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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:fd6a643f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/10/10 05:51






「戦で勝つためにどうすれば良いのか……北郷殿、貴方には分かりますか?」
「敵よりも頭数を揃える」

 戯志才の問いに、一刀は淀みなく答えた。戦については荀家で色々と考えさせられることも多く、軍学についても初歩ではあるがあの荀彧から手ほどきを受けた。

 だから戯志才の問いにも自信を持って答えたのだが、一刀を見る戯志才の目は冷たかった。とても正答を褒めるという雰囲気ではない。

「五十点ですね」
「厳しい採点だなぁ……」
「頭数を揃えることは戦においてまずやらなければならないことの一つですが、それにしても絶対ではありません。それに戦いが数だけで決まるのならば我々軍師は必要ないでしょう。戦において軍師の成すべきことは何か……それは「我々にとって有利な状況を作ること」です」

 村人達にすべきことを伝えていくらか作業を手伝った後、賊と戦う時に村人を率いる役割を担った人間全員が戯志才の指示によって高志の家に集められた。集められたのは作戦を立てた戯志才に程立、それから一刀と旅の軍師単福の四人である。他の村人は老若男女全てが、外で賊と戦うための下準備を行っていた。

「有利な状況?」
「ええ。今回の場合、それを設定することが肝要……いえ、全てです。賊を見た者の証言から見た敵対勢力を二百と想定しますが、これは我々の総数と同程度です。数字だけを見れば拮抗していますが、この中で武器を持って戦えるよう訓練された者はおよそ四分の一。正攻法でやるのならば四倍の数を相手にしなければならない状況です」
「何の柵もなかったら、迷わず逃げ出してる戦力差だね」

 相槌を打つ単福の調子は軽い。この場で最も確かな腕を持つ彼女にとって、二百人の賊など物の数ではないのかもしれない。全てを殺しきることなど出来ないと単福は言うが、自分の身一つ守るだけならば何も問題はないだろう。余裕のある態度はその自信の表れだ。

「ですから、正攻法は徹底的に避けます。寡兵でもって大軍を撃ち破る。軍師の魔法をご覧に入れましょう」
「魔法の一部になれるのは光栄だよ」

 願わくば誰も死なず、怪我もせずに終わらせたいところだ。村人を捨て石にするような作戦を立てるなら是が非でも追い出すつもりでいたが、作業を監督し指示を出す戯志才の態度には信用出来るものを感じていた。

「原則として敵には攻撃をさせません。我々だけが賊が全滅するまで攻撃を続ける。そんな一方的な展開が望ましい」

 戯志才の目が単福に向いた。眼鏡の奥の切れ長の瞳が、男装の麗人を見据える。

「単福殿、貴女が計画の要です。本来はこの役目を北郷殿にやってもらうつもりだったのですが、これにはどう考えても貴女の方が望ましい」
「俺の腕じゃ頼りないか?」

 非難するような口調で問うが、一刀も自分の腕が単福に遠く及ばないのは一度の手合わせで理解していた。作戦の要に必要なのが腕の立つ人間ということならば、自分から単福に切り替えられるのも納得できる話だ。戯志才の決定に不満はない。

 だが、一刀の言葉に戯志才は視線を逸らした。単福はくくっ、と低く笑い声を漏らす。二人とも何か隠している風だった。疑問、というよりも心に不安を覚えた一刀がそれを問いただす前に、この集まりに参加している最後の軍師が、それはですねー、と暢気な声でもって口を開いた。

「お兄さんでは映えないからですねー。お兄さんのお顔も中々整っているとは思いますが、単福さんに比べたら見劣りしますから」
「……もしかして顔で選ばれたってこと?」
「正確には迫力ですねー。実際、お兄さんが凄んでもあまり迫力はなさそーですし」

 本当かと戯志才を見ると、彼女は気まずそうに目を逸らすばかりだった。その反応に程立の言葉が真実であることを否応なしに理解させられた。

 戯志才が普通の人間ならば言い難いことでもズバズバと言う性質なのは一刀も知っている。そんな戯志才が言い淀んでいるというのだから、これは『よっぽどのこと』なのだ。

 戯志才を見た延長で、単福を見やる。暗い室内でも男装の麗人には華があった。見る者がいたら思わず溜息を漏らさずにはいられない、それほどの容姿だ。

 そういう方面でも単福に劣るというのは分かっていたつもりだが……それを女性に明言され、かつ気を使われてその事実を伏せられたという事実は、一刀の心を少しだけ傷つけた。

「貴殿も割りと整った顔をしていると思いますよ」
「気遣いどうも」

 返事も投げやりになってしまう。おそらく、割りと整っているという戯志才の言葉は本心からの物だったのだろうけれども、その気遣いが一刀には痛かった。消沈した一刀を程立が微笑ましく眺める。子供を見守るような母親のようなその顔を、一刀は見ていなかった。

「とにかく、単福殿には堂々とした立ち振る舞いが期待されます。作戦の成否は貴女の振る舞いにかかっていることを肝に銘じておいてください」
「期待以上の働きをするのが僕の流儀だ。まぁ、期待しておいてくれ」
「実に頼もしい。さて、単福殿には高志殿の家にて待機していただきます。供には自警団の中でも年齢の高い者を連れて行くと良いでしょう。自ら打って出る必要はありません。賊が家の中に侵入してきたらそれを殺してください」
「戦闘不能にするだけじゃ駄目なのか?」

 口を挟んだのは一刀だ。現代的な感性を持っている一刀にとって、できることならば殺したくないと考えるのは当たり前のことだ。

 だが、この時代においてその考え方はどうしようもなく甘い。殺さないことをを選択できる権利は圧倒的な強者にしかなく、一刀達はたかが賊を相手にした場合でも、その強者ではないのだった。

 それを良く知っているはずの一刀を、戯志才と単福が見やる。その視線には一刀の甘い発想に対する非難の色が込められていた。

「ごめん、馬鹿なこと言った」
「愚かであるとは思いますが、その発想は大事にして良いと思いますよ? 思うだけならば自由です。そしていつか、貴方が力を手にした時にそれを実行すると良いでしょう」
「無力なうちには理想を持つなって風にも聞こえるけど」
「思うだけならば自由と言いました。実行するのも自由ですが、貴方は人を率いる立場にいるということを忘れないように。世の中の多くの物には取り返しがつきますが、人の命はそうではありませんからね」
「肝に銘じておくよ」

 そのために賊を殺すことにまだ抵抗はあったが、世話になった村人とただの賊を比べたら、大事なのは村人の方だ。賊を生かしておくことで村人の命を危険に晒すのなら、賊は殺すしかない。

 今この場において、それは正しいのだ。一刀はそれを深く心に刻み付けた。

「話を続けます。賊の首は出来ればその場で刈り、外に出た時残りの賊の前に転がしてください。侵入してきた全員の首を刈るかどうかは、単福殿の判断に任せます」
「ただの賊なら、五人くらいまで僕一人で何とかするよ」
「最初に家に押し入ってくるのは精々その程度でしょう。賊は村の中央広場までおびき寄せます。広場沿いの家に人員を割くとすれば、一つの家に押し入れる人数はそれくらいが限界です」
「家に侵入してくるのはそれくらいで良いとしてまだ外に百人ほど残ってる訳だけど、賊を仲間の首でどうにかできるものかい?」
「そこを何とかするのが策です。既に村人に指示を出して、人数分作るようにしているのですが……」

 戯志才が背後の荷袋からそれを取り出す。

 車座になった一刀達の前にいくつかの木片が放り出された。削られた木片に紐が通せるように加工されたそれは、一刀には見覚えのあるものだった。

「木鎧じゃないか」

 木鎧というのは一刀が適当に決めた仮名だが、他に候補もなかったので村人はそれを採用して、木で作られた鎧を指すのに使っている。単福が持っているような金属鎧に比べればないよりマシという程度の防御力しかないが、あるのとないのとでは安心度が段違いだった。

 木を削って身体にあわせなければいけないために、まだ自警団員の数しか作れていないが、いずれは予備を作るつもりでいるので、加工前の木材だけは沢山保存されている。

「それを沢山作るのか?」
「ええ。それらしく見せるためには小道具も必要です。夜闇の中、これを着た人間がずらりと並んでいるのは壮観でしょう? 演出を加えれば、官軍の一団と思わせるには十分な程に」
「ただの村人を官軍に見せるのか」

 戦う時に着用するのならば木の内側の加工が必要だが、それらしく見せるだけならばそれも必要ない。これで炭でも使って目立たないようにすれば、夜闇の中で遠目ならば金属鎧と区別がつかないだろう。

「余裕があれば兜も作るつもりでいますが、それは期待してないでください。太陽の光の中で見れば一目瞭然ですが、夜の闇と単福殿の演出が加わればこれでも話は別です。ただの農民が官軍になれるかが単福殿にかかっている訳です。北郷殿でなく単福殿を採用した理由こと、これで納得していただけましたか?」
「そういうことなら単福でしょうがないな」

 改めて自分で言葉にすると敗北感が生まれたが、横目で見た単福の顔は男の一刀の目から見ても非常に勇ましくてかっこよく、なるほど、映えを基準にするのなら彼女しかいないな、というのが心から理解できた。心から敗北した瞬間でもある。

「怯ませたら、後は攻撃するだけです。小屋の屋根や広場の外に配置した村人、自警団の人員による矢、及び投石で賊の逃げる方向を誘導します。誘導のための攻撃を指揮するのは程立、貴女に任せますよ?」
「大船にのった気持ちでいると良いですねー」

 相変わらず眠そうな程立の返答は、どこか頼りない。ふわふわとしたその態度に一刀は不安になったが、彼女を良く知る戯志才はそんな返答にも目くじらを立てない。慣れたもの、というその雰囲気に、性格の全く異なる二人の絆の強さを感じる一刀だった。

「追い込んだ先には落とし穴を作ってもらっています。大人の男性が飛び込んでもすっぽりと納まってしまうような深い穴です。賊の逃げ遅れた連中をここで足止めしますので、単福殿は自警団の一部を率いて、これを討ってください」
「少ない人数で賊と戦うのって危なくないか?」
「中央広場から落とし穴まで、いくらか距離があります。落とし穴で足止めされているということは、集団の最後列にいたということです。さて、彼らは何故最後列にいるのでしょうか」
「……速く走れない理由があった」
「正解です。賊が満足な支援を受けられるとは思いませんし、二百人もいれば怪我をしている人間も多くいることでしょう。そういう連中は速く走れませんし体力もありません。一方的に討つには十分でしょう」
「賊が丸々残ったら? 形勢逆転で一気にやられるかもしれないぞ」
「落とし穴の蓋には、少しくらいならば耐えられるように細工をします。細工と言っても蓋をする木の下部に切れ込みを入れるだけですが……これも上から土でも被せておけば、必死に走る人間には見えないでしょう。先頭の比較的怪我の軽い奴らを落とし穴の向こうに。平均的な体力の残っている連中を穴に落とし、単福殿が相手にするのは残りです」
「もちろん、穴の底には罠をしかけますよー。落ちた賊は、まず復帰しませんからご安心をー」

 落とし穴くらい一刀だって作ったことがあるが、それで人を殺すという発想を持ったことはなかった。戯志才の指示で今も作業が行われているが、会議に出席する前に見た限りでは、既に一刀の腰くらいにまでの深さになっていた。

 これから夜通し作業を続ければ、穴はもっと広く深くなるだろう。底に罠まで仕掛けるのならば、人くらいは簡単に殺せるように思う。

「本当、よくこんなこと考え付くな……」
「褒め言葉と受け取りましょう。さて、穴を飛び越えた連中ですが、これを迎え撃つのが我々の役目です。北郷殿、貴方には最後の仕上げをしてもらいますよ。私と北郷殿で自警団の残りを率い、これを村の外で迎え撃ちます。まずは時間をおいて弓で攻撃し、それから突撃です。ここに作戦は特にありません。見える敵を片っ端から切り捨ててください」
「最後は力頼みなんだな」
「村の外にも落とし穴が作れれば良いのですが、残念ながらそこまでやる時間はありません。危ない橋を渡って貰うことになりますが、そこは我慢していただくより他はないでしょう。北郷殿が鍛えた自警団の底力に期待させていただきます」
「まぁ、小船に乗ったくらいの気持ちでいてくれると良いよ」

 大船とはどうしても言えなかった。威勢の悪さに程立と単福から非難の篭った視線が向けられるが、賊なんて! と大言壮語を吐くことはできなかった。
 
 自警団員だけならば張れる虚勢も、周囲が軍師だけでは意味がない。

「俺達は待ち伏せしてれば良いのか?」
「広場で騒ぎが起こってから、村を出る賊を先回るように移動します。落とし穴は一つですからそれほど誤差は生まれないでしょうが、微調整は必要です。それは私が指示しますので、北郷殿はそれに従ってください」
「戯志才も仕上げ組に?」
「可笑しいですか? 私が提案した策なのですから、それを見届ける義務があると思うのですが」
「軍師なんだから、付き合わなくても良いと思うけどな」

 軍師と言って思い出すのは、荀家の猫耳少女だ。あの猫耳も怖いくらいに頭が回ったが、剣を持って戦うようなことは断じてしなかった。運動神経そのものはそれほど悪くはない、ということだが(それでも良くはないらしい……)軍師は考えるのが仕事、というのが荀彧のポリシーのようだった。

 一刀もそれで間違っていないと思うが、戯志才は当たり前のように剣を持つという。剣がどうのと言うのならば、単福もそうだ。軍師であるのに剣を持って戦うというのは、一刀の持つ軍師のイメージと合致しない。

 もし義務感だけで言っているのならば、遠慮してほしい。一刀の発言にはそういう意味も含まれていたのだが、一刀の内面を知ってか知らずか、一刀の発言に戯志才は苦笑を浮かべ、首を横に振った。

「剣と弓の腕だけならばそこそこの物である自信があります。少し前まで一緒に旅をしていた仲間が、腕に覚えのある者でしたので、彼女に手ほどきを受けました。賊を一人二人斬るくらいならば、何とかなるでしょう」
「無理をされても困るんだけどな」
「引き際くらいは弁えていますよ。無理と思ったら、他の方に任せて引くことにします」
「まぁ、それなら……」
「僕らも仕事が片付いたら急いで合流するよ。君の腕を信用してない訳じゃないが、仲間は多い方が良いだろう?」
「単福の手を煩わせないよう、頑張ることにするよ」

 何から何まで今日出会った人間に手伝って貰うのは、流石に格好悪い。初の実戦に恐怖がないではないが、やらなければ、という思いは今もなお一刀の心の中で燃えていた。


「作戦はとりあえず以上です。何か質問はありますか?」
「賊が色々な方向から攻めてきた時はどうするんだ? 落とし穴は一つだし、そういう時のことも考えておいた方が良いと思うんだけど……」
「無論、考えてあります。今話した策は敵が全て正面からやってきた場合のものです。他にも考えてありますから、北郷殿には全て頭に叩き込んでもらいますよ?」
「うん、まぁ、お手柔らかに頼む……」

 策が幾つ想定されているのか知らないが、いずれにせよ、全部覚えるのは簡単なことではない。手加減など欠片も考えていない戯志才の怜悧な視線を受けて、一刀はそっと溜息をついた。
















「正面から、全員か……」

 斥候役の村人から情報を受けて、単福は一人ごちた。

 結局、賊は戯志才が想定していた中のこちらが最も与し易い陣形で挑んできたことになる。
賊の血の巡りに期待していた訳ではないが、これほど考えなしだと流石に拍子抜けする。

 だが、今回かかっているのは、自分一人の命だけではない。二百人という『少数』とは言え、他の人間の命を預かる立場にあるのだ。敵が与し易いのならば、それだけ味方のためになる。そう考えることにして、単福は思考を指揮官のそれに切り替えた。

 賊の動向は村の東西南北に配置された斥候役の村人から送られてくる情報で大まかにではあるが掴めている。急ごしらえの斥候ではあるが、賊が来たか来ないか、その数は多いか少ないかの四つだけを符丁で送れるようにしてあるので、素人でも最低限の役割は果たしてくれる。

 何より、ここは彼らの地元で縄張りだ。一人二人が見つからないように行動するだけならば、賊の二枚も三枚も上手を行く。危険だ、と反対した一刀が目を剥くほどの活躍を、斥候はしているのだ。

 戯志才が想定したところに寄れば、賊は途中にある家々を家捜ししながら、中央広場にまでやってくる。めぼしい物がありそうな家、屋敷はこの辺りにしかない。一つ一つを当たるよりは一度に全ての家に電撃的な奇襲をかけた方が成功率は上がる。そのくらいの判断は賊にもつくはずだった。

(個別に来てくれた方が楽ではあるのだけどね……)

 学がないに違いはないが、楽することばかりを考えてもいられない。戯志才の読み通りに賊が行動すると仮定して、単福も思考した。

 今頃、やはり斥候から報告を受けた戯志才と一刀の隊が、賊の退路を断つ形で移動しているはずである。戯志才などは落ち着き払ったものだが、一刀の顔には緊張の色が見て取れた。

 聞けば、初陣であるという。自警団の面々に指示を出す姿は中々堂に入っていたが、緊張した面持ちと僅かに固い動きは、確かに新兵のそれだった。

 新兵が素人の集団とは言え、兵を率いているというも可笑しな話だ。一刀はこの村の人間ではないし、自警団の中には軍属だった者もいる。剣の腕は確かに一刀があの中で一番かもしれないが、全体を見渡し指示を出すだけならば一刀は参謀になり、団長は村出身の戦経験者にやらせた方が上手く行くように思う。

 だが、外から来た一刀は見事に村人の信頼を勝ち取り、自警団を率いている。兵としての錬度はこの規模で一刀が面倒を見たことを考えれば最高に近い状態に仕上がっていた。

 何より目を見張るのは、士気の高さだ。全員が、村を守るという行動のために協力して事に当たっている。元から愛郷心というのはあったろうが、それをさらに強固にし、一刀の元に一つに纏まっている。

 これで錬度と装備さえあれば、賊など物の数ではなかっただろう。彼らに足りなかったのは時間と資金だけだ。賊がやってくるのが後一年遅ければ、戯志才達や自分の補佐などなくとも彼らだけで賊を討てた、そんな気さえするのだ。

 北郷一刀。

 指揮官や指導者として優れた人間であるとは思えない。剣の腕も頭の出来も、悪くはないが凡庸だ。いつだか遠めに見た曹操や孫策のように、見る者を惹き付けてやまない、強烈な人間的魅力がある訳でもない。

 しかし、あの男ならばやれる。他人にそう思わせるだけの何かが、一刀にはあるような気がした。錯覚かもしれないが、話してみるだけの価値はあるように思う。

 完成された存在よりも、未完成な人間を見る方が面白い。仕えるのならば、手伝うのならばそういう人間でなくては、知識も冴えも見せ甲斐がないではないか。

 これが終わったら、話をしてみよう。彼の価値は何処にあるのか、非常に興味がある。


 かたり、と戸が揺れた。単福の部下に割り当てられた自警団員は、屋敷の奥で息を潜めている。何かあれば賊に対応できる。そんな距離にいるのは単福一人だった。光が当たらぬよう、戸からは離れた位置に黒ずんだ布をかぶって床に伏せている。

 鎧は身に着けている。下手に動くと音が立ち、賊に感づかれるだろう。

 動く時は、一瞬で片を付ける。一人、二人……三人が屋敷の中に足を踏み入れた。後続がある様子はない。この屋敷にやってきたのは、三人、それで全員である。

 それを見定めた瞬間、単福は動いた。地を這うように疾走し、抜き身の剣を切り上げる。暗闇から、一瞬の銀光が走る。剣は狙い違わず、賊の首を跳ね上げた。首が飛び、血飛沫が舞う。首を刎ねられた賊が、自分の死を自覚するよりも速く単福は動く。

 異変が起こった。仲間が死んだその時に、残りの賊が感じ取ったのはその程度だ。危機感よりも単純に、心に浮かんだ違和感を解消するためにゆっくりと振り向く賊の背に、剣を突き立てる。

 十分な加速の乗った剣は肉と骨を断ち、賊の身体を貫通した。賊の命を奪った自分の剣をそのままに、賊の持っていた剣を奪い取る。

 最後の賊は、ようやく敵対する者が屋敷の中にいることに気づいた。血を被った黒い布に覆われた単福の姿を見て、悲鳴を挙げる――それよりも早く、単福の右手が閃いた。放たれた短刀が賊の喉を貫く。口から漏れたのは、乾いた空気の音だけ。

「やれやれ……」

 誰に愚痴るともなく、単福はゆらり、と床を滑るように走り、大上段から剣を振り下ろした。愛剣に比べると切れ味は物凄く悪かったが、剣は剣だ。単福の腕によって凶器となったそれは賊の身体を斜めに切り裂き、血の雨を降らせた。

「これで第一段階は終了だね」

 血の雨を浴びないよう、布できっちりとガードしながら賊の死体を改める。出来ることならば鎧を引っぺがしておきたかったが、そこまでやる時間はない。持っていた剣を奪い、待機している自警団員に放る。

 残りの死体も調べたが、使えそうなのは一人一本持っていた手入れのなっていない剣と、やはり手入れのされていない短刀が四本だけだった。

 戦果としては寂しい限りだが、この村においては武器はそれだけで貴重品である。有事であるならば尚更だ。

 奪い取った武器を配分する。軍経験者だけあって、死体を見ても顔色一つ変えない。渡された武器の具合を確める様は、農業で鍛えられた身体も相まって死体になった賊よりもよほど賊に見える。

 それを官軍に見せろというのだから、戯志才も無茶を言う。自分一人の演技だけで果たして二百人の賊が騙されてくれるのか……

「徐元直、一世一代の大芝居だ」

 騙されてくれなければ乱戦になる。そうなれば外にいる一刀達は間に合わず、村人達の多くが死ぬ。そんな過酷なプレッシャーなど物ともせず、刈り取った賊の首を抱え、単福は屋敷の戸を潜った。

 夜の空の下、広場を埋め尽くすように賊が並んでいる。ゆっくりと、威厳を感じさせるような仕草でもって、数を確認する。多いが、二百はいない。精々百五十、その程度だろう。薄汚れた人間が目立ち、明らかに怪我をしているような連中までいる。

 状態としては下の上といったところだが、これだけ数が多いと威圧感がある。正面から相対していたら、村の戦力では確かに相手にするのは厳しかっただろう。戯志才の策、様々だ。

 来訪を予期して策を弄し、罠まで張った。ここで更に駄目押す。

 抱えていた三つの首を放った。賊に動揺が広がるが、恐慌を起こすには至らない。頭らしき男の合図で賊が単福を包囲するようにゆっくりと動く。仲間三人を殺されたというのに、対処は実に慎重……悪く言えば臆病だ。ここで一気に押し包むように攻撃してくれば、自分の首くらいは取れたかもしれないのに、彼らはその機を逃した。

 戦況が徐々に自分に傾いていくのを感じながら、単福は芝居がかった仕草で腕を持ち上げ、指を打ち鳴らした。

 乾いた音が夜の済んだ空気の中、遠く、深く響く。

 それは村人達に対する、出て来いという合図だった。単福の指示を受け広場の外から木鎧で身を固めた村人達が続々と現れる。今度こそ、賊の中に動揺が広がった。彼らから見れば地面から湧いて出たように見えたことだろう。


 実際には建物の影になるような位置に穴を掘り隠れていただけだが、賊がそれを知ることは永久にない。自分たちを包囲しているのは、精強無比な官軍だ。そう誤解したまま、彼らは死んでいくのだ。

「賊軍が、まんまと罠にかかってくれたな」

 自分達が負けることなど、微塵も考えていない。そんな風を装って声を挙げる。たとえそれが見かけだけの物であっても、自信に満ちた指揮官は指揮される人間に安心感を与える。今晩のように、素人ばかりの時はその効果も顕著だ。戦闘訓練すら受けていない、官軍に化けた村人達の発する気配は、明らかに賊を圧倒していた。

 後、一押し。それだけで勝負の大勢は決する。だが――

「撤収!」

 賊の頭は半端に頭が回った。頭領が行った撤退宣言に、自分が生き延びることしか頭にない賊達はわれ先にと逃げ出していく。

 見切りが早い。撤退の手際の良さに、単福は焦りのうめき声を与える。逃げて二度とやってこないのであればそれで良いが、食い詰めた賊が行く場所はもうこの村しかない。村のことを考えるのならば、彼らはここで皆殺しにしておく必要がある。

 逃げる人間を追って殺すのは容易いが、散って逃げられると全てを殺すのは難しい。包囲が完成していない今では、本当に逃げられる可能性がある。

 かかれ! と村人をけしかける言葉を単福が躊躇っていた、その時、賊に矢が降り注いだ。程立指揮による、自警団員の射撃である。広場周辺の屋根に配置された射撃の得意な者による攻撃は、的確に逃げる賊を撃ち倒していく。

 矢による攻撃は、賊軍を誘導する。まさに天の助けである矢の雨に感謝を捧げながら、単福は吼えた。

「かかれ!」

 今か今かと待っていた村人達は、単福の号令に合わせて雄叫びを挙げた。地を揺るがすような咆哮を放っているのは、大多数が戦うことの出来ない村人だ。数を誤魔化すために配置された彼らにも、戦える人間が沢山いると賊に誤解させるという重要な役割があった。
 
 事実、咆哮を背に聞きながら賊は尻尾を巻いて逃げていく。あの声がただの農民の物であるとは微塵も気づいていない様子だ。

 戦う意思のない逃げるだけの賊の背に、単福は容赦なく刃を浴びせる。湯水のように血を吹きながら倒れる賊を踏み越え、次の獲物を求めては刃を振るった。単福についてきた自警団員も次々に賊を打ち倒していく。

 逃げるのに手一杯で、反撃してくる賊は一人もいない。咆哮はまだ断続的に聞こえ、程立隊の矢や投石も降り注いでいる。足を止めたら殺されるという恐怖もあるだろう。振り返ってこちらを見る賊の顔には、色濃い負の感情が張り付いている。

 そんな恐怖を浮かべた賊の首を、次々に刎ねていく。起き上がって反撃してこないよう、一撃で殺すための処置だが、手入れを欠かしたことのない名剣でも、流石に切れ味が鈍ってきた。

 十人目の首の半ばで受け止められたことで、単福はその剣を手放し、賊の剣を奪ってその持ち主を刺し貫いた。賊の死体はそこかしこに転がっている。切れ味は悪いが、武器の調達には困らない。手近に転がっていた剣を二本蹴り上げ、両手で構える。

 手近に見える賊を片っ端から斬っていたせいで、集団との距離は少し開いてしまった。広場から遠のいてしまったことで、程立の弓矢からも距離を離すことに成功している。矢の届かなくなった程立隊は急いで小屋から飛び降り隊伍を組んでいる最中だった。

 彼らに準備が出来次第後を追うように告げると、単福は駆け出す。自警団員は遅れることなく単福に着いてきた。単福よりも一回りは上の世代ばかりだが、息は切らせながらも音は上げない。単福にとっても実に頼もしい仲間だ。

「良く鍛えられてるね。正直、驚いたよ」
「団長の方針で毎日走っておりますからなぁ、体力には聊かの自信がございます」
「農作業の後にかい? 疲れるだろう、良くそんな指示に従ってるね」
「最初はこの若造殴りとばしてくれようかと思いました。ただ身体を鍛えるために走るなど軍にいた時以来でしたからな。ですが、これは必要なこと、と熱心に説かれる団長を見ているとやってみようかという気分になるのですよ」
「信頼してるんだね、北郷殿のこと」
「甘い所はありますが、良い青年です。従って戦うに足る御仁ですよ」
「ならその御仁に、僕も良いところ見せないとね!」

 走りながら、一番後ろを走る賊に剣を投げつける。剣は賊の足に当たり、足を縺れさせた賊はその場に転倒する。

 転んでうめき声を上げる賊を、単福は無視して通り過ぎる。転んだ賊は疲労と怪我で、もう立ち上がることも出来ない。それにトドメを刺すのは、後から合流する程立隊がやってくれるだろう。今すべきは、少しでも戦闘可能な賊の数を減らすことだ。

 走るペースは落とさぬまま、単福は賊の走る方角を見やった。

 賊の進行路は怖いくらいに戯志才の読みと合致している。彼女の読みでは賊の数はもう少し多かったが、少ない分には問題はない。単福は無言で手を挙げると、着いて来る自警団員に速度を落とすように指示を出した。

 大雑把な手順しか頭に入れていない彼らにも、そろそろ決行場所だというのはそれで理解できた。単福達の移動速度が速足くらいになって暫くした頃、賊の集団の中ほどから大きな悲鳴があがった。

 次いで、夜の闇の中でも分かる白い土煙があがる。

 これこそ、今回の作戦で最も時間を割いた落とし穴だ。最終的な規模は戯志才が予定した物よりもさらに大きく深くなり、底には木を削って作った槍や棘が無数に配置されている。集団で走っていた賊は成す術もなくあの穴に落ちたことだろう。

 穴に落ちた集団の直ぐ後ろを走っていた面々は、立ち込める白い煙と仲間の断末魔、そして運悪く生き残ってしまった仲間の呻き声に蹈鞴を踏んでいる。

 そして、怪我と疲労が。足を止めてしまった体力のない負傷している賊は、目の前の現実に膝を屈し、次々と崩れ落ちていった。

「追い詰めたぞ、賊どもめ」

 単福が追いついても、賊達はそこにいた。死人のような顔つきをした彼らに、もう戦うだけの力は残っていない。血糊のついた剣を見ても後退る体力すら残っていないようだ。

 だが、死に対する恐怖だけは残っているようで、単福を見る視線には、いまだ色濃い恐怖が張り付いている。どうすれば生き残ることができるのか、血の巡りの悪くなった頭で必死に考えているのが、単福には手に見て取れた。

 賊達を前に、単福は大きく溜息をつき、片腕を上げた。賊は何事かと、掲げられた腕に視線を集めさせる。

 そして、腕が振り下ろされた。

 単福の背後から矢が打ち出される。放ったのは合流した程立の部隊だった。彼らが放った矢は地に蹲った賊を次々に貫いていった。即死する者もいれば、喉に矢を受けて生き残ってしまった物もいる。最後の力を振り絞って命乞いをする賊もいたが、その声が届いても矢の雨はやまなかった。

 一頻り矢を撃ち終わるのを待ち、単福は賊に歩み寄った。最初からついてきた自警団員も、程立隊の面々も途中で拾った剣を持って後に続いている。賊は既に息絶えている者がほとんどだったが、落とし穴の淵にまだ一人、息のある男がいた。

「なぜ……」
「君達が賊だから、と答えよう。君たちが善良な流浪民だったら、また違った道もあったのだろうけどね。残念ながら君達は僕達から奪うためにこの村を訪れ、僕達はそれに抵抗し君達の命を奪うに至った。筋道は通っているだろう? 疑問が解決したのなら、安心して逝きたまえ」

 短刀が賊の喉を深く裂く。それで賊は絶命した。

「落とし穴に落ちた連中にトドメを指したら、逃げた連中を追うよ。可能性は低いけど分散して逃げた賊が反撃に出てくるかもしれないから、何人かはここに置いていく。程立!」
「はいはい、なんですかー」
「隊の半分を借り受ける。残りの半分は君が指揮して周囲の警戒に当たってくれ」
「要するに打ち合わせの通りってことですねー」
「まぁ、そういうことだね。全く、君達の策は怖いくらいに上手く行く」
「まだ完結した訳ではありませんよ? 最後の仕上げは、お兄さん達にかかってますから」
「なら僕はその仕上げを特等席で見るとするよ。落とし穴はどうだ!?」
「大丈夫です。穴の下の方までは見えませんが、見えるとこにいる奴は皆息がありません」
「ならばよし。皆、疲れてるところ悪いけど、もう一働きしてもらうよ。我らが団長殿を助けに行こうじゃないか」

 単福の提案に、村人達は夜空に吼えることで答えた。

 この声は、一刀達にも聞こえているだろうか?
 











「どうやら始まったようですね」

 村の方角から咆哮が上がったのを聞いて、戯志才が呟く。夜間でも目立たぬよう暗色の布を被っての移動中だ。賊の相当数が正面からやってきたというのは、一刀達も目視で確認していたが、それが現状の全軍であることは斥候役の村人から報告を受けていた。

 一番与し易いルートできてくれた、ということである。

 最初から一つの集団であるのなら、程立と単福ならば上手く誘導してくれることだろう。一刀は村での作戦が成功するかどうかの心配をすっぱりと止めた。自分が成功できるか、の方が遥かに心を悩ませる課題なのだ。

「第一案で作戦を決行します。内容は覚えていますか?」
「戯志才の隊が村に近い方で展開。最初に矢で攻撃した後に、進路を塞ぐように展開した俺の隊が矢で攻撃。それでも賊が動いているようだったら直接応戦。戯志才の隊と挟撃する」
「よろしい。では、予定通りに」
「戯志才も気をつけて」

 励ましには無言で手を振ることで応えた戯志才は、隊を率いて配置についた。待機する場所は戯志才が決めるため、一刀達の移動は戯志才の配置が完了してからだ。歩幅で大雑把な距離を測りながら、戯志才に事前に指示された間隔を開けて、一刀達も配置につく。

「いよいよですね団長」

 当然のように一刀隊になった子義が、装備の点検をしながら小声で囁く。剣の数が足りないため、ほとんどの隊員の武器が木刀や石器時代のような槍なのに対し、子義だけは真剣を持ち弓も本格的な拵えの物を使っていた。

 年齢こそ一番若いが、自警団の中で子義が実力者であるのは疑いようのない事実だ。武器は優先的に回されているのもそういう理由である。弓は鳥や獣を狩りに行くこともある村の老人から借り受けた猟師用の弓だ。剣以上に弓に才能があることに気づいたのは極最近のことだが、子義の腕があれば夜の闇の中でも、人の額くらいは確実に射抜くだろう。
 
 弦の具合を確める子義の目は、興奮で爛々と輝いていた。

「子義はさ、人を殺すのに抵抗とかない?」
「人じゃなくて賊ですよ、団長。殺さないと盗られたり殺されたりするなら殺すしかないじゃありませんか」

 抵抗はない、そんな顔だった。他の団員を見ると聞くともなしに話を聞いていた者は皆、子義と同じような顔をしている。

 誰も自分の考えには共感してくれない。ここでは北郷一刀ただ一人が異端なようだった。

 やるしかないと頭では解っていても、どうしたって抵抗はある。現代日本で生まれた者としてはきっと正しい感性なのだろう。こんな世界に放りだされて尚、この感性を持ち続けていられたことは幸福なことなのだと思う。

 生きるために命を削らなくても良い。あの国は本当、どこまで平和だったのか。

「そうだな、可笑しなことを言った」
「不安なんですか? 大丈夫ですよ。団長のことは俺が守りますから」
「子義には期待してるよ。でもほどほどにな。お前、お馬鹿さんなんだから」
「真顔で言わないでくださいよ……」

 ははは、と周囲の団員達から小さな笑い声があがる。自警団の中でも最年少の子義は、皆から愛されているのだ。全員から馬鹿と言われたようで子義は不貞腐れてそっぽを向いたが、戯志才隊から合図があったことで、表情を引き締めた。

 全員が弓を持ち、矢を番える。

 獣のように息を殺し、待つこと数分。村の方から足音が聞こえてきた。不規則で大きなそれは相当に余裕がないことを伺わせる。策は上手く行っているようだ。戯志才隊からは、このまま予定通りに、という最後の合図が送られてきた。

 後は、戯志才隊のタイミングに合わせて、こちらも動くだけ。

 矢を持つ手に緊張が走る。弓の腕はそれほどでもないが、真っ直ぐに飛ばすくらいは一刀にもできる。矢が当たれば、人は死ぬだろう。自分の撃った矢で人を殺す光景を想像して、ぶるりと震えた。

 吐きそうになるのを、ぐっと堪える。やるしかない、やらなければいけない……

「いまだ、撃て!」

 戯志才の声が聞こえた。命令に従い、団員達が矢を放つ。村から走ってきた多くの賊が矢によって倒れたが、それでも全員ではない。速度を緩めずに走ってきた賊に、今度攻撃するのは一刀達の隊だ。

 遠目に先頭を走っている男の顔が見えた瞬間、一刀の覚悟は固まった。

「用意――」

 一刀の言葉に従い、全員が弦を引く。ぎりぎりと弦が音を立てるのを聞きながら、賊を十分に引き付け――

「撃て!」

 号令一過、一刀隊全員が矢を放つ。いや、子義一人だけは号令を無視して、矢を放たずにいた。一刀達の矢が賊に命中する。中には剣で矢を払うような者もいたが、放たれた矢のほとんどは賊の身体に命中した。

 子義が矢を放ったのは、全ての矢がどうなったのかを見届けてからだった。その矢は一筋の光のように伸び、一人の賊の額を貫く。即死だったのだろう。額から血を噴出した賊は、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 自分が生み出した成果を見て、子義は手を叩いて喝采を挙げた。相当数が矢で倒れたがまだ動いている賊はおり、そのうち何人かはこちらに向かって駆けている。戦いはまだ続いているのだ。

 そして、もう一度一斉射撃をするような余裕はない。

「いくぞ。皆、油断するなよ」

 それだけを仲間に告げると、一刀は駆け出した。全員がそれに追従する。一人で喜んでいた子義が僅かに出遅れたが、この中で一番足が速いのも子義だ。あっという間に一刀を追い越し先頭になる。

 だが、そこで想定外のことが起きた。

 最後の力でも振り絞ったのか、賊の一人が機敏な動きを見せたのだ。斬りかかるよりも先に踏み込んできた賊の力任せの一撃を、子義は身体を地面に投げ出すことで避けた。後転して距離を取る子義を横目に見ながら、子義が追撃されないよう身体ごと割り込んで賊の剣を受ける。

 子義以外の仲間は切り結ぶ一刀には目もくれず、他の賊に襲い掛かった。彼らは『戦う時は必ず相手よりも多い人数で』という教えを律儀に守り、負傷して動きの悪い賊であっても、一人を相手に二、三人で剣を交えていた。

 数の利は既にこちらにあった。この場面を切り抜ければ勝利は目前である。一刀の剣にも力が篭るが、眼前の賊は聊か一刀の手に余った。荀家の侯忠ほど強い訳ではないが、自分よりは明らかに場数を踏み、剣の腕も上であると感じられたのだ。

 一人では勝てない。早い段階で理解できたのは、訓練の賜物だろう。

 数合切り結んで不利を悟った頃、転がった子義がすっ飛んで戻ってきた。一刀が賊の剣を受けたタイミングを見計らって、賊に剣を突きこむ。鋭く、速い突きだ。これだけを見たら一角の剣士に見えなくもないが、攻めのパターンが単調という欠点はまだ直っていない。

 長丁場になれば必ずボロが出る。自分が気づいたようなことを、修羅場を潜った賊が気づかないとも思えない。

 どうやって賊を倒すか、考えを巡らせた瞬間、その賊が雄叫びを挙げた。あまりの声の大きさに反射的に動きが止まる。一刀も、子義もだ。それを見逃す賊ではなかった。

 賊は子義に身体ごと突っ込んだ。軽い子義は成す術もなく吹っ飛ばされる。ギロリ、とこちらを睨む目は飢えた獣のそれだった。男の剣に、さらに力が乗る。一つ受ける度に大きな痺れが走った。腕力の差は歴然だ。気を抜けば腕ごと剣を持っていかれそうな攻撃は、止む気配がない。

 せめて子義が復帰するまで。そう思って必死に剣を受けたが七合が限界だった。高々と剣を跳ね上げた賊は、返す刀で首を狙ってくる。慌てて一刀は倒れこむようにして身を投げた。

 土を味わう羽目になったが、力任せに振りぬかれた剣は近くの地面を穿つに終わった。腕も首もまだ繋がっている。死んではいない。子義の戻ってくる気配を感じた一刀は、そのまま地面を転がって賊から距離を取った。

 吹っ飛ばされたことを根に持っているらしい子義は、猛然と賊に攻め込んだ。いつもの五割増しくらいの速度で攻め続けているが、パターンはいつもと変わっていない。男は後手に回っているが、子義の剣を受けることには成功し続けている。

 次に何処に来ると確信が持てている訳ではないのだろう。男が子義の剣を受けられるのは、きっと経験に寄るところが大きいはずだ。荒削りの天性だけで修羅場を潜った人間を押し込めるほど、剣に関して子義の才と錬度は高くない。

 どうやって子義を援護するか、そう思案している途中に賊の背後に動く影を見た。子義もそれに気づいたようで、こちらに向けて足で合図をする。タイミングを合わせる。そう言っているのだと理解した一刀は、『あちら』に向けて構わずやれ、というサインを送った。

 次の瞬間、 子義が賊の身体を盾にするように伏せた。それと同時に、戯志才達が一斉に矢を放つ。的は子義と切り結んでいた賊ただ一人。戦うことに夢中になっていた賊は、背後の気配に気づくことは出来なかった。

「まさか卑怯などとは言いませんよね?」

 口の端をあげて笑う様は、さながら悪の大幹部だ。

 賊よりも悪役らしく戯志才が微笑むのを他所に、子義は自分の役目を真っ当していた。無言で剣を拾い上げると、躊躇いなく、男の腹部にそれを突き込む。賊が吐血する。まだ死なない。

 首に伸ばされた腕を払いのけ、子義が後退する。

「団長!」

 その声は、どこか遠くに聞こえた。背に矢を受け腹に剣を生やした賊は、ついに膝を突いた。手から剣が零れ落ちるのを見て、安堵する。生き残ることが出来た……ならば、これからこの男を殺そう。

「悪く思わないでくれよ」

 これが、務めなのだ。

 そんな言い訳を思い浮かべることもないまま振り下ろされた剣は、易々と男の首を刎ね飛ばした。











「ご無事ですか、北郷殿」

 呆然としていたら、いつの間にか時間が流れていた。戦場だった場所は慌しく動き回る自警団員で溢れている。彼らは賊の死体から鎧や武器を引っぺがし、不要になった死体を一つ所に集めている最中だった。

 それは弔おうとしての行いではない。死体は疫病などの原因になるから、埋めるか焼くかするしかないのだ。日が高ければ直ぐにでも穴掘りを始めていたのだろうが時刻は深夜だ。最低限の作業だけを今のうちに行い、穴を掘って埋めるのは日が昇ってからに行う。

 これは事前に決められていたことで、自警団員には一刀が伝えたことだ。自分がぼ~っと突っ立っているだけで作業の邪魔にしかなっていないことに今更気づいた一刀は、慌てて後退り戯志才から距離を取った。

 意味のない奇怪な行動に、戯志才は不快そうに眉を顰める。機嫌のバロメータがマイナス方向に傾くのを感じた一刀は、あー、とかうーなど、やはり意味のない単語を数言呟いた後に、

「ごめんなさい……」

 と、素直に頭を下げた。

「……開口一番がそれというのは、空しくありませんか?」
「言って早々後悔してるよ。柄じゃないのかな、こういうの……」
「肌に合おうとそうでなからろうと、大将には相応の振る舞いというものがあります。気を抜いて良い時を見誤っては、示しがつきませんよ?」
「良く覚えておくよ。それで、どうだった?」

 周囲を見るに、既に村へ一人か二人は人をやっているはずだ。単福の姿が見えないが、村に残っていたはずの人間の姿もちらほらと見える。

「上出来と言えば上出来です。怪我人は村とこちら合わせて多数出たようではありますが、全員命に別状はありません。賊は殲滅……出来たかどうかは知りませんが、目に見える範囲にいる賊は全て討ち取りました。結果だけを見れば大勝利と言えるでしょう」
「不満のありそうな物言いだな」
「怪我人が出た、というのがよろしくありません。賊の規模、錬度、負傷の具合を考えれば本当に一方的に勝負を決めることも出来たはずです」
「完璧主義なんだな、戯志才は」
「振り返ってみればできなくもなかった。そう思うと悔しいではありませんか。次に同じ状況が巡ってきた時には完璧に遂行できるよう、何がいけなかったのかを検討するのは軍師として当たり前のことです」
「問題点が解ったら是非教えてくれよ」
「当然です。団長である貴方が知らないでどうしますか」

 まるで教師の物言いだ。これは当分逃がしてくれそうにないな、と一刀は誰にともなく苦笑を浮かべた。戯志才は澄ました様子で周囲の自警団員に指示を出している。賊が使っていた武器防具の他に、自分たちが撃った矢も可能な限り回収していた。


 人体に刺さった矢は使い物にならなくなっている物が多いが、当たらずに地面に落ちた物もいくらかある。正規軍が見たら笑ってしまうような粗末な造りだが、村の財政状況を考えると矢の一本も無駄には出来ないのだ。

(弓の命中精度が次の課題だな……)

 待ち伏せしてしっかり狙い、それでも当たらなかった矢があるというのは、改善すべき点である。問題は指導する方法だ。弓の手ほどきは荀家で受けたが、剣や体術ほど熱心に学んだ訳ではない。基礎の基礎くらいは教えることができるものの、そこから先は我流でやってもらうより他はない。

「戯志才、弓を教えたりできるか?」
「正規軍の調練方法は把握しています。私自身の腕は大した物ではありませんが、素人が見よう見真似でやるよりはマシでしょう。弓の調練場も見たことがありますから、小規模なそれを再現するくらいはこの村でも可能なはずです。それが完成すれば、今よりずっとまともな調練が出来ますよ」
「それは助かるけど……それまでこの村に残ってくれるのか? 俺ももう暫く残るつもりでいるけど、戯志才は旅の途中なんだろう?」
「急ぎの旅ではありませんからね。それに乗りかかった船です。形になるまで面倒を見るくらいはしますよ」
「正直、ちょっと意外だ」
「貴女が私を冷血を思っていた、というのは理解しました」
「そうじゃない。戯志才には凄く感謝してる。戯志才がいなかったら、俺達はずっと大きな犠牲を出してた。いくら感謝してもしたりないよ」
「気持ちだけ受け取っておきましょう。私も程立も当然の仕事をしたまでです」

 報酬を要求しても良い働きをしたのに、戯志才の態度は素っ気無い。それが何となく一刀の悪戯心に火をつけた。困っている顔が見てみたいと思ったのだ。

「とにかく、俺は感謝してる。ありがとう、戯志才」

 そう言って、有無を言わさず戯志才を抱きしめた。抱くというにはあまりに力の篭っていない、軽いスキンシップのようなもので、厭らしい気持ちなど欠片も持たずにそれを行った。

 それで慌てるなり怒るなりしてくれれば、それで良かった。殴られて謝る羽目になったとしても全然後悔はしなかっただろう。それで何か、戯志才が大きな反応を返してくれれば、一刀は満足だった。

 だが、戯志才の反応は一刀の予想の斜め上を行っていた。

 まず、抱きしめても反応がない。緊張で強張っているというのでもなかった。身動ぎ一つしないのである。

 まさか気絶でもしているのかと顔を覗きこんだが、目は開いていて呼吸もしている。意識もはっきりしているようだ。

 間近にいても聞き取れないようなことを、真っ赤な顔でぶつぶつと呟いている戯志才を見て、これは失敗したかな、と一刀が少しだけ後悔をし始めた時、視界が真っ赤に染まった。

 ぶぱっ、と耳に残る鮮明な音を立てて、戯志才が大量の鼻血を噴出したのだ。当然、正面にいた一刀はそれを頭から被ることになったのだが、何が起きたのか理解の追いついていなかった一刀にとって、自分が血塗れになることなど些細な問題だった。

 支えようとする一刀の腕を逃れるように、戯志才の体はゆっくりと後ろに倒れていく。止まらない鼻血は弧を描き、月と星の光の中で鈍く輝いていた。

 戯志才が倒れたのは、作業をしていた自警団員全ての目に留まった。誰もが鼻血を流して倒れている戯志才という事実を理解できなかったが、十秒、二十秒と時間が経つにつれて、慌しく動き出した。

「軍師殿が倒れたぞ!」
「団長も血塗れだ!」
「誰か、村長呼んでこい! 大至急!!」

 倒れ付す戯志才は、年頃の女性がしてはいけないような間抜けな顔をしてぴくぴくと痙攣していた。

 悪戯心から手を出した行動が正しかったのか、間違っていたのか……戯志才の何とも言えない姿を前に、一刀が答えを出すことは出来なかった。

 






今までよりも大分長くなってしまいましたが、これで戦闘編は終了です。
次回の事後処理編を経て、次の連合軍編に移ります。
村での出来事にもう少しお付き合いください。









 
 


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