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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:00













 国が変われば気候も変わる。その逆もまた然りだった。

 恋とその精鋭の部下五名と共に国境を目指して一週間。慣れない早馬にいい加減うんざりしていた頃、稟は国境を越えた。一刀の県よりも位置的にはいくらか北になっているせいか少し肌に寒い。

 寒さによる震えをどうやって誤魔化そうか稟が思案していると、先頭の恋の馬が急に足を止めた。恋は馬上で瞳を地平線の彼方へと向けている。どうしました? と稟が質問するよりも早く、地平線に変化が起こった。馬が単騎、物凄い勢いでこちらにかけてくるのが見えた。それを敵襲と判断した恋の部下に緊張が走るが、当の恋はそれを手で制したことで、稟にも漸くあれが味方であると理解することができた。

(それにしても、あれが見えるのですね……)

 豆粒ほどの大きさのそれが騎馬であることは流石に稟にも解ったが、騎乗している人間の顔は勿論、性別すらも判断できなかった。それは部下達も同じだったのだろう。あれをはっきりと味方と談じた恋に尊敬の念の篭った視線を向けている。そんな視線に気づいていないはずもないのだが、恋は何でもないかのようにぱかぽこと馬を進め、単騎で駆けてくる影との距離を詰めていく。

 お互いに距離を詰めていくことしばし、稟にもようやく影の姿がはっきりとしてきた。

 小柄な人影である。線の細い容姿は少年と言っても少女と言っても通じそうだった。村で出会った時の要と同じくらいに見えるから、少なくとも15を越えていることはないだろう。肩の辺りでばっさりと切られた髪が風に靡く様は、彼もしくは彼女の活動的な印象をより強くした。良い意味で子供らしい少女であるが馬を操る腕は高いようで、恋の姿を認めたその影は手綱も持たずに両手をぶんぶんと振り回していた。そのおバカさんっぽさはどこか要に通じるところがある。

「大姉さん!」
「澪、ひさしぶり」

 近くにまで馬を寄せてきた澪と呼ばれた彼女――声音から、稟は少女であると判断した――は、恋に微笑みかけると稟に向かって一礼した。

「遠路はるばるありがとうございます。太守丁原の使いで、名を高順と申します」
「ご丁寧に。私は郭嘉、軍師です」
「伺っています。大姉さんの仲間なんですよね?」

 人懐っこいその笑みに、稟はあいまいな返事をした。高順の全方位に向けた笑顔が、笑うのが苦手な稟には眩しかったのだ。風であればノリが悪いと突っ込みがきそうな対応だったが、高順はやっつけ気味な稟の対応を気にもせず、集団を先導する位置に馬を移動させた。そのまま一行は高順を案内役として移動を始める。

「貴殿は恋の妹なのですか?」
「血は繋がってませんけどね。私も大姉さんや小姉さんと同じ、丁原に世話になった人間なのです」

 丁原が孤児の面倒を見ているという話は聞いていた稟にとっては別段驚くべき話ではなかったが、血の濃さを重要視する人間もいる昨今、実の姉妹でないという事実は色々な意味を持つ。それでも尚本当の妹ではないと口にして微笑むことができる高順と恋の間に、稟は強い絆を感じていた。

 それから馬を走らせる間、稟は高順と色々な話をした。仕事の話は丁原がすると割り切った高順の話題は、基本的に恋と霞のことばかりだった。どんな少女で、どんな生活をしていたとか、どれくらいから頭角を現したとか。自分の話であるから恋は興味なさそうに寒々とした周囲の景色に目を馳せていたが、恋の過去など初めて聞く稟と恋の部下達は、高順の語る恋と霞の過去に大いに好奇心を刺激された。流石に自分から続きを促しこそしなかったものの、一語たりとも聞き逃すまいとする聴衆の態度は理解できたのか、高順の語り口も次第に熱を帯び始めた。

 他にすることもないものだから、結果として、丁原の本陣に着くまでの間に、高順が恋と出会ってから恋が旅立つまでの簡単なあらましが終わってしまった。

「時間切れですね。大姉さんたちのことを、今度は聞いてみたかったんですけど……」
「機会があるようでしたら、話をしましょう。恋はこの通り、あまり話すことは得意ではありませんから」
「ありがとうございます。最初は怖い感じの人かと思いましたが、大姉さんと一緒に行動するだけあって郭先生も優しい人のようだ」
「先生は結構。それに、私を持ち上げても何もでませんよ」
「それは残念」

 高順は舌を出して苦笑して見せた。実に自然なその仕草に、稟は内心で感嘆の溜息を漏らす。自分にはとても真似できない仕草だ。脳内で自分がそうしている姿を試しに想像してみるが、あまりの出来損ないさに眩暈を覚えた。

 人間には向き不向きがあるのだ、ということを今更ながらに理解して、稟は馬を下りた。

 高順に従って陣地の中を行く。たどり着いたのは、普通の幕舎だった。他の幕舎と作りは全く変わらない。案内されなければ、ここに丁原がいるとは思わないだろう。

「襲撃対策です。丁原はこういうところ、用心深いんですよね……」

 普段は大雑把なくせに、と高順は付け加える。軍師の稟から見ても用心し過ぎの感はあったが、運用の流儀は人それぞれだ。ここの代表は丁原なのだから、彼女がやりたいというのならば、それが正しいのだろう。事実今までそれで結果を出しているのだから、所詮外様である稟に文句を言う筋合いはない。

「高順です。入ります」

 表情を引き締めた高順に続いて、幕舎の中に入る。恋がそれに続く形だ。貴殿が先の方が良いのでは? と視線で問うが、恋は首を横に振るばかりだった。委細を任せてくれると考えることができるなら身の引き締まる思いだったが、恋のことだ、そこまで深く考えてはいないだろう。

 人知れず溜息をついて稟は気持ちを引き締め、丁原らしい姿を見て、その呼吸を止めた。

「貴女が軍師殿か」

 幕舎の中でのっそりと立ち上がった人影が、歩み寄ってくる。見上げるほどに身長が高い。例えば一刀は男性として身長が高い方ではないが、それでも小さくはない。稟の脳裏にある一刀の姿と比しても、頭一つ半は確実に大きいかった。影だけを見ればどんな男性よりも男らしかったが、それでも女性と判断することができたのは声だけはやたらに女性的だったからだ。

「お初にお目にかかります。北郷一刀の元で軍師をしております、郭嘉と申します」
「ああ。元直から話は聞いてる。遠いところ良くきてくれた」

 雰囲気と見た目に気おされた状態から自分の役目を思い出し、慌てて頭を下げる稟を、丁原は苦笑でもって迎えた。苦笑を浮かべたまま、その視線は稟の隣でぼーっとしてる恋を捉えた。

「お前も。久しぶりだな、恋」
「ひさしぶり、おかん」
「お前がいて尚董卓軍が負けたと聞いた時は驚いたもんだが、お前がどこの誰とも知らない男の下で働いてると聞いた時にはもっと驚いたもんだ。しかもそれが、元直の知り合いときた。全く、世の中は狭い」
「でも、かずとはいいひと」
「お前が言うんだから間違いないだろうな。元直が推すんだから、もはや疑ってもいないが、しかしそれで戦に勝てるかってのはまた話が別だ。それでは軍師殿、戦の話をしようか」

 丁原に促され、幕舎の中央に移動する。そこには近隣の地図と、展開している軍を表す駒が配置されていた。馬を模した赤い駒がこちら、何だか良く解らない青い塊が州牧軍だろう。

「現在州牧軍は国境線を僅かに超えた辺りで陣を展開している。数は役二万二千。想定していたよりも若干多い。騎馬は少なく、歩兵が中心だな。斥候に放った若い奴の話では、騎馬の対策を十全に行っているとか。色々な道具を運んでいるのが、良く見えたそうだ」

 説明を聞き、稟は小さく息をついた。無目的に正面からぶつかるような頭の弱い指揮官であることを少なからず期待していたのだが、あては外れたようだった。

「この近辺は平原が続いています。交戦するとしたら平原でするしかない訳ですが、広く動ける場所を確保できるのならば、状況は大分騎馬に有利です。更に言えば、ここは貴殿たちの領域でもある。地の利は得ていると考えても良いのですか?」
「ああ。こうなることは想定してたからな。国境のあちら側にもこちら側にも、色々な仕掛けをしておいた。しかし主戦場として想定している辺りには、そういったものはほとんどない。一部は発見されて、破壊もされてるらしい。州牧の周りはバカばかりと聞いてたが、慎重な奴もいたもんだよ」

 丁原の声にも、僅かな苛立ちが篭っている。

 確かに慎重、というのは袁家に連なる兵の印象にそぐわない。何があっても構わず正面から突撃するのがかの軍の特徴だと思っていたのだが、その認識は悪い意味で裏切られた形となった。

「だが、俺たちの作戦を遂行するに当たっては、そのほうが好都合だ」

 にやり、と笑う丁原は、まるで鬼のようだった。凄みのある笑顔に稟は思わず一歩たじろぐが、丁原は気にした様子もなく、青の駒全てを国境線から引き離し、内陸よりに移動させる。赤い円で囲まれたその地点には『目標地点』と書かれていた。

「ゆっくりと、だが確実にこの辺りまで奴ら全員を引き込む必要がある。そのための準備はしてある訳だが……作戦の成否を、軍師殿はどう見る?」
「貴殿たちの働きに全てがかかっていると言っても良いでしょう。あれだけの数の慎重な敵を釣り上げるですから。向こうの兵の錬度はどうです?」
「軽い戦闘は何度かあったが、道具が大仰なこと以外はそれほどでもない。二万二千の内ほとんどは雑兵だろう。ただ、中核の五百から千の部隊は別格かもな。遠めにしか確認できてないが、行軍の動きからして違っていたらしい」
「それは油断のできない相手ですが、二万二千のうちの千ならば、当面は気にすることはないでしょう。仮にその千がまるごと残ったとしても、他の二万一千を殲滅することができれば、我々の勝ちです」
「まぁ、俺たちの目的は皆殺しな訳だけどな」

 ハハハ、と丁原は笑い声まで豪快だった。笑う丁原を恋は淡々と、高順は頭痛を堪えるような顔で見ているのを見て、稟は自分がどんな顔をしたら良いのか解らなくなった。見た目に強すぎる個性は、時として理屈を超越するのだと、身体で学んだ一瞬だった。
















 事前に灯里が立てた作戦というのはこうである。

 国境線の外側に展開する異民族の部隊を迎撃するために、州牧軍が進発する。その州牧軍が異民族の部隊――実際には丁原軍との混成軍だが――とぶつかる時間を逆算して、一刀たち州都強襲部隊が出発する。そちらの作戦の指揮は一刀が、その補佐には雛里と灯里がついていた。風は一刀と別の進路で州都を目指し、静里は既に州都で工作を行っている。大分ゴネられはしたが、ねねは留守番だ。

 体裁としては、州牧のために自発的に派兵をしたということになる。これは特に珍しいことではない。権力者におもねるために、その意に沿う行動をするのは、どの時代、どの地域でも同じことだ。ただ、戦の始まる時期を設定できるという点において、一刀は他の面々よりも優位に立っていた。規模が小さいこともあり、その行軍はどこの軍よりも早く、一刀たちはほとんと一番乗りで州都に到着することができるはずだ。

 そこから州牧を排除し、州都を押さえる。現地での作戦は臨機応変にしなければならないため、綿密に組み立てられている訳ではないが、大筋だけを語るならばそんなところだ。到着してから後の方が難しく、稟もできるならばそちらに参加したかったのだが、こちらの戦も放ってはおけなかったため、また、灯里の推挙もありこちらへの参加となった。

 稟の主な任務は、州牧軍を国境線の外に引き付けておくことだ。首尾よく一刀側の作戦が進行したとしても、州牧軍がとって返してしまっては全てがご破算になる。奇策で州都を落とすことができたとしても、二万の軍が即座に戻ってくるとなっては、その支配を維持することはできない。戻すにしても少数で、可能な限り遅く。できることならば殲滅するというのが、最終的な目標だ。

 そのためには、敵を逃がしてはいけない。序盤で大打撃を与えて、指揮官が撤退を決めてしまったら、その敗走を全て受け止めることはできない。だから最初は、州牧軍を大きく国境線から離す必要があった。指揮官が慎重な性格というのは、こういう点では幸いだったと言える。真正面からぶつかるような人間であれば、早々に決着がついてしまうか、あるいは大きな不信感をもたれてしまうかもしれない。

 従来の袁紹軍を脳裏に思い描いていただけに、そういった事態を避けられそうなのは稟にとって望外の幸運だった。被害を出さないことを第一に考えているらしい指揮官の行軍は、よく言えば着実に、悪く言えば実におっかなびっくりとこちらの領域に踏み込んできている。小さな衝突は何度かあるが、いずれも深追いはしてこない。こちらがつっかけ、あちらが追い払う。そんな戦いが、もう十度は起こっていた。

 その戦いの中で、州牧軍の錬度も稟にはいくらか見えてきた。最初に丁原から聞いた通り、錬度はやはり高くない。装備こそ充実しており、指揮官も悪くはないがその指示が末端まで迅速にいきわたっているのを感じない。これが偽装であるなら大したものだが、行動の遅さが稟の想像を裏付けていた。

 そのおかげか、引き込みの方は順調に行えている。小規模な戦闘とこちらがどこにいるのか、というのを意図的に相手に漏らすことによって、州牧軍の進路はほとんど稟の思い描いた通りのものとなっていた。

 順調に行けば二日の後、丁原軍と州牧軍で大規模な衝突があるだろう。ここで丁原軍は、大きく敗走しなければならない。敵は大したことはないのだと思わせるのだ。指揮官は怪しいと考えるかもしれないが、数とは力である。兵の大半が組みやすしと考えたならば、その雰囲気を指揮官は無視することはできないだろう。本当に有能であるのならばそれすら統制化におき、軍を動かしたはずであるが、指揮官の意思が末端にまで伝わっていないのは、これまでの調査で解っていた。

 残る問題は、如何に上手く敗走することができるかだ。敗走はふりだけで良い。本当に負けてしまっては、後の逆転に繋げることはできない。いかに相手を気分良く勝たせ、調子に乗らせることができるかが、この作戦の全てだった。釣り上げが上手く行っている以上、丁原の手腕を疑う要素はないのだが、いつもと違う軍という事実が稟を僅かに緊張させていた。

 村を出てからずっと、近くには一刀がおり、風がおり、雛里がいた。それが一人、遠く離れて知恵を絞っている。思えば遠くに来たものだが、一人というのはやはり寂しいものだ。早く一刀たちに会いたい。その思いが稟の中で燃え上がっていた。その思いを意識すると、顔が途端に熱くなる。鼻血の出る兆候だ。メガネを外し、上を見て首筋を押さえる。自分一人でこれをすることにも、違和感が付きまとう。

 自分は弱くなったと思う。

 しかし、こんな弱さも悪くない。誰かのために知恵を絞り、その栄達を助ける。それが軍師の本懐だ。自分は今、幸せである。誰にも、一刀以外の人間には胸を張ってそう言えることが、稟にとっての誇りだった。



















「起きろ軍師殿!」

 怒鳴り声と共に身体を持ち上げられ、稟の意識は一気に覚醒した。周囲はまだ薄暗い、だが視界の隅に赤い色が見えた。炎の赤である。襲撃されている、ということを理解したのはすぐだった。

「予定よりも少し早いが、まぁ、概ね予定通りだ。起きて待ってると思ってたが寝てるとは、案外肝が太いじゃねえか!」

 非難しているような口調であるが、丁原の顔には豪快な笑みが浮かんでいた。肝が太いというのは、彼女にとっては好むべき点であるらしい。ただ寝落ちしていただけの稟としては、無用に持ち上げられるのは恥ずかしいだけだったが、今ここでそれを指摘して、水を差すのも良くはない。恥ずかしさで死にそうになるのを堪えながら、思考を切り替える。

「では、ここから予定通りに撤退を?」
「ああ。交戦しながらな。もう半分は撤退を完了した。殿で戦うのは俺の役目だが……まぁ、軍師殿は先に撤退すると良い。案内は澪にやらせよう」

 澪、というのは高順の真名である。その高順が遠くから馬をかってくるのが見えた。

「お待たせしました、軍師殿。私の馬にどうぞ」
「お手数をおかけします」

 稟とて馬には乗れるが、騎馬隊の武人に比べれば児戯に等しい。自分よりも年下の高順の後ろに乗るのは聊か屈辱ではあったものの、背に腹は変えられなかった。高順の後ろに乗り、その小さな身体に腕を回す。

「それじゃあ、行きますよ!」

 高順の声と共に、馬が加速する。戦の喧騒を背後に聞きながら、稟は考えを巡らせた。時間は若干ズレたが、事は予定通りに進んでいる。州牧軍を国境線から大分離すことができた。目標まではもう少し。今回の戦で『負ける』ことで、州牧軍はより調子づくことだろう。指揮官がいかに慎重な性格でこちらの動きを疑っていたとしても、一度流れに乗ってしまった軍を御することは難しいはずだ。

 まして、意思疎通のできていない袁紹ゆかりの軍である。調子に乗ったらどう行動するのかは、火を見るよりも明らかだった。

「餌は蒔いてきましたか?」
「もちろんです。不自然でない程度に、糧食に武器を置いておきました。それから、向こうの兵に見えるように財物も運び出しています」
「これに味をしめてくれれば良いのですがね……」

 相手を退け、物を奪ったという事実は彼らを決定的に高揚させるはずである。武器や糧食に仕掛けをすることも考えないではなかったが、一網打尽にするにはもう少し国境線から引き離す必要があった。そのための餌である。金銭で釣れるかは微妙であったものの、相手を組みやすしと見ているならば、誘いに乗ってくることは十分に考えられた。

 いずれにしても、ここから撤退するということはないだろう。最大の懸念はほとんど解消されたと言っても良い。作戦の途中ではあるが、自分の思い通りに作戦が進んでいる感触に、稟は心地の良い満足感を覚えていた。

「軍師殿、聞いても良いですか?」
「なんですか?」

 と返しながらも、稟には高順が何を聞くつもりなのか、察しがついていた。

「貴女と大姉さんたちが仕えている、北郷一刀殿についてです。正直、貴女のように頭の冴える方や、姉さんたちほどの武人が仕えるほどの人物とは思えないのですが……」
「貴殿は一刀殿の何を知っているのですか?」
「姉さんたちが仕えているという話を聞いてから、色々と調べました。丁原はあんな人間ですが一応太守ですので、人を使って調べてもらったんです」
「では、その情報を得た上で、貴殿が一刀殿についてどう思ったのか、聞かせていただけますか?」
「運の良いお人よし、でしょうか」
「……貴殿は中々情報を分析する能力に優れているようですね」

 思わず噴出しそうになった自分を律した稟は、務めて無感情な声で切り替えした。風がいたら高順の発言に同調し、霞辺りなら爆笑していたことだろう。稟も内心では同意していたが、一刀にも体面というものがある。まだ会ったこともない少女に見くびられるのは、流石に稟もかわいそうに思った。何か一刀を持ち上げることはできないものか、と考えを巡らせたが、中々一刀を正しく捕らえているらしい高順を前には、どれも笑い話になるように思えた。

「良い人、ではあると思いますが、能力は正直それほどでもありませんね」

 結局、稟は正直に答えることにした。経歴が特殊であるからか、この手の質問をされることは多いのだ。困っているふりをしながらも、実は答えるべきことはもう既に頭の中にあった。

「かといって彼を徳の高い人間と評することには抵抗があります。彼は実に人間臭い人です。強いて特徴を挙げるとするなら、そこでしょうか」
「人間臭さで人の上に立てるのですか?」
「その人間臭さに、貴女の姉たちは惹かれたのですよ」
「姉さんたちは土台ですかー」
「言いえて妙ですが、優雅ではありませんね」

 信頼であるとか、仲間という言葉の意味とか、そういったことを語るのは無粋というものだろう。一刀を嫌っているというのならばもう少し突っ込んで話をしたのだろうが、言葉の内容には棘があっても、雰囲気はそうではなかった。興味がある。高順が一刀に抱いている気持ちは、その程度のものだろう。

「土台が既に人の上にあるのなら、その上に誰か立つ必要があるんですか?」
「土台に人は導けませんよ。人を導く役目は、人にしかできないものです」
「私の柄ではありませんねー」
「私の柄でもありません。そして一刀殿の柄でもないのでしょうが、彼は土台の上に立つに相応しい人間であろうと努力しています」
「能力が低いのを理解した上で、ですか。何だか頭の下がる思いです」
「自分で言っておいて何ですが、そこまで高尚なことは考えていないでしょう。今できることを、できる範囲でやっていて、その結果として一刀殿の今があるのです。私や恋たちは、その手伝いをしているのですよ」
「早い話が、皆、その一刀殿が好きなのですね」
「……随分と強引に纏めましたね」
「でも、間違ってはいないでしょう?」
「否定はしないでおきましょう」

 一刀を導いてあげたい。その思いは確かにある。それは好意の一種ではあるのだろうが、ざっくりと切り取った高順の言うような感情であるかどうかは、稟には判断がつかなかった。好意を、恋や愛という言葉に置き換えてみる。顔が熱くなった。そして、悪い気はしない。

「軍師殿、何やら鼻血を堪えているように見えますが、体調が悪いならどこかで降ろしましょうか?」
「おきになさらず。良くあることですから」
「持病ですか。軍師なのに大変ですね……」

 素直に感心している様子の高順の顔を見て、稟は何だか自分が汚れた人間のように感じた。素直に感情を口にすることができるような性格なら、こんな思いはしなくても済むのだろうか。年頃の女らしく自問してみたが、明晰な頭脳はすぐに結論を出した。

 いずれにしても、そこには鼻血を流す自分がいる。恋にしても愛にしても、まずはこの体質を治さないことには始まらない。

 長い道のりになりそうだ。作戦が上手くいった高揚とは裏腹に、稟の気持ちは静かにゆっくりと、しかし熱を持ったまま沈んでいった。






















 それからの戦は稟の思惑の通りに進んでいった。こちらの拠点を破壊して味をしめた州牧軍は、はっきりと進軍の早さを上げたのである。数の多さを頼りに拠点を見つけては戦を仕掛けというのを繰り返す。そのほとんどで快勝し、被害も微々たるものであるのだから勢いは増すばかりだった。

 兵たちはこちらの兵を撃破したと思っているだろうが、そんなこともない。流石に皆無とはいかなかったが、敗走を演出している割にこちらの被害は少ない。割合で言えば微々たる被害を出している州牧軍よりも、さらに低いことだろう。

 ただし、敗走を演出しているだけあって出費は多い。人的被害こそ少ないが破壊された拠点、奪われた糧食に武器に財物。これだけでバカにならない被害である。異民族の兵たちも丁原の兵も、財産にはそれほど固執しない人間が多いことが救いではあるが、自分たちの物を奪われた挙句、気に食わない相手を調子付かせる作戦を黙々と続けるというのは、非常に神経をすり減らすものだ。外様である稟ですら、州牧軍が暢気に宴を開いていると報告を受けた時には腸の煮えくり返るような思いがした。

 なのに見た目からして気の短そうな彼らが、耐えているのである。それでも州牧軍への罵詈雑言は聞こえてくるが、勝手に州牧軍へと突撃するような人間は出てきていない。丁原の意思が、末端の兵にまで浸透しているのだ。十分過ぎるほどの意思疎通である。

 その連帯感に助けられる形で、稟も作戦案に色々と修正を加えた。餌に使う財物などの調整や、兵の引き際など、一つの戦が終わる度に報告から内容を分析し、次回の対応を返すのである。兵は丁原をはじめ学のない人間が多かったが、こちらの指示だけは忠実に実行してくれた。どのような意図があってその作戦を実行するのか、を理解することを最初から諦めているから、行動にも迷いがない。それで騎馬隊として精強なのだから、兵としては理想的な姿である。

 稟が丁原軍に合流してから、一月と半分。その間に行われた戦は、大小合わせて四十。破壊された拠点は16に及ぶ。損害を金子に換算すると北郷軍の財務担当であるねねなどは怒り狂いそうな額となったが、それだけ投資した甲斐もあり、想定していたよりも長い時間州牧軍を引き付け、目標とする地点までの誘導に成功した。

 これまでの戦の総決算。そのつもりで大将である丁原自らが甲冑を着込み、出陣していた。彼女の旗下、精兵一千を中心とした騎馬三千の部隊である。対する州牧軍は二万を越える大軍だった。これまでの小競り合いで千近い損害を出したものの、その勢いに陰りは見えない。今までよりも多いこちらの影に多少は及び腰になっているようだが、これまでと同じように勝てるはず、という弛緩した雰囲気が、離れた本陣にいる稟からも見てとれた。

「軍師殿、あんたがあっちの指揮官だったらどういう対応をするね」
「派兵の目的を考えると、成果を上げるまでは撤退は難しい。しかし相手は精強で鳴らす異民族の騎馬兵、それに太守丁原殿まで加わっている。加えて敵方の領土に進軍するのですから、兵が二万でも心許ない上に、与えられたのは精兵とは言いがたい人間ばかり。ならば、、成果を上げるよりも多少の叱責を覚悟で早急に戦を切り上げることを考えます。多数の拠点を攻撃し、敵兵の被害は甚大という報告とこれまでの戦で勝利したという事実。兵の被害の少なさもあれば、何とか体裁は整うはずです」
「それであの州牧が納得するかね?」
「元より二万で完勝など無理なのです。手柄を意識して徒に兵を危険に晒し敗走する方が、ただ叱責されるよりもよほど怖い。問題はその叱責がどの程度のものになるかということですが、その辺りは軍師の智の見せ所でしょう。私があの指揮官の立場ならば、出立の前に根回しくらいはしておきます」
「なるほどねぇ……ちなみに軍師殿の目から見て、あの指揮官は何点だ?」
「調子にのっている兵を良くここまで統率していると思います。異民族への侵攻軍、その先兵を任されるのですから、非凡な力量を持っていることは察せられますが如何せん、指揮力に兵の力量が伴っていません。指揮官の力量は及第点を差し上げても良いでしょうが、軍団として見た場合は落第ですね」
「敵ながら同情を禁じえないな」
「でも手加減などしないのでしょう?」
「当たり前だろう」

 迷うこともなく言い切って、丁原は自分の仲間たちを見回した。馬に乗った兵たちは今か今かと、戦の口火が切られるのを待っている。作戦に従ってとは言え、力で劣る相手に負け続けてきたのだ。その苛立ちが、稟には見えるようだった。今の彼らならば、どんな敵だって倒せるのではないか。そんな気持ちを抱かせるほどに、彼らの顔には、雰囲気には、覇気が満ち溢れていた。

 指揮の高さには、文句の付けようもない。兵の質でこそかつての董卓軍張遼隊には劣るかもしれないが、彼らは正に最強の騎馬隊だった。

「俺たちは兵だからな。敵を倒すのに感情は差し挟まない。戦いが始まれば、敵を叩き潰すだけさ」

 州牧軍は動き出した。先頭に立つ兵に引きずられるような形で、進軍を開始する。騎馬隊用の装備を持っての移動であるから、その速度は遅い。異民族の騎馬隊が精強であることは、帝国の人間ならば皆知っていることだ。兵ならば更に身にしみているだろうが、どっしり構えて迎え撃つという雰囲気はない。騎馬隊を相手に、装備を抱えてとは言え打って出るというのは、正気の沙汰とは思えなかった。

 調子に乗らせるというのは稟の意図したことで、これはむしろ注文通りの結果と言えるが、注文通り過ぎる現実を前に、稟は逆に不信感を覚えた。何か裏があるのでは。そう思って周囲に斥候を走らせるが、他に敵影は見えない。そもそも、敵の姿については騎馬隊の機動力を活かし、ずっと探らせていた。眼前にいるだけで、敵は全てというのが、丁原と共に出した結論である。今さら増援がくるなどとは、考えられない。

 本当に、全力で州牧軍は向かってきているのだ。稟は大きく息を吸い、吐いた。

「進軍しましょう。敵兵を打ち崩し、殲滅させるのです」

 稟の言葉に、丁原は槍を振り上げ声を上げた。

「野郎ども! 今まで良く耐えた! 腸の煮え返る思いをするのも、これで最後だ! 敵は今、目の前にいる! 倒すべき敵だ! 今日は何も手加減しなくて良い! 思う存分馬を走らせ、思う存分、奴らを叩き潰してこい! ここで待つ軍師殿に、俺たちの力を見せてやれ!」

 兵たちは武器を掲げて怒号をあげる。丁原が動き出すと、彼らは末端の位置にいる人間まで一斉に動き出した。丁原たちが動き出したのを見て、州牧軍は動きを止めた。慌てた様子で前方にいた兵が馬留めの柵を展開し、その後続にいた兵が戟を構える。さらにその後ろにいる兵が弓を構えた。射程内に丁原たちが来るまで待って――いる間に、丁原たちの方から矢を放った。馬の勢いの乗った矢は柵を飛び越え、随分な余裕を持って弓兵に当たった。州僕軍の矢も丁原たちに降り注いでいるが、彼らはものともしなかった。あるものは身体を捻るだけで、あるものは剣で払う。脱落した人間は一人もいなかった。

 矢の雨の中を突破した丁原たちは、柵を構える兵たちに突っ込む直前、直角に進路を変える。二部隊に分かれた彼女らは、州僕軍の周囲を高速で移動する。ぶつかるのならば正面から、そう思い込んでいたらしい州牧軍は多いに慌てた。外周にいた兵の混乱は内側にまで浸透し、軍全体が混乱に陥る。

 その混乱を丁原は見逃さなかった。どういう根拠があったのか知れないが、突入するにその一点を選び、率いる全てを突っ込ませる。二部隊に分かれた彼女の兵は千五百。州牧軍の十分の一以下であるが、その勢いは留まるところを知らない。無人の荒野を行くかの如く、州僕軍を断ち割り、堂々と反対側に抜けた。強引に二部隊に分けられた州牧軍は合流を目指すが、そこにもう半分の部隊が突撃した。

 少ない方の軍に的を絞った彼らは今までの恨みとばかりに、武器を振るい州牧軍を狩りまくっていく。その間に、丁原が率いる方の部隊が、再び州牧軍本体の方に突入する。体勢の整いきっていない州牧軍は、この突撃を受け止めることができなかった。再び部隊を断ち割られ、州牧軍の混乱はさらに広がっていく。

 もはや戦ではなく蹂躙だった。騎馬を受け止めるべき兵はその役目を放棄し、右往左往している。勝手に逃げないのは、最後の意地――ではなく、ここで逃げたら更に酷いことになると本能で理解しているのだろう。指揮官もそれを理解していたからこそ、状況が悪くなっても兵の動きを掌握することに尽力していたのだろうが、丁原が五度目の突撃を敢行したところで、州牧軍の緊張の糸がついに切れた。

 兵の一部が敗走を始めると、残りの兵もそれに従うように彼らに続いた。国境線の方に向かって逃げていく州牧軍を、丁原たちは追わなかった。只管に州牧軍を狩ることに専念していた部隊を一箇所に集め、点呼を取る。一方的な攻撃といっても、さすがに無傷とはいかなかった。三千いた兵は百名ほどが減っていた。

 しかし、州牧軍の兵はその比ではない。州僕軍の大半が去った平原には、見渡す限り州牧軍の死体が転がっていた。千や二千ではきかないだろう。この戦だけを切りとってみれば、丁原たちの大勝利だった。

「お疲れ様でした。丁原殿」
「一気に大将を討ち取れるかと欲を出したが、中央の兵は流石に強かったな」
「これだけ兵を削ることができれば御の字でしょう。後は恋たちに任せておけば、問題はないかと」
「逃げた連中も災難だな。逃げた先にいる連中の方がつえーんだから」

 八千いた兵の残りの五千は、恋を大将として州牧軍の撤退進路に散っている。夜襲奇襲を中心に国境線を越えるまでに殲滅、あるいは拘束するのが恋たちの任務だ。兵の質の違いを認識し、敗走している最中の敵だ。中心の精兵を相手にするのは苦労するだろうが、数において勝るこちらに勝てるとも思えないし、そもそも国士無双たる恋がいて負ける気がしなかった。連合軍で敵として戦った時には脅威にしか感じなかった恋が、味方にいるとここまで頼もしい。

「兵には休息を与えましょう。分散して逃げる兵を、少しでも多く拘束しなければなりませんからね」
「それはそれで面倒な仕事だな。俺はただ、戦ってる方が楽だ。兵だってそう思ってるぜ?」
「これはこれで必要な仕事なのです。文句を言いたくなる気持ちは解りますし、私も面倒くさいとは思いますが、我慢をしてください」
「……軍師殿は、まさに『先生』って感じだな」
「よく言われます。さぁ、私のことを理解できたのならば、動きましょう。我々の仕事ぶりに、後々の展開がかかっているのですから」

 呆れと疲れを含んだ表情で、丁原は頷いた。見上げるような女丈夫が、勉強をどうにかしてサボろうとする子供のような表情をしている。これだけ精強な兵を率いているのに、こういう態度は子供のようだ。兵たちから笑い声があがる。仕事に対して文句を言いながらも、彼らは迅速に稟の指示に従い、休息の後、方々に散っていった。

 まずは初戦、勝利である。自分の仕事は果たされようとしている。後は、一刀たちの成功を祈るばかりだった。














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