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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:53a6c9be 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:01
 机上に視線を落とした華琳は、瞑目した。

 脳内には机上に展開された徐州での戦況が再現されている。戦況は曹操軍有利に運んでいた。何かの大番狂わせがない限り、こちらの勝利は揺るがないだろう。

 万に一つの打ち漏らしがあってはならない。基本に従い、しかし神速でもって兵を運用した華琳は、世の多くの武将が驚くほどの速度で徐州の七割を制圧した。

 その期間、戦端が開かれてから僅かに二ヶ月である。準備に思わぬ時間を費やしたが、それを補って余りあるほどの制圧速度に、華琳は大いに満足していた。

 筆頭軍師たる桂花の働きもさることながら、敵の軍師である諸葛亮を排除できたのが何よりも大きい。彼女を欠いた劉備軍に大局を見据える目を持った人間はもういない。劉備や関羽にも軍師の真似事はできるようだが、所詮は真似事だ。諸葛亮のよ うな本物の軍師に適うはずもない。

 常に受身である劉備軍に対し、曹操軍は入念な準備と根回しの上で戦うことができる。元より兵力に差のあった両軍であるが、そこから更に差ができたとなれば、劉備軍に勝てる道理はない。

 負けはもはや必定。それは劉備軍の人間ですら理解しているだろう。それでもまだ降伏せずに戦いを続けていることは、華琳をしても驚嘆に値した。

 徐州を制圧するに当たり、曹操軍が行ったのはまず懐柔工作だった。徐州中央にこそ劉備の思想は浸透しているが、裏を返せば浸透しているのはそこだけと言える。元から徐州にいた豪族他有力者の中には、劉備のことを快く思わない人間も大勢いた。

 電光石火の勢いで徐州に攻め込み都市の一つ二つを陥落させた後、彼らには『大声をあげて』曹操軍に投降してもらった。華琳が声をかけたのはその連中だけであるが、権力者というのは趨勢に敏感である。都市が攻め落とされたという事実と、徐州の有力者が早くも曹操軍についたという事実。その二つは彼らの心に重くのしかかり、時間が経つにつれてより重くなっていった。

 今迎合しなければ、やられる。

 彼らがそれを理解するのに時間はかからなかった。元より、劉備に忠義する義理のない彼らである。上に立つ人間にも注文はあるだろうが、そこに拘って身の破滅を招き入れることは断じてない。乗るのなら勝ち馬に乗りたい。そう考えた有力者達は、負けた劉備よりも勝った曹操を選んだ。

 曹操軍には小さな勝利を挙げるにつれて、我先にと有力者たちが参陣してくる。彼らの兵力をアテにするのは危険であるため劉備軍攻略のための頭数には入っていないが、劉備軍の包囲を作る形で敵が存在するという事実は、劉備軍を追い込むのに非常に役立った。

 そうして華琳は、後背の心配をあまりせずに軍を展開した。侵攻軍は大きく三軍に分かれていた。華琳が直接指揮をする中央軍、春蘭が指揮をする右軍と、秋蘭が指揮する左軍である。

 目的は、完膚なきまでに劉備軍を叩き潰すことである。降伏する兵は受け入れ、劉備に味方するものだけを徐々に追い込んで行く。それを迅速に繰り返すことで、華琳は七割の領土を得た。徐州兵の多くも曹操軍に下っている。

 汜水関では活躍した劉備軍であるが、あの時の彼女らは公孫賛軍に間借りしていたに過ぎない。その時の兵の多くは劉備に従って徐州に移ったと聞いているが、徐州兵全体で見れば彼らは少数派だった。兵の質は悪くないが、それでも曹操軍に比べれば大きく劣る。

 勝てる戦で大切な兵を減らしたくはない。正直なところを言えば劉備軍攻略のためには降兵を使いたいところではあったが、民からすれば侵略したのは自分達の方だ。戦には大義名分というものがあり、将には示さなければならない度量がある。

 降った兵を使い潰したとなれば、人心は離れるだろう。多少苦しくとも、元々の曹操軍の兵だけで事を運ばなければならない。

 相手が普通の将であれば、例えば麗羽などであれば降兵も躊躇わずに投入しただろう。

 しかし、相手は『あの』劉備である。民の心を掴むことについては、当代でも最高の才能を持つ理想主義者だ。思想が浸透するには時間がかかるが、劉備の思想に感化した人間は驚くほどの粘りを見せる。反面、平民に受けのよいその思想は富裕層など権力者には受けが良くない。七割を失ったのは、そういう権力者を味方に引き込むことができなかったからだが、三割を残したのは思想が浸透した結果でもある。

 予想を上回る抵抗だが、それでも曹操軍の勝利は揺るがないだろう。劉備の勢力圏は段々と減っている。結束が固いと思われていた面々の中にも、既に綻びが出始めていた。潜り込ませた草の地道な活動の成果だ。諸葛亮が去ったことでこういう工作もしやすくなっている。思想のために命を投げ出す。そういう覚悟を固められる人間は少なく、またよほどの強い決意でもない限り、それは長続きしない。

 戦況が傾けば傾くほど、彼らの心は揺れるのだ。味方が離れたという事実は劉備軍の中に浸透し、さらに大きな瓦解を招くことになる。何もしなくても、後一月もあれば初期戦力の一割は削れるだろう。平行して戦いを進めることができれば、より多くの土地を削ることもできる。

 七割を失った現状でも大敗だ。盟友である公孫賛は麗羽の相手で忙しく、救援のアテはない。それでも降伏しないのは、思想に殉じる覚悟があるのか、単に決断ができないだけか。

 後者だとしたら軽蔑を禁じえないが、同時に不憫であると思う。平時であれば彼女は良い指導者となったことだろう。劉備の思想は多くの人間に余裕がある状況で、初めて十全に機能するもの。良い悪いは別にして、戦乱の世の中であの思想が過半数の人間に支持されることはない。劉備の間違いはそういう思想に目覚めたことではなく、状況を考えずにその思想を押し通そうとしたことだ。

 半端な才能しか持ち得ないのであれば軌道に乗ることはなかっただろうが、劉備は人を主導するということについて文句なく天才だった。関羽と張飛という武人を最初に引き込むことができたのも大きい。そのまま飛躍を続ければ、大きな勢力となることができただろう。

 彼女の敗因は、土台が固まる前に諸葛亮を追放したことだ。

 浸透の難しい思想を掲げている以上、それが浸透しきるまでの舵取りは非常に重要である。劉備一人でそれができないのだから、軍師である諸葛亮は何があっても手放してはならなかった。

 軍師不在のこの状況。戦線が大きく押し込まれた今を劉備軍が覆すとしたら、手段はもう一つしかない。

「敵襲!」

 やはり、という気持ちで華琳は幕舎を飛び出した。手には絶が握られている。幕舎の周りには既に兵が展開していた。『敵襲』の声が聞こえて来た方を見れば、土煙が上がっている。相当な勢いの騎馬が数百単位で突っ込んできている証拠だ。その量を見るに、千はいるかもしれない。万を越える兵を相手にするには少ない数だが、奇襲部隊が精鋭と考えればその数にも納得できる。

 既に陣の深くにまで切り込んでいることから陽動という可能性も低いが、別働隊については警戒しなければならないだろう。華琳は周囲の警戒を怠らないように指示を伝え、伝令を走らせた。土煙は勢いを減じていない。兵も奮戦はしてるが襲撃者の方が上手のようだ。同道している兵は決して弱兵ではないが、侵略の主力である春蘭や秋蘭の兵団と比べると、聊か質に劣る面があった。

 それでも劉備軍と当たるには十分と判断した上での采配だったが、この被害を見るにそれも誤りだったと認めざるを得ない。

「華琳さま」
「流琉。皆が貴女ほどに強ければ、戦はもっと楽に進むかもしれないわね」

 やってきた流琉に冗談を漏らすと、流琉は反応に困って眉根を寄せた。強いと褒められたことは嬉しいが、相手が皆自分と同じくらいになる、という状況が想像できないのだろう。意地悪が過ぎたか、と華琳も内心で反省する。確かに皆が流琉ほど強ければ楽だろうが、それでは面白くないし、自分の兵だけが強くなるという都合の良いことがあるはずがなかった。全ての兵が一斉に強くなるなら今と状況は変わらないどころか、それだけ被害も大きくなるというのは想像に難くない。

 襲撃者はまっすぐこちらを目指している。戦の最中、本隊の兵を突破して大将の首を狙うとは大した自信であるが、精兵を集めて決死隊を組めば到達するだけならば可能だろう。首を取れるかは別の問題であるが、決死隊の中に一騎当千の猛者がいればそれにも目が出てくる。

 劉備軍にそれを可能とするだけの猛者は、二人しかいない。関羽と張飛。この内、こんな強攻策に出てくる可能性があるのは『美髪公』と名高い関雲長その人だろう。あそこに関羽がいる。そう思うと華琳の心も躍った。『狙い通り』に彼女はやってきてくれたのだ。これを喜ばずにいられるだろうか。

「無闇に当たらず、包囲することを第一になさい。勢いは私のところで受け止めるから、それを基点に包囲をすること」

 伝令を更に飛ばし、自ら指揮するために部隊を整える。指示さえあれば、曹操軍の兵は迅速だった。普段の訓練の賜物である。瞬く間に自分の指示通りに展開した兵を頼もしく思いながら、土煙を見る。関の旗が揚がっているのが見えた。劉の旗は見えない。これは関雲長が勝手にやっていることと、対外的にはそれで納得させるのだろう。

 少数の決死隊による突撃など、これしかないという状況になっても劉備が認めるはずもない。成功しても失敗しても、この襲撃を企画した人間は責を問われることになるだろう。そこまでして主に尽くすとは見事なものである。関羽くらいの聡明さがあれば、この襲撃にしてもそれほど成功率が高くないことは理解できるだろう。戦死する可能性だって極めて高い。決死隊なのだから当然であるが、問題はそれに同道してる兵がかなりいることだ。

 決死隊の勢いを見ても、彼らが納得して関羽に同道しているのがよく解る。兵との信頼関係は本物だ。曹操軍の本隊にこれだけ食い込んだ時点で、その錬度の高さも伺える。信念の元に行動する精兵ほど、厄介なものはない。兵だけで突撃を受け止められるならばそれに越したことはないが、彼らはここまで到達するだろうと華琳は直感した。絶を握る手にも、力が篭る。忙しい中でも鍛錬を怠ったことはないが、実戦は久しぶりだ。

 それも相手は、あの関羽である。一騎当千、当代でも最強の武人を前に、華琳の心は震えた。それなりに武を修めたものとして、強敵と見えたいと思う気持ちが半分。もう半分は、単純に強敵と戦わなければならないという本能的な恐怖と、それに伴う興奮だった。

 土煙が近づくにつれ、興奮が高まってく。それと同時に、華琳の思考は驚くほどに冴えていった。敵の規模、目的、これを撃退してからの対処の仕方。行く通りもの方法が浮かんでは、消えていく。戦況を少しでも有利に、その計算は凄まじい速さで行われていく。

 先頭を走る関羽の姿が見えた。兵の返り血を浴び、赤く染まってはいるが二つ名の象徴である長い黒髪は聊かも美しさを損なってはいなかった。関羽の視線が、まっすぐにこちらを捉える。間に兵、そしてかなりの距離があるにも関わらず、その殺気は確かに華琳を射抜いた。

「曹操!」

 関羽の怒号が耳に届く。その声に、襲撃者達の勢いも増した。曹操軍の兵が紙の様に蹴散らされ、襲撃者達との距離が詰まっていく。槍や戟を並べても、矢を射掛けても、その勢いが減じることはない。この戦、この襲撃に全てをかけている兵の勢いは、やはり凄まじかった。

 ついに、襲撃部隊が接触した。大将を守る精兵中の精兵部隊である。流石に紙のように蹴散らされはしなかったが、それでも勢いを完全に殺すには至らなかった。少しずつ、少しずつこちらに切り込んでくる。先頭にいる関羽の顔はもうはっきりと見えた。怒りとも何ともつかない激情にかられた顔は、まっすぐにこちらを見据えている。ここまでくると、殺気を全身で感じることができた。あの武人の頭の中には今、曹操の首を取ることしかない。

 あの才媛の心を占めているのが自分一人だと思うと、華琳の心は更に高揚した。関羽を喜ばせることができるのなら、ここで討たれるのも良いかというバカな考えが頭をよぎるが、相手が誰であろうと自分の覇道を諦める理由はなかった。既に命を懸け、奮戦した。その関羽に最大の敬意を持ちながら、華琳は命令を飛ばす。

「やりなさい!」

 華琳の号令に、作戦の開始を告げる旗が上がる。

 その瞬間、兵は一斉に動いた。襲撃者を受け止めている最前列の兵を残して、一斉に引いたのである。予想外の動きに、襲撃部隊の動きが僅かに弱まる。その襲撃部隊の横っ面に、衝撃が叩き込まれた。気弾。気を練る人間が得意とする、飛び道具だ。思わぬ反撃に、襲撃部隊の足が完全に止まった。それを見計らったかのように、兵の中から幾人かが飛び出す。

「ようやく私の出番か!」

 真っ先に飛び出し、襲撃部隊の先頭にいた関羽に斬りかかったのは、黒髪隻眼の女丈夫である。魏武の大剣と名高い武人の姿を見て、関羽が声をあげた。

「お前は夏侯惇。何故ここに」
「華琳さまのご慧眼により参上した。貴様の進撃もここまでと知れ」

 春蘭の名乗りに、関羽は武でもって応えた。春蘭も応戦するが、馬上の関羽に対し、春蘭は徒歩である。状況の不利は否めないが、春蘭はそれを気にしたそぶりもなく、関羽の攻撃を捌いていく。まだまだ余裕のある春蘭に対し、有利な状況にあるはずの関羽には焦りが見えた。襲撃部隊の中核である自分が足を止めれば、それだけ作戦の成功率が下がる。敵の本陣のど真ん中で足を止めるのは、それだけ自殺行為なのだ。何とか突破しなければならないが、夏侯惇とて稀代の武人。軽々と突破することはできない。

 それに苦境に陥っているのは他の襲撃者も同じだった。気弾の放たれた方角から飛び出してきたのは、三人の兵である。その先頭を行く銀髪の武将は武器を持たず、拳でもって騎馬の一団に襲い掛かった。完全武装の騎馬兵が、少女の拳一つで吹き飛ばされていく。武器で防御しようとしても関係ない。気の十分に乗った彼女の拳や蹴りは、それだけで十二分な凶器となっていた。

 一撃で確実に殺しきる凪の手並みに、幼馴染である二人が続く。沙和に、真桜。凪と共に将軍に出世した若手の筆頭だ。春蘭には及ばないものの、兵の調練、武の腕前をとっても曹操軍の中では抜きん出ている。襲撃部隊とて精兵だろうが、それでも凪たちには及ぶまい。全員が流琉ほど強くないから、今の戦が成立しているのだ。

 逆に言えば、ある程度強い個人を投入すれば、それだけで軍団に対応できるということでもある。強者に対応を丸投げすることで危険度は増すが、兵の被害は十分に抑えられる。春蘭たちが攻撃をしかけたことで、包囲をしていた部隊は体制を整えつつあった。その外に居た部隊も、さらにその外を囲んでいる。

 より大きな範囲で、包囲は完成した。成功しても失敗しても、襲撃部隊はこの兵をまた突破しなければならない。自分達が包囲されたことは、襲撃部隊にもわかったことだろう。元より死を覚悟していた部隊だろうが、死がより現実的に目の前に突きつけられると、流石に士気に影響する。加えて頼みである関羽は猛将夏侯惇に足止めをされている。勝ちの目は見えない。それでも、と彼らは声を挙げて自分たちを鼓舞するが、時間が経つにつれて状況は悪くなっていった。

 凪たちの反対側にいた兵が、強引に包囲を突破しようとする。その先頭を走っていた兵に突然矢が突き立った。ぐらり、と兵の身体が力を失い、倒れるよりも早く。その周囲にいた兵たちに次々と矢が撃ち込まれていく。完全武装していても、露出していなければならない、あるいは防御を薄くしなけれなならない箇所はある。

 その筆頭が目だ。矢は狙い違わず襲撃部隊の兵の目を射抜き、一矢で一人確実に殺していく。

 射掛けているのは、秋蘭だ。華琳の使っていた幕舎の更に奥。そこに据えられた櫓の上からの狙撃である。大の男が十人がかりでも引けない強弓を軽々と扱いながら、天下四弓に数えられる弓の名手は、事もなげに狙撃を続ける。

 反対側の兵も足を止めた。そこに突っかけたのは、流琉と季衣である。

 幼い容姿にそぐわない強力でならす少女らは、その腕力に物を言わせて兵団に突撃した。力任せに振るわれる武器が、馬ごと兵たちをなぎ倒していく。それを成すのが少女というのが、兵達の恐怖を更に煽った。足を止めていれば――いや、止めていなくても、矢が飛んできて仲間が殺される。反撃しようにも目の前には逆立ちしても勝てない強敵がおり、逃げるには兵達が邪魔をしている。

 死を覚悟していたはずだった。士気も高かった。それでも、どうにもならない現実を前にして兵達は恐慌状態に陥った。

 これでは、実力を発揮できるはずもない。統制を失った襲撃部隊の兵達を、曹操軍の幹部達は一人一人確実に討っていく。囲んだ兵からは投降を呼びかける声をかけさせた。それに乗ってくれればという軽いものだったが、乗れば助かるという事実が脳裏を掠めると、兵の動きは格段に悪くなった。降伏するか否か。その逡巡をしている間に、兵の数は減っていく。

 関羽と本隊が接触して、十分も立つ頃には、千を越えていた襲撃部隊は百を割り込んでいた。

 生き残っている百も、関羽を除いて満身創痍の状態である。馬に乗っている者はおらず、全員地に足をつけていた。もはや攻撃する気力もない。武器を杖にしながらその場に留まり、殺されるのを待っている状態である。

 対して凪など、攻撃をしかけた幹部達は全員が無事だった。沙和が僅かに怪我をしていたが、それだけである。一騎当千の腕を持ちながらも、彼女らは協力して事に当たった。その違いが、襲撃部隊との明暗を分けたのだ。

 彼女らの視線は既に敵兵ではなく、味方である春蘭とそれを戦う関羽に注がれていた。

 関羽の青龍偃月刀を、春蘭の七星餓狼が受け止める。春蘭からは攻撃していない。関羽の攻撃を、春蘭が受け止める。その展開がずっと続いていた。馬を失ったとは言え、関羽の攻撃には凄まじい勢いがある。呂布という規格外の存在がいるとは言え、当代最強の武人の一人だ。どんな状況であれ、その攻撃が軽いものであるはずがない。では、受け一方の春蘭が防戦一方であるかと言えば、そうではない。

 春蘭の顔には余裕の笑みが浮かんでいる一方で、関羽の顔には焦りが浮かんでいた。全く手は抜いていないのだろう。無論、殺すつもりで斬りかかっているに違いない。追い詰められたこの状況で、関羽が手を抜く理由は何一つない。顔の焦りがその証拠だ。

 実力は、本来ならば拮抗しているはずだ。春蘭の武については華琳は良く知っているが、関羽のそれについても知っている。連合軍で共に戦っていた時、兵の調練をする関羽の姿を見た。これこそ武人、という堂々とした立ち振る舞いは、春蘭にも決して引けを取るものではなかった。

 それが今、春蘭に遊ばれている。関羽の全力が、春蘭に軽くいなされている。実力に開きが生まれた訳ではない。関羽が、弱くなったのだ。

 その事実は、刃を交えている当人達が一番理解していた。故に関羽の顔には焦りが生まれ、春蘭の顔には余裕が浮かんでいるのである。

「美髪公よ、降伏してはどうだ。我が主、華琳様は貴様を無碍にはしないだろう」
「私はまだ、負けていないぞ盲夏候!」
「侮辱は聞き流してやろう。私は今、機嫌が良いのだ」

 がぎん、と大きな音がして、関羽が弾き飛ばされる。勝負に間が空いた。今まで打ち込み続けていた疲れが、どっと出る。攻めていた関羽と、守っていた夏侯惇。疲労は関羽の方が上だった。汗が湯気となって立ち上り、呼吸は千々に乱れている。見る人間が見れば解るものだった劣勢が、誰の目にも明らかになった。その事実が関羽を更に追い詰める。青龍偃月刀に力を込めるが、それが持ち上がらない。関羽を象徴する大業物であるだけけに、それは非常に重い武器である。万全の関羽ならばそれを軽々と扱えるのだろうが、同じだけの力量を持つ春蘭との戦いは、関羽を激しく消耗させていた。

 もはや、戦うことはできまい。劉備のためという気力だけが関羽の意識を繋ぎとめていた。ただ立っているだけの関羽を前に、春蘭は七星餓狼を地面に突き立てた。無手で関羽に歩み寄っていく。関羽が息を吹き返したら。そう考えた曹操軍の兵からどよめきが起こるが、春蘭はそんなことは気にも留めずに関羽に歩み寄った。

「貴様が私に何故勝てないか、教えてやろうか」

 関羽は春蘭を睨み返すばかりだった。否定も肯定もしない関羽を、春蘭は満足そうに眺めている。

「それは、貴様らが足りないからだ。私や貴様は、剣を振るう腕であり、大地を駆ける足だ。国家にとって我々は武の象徴であり、戦には必須の部位である。だが、身体というものは腕と足だけでは立ち行かないだろう。頭があり、血が流れ、臓腑が機能し、そして魂がある。全てが揃っていて、我々はまともに機能するのだ。だが、お前たちは頭を欠いた。そして今、魂が薄れている。腕と足だけの貴様が、頭も魂も伴った私に勝てるはずもない。私と貴様の差は、我々以外の所にあるのだ」
「黙れ!」

 渾身の力を込めて、関羽が拳を振るう。どこにそんな力が残っていたのかと目を疑うほどの、神速の一撃。常人の目には留まらぬ速さのそれを、しかし、春蘭はこともなげに受け止めた。

「もはや、問答は必要ないな」

 拳を雑に払い、腰を落とす。関羽の拳が神速ならば、春蘭の拳は閃光だった。誰にも目にも留まらぬ拳が関羽の顔面に炸裂すると、関羽はその場に崩れ落ちた。大将が負けた。その事実が生き残っていた襲撃部隊の面々の心をも砕いた。ばたばたと倒れ伏す敵兵を拘束するように命じると、春蘭は踵を返し、華琳の前に跪いた。

「ご命令、完遂しました」
「ご苦労さま。難しい仕事を良くこなしてくれたわ」
「秋蘭たちの協力があればこそです。それに、この作戦を考えた、桂花の功績も」
「貴女が桂花を褒めるなんて、珍しいわね」
「奴が行軍の計画を立てなければ、私達は秘密裏に移動することはできなかったでしょう。軍人である我々から見ても、奴の運用計画には隙がありませんでした」

 その桂花は今、春蘭たちが抜けた穴を埋めるために本隊を離れている。武人でない彼女には護衛もついているが、追い詰められた敵は何をするか解らない。命の危険が増す作戦を実行することに、しかし、桂花が躊躇うことはなかった。兵が命をかけているのに、自分がかけないのは筋が通らない。軍師が戦場で命をかけなければいけない道理はないが、意地っ張りな彼女はとにかく見栄を張ろうとする。

 最高の頭脳を持っている癖に、時折見せる子供のようなところが、何だか可愛らしい。実際に自分を守ってくれたのは春蘭を始めとした武人であるが、関羽を生け捕りにしたいという難しい願いを叶えるために知恵を絞ったのは、桂花だ。

 誰が一番と決めるのは難しいが、桂花が功労者であることは疑いようがない。この働きには応えなければならないだろう。既に筆頭軍師である桂花にあげられるものは少ないが、戦が終わったらとにかく褒美を与えなければならない。

「関羽の処遇はどうしたものかしら」
「監視をつけて、拘束しましょう。音に聞こえた美髪公です。それでも不安は残りますが、逃がしてしまうよりはずっと良い」
「これでこの戦も終わるわね。諸葛亮がいないのに、随分と手間取らせてくれたこと」

 州都から離れた面々が離反するのは早かったが、関羽や張飛の武者働きは凄まじいものがあった。数の劣勢を個人の武で補っていた訳だが、戦とは一人二人でやるものではない。気力を最初から最後まで維持できるのも、ほんの一握りだ。無理に動かした身体はたちまち疲弊し、今まさに力尽きようとしている。二人いた武の象徴の内、片方が地に落ちた。見えていた敗北が、これで秒読みに入った。

 戦がもうすぐ終わる。それを認識した華琳の目は、既に西を向いていた。

 その先には、次に目指すべき場所がある。異常な速度で出世を遂げた、一人の男がいる。

 名前は確か、北郷一刀と言った。桂花の知己であるというが、細かいことは良く知らない。桂花に聞いても取るに足らない人間だと言うばかりで、情報は何もあがってこない。それならばと自分で調べてみれば、周囲の人間の評判が聞こえるばかりで、北郷本人の実力の程は要として知れなかった。

 では運だけで成り上がった男かと思えば、そうでもない。報告では郭嘉や程昱などは、北郷という男に心酔しているという。兵達の評判も悪くない。特に州都の民は北郷という男をほとんど手放しで支持していた。これには前の州牧が愚物だったということもあるので一概に北郷を良く言うことはできないものの、民のことを考えた治世をしているのは報告を見ているだけでも解る。

 甘いと思うところは多々あるものの、それも優秀な軍師達がつくことで補われていた。民に迎合するだけの人気取りの政治ではなく、きちんと成果を出すことを目標としている。まだまだ結果の出ていないこともあるが、よほど大きな失敗をしない限り、民はそれまで北郷のことを見捨てないだろう。

 加えて、有力者達とも良い関係を作っているようだ。袁紹派の人間だった州牧が排除されたことで、州内の勢力図ががらりと変わっている。今が戦時ということもあって、力を増したのは強い兵を持っている太守だった。丁原と黄忠である。特に丁原は并州でも最強と目される騎馬隊を有している。その実力は涼州の馬一族や、幽州公孫賛の白馬陣と比べても遜色はない。

 その女傑と北郷は浅からぬ関係にある。前の州牧を暗殺するための計画を企てた北郷に、協力したのが丁原ということだが、実際に最初に暗殺の計画を立てたのは丁原であるというのは、少し考えれば解ることだ。出世欲がない人間にとっては、州牧という地位は邪魔でしかない。地位など押し付ければ良いが、適当な人間では後々の禍根になる。そういう意味で、北郷というのはうってつけの人材だったのだろう。本人の能力が傑出していなくても、優秀な軍師が彼の周囲にはおり、その進言を素直に聞き入れるというだけで、治世はある程度上手く行く。

 人間、出世をすると欲が出るものだ。成り上がった人間は特にその傾向があるが、北郷にその影は見えない。軍師達の手綱捌きが上手いのか、それとも本人によほど欲がないのか。調べれば調べるほど、北郷という人間がわからなくなってくる。

 その北郷であるが、元々孫呉の兵として董卓との戦に参加したことが縁で近々孫呉と同盟を結ぶという情報が入った。

 正確には結ばされるという情報である。力関係を考えればそれも無理からぬことであるが、孫呉との同盟というのは華琳にとって願ったり叶ったりだった。北の麗羽を討つのは彼女が疲弊した今となっては容易いことだが、北上している間に横から攻撃されるのも面白くない。ならば麗羽と戦う前哨戦として、北郷軍を相手にするのもまた一興だった。劉備軍には勝てるものとして、既に進軍の準備は進めてある。本拠の警備に回してある兵の中から少しずつ西進させ、勝負もほとんどが決したと判断するや、主力の中からも順次西に送っている。

 多数の草も既に潜入させていた。北郷軍の方でも草を使っているらしく、情報収集は想定していたほど上手くいっていないが、これについてはそれほど期待していない。、あれだけの軍師を従えた男がどんな戦をするのか。華琳はそれが楽しみでならなかった。

 劉備軍との戦ももうすぐ終わる。準備もそろそろ本格的に進めるべきだろう。

「凪」
「ここに」
「貴女は旗下の部隊を率いて西に向かいなさい。既に集合している部隊の編成を貴女に任せるわ。場合によっては一番槍を任せることになると思うけど、やれるわね」
「……ご命令とあらば」

 跪き、拳礼をする凪の言葉には、いつもの歯切れの良さがなかった。凪が北郷と個人的に友誼を結んでいることは、華琳も知っている。他人の友情についてとやかく言うつもりはないが、それを主従の間に持ち込まれるのも困るのだ。華琳の命令は『お前は北郷を討てるか』と聞いているも同義だった。凪は苦悶の表情を浮かべていたが、是と答えた。満足のいく答えではなかったが、華琳は凪の言葉を信じることにした。

 元より、可愛い部下に友人の首を刎ねさせるような悪趣味は華琳にはない。一番槍を任せるとは言ったが、まさか最初に遭遇する部隊の中に、大将がいるということはなかろう。話の展開によっては首を刎ねることもあるかもしれないが、軍師たちの質を考えると、北郷を殺すのは得策ではない。北郷本人はまだ未知数でも、軍師達の頭脳は本物だ。彼女らが手に入るのならば、多少愚物でも目を瞑れる。使えるのならば、それなりの地位を与えても構わない。

「桂花に聞いても埒が明かないから、忌憚のない意見を聞かせてちょうだい。貴女は北郷という人間を、どうみるの?」
「民のために生きられる男です。奴のあの姿勢を、私は友人として誇りに思います」
「能力としてはどう? 武でも知識でも、何でも良いわ」
「洛陽にいたころ、一度手合わせをしたことがあります。筋は悪くありませんが、そこまで見るものはありませんでした。ただ、少数部隊の指揮には目を瞠るものがあります。百人、二百人を率いさせたらかなり優秀な部類に入るでしょう」

 悪くはないが何とも規模の小さい話である。もう良いと、凪を下がらせると華琳は幕舎に戻った。中央の机には地図が広げられている。大陸全土の地図だ。机上の駒は勢力を現している。曹操が蒼、孫呉が赤、麗羽が黄色、公孫賛が白、馬家が緑と各陣営には色が割り振られていた。北郷の色は黒である。余っていた色を使っただけだが、目を引く色の中にあって、黒の沈んだ色合いはやけに目だって見えた。

 前哨戦の舐めてかかると、痛い目に合うかもしれない。攻略するに辺り、もっと話を詰める必要があるだろう。

「前線の桂花に、戻ってくるように伝えて。春蘭たちが自分の部隊に戻ったら、私も西進の準備に入るわ」



























 関雲長、敗れる。

 その報告を受けた鈴々は即座に決断した。蛇矛を抱え廊下を走り、主の部屋に飛び込む。

「鈴々ちゃん、どうしたの――」

 蛇矛を手放した鈴々は、一息で主との距離を詰めた。腹部に一撃。それだけで桃香の意識は刈り取られた。意外に軽い桃香を肩に担ぐと蛇矛を持ち直し、窓から飛び出す。外には馬が用意されていた。引いているのは愛紗の側近だった男である。彼が愛紗の近況を教えてくれたのだ。

 自分が戻らないようなことがあればどうするのか。それは愛紗と前もって相談して決めたことだった。

 何が何でも桃香を生かして連れ出すこと。それが鈴々の最大の使命である。

「曹操軍がきたら降伏するのだ。何があっても、手を出したりはしないように」
「承りました。張飛殿、ご武運をお祈りしております。また、貴女方の旗の下で戦うことを、楽しみにしております」

 拳礼をする側近に鈴々も拳礼を返し、馬を走らせる。曹操軍は迫ってきているが、この州都まではまだ到達していなかった。それでも物見の兵くらいはいるだろうが、それくらいならば桃香という荷物を抱えていても、鈴々一人で突破できる自信があった。問題は逃走のことを考え、手錬を配置していた場合であるが……

 その考えに至り、鈴々は蛇矛の柄を握りしめた。

 もし、愛紗くらいの使い手が追っ手としてやってきたら、鈴々一人で桃香を守る自信はない。欲を言えば百人くらいは腕の立つ護衛が欲しかったところであるが、兵や民を捨てて逃げるのに、ぞろぞろと仲間を連れ歩くのは問題だった。今必要なのは、一刻も早く曹操軍の手の及ばないところに逃げることである。

 ならば何処へ向かえば良いのか。白蓮が袁紹と交戦中の今、頼れそうな人間は一人しかいなかった。

 北郷一刀。

 名前だけは聞いたことがある。最初から兵団を率いていた人間を除けば、董卓軍との戦で最も出世した男だった。県令として并州に配置され、州牧を討つに至ったと聞いている。董卓軍の戦での出世も異例ではあったが、それからの速度に比べれば可愛いものだろう。州牧という立場だけで言えば、既に桃香とも同格なのである。

 彼を頼れというのは、愛紗の指示だった。愛紗も北郷のことは知らないだろうが、彼女なりに情報は集めていたようだ。北郷の周囲には軍師が集まり、州牧になったことで兵力も充実しているという。流石に曹操軍と事を構えるほどではないが、即座に桃香を売り渡しはしないだろうということ。

 そして、元々孫呉軍の兵として戦った北郷は、孫呉とも知らない仲ではない。彼に喧嘩を売ることは、同時に孫呉に攻め入る口実を与えることにもなる。劉備の身柄一つのために孫呉と開戦とは、流石に曹操もいかないはずだ。

 一先ずの安全が買えれば、それで良い。元より鈴々は考えることが得意ではない。戦うこと、桃香を守ること、そして生きること。兵を率いなくてもよくなった鈴々は、物事を全て、大事なことに直結させて考えることにした。

 馬で半日ほどかけた場所で、鈴々は野営の準備を始めた。側近が用意してくれた荷物の中には、食料も入っていた。健啖で鳴らす鈴々には物足りない量だったが、今は非常時だ。勝手に命をかけて飛び出していった愛紗は、もっと辛い思いをしている。そう思うと、空腹にも耐えることができた。

「鈴々ちゃん?」

 野営のための火が赤々と燃え始めた頃、桃香が目を覚ました。寝ぼけ眼で、周囲を見回す。城ではない。兵もいない。民もいない。寒々とした夜の空気が肺に染み渡ると、桃香の意識も一気に覚醒した。同時に、今がどういう状況なのかを理解した彼女は、鈴々に詰め寄った。

「どうして!?」
「お姉ちゃんを生かすことが一番大事だと、愛紗と相談して決めたのだ。ここから曹操に勝つのは、もう鈴々たちだけじゃ無理なのだ」

 だからと言って、大将が逃げて良い道理はない。人柄で人気を取っていた劉備だけに、迫る曹操軍を前に民を見捨てて逃げたとなれば、劉備の評判は地に落ちるだろう。

 しかし、生きてさえいれば道は開ける。鈴々には戦うことしかできないが、桃香にならばそれはできるだろう。逃げたという事実をそのままにしておくことはできない。自分の名誉のためではなく、見捨ててしまった民のために、桃香は戦うことを辞めないはずだ。

 鈴々の言葉に、桃香はその場に膝をついた。文句を言うのは簡単である。このまま戻れと命令するのも容易いことだが、そうしてもどうにもならないことは桃香にも解った。まだ州都にいるのならばともかく、既に逃げてしまった後では、その事実はもう取り消しようがない。

 それに、桃香がいなければ兵たちには戦う理由がない。彼らの安全を考えるならば、桃香が逃げるというのはある意味最善の策と言えた。

 干し肉を差し出すと、桃香は無言でそれを受け取った。そのまま口に運んで、もそもそと咀嚼する。生きようとする意志の感じられる行動に、鈴々が安堵したのもつかの間、周囲に嫌な気配が満ちた。

 干し肉を加えたまま、蛇矛を手に取り立ち上がった。伝わってくる気配から、相手の数と力量を判断する。十人はおらず、腕はそれほどでもない。桃香を守りながらでも何とかなる。そう判断した鈴々は自分から仕掛けることにした。

 鈴々は自分の身長の倍以上の長さを誇る蛇矛を軽々と振るい、茂みの中に突き込んだ。汚い男の断末魔があがる。仲間がやられたことに狼狽する襲撃者を他所に、鈴々は身体ごと大きく踏み込み、蛇矛を振り下ろした。遠心力の加わった蛇矛はその重量で、襲撃者の一人を二つに裂いた。

 一息で二人殺されたことで、襲撃者達は本気になった。茂みから飛び出してくる襲撃者たちに、桃香が悲鳴をあげた。

「お姉ちゃん、伏せているのだ!」

 桃香の腕もそれなりだが、今はそれを振るえる状態にない。こいつらは一人で倒す。心に決めた鈴々は微塵も迷わなかった。

 こちらは多数である。それだけを頼みにした襲撃者たちは一斉に鈴々に襲い掛かってきた。連携は中々。少なくともずぶの素人ではない。手錬とは言い難いが、兵としてはそれなりだろう。

「でも、鈴々の隊には置いておけないのだ!」

 毎日毎日鍛錬に明け暮れた鈴々には、彼らの動きは止まって見えた。蛇矛を手放す。身軽になった鈴々は即座に距離を詰めると男の腹をけりつけた。骨が砕け、臓腑が破れる感触を足の裏に感じながら、姿勢を低くする。地を這うような形で手放したばかりの蛇矛を掴み取ると、足払いをするようにそれを振りぬく。十分な速度の乗った蛇矛は襲撃者の足を払うと同時に、砕いて見せた。悲鳴を上げながら倒れる襲撃者を他所に、鈴々は足を踏ん張る。遠心力の全てを受け止めた足が軋みを挙げるが、それを無視して蛇矛を滑らせる。石突による突きだ。刃はないが、それでも十分な凶器である。襲撃者は剣で受けようとしたが、その勢いは殺せるものではなかった。剣を砕いた石突は、さらに男のみぞおちに突き刺さり、心臓を砕く。血を吐く男には目もくれず、鈴々は次の相手を探した。

 眼前の小柄な少女が強敵だと今更認識した襲撃者は、残り三人。人質として桃香に価値があると目敏く判断した一人が、桃香に駆け寄ろうとする。

「させないのだ!」

 腕を閃かせ、礫を放つ。拾った石は狙いたがわず、男の頭に命中した。血を流して倒れる男。悲鳴を上げる桃香。それをただの事実として認識しながら、鈴々は最後の仕上げにかかった。数だけが頼みだった彼らは残り二人。

 円を描くように、蛇矛を一閃する。呆然と立ち尽くしていた襲撃者の首は、それだけで刎ねられた。

 血が水の様に吹き出て、辺りを真っ赤に染める。見ていて気持ちの良いものでないが、戦場ではこれが当たり前の光景だった。幼い身で誰よりも強かった鈴々は、ほとんどの敵と相対した場合一方的に勝利を収めてきた。残った死体はいつもこんなものである。もう少し綺麗にと思わないでもないが、それで負けそうになっては元も子もない。蛇矛を振るうと、刃先にこびりついていた血が、宙に舞う。

 全てを殺し終えて一息ついた鈴々は、辺りにもう襲撃者の影がないことを確かめると、蛇矛を置いて腰を下ろした。またもくもくと干し肉を齧り始める鈴々を前に、桃香は静かに泣き出した。

 泣く桃香を、鈴々は慰めることはしなかった。桃香さまならば、再起できる。愛紗はそう信じて一人で戦いに挑み、そして負けた。生きているのかも死んでいるのかも解らない義姉の言葉を、鈴々は心の底から信じていた。

 あの日、桃園で誓いを交わしてから鈴々の気持ちは変わっていない。桃香の夢は、鈴々の夢。桃香の敵は鈴々の敵だ。小さな身体で蛇矛を握り、戦に参加して多くの敵を殺してきた。それを後悔はしていない。それで桃香は出世したし、世の中は少しだけ良くなった。桃香の治める土地は、皆が笑顔で暮らしていた。鈴々にはできないことが桃香にはできる。それだけで自分の命を預けるには十分だったし、何より桃香や愛紗のことが鈴々は好きだった。

 この二人のためならば戦えるし、この二人のためならば死ねる。その決意は涙を流す桃香を見ても揺らぎはしなかった。

 今は、雌伏の時だ。

 再び立ち上がるためならば、辛いことにも耐えられる。いつかの再起を信じて、鈴々は干し肉を呑み込んだ。











あとがき

春蘭が賢い! 桂花出てこない! 
面目ありません。桂花の出番はまた別の回で。




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