2005年6月19日……カメルーン統括基地 武達第28遊撃小隊は、ボルカ隊との合流時の戦闘以後は、BETAとの遭遇戦もなく無事に彼等を目的地のバルヌ村へと送り届ける事ができた。 武達は彼等に感謝され意気投合し、バルヌ村までの3日間ずっと喋り明かしていた。世間話も多かったが、その話題の多くは密林やジャングル、雨天時での戦闘方法や知識など戦闘関係の教えを請うのが大半で、武達は彼等からそれらの戦闘知識を大いに学んだ。 バルヌ村到着前に迎えを寄越して貰っていた武達は、村に到着後別れを済ませ直ぐにカメルーン統括基地へと向かって飛び立った。そして基地到着後、関係各所への報告や、整備関係の手続きを済ませた後、直ぐに休眠へ入ったのだった。そして翌日――6月19日。カメルーン統括基地、第28遊撃小隊専用臨時ハンガー 武達全員は朝食後に、第28遊撃小隊に割り当てられた専用ハンガーにやってきた。 この専用ハンガー、基地司令が態々第28遊撃小隊の為に用意した場所である。第4世代戦術機は従来の戦術機とは少々異なる整備方式な為に、焔がその旨伝えて色々な方法を使い(コネとか、第28遊撃小隊のネームバリューとか、データ譲渡とか色々)基地の、普段は余り使われない小ハンガーを借り受けた。 昨日帰還し、整備を頼んだ際、ここの責任者より「色々報告がありますので、明日の朝食後に集合してください。」と言われたので、現在ここに集合する事となったのであった。 「おはようございます皆さん」 武達がハンガーに入るとそれを見とめ、1人の白衣を着た女性が挨拶しつつ近寄ってくる。 「おはようございます、峰島主任」 その女性に向かい響が元気一杯に挨拶を返し、皆もそれに続く様に挨拶を返した。 峰島 玲奈(みねしま れいな)・エルツベルガー。日本人とドイツ人のハーフで25歳。焔の右腕にして自称・他称『第1の弟子』、整備者兼研究者。 もともと研究者だったらしいが、動作を自分で確かめないと気が済まない性格なため、自分で機械を弄くり性能を確かめている内に、何時の間にか整備にも精通してしまっていたという……ある意味、焔そっくりな人物である。まるでそれが当然の様に焔に出会い押しかけ弟子に納まった。焔も弟子の件はともかくとしてその腕を買っており、研究・整備両方の副主任を任せている。礼儀正しい人物だが、研究・整備関係の事になると性格が変貌するという困った性質をもつ女性だ。 色素が薄い黒髪を、首の所で縛っている髪型を何時もしている。身だしなみもそれなりに気を使っていて、ドイツ人の血もあり、色白の艶やかで透明感のある肌が特徴的な美しい人物だ。整備の時は、整備汚れに塗れた整備服を着ているのでその限りではないが……働く女性は美しいとでもいうのか、そんな恰好でも美しさは損なわれない、ある意味特異な人物である。 今回の出張では、焔がこちらにこれない為に、代理として2番目に知識が豊富な彼女が整備スタッフを率いて随伴して来ているのだ。 彼女は挨拶を受けながら皆の側まで来ると、余計なことは省き話を切り出す。この、礼儀を失わない中での変な遠慮の無さも彼女の美徳の1つであった。 「皆さんが任務に赴いている間に、焔主任からの荷物が届いています」 「それって、調整がずれ込んだから後で送るって言ってたやつか?」 武が玲奈に質問する。確認と言うより、ふと気付いて何の気なしに口に出した様であった。日本出発前に、新たに開発・改良した武器の幾つかに調整の不具合が見つかり、急遽全武器の確認と再調整をすることと相成ったのである。調整終了後にこちらに送られてくる手筈になっていたのだが、武達が任務に赴いている間に到着していたらしい。それを証明するように玲奈が説明を続ける。 「はい、新たな兵器と補給物資の数々です。それともう1つ、開発していた兵器1セットが完成し、こちらに送られてきています」 「それって使えるのかい?」 「動作確認は終了しています。運用評価も出来る限り済ませ、一通りの動作保障も確認しています。目録と使用説明書、仕様解説書と同時にそれらのデータも渡しますので付いてきてください」 送られて来る筈だった武器は、武達も運用評価に参加して、十分に動作確認をしてあった。しかし、新たに送られてきた武器の方は武達はまったく関わっていないので、ヒュレイカが確認したのだ。 完成して動くだけでは、動作に信用が出来なく、戦場では危険で使用が躊躇われる。焔の事だから、その辺は万事抜かりは無いだろうが……それでも聞いてしまうのは戦士の性であろう。 質問に答えた後に歩き出した玲奈に、全員も追従して歩き出した。その間にも彼女の説明は続く。 「今回は戦場での運用評価と特殊環境化でのデータ収集などの他に、新兵器を売り込む事も目的の一つです。その為、現地の部隊に使用してもらうように、新装備は複数輸送されてきています」 「無料で配るなんて大判振る舞いだなぁ」 「戦場では新兵器が嫌われる傾向が強い。無料で配って、一度その能力を体感させるのが目的なのだろう」 「それって試供品ってことですか?」 「あははははっ、試供品……響ちゃんナイスな表現だね」 響の何気ない一言に柏木が笑いを零す。 そんな風に楽しげに話をする武達に向かって、先頭を歩いていた玲奈も苦笑しながら説明を加える。 「配るのは大半が研究段階で出来た実験機で――もちろん完成品同然に仕上げてありますが――採算的にはそう損はないのです。それよりも、効果を実感してもらって、現場の声を反映させれば急激かつ爆発的に売れることになるでしょう、そちらの方が此方としては色々な意味で良いんですよ」 そんな話をしながら……程なくハンガーの隅、書類やら設計図やらが乱雑に――それでいて綺麗に区分けされ――積まれた、作業机らしき物の前に辿り着いた玲奈は、その中から分けてあった各種資料を武達に配る。 そして、それら資料をそれぞれに受け取った武達は早速中身を確認していく。戦力把握は戦士にとって重要なことの1つだが、それ以上に新しい装備に興味が尽かない事も事実なのだ。 資料に書かれている事柄を読んで確認していく。 【04式突撃機関砲改良型】 【04式支援突撃機関砲改良型】 【36㎜爆裂弾】(バーストブリット) 【120㎜甲殻片内蔵榴弾】 04式突撃機関砲の改良型は現在も武達が使っている物だ。 36㎜爆裂弾と120㎜甲殻片内蔵榴弾も04式突撃機関砲の運用評価と並行して各種試験等を済ませてある。 そして…… 「あれ……?」 そこに書いてあった言葉【EFFレーザー防御装甲シールド】(大・小)の文字を見て疑問の声を上げる武。 「どうしたのですか?」 「いや……これ……??」 武が発した疑問の声に応じて、武が見ていた資料を覗き込む玲奈。そして武が指し示した箇所を見て納得したように言った。 「ああ、鏡面装甲のことですか」 「ですよね、名称が変更になってるのはどうしてなんですか?」 玲奈の言葉で「やはり……」と納得する武。【EFFレーザー防御装甲シールド】とは鏡面装甲で出来た盾の事で、以前の名称は【鏡面装甲シールド】となっていたはずだった、疑問を覚えたのはその名称が変更になっていた為だ。 玲奈が周囲を見ると、他の面々もその訳を聞きたそうにこちらを注視していたので、その疑問に答える。 「EFFとは『Electromagnetic force(電磁力)the field(フィールド)』の略です。皆さんも知っているとは思いますが、『鏡面装甲』とは試作段階時からの開発コードネームのようなもので、その流れで今まで『鏡面装甲』という名称を使用してきましたが、今回第4世代戦術機の量産化にあたって、正式な名称を付けようと言う事でこの名称と相成りました。また、『生体金属』も正式名称が『生体的合成金属』となっています」 玲奈の説明を受け納得する皆、名称についてはそれ程拘りが無かったので、すんなりと事実を受け入れた。 第4世代戦術機の量産計画は、武達がアフリカに出発する直前に目処が立っていた。循環再生エンジンは、今の所焔以外は生産と調整が不可能なので、日本地下基地の工場を循環エンジン専用の生産工場にして、それ以外はマレーシアの工場で生産する事となり、以前から焔配下の技師による技術指示は着々と進んでいたのだった。現在生産ラインの製造を行なっており、あと1ヶ月もしない内に第1期の量産機体群が完成するであろう。 また、第4世代戦術機に使われている『生体的合成金属』も進化してきて、現在は旧世代戦術機――特に第3世代戦術機――の金属部分を全て『生体的合成金属』に換装させる計画も持ち上がっている。 1体の戦術機に使用されている金属から、3体分の『生体的合成金属』が生成可能で資源節約にもなる。更に重量も軽くなるため機動力も上がり、防御力・関節稼働スピードの上昇、整備の簡略化など、改修費用を差し引いても効果が期待できるからだ。(『生体的合成金属』は現在、培養技術と加工技術が進化し、取得したBETA細胞に手を加えながらより良い状態に加工しつつ、更に金属を混ぜ合わせ加工し続け、より性能の良い『生体的合成金属』を生み出す試みが日々研究されている) ただ、CPUは最新型を使用しているが、コンピューター(AI)とエンジンはそのままなので、金属部分をそのまま『生体的合成金属』に換装したのではバランスがメチャクチャになる。その為に現在焔が、武器の開発とエンジンの生産と並行して、各第3世代戦術機の再設計を行なっている。 また、第4世代戦術機でも使われている、内蔵バッテリーと外付けバッテリー機構を取り入れ、【EFFレーザー防御装甲】をコクピット周辺だけ取り付けるようにしている。コクピット周辺だけでも短時間の完全レーザー防御ができれば、衛士のレーザーでの即死率が大幅に下がるだろう。 マレーシア戦線では再設計のその際、訓練兵用機体である04式吹雪の数が使い回しできる程に増えて来たので生産を縮小し、それに変わる1段性能が上の主力機体の生産に踏み切った。その主力機体は付与曲折あって、『不知火』が採用されることになる。吹雪と同じ日本製機体という事で、機体変換しても操縦系統や機体操作の感覚の違いを最小限にすることが可能な為だ。 『不知火』と言っても……焔が、第4世代戦術機開発や向こうの世界から得た新技術を多々取り入れ再設計した『最新型不知火』で、もはや外観以外中身は別物の機体である。『生体的合成金属』『コクピット周辺のEFFレーザー防御装甲』『バッテリー機構』『可動式背面3本パイロン』『腰部補助碗』を基礎設計に組み込んだ。更に、コクピット以外の装甲部分に新型の耐熱複合装甲を採用し、その上に対レーザー蒸散塗膜加工を施し、更にその上に新型のレーザー偏向拡散粒子を敷くことで、通常部の対レーザー防御力も底上げされている。 これらを見ると高価そうな機体だが、第4世代戦術機が高価な原因――その値段の2分の1近くを占める『循環再生エンジン』と『コンピューター(AⅠなど)』が使用されていないので、そうそう高価にはならない機体だ。 そしてその説明の後も資料の確認は続いていく。 次に来たのは問題の新型兵器であった。 【電磁加熱砲】 【120㎜爆裂榴弾】 耳慣れない兵器に戸惑いを隠せない面々であったが、資料の閲覧と玲奈の説明で新型兵器の事を理解していく。 そして説明の後に全員は思った――焔の兵器開発能力は益々パワーアップしている、このままではどんなトンでも超兵器を創り上げるか分かったものじゃない――と……。この時の皆の想像はあながち間違いではなかった。既にこの時、焔の頭の中では物凄い計画が発想されていたのだ。他にも、未だ実現不可能ながら超兵器の構想が練り上げられていく。 焔はリアリストである傍ら、酷く子供っぽい非現実的な発想が大好きな面も持つ、その2つが絶妙に絡まりあって、現実的・実用的でありながら一歩先を進んだ超兵器の数々を生み出す事が可能なのだ。 その後、資料の確認と玲奈による細かい補正説明と質問返答が終了して解散となり、武とはそのまま月詠の部屋へと足を運んだ。 そして部屋に着いて直ぐに、そこで武が少し躊躇する様子を見せながら月詠に話を切り出した。 「その……真那……」 「なんだ、そんなにどもって。何時ものお前らしくもない」 向こうの世界からの帰還後、まりもの助言の通りに武と話し合った月詠。互いの気持ちを正直に・ありのままにぶつけ合い、気持ちを確認し合った2人は、より自然に接しられる様になり、武も以前の様な自由奔放さが戻ってきていた。 それらの性格の中での、憎めない遠慮のなさは武の美徳と言うか、不思議な性質の1つであったが、この時の武はその何時もの遠慮のなさが見られなくて不思議だったのだ。まあこの後、ただ照れてどもっていただけだと直ぐに判明するのだが……。 「あのな……、ここの飯は不味いだろ」 「ああ、確かに美味くはないな。食べられない程ではないが」 武は実は舌が肥えている、元の世界では御剣家の一流料理人、月詠、純夏などの人物が作り上げる美味い料理を食べ、そしてこちらの世界では京塚のおばちゃんの料理を食べてきた。そして、その合い間などに学生食堂の料理や、レーション、野戦基地での食事など、不味い料理も食べてきた。その為に、美味い料理と不味い料理の格差の違いを良く知っているのである。 マレーシア戦線は良かった、あそこは戦線が一応安定していて余裕があるため、食事にも気を回しており、食堂の食事は平均以上に美味かった。そして日本の地下基地では、焔が拘り一流の料理人を呼び込んだ為に食堂の料理はかなり美味かった。 しかしここ、アフリカ戦線では食事にまで気を回す余裕がないのか、単に無頓着なだけなのか……食事が不味い。武も軍人だ、任務で何日もレーションなどで過ごすこともあり少しくらいの不味さなら十分耐えられる。しかし、待機時の余裕がある時位は美味い飯を食いたいと言うのは……武の切実な願いであり、だからこそ、真那に今回の提案を発したのであった。 「だからな……その、飯を俺達で作らないか?」 「なんだと?」 その思わぬ提案の言葉に、月詠は一瞬自分の耳を疑った。彼女らしくもなく、ハッキリと聞いた言葉を再度聞き返してしまう位に……。 「いや……その……俺にも料理を教えてほしいんだよ」 「お前が料理を……か?」 「ああ、一通り平均的には出来るんだけどな、やっぱり真那や京塚のおばちゃんのようには上手く出来ないからなぁ」 武は一応料理が平均的に出来る、向こうでは必要に迫られて、こちらの世界では主に美琴に仕込まれた、そのため蛇もカエルも捌けるし、レーションも一通りは工夫して調理可能だ。まあ、平均的というのは『料理の適正』であって『レパートリー』や『創作工夫の上手さ』ではない、その為に教えを請いたいと言っているのだが。 「まあ1番の理由はやっぱり、真那の美味い料理を毎日食いたいって事なんだけどな。でも食わせて貰うだけじゃ悪いし……俺も料理の練習をしたいから、手伝いついでに教えてもらおうと思って」 「な……そなた……」 月詠はその武の発言に顔を真っ赤にして恥ずかしがる。『美味い料理を毎日食いたい」という言葉は捉えようによってはプロポーズ的な意味を持つ、この場合武はそんなこと全然意識していないのだろうが……それが解っていても恥ずかしがらずにはいられない。 そして月詠はその羞恥を押し隠し、体裁を取り繕うように武に聞き返す。 「その……私の料理を食したいと言うのは解った、その事は大いに感謝しよう。しかし、「料理の練習をしたい」というのは何故だ? 礼に欠ける発言だが、お前のイメージ的に料理をするという事が連想できぬ」 「ははは、まあ確かにそうだよな。別に深い意味は無いんだ、ただの思い付き……って感じかな? 今言ったみたいに真那だけに作らせるのも悪いし、時間もあるから料理くらいは覚えてもいいかなってな」 その答えに、羞恥という毒気を抜かれたのか納得したのか……月詠は嘆息する。 「はあ……解った……。料理の件は承知した。正し、此処の基地でも他の基地でも、司令と食堂の責任者に許可を貰ってからだ」 「ありがとうな真那。まあ許可の件は大丈夫だろ、俺達なら少しくらい無理を言っても」 「解っているかと思うが、無闇に権力を振りかざすのは良くはない」 「その辺は解ってる、大丈夫だって。調理場の一角を貸してもらうだけで無理難題を押し通すわけじゃないからな」 基地の調理場は、基地要員の人数に合わせ結構広めに造ってはあるのだが、調理人不足と皆が一斉に食事をしに来る事は無いこともあり、結構場所が空いている。これはどの基地も大抵同じなので、武の言っているようにそんなに無理難題と言う訳ではないのだ。 そうして2人は自分達の食事を自分達で作る事となったのであるが……。後に、この事は色々な波紋を巻き起こすことになる……しかし、本人達はその可能性に微塵も思い至ってはいなかったのであった。追伸)尚、今回の整備と改修の時に、焔の要請で武と月詠の機体にパーソナルマークを描くことになった。右肩の文字は焔の発案で決まっていたが、左肩の絵柄は自由にして良いと言う事で2人が自分達で考えた。 武の機体は右肩に真紅の塗料で『武』の一文字、月詠の機体は右肩に漆黒の塗料で『真』の一文字。 そして左肩の意匠は両者共に『皆琉神威』。下に鞘、上に抜き身の刀身の配置で、両方が上向きにクロスした凝った意匠である。 そして、大腿部部分の腰部前面装甲に『雷神』の文字が書かれる様相となっている。