<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


No.19733の一覧
[0] 白銀の討ち手シリーズ (灼眼のシャナ/性転換・転生)[主](2012/02/13 02:54)
[1] 白銀の討ち手【改】 0-1 変貌[主](2011/10/24 02:09)
[2] 1-1 無毛[主](2011/05/04 09:09)
[3] 1-2 膝枕[主](2011/05/04 09:09)
[4] 1-3 擬態[主](2011/05/04 09:09)
[5] 1-4 超人[主](2011/05/04 09:09)
[6] 1-5 犠牲[主](2011/05/04 09:10)
[7] 1-6 着替[主](2011/05/04 09:10)
[8] 1-7 過信[主](2011/05/04 09:10)
[9] 1-8 敗北[主](2011/05/24 01:10)
[10] 1-9 螺勢[主](2011/05/04 09:10)
[11] 1-10 覚醒[主](2011/05/20 12:27)
[12] 1-11 勝利[主](2011/10/23 02:30)
[13] 2-1 蛇神[主](2011/05/02 02:39)
[14] 2-2 察知[主](2011/05/16 01:57)
[15] 2-3 入浴[主](2011/05/16 23:41)
[16] 2-4 昵懇[主](2011/05/31 00:47)
[17] 2-5 命名[主](2011/08/09 12:21)
[18] 2-6 絶望[主](2011/06/29 02:38)
[20] 3-1 亡者[主](2012/03/18 21:20)
[21] 3-2 伏線[主](2011/10/31 01:56)
[22] 3-3 激突[主](2011/10/14 00:26)
[23] 3-4 苦戦[主](2011/10/31 09:56)
[24] 3-5 希望[主](2011/10/18 11:17)
[25] 0-0 胎動[主](2011/10/19 01:26)
[26] キャラクター紹介[主](2011/10/24 01:29)
[27] 白銀の討ち手 『義足の騎士』 1-1 遭逢[主](2011/10/24 02:18)
[28] 1-2 急転[主](2011/10/30 11:24)
[29] 1-3 触手[主](2011/10/28 01:11)
[30] 1-4 守護[主](2011/10/30 01:56)
[31] 1-5 学友[主](2011/10/31 09:35)
[32] 1-6 逢引[主](2011/12/13 22:40)
[33] 1-7 悠司[主](2012/02/29 00:43)
[34] 1-8 自惚[主](2012/04/02 20:36)
[35] 1-9 青春[主](2013/05/07 02:00)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19733] 1-6 逢引
Name: 主◆548ec9f3 ID:0e7b132c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/13 22:40
さあ行こう今行こうすぐ行こうと目を爛々と輝かせながら服の裾を引っ張るサユをなだめつつ、俺は陸上部の部室へと歩を進める。サユにとってメロンパンとは理性を失わせるほどに魅力的なものらしい。小さなお尻の後ろに、パタパタと左右に揺れる犬の尻尾が見えてきそうだ。
「すまんな、小僧」
すっかり落ち着きをなくした自らのフレイムヘイズに代わって礼を言うテイレシアスの呆れ半分諦め半分の声に「いいってことさ」と微苦笑を返す。こいつもけっこう苦労してるのかもしれない。サルマキスと同種だというからなんとなく苦手意識を持っていたが、たしかに同類ではないようだ。

「サユ、ちょっとここで待っててくれ。欠席届けを出すだけだからすぐに済む」
幸いなことに今日は午後からの授業はなかったので、部活を休めば隣町まで足を伸ばす時間は十分ある。犬に「待て」をするようにサユを制し、部室の扉をノックする。朝の会話を思い出して入室に一瞬躊躇うが、「なるべく早くね!」と背後で急かす声に逡巡を掻き消され、忍び笑いを我慢しつつドアノブを回した。
「ああ、お前か。……もう調子は戻ったのか?」
「あ、ああ。そのことなんだが……」
互いに気まずさを感じていることを自覚しながら口を開く。
その日の出来事をネタに会話に花を咲かせるような同好がいない俺は、部室の鍵を預かる部長の次に早く部活に参加するのが常だった。今日も授業が終わると即行で(サユに押されながら)クラスを出たため、部室には机で事務処理をしているらしい部長と例の小柄なマネージャーしかいなかった。衆目が少ない幸運を噛み締めつつ、二人に欠席届けを提出したい旨を告げる。
「や、休む?お前がか?いったいどうして―――ああ、なるほど」
「―――!!」
これまで部活を生き甲斐にして一度も休んだことのなかった俺が自分から欠席を告げたことに部長とマネージャーは目を見開いて驚いていたが、背後の扉の隙間からまだかまだかとこちらの様子を覗くサユの姿を目にした途端に合点がいったと言わんばかりに眉を跳ね上げた。その隣のマネージャーは大人しそうな顔に似合わない表情でサユに厳しい目を向け出す。
「な、なんだよ」
「いやなに、お前は他人に興味のない奴だとばかり思っていたんだが、なかなか隅に置けないじゃないか」
「だから朝から変な調子だったのか」とやけにさっぱりした顔を破顔させ、部長はテキパキと欠席届を引き出しから取り出して必要な欄に記入をしていく。後は本人のサインと欠席理由を入れるだけの状態にしてこちらに寄越すと、「だがな?」と不意に怪訝そうな目付きになって顔を近づけてくる。
「なんというか、あの娘はちょっと、その、小さすぎるんじゃないか?お前の趣味嗜好に文句をつけるつもりはないんだが、体格差的に兄妹にしか見えな―――」
「うるせえ!余計なお世話だっ!!」
体格差について図星を突かれた俺は乱暴に届出書にサインをして欠席理由欄に「私用だ文句あるか」と書き殴るとバシンと机に叩きつける。サユが何歳でフレイムヘイズとなって成長がストップしたのかは知らないが、彼女の背丈はあまりに小さい。180を越える俺と並んだらそれこそ妹にしか見えない。そんな小さな女の子を好きになってしまったことに誰よりも当惑しているのは俺自身なのだ。
普段なら先輩に対しての不遜な態度に怒りを露にする部長は未だにニヤニヤと破顔したままで、それがこちらの心境を見透かしているように見えて無性に腹が立ち、またその何倍も恥ずかしかった。
「じゃ、じゃあな、ビューロー部長!」
「ああ、しっかりエスコートしてやれよ」
「うるせえ!」
上擦った声で吠えると、紅潮した顔を悟られないようにさっと翻してさっさと退室する。他人に対してこんなに感情をむき出しにしたのは本当に久しぶりだった。怒りを抱いているのに不思議と不快なものには感じない。むしろ本心で触れ合う心地よさすら覚えている。
馴れない心の揺れに戸惑いながらさっさとサユを連れて校舎を出ようとして、

「君、陸上部のマネージャー希望?最近可愛い娘が増えて僕、満足!」
「いえ、ちょっと人を待ってます」

「君、中学生だろ?誰だよこんな可愛い妹さんを待たせてる不届き者は!」
「ボクはここの生徒です。一応」

「ねえ、よかったらこのチョコ食べる?それともキャンディーの方がいい?」
「お気持ちだけ頂きます。この後にとてもとても大切な用事があるので」

「これがJAPANISCH MOEというやつか。悪くないな、萌えってやつも」
「たぶん違います」

ズルリと盛大にずっこけた。正面にあったロッカーにド派手な体当たりをかまし、そのまま脱力してズルズルと床に突っ伏す。サユが目立つということをすっかり忘れていた。どこかに隠れていてもらうべきだった。
「あ、フリッツ君。やっと出てきた。待ちくたびれたよ」
地に伏して頭を抱える俺に気付いたサユがとことこと駆け寄ってくる。まるで主人を待ちわびた飼い犬のような仕草に身悶えしたくなるような愛おしさを感じたが、サユに追随して屈強な部員たちがスクラムを組んで歩み寄ってくる様を見てその興奮は急激に冷めた。立ち上がれば俺よりガタイがでかい奴はいないとは言え、どうしてだか遙か頭上から見下ろされるようなプレッシャーを肌で感じる。こいつらもサユの放つ“守ってあげたくなるオーラ”にやられてしまったらしい。
「……待ち合わせてるのって、フリッツだったのか」
「はい、そうですよ。フリッツ君とは同じクラスでお世話になってます」
「ほお~、フリッツがねえ……」
四方八方から突き刺さる追求の目に射止められ、身動きがとれなくなる。たちの悪い警察の取り調べを受けたらこんな感じなんだろうか。無意識に私がやりましたと口走りそうになる。
「ところで、フリッツとのとても大切な用事って、なに?」
先ほどとは別の男がこちらを射貫く視線をそのままにサユに優しく問いかける。急にとてつもなく嫌な予感が膨れ上がり、全身から汗がぶわっと吹き出す。頼むから空気を読んでくれよ、サユ!

「ええ、ちょっとデートに―――「すまん今日は欠席するじゃあなお前ら!!」

空気と俺の期待を真っ二つに切り捨てたサユの腰を片腕で抱きかかえ、俊足を駆使してその場から遁走する。一拍遅れて待てやゴルァアという怒声と複数の靴音が廊下に響き渡る。待てと言われて誰が待つか!
追走する部員たちから逃れようと校門に向かって一直線に突っ走る俺の腕の中で、出し抜けにクスクスと愛嬌を感じる忍び笑いが発せられた。見下ろせば、相変わらず俺に抱きかかえられたままのサユがイタズラっぽい微笑を浮かべていた。まさか、さっきのは……。
「ごめん、ちょっとイジワルだったかな?でも、ボクを待たせるのがいけないんだよ」
「やれやれ、お前もいい性格になってきたな、サユ。これでは小僧がぷっくく、気の毒ではないかぶははは!いいぞもっとやれ!」
「お前らいい性格してるよまったく!!」
やっぱりワザとだったのか!前言撤回、この娘は天使じゃなくて小悪魔だ!!



一切の乱れのないストライド走法の軽快な足音が校門に向かってフェードアウトしていくのを聞きながら、陸上部部長を務めるリヒャルト・ビューローはつい先ほど提出されたばかりの欠席届に晴れやかな顔で受認サインを記していた。その笑顔の理由は、調和を乱す問題児とようやく打ち解けるキッカケを掴めたことだけではない。

欠席届を然るべき棚に仕舞うと、先ほどから一向に手が動く気配のない新人マネージャーに苦笑を浮かべて話しかける。
「さっきの、聞いてたか?」
「聞いてました。あの娘、デートだって。フリッツ先輩とデートだって!」
「違う違う。そっちじゃなくてだな」
よほど“お目当ての先輩”をとられたのが悔しいのか、小さい頃から気弱で自分の影に隠れてばかりだった彼女が珍しく声を荒らげている。その変化も好ましいものだと感じながら、リヒャルトはニヤリと満足気に笑う。
「あいつ、初めて俺のことを“ビューロー部長”って呼んだんだ。今まで素っ気なく“部長”だけだったのにな。俺の前で表情をころころ変えたことも今までなかった。こんなことは初めてだ」
「た、たしかに……」
「良い傾向に変わってきたと思わないか?あの黒髪の娘が良い影響を与えたのかも知れないな」
「ううっ」
容姿は優れているのに昔から病弱だったせいで自分に自信を持てない、根っからの引っ込み思案な“妹”にハッパをかけるために、少しトーンを落とした深刻そうな声で耳元で囁く。
「これは大変な強敵が現れたんじゃないか、エリザ」
「―――ッッちょっと用事を思い出したので帰ります!後は部長がやっておいてください!!」
「ああ、行け行け。『Heute ist die beste Zeit.(思い立ったが吉日)』とも言うし―――って、もういないか。あいつ、実は短距離走の才能があるんじゃないか?」
処理途中の書類もそのままに弾丸と化して部室を飛び出していった妹、エリーザベト・ビューローの慌てっぷりに口元を綻ばせ、リヒャルトは彼女の残していった書類にも目を通し始める。フリッツの人柄を信用していなかったため妹の恋路には拒否感を抱いていたが、その心配もしなくて済みそうだ。ライバルが現れたことであの娘がより活発的になれば、兄としてはさらに嬉しい限りである。

「ういっす、お疲れ様です、部長。すいません、フリッツの野郎を取り逃がしました。マーカスが足が遅いせいですよ」
「うるせえよ、ドム。ったく、あの野郎、体調でも悪くなったのかと思ってたらあんな可愛い女の子と付き合い始めたのか。心配して損したぜ。なあ、コール」
「ああ、その通りだぜ。愛想も感情もない冷徹野郎かと思ってたが案外侮れないもんだな、チクショウ」
「まあ、我が部にはアイドルのエリーザベトちゃんがいるわけだし、ベアード様は気にしな―――あれ?エリザちゃんは?」
「さっき出ていったぞ」
「「「「……俺らも今日は欠席します」」」」
「よしお前ら全員表に出ろ!!」


 ‡ ‡ ‡


「サユ、落ち着いて食べろよ。メロンパンは逃げないだろ。……聞いてないな、これは」
隣で一心不乱にメロンパンをぱくつくサユの目の前で手を振るが、反応はない。文字通り無心になって齧り付いている。目尻にはうっすらと感動の涙すら浮かんでいる。時々ハムスターのように頬を膨らませてモグモグと咀嚼して嚥下したかと思えば、休む暇もなく新たなメロンパンに小さな口でかぶり付く。さっきからずっとこの繰り返しだ。見ているこっちの方が腹一杯になりそうだ。
パン屋前の野外カフェは人通りの多い並木通りに接しているので、この微笑ましい小動物を見た大勢の人間がにっこりと顔を綻ばせて次から次へと通りすぎていく。それを気恥ずかしく思うのもすっかり馴れてしまって、まるで本当に幼い妹を見守る兄になった気分だ。部長に兄妹みたいだと言われても仕方がない。
「……この隙をサルマキスに狙われたら一巻の終わりだな」
「まあ、そう言うな小僧。ここ一週間ほどメロンパンを食っていなかったのだから、こういうことにもなる」
「ははは、一週間なら仕方がないな」
紅世の王の言葉に薄ら笑いを浮かべて軽く冗談を返せるようになった自分は、実はかなり順応力が高いのかもしれない。
「んぐぐっ」
「言わんこっちゃない。ほら、口開けて」
メロンパンの詰め込みすぎで喉を詰まらせそうになるサユの口にホットミルクのカップをあてがう手際も手馴れたものだ。こくりこくりと小さく震える細い喉首に目を奪われつつ、ぐっと平静を装って白いヒゲを拭ってやる。ふにゅっとした滑らかな朱唇の弾力を指先に感じる。
「んむ。ありがとう」
赤ん坊のようにされるがままに口周りを拭かれたサユが照れ笑いを見せる。
(ほら、また。そういう無邪気な笑みを簡単に見せるから、皆放っておかないんだ)
無垢な微笑を向けられて思わず火照った顔を見られないように視線を下に逸らせば、袋に詰め込まれていたはずの大量のメロンパンは全て彼女の胃袋へと収まった後だった。なだらかな起伏を描く細身に変化は見つけられない。その身体のどこに入っているのやら。女の子にとって甘いモノは別腹というが、彼女の別腹は異次元にでも繋がっているのか。
サユが腹を撫でて、はふぅと満足そうに息をつく。
「おかげで生き返ったよ。まさかドイツでメロンパンを食べられるとは思っていなかったから、本当に助かった。味も良かったし、大満足!」
「偶然、この店の前を通りかかったことがあっただけさ。喜んで貰えたならよかった」
隣町にはある用事のために週一で訪れている。メロンパンを置いてあるパン屋は珍しいから印象に残っていたのだが、覚えていて本当によかった。好きな女の子の幸せそうな顔を見れたことをただ純粋に嬉しく感じ、その笑顔を独占したいと思う。誰にでも向けるのではなく、自分だけに向けて欲しいと願う。傲慢で不純な感情という自覚はあるものの、“そういうものなのだ”と心が許容している。これは、間違いなく恋をしている証拠に違いない。
ゆったりと幸せの余韻に浸るサユの横顔を眺める中、今まで明確に仕分けできず明文化できなかった、俺がサユに心を奪われた理由をようやく認識し始めていた。

(サユは、無防備すぎるんだよ)

サユは、女なら当然備わっているはずの無意識下での異性への警戒心がごっそりと欠如している。あたかも同性に接するような自然な感情を剥き出しにして晒してしまう。それを目の当たりにした人間は、その純真さに穢してはならない透明な美しさを覚え、同時に危なっかしさを感じて保護欲を掻き立てられる。
(でも、サユの秘密を知っているのは俺だけだ)
心中にそう呟けば、たしかな優越感が胸の鼓動と共に全身に拡がる。普段儚げに見える美少女が影で人々を守るために超然と戦っているというその大きなギャップに、俺はすっかり魅了されてしまっていた。誰よりも彼女のことを知っているという事実に知らずに頬が弛む。

だけど、戦闘時の凛々しい戦乙女の姿を知っているからこそ―――俺とサユの間に決して越えることのできない壁があることもわかってしまう。

『“フレイムヘイズ”、それがボクたちの呼び名だよ。紅世の王と契約して、己の過去の軌跡と未来の可能性を代償に、誰彼からも忘れ去られる不老の戦士になった元人間さ』

昨夜のサユの説明が脳裏を過ぎる。寂寥と自嘲が入り混じった言葉だった。
そう、サユはフレイムヘイズなのだ。どんなに近しく思えても、俺たち人間とは一線を画す超常の存在。死ぬまで永遠に戦い続ける、決して老いない狂戦士―――。
(こんなに近くにいるのに、遠い)
手を伸ばせばすぐに抱き締められる距離なのに、彼女との間に硬い壁を感じて切なさで胸が張り裂けそうになる。この邪魔な壁を踏破して、サユの元へ行きたい。サユの力になりたい。サユとずっと一緒にいたい。サユと共に歩みたい!
心からの欲求を思い浮かべるたびに独占欲が惹起され、愛おしさが爆発的に高まっていく。

(せめてこの瞬間だけでも、サユを身近に感じたい)

胸中で渦巻いていた情感が燃え上がり、熱を放ちながら身体を突き動かす。熱に浮かされてボウっと揺らめく意識の中で、太ももの上に置かれたサユの白い繊手にそっと手を伸ばす。未だメロンパンの余韻から醒めやらぬサユは隣で少年が男になろうと邪な勇気を振り絞っていることにも気付かない。そのうっとりととろけた愛くるしい横顔にさらに愛念が漲る。

突然手を握ったりなんかしたら、サユはどんな反応をするだろうか。顔を真っ赤にして怒るだろうか、それとも恥ずかしがるだろうか、もしかしたら―――受け入れてくれるかもしれない?

緊張で鼓膜が突っ張り、喉がカラカラに乾く。唾を飲み下そうとするが、肝心の唾が出てこない。身体中の筋肉が強張って思うように動かない。眼球の筋肉も痙攣し、遠近感が狂いだす。細いうなじから立ち昇るふわりとした女の子の柔らかな匂いに目眩がして、薄い光が目の前で花火のようにパチパチと閃く。ブルブルと震える指先が触れるか触れないかというところまで近づく。
(あと、少し……!)

―――ニヤニヤ

不意に、サユのペンダントから視線を感じて・・・・・・・・・・・・・・・・指が止まった。
源に目を向けると、ペンダントと視線が交差する。ペンダントと目が合うなど気でも狂ったのかと自問するが、愉快そうにこちらを眺める視線はたしかにサユの胸元のペンダントから発せられていた。雲海のような純白の宝石の内部に、ニンマリと狐のような笑みを浮かべる巨大な何者かの存在を生々しく感じる。
いつの間にか、人外の気配を察知できるほどに裏の世界に染まってしまった自分に思考を停止させた俺に、ニヤついていた視線の源がボソリと呟く。「時間切れだ、臆病者」と。

「フリッツ君?どうしたの?」

「え、―――ッ!?」
ハッと眼の前の景色に意識を戻せば、知らぬ間に覚醒したサユのくりくりとした大きな瞳が視界を埋め尽くしていた。露を含んだ花びらのように珊瑚色に艷めく小ぶりの唇が、吐息を感じさせるほど近くにある。俺はサユに顔を近づけたまま硬直してしまっていたのだ。
「サユ、ごめ、ち、近」
「フリッツ君、顔が赤いよ?もしかして体調悪いの?」
こてんと小首を傾げたサユがそっと額に触れてくる。冬風に冷えてひんやりとした肌合いの下に人肌の温もりを感じる。やんわりと触れられた額から温もりと共に媚びのない無垢な思いやりが染みこんできて、脳髄を優しくとろけさせる。
「うわ、耳たぶまで真っ赤だよ。やっぱり熱があるんじゃない?」
「ぇ、ぃ、ぃゃ、」
こちらを気遣う色を見せた黒真珠の瞳がぐっと近づく。額同士を合わせようとしている。ほんのちょっと唇を突き出せばキスできてしまう距離まで近づく。鼻孔をくすぐる吐息がまるで春花のように甘かった。もっと匂いたい、近づきたいという欲求が腹の中をグルグルと駆けずり回る。檻から出ようとする猛獣のように心臓が肋骨を内側からばくんばくんと叩きつける。まるで焦れったい主人を急かしているかのように動悸音が高鳴る。
なにしてる、行け、行け、行け、と。

(やめろ急かすなこういうのは自分のタイミングで―――いやいやいや、これ以上はまずい。理性がぶっ飛びかけてる。頭の中からリビドーがアドレナリンがががががが――――!!!!)

「ッッッ大丈夫だ問題ない!!平気だ!!すこぶる元気だ!!ちょっとサユがかわぃっうごっ!じゃなくて考え事をしてただけだから!!」
「そ、そう?それならいいけど」

弾かれるようにサユから飛び離れ、思わずオカシナことを口走りそうになった自分の横顔を殴りつける。明らかに大丈夫じゃない奴の言動だが、崖っぷちの気迫に気圧されたのかサユは目を白黒させつつも引き下がってくれた。今だけはサユの鈍感さに心から感謝したい。
相変わらずこちらを黙して眺めているテイレシアスは、ニンマリと楽しそうな笑みの気配を浮かべている。こいつは俺の気持ちを知っている。知っている上で自分が面白がるために黙っているに違いない。
見透かされていたという事実に、先ほどまでの自分の醜態を思い返し、恥ずかしさと緊張が津波のようにぶり返してきて顔面に血液が集まるのを知覚する。顔から火が出そうなほどに熱い。
(お、俺はいったい何をしようとしていたんだ。手を握ってどうするつもりだったんだ?それよりなにより―――もしも嫌われたら、どうするつもりだったんだ!?)
考えもしなかった予想に今になって怯える。男にいきなり手を握られたら、いくら恋愛情事に鈍いサユでも恥ずかしがるより怒る確率のほうがよっぽど高い。欲に踊らされて都合の良い未来しか思い描けないのでは、そこらの思春期真っ盛りの男子と変わらないじゃないか。
自分の初々しさを突きつけられ、同年代より成熟していると思い込んでいた普段の自分がただの大人ぶったガキに思えて自己嫌悪に襲われる。叫びながら地面に転がりたくなる衝動を抑えるので精一杯だ。サユは、まるで澄んだ湖面のようだった。正体しているとどんどん鎧が剥がされ、湖面に映る本当の自分を直視することになる。
「ねえ、本当に大丈夫なの……?」
羞恥に身を捩る俺を気にかけて覗き込んでくるサユから慌てて視線を逸らす。そういう憂いを含んだ瞳で上目遣いをされると本当に大丈夫じゃなくなってしまう。喉元にはすでにサユへの思いの丈がこみ上げてきている。マグマのようなこれが噴き出してしまう前になんとか話題を逸らしてしまわなければならない。
己の理性の限界を目の前にして、切羽詰まった俺は差し当たり思いついたことを口にした。

「サユ、俺の親に会ってくれ!」

「え?」
「おおぅ」
「……あ、ち、ちがっ!?」
取り乱しながら急いで訂正する。日本語は使い方と状況によって深い意味を持つことがある。長い間使っていなかったせいでそのことをすっかり失念していた。
「小僧、臆病者などといってすまなかった。よくぞ言ってみせた。さしもの俺も感服したぞ」
「だから違うって!これはそのまんまの意味で、この近くに病院があって、だから、ああくそ、上手く言えない!つまりその、」

「―――もしかして、行きたいところがあるの?」

いつもと変わらない優しげな音色に、はたと口が止まる。今の言い訳じみた拙い説明で俺の要望を完全に把握できたらしいサユが、「だったら遠慮無くそう言ってくれればいいのに」と苦笑しながらひょいと椅子から立ち上がる。頭の回転は早いのに恋情には察しが悪いサユが俺の隣まで来ると、そのまま、いつもそうしているかのような極自然な動き―――まるで恋人にするかのように―――俺の手を握った。
「どこでも付き合うよ。だって、デートなんだから」
きゅっと握られた手が、純粋に温かかった。恥ずかしさと嬉しさに頭の中のアドレナリンたちがどんちゃん騒ぎを始める。手の平が汗ばんでサユに不快な思いをさせないように発汗神経の制御に細心の注意を払いながら、「手を握っても怒られなかったかもしれないな」と心中に独りごちた。

「……ぅ、自分で言っててちょっと恥ずかしくなっちゃった」
「ははは。―――惚れてまうやろぉおおおおおお!(小声」
「えっ?何か言った?」
「いや何も」
「……臆病者め(ボソリ」
「何か言ったか?」
「いや何も」





「焦れったいわね、あの二人。見てるこっちの方が恥ずかしいわよ!」
パン屋前のベンチで初々しいやり取りを見せるフリッツとサユを見ながら、物陰で少女が囁いた。サユの服装についてもっとも早く擁護したクラスメイトの一人だった。何にでも首を突っ込みたがる性分の彼女は、悪友と悩める後輩と共にサユとフリッツを尾行したのだった。
薄茶色のボブカットを振り乱し、勝ち気そうな双眸を琥珀色に染めた少女が「キスするなら早くしちゃいなさいよ」と髪をかき乱す。
「ていうか、会話がドイツ語じゃないから何言ってるかわかんないのよ!あれって日本語?なんでフリッツが日本語ペラペラ喋れんのよ!?エリザ、愛しの先輩のことなんだから何か知らないの!?」
フリッツとサユを追いかけて飛び出した陸上部のマネージャー、エリザベートは少女の問いかけに涙を浮かべる。
「わ、わかりません。そういえば私、先輩のことほとんど知らないんです。うう、先輩が振り向いてくれないのはああいう娘が好みだからなのでしょうか」
会話の内容が聞き取れずに歯がゆい思いをする少女と、実は想い人のことをまったく知らなかった自分にショックを受けている少女に、背後に控えていた悪友がはっはっはっと高笑いをしながら答える。
「何だお前ら、知らなかったのか」
「「知っているのかリーデン(先輩)!」」
雷電―――ではなくリーデンと呼ばれた少年がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。彼もまた同じクラスメイトであり、フリッツにウインクを飛ばした少年であった。洒落たデザインのメガネを中指で持ち上げ、情報通である彼らしい滑舌の良い饒舌で披露する。
「俺の調べによれば、フリッツはほんの数年前までは日本人だったんだ。日本とドイツのハーフで、ドイツ国籍を取得したのも少し前だ。だから日本語を話せるのは当たり前ってわけだ。ていうか、ケーテ。お前、同じクラスなのにあいつのミドルネームも知らなかったのか?」
ケーテ―――勝ち気そうな瞳の少女が怪訝そうに眉を潜めてエリザと顔を合わせる。
「あいつのミドルネーム?あー、たしかYだったわよね。それが何なのよ?」
「教えてください、リーデン先輩!」
「いいだろう。教えてしんぜよう、迷える子羊たちよ。Yっていうのは日本の名前で『悠―――あっ!二人が手を繋いでどこかへ行くぞ!追え!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!Yって何なのよ!?」
「あわわ、ま、待って下さいぃい~~~!!」


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024914979934692