<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:fd6a643f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 04:57

















 虎牢関を攻略するに当たって、袁紹軍には一つの命題が化せられた。

 功一等を、自陣で獲得するということである。

 氾水関を名前を覚えてもいなかった劉備に落とされたのが麗羽は大層お気に召さなかったらしく、虎牢関は私達で落とすのですわ! と幹部を集めて態々宣言した。

 自分たちで、というのはどこの軍も思っていることだろうが、今回の麗羽に限ってはその本気度はいつもと桁が違う。目立ちたがりがいつも以上に奮起しているのだ。

 これを失敗したらどういうことになるのか……想像するだけで気分が滅入ってくる。

 猪々子などは気持ちを高ぶらせて部下と熱心に議論を重ねているが、逆に斗詩は気持ちが冷めていた。麗羽が命じたのは、袁紹軍単独での虎牢関攻略である。それが如何に難しいことであるのか。悲しいことに、袁紹軍の中で気づいているのは、斗詩を初めとした幹部の極一部だけだった。

 麗羽と大多数の兵は、自分たちが最強の軍であることを疑ってない。度し難いほどの緩い思考であるが、最強という評価については強ち間違ってもいなかった。大将である麗羽の家柄は申し分なく、資金力も豊富である。金に物を言わせた装備の充実っぷりは大陸でも最高の部類に入るだろう。

 武装についてもそうであるし、特筆すべきは攻城兵器の数々だ。派手な物が好きな麗羽はこういう物に散財を惜しまない。結果、多くの技術者が麗羽の元に集まり攻城兵器を開発、製造していく。頭数、質共に、これについてだけは大陸でも最高であると胸を張って言うことができる。

 その代わり兵の質については残念極まりないが、攻城兵器の力を導入できる城攻めならば、実際の力よりも高い力を発揮することができる。如何に堅牢とは言え、虎牢関も『城』だ。そういう観点に立って考えれば、虎牢関を攻めるのは渡りに船と言えるかもしれない。

 だが、戦はこちら側だけで成立するものではない。戦には相手もいるのだ。虎牢関には大陸最強の武人呂布がおり、最強の騎馬隊を指揮する張遼もいる。氾水関で公孫賛軍の捕虜になった華雄の部隊もその半数以上が健在だ。これに加えて虎牢関に詰めている人員の総数はおよそ20万という試算が出ている。

 非戦闘員もいるだろうから実戦力はもう少し少なくなるだろうが、それにしたって袁紹軍よりも兵数で上回っているのだ。連合軍に集まった諸侯の中でも麗羽は最大の兵力を有しているが、それでも単独では兵数を上回ることができない。

 ほぼ唯一の強みが数であるのに、それが負けているのでは話にならない。第一、守るよりも攻める方が兵力が必要なのは常識である。攻城兵器を考慮に入れても、単独で虎牢関を落とせというのは、無理とは言わないまでも難しい話だった。

 普通の軍師ならば他軍との提携を提案する。お飾りとは言え盟主という立場は強力だ。麗羽が共に行くべしと言えば断ることは難しい。袁紹軍単独では上回ることができなくとも、他の軍も引き込むことができれば数で同等、それ以上になることもできる。

 頼もしいことに他の軍は袁紹軍と異なり、正真正銘の精兵である。いつもは争うばかりの彼女らであるが、今この時は味方なのだ。それを使わない手はない。

 それなのに、麗羽の頭の中は自分だけでという思考で埋まっている。これを覆すことは誰にもできないだろう。明確な敗北が突きつけられてもなお、彼女はそれを認めないかもしれない。結果も出ていないうちからどうこう言っても、聞き入れはするまい。

 自分たちだけでやるしかない。心の底からそれを理解すると、行動も迅速に行うことができた。

 まず、戦の采配に麗羽が関わることは極力排除した。決める時にだけ麗羽はいれば良い、まずは露払いだと納得させ最前線からは遠ざける。時間がかかるということを予め念を押しておくことも忘れない。これで少なくとも、話が違うと叱責を受けることはないだろう。

 諸侯の怒りを買うのを承知で陣地には麗羽の無聊を慰める物を大量に持ち込んでいるが、あの麗羽のこと。座して待つことができるのはもって五日というところだろう。

 それまでに関を落とす下準備を終えることができなければ、袁紹軍は転落するより他はない。主の名誉は自分の肩にかかっているのだと思うと、斗詩の気持ちも引きしまる。

 麗羽には適当な仕事やどうでもいい事柄に目を向けさせ戦の情報を極力耳に入れないよう排除した上で、斗詩は軍団を運用した。持ってきた攻城兵器は全て導入し、兵には昼夜兼業で関を攻めさせた。部隊は一度に全てを投入せず、昼も夜も断続的に攻撃を続ける。

 虎牢関の兵も流石に精強で小分けにした攻撃では小揺るぎもしないように思えたが、袁紹軍も兵の質は悪くても攻城兵器の威力だけは本物だ。関の壁も大門も度重なる攻撃で痛みを重ねていく。

 間断のない攻撃を六日も続けると、虎牢関の傷みは遠目にも分かるようになってきた。特にその大門は傷みが酷い。内側から補修を重ねてはいるのだろうが、大外にある大門そのものが破られるのは時間の問題のように思えた。

 このまま行けば勝てる。斗詩は確信したが、それには時間も兵も足りなかった。

 まず、豊富にあった攻城兵器はその全てを使い潰した。壁を攻撃するのも大門を攻撃するのも、これ以降は通常の兵器を使うしかない。

 兵の消耗も激しい。会戦する前、袁紹軍は約15万の兵を有していたが、この三日の攻撃で戦に参加できる兵の数は十万を下回った。実に五万の兵を失った勘定になる。関の兵にも少なくない被害を与えたはずだが、袁紹軍以上の被害は出ていないだろう。

 そもそも、兵の数は向こうの方が上なのだから、数の不利は更に広がってしまったことになる。

 前線の軍を指揮する傍ら斗詩は麗羽の懐柔に奔走した。単独での攻略を諦め他の軍の力も借りるべきだと、理屈ではなく感情で麗羽に説いて聞かせた。何もかもを自分一人でというのは、王者のすることではない。下地を作ってやった上で諸侯にも機会を与えるべきだ。諸侯と競合した上でなおかつ袁紹軍が一番乗りを果たせば、その名もより広く広まることになるだろう。

 乗ってくれるかどうかは賭けではあったが、最終的に麗羽は斗詩の提案に首を縦に振った。

 七日目の攻略には、諸侯の軍も参加することになったのである。

 麗羽の居丈高な参加要請にも諸侯はすんなりと応じた。腹の底では麗羽を殴り飛ばしてやりたいと思っていただろうが、虎牢関が無視できないほどの傷みを受けているのは、誰の目にも明らかだ。到達したその時よりも、今の虎牢関はずっと攻略しやすくなっているのは間違いはない。

 そこに参加しても良いという許可を盟主自ら出したのだ。これに飛びつかない話はないだろう。

 しかし、誰が参加するかということについては、麗羽はしっかりと注文をつけた。

 まず、氾水関にて戦功を上げた劉備軍、公孫賛軍については最後尾の配置を命じた。これには諸侯の全てが遠まわしに賛成したため、すんなりと決まった。当の劉備は不満を訴えたが、軍師諸葛亮に諌められて発言を引っ込めた。見た目こそ幼い少女であるが損得勘定を冷徹に行っているように見受けられる。

 理想主義の劉備に良くもこんな軍師がついたものだと思ったが、参加不参加を損得で判断してくれるのならば願ったり叶ったりだ。後ろで大人しくしてくれるというのならば、斗詩としては他に言うことはない。

 問題は袁術である。虎牢関攻めで袁紹軍の数が減じたため、最大の兵力を有しているのは彼女ということになってしまった。次は袁術軍が単独で、ということになれば彼女の軍が虎牢関を攻め落とすということも考えられたが、あのお嬢様は何を考えているのか、戦に参加することには大して興味を示さなかった。

 代わりに客将である孫策が名乗りを挙げたため、これを袁紹軍の後ろに配置することになった。

 中央は袁紹軍が勤め、右翼に曹操軍、左翼に馬超軍を配置。描いていた構図と変わらぬ配置となったことで、斗詩の目的は半ば以上達成することができた。

 ここまでやれば十分である。関を落とせるに越したことはないが、決定的な敗走をしないことこそが肝要なのだ。虎牢関を損耗させたのは袁紹軍であると、諸侯の誰もが理解している。仮に関を落とすという名誉を得ることができたなかったとしても、その功績を無視することはできるはずもない。

 いや、無視させることなどさせない。そのための権力、そのための盟主なのだ。

 自軍が関を落とせなかったことについて麗羽は文句を言うだろうが、それを受け止めるのも自分の仕事と斗詩は割り切ることにした。自分が叱責されるだけで済むのならば安いものだ。軍が暴走しないよう目を光らせていけば、この戦を袁紹軍に都合の良い形で乗り切ることができる。

 できるだけの仕事はしたのだ。後は、他人に任せておけば良い。

 本音を言うのならば、七日目の戦闘に参加することすらしたくなかったのであるが、一応、虎牢関を落とすことを諦めていないという振りくらいは、麗羽にも諸侯にも見せておかなければならない。

 これでさらに兵の損耗を避けることはできなくなったが、虎牢関を突破することができれば残りの要所は洛陽ただ一つ。連合軍全体の数もそれほど減じてはいないのだから、その時くらい後ろで座していても文句は言われまい。

 盟主として洛陽に入ることができれば、面目は保たれるのだ。

 後は――

「さあ、それでは華麗に全速前進ですわ!」

 考えていた全てを台無しにする言葉は、麗羽から発せられた。斗詩が否定の言葉を吐くよりも先に兵達が咆哮をあげる。その全てが麗羽の言葉を支持するものだった。度重なる戦で兵数を減じても、虎牢関を落とすのは自分たちだと疑っていない。

 愚鈍もここまで行けば武器にもなる。平時であればそれを頼もしく思うものだが、今は状況が違った。ここで単独で攻めるのは得策ではない。それを麗羽には折に触れて説明したはずなのに、敬愛すべき主はすっかり忘れていたようだった。

 せめて他の二軍も一緒であるなら。かすかな希望をもって両翼を見るが、馬超軍も曹操軍も動く様子はない。単独で事に当たるので手出し無用、という話が通っているとしか思えなかった。

 自分の知らない間に、使いまで出したのか。用意の良さに内心舌を巻くが、これについては気づくことのできなかった自分にも落ち度はある。単独では虎牢関は落とせない。まともな思考をしているのならば、それを理解することはできるだろう。曹操も馬超も分かっていたからこそ、単独での行動を見逃したのだ。

 今日のこの行動で虎牢関が落とされることはないと、彼女らは確信している。これから行われる戦闘は、自分たちが関を落とす準備に過ぎないと、心底で理解しているのだ。

 いずれ敵になる人間に利する行為をやらなければならない状況に歯噛みするが、吐いた言葉を引っ込めることはできない。盟主、袁紹の言葉であるのならば尚更だ。彼女は殊更、名誉というものを重んずる。それが他人から見れば見当違いのものであったとしても、彼女にとってはそれが何よりも重要なのだ。

 斗詩は思考を切り替える。

 主にとって重要であるのならば、自分にとっても重要には違いない。その目的を達することこそ、臣下である者の勤めだ。敗走が不可避であるのならば、被害を少なくするしかない。壊滅的な打撃を受ける前に、曹操たちに最前線を譲る。

 大門に向けて一直線に進軍しながら、斗詩はその策を幾重にも考え始める。

 その考えを嘲笑うかのように、大門に動きがあった。

 ゆっくりと、それが開いていくのだ。その奥には精兵が並んでいる。覇気に満ち満ちた董卓軍の兵が大門が開け放たれるのを待ちきれないように動き出す。咆哮があがった。袁紹軍の兵ではない。董卓軍、次から次へと大門から出てくる敵兵が、天を劈くような声をあげている。

 その気合に、袁紹軍の兵は飲まれてしまった。先頭の兵が進軍の足を止め、後続の兵がそれにぶつかり混乱が起きる。

 退却。その号令を出すのも遅れた。

 それを見逃すような董卓軍の兵ではない。

 先頭を駆けているのは、紺碧の張旗。神速を誇る張遼の騎馬隊が先陣を切り袁紹軍を蹂躙していく。

 自らの身体に刃が振り下ろされるに至って、ようやく袁紹軍は算を乱して逃げ始めた。逃げるなと怒号を飛ばす麗羽を抱えるようにして斗詩も退却する。あれだけの突破力のある張遼隊にとって、袁旗など良い的だ。

 逃げなければ殺される。斗詩はそれを理屈ではなく本能ではっきりと理解した。

「あたいが殿を務めるよ」
「ごめん、文ちゃん」

 いいってことよー、と軽く応えて、猪々子が部隊を率いて突撃していく。二枚看板の名前は伊達ではない。彼女が走りながら号令を発すると散っていた部隊は瞬く間に体裁を整え始めた。壁となった軍を前に、流石の張遼も進路変更を余儀なくされる。猪々子に率いられた部隊はそのまま、麗羽の撤退を援護するように展開し、後続の歩兵部隊を受け止め始める。

 両翼は、ようやく動き始めていた。関から敵が出てきてくれたのだ。兵の強さに自信のある武将にとって、これは好機だろう。

 もっと早く動いてくれれば。忌々しく思うが、彼女らを責めることはできない。

 それが恥の上塗りになることを、斗詩は知っていた。

 袁本初の旗の元にいる自分の不名誉は、翻って主の不名誉にも繋がる。主の顔に泥を塗るような真似をする訳にはいかない。

 天に向けて叫びたくなるような気持ちを抑えて、斗詩は駆けた。




 


















「一週間。あの戦力にしては思ったほど粘ったものだけど、流石にこの辺りが限界のようね」

 虎牢関から湧き出てきた董卓軍に蹴散らされ、敗走する袁紹軍を見ながら華琳は一人呟いた。

 袁紹軍の敗走に合わせて曹操軍も既に動き出している。予想よりも大分早い出番ではあるが準備について抜かりはない。袁紹軍は負けるものとして、馬超軍にも共闘の話は持ちかけてある。飛び出す時については各々の判断に任せると大雑把にしか決めていなかったが、流石に錦馬超も歴戦の武将。こちらが動き始めるに呼応して関に向かって駆け出していた。

 中央の袁紹軍を追い散らした董卓軍は、それを迎え撃つように大門の前に布陣した。元華雄隊を中心とした董卓軍の歩兵部隊である。錦馬超の騎馬隊とて大陸最強の一角ではあるが、槍をずらりと並べて迎え撃つ歩兵が相手では如何にも分が悪い。そのまま関を落とさんとする勢いだった馬超軍は大門を前に進路を変更。後続の歩兵の到着を待っての攻略に切り替えたようだった。

 曹操軍は変わらず、大門を目指して進軍する。城門の上から弓兵がこちらに狙いをつけているのが分かるがそれは多少の犠牲と割り切ることにした。火急目指すべきは大門の攻略、関の中に押し入ることだ。

「先鋒、春蘭。二万を率いてあの歩兵に当たりなさい」

 指示を伝えると、伝令は軍の先頭へ駆けていく。一番槍は春蘭自ら志願してきたものだ。氾水関の戦いでは遅れをとり、此度の戦いでは一週間も袁紹軍に頭を押さえつけられた。戦場で縦横無尽に駆けるのが、春蘭の本分である。ようやく自分の見せ場が来たと気合も十分な彼女以外に、先陣を任せられる人間はいない。

 春蘭隊二万が、軍全体から離れて進軍していく。馬超軍だけを相手にしていた董卓軍の一部が迎え撃つべく大きく前に出た。大門が開け放たれているせいで、関の中からは続々と兵が出てくる。

 元より相手の方が数が多く、その全てが出てくるとなれば劣勢は否めないが、一度敗走させたとは言え文醜の率いるおよそ二万がまだ留まり続けており、敗走した袁紹軍も時間が経てば体勢を建て直し、またやってくるかもしれない。

 何よりその後方にはまだ手付かずの袁術軍が残っている。袁紹軍と比べても遜色のない雑兵軍団であるが、攻城兵器に財力を割いていない分、心持ち兵の質も良い。どんぐりの背比べであるが、その少しが勝敗を分けることもある。連合軍の中で最大数を誇る軍が投入されては、勝負の行方も分からなくなる。

 董卓軍としては、後方の軍がまともに機能する前に勝負を決めたいはずだ。守備のために出てきたとは言え、早いうちに勝負を決するためにその攻めは苛烈なものになるはずである。

 そんな精兵を前に曹操軍は約六万。これには連合軍に参陣した兵のほぼ全てを投入している。精強な騎馬隊とそれを補佐する歩兵という攻勢で、合わせて三万強の馬超軍のおよそ倍の兵力であるが、虎牢関に詰めている董卓軍はこれを合計した数の更に倍はある。

 この二軍で事に当たるのならばなるほど、確かに不利ではあるが、ただ関を落とせば良いだけのこちらと異なり、董卓軍は奥の軍にまで注意を払わなければならない。短期決戦に臨んでいる分、戦術にも選択肢が限られている。

 それを組みやすし、と見るより他はない。出てきた兵は皆殺しにするくらいの気持ちで、華琳は戦に臨んでいた。

 あの麗羽が最前線を譲った。十全な戦力で攻略に臨めるのは恐らくこれが最後になるだろう。

 目障りな幼馴染の下につくのを是としてまでここまでやってきたのだ。ここで功を立てなければ、自分の誇りにも、付き従っている兵にも申し訳が立たない。

 麗羽が愚にもつかない名誉に拘るのと同様に、華琳は己の名誉に拘った。自分の目指す物が彼女の目指す物と同じ名前をしていることに憤りを感じないではないが、他人が何に誇りを抱くのかにまで干渉するほど暇でもない。

 自分が何をすべきか知っていれば良い。何が大事なのかを理解していれば良い。

 他人など、特にあの麗羽など関係はない。覇道の邪魔をするものは、この力を持って蹴散らすだけだ。

「敵騎馬隊、進路を変更しました。約一万五千、こちらに向かってきます。紺碧の張旗、張遼です!」

 大陸最強の騎馬隊が、こちらに向かって駆けてくる。先頭を行くのは無論、張遼だ。

 こちらの主力は歩兵である。董卓軍と戦うに当たって、騎馬隊迎撃のための調練を特に積んでいる。張遼隊が大陸最強の騎馬隊であることに異論はないが、こちらの錬度がそれを上回っているという自信もあった。

 加えて兵数でもこちらが上回っている。関に近づけまいと、城壁の弓隊の援護もおぼつかない距離だ。数的有利を持ったまま相対すれば、撃破できるのは目に見えている。そういう引き算のできない張遼ではないと思うが……こちらに駆けて来る騎馬隊からは、玉砕覚悟という気風は感じられない。

 敵を掃討するのだという気配が、ありありと感じられる。何かこちらを倒す算段を持っていると考えるべきか…

 華琳が考えてを巡らせていると、右翼から悲鳴が上がった。陣形が崩れるのを感じ取りながら、状況確認の声をあげる

「呂布です!」

 応えた声は、この上もなく簡潔だった。後から入ってきた詳細な報告によれば、呂布が約五十の供回りを連れて、騎馬で突っ込んできたのだと言う。これを兵は撃退したというが、一つ突っ込んできただけであるのに、百人単位の犠牲者が出たというのだ。

 袁紹軍の兵士とは違う。曹操軍の兵士が、百人だ。これで呂布の部隊には――大軍の激突にあって、部隊というにはあまりにも少数だったが――被害らしい被害は出ていない。

 彼女が突っ込んでくる度に、兵が百人減っていく。毎回百人もって行かれるとして、率いている兵は四万。呂布が諦めずに攻撃を続けていたとして、全て使い潰すつもりでも、四百回の突撃を耐えることができる。

 その試算に、華琳は愕然とした。自分の精兵がたかが四百しか持ちこたえることができないのだ。如何に呂布が脅威であるかを思い知った華琳は、どうにか呂布を排除できないかということに頭を巡らせた。

 単騎で討つのは、おそらく不可能だろう。あくまでそれを挑むのならば春蘭を当てるしかないが、彼女は今精兵二万を率いて進軍している。本隊から離れている春蘭を呼び戻すのは、関を巡る戦いに参加することの放棄を意味していた。

 華琳は春蘭に伝令を飛ばした。こちらはこちらで処理する故、任務達成まで帰ってくるな。

 これくらいやらなければ春蘭のことだ。虎牢関の攻略を放ってこちらにやってきかねない。春蘭抜きで呂布をどうにかできるかは怪しいが、長年の部下にどうにかすると大見得を切ったのだ。それで覇王曹操ができませんでしたでは、格好がつかない。

「秋蘭、貴女は呂布だけを狙いなさい。アレが喰らい突いてきたら射殺すように。貴女の部隊の指揮は私がやるから、呂布に専念するのよ」
「御意」

 と短く答えて、秋蘭は一人移動する。大外から喰らい突いてくる呂布を狙うには、位置取りが肝だ。指揮を華琳が引き継いだ以上、秋蘭がここに留まる理由はない。

 騎馬隊の指揮に張遼、馬超が類稀なる才能を見せるように、秋蘭は弓の腕でその名を知られている。その強弓でもって繰り出される矢は如何に飛将軍呂布と言えども無視はできまい。

 秋蘭の一矢で呂布を討ち取れるかは、彼女の力量を知っている華琳の目から見ても微妙なところだったが、それで少しでも呂布の勢いを削げるのならば、指揮官としての秋蘭を手放したとしても十分にお釣りがくる。

 呂布については、これで問題ないと割り切る。後は張遼を討ち果たし、春蘭に合流するだけだ。

 張遼が仕掛けてくる。左翼。凪が守っている辺りだ。春蘭の率いていた部隊に比べると質の面で聊か劣るが、指揮官である凪に良く従う良い部隊だった。その凪の部隊が槍を構え、張遼の騎馬隊を押し込める。

 流石に敵は大陸最強の騎馬隊。厳しい調練を潜り抜けた凪の部隊に喰らいつき、突破してやろうと押し込んでくるが、先陣に立ってその拳を振るう凪の活躍により、張遼は突破を諦め、再び外へと抜け出していく。

 勝負になっていることに、華琳は僅かに安堵した。

 張遼の騎馬隊が、幾つもの部隊に分かれていく。一千単位で分かれたらしいその騎馬隊はその位置を目まぐるしく入れ替えながら、四方八方から曹操軍に仕掛けていく。多重攻撃に軍全体が軋んだような音を上げる。

 圧力こそ分散したが、周囲全てから襲い掛かってくる張遼の騎馬隊のやり方は、曹操軍に嫌な圧をかけてくる。腰を据えて戦えているのに、相手の気風に飲み込まれているような気持ち悪さが、華琳の心に湧きあがった。

 相手の良いようにされてはいけないのに、張遼は我関せずと攻めてくる。

 口の端をあげて、にやりと笑った。この気持ち悪さは、嫌いではない。自分を苦しめている難敵の出現に、華琳の心は高揚していた。

 右方から悲鳴があがる。呂布の突撃だ。凄まじい速度で突っ込んでくる真紅の呂旗に向かって狙い済ましている影が一人。兵の海の中でもその姿は一目で分かった。秋蘭だ。自慢の強弓を引き絞り、ただ一人呂布に狙いを定める姿は、美しい物を見慣れている華琳の目から見ても、素直に美しいと思えた。

 研ぎ澄まされた殺気が、矢と共に放たれる。一息で、二矢。呂布の身体に吸い込まれるようにして飛来したその矢は、その戟によって弾かれる。

 失敗した。

 しかし、呂布の勢いは大きく減じることとなった。最初の二射を皮切りに、秋蘭の射撃は続いている。呂布ただ一人を狙って立て続けに行われる執拗な狙撃を、呂布は戟をふるって叩き落していく。兵の海の中、正確に呂布を射る秋蘭も秋蘭なら、それを何事もないように迎撃する呂布も呂布だった。

 その呂布の勢いが、完全に止まる。兵の中で足を止めてしまった騎馬隊は、たちまち歩兵に囲まれた。呂布を討たんと兵が群がっていくが、呂布は事も無げに戟を振るい、その首を刎ねていく。腰を据えても兵を皆殺しにできたろうが、それは秋蘭がいなければの話だ。

 流石に秋蘭の矢を捌きながら兵まで相手にするのは無理を悟ったのだろう。供の兵を引き連れて踵を返した呂布を、兵達は追うことはしなかった。去るのならば追うなというのは、華琳の指示だ。

 ここで呂奉先を討つ必要はない。討つに越したことはないが、彼女を無視しても虎牢関を越えることはできる。兵の数は力だ。無理に呂布を相手して、力を減ずるのは如何にも惜しい。

 こうしている間にも、大門を巡る攻防は続いている。春蘭の率いる部隊は数こそ虎牢関の全軍に大きく劣るが、曹操軍の中でも突破力に優れた兵だけを集めた精鋭だけに、董卓軍の兵をぐいぐいと押し込んでいる。董卓軍も城壁の兵にて援護を続けているが、敵味方入り乱れての場所に矢で援護をするのは至難の技だった。

 兵数に劣る勢力に押し込まれていることに、董卓軍にも焦りが感じられ始めた。

 馬超軍の騎馬隊も良い仕事をしている。先に飛び出した歩兵部隊が春蘭軍の方に全力を傾けないよう、全軍を上手く指揮してその行動を封じていた。

 張遼の騎馬隊と呂布については、曹操軍が引き付けている。大門を落とすならば今なのだ。

 その好機を逃すまいと、撤退する袁紹軍の中を逆走して突っ込んできた軍があった。

 右翼寄り、曹操軍に近い位置に颯爽と現れたのは、真っ赤な孫の旗。江東の虎と恐れられる孫策に率いられた勇猛果敢な軍である。

 その軍が二つに割れる。全軍のうちのほとんどが大門に向かい関の攻略を目指すのに対し、五千ほどの部隊がこちらに向かってくる。
旗は甘。

 華琳でも思い出すのに少しだけ時間を要した。

 確か甘寧という、江賊あがりの将の部隊である。新兵ばかりを集めた弱小の部隊と聞いていたが、氾水関の戦いでは関を落とした劉備軍の援護のために参戦し、主たる孫策が劉備に恩を売ることに一役買っている。

 先の戦いで数を減じてはいるが、実戦を経験した兵の力量は以前とは比べるべくもない。まだ新米には分類されるだろうが、良き将に率いられた兵は、驚くべき力を発揮する。援護としては心強い相手だった。

「江東の孫策から援護がきた。ここで醜態を晒せば、大陸全土に広まることになる。曹操軍の誇りを彼らに見せよ!」

 華琳の飛ばした激に、将兵は雄叫びを挙げて応えた。






















「団長、俺達は関を落とすのではないんですか?」
「関を落とすのはうちの大将の役目。俺達は曹操の援護だってさ」

 我先に逃げようとする袁紹軍の中を逆走し、開けた場所に出た一刀の見たものは、氾水関以上の激戦だった。何故か大門は既に開かれているらしく、その近辺では凄まじい攻防が広がっている。向かって左では董卓軍の歩兵と連合軍の騎馬隊が死闘を演じ、右では董卓軍の騎馬隊と連合軍の兵――曹の旗が見えるから、曹操軍だろう――が戦っていた。

 そちらには、張の旗と呂の旗も見える。あの張遼と呂布がいる。その事実を知っただけで、一刀の背に気持ち悪い震えが走るが、甘寧隊が向かうのはその元凶たる二人の敵将がいる戦いの只中だった。

「関の戦いに参加した方が美味しくありませんか?」
「矢が雨の様に降る中を通って、俺達の何千倍もの兵と戦いたいか?」
「何千倍ってのがどれくらい凄いのか良く分からないです」
「夜空の星の数くらいと思ってくれれば良い」
「それなら、あっちの連中と戦った方が良さそうだ」

 さあ行きましょう、と気楽な調子で子義は答える。戦場での緊張など全く感じさせない物言いに、一刀だけでなく他の隊員の気も紛れた。良い意味でも悪い意味でも深く物事を考えない子義の気楽さは、一刀隊の精神的な支柱でもある。

「これより、曹操軍の援護に入る。各員、孫策様の名に恥じぬ戦いをせよ」

 曹操軍との距離が二百メートルを切った辺りで、甘寧からの檄が飛んだ。彼女の荒っぽい直属兵を中心に雄叫びが隊全体に広がっていく。ここまで近付くと張遼隊の方も近付く敵対勢力アリと認識するようで、万を越える騎馬隊の一部が、こちらを標的に捕らえた。

 その騎馬隊に対し、甘寧隊は足を――止めない。

 敵の騎馬隊にも動揺が走るが、突撃力では騎馬に分があるのも道理だ。およそ千人ほどの騎馬隊が正面から一つ、右側面から一つ甘寧隊を蹂躙しようと突っ込んでくる。

 二つの騎馬隊に捕捉されたのが肌で感じられるようになってようやく、甘寧隊は足を止め槍を構える。騎馬隊からすれば、それはあまりにも遅すぎた。向かって正面の騎馬隊が速度を挙げる。騎手の顔が判別できる、それくらいの距離になってようやく、甘寧は号令を発した。

「明命! やれ!」

 その号令と共に、正面の騎馬隊の先頭を走っていた兵の首が飛んだ。突然舞った血飛沫に、正面と側面の騎馬隊の足が遅くなる。

 そうなると格好の的だった。影のように湧き出た徒歩の一団が正面の騎馬隊に取り付き、その騎手を次々に屠っていく。謎の軍団の出現に甘寧隊の兵にも動揺が広がるが、今まさに襲われている騎馬隊はそれどころではない。甘寧隊など無視して、謎の兵団の掃討に全力を注ぐこととなった。

 あまりと言えばあまりの光景に、甘寧隊にも動揺が広がる。一刀も仲徳が独り言を装って教えてくれなければ、ここがどこであるのかも忘れて見入っていたことだろう。敵軍だけでなく甘寧隊の足も止まってしまったが、甘寧の怒号によりすぐに復活する。

 誰も皆、甘寧のことが恐ろしいのだ。

 甘寧の号令で向きを変更した部隊は気勢をそがれた右側面の騎馬隊に正面から突っ込んでいく。勢いのない騎馬隊など、ただ大きいだけの兵に過ぎない。元より、数も勝っている。直属隊を先頭にした甘寧隊は瞬く間に騎馬隊を撃退する。

 三百ほど数を減らした所で、右の騎馬隊は戦線を離れた。殲滅するには至らなかったが、まずは快勝と言ったところだろう。

 正面の騎馬隊は奇襲の効果もあって、半分ほど数を減らしたようだった。それを成したのが小柄な美少女の率いる百人ほどの部隊だというのだから、毎日殴られながら調練をしている一刀としては驚くばかりだった。

 綺麗な黒髪をした丈の短い忍服を着た少女は、殺した騎馬隊の残していった馬を奪い取ると、甘寧に向かって一礼して部下と共に駆け去っていく。

 普段は密偵を率いている立場の少女だが、今日の戦はここ一番と武将として参戦していると仲徳から聞いた。あの細い体のどこにあんな芸当を成す力があるのかと、少女を前にしても疑問に思わずにはいられなかった。

 人は見かけによらないということを、この世界にきて嫌というほど味わった一刀だったが、その驚きはまだまだ消えそうになかった。

 だが、驚きに浸ってもいられない。敵を倒せば、また新しい敵を見つけて交戦する。

 それが今の一刀の仕事なのだ。
 
 向かってきた騎馬隊を蹴散らしたことで、曹操軍の合流するのを阻むものはなくなった。曹操軍は円陣を組んで張遼隊と相対している。甘寧隊は最も近い部隊に近付いた。楽の旗を掲げた一団は今まさき騎馬隊の攻撃を受けていた。突破力に物を言わせて曹操軍を蹴散らそうとする騎馬隊に、曹操軍は槍を並べて対抗している。

 兵の質で劣っているのか、一刀の目には騎馬隊有利に見えたが、曹操軍の兵の中で一人獅子奮迅の働きをしている者がいた。顔立ちまでははっきりと見えないが、銀色の髪をした少年とも少女ともつかない人間である。恐らく、将軍なのだろうその人間が『拳』を振るうとそこからオーラが発生し、敵兵を馬ごと吹っ飛ばすのだ。

 言葉にすると正気を疑われかねない光景だが、事実なのだから仕方がない。部隊全体は押され気味ではあったものの、常軌を逸した戦法で敵兵をなぎ倒す将の活躍により、騎馬隊は進路を変更して外に飛び出してくる。

 そこに、甘寧隊は待ち構えていた。

 今まさに駆け出そうとしていた騎馬隊に、勢いはない。それでも強引に加速して突破しようとする騎馬隊に甘寧隊は次々に取り付いていく。これを好機と見たのか、曹操軍の方からの兵が踏み出してきて、挟み撃ちの体勢になる。

 いかに神速の張遼隊と言えども、前後を挟まれ、その機動力を封じられては真価を発揮することはできない。足を止められても勇猛果敢に戦ってはいたが、一人、また一人と討ち取られていく。

 敵を倒している。剣を振るいながら、一刀は高揚感に支配され始めていた。

 男ならば、人間ならば誰しもが求めるものだろう。自分は強い。そう思えるような光景が目の前に広がっている。自分一人の力ではないが、そんなことは関係がない。

 敵を倒している。その事実の何と心地よいことだろうか。

 そのまま突っ走っていたら、取り返しのつかないことになっていただろう。自分を律することのできないものは、長生きすることはできない。荀彧にも奉孝にも仲徳にも、最近では甘寧にまでずっと口を酸っぱくして言われ続けたことである。

 正気に戻れたのは、その教えを思い出したからではない。一刀の背に例えようのない恐怖が走ったからだ。

 唐突に訪れたその感覚に一刀は攻撃の手を休めずに辺りを見回す。敵の槍が頬を掠めたが、そんなものなど気にならないほど、その悪寒は一刀の本能に警鐘を鳴らしていた。近くで戦っていた子義が、遠くの一点を見ているのが見えた。

 そちらに視線を向ける。真紅の旗が見えた。五十にも満たない騎馬の一団。それがこちらに向けて真っ直ぐにかけてきている。

 旗には『呂』とあった。

 まずい、と思った時にはもう遅い。逃げる騎馬隊を挟み撃ちにするべく、甘寧隊は結構な深さまで敵部隊まで食い込んでいる。逃げるにしても迎撃するにしても、完全に行うには時間が足りない。一番外側にいた兵が気づき、槍を並べているが、そんなもので呂布の勢いは止まらないだろう。張遼隊の兵にしても決して二流所ではないのだろうが、一刀の素人目に見ても、呂布の部隊は格が違った。

 甘寧が自身の部隊の中ほどまで強引に移動し、呂布迎撃のための指示を出す。甘寧隊のおよそ半分がその指示に従い、呂布に向けて槍を並べる。甘寧もそちら側に参加した。それによって挟み撃ちの構図は崩れ、張遼隊が外に向かって逃げて行くが、それを追うだけの余裕は甘寧隊にはなかった。

 呂布の部隊が甘寧隊と接触するよりも十秒ほど早く、一刀は動きだしていた。本能に従って呂布から距離を取ったのではない。悪い予感に従って、なおかつ、呂布に向かって足を踏み出していた。号令を出した訳ではないが、突然動き出した責任者に、一刀隊は全員でついてくる。仲間の足音を背後に頼もしく感じながら、一刀は駆けた。

 甘寧隊の先陣が呂布と接触する。戦闘では決してない。呂布に攻撃しようとした兵は、それを達成することもなく絶命した。馬で駆け、戟を振るう。呂布がしているのはそれだけであるが、ただのそれだけで兵は死体になった。一振りで十人は殺しているだろうか。銀髪の将がオーラを放っているのを現実味がないと思ったばかりだが、呂布の強さはそれ以上だった。

 鬼神のような呂布は、一直線に駆けている。進路を塞ぐものは全て敵と言わんばかりに、戟を振るい殺していく。甘寧の直属兵が立ちふさがっても、それは同じだった。精強な兵がゴミのように蹴散らされるのを見て、一刀の足は速まった。

 あれと戦ってはいけない。あれは人ではなく災害だ。戦えば殺される。共に戦った仲間が殺されることに、一刀は耐えられなかった。

 隊を率いる甘寧は、一刀よりもずっと内心で感情の嵐が吹き荒れていただろうが、やってくる呂布に相対する彼女の表情は落ち着いたものだった。彼女の腕ならば一人逃げることはできただろう。この場にいる呂布を除いた人間の中で最も強いのは甘寧だ。

 しかし、甘寧は逃げなかった。呂布に勝てないというのは、甘寧にも解っているはずである。逃げなければ殺されるということも、重々分かった上で、甘寧は逃げなかった。

 それが武人としての誇りなのか何なのか。一刀には分からなかった。理解したいとも思わない。

 ただ、どんなに身勝手な思いであっても、甘寧には死んで欲しくないと思った。

 だから、一刀は動いた。

 仲間の首や胴体が舞う中、甘寧は静かに愛刀を構えた。呂布が彼女を捉え、戟を振りかぶる。

 あれが振り下ろされれば、殺される。その段になっても甘寧は逃げない。この剣で呂布を討ち取ってやる。静かな瞳にはそんな気概すら感じられた。

 間に合え、間に合え。

 心の中でそう念じながら、一刀は足を踏み切った。十分な速度と渾身の力を込めた体当たりである。少しでも呂布から遠ざけるように甘寧を抱きとめ、地面に身を投げる。腕の中で甘寧が驚きの表情を浮かべるのが見えた。

 最初に耳に届いたのは、耳に残る嫌な金属音。次いで衝撃だった。

 腰を砕くような一撃は、そのまま一刀と甘寧を吹き飛ばした。地面を転がりながら後続の仲間に指示を飛ばす。

「将軍を守れ!」

 一刀の言葉に、仲間たちは躊躇わなかった。子義を先頭についてきた仲間たちは、呂布の騎馬隊に怯むこともなく、槍を並べて一刀と甘寧を囲み、迎撃する。

 敵の先頭である呂布が既に通り過ぎていたことで、圧力のピークは過ぎていたが、呂布に続く敵騎馬もまた精強だった。ここにいるのが敵部隊の大将であることを感じ取ったらしい彼らは、行きがけの駄賃とばかりに圧力をかけていく。

 その攻撃に一刀隊の仲間も無事では済まないが、彼らは一刀の指示を忠実に守り、甘寧を守ることに尽力した。

「退け!」

 腕の下から拳が飛び、一刀を吹き飛ばす。這い蹲りながら一刀が見たのは、一刀隊を飛び越えて愛刀を振るい、敵の首を飛ばす甘寧の姿だった。そのまま馬を奪い最後尾の騎馬隊を追い回すが、敵兵の中に甘寧と戦おうとする者はおらず、一目散に逃げる敵兵を追うことを甘寧はしなかった。

 点呼を命じる甘寧に追従するように、一刀も同様の指示を出す。子義が持ってきた答えは、ちょうど五十だった。仲間を半数近くも失い眩暈を覚える一刀を襲ったのは、絶望以上の激痛だった。

 どうにか立ち上がるが、腰が尋常でないほど痛む。歩けない、走れないほどではないが、その傷みは決して無視できるものではなかった。

「分不相応なことをするものだ」

 馬に乗ったまま、部隊の再編を命じた甘寧がやってきた。自然と見上げるような形になるが、上を見るというただそれだけのことでも身体は痛みを訴えてきた。

「呂布の前に身体を投げ出すとはな。お前には自殺願望でもあるのか?」
「将軍を守らなければと必死でした」

 お前が言うな、という気分ではあったが一刀は正直に答えることにした。心の内を包み隠さず話すのが、甘寧に殴られないための秘訣である。

「その剣に感謝するのだな。呂布の戟を受け止めてかつ折れないなど、常識外れにも程がある」

 甘寧の視線は、一刀の腰の剣に向けられている。呂布の一撃で鞘は吹き飛んでいたが、刀身は健在だった。見た限り刀身に傷もない。呂布の戟を受け止めてこれなのだから、確かに常識外れだ。

「送り主に似て、根性が座っているのです」
「そうか……その送り主には良く感謝をしておけ」

 甘寧の直属隊の点呼も終わった。この戦に望む前には約二百いた直属兵は、七十にまで数を減じていた。呂布の部隊を受け止めた、ただそれだけでこの被害である。如何に呂布が凄まじいのかを思い知る一刀だった。

「北郷、お前の隊は私の直属に編入する。お前も含めて、この戦が終わるまで私の指示をで動くのだ」
「了解しました」

 子義が隣で不満そうな顔をしていたが、上司がそういうのだから一刀の答えは是しかない。一刀はすぐさま隊を集め、甘寧に指揮を明け渡した。直接指揮をするのは初めての部隊だったが、流石に経験の差か、甘寧は瞬く間に再編成を終え、直属兵の生き残りも含めて一つの部隊とした。

「お前は副官の一人としよう。私の近くで戦え。身体は痛むだろうが。それで気を抜くことはないようにな」
「それはもう。肝に銘じておきます」

 こんな乱戦模様で気を抜けば、待っているのは死だけだ。頭に血が上っているのならばいざ知らず、今まさに鬼神のような呂布を前にした後では、生きるということに謙虚な気持ちにならざるを得ない。身体の痛みも良い方向に影響していた。戦に臨む前よりもきっと、生きるということに関しては注意を払えることだろう。

「それから、そうだな……」

 甘寧は一つ咳払いをすると、人を払った。距離こそ大して離れていないが、声を潜めればその声は届かないだろう。何とか近寄ろうとする子義が直属兵達に阻まれているのを横目に見ながら、一刀も声を潜める。

「何でしょう。何か粗相がありましたか?」
「いや、お前の部隊は良くやっている。それについては、相応の褒美が与えられるだろう。私の口ぞえで報酬は正規兵と同様。本人が望むならば正規兵としての雇用を約束する」
「隊長の俺としては、奴らのことを思うと嬉しい限りですが、良いのですか?」
「働きには相応の報酬でもって応えるのが上に立つ者の勤めだ」

 そこで甘寧は言葉を切った。何やら視線も安定していない。即断即決の甘寧にしては珍しい態度だった。

「……中でも、お前の働きには感謝している。先はああ言ったが、良くやってくれた」
「当然のことをしたまでですよ」
「お前はそう言うが、命一つの借りだ。これを軽々しく扱うことはできない」
「相応の褒美が与えられるのでしょう? 俺はそれで十分ですよ」

 仕事以上のことをしたとは思っていない。百人隊長として敵を討つのと同じくらいに、仲間を、指揮官を守るのは当然のことだったからだ。褒美を約束してくれたのだから、それ以上を望むのは強欲なことである。一刀は心底それで十分と思っていたが、甘寧は納得しなかった。

「それは職務としての対応だ。私は私として、お前の働きに報いなければならん」
「そこまでしてもらう必要は……」
「命一つの借りだ。お前はそれだけの働きをしたのだ。黙って受け取れ」

 口調にも熱が篭ってきた。これ以上口答えをすると拳が飛んできそうだったので、一刀は大人しく頷くことにした。褒美がほしくてやったことではないが、話が纏まり始めたこの状況で殴られるのは、流石に割りに合わない。

 甘寧は頬を僅かに染めながら、視線を逸らして呟くように言った。

「お前に私の真名を許す。これから私のことは、思春と呼ぶが良い」
「……今なんと?」

 思わず聞き返した一刀の顔に拳が飛んで来た。今までで一番力の篭った良い一撃だった。地面に転がり、割に合わないと思いながら甘寧――思春を見上げると、彼女は既にこちらを見ていなかった。

 慌てて、その後を追う。顔を見ようとしたら目を背けられた。思春は柄にもなく照れていた。

 大きく息を吐くと、思春に睨まれる。その視線をやり過ごしながら、一刀も努めて何でもないように言った。

「承りました。信頼に応えられるよう、微力を尽くします」
「お前の働きに期待する」

 その話はそれで終わったが、戦はまだ終わっていない。編成を終えた甘寧隊は大きく数を減じながらも戦線に復帰する。

 曹操軍と連携しながら張遼隊との戦いを続けたが、状況が変わったのはそれから暫くしてのことだった。

 大門の方で、一際大きな歓声が挙がったのだ。

 そちらを見ると、孫の旗が大きく揺れているのが見えた。董卓軍の旗と夏侯の旗は見えない。その両方が関の中に消えたということ、そしてそれが意味することを理解するのに、少しの時間がかかった。

 動揺が、甘寧隊と曹操軍全体に走る。

 董卓軍の動揺はそれ以上だった。曹操軍を攻囲していた張遼隊はすぐさまそれを解き、大門に取って返した。呂の旗もいつの間にか消えている。連合軍側に状況が大きく傾いたのだ。

「行くぞ。我らも孫策様に続くのだ」

 孫の旗も関の中に突入しようとしている。体勢を立て直した袁紹軍の一部も、夏侯の旗が関の中に入ったのを見て、動き出していた。少なくとも、袁紹軍に遅れを取る訳にはいかない。

 まだまだ新兵の気が抜けない一刀には分からないが、孫策配下の思春には色々と思うところがあるようだった。奴らよりも早く、と厳命する思春に従いながら、一刀も関に向かって駆け出した。














 後年、董卓軍と連合軍の最大の戦いとされた虎牢関の戦いは、この日終結した。

 虎牢関につめていた董卓軍は最後まで激しい抵抗を続けたが、夏侯惇、孫策などの活躍によって退けられ、十万を越える兵を失い、虎牢関から撤退した。

 張遼と呂布については、捕虜となった董卓軍の兵もその行方を知らなかった。あわよくば生け捕ろうと思っていた袁紹などは大層悔しがったというが、呂布に相対した人間は、生け捕りを強制されなかったことに安堵した。

 できればもう二度と、相対したくない。呂布を前にした人間の、それが共通の心理だった。 

 一刀もそれは同様で、自分が呂布の戟を受けて生き延びたことを、酒の席で面白可笑しく仲間に話しながら、もう会うまいと杯を空にする度に念じた。
 
 もっとも、近いうちにそれは破られることになるのだが……

 虎牢関を落とした祝いの席で珍しく酔いつぶれた一刀に、それを知る由はなかった
 




 

戦パートはこれで終わりです。
次回からは戦後処理編に入ります。











 














前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.039381980895996