せた。
「そうか? 私はマズいぞ?」
壊れたか?
そう思う。
今までに数え切れないほど喰らってきたが、追いつめられた人間は稀に発狂することがあった。
多分、今回もそれだろう。
もしくは、まだ頭が夢の中か。
「それは、喰えば分かる」
あぁ、楽しみだ。
どんな味がするだろうか。
いや、触感も素晴らしいに違いない。
何せ若い女子(おなご)だ。
さぞかし柔らかいだろう。
そんなことを考えると、ニタリと笑みがこぼれる。
「クク、ならどうぞご賞味下さいな」
我に合わせるかのように、少女も笑った。
その上両腕を広げている。
もう喰らおう。
そう思い、一直線で少女へと向かう。
後、一瞬あれば喰らいつけるだろう所で少女が消えた。
「なに!?」
まるで見えなかった動きに、戸惑いを隠すことが出来ない。
その上、背で何かが動いている感触が伝わって来る。
振り返り背を見ようと顔を動かすと、目の前に少女の顔があった。
其れは、片方の口端を釣り上げながら愉しそうに言う。
「そろそろ味わって貰おう、私の拳を」
「!?」
言葉をあまりの驚きで上手く聞き取れない。
だが、死ぬのだ、と言うことは良く分かった。
グシャという自身の頭が潰れる音をどこか遠くに聴きながら、意識がプッツリと途切れた。
SIDE 冬木雪
うへぇ~、気持ち悪。
手に着いたムカデ野郎の体液がぬちゃぬちゃとしてて、気分が最悪だ。
後臭いも最悪。
嗅覚が良いのだろう。
そのせいで余計臭う。
「……」
内心でいくら思おうとも、何故か表情と言葉には出ない。
多少の変化はあると思うのだが、以前のような豊かさが無くなっている。
これも別段特に思う所は無かった。
これが俺、私なのだ。
多分だが、融合が完全に終わったのだろう。
その様な感覚がある上、納得もいく。
女である自分と男であった自分が一緒にあるのだ。
いや、比率で言えば女の方が強い。
体が女だからだろうか。
言葉を発する時"私"となるのは、その結果なのだろう。
女なら私で普通だし、男でも私は通る。
後、身体能力や物事の考え方に関しては、人じゃなくなったから、融合したからというのが妥当。
まぁ、何になったかは分からないが。
それと、急に変わった身体を使いこなせたのは、これが俺自身なのと俺の持つ能力のお陰か。
まぁ、そんなことより。
「風呂に入りたい」
○後書きというなの呟きなのだー○
どうなんだろう、これ。