「では、お兄さんは風たちと同じ旅の方だったんですか~」「世話になってまだ一月って所だけどね」 農村の道を行きながら、金髪の少女はほ~、間延びした声で頷いた。相変わらず起きているのか立ったまま眠っているのか解らない寝ぼけた瞳をしているが、話してみると受け答えは驚くくらいにはっきりとしていて、たまに見せる鋭い物言いはこの少女が智者であるのだ、ということを一刀にも伺わせた。 名前は程立というらしい。字は知らないが真名はおそらく風というのだろう。自分を示す言葉にそれを使うものだから、うっかり呼んでしまいそうになることも多々あったが、今の所許されていない真名を口にするという暴挙はせずに済んでいる。 狙ってそれをやっているのだとしたら性格が悪いと言わざるを得ない。 そんな程立は軍師であるのに主を定めず、戯志才と共に見聞を広める旅をしているという。こんな抱けば折れてしまいそうな少女が護衛も付けずに旅など大丈夫なのかと、実際に野党に襲われている軍師の少女を助けた経験のある一刀は思った。 のんびりとした口調もふわふわした金髪もとても武術に縁があるとは思えない。屈強な男に守られるお姫様……の抱える人形など、程立には似合いそうな役回りだ。「それまではどこに? 失礼ですが、あまり旅慣れているようには見えませんが」 程立とは逆隣を歩く少女が害意はないが、無駄に鋭さの込められた口調で問うてくる。 程立がお人形さんだとするなら、こちらは教育係だろうか。 腕が立ちそうに見えないのは程立と同じだが、どちらが矢面に立ちそうかと言われればこちらの少女だろう。 村人達の前で戯志才と名乗った軍師の少女は、大きな眼鏡のレンズの向こうにある切れ長の目を一刀に向けていた。「豫州にいたよ。そっちも一月ほどだけど、荀さんって人の家に世話になってたんだ」 一刀の物言いも、自然とぼかした物になる。 話すのは、その戯志才に匹敵するほどの意思の強さを持った猫耳軍師の実家のことだ。右も左も解らない自分を拾って、知識を教えてくれた。向こうはどう思っているか知らないが、一刀はかの家に大きな恩義を感じていた。 いくら感謝しても足りない彼女らのことを知り合って間もない戯志才を相手に教えるのは迷惑になるのではないか…… そんな考えすらも一刀の頭を過ぎったが、別に隠さなければならないようなことは何もない。 むしろ、荀家に辿り付く前の方が一刀にとっては隠さなければならないことだった。荀家以前のことに話が及ばないよう、出来る限りの注意を払いながらそう口にすると、『荀』という姓を聞いた戯志才は、一刀を見据えたまま僅かに目を見開いた。「……豫州の荀と言うのは『あの』荀家ですか? 潁川郡の?」「多分、その荀家なんじゃないかと思うよ」 名家の事情には明るくないため、荀彧の一族の他に有名な荀家があることを否定できないが、何しろ『あの』荀彧の一族である。色々と無視できない相違点はあるが、ここが三国志の世界であるのなら彼女ら以上に有名な荀姓はいないだろう。 それならば状況説明も容易いかと安心していると、戯志才は一刀に向ける視線に疑問の色を濃くした。「あの屋敷は使用人に至るまでそれなりの学を身に着けていると聞きますが、貴殿はどういう理由で荀家に?」「道中でお嬢さんを助けたことが縁で暫く住まわせてもらってたんだ。警備の人に混じって武術を学んだり、使用人の女の子に勉強を見てもらったりしてた」「なるほど、つまり知識を見込まれて呼ばれたという訳ではなかったのですね」「戯志才が俺をアホだと思ってるっていうのは良く解ったよ」「評価はしていますよ? 村の子供達が読み書き計算を良く理解しているのは貴殿の仕事と言うではありませんか」「あれは村長さんが元々やってくれてたからだよ。俺が教えたのなんて微々たるものさ」 子義のようなアホの子を前にするとどうやって教えていいのかすら解らなくなるし、自警団に関しても元々軍経験者がいることが大きかった。主導したのは一刀だが、発案したのは高志であるし、一刀一人の力では決して村人達は纏まることはなかっただろう。 この村での成果らしい成果といえば、既にある程度の骨組みが出来上がっていたものを、そこそこに軌道に乗せたことくらいだ。胸を張って他人に自慢できるかと言われれば、それほどでもない。 だが、戯志才はそうは思わないようだった。「実際、成果は出ているではありませんか。貴方が導いてこなければ、私の言葉に耳を傾けるだけの下地も出来ていなかったでしょう。胸を張れというと大げさですが、そこまで卑下することでもないと思いますよ」「そう言って貰えると助かるよ」 戯志才はにこりともしなかったが、例え嘘でも自分のやってきたことを評価して貰えるのは嬉しいことだった。 村人からは感謝の言葉をかけられることも多いものの、一刀の視点から見ると彼らは身内と言える。同じ村に住んでいるということで、その仕事には贔屓目も混じるだろう。 実際村人達は、余所者である一刀に驚くほど親身になって接してくれている。 彼らを疑う訳ではないが、身内からの評価はいまいち正当とは言い難い。 その点、戯志才は今日であったばかりの他人だ。言葉にしても手放しに褒めてくれているとは言い難く、先ほどの言葉にしても無論、初対面の人間に相対した時のリップサービスも含まれているのだろうが、この世界で自分のやったことを他人に評されるのは始めての経験だった。 それがプラスの評価であったことが、酷く嬉しい。「さて、私達以外の滞在者ですが、貴殿は会ったことがありますか?」「ないね。というか、戯志才達がいることすらさっき知ったばかりだよ」「使えねえ兄ちゃんだな、おい」 可愛いヤサグレ声という生まれて初めて聞いた声に目を向けると、そこにいた――あったのは、この時代にしては随分と前衛的なオブジェだった。 その存在感の奇天烈さに一刀がそのオブジェを凝視していると、視線に気づいた程立がのんびりと視線を上げる。 自然、そのオブジェも一刀の方を向くことになった。 気のせいか、先ほどとポーズが違うような……と不気味に思った一刀がオブジェに手を伸ばすが、思いの他俊敏に動いた程立の手が、一刀のそれを叩く。「妄りに女性に触れるものではありませんよ、お兄さん」「それは謝るけど、それは?」「それとは失礼ですね。この子は宝譿というのですよ」「宝譿……」 男として微妙に抵抗のある名前だった。当たり前のことではあるが、一刀の呆然とした呟きを聞いても、宝譿は程立の頭の上に鎮座したまま動かなければ喋ることもしない。明らかに先ほどの声は程立の声だったが、一刀にはそれが程立の頭の上……早い話、宝慧から聞こえたように思えたのだ。(腹話術かな……) 何故こんな世界でと思うが、出来る出来ないは別にして腹話術の原理そのものは非常に簡単なものだ。三国志の昔からそういう技術があったところで何も不思議はない。 何故程立が態々腹話術をするのかという疑問は残るが、女の子になった荀彧が猫耳頭巾を身につけてツンツンしている世界である。美少女軍師が腹話術をしているくらい、大したことではないだろう。「よろしくな、宝慧」 気にすることをやめると、前衛的なその形すら頼もしく思えてきた。動かないオブジェが握手などできるはずもないから、宝慧に目線を合わせてそう言うと、宝慧は照れたように視線を逸らし、「まぁ、よろしくされてやるよ兄ちゃん」 口の悪いキャラからして無碍にされることも覚悟していたが、宝譿はあっさりと一刀を受け入れてくれた。自然と一刀の顔にも笑みが浮かぶ。 どんな形であれ、誰かと友達になれるというのは良いものだ。 宝譿とのファーストコンタクトを成功したことに気を良くしていると、隣を歩く戯志才がこれ見よがしに呆れた顔をしているのが目に入った。「程立が変わった少女であるのは良く知っているつもりでしたが、貴殿は貴殿で変わり者ですね、北郷殿」「そうかな? 俺はこういう関係も悪くないと思うけどね。宝譿はどう思う?」「俺も兄ちゃんは変わった奴だと思うぜー」「酷いなぁ……」 呆れた様子であくまで宝譿に向けて答える一刀に、戯志才だけでなく程立も疑問の表情を浮かべる。大抵の人間は宝譿はいないものとして話を進めるのが普通だが、一刀は宝譿の人格を尊重し――というのも可笑しな話だったが――話を進めている。 宝譿の口を借りて程立が改めて宣言するまでもなく、奇矯な人間性だった。「その変わった奴の北郷殿に最後の滞在者の説得をお願いしたいのですが、よろしいですか?」 変人であっても変態であっても、一刀がこの村の守備責任者であることに変わりはない。交渉事というなら軍師である戯志才や程立がやった方が良いのは誰でも分かることだが、二人は今日村を訪れたばかりの新参者だ。 一刀も村に来て一ヶ月と新参者ではあるが、自警団を組織するに当たってそれなりの信頼を村民から獲得している。何より、村長である高志が一刀に指揮を一任したのが決定的と言えた。 今、村は一刀を中心に動いているのだ。軍師である戯志才と程立は勿論早い段階でそれを見抜き、自分たちの考えをより正確に伝えることが出来るよう、子分のように付き従っていた子義に力仕事を割り振ってまでその左右を確保したのだが、当の一刀は中心にいるという自覚が少ないようだった。「俺で大丈夫かな。戯志才がやった方が良くないか?」 この期に及んでこんなことまで言い出す始末である。戯志才の方を向いているため一刀の背中に隠れる形になった程立は、一刀に見えないようにこっそりと溜息を吐く。 一方、正面から一刀に見据えられた戯志才は、『貴方には失望しました』という雰囲気を隠そうともせず、盛大に、堂々と溜息をついた。「貴殿ならば私よりも成果を挙げることができるでしょう。さらに言えば、これは貴殿がやらなければならない仕事です。全てを理解し器用に立ち回れとは言いませんが、小集団とは言え貴殿も人を率いる立場にいるのですから、もう少し自覚をもって行動してください」「肝に銘じておくよ」 と、一刀は答えるしかなかった。 こういう時にはこういう指揮をするべし、ということは荀家にいた時に散々荀彧と宋正に触りの部分だけとは言え叩き込まれているが、生まれてこの方人の上に立ったことのない一刀である。さらに今が有事となれば途方に暮れるのも当然と言えた。 全力で事に望んでいるのは胸を張って言えるものの、それが実を結んでいるかどうかは結果を見るまで解るものではない。自分が向かっている先が、光に満ちた場所なのか、それとも闇に沈んだ場所なのか。解らないまま人を導くというのはこんなにも疲れるものなのだと、責任を負うようになった数分ではあるが、一刀は早速指揮者の不安を感じていた。「もしもの時はフォローしてくれよ」「貴殿の言う『ふぉろー』がどういうものか知りませんが、私も程立も補佐はしますので安心してください」 助かるよ、と返事を返し、一刀達は足を止めた。 眼前にあるのは一軒の民家である。一刀が寝泊りしている子義の家と大差ない。村長の高志の家に比べれば粗末で隙間風もびゅーびゅー入るという、この村では標準的な装いの家だった。 この家に最後の滞在者がいるという。住民は村の中央広場で作業をしているが、居候である彼女は家から一歩も出ようとはしなかったそうだ。 薄情な、というのが一刀の率直な感想だったが、この時代、厄介ごとに好んで首を突っ込む人間の方が珍しい。軍師であるにも関わらず積極的に顔を出した戯志才や程立の方が奇特なのだ。 一刀が小さく咳払いをする。 変わりに声をかけてくれないものかと、最後の望みをかけて左右の軍師を見るが、戯志才は憮然と、程立は茫洋とした瞳で一刀を見返すばかりだった。早くやれという心の声が聞こえてきそうである。「たのもー!」 他人の家を訪ねる時どう声をかければいいのか解らなかった一刀は、とりあえず戸を叩いてそう声を張り上げた。戯志才も程立も肩をこけさせたりはしなかったから、間違いではないだろう。 だが、声かけが間違っていなくても相手が素直に出てくるとは限らない。何しろこの家本来の持ち主は中央広場で作業に参加しており、中にいるのは居候一人だ。賊が来たという話を聞いているのなら、既に逃げ出している可能性すらある。 家主は既に逃げ出したものとしていたようだが、今は有事で戦力、人手は幾らあっても足りない。いる可能性が少しでもあるのなら、声をかけない訳にはいかなかった。 空振りか、当たりか。 一刀は当然、当たりであればいいな、と希望を持っていたが、希望と不安を胸に反応があるのを待っていると、家の中で音がした。はいはい、とやる気のない声も聞こえてくる。 少なくとも逃げ出してはいなかったようだ。これで最低限の役目は果たせる、と一刀が胸を撫で下ろしていると、戯志才が脇腹を肘で突いてくる。油断するな、と眼鏡の奥の瞳が言っていた。「心配してくれてありがとう」 小声でそう返すと、戯志才はつまらなそうに視線を逸らしそっぽを向いた。気にしていないように見えるが、耳は真っ赤に染まっている。柄にもなく照れているらしい。 見た目通りに遠慮しない、その上気の強い戯志才にも可愛いところもあるものだ、眼前の戯志才の姿を心のメモリーに刻み付ける。言い合いでは勝てそうにもないが、この頭の良い少女にもいつか反撃できる時がくるだろうことを信じ、今は最後の滞在者を待つ。 戸は直ぐに開かれた。 出てきた人間の姿を見た瞬間、一刀は目を瞬かせる。 長袖のシャツにズボン。どうということのない格好だが、それは一刀の感覚での話だ。この世界に来る時に着ていた制服一式は、ワイシャツも含めてまだ処分していないが、荀家で一度脱いで以来、一度も袖を通していない。 着慣れた服ではあるので、出来ることならそちらを着たいのだが、この世界であの制服は不必要なまでに目立つのだ。三国志世界に似た世界観であるだけに富裕層から貧民に至るまで、時代劇のような着物の者が多く、洋装をしている人間は一人も見たことがない。 何故か下着だけは西洋化が進んでいるようだが、それはさておき…… この世界では異質なはずのパンツルックを、少女は当たり前のように着こなしていた。宛ら某劇団のスターのように気取った仕草で、手に持っていたマフィア御用達のソフト帽を被ってみせる。 これが劇ならばそのまま歌って踊りそうな雰囲気だった。少女の『華』に戯志才までもがどこか腰が引け気味だが、ソフト帽の少女にそれを気にした様子はない。 緊張感がまるでない。飄々としていることなら程立も並ではないが、少女の雰囲気はそれに匹敵するほどだ。 正直やり難さしか感じないが、いつまでも黙っている訳にはいかない。少女の人間観察は遠慮がなく、まるで匂いでも嗅ぐかのように顔を近づけ一刀達を観察している。男装しているとは言え、少女は少女だ。すぐ近くで二つのふくらみがあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているのをただ眺めているのは、精神衛生上よろしくない。 視線を悟られないうちに、と一刀は姿勢を正した。「北郷一刀です。姓が北郷で名が一刀。字はありません。村の自警団の代表として参りました」「二文字姓に二文字の名前か。それに字もないとは珍しい。君、どこの生まれだい?」「東の海の島国です。まぁ、凄い田舎ですよ」「その割には立ち振る舞いに品があるような気がするが……まぁいい。僕のことは単福とでも呼んでくれたまえ」「本名ではない、ですよね?」「あだ名みたいなものだよ。君を信用してない訳じゃないが、女の一人旅は何かと物騒でね」 やれやれ、と単福は肩を竦める。格好だけでなく仕草まで洋風だ。自然と胸を張る形になるため、女性の象徴である二つのふくらみが強調される。格好は男なのにその部分の主張具合はこの場に集まった少女の中でも一番立派なものだ。 控えめな程立は元より、どちらかと言えば大きい寄りの戯志才でも勝負にならない、誰がどう見ても大きな膨らみがそこにはあった。 思わず一刀が凝視していると、足元に激痛が走る。躊躇いなく足を踏み抜いたのは戯志才だ。声もなく蹲る一刀を他所に、戯志才は平然と自己紹介を始める。「私は戯志才。旅の軍師です。そちらは程立、私の旅仲間で彼女も軍師をしています。偶々居合わせた縁で今はこの村に雇われています。まぁ、参謀とでも解釈してください」「穏やかな雰囲気ではないけど、戦か何か始まるのかい?」「こ、黄巾賊がこの村を通るかも、って情報が入ったんだ。数はおよそ二百。ほとんどが武装してるらしい。到着予定は二日後の夜になると思う」 蹲ったままの一刀の報告に、単福はふむ、と顎に指を当てて考える仕草をした。「この村の規模を考えると、戦える人間がそれほどいるとは思えないな。なのに旅の軍師を二人も囲って腰を据えてるってことは、まさか黄巾二百をこの村で迎え討つつもりかい?」「迎え撃つどころか殲滅するつもりですけどねー」 大きく出た程立の物言いに、単福は感嘆の溜息を漏らす。「それは……何とも愉快な話だね。一騎当千の強者でもいるのかい? それとも神算鬼謀を司る軍師殿が、村人たちに何か妙案を授けたのかな」「どちらかと言えば後者でしょうね。ですが、いくら策が優れていても頭数が足りなければ話になりません。正直な話、策を十全に実行するにはギリギリの人数なのです」「つまり、僕に手を貸せと?」「かいつまんで言うと、そういうことになる……かな」 戯志才の言葉を引き継いだ一刀の視線は、頼りなくふらついていた。 成り行きとは言え滞在するに足ると選んだのだから、単福もこの村がどの程度の規模なのか理解しているだろう。自警団の錬度までは知るはずもないが、官軍が常駐していないことくらいは調べなくても分かる。 それで数に勝る黄巾を相手にしようというのだ。普通ならば鼻で笑っていても可笑しくない状況だが、単福は言葉にひかっかるところはあるものの、笑ったリ馬鹿にしたりはせずに話を聞いている。 食いつきは悪くない。それどころか、この状況を楽しんでいる風ですらある。「わかった。手を貸すよ」 単福の決断は速かった。一刀が礼を言うのすら待たず家の中にとって返すと、荷物を掴んで戻ってくる。かちゃかちゃと音が鳴っているのは、武具でも入っているからなのだろう。単福はその中から使い込んだ印象の鞘に入った剣を取り出して腰に帯びると、これまた着古した感のある上着をシャツの上に羽織った。 その着古した上着に、戯志才が目敏く目を付ける。「それは、水鏡女学院の制服ですね? 貴女は水鏡先生の門下なのですか?」「そうだよ。と言っても卒業生だけど。ちなみに制服は上着だけだよ? 本当はもっとひらひらした可愛らしい制服なんだけど、僕にはどうも合わなくてさ」 言って、単福は苦笑するがひらひらした可愛らしい制服――スカートのことを言っているのは何となく想像がついた――を着る単福というのも悪くない気はする。可愛いというのとはまた違った印象を受けるだろうが、男装が嵌りすぎて本人が受け付けないというだけで、これだけ顔立ちが整っていれば何を着ても似合うだろうと思う。「ですがその制服ほど貴女の身分を保証してくれるものはないでしょう。それだけでどこかの武将の軍師に納まれたはずですが、何故旅を?」「仕えるに値する主ってのが中々見つからなくてね……まぁ、その辺りは君達だって同じだろう?」「私と程立はそうですが、北郷殿はただの一人旅ですので一緒にしないように」「酷いなぁ……」 と、一応の抵抗はしてみせるが、見聞を広めるための旅と言っても戯志才のように目的がある訳ではない。就職活動のために歩き回るのと目的のない自分探しの一人旅では、どちらが好印象なのかは言うまでもないことだ。「この時代に目的もない一人旅とは珍しいね。それを聞いて興味が沸いてきたよ。北郷殿、僕は君の話が聞きたいな」「時間もないので追々話しますよ。今は賊を迎え撃つ準備をするのが先決です」「ならば華麗に賊を退治するとしようか。だけどその前に一つ言っておくことがある」「なんです?」 村の中央広場に向かって歩きながら一刀が振り返ると、単福は顔を間近に近づけて凄んで見せる。整った顔立ちだけに、そういう表情には中々迫力があった。「一緒に戦う仲間に気を使われるのは気に食わない。君はもう少しざっくばらんに話すべきだ」「年上の人間には礼節を尽くすべしというのがこちらの常識と聞きましたが……」「僕が良いと言ってるんだから良いだろ。それとも、君は僕がそれに値しない人間だとでも言うつもりかい?」「とんでもない!」 反射的にそう答えるが、本音を言えば敬語で通したいところだ。助けて貰う側という立場もある。例えざっくばらんにというのが本人からの申し出であっても、礼儀を尽くすのが正しい対応というものだろう。 だが、それが単福の譲れない点であるというのは、さりげなく剣に手をかけたことでも理解できた。提案を拒否したところで、まさか本当に剣を抜くとも思えないが、それだけ本気だというポーズには違いない。「じゃあ、単福と呼び捨てることにするよ。それで良いか?」 結局、口調くらいならば安いものだ、ということで一刀は折れることにした。間近で凄んでいた単福は途端に笑みを浮かべる。剣からは勿論、手を離していた。「是非もない。僕も君を一刀と呼ぶからね。厳しい戦いになると思うけど、よろしく頼むよ大将」「こちらこそ」「話が纏まったところで、今後の方針を説明してもよろしいですか?」 がっちりと握手を交わした一刀と単福を、戯志才がじろりと睨んでいる。慌てて一刀は手を離すが、単福に悪びれた様子はない。よろしく、と戯志才や程立にも同じように手を差し出し握手する。 あくまで自分のペースを崩さずない単福と、キツい性格の戯志才では相性が悪いのかもしれない。戯志才の単福を見る視線には苦手意識が混じっているように思えた。「……では、説明します。現在村人総出で準備を行っていますが、我々はそれに平行して実際に賊と戦う人間を配置分けしなければなりません。当然、それを率いる人間も必要となる訳ですが、場合によっては単福殿、貴女にその一つを任せることになるかと思います」「百人くらいまでなら指揮してみせるよ」「貴女一人にそれだけ任せられる余裕があるのなら、そもそも策を弄したりはしませんよ。今更言うまでもありませんが、我々は寡兵でもって事に当たらなければなりません。当然厳しい戦いになるでしょうが――」 そこで、戯志才は言葉を切った。作業の続く中央広場へと歩みを進めながら共に歩く一同を見回し、口の端をあげる。 そのよく言えば自信に満ちた――率直に言えば酷く怜悧で邪悪な笑みに一刀は背筋がぞくりとするのを感じた。「私と程立の策、それに北郷殿が鍛えた自警団の戦力があれば、賊など物の数ではありません」後書き最後の軍師は単福さん(仮名)でした荀家の人々の同じように今回のシリーズのゲスト参戦ですが後々のレギュラーを引っ張ってくるための重要な役割も担ってます彼女の正体についてはまた後ほど