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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:00
「いたぞ!」

 武装した兵が角を曲がってきたその時には、霞は既に大きく踏み込んでいた。右の剣を無造作に突き出す。兵の身体を刺し貫いたその剣を手放すと、霞はその場で身体ごと回転した。羽織が舞い、元に戻る頃には残りの兵も纏めて血祭りに上げられていた。左の剣で一人の首を刎ねると同時に剣を兵の一人に放り投げ、力を失い崩れ落ちる兵から剣をもぎ取って、更に別の兵に突き立てる。

 現れた兵は四人だ。剣を投げつけられて僅かに怯んだ兵は、瞬きする間に仲間が三人も倒された状況が理解できず動きを止めた。

「あかんなぁ。ウチの兵なら落第や」

 下駄という足場の悪さをモノともせずに踏み込み、拳を突き出す。顔面に拳を受けた兵は血と歯を撒き散らしながら吹き飛んだ。漫画のような吹っ飛び方に、敵のこととは言え一刀は身震いするが、彼は比較的幸運な部類に入るだろう。近寄って見ると、兵はまだぴくぴくと動いていた。すぐには起き上がれそうにないが、とりあえず命はある。きっちりトドメを刺すべきか……僅かに同情的な気持ちになった直後に、一刀の冷静な部分がそんなことを考えたが、実行部隊であるところの霞は倒れた兵など気にもせずに先に進み、仲間達は皆、それに続いている。

 ここで大将役である自分が遅れる訳にはいかない。慌てて歩調を速め、先頭集団に追いつく。

「皆殺しにするのにどれくらいかかる?」
「皆一列に並んでくれるんなら、そんなにかからんけどな。探しながらやと中々の大仕事や。でも勝負自体は案外早く着くと思うで」
「その心は?」
「金で雇われた兵は金が全てや。金出す大将が死んだっちゅーのに、本気出す訳もあらへん。まぁ、状況が理解できとらん兵も大勢いるやろうし、単純にウチらがムカつくーいう兵もぎょうさんおるやろうけど、そういう連中は少数派や。多めに見て半分もいてこましたれば、全員大人しくなるはずや」
「敵兵の半分をいてこますのは、そんなに難しいことではないと?」
「せやな。でも難しくないだけで、簡単やないで。一刀も、油断せんようにな」
「肝に銘じておくよ」

 身震いしながら返事をするが、かの張遼の隣以上に安心できる場所が、この中華にそうあるとも思えない。敵陣のど真ん中を行く一刀であるが、その割に心は凪いでいた。

「おっと」

 先頭を歩いていた霞が角を曲がろうとしたところで立ち止まる。その目と鼻の先を、十数本の矢が突き抜けていった。霞が全員に『しゃがめ』と合図を出す。全員がそれに従ったのを確認すると、霞は持っていた剣に息を吹きかけて磨き上げると、角の先に突き出した。鏡のように反射した刀身に、その先の様子が映る。

「十五人ってとこやな。ウチと周倉で突っ込むから、要っちは援護しい」
『了解』

 指示を出された二人は一言応えて、位置を移動する。攻める人間を前に押し出すような形で、一刀たちは僅かに下がった。途中で殺した兵から回収してきた剣を、霞と周倉で二本ずつ分け合う。残った要は剣ではなく、弓を用意した。背中に背負った矢筒から矢を一本取り出し番える。

 三人の視線が交錯した。

 瞬間、霞と周倉が飛び出していく。あちらにとっては注文どおりの行動だ。二人に雨の様に矢が降り注ぐが、僅かに先を行く霞が両手に持った剣で端から叩き落し、打ち漏らした分は周倉が阻む。

 矢の雨が一瞬止んだ。その瞬間を見計らって、霞と周倉が同時に頭を下げた。僅かに空いた空間を要の矢が閃光の様に抜けていく。要の一矢は狙いたがわず、バリケードから顔を出していた兵の目を貫いた。敵兵に動揺が広がるが、行動の遅滞はない。霞と周倉は相変わらず遮蔽物のない通路上を駆けている。

 第二射――だが僅かに要の二射目の方が早かった。二の矢は兵の肩に命中する。兵は弓を取り落としたが、命に別状はない。雨の雫が一つ減ったところで大勢に影響はないとばかりに、第二射が霞と周倉に降り注ぐ。既に距離は半分に詰まっている。これで仕留められなければ後がない。矢には兵達の殺意がこれでもかという程に乗っていたが、連合軍を相手に大立ち回りを演じた霞にとっては、どこ吹く風だった。

 体勢を低くし、自分の身体に当たる分だけを叩き落とすと、矢の雨が収まるのを待って踏み切る。下駄の、乾いた足音。羽織を翻して、霞は宙を舞っていた。二剣を羽のように広げて、着地する。そこはもうバリケードの内側だ。兵達はすぐに弓を手放し、剣を取った。先の兵に比べてば格段に素早い行動だったが、それでも霞を前にするには遅すぎた。

 一太刀。下段からの救い上げるような切り上げが、一人の胴を薙ぐ。背骨で受け止めらた剣を反動に、反転。青い羽織が風を切る。残った剣を手放した霞の手には、槍が握られていた。

「やっぱり、こういう武器の方がしっくりくるなぁ」

 にやりと笑った次の瞬間には、正面の兵の首から血が噴出していた。穂先は既に血に塗れている。突いて、引き戻す。ただそれだけの動作が目にも留まらぬほどに速い。霞が一歩踏み出すと、兵たちは一歩退いた。その隙間に、周倉が風のように飛び込んでくる。二つの首が宙を舞う。そこからはもう、一方的な殺戮だった。

 背を見せた端から霞の槍が、周倉の剣が兵を討っていく。運良く二人の刃の外に逃げた兵には、要の矢が襲い掛かった。十を越えていたはずの兵は、同じだけの数を数える間に、一人を残して床に倒れ伏していた。残された兵は霞の槍を首に突きつけられ、身動きが取れないでいる。

「どうして、俺だけ生かされたんだ」
「一人だけ武器を持っとらんからな。運が良いで、あんた」

 男の顔に苦笑が浮かぶ。男の肩には矢が刺さったままになっていた。男が武器を持っていないのは、その怪我のせいで取り落としてしまったからだ。

「とても市井にいるような人間には見えない。名のある武人とお見受けするが。名を伺っても良いだろうか」
「張遼。字は文遠」
「……董卓軍で騎馬隊を指揮していた、あの張遼?」
「他にいたかもしれんけど、董卓軍で一番有名なチョウリョウは、ウチやろうな」
「最初から負け戦かよちくしょう。そうと知ってりゃ、こんな少人数でコトに当たろうなんてしなかったのに」
「やーでも結構あんたら筋が良かったで。50人もいたらウチをどうにかできたんちゃうかな」
「謙虚だな、アンタ。100人いたって怪しいぜ」

 どうやらただちに殺される訳ではないらしいことを会話から悟ると、男はようやく肩の力を抜いた。

「この施設にいる兵の正確な数は?」
「百くらいか。正確な数は解らん」
「今はウチらを相手にしてる訳やけど、指揮は誰が取ってるん?」
「各自が自分の判断で動いてる。侵入者を撃退するのが目的ってところか」
「あんたら傭兵やろ。州牧が死んでも義理を果たす必要はあるんかいな」
「待て待て。州牧が死んだってのは本当か?」

 霞の視線を受けて手に持っていた包みを放り投げる。男の前で広げられたそれには、州牧の首が入っていた。男はそれを確認し、盛大に溜息を漏らす。

「なんてこった。じゃあこいつらはタダ働きで死んだのか……」
「もしもの時は息子が雇うとか、そういう契約はしてへんの?」
「まずは自分、ってことだろうさ。息子の方がそういう契約を提示してくるなら話は別だが、あの張遼がいると知った上で雇われる物好きは少ないはずだ」
「ウチがいるって噂を広めたら、ここの連中もあっさり投降する可能性高いってことか?」
「州牧が死んだってことも伝えておいた方が良い。俺達は何より、タダ働きが大嫌いだ」
「雇い主との義理を果たすとか考えへんの?」
「守れなかったのは確かに不名誉だが、自分の命の方が優先だろ。命を賭けても良いのは契約が生きている間だけだ。雇い主が死んだのに、付き合う義理はない」

 随分とドライな思考であるが、金と契約に生きる傭兵ならばそんなものか、と一刀も割り切ることにした。首元から槍をどけられた男は、自分から進んで両手を挙げる。周倉がそれを後手に縛った。先ほどまで殺し合いをしていた割りに、実に従順な態度である。

「それじゃあ、ウチらで州庁をぐるりと回ってくるわ。風っちたちはせやな……適当な場所で会議でもしといてくれん?」
「そのウチらには俺も含まれてるんだよな……」

 確認のために声を挙げてみるが、霞の手は逃がさないとばかりに一刀の肩をがっちりと掴んでいた。同行するに否やはないが、相談くらいはしてほしいと思う一刀だった。

「ここで顔売っとかんと、後々面倒になるからな。やっぱ大将は表立ってこそやで」
「……あんたが大将?」

 男が不審げな表情を向けてくる。張遼ほどの武人がいるのだから、当然彼女が首領であると思ったのだろう。それがどこの馬の骨とも知れない若造を大将としているのは、武に生きるものとして納得のいかないものがあるのかもしれない。

「これでもこの一刀、中々のもんやで。虎牢関では呂布と戦って、生き残ったんやからな」
「そんなに強そうには見えないんだが……呂布を前に生き残ったってのは良い話だ。運が良いってのは良いな。それにあやかれるなら、なお良い」
「まったくやなー」

 ははは、と霞と男は一笑いして、のしのしと歩き出した。荒っぽい連中とは波長が合うのか、意気投合して世間話など始めている。仲間であるはずの一刀と周倉は蚊帳の外だった。何となく行き場をなくした二人の視線が交錯する。視線を先に逸らしたのは周倉だった。

「先に行け」
「良いのか?」
「大将に最後尾を任せられるか。私でも務めくらいは果たす」
「お前が守ってくれるなら安心だ」

 その言葉に、周倉は気持ちの悪いものでも見るような目で一刀を見た。一刀はその視線の含むところに気付いていたが、気付かない振りをした。葛藤しているらしい周倉の顔が実に面白い。そう思っていることを看破されればまた鉄拳が飛んでくるので、表情に出さないように細心の注意を払った。

 周倉の先に立って歩きながら笑みをかみ殺していると、今度は振り返った霞と視線が合った。霞は一刀と、その後ろで懊悩している周倉を見比べて実に嫌らしい笑みを浮かべた。真面目な人間をからかって遊ぶのは、霞も好むところである。一刀もそれに、笑みを返した。




















「結果から言うと傭兵さんたちはほとんどが投降してくださいましたー」

 州牧の執務室を会議室としての、風の第一声である。

 先の戦いの後、霞と共に州庁を回って州牧が死んだこと、これが『丁原主導』のクーデターであることを宣伝して回った。北郷陣営と丁原陣営は規模に大きな差はあるものの、あくまで対等の協力関係ではあるが、こう言った方が他人は信用してくれるという霞の案でそう触れ回ることとなった。

 結果として丁原の名前と霞の実力、何より州牧の首が訴えるところ大だったようで、タダ働きで命を賭けるのはごめんだと、傭兵達は次々に投降した。今は州庁の牢屋に投降した全員が収監されている。話を聞くに全員ではないようだが、牢屋の中の彼らは大人しいものだった。

「姿の見えない連中の一部は州牧の家に集合してるらしい。州牧の息子が金を出すことにしたようだ。命よりも金が大事だって連中が何人かいたってことだが、十人は越えないようだし、仕事熱心とも言えないようだな。今すぐこっちをどうこうしてくることはないだろう」

 調査のために人を街に放っていた静里が、その報告を読み上げる。

 彼女の手配で集まっていた人間はメッセンジャーの役割も果たしていた。既に州庁が陥落したことは街中の人間が知っている。幸いなことは、街の人間のほとんどはこの行いを歓迎していることだった。州牧にそれほどまでに人気がなかったという証でもある。州牧派の人間は思うところが多々あるだろうが、民衆の支持がある集団を即座に襲撃するほどの熱意は、今のところ見受けられなかった。

 それには彼らの懐事情も関係している。国境への派兵は州牧の身内だけで行われていた。州都に住んでいる州牧派の人間も、それに少なからず出資しているのである。金子であったり兵糧であったり形は様々であるが、その中には私兵として雇用している人間たちも含まれていた。

 それでもまだ相当数が州牧派にいるはずであるが、彼らはあくまで護衛が任務である。正面切っての戦いの調練をしている訳ではないし、ましてやかの張遼を相手にできるほどの豪傑は、その中に存在しない。

 結局のところ、様子見しか彼らに取れる手段はない。

 しかし、それこそが一刀の望んだ局面でもある。一刀と丁原の連合軍の戦力のほぼ全ては、遠い国境沿いに展開している。州都襲撃組の一刀たちは、全体としてみたら精々1%ほどである。それが州都に存在する全兵力であることは、何としても隠さなければならない。いくら霞がいるといっても、強いのが彼女一人とバレれば州牧派の人間だけでも状況をひっくり返される可能性が出てくる。

 丁原軍が州都にやってくるまでの時間、何としても州都の平穏を守ること。それが一刀たちの今の仕事である。

 民衆については、静里のおかげで先手を打つことができた。世論が味方してくれたことによって、州牧軍も相当に動きにくくなっているはずだ。

「さて、それじゃ僕はそろそろ行ってくるよ」

 車座になった一同の中で、腰をあげたのは灯里だった。

「今日中に話を纏めてくるつもりだけど、遅くなるかもしれないからね。皆、くれぐれも身辺には気をつけるようにね」
「ウチんとこから何人か連れてってええで」
「ありがとう。良い話を持ってこれるよう、頑張ってくるよ」

 霞にぱちり、とウィンクをして灯里は部屋を出て行く。相変わらず、仕草の端々が絵になる女性だと内心で感動していると肩をつんつんと突付かれた。隣に座った風である。彼女はタレ目気味に目に底意地の悪い笑みを浮かべていた。それでも微笑ましい気分になれるのは、彼女の生来の愛嬌によるものであるが、この笑みをしてる時の風が難題を吹っかけてくると知っている一刀は、思わず身構えた。

「さて、お兄さんに問題です。灯里ちゃんは今商人さんたちに話をつけに行った訳ですが、それはどうしてですか?」
「街の権力者でもある彼らの援助を約束させることで、安全をより確実なものにするためだ。それに、丁原殿と合流してからの話を、今のうちにつめておく必要がある。そのためにはこの中でも丁原殿と一緒に行動してた時間が長い、灯里が行くのが適任だった」
「正解です。でも協力といってもタダではしてくれません。商人さんは利益によって動きますから、こちらから何か、商人さんの得になるようなことを提供しないといけない訳です。灯里ちゃんは既に丁原さんと話し合って、それを提供しても良いという風にまとめていると聴きますが、お兄さんにはそれが何かわかりますか?」
「それは……」

 解らない。具体的にどうやって話を纏めるかは、灯里に任せるつもりでいたから、後で聞けば良いと思って確認もしていなかった。

 風のタレ目が、その辺りの詰めの甘さを指摘しているように見える。内心で反省しつつ、一刀は頭を巡らせた。丁原が提供できるもので、州都の商人が納得するようなもの……

「異民族との交易……かな」

 おー、雛里から小さく歓声が上がった。風も満足そうに頷いている。良かった正解だ。一刀が深い安堵の溜息を漏らしたその瞬間を見計らい、風が呟く。

「ではその品目はなんでしょうか」

 話はそれで終わりではなかった。

 慌てて思考を纏めるが、一度緩んでしまった気持ちは簡単にまとまってはくれなかった。

 三秒。風はにこにこしながら答えを待っていたが、一刀が答えられないのを見ると、わざとらしく溜息を漏らした。

「時間切れです。でも半分は正解しましたから、残念賞を挙げましょう」

 言って、自分の口にしていた飴を強引に一刀の口に突っ込んだ。目測も何もなく突き出したものだから前歯とぶつかり、がちりと音がしたが、風はそんなことは気にもせずに新しい飴を懐から出しながら、話を続ける。

「戦争真っ只中の今は、どこも戦争に必要なものを欲しています。商人さんにとっては今が稼ぎ時な訳ですね。つまり戦に使えるものは何でも売れるような状況な訳ですが、并州で名産になっているもので、丁原さんの領地及び西方の異民族領で生産が盛んなものがあります。それが、軍馬です」
「おかんが個人で面倒見てる牧とかあってな。そこで千頭くらいの馬を放し飼いにしてるんや。全部が名馬って訳やないけど、そこらの馬に比べたら皆ええ馬ばっかりやで」
「加えて丁原さんは異民族との交流路をほとんど独占しています。馬については異民族の方が長じている部分も多々ありますし、馬そのものや馬具なども交易の品目として挙げられるでしょう。他の人間が商えない良品を商える権利。灯里ちゃんが餌にするのは、そこなんですね」
「ねねとかが喜びそうな話だ」

 今も数字とにらめっこをしているだろう仲間の姿を想像して、一刀の顔に苦笑が浮かんだ。

「色々と話を詰める必要はあると思いますが、これで話はまとまると思います。問題は州牧派が莫大な利益を商人さんたちに保証していた場合ですが――」
「自分達が儲けることを第一に考えてた奴らは、商人にも人気がない。ここんところ儲け話とは縁遠かったらしいから、先輩が行けば話もまとまるだろう」

 静里の捕捉に、風は満足そうに頷いた。

「後は州都の兵と文官の問題ですねー。文官との折衝は代表してやりますが、兵との折衝は雛里ちゃんにお願いします。霞ちゃんは、その補佐ということで」
「ウチが横で睨みきかしておいた方が、兵にはちょうどええかもな……ええよ、やったる」
「お兄さんは雛里ちゃんについてあげてください」
「それは構わないけど、お前は一人で大丈夫か?」
「ほほー、お兄さんも風の心配ができるようになったのですねー」
「手が必要か心配してる訳じゃないぞ。解ってて聴いてるだろ」
「もちろん解ってますよー。護衛に誰かについてきてもらうので大丈夫です。それにもしもの時の秘策があるので、大丈夫ですよ。でも、心配してくれてありがとうございます。心配性のお兄さん」

 ふふふー、と風は口元を押さえて嬉しそうに笑った。その顔を直視できなくて、一刀は視線を逸らす。どうにも、照れくさい。

「それではぱぱっと片付けてしまいましょう。私は文官、雛里ちゃんは武官です」

 風は部屋をぐるりと見回し、壁際で黙って話を聴いていた要と周倉を指差した。ついてこい、という意思表示である。周倉は無言でそれに同意したが、要は視線で許可を求めてくる。彼の仕事は『一刀の』護衛である。それ以外の仕事をするには、一刀の許可が必要と自ら定めていた。別にそこまで律儀である必要はないと一刀は何度も言ったのだが、要がいまだにこれを改めないでいた。

「風を守ってくれ。頼んだぞ」
「解りました、団長」
「それではいってきますね。お兄さん」

 納得した要と周倉を引き連れて、風が部屋を出て行く。

「じゃ、俺達も行こうか。武官に話は着いてるのか?」
「さっき人をやりました。代表の人にきてもらっています」
「ならそういう難しい話はぱっと片付けよか。雛里っち期待してるで」

 ぽんぽん、と雛里の頭を撫で立ち上がった霞が、先に立って歩き出す。その霞の後に雛里の手を引いてついていくと、更にその後を数人の兵が固めた。霞が連れてきた強面の軍団である。実力が高く、霞の信頼も厚いことは今回の行動で解ったが、その子供が泣き出しそうな面構えは気の小さい雛里には大層受けが悪かった。彼らが後ろに立ったことで、雛里がびくりと震える。握った手にも力が篭っていた。明らかに怯えている風の雛里を見下ろして、強面軍団は密かに傷ついた表情を浮かべる。

 そんな彼らに同情しないでもなかったが、怯える女の子と傷ついた野郎を秤にかけた時、男が助けるべきはどちらかというのは考えるまでもないだろう。

 雛里の手をぎゅっと握り締める。強面の仲間のことは見なかったことにした。

















「良くぞあの男を討ってくださいました」

 場所を変えて会合した州都兵の代表は、開口一番にそういった。実直そうな、いかにも軍人といった風貌である。どんな嫌味を言われるのかと身構えていた一刀は、あまりの持ち上げっぷりに苦笑を浮かべた。本来ならば州牧を守る立場であったはずの彼らにそこまで言われているのだ。クーデターを起こした一刀を前にしているという事実を差し引いても、彼が州牧をどう思っていたのかが窺い知れた。

「無駄な戦に逸る州牧をどうにかしなければならないと思っていました。その折、丁原殿にお声をかけていただいただけのこと。我々の働きなど、大したものではありません」
「貴方がたのおかげで、我々は無駄な戦に出ずに済み、家族を戦火に晒さずに済みました。いくら感謝をしてもしたりません」
「そう言っていただけると、共に事に当たった仲間も喜んでくれると思います」

 握手をして、着座する。一刀が座ったのは、卓を挟んで代表と反対側だ。上座の中央が一刀の席で、その右隣に雛里が座る。霞は座らずに、一刀の左後ろに立った。代表が不埒なことに及んだとしても、即応できる位置である。そのリラックスした表情と立ち姿から警戒心など微塵も感じられないが、実際に警戒対象とされている代表にはその意図が伝わったのか、一刀と話しながらも霞の方をちらちらと気にしていた。

「我々は、歩み寄れると思っています」

 その心配を払拭するように、帽子を膝の上に降ろした雛里が口を開いた。おどおどしたいつもの雰囲気はなりを潜め軍師の顔になっている。てっきり一刀が話をするものと思っていたらしい代表はいきなり喋りだした雛里に面食らっているが、一刀が仕草で『彼女に一任している』と伝えると咳払いを一つし、雛里に相対した。

「早馬で確認が取れました。州牧軍を撃破した丁原殿の部隊が、こちらに向かっています。我々の仕事は、州牧を討つことだけではありません。彼女らが到着するまで、この州都で平穏無事を保つことでもあるのです。それには貴方がたの協力が必要です」
「州牧は多くの傭兵を雇用していました。丁原殿ならば金銭に余裕もありましょう。急場の治安維持ならば彼らを使うという手もあったのでは?」
「金銭で動く輩を今信用するのは、危険でもあります」

 その言葉に、代表は安堵の表情を浮かべる。

 実際にはそう思っていなくても、そうだということにしておくのは必要なことだ、というのが雛里の見解である。州牧の名の下にすき放題やっていた傭兵たちと、元から州都を守っていた兵たちの間に深い溝があることは周知の事実だ。霞の力を目の当たりにした今、傭兵達は金を用意しきちんと契約を結べば、忠実に職務に励んでくれるという確信があったが、彼らと州都兵を同時に運用するには一刀たちはまだ兵や市民の信用を勝ち得ていない。

 数とは力である。兵としての質は傭兵たちの方が高くとも、州都兵の方が数が多く、また市民については比べるべくもない。暴徒となった市民に襲われたら生きていけないのは一刀たちも同じなのだ。嫌われ者の州牧を討ったことでヒーロー扱いでも、いつ欲をかくものが現れるか限らない。味方は多ければ多いほどよく、作るのは早ければ早いほど良い。

 州都の兵を形だけでも味方につけることができれば、仕事のほとんどが完了する。

 唯一懸念すべきは外から大兵力で攻められることだが、それを実行できるような兵力と胆力を持った人間はこの州にはいない……と、丁原のところで州内を分析していた灯里が断言している。少なくとも、道々集めてきた情報では、大規模な戦の準備をしている人間はいないということだ。仮に今から州都を攻めるだけの準備を始めたとして、出立し、州都に到着する頃には丁原の部隊も州都付近まで移動しているはずである。

 州牧軍との戦の後とは言え、州内でも最高の戦力の一角だ。それを敵に回してまで事を構えるような人間がいたならば、丁原も声をかけていただろう。

 懸念すべきは、内側、自分のことだけで良い。そう思うと気が楽ではあった。剣を持って戦わなくても良いし、戦いに行く仲間を見送らなくても良い。何より、誰も死なずに、殺されずに済む。

「――それで、どうでしょうか」
「勿論。貴方がたと行動を共にさせていただきます」
「感謝します」

 雛里の目配せを受けた一刀は立ち上がり、代表に握手を求めた。代表が一刀の手を握り返し、これで交渉成立である。実務レベルの話を纏める必要こそあるが、それは現場の責任者同士で行う方が良いだろう。協力する、という約束だけ取り付けることができれば、一刀たちが出る幕は終了したも同然だ。後はその実務レベルの話を誰に任せるかだが、その選定は既に霞が行ったという。

 誰に決まったのかまだ聞いていないが、霞の選定ならば間違いはないと一刀は気にしていなかった。万が一にも自分に白羽の矢が立つことはないと理解しているから、気は楽である。

 握手を済ませると、代表は足早に部屋を後にした。実務レベルを詰めなければならないのは、彼らも同じである、代表であっても彼も兵の一人であるから、実際に身体を動かす機会は一刀よりも多いだろう。

「これから忙しくなるで」
「丁原殿と合流するまでの辛抱と思うことにするさ」

 霞に苦笑を向けると、霞も口の端をあげて笑った。それで済むはずがないというのは、二人とも承知していた。この時代、組織の頭がすげ変わるのは日常茶飯事であるが、一刀たちは新たに頭になった側である。やることは山のようにあり、今この瞬間も増え続けている。できることから手を付けていかないと、いずれ仕事の山に埋もれてしまうだろう。

「団長!」

 これから追われる仕事に思いを馳せて憂鬱になっていると、見知った顔が部屋に飛び込んできた。要と一緒に、村を出てきた青年だ。稟の主導した配置換えにより、今は霞の部下として働いている。信頼のおける人間ということで、今回の作戦にも同行した。

 その彼の様子が、ただ事ではない。

「先生が危険です。すぐにきてください」

 彼の言葉が終わるよりも早く、一刀は駆け出していた。あの村から行動を共にしている人間が先生と呼ぶのは三人だけだ。稟は国境におり、雛里はここにいる。ならば危険なのは一人しかいなかった。

「状況は?」
「州庁の文官の一人が先生を人質に取りました。武器は隠し持っていた短刀一つで、協力者はいない模様です。先生の首に短刀をつきつけ、部屋の奥に陣取っています。出入り口は我々で封鎖しているため逃げられることはありませんが、こちらからも手が出せない状況です」

 最悪に近い状況に、一刀は頭を抱えた。

「要でも狙えないか?」
「標的が見えないと無理だそうです」
「犯人の狙いは?」
「北郷一刀を呼んでこいと言っています。それ以外の人間が現れたら、先生を刺すと」

 それだけ聞けば十分だった。とにかく風は生きている。それが一刀の支えとなった。

 無理にでも着いてこようとした雛里を兵に任せ、霞と共に全速力で風がいる部屋に向かう。

 その部屋の前には、要たちが勢揃いしていた。一様に、緊張した面持ちである。周倉など自責の念で今にも首を括りそうな顔をしていた。

「要、これをもっていてくれ」

 出入り口の手前に居た要に、銀木犀を預ける。文官相手とは言え、何を要求するのだか分かったものではない相手に丸腰というのは心許ないが、今は風の安全が最優先だ。

 小声で聞こえた静止の声を無視して、部屋の中に入る。

 文官が集まって仕事をするための部屋、その一つなのだろう。机の上には木簡や竹簡が散乱している。その机の向こうの壁際で、血走った目をした男が風を羽交い絞めにし、首に短刀を突きつけていた。色の白い、神経質そうな男である。

 男の殺意の篭った目が、一刀を捕らえた。

「お前が北郷一刀か」
「ああ。そうだ。俺の仲間が無事なことに敬意を表して、まず要求を聞こう」
「そこに短刀がある」

 男が机を視線で示した先には、確かに短刀があった。武器というよりも装飾品の類である。その大層な拵えは、その本来の持ち主の身分が高いことを伺わせた。

 その短刀が州牧に縁のある品でだと、一刀は直感する。この男は、州牧の関係者なのだ。

「それで自害しろ」

 男の命令はこの上なく端的だった。

 人知れず。溜息を漏らす。男は明らかに正気を失っている。反論しようにも、聞く耳があるとは思えない。元より、興奮した人間を利で動かせるような弁は、一刀にはなかった。

 いざという時には動くしかない。男までの距離はおよそ五歩。霞たちよりは近い距離にいるが、難しい状況であることに変わりはない。

 ならば自害せよという男の言葉に従い、死ぬのが良いか。

 本当に風が助かるならばそれでも良い。稟が聞いたら激怒しそうであるが、出世を蹴ってまでついてきてくれた少女を犠牲にして生き延びることは、一刀の信条に反した。

 だが、人質を取って自害を強要するような男がせっかく取った人質を無事に解放するとは思えなかった。そもそも男は指示を出しただけで、その見返りについては何一つ口にしていない。自分が死ねば風が開放されるというのは、一刀の希望的観測だ。

「おにいさん」

 刃を手に逡巡する一刀に、風が声をかける。一刀にとっても男にとっても、それは望外の行動だった。男が風の髪を力任せに引っ張り挙げる。その激痛に顔を顰めながら、風はまっすぐ一刀を見て、微笑んだ。真名の通りのそよ風のような微笑みに、一刀はしかし、嫌なものを感じた。

「立派な人になってくださいね」

 その言葉を最後に、風は大きく口を開き、閉じた。小さな身体がびくりと震える。力なく崩れ落ちる風を、男は奇声をあげて放り投げた。短刀は一刀に向けられる。明らかに素人同然の構えに、一刀は即応した。一息で五歩の距離を詰め、短刀を腹部に突き刺す。肉が裂け、血が吹き出る。絶叫を上げた男の顎に、渾身の力を込めて拳を叩き込む。なす術もなく、男は吹き飛んだ。

「医者を呼べ!」

 外の要たちに指示を出し、風を抱き上げる。力を失った小さな身体は、いつも以上に軽く感じた。仲間の命が消えかけている。そう思うと、自然と一刀の腕に力が篭った。

「風!」

 仲間の名前を呼ぶ。死ぬな。その思いが篭った一刀の叫び声は、辺りに響き渡った。その声にも霞たちは動けなかった。応急処置の心得はあるが、医療の心得のある人間はいない。州庁につめている人間については、どんな人間がいるか確認したばかりだ。その中に医者はいない。それを知っている霞は鎮痛な表情を浮かべている。周倉の姿はなかった。この中で一番足の速い彼女が、外まで医者を呼びに行ったのだろう。

 しかし、間に合うはずもない。こうしている間にも風の身体には力が戻り――

 涙に濡れた瞳の向こうに、風の青い瞳が見えた。呆然とする一刀の口に、風のそれが寄せられる。小さな舌で唇を舐められると、そこからぬるりと暖かなものが流れ込んだ。異常に甘いそれは、血のように赤い色をしていた。

「策があると、言ったじゃありませんか。死んだふりですよ」

 ふふふー、といつものように腕の中で風が笑う。小さな風であるが、それでも腕の中は苦しいらしい。風が腕の中から逃げようとするのを、無理やり押しとどめる。ありったけの力を込めて抱きしめると、風は少し迷惑そうな顔を向けてきた

 その目が、驚きで見開かれる。めったに見れないその顔を前に、一刀は涙を流し続けた。止めようと思っても、止められない。泣く自分を風はからかうだろう。そんな自分を格好悪いとも思うが、涙はどうしても止まらなかった。止まらない涙はやがて、号泣に代わった。

「おにいさん、おにいさん」

 泣き止まない一刀の背中を、風がそっと撫でた。

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね。風は死にません。どこにもいきません。ずっとお兄さんの傍にいますから、だから泣かないでください」

 風の言葉にも、一刀は泣き続けた。風の胸に顔をうめ、子供のように泣き続ける。そんな一刀を風は優しい笑みを浮かべて見下ろしていた。













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