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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:53a6c9be 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/04/04 01:26


















 一刀は心の底から迷っていた。

 貴方は童貞ですか? という問いに、男として一体何と答えるべきなのか。

 この世界、この時代では、一刀くらいの年齢ならば嫁を貰って家庭を持っている男の方が多い。女性経験のない童貞は、間違いなく少数派と言えた。

 前の世界では、実に少年らしく年齢相応に遊んでいたと思う。女の子に興味がないではなかったが、友達と遊ぶことが楽しかったからあまり目も行かなかったし、こちらに来てからはそれどころではなかった――というのは、やはり言い訳だろう。

 それは恋人を作らない、家庭を持たないという理由にはなっても、童貞でい続ける理由にはならない。

 正直に言えば、このまま行けそうだと思ったことは百や二百ではきかない。そこでその先に踏み込まなかったのは、単に男としての気持ちの問題である。

 一刀とて健全な男だ。そういうことをしたくない訳では勿論ない。周囲の女性からそれなりに好意を向けられていることも知っている。ならば、何故手を出さなかったのかと言われれば、

「巡り合わせが悪かったんですかねぇ……」
「……どういうことかしら?」
「いえ、こちらの話です。ご期待に沿えるかどうか解りませんが、俺は童貞です」

 素直に認めるとは思わなかったのだろう、曹操はきょとんとした少女らしい顔をした後、笑みを浮かべた。

「からかって悪かったわね。貴方に先制されて、少し苛立っていたの」
「落ち着かれたのなら、何よりです。私もからかわれた甲斐がありました」
「周囲に美女を侍らせているのに童貞な貴方の性事情には、本当に興味は尽きないのだけれど、まずは仕事の話をしましょうか」
「了解しました。七乃、よろしく頼む」

 七乃が黄叙から木簡を受け取り、それを一刀と曹操の元に置く。資料として用意されたそれは静里の情報を元に作成されたものだ。一刀と曹操のところにあるその二つは、一言一句同じものである。曹操はその木簡に指を滑らせながら、話を切り出した。

「さて……黄巾百万と言われているけれど、兵の実数はおよそ三十万くらいね。正規の訓練を受けた人間はその中でも二万といったところでしょうけど、青州では従軍経験のある人間が、素人に調練を始めた聞いているわ。実際、少しずつではあるけれど兵の錬度は上がってきているように感じるわね」
「恥ずかしながら、私は黄巾の兵と戦ったことが――いえ、あるにはあるのですが、あまりにも小規模なものだったので、実際に彼らがどういう戦をするのか、良く解らないのです。死をも恐れぬ勇猛果敢な兵と聞きますが、違いはありませんか?」

 一刀の脳裏に数年前、要の故郷の村で自警団の団長をしていた頃のことが思い浮かんだ。稟たちと出会う契機となった事件であるが、後の調べで彼らが黄巾を抜けて好き勝手に暴れ、食い詰めた連中であることが解った。

 野盗に身を落としただけあって腕はそれほどでもなく、食い詰めていただけあって士気も低かった。曹操が戦っている黄巾の兵も錬度の低い連中であると言うが、食べるものがあり、また仰ぎ見る旗があるというだけで士気については大きな差があるだろう。ついでに自分たちが圧倒的に多数の軍であるという自覚があれば、黄巾の兵が勇猛果敢な戦いをするという噂にも頷くことができた。

 雲霞のごとく死をも恐れぬ兵が押し寄せてくるのだから、戦う方としては気が気ではないに違いない。実際に戦ってみてどうなのか。単純に疑問をぶつける一刀に、曹操が作ったのは渋面だった。

「勇猛果敢と言うか、まるで幽鬼ね。末端の兵に至るまで非常に粘り強い戦をするわ。お陰で何度も煮え湯を飲まされたけれど、侵攻そのものは阻止した。今は少しずつ北進しているところね」
「曹操様はいずれは青州を、とお考えですか?」
「このまま行けば、そうなりそうね。少なくとも、私の方から手を緩める理由はないわ」

 曹操からすれば、黄巾に横合いからいきなり殴りつけられたようなものだ。既に取り返し始めているとは言え、自分が治めている土地を奪われたのだ。曹操の方から手を引く理由は、どこにもない。

 それに、如何に黄巾の兵がいくら粘り強い戦をするとと言っても、彼らだけで戦うのならばいずれ敗北するのは目に見えている。もう落としどころを探し始めていても不思議ではないが、兵の数が多いというのは首脳部の足を引っ張ることにも繋がる。黄巾の上層部がどうなっているのか、一刀も正確な所を知っている訳ではないが、あれだけの大軍である。意思を統一させることさえ一苦労だろう。

「このまま戦が続いたとして、どれくらいの期間で片を付けるおつもりですか?」
「二年。長くても三年ね。それ以上をかけたら北袁が南下してくる可能性が高くなる」

 曹操は既に、黄巾の次を見据えていた。北部の戦も、その頃には決着しているだろう。それは一刀たちにも共通する見解である。しかし、

「あちらは公孫賛殿との戦で疲弊しております。それ程早く、攻めてくるでしょうか?」
「兵は拙速を尊ぶというでしょう? あの娘をそれを額面通りに受け取っている節があるの。それに、あの家は今尻に火がついているもの。戦を続けて勝ち続けなければ、遠からず土台が崩れてしまうわ」

 それだけ、連合軍での敗北が尾を引いているのだろう。同じ袁家である南袁家は既に孫策に滅ぼされている。旧友である曹操を頼れず、また洛陽で兵が問題を起こしたことで、北袁家は皇帝の覚えも良くない。戦についても自力でどうにかする必要がある訳だが、今までの行いから北袁家に対する不満が、民の間でも高まっている。

 それでもまだ、勝ち続けている内は名門袁家の輝きが地に落ちることはない。腐っても名門。その名が落ちることで不利益を被る人間は大勢いた。勝っている間は、彼らが袁家を支えてくれるだろう。

 しかし、一度劣勢となれば、我先にと離れていくに違いない。北袁家の舵取りをしている人間は、それが良く解っているのだ。だからこそ、公孫賛との戦に早期で踏み切り、その後も南に版図を広げようとしているのである。それが如何に無謀で大きな犠牲を伴うとしても、そうすることでしか、あの家には生き残る道がないのだ。

「生き残るために、戦を続けると?」
「あれでも麗羽は――袁紹は相当マシな方よ? お前にも見せてやりたいわ。冀州の州都にいる袁家の一族は、本当に腐っている。自分達は贅の限りを尽くしながら、民や兵に死ねと言っているのよ。そんな連中は、滅びるべきだと思わない?」

 口の端を挙げて強烈に笑う曹操に、一刀は神妙な面持ちで口を閉ざした。個人的には同意見である。民あっての国家であり、民あっての政治だ。支えてくれる民や、戦ってくれる兵のことを考えない人間に政治をする資格はない。

 だが今は会談の場だ。相手の主張に、軽い気持ちで同調はできない。押し黙る一刀に、曹操は薄い笑みを浮かべる。

「貴方の立場は解っているつもりよ。貴方だけで北袁家と戦うならばともかく、私と同調してというのでは角が立つものね」
「お気遣い、感謝します」

 一刀が頭を下げると、曹操は鷹揚に頷いてみせた。どちらの立場が上か、というのを理解し、それを理解させるための仕草である。

「そういう訳で、貴方とは不可侵の条約を結びたいの。私が黄巾と戦っている間、横合いから手を出されてはたまらないもの。邪魔をしないという言質を、貴方の口から今ここでもらいたいわ」
「それは願っても無いことですが……」

 どんな事情であれ、兵を出さなくても良いというのは、ようやく中の上から上の下のグループに入ろうという一刀にはありがたいことだった。その上、曹操軍と事を荒立てなくても良いというのであれば、賛成しない理由はない。

 しかし、である。

 黄巾軍については、かつて官民合同で処理に当たった。境界を接する人間だけの問題ではなく、帝国内全体の問題として考えられている節がある。それがまた復活したのだから、同じ様に対応するのが筋というものだ。かつて自警団の団長だった一刀も、今は州牧である。動員できる兵の数は、それこそ雲泥の差だ。民の平和が脅かされているという点だけで物を見れば、今すぐにでも曹操の元に駆けつけ黄巾と戦うべきだろうが、ここには政治的な事情があった。

 并州まで流れてきているのならばいざ知らず、現在黄巾軍は曹操軍とのみ戦っており、縄張りである青州と、曹操の領地から出ていない。これを討つというのであれば、その土地を治める曹操にお伺いを立てるか、さもなくば勅命に頼る必要があった。

 現時点で曹操と同盟を結んでおらず、また孫策と既に同盟を組んでいる一刀がこの戦に参加するには、それだけの大義名分が必要なのである。

 そんな一刀の事情を理解した上で、曹操はその助けの手は要らないという。

 これには彼女なりの思惑があった。自分たちだけで対応した、という事実が欲しいというのが一つ。かつて官民で対応した事件に、自分たちだけで対応に当たり、これを討伐したとなれば曹操の名前が大きく上がる。これからのことを考えると、名声というのはあって困ることはない。

 加えて、手を出すなと釘を差すことについては、一刀への貸しとも見れる。既に孫呉と同盟を組んでいる一刀は、よほどの緊急事態でもない限り、孫呉の政敵と手を組むことは許されない。曹操はその筆頭だった。仮に曹操から頼むと言っても、簡単には引き受けることができない立場なのだ。一刀以上に、曹操はそのことを良く理解している。

 突き放すような物言いではあるが、参加しなくても良いから安心しなさいと曹操は言っているのだ。

 無論、これは善意から言っている訳ではない。そういう配慮をしたのだから、これを忘れるなと言外に言っているのだ。孫呉との同盟を堅持しつつも、この貸しについてはいずれ返さなければならない。態々曹操本人がやってきたのは、これを踏み倒すことは許さないという念押しのためもあった。

 曹魏、孫呉に比べて弱小である一刀軍にとっては、頭の痛い話である。富は多く持つ者の所により集まるという。権力というのも一緒なのだな、と思った瞬間だった。

「ご配慮、ありがたく受けさせていただきます」
「そう言ってもらえて助かったわ」

 結局は、問題を先送りにしただけなのかもしれないが、ここで強行に拒否をすれば、即開戦ということにもなりかねない。そうなれば敗北するのは一刀たちの方だ。思春個人のことは信頼しているが、彼女は孫呉の将軍である。負け戦となれば最後まで付き合う義理はなく、適当な理由をつけて孫尚香を連れて脱出するだろう。総力戦ともなれば孫呉も黙ってはいないだろうが、こちらの戦線に兵を送ってくれるとは限らない。勢力圏からまっすぐに北上。そのまま曹操の本拠を狙う可能性の方が高いと、一刀たちは結論付けていた。

 曹操はまだこちらに譲歩している方だろう。これが袁紹であれば、権力を傘に着て叩き潰されていたかもしれない。

 後のことを考えると気が重いが、当面は戦が回避された、という事実だけを見ることにする。

 深々と溜息を吐いた一刀に、曹操は苦笑を浮かべた。

「苦労をかけると思うけれど、よろしく頼むわ。さて、ここからは個人的な興味を優先させることにするけど、異民族との交易を活発化させようとしているらしいわね。上手く行っているの?」
「これから大きくしていこうという段階ですね。『今は』装飾品や酒などが主な交易品になっています」

 単価はそれ程でもない。并州の西の方では平民でも少し奮発すれば購入できる程度の金額だが、并州から離れるほどに高額になっていく。特に洛陽などの都市部では高値で取引されるという話だ。

 異民族との間に平穏な雰囲気を作り出した人間は過去に何人もいるだろうが、本格的な交易まで可能にしたのは、それこそ数える程しかいない。丁原はその数少ない一人だ。彼女は商人に新たな儲話を提供した。金に聡い彼らは丁原の元に、そして一刀の元に我先にと集まっている。

 彼らが商うのは商品だけではない。方々に出入りをする彼らは、同時に情報を持ち出し取引先に提供する。草と異なる種類のその情報網は、権力者が欲してやまないものの一つだ。商人の信頼を勝ち得るということは、それだけ情報を得る機会が増えるということでもある。さらに経済的に潤うとなれば、もはや言うことはない。

「聞いたところに寄れば、曹操様は酒がお好きとか」
「その通りよ。最近は忙しくてご無沙汰だけど、自分でも作ってみようと研究もしていたの。北郷、貴方は酒を?」
「恥ずかしながら、まだ嗜む程度です。うちだと張遼などが好きみたいで、時間がある時は一緒に飲んでいます」
「あぁ、あの娘は好きそうだものね。あの娘となら美味しい酒が飲めそうだわ」
「話が上手いですよ。酒もつまみも美味しくしてくれます」

 霞もあれで付き合う人間を選ぶたちらしいが、気に入った人間とはとことん、腹を割って話してくれる。彼女には何度も相談に乗ってもらったし、稟たち文官にはあまり言えない愚痴にも付き合ってもらった。お互い忙しくて中々時間は取れないが、一緒に酒を飲む時間は一番多いかもしれない。

「それで、曹操様にはこれを」

 一刀が合図をすると、黄叙が部屋の隅から壷を持ってくる。一抱えくらいはある茶色い壷だ。がっちりと封印がされているそれに、曹操は一目で中身にピンときたようだった。

「西方の異民族から友好の印として贈られてきた物の一つです。彼らが常飲している馬乳酒らしいのですが、私の家だけでは消費しきれそうにもないので、お裾分けをと思いまして」
「以前に飲んだ記憶があるわ。あまり酔いが回らない酸っぱい酒だった記憶があるけど」
「彼らは毎食飲んでいると聞いています。確かに強い酒ではありませんね。ただ、健康には良いそうですよ。私の軍にも異民族出身の者や、その血を引いている者が多くいますが、彼は皆、『これが精強な騎兵を作る秘訣だ』と豪語しております」
「長年苦しめられてきたのだから、それを信じない訳にはいかないわね。ありがたく頂戴しましょう」

 さて、と曹操の雰囲気が変わった。これで会談を切り上げるつもりなのだ。曹操軍の抱える事情を考えれば、彼女がここに長居する理由はない。それはそれで寂しい気もするが、人の命がかかっていることでもある。私情で引き止めて良い場面でもないだろう。

「曹操様、州都にはどれくらいご滞在に?」

 一刀が曹操の雰囲気を察し、彼女を送り出そうと立ち上がりかけた時、唐突に七乃が口を開いた。黄叙も含め、その場にいた全員が程度の差こそあれ、面食らった顔をする。その中でも最も驚きの少なかったのが曹操だ。彼女は椅子に深く座りなおすと、七乃を見る。

「この会談が終わったらすぐにでも戻るつもりよ。戦は膠着状態にあるけれど、しなければならないことはいくつもあるの。張勲、貴方もそれは良く理解しているでしょう?」

 小柄ながらも、その雰囲気は洗練されている。戦場を生き抜いた武人でも、曹操の前では息苦しさを感じるだろう。七乃も決してそれを感じていないはずはないが、彼女はいつも通りの緩い笑顔で、曹操の問いに答えた。

「それは残念です。曹操様に、美味しい定食屋さんを紹介しようと思っていたのですが……」
「定食屋? それはまた、随分と庶民的ね。どんな店なの?」
「はい。大通りから一本挟んだところにあるお店で、昇竜軒という名前です。最近、ご亭主が亡くなられて代替わりしたんですが、あそこの定食はもう、本当に絶品で」

 一体何の話を、と一刀は混乱するが、意外にも曹操が食いついてきた。七乃を止めようとした一刀を手で制し、僅かに身を乗り出して七乃に問う。

「そうなの? 普通は人が変われば味も落ちると思うのだけど、その店は大丈夫だったのかしら」
「味は全く違いますね。東方の味付けが、西方の味付けに変わりました。ご亭主が亡くなられたことで、前の従業員も全員やめてしまいましたから、しょうがないと言えばしょうがないんですけど、でも食べる側としては、美味しければ何も問題はない訳で」
「そう。その今は食べられない東方の味付けというのも食べてみたくはあるけれど、貴女がそこまで言うのなら、今度立ち寄った時にでも寄らせてもらうわ。新しいご亭主と家主には、よろしく伝えてもらえる?」
「解りました。伝えておきます」

 それで、話は終わった。七乃は姿勢を正し、曹操はそっと息を吐く。これで帰るという雰囲気だったはずだが、曹操は視線を中空に彷徨わせると、文謙に向き直った。

「凪、残りの話を北郷とつめてもらえる?」
「か、華琳様!?」

 予定には全くない行動なのか、文謙が慌てている。元より、彼女は曹操の護衛としてこの場にやってきたのだ。話をまとめるような立場ではない。それは連れてきた曹操の方が良く解っているはずのことだ。

 とは言え、文謙にとって主の命令は絶対だ。どれだけ向いていないことでも、やれと言われた以上完遂しなけばならない。いきなりの命令に顔を青くしている文謙を他所に、曹操はさっさと席を立った。

「北郷。少し散策がしたいのだけど、構わないかしら?」
「構いませんが……何もない屋敷で、あまり見る物があるとは思えません。それでもよろしければ」
「それもまた一興というものよ。一人で散策するのもつまらないから、張勲を借りたいわ。それも、許可してもらえる?」

 曹操の提案に、一刀は七乃を見た。彼女は薄く微笑み、小さく頷く。大事な会談の相手ということは、この場にいる中で七乃が一番理解している。曹操とも知らない仲ではないと考えれば、自分が応対するよりはマシと言えた。既に話は纏まったとは言え、席を外されることに不満がない訳ではないが、態度を見るに上手く言っているように見える。案内程度の要望には、応えておいた方が良いだろう。

「かしこまりました。七乃、曹操様に粗相のないように」
「承りました。それでは、曹操様。どうぞこちらに」

 七乃の案内を受けて、曹操は部屋を出て行く。存在感のある人間が外に出たことで、部屋の空気も少しだけ軽くなったような気がした。意図せずに、一刀は大きく溜息を漏らした。

 部屋の隅に黄叙がいるが、置物になっている彼女は必要であると判断したこと以外には口を挟まない。それでも人がいるという緊張感はあるものの、実質的には文謙と二人きりだった。

 その事実を思うに至り、一刀は曹操の意図の一つを理解した。北郷一刀と楽進が旧知の間柄、というのは曹操も知る所だ。不可侵条約については結ぶということで話は纏まった。それだけ決まれば、もはや詰めるような話もない。配慮して、旧交を温める時間を作ってくれたのだ。存外に人間らしいところもあるものだ、と思いながら、まだどこかおろおろとしている友人に、一刀は声をかけた。

「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、文謙。出世のお祝いにも行けずに、ごめん」

 一刀の軽い物言いに、文謙もようやく曹操の意図を理解した。一刀が差し出した手を、文謙が握り返す。久しぶりに握った彼女の手は、相変わらず武人の見本の様な手をしていた。

「まったく、華琳様もお人が悪い」
「こうして俺達の時間を作ってくれたんだから、良い人じゃないか」
「そうだな。お前への祝いの言葉も言えずに戻るところだった。世に出て、三年あまりで州牧か。すごいじゃないか、一刀。私も友人の一人として、お前を誇らしく思うぞ」
「文謙だって、遠征軍の将軍だろう? お前と戦うことになるんじゃないかと、肝を冷やしたよ」
「巡り合わせが悪かったら、そうなっていただろうな。こうして、会談の場を設けることができて良かった。本当のことを言えば私も、お前の軍とは戦いたくなかった」
「俺もだ。話が纏まって、良かったと思ってる」
「……だが、戦場で見えた時は、話は別だ。私だからという理由で、手を抜いたりはするなよ?」
「勿論だとも。でも、そうならないことを祈るくらいは良いだろ?」

 そうだな、と文謙は不器用に微笑んだ。傷の多い、無骨な印象の文謙だが、こうして笑うと年齢相応の少女に見える。最初から曹操に仕えていた訳ではなく、平民あがりで武功を重ね、曹操に認められて今の地位に就いた。それは一重に文謙の努力と実力の賜物だろうが、急な出世をしては色々と苦労もあるだろう。友人として、その苦労を分かち合いたいと思うが、勢力の違いは如何ともし難かった。

「そんな顔をしてくれただけで、私は満足だよ。良い友人を持ったと、心の底から思う」

 微笑む文謙に何と答えたものか。逡巡している一刀を遮るように、それまで壁際にいたはずの黄叙が、卓にそっと椀を置いた。曹操に出したものとはまた違う。これは黄叙が普段、自分に出しているお茶だと気づいた一刀は、黄叙の顔を見た。

「旧交を温める、一助になりましたら幸いです」

 小さく微笑み一礼すると、黄叙はまた壁際に戻った。自分の仕事は終わったとすまし顔で佇む少女を見て、一刀と文謙は顔を見合わせて笑った。

「良い侍従を持ったな」
「自慢の仲間だよ。時間が取れるなら色々と紹介した人がいるんだけど、それはまたの機会に取っておこう」

 この時勢に、こうして顔を合わせることができたのだ。これが最後の機会ではないと一刀は信じることにした。

 黄叙の淹れてくれたお茶の椀を持ち、文謙と向き合う。文謙も椀を持ち、一刀が小さく差し出した椀に、自分の椀を重ねた。お互いの顔を見ながら、静かにお茶を飲む。穏やかな味と暖かさが、身体に染み渡っていく。

 こういう、穏やかな時間が続けば良い。お互いがそう思っていると信じられる時間は、悪いものではなかった。























「全く、妙なところで会うものね。最初に貴女を見た時、白昼夢でも見せられているのではと疑ったけど、今はこうして話せる現実であることに感謝するわ」

 屋内を探索するという方便で部屋の外に出、二人で歩くことしばし。人目のないところを所望しているというのは言葉にせずとも伝わったのか、張勲に案内された部屋に入って大きく溜息を吐いて見せた華琳に、張勲はあの日と変わらぬ捉え所のない笑みを浮かべた。その笑顔に僅かな苛立ちを覚えながらも、それを押さえ込んだ華琳は言葉を続ける。

「貴女が無事ということは、袁術も元気なのかしら?」
「元気ですよ~。むしろ以前よりも、活き活きとされています。一刀様のこと、よっぽど気に入られたみたいで。ちょっと焼けちゃいます」
「でも、貴女もあの男のことを気に入っているのでしょう? 私の目から見ても、心酔しているのが見て取れたわよ」
「それはもう。一刀様は素晴らしい方です」

 張勲の口調は、あの頃と変わらない。華琳の立場は大きくは変わっていないが、大軍団である袁術軍の実質的な頂点だったあの頃と違い、今の張勲の立場は非常に不安定なものである。本来であれば、かの曹操を相手にそういう口を利いて良い立場ではないのだが、不思議と華琳に苛立ちは沸かなかった。張勲というのは、そういう人間というのが身体に染み付いているのかもしれない。

 自分で思っていた程張勲のことが嫌いではなかったことに驚きつつ、華琳は張勲を改めて観察した。

 細部が違うが、装いまであの頃のままだ。経緯を考えるとあちらにあったものを持ってきた、というのは考え難い。おそらくこちらに来てから誂えたものだろう。血色は悪くない。食生活が充実している証拠である。気にして見れば、連合軍の頃よりは聊か締まった身体付きになった気がしないでもないが、誤差のようなものだろう。大きな違いは髪が少し伸びているくらいで、これは首の後ろ辺りで無造作にまとめられていた。

 華琳が気になったのは、張勲の北郷への心酔具合である。

 張勲がそれこそ、目の中に入れても痛くないというくらいに袁術を溺愛していたことは、華琳だけでなく多くの人間が知っている。その張勲が、袁術に匹敵するくらいの感情をあの男に向けている――少なくとも対外的にはそう見えるという事実に、華琳は気味の悪さすら覚えていた。原因はおそらく助けてもらった恩義にあるのだろうが、この感情を維持し続けているとなると、それだけではないように思えた。

 男女の関係なのだろうか。最初に華琳が考え付いたのはそこであるが、先のやり取りを思い出すに、あの男は本当に童貞だろう。あれくらいの地位では珍しい奥手具合は、女性限定ではあるものの性に奔放な華琳からすると歯痒さすら覚える程だった。時間があれば手ほどきの一つもしてやりたかったのだが、今は目の前の張勲のことだ。

 情を傾ける原因が男女のそれでないのだとすれば、心酔が継続していることにやはり疑問が残るが、現時点では答えが出ない。

 ともあれ、張勲が忠義を尽くそうとしている。その事実だけで華琳は北郷の警戒度を一つ繰り上げた。上がったり下がったりと忙しい警戒度であるが、今のところ北郷の警戒度は高い水準を維持している。孫策などの最も警戒すべき相手らを除けば、現在の北郷の警戒度は残りの五指には入るだろう。

 それが、孫策と同盟を組んでいるのだから、頭痛の種は尽きない。せめて離間の原因でも作れないものかと色々と工作もしてみたが、その工作について、張勲は先の会談で絶対に無視できない発言をした。

「……定食屋の紹介、ありがとう。そんなに解りやすくしていたとは思えないのだけど、よくも見つけてくれたものね」
「見つけたのは私じゃありませんけどねー。ただ、私が曹操さんの立場で并州を落とすとしたら、どういう方法を取るか考えただけで。草の拠点を作るに都合が良い場所を片っ端から情報担当の方にお伝えしたら、運良く最初の方でひっかかってくれました」

 運良く、と張勲は言うが、それなりに怪しいと思っていたからこそ、最初に探させたのだろう。事実、それが当たりだったのだから、華琳としては白旗を挙げるより他はない。

 張勲の言った定食屋は、華琳が設置を指示した并州における草の拠点だった。店主も店員も華琳の息のかかった者で、并州の情報収集と工作が彼らの任務となるはずだった。定食屋として不自然でない環境を作り上げ、どうにか怪しまれずに仕事ができるようになったのはつい最近のことだ。これから情報を吸い上げようといった矢先に、これである。

 情報を制するものが、天下を制する。

 相手にとってもそれが重要であると理解し、真っ先に叩き潰した張勲の手腕に、華琳は素直に感心した。願わくば、孫呉の拠点も破壊されていることを祈るばかりであるが、あちらは末の姫が輿入れしていると小耳に挟んでいる。ある程度の人数が尤もらしい理由で滞在しているのであれば、これを追い返すのは不可能に近い。

 彼女らの行動にあれこれと注文を付けるのは、北郷には不可能だろう。しかも客将としてやってきているのは将軍としての能力もさることながら、草としての能力も高い甘寧である。呂蒙についてはほとんど情報がないが、警戒する北郷の軍団に送り込まれてきたのだからただの将軍ということはないだろう。彼女らの役目は何かあった時に末の姫を連れ出し、いざとなれば北郷の首を飛ばすことだ。最低限、それを可能とするだけの力はあると見ておくべきだろう。

 他人ごとながら、生きた心地はするまいな、と同情する華琳である。

「定食屋の件は、北郷に伏せていたのね」
「ちゃんと今日の内に報告しますよ。内容が内容ですから、会談に影響が出るかもと伏せておいただけです」
「腹芸に向いた性質ではなさそうだものね……」
「そこが魅力でもあるんですけどね。あぁ、情報担当は州都だけではなく、州内全ての拠点を叩き潰すつもりみたいですよ?」
「困ったものね。どうせ私の前には顔を出さないでしょうから、情報担当には貴女の方からよろしくと伝えておいてもらえる?」

 命の使い時というものを、草は良く理解している。自分たちを単なる数字とし、引き出す情報がその消耗に見合えば彼らはいくらでも命を賭けるが、そうでないならば無理はしない。相手に先手を打たれた。それを事実として受け止め、次に賭ける。今が駄目なら、次で良いのだ。何も今ここで、無理をする必要はどこにもない。

 情報担当にどこまでの力があるのか知れないが、やると名言した以上必ずやり遂げる。少なくとも張勲はそう思っているようだ。こちらを見る瞳に僅かな優越感があるのを見て、華琳は彼女の気の緩みを悟った。

 それを、狙う。華琳は何気ない仕草で外に目をやり、世間話でもするように最も聞きたかったことを口にした。

「劉備は元気?」

 返答があることを期待していた訳ではなかった。知っているなら何か態度に出てくれればと、その程度の期待しかしていなかったのだが、張勲の態度は華琳の期待以上だった。驚いた様子でこちらを見つめる張勲を見て、華琳は自分の企みが想像以上に上手く行ったことを悟った。
「……興味本位で聞きますけど、あの方について、どの程度まで情報を掴んでおいでで?」
「貴女でもひっかかることがあるのね。確信があった訳ではないのよ。いるとしたらここ、と思っていただけ」

 華琳の言葉に、張勲は少しだけ渋面を作った。かまをかけてみたのだが、思いのほか成果があった。これが演技であるのならば大したものだが、腹芸が達者と言ってもそこまでではないだろう。

 ともあれ、劉備の居場所が特定できたことは、華琳にとって大きな収穫だった。

「逃走経路の特定はすぐにできたわ。後は時間をかければ、どこに? という推察は容易い。関羽は何も喋らないけれど、あの子も正直者だから」
「では、今度は私から。関羽さんはお元気で?」
「相変わらずよ。私の誘いを何度も袖にするんだもの。本当、つれない娘だわ」
「前途多難ですねぇ……」

 張勲の感想の通り、思っていた以上に関羽はつれない態度を取っている。従者としての礼儀こそ守っているが、誘いには全く応じてはくれなかった。華琳としてはそれくらいの方が『そそる』のだが、春蘭や桂花など、一部の人間には気に障っているらしい。軍議などでやりあっているところを何度も見るが、それなりに学識があり、軍を動かした経験のある関羽は、軍議の場でもよく立ち回っていた。

 曹操軍での立場も、明確なものになりつつある。吸収した兵を主に指揮している関羽だが、彼らの心を彼女は巧みに掴んでいた。まとまった数の兵が従うようになると、軍の中でも立場は強くなってくる。加えて、黄巾戦での実績だ。軍功を挙げることこそが自分の使命とばかりに獅子奮迅の働きをする関羽は、実質的に春蘭、秋蘭に次ぐ軍の三番手となっていた。

「特級の人員に限って言えば、北郷軍は私のところに、勝るとも劣らないわね。どう? 袁術軍よりは腕の振るい甲斐があるのではなくて?」
「以前は手を出してばかりでしたが、今は口を出すこともありません。皆が皆優秀、というのも考え物ですね」

 肩を竦める張勲からは、物足りないという雰囲気が感じられる。あれだけの大軍を手足のように動かしてきた張勲からすれば、この規模で自分のすることが少ないというのは、そう思うのも当然、という気もする。力を持て余しているのだろう張勲の今の状況は、華琳の目にははっきりと無駄と映った。

「力が集まれば、より大きなことができるというものよ。いずれは貴女にも、相応しい地位が与えられるでしょう。力を振るうのはその時にでもしなさいな」
「今となっては、私は多くのことを望みません。美羽様と一刀様がいらっしゃれば、それで十分です」
「それ以外はまるで、どうなっても良いみたいに聞えるけれど?」
「そう言ったつもりですよ? 勿論、どうなっても良いというのは、曹操さんも例外ではありません」

 張勲がちらり、と華琳の方を見た。羽虫を見るよな無感情な瞳に、背筋がぞくぞくする。この目だ。人の良い笑みを浮かべながらも、袁術以外に全く心を許していなかった張勲にとって、それ以外の人間は等しく駒だったのだろう。今はそこに北郷という人間が加わったようだが、その気質までは大きく変わっていないのだ。

「……変わっていないようで安心したわ。北郷にほれ込んで、腑抜けていたらどうしようと思っていたのだけれど、この分なら大丈夫そうね」

 張勲は変わらず、好敵手足りえる。それが解っただけでも、収穫だ。

「今は何をしているのだったかしら」
「新兵の訓練を」
「以前の貴女では考えられないことね。何か得られたものはあった?」
「毎日が、発見です。私は今まで、こんなにも物を知らなかったのかと思い知っています」

 殊勝なことだ、と華琳は小さく溜息を漏らした。

「兵の皆とは、良く話をしています。毎日半刻、読み書きと計算を教えたりもしているんですけど」
「……張勲、貴方面白いことを考えるのね。それで、貴女の隊の識字率はどんなものなのかしら」
「私が隊を預かってからですから、まだまだですね」

 張勲は恥ずかしそうに、苦笑を浮かべる。成果がそれほど挙がっていないことを恥じているようだが、華琳はそれを面白い試みだと思った。

 無論、民が余計な知識を得てしまうという危険もあった。孫策辺りはこの手の政策に難色を示すことだろうが、華琳には利点の方が多いように思えた。

 感心している華琳に、張勲は笑みを浮かべる。

「私の隊の識字率は精々三割といったところです。物覚えの良い人のみ、読み書き計算ができる。そんな程度ですね。これは私が来る前から実施されていることで、発案者は一刀様だと聞いていますよ」
「成果は挙がっているの?」
「私の隊の中から文官の方が向いていると判断できたものを、数人ですが見つけ出すことができました。今すぐ文官にとは行きませんが、こちらが費用を持って私塾に通わせるか、あるいは最初から幹部に預けて面倒を見ると、そんな試みがされています。あぁ、私の美羽様は前者と後者の良い所取りで教育……ではありませんね、再教育を受けてまして、担当の話ではもうすぐ出仕できるそうです」
「あの袁術が……」

 かつてどういう立場だったのかは皆が知っている。更に一刀の縁者ともなれば、色々な目で見られるだろう。出仕させるとなれば、生半可な力量では認められまい。立場を考えれば、出仕には教育の担当や一刀だけでなくほかの幹部の許可も必要になることだろう。華琳は郭嘉の、厳しい視線を思い出した。

 神算の士と名高い彼女の眼鏡に叶えば、袁術も本物、ということだろう。流石に稀代の軍師たちに並びはすまいが、あれだけ好き放題に振舞っていた少女が、一定以上の実力を持ち、しかも出仕するというのだから、世の中解らない。

 華琳には愚物としか思えなかったあの少女が、世に羽ばたこうとしている。何でもできる最高の環境にあって愚物だった彼女が、ここでその才能を開花させつつあるのだ。

 ただの人間の才能を開花させるのとは、それこそ訳が違う。既に孫策に叩き潰されたとは言え、袁術は袁家の正当な血筋であり、血統を重視する人間には没落した今でも影響力がある。生まれが高貴な人間にしか、できないことというのは確かにある。そういうことをさせるのに、袁術はうってつけの人間だ。いずれ麗羽とも事を構えるのならば、彼女を囲っておいて損はない。 孫策も、張勲はともかく袁術が使えるようになるとは思ってはいなかったに違いない。

 やがて北郷の勢力が大きくなりきった時、彼女がどういう顔をするのか、今から楽しみだ。

「さて、本当に屋敷を探索しますか? 一刀様が仰っていた通り、本当に何もない屋敷ですよ」
「できれば人と話したいのだけど、時間がないのも事実ね。それはまたの機会にと思っておきましょう」
「それじゃあ、本当にとんぼ返りですか?」
「そうなるわね。危機は脱したと思っているけど、しなければならない仕事は山ほどあるの。私の桂花は本当に優秀だけど、一人で仕事を処理させるのは流石にかわいそうだわ」

 戦線は既に安定し、領地も取り戻す方向に動いているが、黄巾のあの数は軽視できない。人手はあって困ることはないのだ。会談に直接出向くと言った時も桂花は散々反対したが、最終的には折れて自分がいない間の仕事も全て引き受けてくれた。桂花には、いくら感謝してもし足りない。早く戻って労ってあげたいというのが、華琳の正直な気持ちだった。

 さて、と華琳が踵を返そうとした所で、外から歓声が聞えた。華琳は張勲と顔を見合わせる。大事な会談をしている屋敷の傍で聞えるにしては、少し熱が入りすぎている気もする。

「……散策したい場所ができたのだけど、構わない?」
「ですね。どういうことなのか、個人的に興味がありますので」










 お茶をしながら積もる話を重ねていた所、一刀と文謙も庭からの歓声を聞いた。文謙は即座に立ち上がり窓に駆けて行くが、一刀は椅子に腰掛けたまま黄叙を見た。何か知っているか、という確認のためでもあったが、黄叙は困ったような顔で首を横に振った。ここで大事な会談があることは、一刀軍の中でも大体の人間が知っている。これに合わせて、しかも態々屋敷の敷地内で『何か』を起こすとは考え難いが、事実として、歓声は今も庭から聞えてくる。

 しかも段々とエキサイトしているようだ。どういうことが起こっているのか、おおよそのことを把握した一刀は、お茶の椀を持ったまま文謙の後を追い、ベランダに出た。身を乗り出すようにして外を見ている文謙の肩越しに外を見ると、人だかりの中で戦っている三人の人間が見えた。

 方天画戟を持った赤毛の少女は、恋だ。相対しているのは、身の丈以上の大きさの武器を持った少女二人である。幹部の中では朱里や雛里が際立って小柄だが、今戦っている二人はそれに匹敵する程に小さい。

 にも関わらず、相当な重量の武器を振り回しているのだから、その膂力たるや想像を絶する。何も知らない頃だったら純粋な気持ちで驚くことができたのだろうが、当代最強を知っている身としては、人を十度殺してなおお釣りがくるだろう膂力もどこか可愛らしく見えた。

「うちの恋の相手をしてるのは、そっちの人たちだよな」
「許褚と典韋という。華琳様の親衛隊の人間だ」

「稽古でもしてるのかな」
「……秋蘭様がついておられながら、何故こんなことに。屋敷の警備は大丈夫なのか?」
「あそこで吼えてるのも警備の人間に違いないけど、流石に全員は集まってない……はずだ。要!」
「なんですかー、団長」
 
 部屋の外で待機していた要は、一刀の声にすぐに飛んできた。指示を伝えようと顔を見れば、早く外に出て行きたくてうずうずしている彼の姿が目に入った。外の歓声が気になるのだろう。難しい会談よりは、身体を動かすことが好きな少年だ。しかも外にいるのは張遼隊の精鋭である。彼らが歓声をあげるようなものが一体何なのか、気になって仕方が無いのだ。

「警備の状態を確認してきてくれ。責任者全員に確認して、一人でも問題ありと言ったら俺のところに戻って来い。そうでなければ、あれを見に行って良い」
「わかりました!」

 入ってきた時よりも迅速に、要は部屋を飛び出していく。その背中を見て文謙は目を丸くしていた。護衛にしてはあまりに腰が軽いことに、驚いているのだ、曹操軍では中々見れない光景だろう。一刀としてはもう少し落ち着きを持って欲しいところであるが、外には霞も恋もいる。その上で歓声が挙がっているのだから、今さら要一人が離れた所で、大勢に影響はない。

「行くか?」
「そうしたいところだが、華琳様を放っては――」

 文謙の言葉が途中で止まる。視線の先、庭へと続く道には既に曹操と七乃の姿があった。曹操は文謙の姿を捉えると、指で『降りて来い』と手招きする。困ったのは文謙だ。『行って良いか?』と視線で問うて来る彼女に、一刀は苦笑を浮かべながら頷いた。

「先に行くぞ」

 言うが早いか、文謙はベランダの柵を飛び越え、軽やかに地面に着地する。後に続けと一刀も勢いで身を乗り出しかけたが、二階というのは少々高い。一刀とてそれなりに鍛えている。これで身体を痛めたりはしないだろうが、それでも飛び降りるには少し勇気が必要だった。

「失礼します、ご主人様」

 脇から進み出た黄叙が、手に持っていたかぎ縄を柵に手早く縛りつけていく。どこから持ってきたのか知らないが、縄はしっかりと地面に届くくらいの長さがあった。

「こんなこともあろうかと、用意しておきました」
「お前は最高の侍従だ、黄叙」
「お褒めにあずかり光栄です」

 侍従であると同時に護衛でもある黄叙をベランダに残し、縄を伝って地面に降りる。縄一本というのは不安定ではあったが、そのまま飛び降りるのに比べると、格段に恐怖は少なかった。文謙に遅れること、約十秒。一刀が地面に降りるのを待って、黄叙も縄を使って――降りる直前、柵に縛り付けた縄を短刀で斬っていく。縄で降りたというよりは、縄を抱えて飛び降りたという形である。

 女二人に男が一人。女の子二人が飛び降りたのに、男である自分一人が縄を使って降りたことに聊か自尊心の傷ついた一刀だったが、曹操の足は既に歓声の中心へと向いていた。遅れまいと曹操に続き歩いていくと、調練の場でもある庭で行われていたのは、立会いだった。

 やり取りにも一区切り付いたのか、人だかりの中央では恋と、曹操の護衛である二人の少女が対峙していた。方天画戟を担いだ恋はいつものようにぼ~っとした雰囲気を纏っていたが、相手をしている二人の少女は全身に汗をかいていた。既に格付けが済んだ様子の三人を見ながら、腕を組んで観戦モードに入っている霞に声をかける。

「どういう事情でこんなことに?」
「や、あんまりにも暇だったんでダベってたんやけどな? そしたらふらふら恋がやってきたもんやから、どうせなら手合わせしてみるかーって冗談でウチが言うたら、予想外にも向こうが食いついてきたもんでな?」

 霞の言葉に一刀と曹操の視線が、夏侯淵へと向く。片目の隠れた麗人は主の視線にも動じることなく、落ち着いた声音で応えた。

「当代最強の武人と打ち合う機会など、そうあるものではありません。後学のためにと思い、許可を出しました。幸い、あの二人も乗り気だったようですので」
「そうね。特にあの子たちには良い勉強になるでしょう。素晴らしい機会を設けてくれて感謝するわ、北郷」

 落ち着いた様子の曹操に、一刀は返事をしながら冷や汗をかいていた。恋が負けたり怪我をすることは、何も心配していない。何を考えているか解らない時は多々あるが、恋も頭が悪いという訳ではなく、諸々の事情というのは十分に把握している。眼前の少女二人に怪我をさせることがそれなりに不味いことだということも、よく理解しているはずである。

 だが恋は、こと戦いにおいて、適度な手加減をすることはあまり得意としていない。相手のあることである以上、まさかの事態というのはないとは言えない。今のところ、少女二人に目立った傷はないが、これからできないとも限らなかった。

 無事に終了してくれと心中で祈る一刀を他所に、少女二人が恋に仕掛ける。

 典韋が前に出る。それを追うようにして、許褚が後に続いた。実力差は何より、今戦っている二人が理解している。恋より有利な点があるとすれば、少女らが二人であるということしかない。如何に恋が当代最強の武人でも、彼女は人の形をしていて、その腕は二本だ。同時に防ぐことのできる攻撃には限界がある。

 そのための連携ということだが、位置取りを見るに少女二人の意気は良く合っているように見えた。普段から一緒に訓練をしているのだろう。こういう時にどう動くべきか、頭ではなく身体で理解しているのだ。周囲の兵にも、もしかしたらと思わせるだけの動きの冴えがあったが、それは相対しているのが恋でなければ、という但し書きが付く。

 一刀軍の兵は皆、呂布という武人がどれだけ強いかということを骨身に染みて理解していた。一刀もまた、その一人である。

 恋がゆらりと動く。方天画戟は下げたままだ。超重量の武器の前に、無防備にその身が晒される。このままでは直撃する。そういう段階になっても、典韋の腕は少しも緩まなかった。興奮で状況を理解していないのか、それとも、この程度で呂布がやられるはずがないと心のどこかで理解しているのか。ともあれ、全く手を緩めずに放たれた全力の攻撃は、減速せずに恋の頭へと吸い込まれて行き――その右手で、易々と受け止められた。

「……は?」

 あっけに取られた声を挙げたのは、典韋だ。後続の許褚も目を丸くしているが、動きは止めていない。恋の目が、許褚を捕らえた。右手は典韋の武器を握ったまま、無造作に動かされ――

 許褚に向かって思い切り、右手を振りぬいた。

 凄まじい速度で振るわれた典韋の武器は、彼女の手からすっぽ抜ける。結果、典韋は弾丸のように許褚に向かって飛んでいく。少女と言えど、それなりの重量だ。この速度で飛んでくる人体は十分に人を殺せるものだったが、許褚はとっさに自分の武器を手放して、典韋を受け止めることを選択した。自分も相手も怪我をしないように、渾身の力を込めてその身体を受け止める。恋も強力無比であるが、許褚も力自慢では負けていない。弾丸のような速度で飛んできた典韋を、許褚はしっかりと受け止めていた。

 それを見て、曹操と夏侯淵は小さく溜息を漏らした。安堵ではなく、軽い落胆が込められているのは、その判断が間違っていたからだ。

 立会いというのは普通、は両者の合意か周囲の静止か、あるいは両者ともに戦闘が続行できないような状態にならない限り継続される。典韋は投げ飛ばされただけで外傷はなく、受け止めた許褚は言わずもがなだ。

 恋は典韋の武器を足元に乱雑に投げ捨て、一気に距離をつめてくる。迎撃しようにも典韋は動けず、許褚は武器を手放した上に、両手は塞がっていた。しかも典韋を受け止めるのに渾身の力を込めたせいで、とっさに身体が動かない。助けるにしても踏ん張らず、勢いに任せて吹っ飛んでおくべきだったと許褚が気づいたのは、すぐそこにまで恋の拳が迫ってからだった。

 悪い夢に出てきそうな音の後に、二人の少女は砲弾のようにすっ飛んで行った。

 そのまま庭をごろごろと転がり、木にぶつかってようやく止まる。何も知らずに見れば事故死を疑わない光景だが、恋が兵の稽古をつける時にはまま見られる光景である。あれで恋は加減している。勿論無事には済まず、腕や足を折った兵は何人もいたが、後遺症の残るような怪我を負ったものは一人おらず、死者は言わずもがなだった。

 それでも当たり所が悪ければ大事にもなりうるが、少女に見えてもあの曹操の親衛隊の人間。それも会談に赴く際の護衛を任される程の手錬なのだから、まさかこの程度でくたばったりはしない……と無理矢理楽観的に考える。

 会談に来た護衛の人間を吹っ飛ばした。事実そのものに角は立つだろうが、こちらから吹っかけた形になったとは言え、手加減された上に二人がかりで負かされたとなれば、それはそれで格好が悪い。後遺症の残るような怪我をしていなければ、後に引くような問題にはならないはずだ。内心では戦々恐々としながら一刀は曹操を見るが、彼女は機嫌良さそうに恋に向かって拍手をしていた。

 曹操から始まった拍手はやがて、観戦していた兵を巻き込んだ万雷の拍手へと変わっていく。恋は何が凄いのか良く解らないと言った風に周囲を見回し、観客の中に一刀がいるのを見つけて寄ってきた。

「会談、終わったの?」
「ああ。一応な。紹介しよう。こちら、曹操様だ」
「知ってる。虎牢関で殺し損ねた顔の一つ」
「かの呂布に覚えてもらえているとは光栄だわ。私の部下二人は、どうだったかしら」
「中々力持ちで、仲良し」

 恋の評論に曹操が浮かべたのは、苦笑だった。曹操軍の精鋭二人が、歯牙にもかけられていないのだから、当然と言えば当然である。

 それから、恋は曹操に興味を失ったのか、観客の中からセキトを見つけ出し、一人と一匹でどこかに消えた。一仕事終えて気分すっきりな恋は良いが、問題は彼女に吹っ飛ばされた二人である。さて、と一刀が見ると二人に駆けて行った兵が、大きく○を作った。問題ないという合図に、そっと胸を撫で下ろす。

「あの二人が意識を取り戻したら、私達も帰りましょうか秋蘭」
「事情は存じておりますが、あまりに忙しくてらっしゃいますね」
「私も、お前と色々と話をしたいのだけどね。特に、女性の扱いについて」
「曹操様はその……女性と関係を持たれているとお聞きしていますが?」
「そのせいか、殿方との縁はないけれどね。でも、経験の数で言ったら中々のものよ」

 あけっぴろげに物を言う曹操に、経験のない一刀は沈黙するより他はない。その中に荀彧も含まれているのかと思うと内心では複雑だったが、中々の数であるという本人の弁に嘘はないだろう。同性としか経験がなかったとしても、この分野において曹操は遥かに先を行っている。

 その遍歴に興味の尽きない一刀だったが、個人的興味で引き止めるのも申し訳ない。急がしさで言えば、現在大規模な戦をしている曹操は、一刀と比べ物にならない。こうして時間を取って、態々やってきてくれるだけでも奇跡のようなものなのだ。

「華琳様!」

 大声を挙げて駆け寄ってきたのは、先ほど恋と戦った二人の少女である。土で汚れているが、怪我はないようだった。主の前で違う勢力の人間を相手に、二人がかりで負けてしまったのだ。武人としては大きな失態である。少女くらいの年齢であれば、曹操のような人間は怖かろうと、人事気分で横を見れば、当の本人は何でもないことのように部下二人を見下ろし、

「当代最強の武人を相手に良くやったわ。得た物もあったでしょう。これを糧に、これからも励みなさい」
「ありがとうございます!」

 おとがめなし、と理解した二人は深く頭を下げると、主の気が変わらない内にとそそくさとその場を後にした。曹操よりは組みやすしと思われているのだろう。さり気なく夏侯淵の後ろに移動する辺り、曹操の恐れられっぷりが伺える。

「最後に、北郷。お前に贈り物をしないといけないわね」
「そこまでお気遣いをいただく訳には……」
「ちゃんと気は使うわ。孫呉ほど大盤振る舞いはしないから、安心なさい」
「はぁ……」

 気を使うのならばこれ以上何もせずに帰ってほしいものだが、正式に同盟を結びに来たとは言え、孫呉が色々と置いていったのに、自分が手ぶらで来た挙句、土産を持たされて帰るのは外聞が悪いというのは解る。曹操としては何か置いていかなければならないし、一刀としてはそれを受け取らなければならない。

 相手が何をした、というのを加味して自分の行動を決めなければならないのは、面倒臭いことこの上ないが、後々比較され、けち臭い奴だという噂を立てられるのもつまらない。一刀の問題というよりも、曹操側の面子の問題だ。これをいらないと突っぱねたら、開戦まで秒読みである。立場の弱い一刀には選択肢はないのだ。後から思春などにちくちく嫌味を言われるのだと思うと今から気が重い。

 世間話をしながら待っていると、夏侯淵がその贈り物を連れてきた。

 黒毛の軍馬である。馬にはそれなりの知識しかない一刀でも、一目で名馬と解るくらいの馬であり、周囲では馬の達人であるところの張遼隊の面々が色めき立っている。彼らにとって馬とは生命線であり、良い馬は喉から手が出るほど欲しがるものだ。ざわめく彼らを横目に見ながらも、一刀の目は眼前の馬に吸い込まれていた。

「私の馬――絶影というのだけど、その子供よ。女の子だから、きっと貴女も気に入ってくれると思うわ」

 何でもないようなことのように、曹操は言う。確かに孫呉から貰ったものの総額で比べれば大したことはないのだろうが、この馬一つを取っても『ありがとう。いただきます』の二言で済むような話ではなかった。金銭に換算した時に孫呉に劣ると言っても、人の口に上る時には、それに匹敵にするくらいに扱われるだろう。

 金額で下回っているのに、同等に扱われるのだから後だし有利と言わざるを得ない。名馬と言っても、曹操の愛馬の子供の一頭であり、おそらくではあるが、これと同等の馬を曹操な何頭も所有している。一品物の名剣や末の姫君を差し出してきた孫呉よりも、懐は痛んでいないだろう。

 貰う立場としては、どちらにしてもありがたいに違いない。乗りこなせるかどうかは別にして、名馬というのはあって困るものではない。窮地において命を預ける存在であるのは、騎馬隊に所属していない一刀でも代わりはないのだ。

「それでは、ごきげんよう。己より賢き者を近づける術を知りたる人。次に見える時、貴方の陣容がどうなっているのか。今から楽しみだわ」

 差し出された曹操の手を、一刀は握り返した。彼女の顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。獰猛な、この笑顔の敵にはなりたくないものだと思いながら、一刀は努めて笑みを浮かべた。

































ちなみに華琳様の猥談の掴みの話は、その昔麗羽さまを唆して、一緒に花嫁を誘拐した時のもの。誘拐犯はここにいるぞ! の辺りで爆笑をさらいます。

後、馬の名前は全く決まってないので良い案がありましたら感想欄でお知らせください。このままだと風雲再起になりかねません。


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