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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:53a6c9be 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/03/07 04:17
 曹操がやってくる、数日前の話である。

 七乃をもって奇策を打ちたいという一刀の希望は、最終的には幹部会議で承認された。曹操に一泡吹かせたいというのは幹部全員の共通見解だったが、それに七乃を用いるということに難色を示した者もいるにはいた。そのため色々な方法が検討されたが、現実的に実行可能な範囲で一番効果がありそうだったものが、一刀の七乃案だったため、いくらかの修正を経て採用の運びとなった。

 二千人の新兵を預かっているだけの人間からすれば、大抜擢も良いところである。七乃の出自を知っている人間は、当然、良い顔はしない。失敗すればそれこそ凄まじい非難に晒されるだろう。

 自分一人ならば、それでも良い。どうせ一度は死んだ命だ。どこで失おうと惜しくはないが、自分の肩には敬愛する美羽の命と、一刀の名誉が乗っている。自分の失敗は美羽の命を危うくし、一刀の顔に泥を塗ることになる。それだけは死んでもご免だった。

 何があっても、何をしても、この会談は成功させなければならない。とにもかくにも情報が欲しかったが、袁術軍を率いていた時とは色々なものが異なる。部下は二千人と数こそ多いが、全てが新兵で情報収集には向かない。文官向きの人間を見立て色々と教えてはいるが、目が出るにはまだまだ時間がかかるだろう。

 本格的に情報を集めるとなると、他の人間を頼るしかない訳だが、今現在の立ち位置だと片手で数えられるほどしか頼れる人間がいなかった。その筆頭である一刀は稟や風に捕まっていて州庁では動けず、また屋敷では疲れて眠るだけ……かと思えば、嫌な顔一つせず美羽の相手もしてくれている。ここで自分のために時間を割いてくれとは、言えなかった。

 ならば、と次に七乃が頼ったのは情報担当の静里だった。歯に衣着せぬ物言いで敵は多いが、仕事に私情はほとんど挟まず手が空いている限り必要な情報を提供してくれる。特に曹操については仮想敵として、これまでも情報を集めていたはずだ。古い物――連合軍が結成されるくらいまでのものであれば七乃の頭に全て入っていたが、欲しいのはそれ以降の最新のものである。

 訪ねた静里の執務室は所狭しと書類が並び、きっちりと整頓された一刀の執務室とは大分趣が異なっていたが、陰気な顔で執務室で仕事をしていた静里は急な来訪にも普段どおりの顔で――つまりは極めてキツい目つきと陰険な口調で対応した。

「曹操の件か?」
「最新の情報をありったけください」
「既に集めたもんだ。別に構いはしないが……私にも一応、立場ってものがある。何か素敵な贈り物でもあると、ありがたいんだがね」
「それでは、これを」

 七乃は懐に入れていた木簡を、静里の執務机の上に置いた。静里は確認もせずにそれを紐解き、内容を改める。文言そのものに、特別な響きはない。記してあるのは場所と、あることを実行するための詳細な手順である。

「これは?」
「南袁家の隠し財産の一部です。全体として見ると微々たるものですが、ないよりはあった方が良いでしょう。全てが生きている保証はありませんが、比較的安全と思われる物を記しておきました」
「自分で大将のとこに持っていきゃいいじゃねえか。それをどうして私に?」
「個人で使うには大金でも、軍団として使うにはそれほどでもない財産ですから。悪い言い方をすれば、点数稼ぎとしてはイマイチなんです。それに今の私には、それを回収する手段がありません。それなら、『色々と入用な人』に提供して、今後の役に立ててもらった方が有用なんじゃないかと思った訳です」

 ふむ、と静里は頷く。兎角、情報収集というのは金がかかる。どの部門でも予算が必要なことは言うまでもないが、後ろ暗いことにも手を出さざるを得ない場合もあるこの部門は、帳面に乗る形で予算を請求し難い。帳簿には載らない、自由にできる金はあるに越したことはないのだ。七乃の言った通り、軍団が使うにはそれこそ大したことのない金額であるが、表に出ていない金というのは魅力的である。

「一部ってことは、他にもあるのか?」
「これからも仲良くしてくれるなら、適宜情報を上げさせていただきますが、どうでしょうか?」
「構わねえよ。あんたはそもそも大将の身内だし、私個人は別にあんたに思うところはない。必要だって言うなら、提供しようじゃないか」
「私の今後が明るいものになったら、昔のツテを紹介できるかもしれません」
「良いね。実に良い。今後とも、程よい付き合いをよろしく頼む」

 にこりともしない静里から適宜情報を受け取って、七乃は対策を練った。勢力分布、今後の方針。検討すべきことは山ほどあるが、それに加えて新兵の調練もしなければならない。念入りに話をし、丁寧に丹念に育ててきた彼ら彼女らは精兵とはいかないまでも、じわじわとそれに近づきつつある。思いもしなかった才能を持っている人間もかなりいた。

 いずれ一刀軍の中でも、存在感のある部隊になるだろう。かつて大軍団を指揮していた身をして、そう思える感触が十二分にある。彼ら彼女らを育てるのが、とても楽しいのだ。それは袁術軍にいた時では、全く感じなかったことである。

 袁術軍を指揮していた七乃にとって、美羽以外の全ては駒であり、数字だった。不自由な環境の中でも、それらは七乃にとってそうあれかしと思えば、その通りに行くものだったが、彼ら彼女らは違った。思い通りにいかず、感情的に反発してくることもある。それらに対し七乃は根気良く、自分では思いもしなかった熱意を持って対応した。

 美羽や一刀に持っているものに比べればそれは本当に微々たるものであるが、駒でも数字でもなく、個々の人間として兵達を見た時、七乃の感性は一段と広がりを見せたのである。

 そして、会談の当日。

 前日の夜に州都入りした曹操は、来客用の屋敷で夜を明かし、今日、一刀の屋敷でもって会談を行うことになっている。護衛は砦から州都までと同様、張遼の精鋭部隊が行うことになっていた。

 この日、七乃は朝早くに目が覚めた。薄い夜着のまま部屋を横切り、姿見の前に立つ。

 一刀の元にやってきてから、髪も随分伸びた。邪魔だと思うこともあったが、特に切る機会にも恵まれなかったので、そのままにしている。長い髪の七乃も良いの、と美羽などは言ってくれるが、美羽と出会ってこっち、自らのお洒落になど気を配ったこともなかった七乃には、いまいちピンとこなかった。

 血色は良い。州牧が食べるものとは思えないほど屋敷で出される食事は質素なものだったが、食べる人間のことが良く考えられた美味しい食事だった。誰かの作った食事を楽しみにするなど、久しくなかったことである。はちみつがないことが美羽には不満なようだったが、一刀が内緒でこっそりと与えていることを、七乃は知っていた。

 幸せなのだ。今この時が、人生で最も充実しているのが自分でも良く解る。

 なのに、七乃の目は、かつてないほどギラギラとしていた。おそらく、これが『本気になる』というものなのだろう。できるだけの準備をし、気持ちを引き締めて物事に望む。それは七乃にとって生まれて初めてのことだった。今の自分になら何でもできるという無駄な高揚感と、失敗したらどうしようと考える弱気が同居している。それを抑え込むのは、容易なことではなかった。

 どきどきする胸を押さえて、深呼吸をする。全ては美羽のため……一刀のため……

 そう考えると、自然と心は落ち着いた。心血を注ぐべき人が二人に増えた。言葉にするとただそれだけのことであるが、肩に圧し掛かるものは異常なまでに重い。心が落ち着いても不安は消えなかった。自分にできるのか。そんな自問が七乃の中で続く。


「入るぞ、七乃」
「美羽様」

 部屋に入ってきたかつての主に、七乃は姿勢を正した。その後ろには彼女の教育係で、屋敷の副侍従長でもある王栄が控えている。珍しい組み合わせではないが、予想外の来訪である。

「兄さまの所に来てから、初めての大仕事じゃからな。ならばそれに相応しい一張羅があろうと、妾から『ぷれぜんと』なのじゃ」

 美羽の言葉に、王栄が包みを差し出してくる。それを解くと、中から出てきたのは白い見覚えのある服だった。袁術軍にいた時に来ていた。七乃が自身専用に誂えた制服である。袁術軍において、たった一人しか着ていなかったあの服は、孫策軍に敗北した日に全て失った。屋敷にあったものは全て処分されているだろう。あの孫策が、何かのためにと持ち出しているとも思えない。見れば、細部の作りこみが大分異なっている。自分がかつて発注したものではなく、おぼろげな全体像を元に再現されたものだということは、一目で解った。

 そして、細部が異なっているとは言え、ここまで再現するには何度も、これを間近で見ていなければならない。ここまでの再現が出来る人間は、世界でただ一人だ。

「兄さまから、七乃に服を贈りたいと言われてな。妾が一肌脱いだのじゃ。これをまた着ることに思うところはあるじゃろうが、曹操に一泡吹かせるのならば、これ以外にはなかろ?」

 曹操と顔を合わせたことは少ない。彼女にとって張勲というのは、この服の印象が最も強いだろう。一泡吹かせるのに、これ以上の衣装はない。それは解るのだが……

「一刀様が、私に?」
「なのじゃ」

 頷く美羽を前に、七乃は服を抱きしめた。涙が、ぽろぽろと零れてくる。命を救われた。七乃は今、その恩を返すために生きていると言っても良い。贈り物などを、貰う理由はない。それは親しい人間に、親愛を示すために贈るもので、自分のような人間のために使われるものではない。

 一刀が、自分を家族と言ってくれている。その親愛を疑ったことはない。そう思っていたのだが、流れる涙はそれを否定していた。どこか、家族というものを軽視していたのだろう。ただ、贈り物をされる。それがこんなにも嬉しいとは思わなかった。とっくに失われたと思っていた温かい物が、胸に満ちていくのを感じた。

 この二人のためになら、命も惜しくない。涙を拭いた七乃の顔には、笑みが浮かんでいた。せめて見た目だけでも、あの日の張勲に戻る。二人のためなら、簡単な気がした。

 





















 華琳から見て西の砦から并州の州都までは、馬車で数日の道程だった。華琳がつれているのは最低限の供回りである。暗殺するには絶好の機会と刺客が送り込まれてもおかしくない状況であるが、北郷側から出された警護がおよそ200。曹操の警護としては少ない数字であるが、この二百は西の砦に詰めていた、張遼旗下の最精鋭の騎馬隊である。一糸乱れぬ行軍は、美しくすらあった。

 よその人間がそれだけで歩いているのであれば、命を狙われてもおかしくはないが、州軍実働部隊の最高権力者が同道しているのであれば、襲った後の言い訳がきかない。勿論、北郷一派の中にも曹操には死んでほしいという人間はいるのだろうが、そういう強硬手段に出る人間でないことは、華琳も良く知っている。

 懐刀の桂花も、最後まで華琳が直接出向くことに反対していた。関羽が加わったことで、戦線は安定している。黄巾に数を頼みとこれ以上押し込まれることはなくなったが、戦は長期化せざるを得ない見通しである。そんな中、長である華琳と幹部が戦線を離れることは、陣営にとって大きな痛手となる――というのが建前で、本音は? と華琳が聞くと、あの精液男に会わせたくない、とぶちまけた。

 自分から話すことはないが、華琳が水を向けるとしぶしぶといった感じで、桂花も北郷の話をする。一緒に暮らしていたのは一月ほどらしいが、その間に彼の人間性は理解したという。能力はそれほどでもない、物覚えは悪いなどなど、桂花の口から北郷のことを褒める言葉を聞いたことはなかったが、では、自分が出むいたとして、その男が暗殺などを企てる可能性はあるか、と問うて見たところ、彼女は反射的に『それは絶対にありません』と答えた。

 答えてから、北郷を庇うような発言をしたことを後悔したようだが、男嫌いの桂花をして、反射的に擁護をするような人間である。華琳の興味を引くには十分だったし、連合軍の陣地で一度顔を合わせたあの郭嘉が、自分の誘いを蹴ってまで一緒にいる男というのは、前々から興味はあった。あの日、北郷はただの百人隊長だった。それが今は州牧にまでなっている。

 華琳の支配する地にも、北郷の噂は届いている。裸一貫から身を起こし、今なお出世を続けるかの男は、講談などには非常に好まれる題材である。これで悲劇的な結末にでもなれば、講談を考える人間は大喜びだろうが、まだまだ出世するというのが世間の無責任な予測である。

 この時代、機会さえあれば誰でも出世することはできる。その種はどこにでも転がっているが、反対に、それを叩き潰すような要素もそこかしこに存在する。昨日栄華を極めた人間が、明日には路頭に迷うということもないではないのだ。

 その点、智者を周囲に集めた北郷はそういう心配はないだろう。情報を集めた限り、華琳をして喉から手が出るほど欲しい人材が北郷の周囲には集まっていた。名前を売ってから集めた、という訳ではない。少なくとも現在幹部と呼ばれている人間の半分は、州牧になる前から北郷と共にある。

 あの男の何が、彼女らをそこまで引き付けるのだろうか。 

 下世話な考えではあるが、誰もが一番最初に思い浮かべるのは、彼らが男女の仲という線だろう。それにしては数が多すぎるが、英雄色を好むという。権力者が多くの愛人を囲っているというのは、好みは別として良くある話である。

「張遼、少し良いかしら」
「なんやー」

 馬車の横を行く張遼に、何気なく問いかける。馬車に乗っても良いとは言ったのだが、この快活な軍人には丁重に拒否されてしまった。一応は、客人である。護衛も同道していることだし、そこまでの厚意を受ける訳にはいかないと言う。見た目よりも義を重んじる性格なようで、華琳はその落差により興味を持った。

「并州を動かしている幹部は、皆女性なのよね?」
「毎朝一刀と一緒に会議しとるんを幹部言うなら、全員おねーちゃんやな」
「貴女の目から見て、彼女達はどう?」
「どうって言うんは……あれか、人間的にとかそういうことやないんやろ?」
「容姿や性格について教えてほしいの。これから会う人間のこと、少しでも知っておきたいと思って」
「そりゃあ、ウチに聞くことでもないような気はするけどなぁ」
「お願い。教えてちょうだい」

 華琳の物言いに、秋蘭が小さく噴出す。冗談めかしてのことではあるが、華琳が下手に出るのも珍しいことなのだ。その希少さを知らない張遼はしばらく考え込んでいたが、にやりと笑みを浮かべた。下世話な話がそれなりに好きそうだという読みは、当たったようだ。

「別に減るもんでもないし、ええか。皆、美人かかわいいかのどっちかやな。大きいのから小さいのからより取り見取りやで」
「片手では足りないくらいいるということね。それが皆、北郷の愛人ということ?」
「曹操はおもろいこと言うなぁ! そんなやったら、どんなにウチが日々楽しく過ごせたことか……まぁ、あくまでウチの知っとる限りやけどな、一刀がそういうことになったいう話は聞いたことないで」
「上手く隠している、ということではなくて?」
「多分、ないな。ありゃあまだ童貞やな」

 はっきりと物を言う張遼に、何気なく話を聞いていた凪が赤面して俯いてしまう。季衣など隣の流琉に『童貞ってなに?』と聞いており、同じく赤面した彼女に拳骨を落とされていた。楽しんで聞くだけの余裕があったのは秋蘭だけだった。華琳も、意外な張遼の物言いにあっけに取られる。

「あれだけの権力を持って、まだ女を知らないというの?」
「みたいやで。それでも男が好き言う訳やないみたいやけどな。黄忠の巨乳にはでれでれしとったし」
「天下五弓の一人と噂されている御仁ですね」

 何気ないことのように、秋蘭が口を挟む。かく言う秋蘭も、その五人の一人に数えられている。弓の腕では当代で随一と噂される五人だ。誰が最も優れた腕を持っているか、というのは噂に登る当人たちが最も気にしているところだろう。気にしてないという素振りを見せているが、秋蘭もこれで春蘭の妹なだけあって激情家だ。

「太守のお一人であると聞きます。彼女とも、北郷殿は昵懇なのですか?」
「まずまず、といったとこかな。あぁでも、一刀よりは黄忠の方が本気みたいやで。自分の娘を傍仕えに送り込むくらいやしな」
「それは随分な入れ込みようね」

 華琳の頭の中で、黄忠の情報がめまぐるしく動く。彼女は確か、夫に先立たれて以来伴侶を得ていない。北郷に送り込んだという娘も、一人娘のはずである。独身の男性に年若い娘を送り込むのだから、その意味は誰でも解る。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、という意思表示に他ならない。それが見目麗しいというのならば、とっくにお手つきになっていてもおかしくはない。

 だが、張遼の話ではいまだ北郷は女を知らないという。鉄の自制心で手を出していないのだとしたらそれは見事なものだが、据え膳を出されても手を付けないとは、それでも男か――

「華琳様ならば、既に酒池肉林ができあがっていそうですね」
「私でなくてもそうなると思うのだけど。北郷というのは、色の楽しみというものを理解していないようね」
「それはウチも同感かなぁ。所帯なんてそのうち持つもんやし、今のうちに遊んどけー思うんやけど、やっぱり稟ちゃんたちが怖いんかなぁ」

 華琳の脳裏に郭嘉の仏頂面が浮かぶ。確かにあれは女遊びを許容できる女の顔ではない。

 最初からいる人間からすれば、自分たちを放っておいて、という気持ちもあるだろう。特に郭嘉たちは北郷が百人隊長になる前から一緒にいる。今どれだけの人間が北郷周囲に増えているのか、その正確なところまでは知らないが、論功に報いるのはその主として当然のこと。

 そして、気心の知れた人間で上層部を固めておくのも、また同様だ。張遼を見るに後から加わった幹部とも十分に意思疎通ができているようだが、軍団を率いる男がいまだに女を知らないというのは、人事ながら由々しき問題のように思えた。

「それでは、孫呉の姫に足元を掬われるかもしれないわね」
「あー、あのお嬢ちゃんはなぁ……何というか存在が卑猥やな」
「下の妹で、まだ年若いと聞いているけど、『あの』孫策の妹というなら一筋縄ではいかないでしょうね」

 孫策の妹には会ったことはないが、姉がああなのだから、その妹達も曲者というのは容易に想像ができる。黄忠が娘を送り込んできたのと同様、孫策も妹を送り込んできた。政略結婚を画策しているのは言うまでもないだろうが、曹操の立ち位置からでは、どの程度まで本気なのかが見えてこない。

 本当に話をまとめる気があるのならば、既に祝言は挙げられているだろう。猶予が設けられているということは、もしもの時には引き上げさせる意思があるということでもある。司州はいまだに麗羽の勢力が残り、東と北にはそれぞれ別の大勢力が存在している。北郷軍は強大になりつつあるが、いまだ成長途中である。いますぐ戦争、ということになれば、最終的な敗北は回避できないだろう。

 北郷軍からすれば、孫策との同盟は敗北を回避するためのものであるが、利がなければあの美周郎は動かない。敗北が不可避となれば、同盟相手を捨石にするくらいのことは平気でする。

 それはつまり、、北郷の命は曹操の胸一つということでもある。

 華琳の勘は、北郷はここで殺しておいた方が良い敵、と囁いていた。放っておけばより強大になり、自分の障害となることは間違いがない。無論、その前に別の誰かに叩き潰される可能性も大いにあるが、そうならなかった時、この手の相手は非常に面倒くさい。分類するなら先ごろ行方をくらました劉備が近いと言えるだろう。

 普通に正面からぶつかるのであれば、張遼など有能な将がいるとは言え、数の利があるこちらが負ける道理はない。孫策と同盟を組んでいると言っても、孫呉は遠い。援軍を送ったとしても、それが到着するまでに北郷軍を叩き潰すことができる。

 だが、今は時が良くない。烏合の衆とは言え、数だけは多い黄巾軍を相手に北で戦っている時に、更に西でも戦端を開くことは好ましいことではない。それでも最終的な勝利を手にすることはできるだろうが、甚大な被害を受けることは考えなくても解る。孫呉が狙うとしたら、その疲弊した時だろう。その状態から北進されれば、曹操軍にそれを受け止めるだけの体力は残っていない。

 一番簡単で北郷軍、曹操軍の両者の被害が少ないのが、ここで相互不可侵の約束をすることだ。立ちふさがる敵は全て叩き潰す主義の華琳にとって、この決断は弱腰とも取れるものだったが、ここで北郷軍と事を構えるのは得策ではないと考えるだけの理性は持ち合わせていた。せめて黄巾との決着がつくまでは、北郷軍や孫呉との戦は避けるべきだろう。

 そのために、どの程度まで条件を飲むかである。

 いずれ叩き潰すのであれば、西に進めた軍を下げるべきではないし、南部の警戒を解くことはできない。

 しかし、北郷軍と相互不可侵を結ぶことができれば、少なくとも凪の軍は相当数を後ろに下げることができる。問題は孫呉だ。これから結ぼうとしているのは北郷との契約であって、そこに孫呉は関係ない。一応、州都に孫策の下の妹がいるらしいが、軍団としての重要な決定までを任されているとは思えない。彼女を通じて、今回の会談については孫呉に伝わるだろうが、これに対処するには相応の時間を要するだろう。

 同盟を組んだ以上、下の立場の人間が決めたこととは言え、足並みを揃えておく必要がある。袁術軍を叩き潰したとは言え、揚州も一枚岩とは言いがたい。時間が欲しいのはあちらも一緒だ。北郷と相互不可侵を結ぶことができれば、孫呉の北進の目をある程度まで摘むことができる。それは華琳と桂花の共通の見解だった。

 北の戦はその内麗羽の勝利で決着がつくだろう。あちらはあちらで平定に時間がかかるだろうし、それができずに自滅する可能性すら捨て切れない。連合軍の戦で落とした評判が、まだ尾を引いているのだ。袁家の評判は元から高くなかったが、公孫賛との戦のためにさらに民には苦労を強いているらしい。既に草を相当数潜入させている。蜂起を促すことも、決して不可能ではない。

 平定が済んだら、北。そこまですんなり済めば良いが、曹操軍が北に動けば、孫呉や北郷軍も同時に動き出すだろう。順番に叩き潰すなら、最初はやはり北郷というのは当然の帰結だった。戦わずに引き込めるならばそれに越したことはないが、そこは既に孫呉に先手を打たれている。これで同盟を裏切るようなことになれば、孫呉は全力で北郷軍を潰しにかかってくる。

 その危険を踏まえた上で、北郷軍が同盟を裏切るとは考え難い。それでも、いずれ頂点に立つという野心があるのならば、ここで少しでも有利になっておきたいと思うのも、また当然のことだ。

 いざという時、もしかしたら、そういうこともあるかもしれない。

 そう、相手に思わせるだけでも十分だ。はったりも時には重要な武器になる。確たる証拠はなくても、もしかして北郷が曹操と通じていたら。ありえないと解っていても、こうして会談を持ったことは事実であり、孫呉はその可能性を完全に否定することはできない。

 とは言え、孫呉を仕切るのはあの二人だ。そんな疑念にいつまでも囚われるとは考え難い。孫呉については、やらないよりはマシ、という程度の期待しかしてない。

 とにかく、時間が稼げれば良いのだ。その思いは、およそ全ての勢力に共通している。

「さて、ついたで」

 張遼の先導で、馬車を降りる。

 今回の会談の場は、北郷個人の屋敷である。敵の首魁、その本拠地と言って良い。精鋭とは言え、少数で踏み込むには危険な場所と言えるが、そこは度量の見せ所だろう。世間的には北郷の方が格下なのだ。この程度の有利、笑ってくれてやれなければ名前が廃る。

 敵地に乗り込む心地で、屋敷を観察する。

 元々、前の州牧が使っていた建物をそのまま流用しているのだろう。屋敷そのものは無駄に大きいが、門を潜った先、最初に見た空間には良くも悪くも物がなかった。質実剛健というのではない。それは必要なものだけしかおかないという合理性に基づいたものだが、これは必要のないものを排除していったら、何も残らなかったという結果論の表れのように見える。装飾がないというのは寂しくもあり、これを狙ってやっているのだとしたら失敗だろう。

 だが、手入れは行き届いていた。毎日誰かが掃き清めているのだろう。土埃は見られないし、地面も整えられており、今日客を迎えるのだという意識は感じられた。

「最初にウチらが乗り込んだ時はここも無駄に豪勢やったんやけどな、一刀が州牧になってから片っ端から処分して、復興予算にしてもうたんよ。そのせいでえらい殺風景やけど、気にせんといてな」
「品のない装飾を並べられるよりは、好感が持てるわね。屋敷の中もこんな感じなの?」
「せや。使用人の数も多かったんやけど、必要な人数だけ残して他の幹部の屋敷に行ってもらったりしてるから、屋敷の広さの割りに中も殺風景や」
「それはそれで問題ね。余裕ができたら、芸術を愛でるくらいの趣味は持つべきだと思うけど」
「芸術かぁ……一刀がそういうの愛でるとこ、見たことないなぁ」
「仕事をしてない時は、北郷は何をしているの?」

 華琳の問いに、張遼は指を顎にあて考えた。その顔が段々険しくなっていく。

「あかん。遊んでる一刀が思い浮かばん。仕事してる時にもしとるようなことしか、休みの時もしとらん気がするで」
「自分のために時間を使うということを、もう少し考えた方が良さそうね」

 小さく溜息をつく華琳の顔には、苦笑が浮かんでいる。そういう不器用な人間だからこそ、こういう政治ができるとも言える。初心を忘れない程よい緊張感があるからこそ、民の視点に立てるのだろう。

 ただ、全てが民のためというのでは、いずれ疲労し破綻してしまう。程よく力を抜くことも、時には必要なのだ。

「さて、ウチはここまでやな。屋敷の周辺はウチの部隊で警護したるから、安心して会談してきてええで」
「道中助かったわ。以後、私に仕えてくれると嬉しいけれど」
「それは話の結果次第やな。一刀がアンタに従うなら、ウチもアンタに仕えたる。でも、ウチらの大将は一筋縄ではいかんで?」

 くつくつと笑う張遼の横を通り過ぎ、屋敷の扉を開けると、

「ようこそお越しくださいました」

 扉を潜ってすぐの広間に、使用人が勢ぞろいしていた。全員、教育は行き届いているようだが、屋敷の規模の割りにはやはり数が少ない。その少ない使用人の先頭に立つのは、小柄な華琳よりも更に小さい少女だった。年齢で言えば季衣や流琉よりも下だろうが、その立ち振る舞いからは高い教育の後が伺えた。それなりの名家の出身なのだろう。自分より年上の人間を従える今の状況にも、焦りや迷いが全く見えなかった。

 小さな才媛に、華琳の食指が動く。あぁ、と小さく声を漏らす華琳に、秋蘭が小さいが深い溜息を漏らした。

 年相応の童顔は可愛らしいが、十年も経てば美女になる未来が容易に想像できる。年齢を考えれば発達している程よい胸の膨らみも、華琳の劣情をかきたてた。切れ込みの入った裾から見える。白い足も艶かしい。いくら眺めていても飽きないくらい魅力的な少女だったが、今は仕事だ。名残惜しそうに少女の身体から視線をはがした華琳は、一瞬前までその身体を凝視していたとは全く思わせないさわやかな表情を浮かべた。内心を悟らせないことも、為政者に必要な能力の一つである。

「当家の侍従長を務めております、黄叙と申します。以後、お見知りおきください」
「曹操よ。貴女が黄忠殿のご息女ね。才媛だと張遼から聞いたわ」
「ありがとうございます。ですが、主を始め皆さんのお力添えがあってこそ。私一人の力ではございません」

 謙遜の言葉が淀みなく出てくる。見本のような余所行きの笑顔に、華琳は感嘆の溜息を漏らした。そのまま、近くにいる季衣と流琉に視線を送る。親衛隊としての彼女らの力量は申し分ない。元々才能があったのか、部隊の指揮もそれなりにできるようになってきたが、出身が出身だけあって、こういう教養には欠けているところがあった。無論、そういうところを愛でるだけの度量が華琳にはあったが、もう少し物を知っていてくれても、と思ったこともないではない。

 黄叙が自分達よりも年下、というのは二人にも解っただろう。完璧な振る舞いをする少女に、二人はお通夜のような顔を見せていた。自分に足りない物が何かはっきりと理解したのである。それを見て華琳は、二人にもしっかりと座学をやらせようと決めたのだった。

「曹操殿と護衛の方、一名様は私に。それ以外の方はこちらの王栄がご案内致します」

 黄叙に示されたのは、初老の婦人である。流石に年の功か、黄叙以上に立ち姿に隙がない。桂花の実家である荀家が北郷のために手配した人材というが、祖母と孫ほども年齢の離れている黄叙の下についても、嫌な顔一つしていない。客人の前で態度に出る時点で従者としては失格だが、今の立場に対して持っている不満というのは、顔や態度に良く出るものである。内心ではどうか知らないが、その点、この王栄は完璧だった。

「それでは、秋蘭。そちらはお願いね」
「華琳様も。凪、後は頼んだぞ」
「お任せください」

 護衛に残るのは、凪である。秋蘭でも良かったのだが、北郷と知己であるのならばそれを使わない手はない。張遼からかの一騎当千もこちらにいることは聞いている。二枚看板の内の一枚を使っては、それに恐れをなしているようにも見えかねない。気にしすぎ、という気がしないでもないが、北郷の屋敷でもって何かが起こる可能性は考え難い。外は張遼の部隊が護衛しているし、屋敷の中には秋蘭たちもいる。北郷側が手配した人員も、そこかしこにいるだろう。

 無論、その中に不届きなことを考える人間がいないとも限らないが、そこまで疑うとキリがない。それにそこで殺されるようならそれまでということ。合理的に物を進める華琳であるが、その反面、天の采配というものを信じるところがあった。同時に、自分の天運はここで費えるようなものではないと固く信じてもいる。護衛としては、気が気ではない考え方だろう。立場の割りに華琳はたまに無謀なこともする。

 凪も緊張しっぱなしだった。華琳の近くに立つことはこれが初めてではないが、一人で護衛をするのは初めてのことである。凪のような生真面目な人間にとって、これは相当な重圧だった。日に焼けた肌も、どこか青白くなっている気がしないでもない。内心でどう思っていたとしても、態度に出るようではまだまだである。護衛として不安に思わないでもないが、これも経験と華琳は放っておくことにした。経験こそ浅いが、華琳自身が将軍に登用すると決めた人材である。この程度ならきっと、乗り越えてくれるだろう。

 廊下もやはりどこか閑散としている。成金趣味の屋敷などに良く見られる、無駄に高価な調度品などはなく、あったと思われる場所には台座だけが残されていた。その類のものを全て売却したのだとしたら、それなりの利益は出たことだろう。それを全て復興予算に突っ込んだところに、北郷の政治方針が見受けられる。

 もっとも、旧体制の幹部を粛清したのだろうから、使途が明確にされ州牧の権限で自由にできるようになった予算は、屋敷内部の売却益とは比べ物にならないだろう。そちらを権利拡大のために使えるのならば、はした金など惜しくはないに違いない。それで人格者である、という印象を広めることができるのならば、安いものだ。

「こちらになります」

 一際大きな、如何にも応接室といった扉を黄叙が開ける。

「ようこそ、曹操殿」

 部屋の中央に設えられた卓、その手前に立っていた男性がにこやかに華琳を出迎えた。あの日、連合軍の陣地で桂花と言い合いをしていた男である。あの時は孫策に仕える百人隊長でしかなかったが、今は州牧だ。民草の間で彼の立身出世は話題に上らない日はないという。出自の定かでない男が、僅かな時間で大躍進しているのだから、衆目を集めない訳はない。中にはさる高貴な人間の落胤という説もあるらしい。

 流石にそれは眉唾だろうと華琳も思うが、世のほとんどの人間が信じれば事実とは異なっていてもそれが真実となる。色々と不利な面も多いが、出自が不確かというのは、こういう時に恐ろしい。

 さて、その一刀である。

 白かった。華琳の語彙では他に表現のしようがなかった。凪など、旧友の姿に目をまんまるにして驚いている。それくらいに北郷の装いは馴染みのない人間には衝撃的だった。華琳も裕福な家の出身である。幼い頃からそれなりに芸事や服飾にも通じ、色々な材質のものを見てきたが、北郷の纏う白い衣が何でできているのか、全く想像もできなかった。光の加減で、輝いているようにすら見える。皇帝ですらこんなものは持っていないだろう。時の人とは言え、たかが州牧が着るには派手過ぎる気もしたが、不思議とその衣は北郷に馴染んでいるように見えた。服に着られているという印象はないから、この日のために誂えたというのでもないだろう。平素から『これ』なのだとしたらどれだけ目立ちたがりなんだと疑問に思わずにはいられない。

 だが、それが第一撃だと華琳が知ったのは、その横に立つ人物を見た時だった。驚きのあまり呼吸が止まる。

 忘れもしない、見覚えのある顔だ。

 張勲。袁術軍の実質的な支配者であり、袁術の信頼の最も厚かった腹心中の腹心だ。あの袁術の意図を通しつつ大軍団を運用した手腕には、華琳ですら一目置いていた。彼女が袁術軍を使って本気で天下を取りに来ていたら、苦戦は免れなかっただろう。大きな力を持ちながら、間違った方向に使った愚かな人間。

 その張勲は、孫策に破れ袁術と共に捕らえられたと聞いた。戦である。敵将、まして長年自分の頭を押さえつけていた相手だ。激情家である孫策が見逃すとは考え難い。当然、首は刎ねられたものだと思っていたのだが……内心の動揺を悟られないように、張勲の顔を見る。

 似た人間を偶然用いた、というのは流石にでき過ぎだろう。連合軍の陣地で見た時と同じ装いともなれば、本人であると断定せざるを得ない。

 そうなると、ここにいる理由は――

 明晰な華琳の頭脳が、めまぐるしく動く。接点がないはずの北郷と張勲を結びつける理由は、孫呉しかない。敵将たる袁術張勲の生殺与奪の権利を握っていたのは、孫策だ。彼女から払い下げられたというのであれば、北郷の下に張勲がいることにも説明は付く。見目も麗しいから、男性である北郷への土産としても悪い判断ではないだろう。仇敵が慰み者に落ちるならば、長年辛酸を舐めさせられた恨みも、少しは晴れるというものだ。
 
 しかし、張勲は北郷の隣に立っている。それはこの会談に同席を許された護衛の人間の席だ。北郷の信頼を得ていることの証明であり、また、対外的に張勲という人間は自分の部下であると、発表する意図も見え隠れしている。

 かつての仇敵が持ち上げられることを、孫呉が喜ぶはずがない。孫呉の姫は州都にいるのだ。いつから張勲がこういう扱いをされているのか知らないが、この事実は孫策に伝わっていると見て間違いがない。いかに書面の上では対等と謳おうと、孫策と北郷では力の差は歴然である。孫策の意向を、北郷は真の意味で無視することはできない。それでも尚、張勲がこうしているということは、孫策は知った上で看過しているということである。

 あの孫策が? と思わずにはいられなかった。それ程北郷に肩入れしているというのだろうか。それとも単純に興味を失っただけか。気まぐれなあの女のことだ。それも十分にありえる気がしたが、結論を出すには情報が少なかった。一人で考え過ぎて、相手の術中にはまってはいけない。

 二度の攻撃にざわついた心を、無理矢理静めていく。冷静に、冷酷に。曹操として恥じることのない行動をすることが、何よりも大事だ。相手は天下の人材を集め、天の時を得た男だ。この男の行動に、諸侯だけでなく大衆も注目している。ここで醜態を晒したら、この会談から膨大な利益を得たとしても、世間の笑い物だ。

「ご無沙汰しております、曹操殿。私を覚えておいででしょうか」
「連合軍の陣地で、うちの筆頭軍師と言い合っていたわね。勿論覚えているわ、郭嘉の主。改めて名乗りましょう。曹操、字は孟徳よ」
「北郷一刀です。姓が北郷で、名前が一刀。字と真名はありません。どうぞよろしくお願いします」

 どうぞ、と上座の席を勧める一刀に従い、そちらの席に腰を下ろす。凪が立つのはその右後ろだ。北郷は華琳の対面の席に座り、張勲は凪と同様、北郷の後ろに立った。配膳は黄叙が行っている。同席するのは一人、という約束の通り、華琳と北郷の前にお茶を用意すると、部屋の隅に移動した。無言の立ち姿は、自分は置物ですと主張しているようだった。

「本日はご足労いただき、ありがとうございました」

 早速、北郷が切り出してくる。黄叙を見ていた華琳は、反応が僅かに遅れた。もう戦いは始まっている。気を引き締めると言った先に、何という様だ。

「こちらから『お願い』をする立場なのだから、足を運ぶのは当然というものだわ。世間では色々と言われているようだけれど、私も礼節というものは解っているつもりよ」
「本来ならばこちらから出向かなければならないところでした。ご配慮痛み入ります」

 平然と、北郷は頭を下げる。自分の立場が下である、と公式に名言したようだものだ。それに華琳は、居心地の悪さを感じた。例えそれが、世間の誰もが知る事実であったとしても、自分の弱さを会談の場で認めることを普通はしない。名のある人間ならば自分の名誉を気にするし、これから名を成そうとする人間は、自分を大きく見せようと必死になる。その点、北郷は実に自然体だった。緊張の様子は見られるものの、おかしな気負いは見られない。

 この曹操を前に生意気なことだ。思っていたよりも『やる』敵を前に、華琳は口の端を上げて笑みを浮かべた。この辺りで反撃に移るべきだろう。何か適当な攻撃材料はないものか。考えて、張遼が面白いことを言っていたことを思いだした。


「ところで北郷。一つ聞きたいことがあるのだけど、良いかしら?」
「勿論。俺に答えられることなら」
「貴方にしか答えられないことよ、正直に答えてくれると嬉しいわね」






「貴方、童貞と聞いたけど、本当?」





















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