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No.19733の一覧
[0] 白銀の討ち手シリーズ (灼眼のシャナ/性転換・転生)[主](2012/02/13 02:54)
[1] 白銀の討ち手【改】 0-1 変貌[主](2011/10/24 02:09)
[2] 1-1 無毛[主](2011/05/04 09:09)
[3] 1-2 膝枕[主](2011/05/04 09:09)
[4] 1-3 擬態[主](2011/05/04 09:09)
[5] 1-4 超人[主](2011/05/04 09:09)
[6] 1-5 犠牲[主](2011/05/04 09:10)
[7] 1-6 着替[主](2011/05/04 09:10)
[8] 1-7 過信[主](2011/05/04 09:10)
[9] 1-8 敗北[主](2011/05/24 01:10)
[10] 1-9 螺勢[主](2011/05/04 09:10)
[11] 1-10 覚醒[主](2011/05/20 12:27)
[12] 1-11 勝利[主](2011/10/23 02:30)
[13] 2-1 蛇神[主](2011/05/02 02:39)
[14] 2-2 察知[主](2011/05/16 01:57)
[15] 2-3 入浴[主](2011/05/16 23:41)
[16] 2-4 昵懇[主](2011/05/31 00:47)
[17] 2-5 命名[主](2011/08/09 12:21)
[18] 2-6 絶望[主](2011/06/29 02:38)
[20] 3-1 亡者[主](2012/03/18 21:20)
[21] 3-2 伏線[主](2011/10/31 01:56)
[22] 3-3 激突[主](2011/10/14 00:26)
[23] 3-4 苦戦[主](2011/10/31 09:56)
[24] 3-5 希望[主](2011/10/18 11:17)
[25] 0-0 胎動[主](2011/10/19 01:26)
[26] キャラクター紹介[主](2011/10/24 01:29)
[27] 白銀の討ち手 『義足の騎士』 1-1 遭逢[主](2011/10/24 02:18)
[28] 1-2 急転[主](2011/10/30 11:24)
[29] 1-3 触手[主](2011/10/28 01:11)
[30] 1-4 守護[主](2011/10/30 01:56)
[31] 1-5 学友[主](2011/10/31 09:35)
[32] 1-6 逢引[主](2011/12/13 22:40)
[33] 1-7 悠司[主](2012/02/29 00:43)
[34] 1-8 自惚[主](2012/04/02 20:36)
[35] 1-9 青春[主](2013/05/07 02:00)
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[19733] 1-3 触手
Name: 主◆548ec9f3 ID:0e7b132c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/28 01:11
「あああああっ!ハリハラ!?」
今までの冷静な態度をかなぐり捨てた紳士服の男が、手足をばたつかせてナメクジの化け物に走り寄り、汚物のような内臓にまみれるのも構わずに抱き締める。ビクビクと激しくのたうち回っていたハリハラは、主人の腕に抱かれた途端に濃緑色の火の粉を散らして音もなく消え失せた。
「ハリハラァアアアアア!!」
上等な服が汚れるのも構わず、惜しみなく涙と鼻水を流して慟哭する。見るに忍びないほど哀れを誘うその悲嘆ぶりは、事情を知らない人間なら同情して思わず抱き締めてやりたくなるほどのものだった。
「……許さんぞ、下賎なフレイムヘイズめ」
ぽつりと、項垂れ、両肩を悄然と下げていた男が静かに呟いた。その背中から邪悪な怨念と瘴気がゆらりと立ち昇る。たったそれだけで、俺の身体がガクガクと震えだす。情けないと悔しがる余裕すらない。動物としての本能が発する警鐘は、意志の力ではどうにもならないのだから。

男が胸元のポケットからハンカチを取り出して、自身の体液で汚れた顔を丁寧に拭う。だが、ハンカチが拭ったのは涙だけではなかった。

―――ズルリ、と白い肌が剥がれた。

拭うたびにブチブチと薄布をちぎるような音を立てて剥がれ落ちていく。ホラー映画の特殊メイクじみたグロテスクな様子を見せ付けられて、俺は目を逸らせない。
拭い終わると、そこには到底人間とは思えない異形の顔面があった。湿り気を帯びた肌は濁った濃緑色で染まり、濃紺がマーブル模様のように見える。よく見るとそこにはウロコのようなものまであった。目鼻立ちというものが欠如したのっぺりとした顔は、ある生き物を連想させた。
「ト、トカゲ……!?」

「お前は……紅世の徒、『魔使い』サルマキスか」

「えっ?」
思わず呆けた声を漏らして声のした方を見るが、そこには白銀の美少女しかいない。少女の声は、イメージしていた声と全然違う、地鳴りのような低い男の声だった。心のどこかで抱いていた幻想が音をたてて崩れる音がする。
だが、驚愕の追撃は留まらない。少女が突然発した日本語(ヤパーニッシュ)に対し、
「私を知っているのか……ああ、その炎!さては貴様、『贋作師』だな!?この薄汚い“キツネ”めが、よくも私の可愛いハリハラを殺してくれたな!?」
男―――サルマキスが総身を震わせて顔をグニャグニャと歪ませながら、憎々しげに声を荒げて、“日本語で”吼えた。その地獄の呪詛のような声は怒りに満ち満ちている。
(な、なんだ?どうしていきなり日本語の会話に切り替わったんだ?)
相変わらず違和感を内包したサルマキスの台詞が、急に日本語として知覚されるようになった。いつ切り替わったのかも察知できないほどの自然な言語の移行に目眩を起こしそうになる。
「ふん、やかましいわトカゲめ。人間に宝具を持ち逃げされた阿呆がこんなところで何をしている?」
「おのれぇ、私を侮辱するか!!」
少女が低い声でサルマキスの怒りを一蹴する。しかし、閉じられたその口はぴくりとも動かなかった。よく聴くとその声は、少女の口より下から聴こえてきているようだ。無線機か何かかと思ったが、その声質は紛れもない肉声だ。

俺がわけがわからないという表情で少女の胸元を凝視していると、少女と目が合った。俺の視線が胸に向けられていると気づいた少女が胸を隠すように押さえ、柳眉を逆立てて睨んでくる。その咎めるような視線が何を意味するのかわかって慌てて手と首を振る。
「ち、違う!お、俺は別にあんたをいやらしい目で見ていたわけじゃない!それに見るだけの胸もなさそうだし……!」
俺の釈明に、少女のこめかみにぴきりと青筋が走り、頬をぴくぴくと引き攣らせて変な笑みが浮かんだ。今のは失言だった。
さらに弁解を重ねようとして、サルマキスのケタケタとした笑い声があたりに響いた。振り返ると、さっきまでの悲嘆ぶりはどこへ行ったのか、サルマキスはステッキをガツガツと地面に打ち付け、腹を抱えてオーバーに爆笑していた。
「ひはははっ!契約した王も王なら、フレイムヘイズもフレイムヘイズだな!どちらも貧相だ!ひははははっ!!」
それがトドメになった。少女の総身を包み込むように純白の炎が轟と燃え立ち、背後の教会の壁を焼き尽くした。熱波がこちらまで押し寄せてきて慌ててその場から後ずさる。
「誰が――――貧相だって?」
初めて聴いた少女の声。凛として澄んだ声は、今は唸るような低いものになっている。操る言葉が日本語(ヤパーニッシュ)のところからして、彼女も日本人のようだ。

ゆらりと緩慢な動きで少女が背に手を回す。軽い金属音がしたかと思うと、どこに収まっていたのかというほど長大な日本刀が抜き放たれた。刀身も柄も全てが銀色に光るその刀は、凡人の俺にも芸術品の域に入る代物だということがわかる見事なものだった。
俺でもなんとか振り回すのが精一杯であろうその日本刀を、矮躯の少女が軽やかに舞わせて正眼に構える。
「なに、貧相な体でも私のしもべたちにはいい栄養になるだろう。下賎な王ともども、大人しく食べられたまえ!」
サルマキスは静かな怒りに燃える少女の台詞など意にも介さず、ステッキの先端を少女に突きつける。それを合図にして、サルマキスが侍らせていた化け物どもが仲間の仇をとらんと一斉に襲い掛かってくる。

化け物という言葉を体現する恐ろしい醜悪な生物が群れを成して襲い掛かってくる、どんな悪夢にも劣らない光景。
だが不思議と、さっきまで感じていた“殺される”という恐怖感は湧いてこなかった。化け物の群れの突撃に一歩も引かずに対峙する白銀の少女から放たれる存在感は、それほどまでに圧倒的だった。

果たして、俺の直感は見事に的中した。

一瞬の出来事だった。
俺には、微動だにしない少女の前で光が宙に弧を描いたようにしか見えなかった。それから一秒遅れて、押し寄せる化け物の波が少女の眼前でぴたりと止まる。毛虫のような化け物どもの巨体に一筋の線が走ったかと思うと、ずるりと上半分が水平にスライドして地に落ちた。

そこでやっと、少女が人間には認識できない速度で化け物全てを切り裂いたことに――――この少女もまた“人外の存在”なのだということに気づいた。
俺がへたり込んで呆然としている中、少女がごく自然な動きで足を踏み出す。その足が地面を砕いたと俺の脳が認識した瞬間には、すでに少女の姿はそこになかった。激しい旋風が巻き起こり、化け物の死骸とむせ返るほどの臓物臭を跡形もなく吹き飛ばす。人知を超えた速度で一陣の疾風と化した少女がソニックブームを引き連れてサルマキスに肉薄したのだ。
次の瞬間、動物の金切り声のようなおぞましい悲鳴が木霊し、神聖な神の家を震わせる。何が起こったのか理解が追いつかない俺の目の前に、飛んできた何かがぼとりと落下した。それがもぞもぞと蠢いたと思った瞬間、俺の足首を“掴んだ”。
「うわっ!?」
それは“腕”だった。肩から先の部分だけになっているにも関わらず、それは意思を持っているかのように足にしがみついて離そうとしない。慌てて義足の硬い踵で何度も踏みつけて蹴り飛ばす。蹴られた腕は宙で濃緑色の炎となって消滅した。その上品そうな服を着た腕には見覚えがあった。
「おのれっ おのれっ おのれぇえええええええ!!」
ぞっとするような奇声じみた叫びに振り向くと、そこには肩の断面を押さえて地に膝を突き、目の前の少女を睨みあげているサルマキスの姿があった。その喉元には刀の切っ先が突きつけられている。

少女は、1秒にも満たない時間で5メートルはあったはずのサルマキスとの距離を0にし、抵抗できないように腕を切り落とし、その首に刀を突きつけて動きを封じたのだ。文字通り、目にも留まらぬ早業だった。
(いったい、どんな走法をすればこんな人間離れした芸当ができるんだ)
走法の研究は我流で行なっていた。だからこそ、眼前の神速技が人間の身では明らかに不可能なものだと身に染みて理解できた。

濡れ光る戦慄の美を流す刀が澄んだ金属音を立てて翻り、サルマキスの喉に刃先をわずかに食い込ませる。それだけで、激昂して喚き散らしていたサルマキスは表情を硬直させて押し黙る。その顔を真正面から見据えて、少女が諭すように静かに呟く。
「貧相なのは、事実だ。潔く認めよう。事実を言われたから殺す、なんてことはしない」
それを聴いたサルマキスの顔にほっとした安堵の表情が浮かぶ。
ふと、純白の視線がちらりとこちらに流された。そして再びサルマキスへと向けられたその瞳は、絶大な怒りに燃え盛っていた。
「だけど、人喰いをする徒は問答無用で討滅する」
直後、何の抵抗も感じさせない滑らかな動きで少女の刀を持つ腕が上がった。刀身にはベトベトとした濃緑色の油のような液体がへばり付いている。それを一振りで払い落とすのと同時に、サルマキスの頭部が首から音もなく外れて地を転がった。凍りついた安堵の表情は、自分に何があったのかすら理解できずに絶命したことを示している。
「た、助かった、のか……?」
地獄を生き抜いたことで緊張が抜けて、無意識に膝が折れてその場に尻餅をつく。

たった数分間の間に今までの人生で培ってきた全ての知識や常識が跡形もなく破壊された。明日も今日と変わらない日になるという確信が、本当は何の根拠もない都合のいい思い込みに過ぎないのだと思い知らされ、まるで地面がなくなったような空虚な不安に襲われる。

異常極まる戦いに巻き込まれたことに悲しむべきなのか、命拾いしたことに喜ぶべきなのかの判断がつかずに呆然としていると、いつのまにか目の前に白銀の少女が佇んでいた。人間を圧倒する力を持った化け物を、さらに圧倒的な力でもって簡単に斬り伏せた少女。

彼女もまた、俺の日常を破壊する人外の一人なのだろうか。

「Ist es sicher?(大丈夫?)」

不意に、白くしなやかな繊手が目の前に差し伸べられた。
驚いて見上げれば、にっこりと微笑んだ少女の愛らしい容貌が視界に飛びこんでくる。
先ほどの戦闘時とは打って変わって温厚な雰囲気を漂わせる少女は、やはり昨夜見た天使に違いなかった。

間近で見れば、そのルックスがどれほど際立っているのかをさらに強く思い知らされる。透明かと見誤うほどに白い肌、端麗で可憐な顔立ちは、歳相応の幼い造形だというのにこれが完成形だと言われれば迷わず納得してしまいそうな美貌を放っている。この年代でこれなら、成長したらいったいどれほどの絶世の美女になってしまうのか想像もつかない。さらに、少女が纏う柔らかな空気には他人を包み込む余裕と気品も感じられる。
まるで童女の中に成熟した女が共存しているようなアンバランスな印象に、クラクラとした目眩を覚える。生命の危機に瀕して動揺していなければ、今頃本能のままに抱きしめてしまっていただろう。
(まさか、俺はこの子に見惚れているのか?こんな、小さな女の子に?)
自分を軽蔑したい気持ちに狩られるが、心臓の高鳴りにすぐに掻き消された。思わず見惚れてしまうのも仕方ないと思えるぐらい、少女の形貌は見目麗しかったのだ。

釘付けになった視界の中、清楚なつぼみのような唇が苦笑の形をとって開かれる。
「……もしかして、ボクのドイツ語通じてないかな?」
「ち、違う!そうじゃない!」
「そっか。よかった」
たしかに御世辞にも上手いとは言えないカタコトのドイツ語だったが、その涼風のような声音に込められた優しさはよく理解できたので、慌てて否定する。
ホッと胸をなで下ろす少女の微笑ましい仕草が再び心を打つ。
(味方、なんだよな)
控えめな物言いに、この少女が自分に害を及ぼすものではないと確信する。危機一髪の状況に昂ぶっていた警戒感が溶け、深く息を吐いて脱力する。
少女は、ドイツ語は苦手のようだ。日本語が主言語のようだし、このままだと会話がやりにくいから日本語で会話した方がいいだろう。母さんと話す時以外に使わなくなって久しいが、普通の会話をする分にはまだ支障はないはずだ。
差し出された小さな手を握って立ち上がる。予想以上に滑らかな感触に思わず息を呑む。
「Da、Danke(ありがとう)。でも、俺は日本語を話せるからよかったらこっちで話さないか?その方が意思疎通もしやすいだろうしさ」
「えっ、ホントに!?ああ、よかった!」
長い期間をおいても違和感なく発せられた日本語に自身でも驚いていると、いきなり少女が満面の笑みを咲かせた。夏に咲く向日葵のような、朗らかで暖かい笑み。
(う、)
戦いの最中に見せていた鬼神の形相とは正反対の無防備な表情を向けられて、油断していた心臓がドックンと派手に跳ね上がる。
(俺の好みはむしろグラマーな女であって、ロリコンなんかじゃないはずなのに!)
こちらの内心の葛藤など露とて知らず、少女は手を合わせて表情を綻ばせる。嬉しさのあまり忘れてしまっているのか、俺より一回りは小さなその手には俺の手が握られたままだ。握れば砕けてしまいそうな飴細工のように繊細な指なのに、感触はふかふかとして柔らかい。これが女の子の感触なのか、とどうでもいい感慨が頭に浮かんだ。
「ドイツ語って難しいから、ボクはまだあんまり喋れないんだ。達意の言も使えないし、正直通じなかったらどうしようかと不安だったんだ」
(ぼ、ボク?)
ボクッ娘というのは初めて見た。そんな女の子は漫画のキャラクターだけだと思っていた。そこら辺の女が一人称として使っても、不自然すぎて気持ち悪い。だが、少年のように無邪気に喜ぶ目の前の少女の笑顔には、不思議とよく似合っていた。まるで元は少年だったかのような自然さがあって、それは俺に親近感を感じさせてくれた。
「まあ、その、いい線は行ってたよ。よく勉強してると思う」
「ホントに?ありがとう。それにしても君は日本語が上手だね」
「ああ、俺は、少し前まで日本人だったから、な。だから、本来は日本語が主言語だけど、父親がドイツ人だったからドイツ語も話せるんだ。だから……いや、それだけ。以上」
緊張してしどろもどろな俺の説明に、少女は感心したようになるほどと小さく頷いた。
たしかにドイツ語は難しい。単語や数字は用途ごとに異なった使い方があるし、その使い分けを習得するのにはかなりの労力を要した。だがそれを言うなら日本語の方が遥かに難しいと思うのだが―――って、こんな話をしている場合じゃない!
「違う違う違う!そうじゃなくて!!」
「?」
少女の持つほんわかとした空気に飲み込まれてしまったが、聞きたいことは山ほどある。どれから聞くべきなのかと悩んで――――


べちゃっ


「へ?」「ぬ?」「は?」
同時に漏れる声。
粘性を帯びた何かが蠢く音が足元から聴こえた。二人して同時に足元を見下ろすと、どこから現われたのか、烏賊の足のような太い触手が少女の足首に巻きついていた。
「まずい、奴は不死性を有していたのか!!サユ、気をつけろ!!」
少女の胸元から男の大声が聴こえた。その意味はわからなかったが、危機が迫っているということはわかった。
戦慄して辺りを見回して身構えるが、ただの人間の俺にできることなんてないのも同じだ。だから、“それ”が目に入った時も、反応すらできなかった。

足の触手を切り裂こうと刀を振りかざした少女の腕に襲来した数本の触手が絡みつく。青黒くうねくる触手は見ているだけで胸が悪くなりそうだ。もう一方の手でそれを振りほどこうとして、そこにさらに触手の群れが襲い掛かってくる。折らんばかりに締め付けてくる触手にたまらず刀が地面に落ちる。俺の腕と変わらない太さのそれらは瞬く間に細い身体に巻きつくや、彼女の両手両脚を外れんばかりに引っ張り宙に持ち上げた。
「この――――ぅああッ!?」
少女が苦悶の表情を浮かべながら手足を暴れさせて抵抗するが、万力のような力で腹を締め上げられてそれも無駄に終わる。臓腑をぎりぎりと圧迫され、少女の顔色が一気に青く染まっていく。なんとか助けようと触手を掴んで引き離そうとしてみるが、表面が粘性の強いゼリー状のぬめりに塗れていてぬるぬると滑るばかりで意味を成さなかった。

「よくモやッてくレタな、コむスメぇ…」

ノイズのような不快極まる声。その声は、全方位から聴こえてきた。正確には、“全方位の陰の中”から。見れば、触手もその陰から生えてきているものだった。切り貼りしたような声だったが、その声はまさしくサルマキスのものだった。さっきまでそこに転がっていたはずの死体に目をやるが、そこには死体どころか血の跡すらなかった。奴は死んでなどいなかったのだ。
「宝具ハ後回シだ。まズは貴様ヲ始末シテやル……!!」
「くぅッ!ぃ、ぎッ、あぁあああッ!!」
少女を緊縛する触手が目に見えて張り詰め、締め付けを増していく。ミシミシという骨が軋む音が聴こえ、耐え切れず漏らした甲高い悲鳴が耳を穿つ。見ているだけしかできないちっぽけな自分が耐え切れないほどに悔しかった。爪を立てて必死で触手を剥がそうとするが、粘性を持った皮膚には考えられない硬い表皮にはまるで効果がない。
それでも鬱陶しいことに変わりはなかったのか、一本の触手がその身をしならせて飛来し、俺の胴を思い切り殴りつけた。たまらず吹き飛んで頭から街頭に衝突する。衝撃で脳が頭蓋の中でシェイクされる。朦朧として動けない俺の体を触手が縛りつけ、街灯に固定させる。
「オ前は、そこデ大人しクしテイロ。後デちゃんト食ッてヤる……」
そう告げると、まるで弱った獲物にハイエナが襲い掛かるかのように、声の気配が一斉に触手と化して少女に群がっていく。不定形な動きでうねる触手の群れがべたべたと少女の柔肌を味わうように這い回る。事実、味わっているのだろう。陰から響いてくるくつくつと喉の奥で嗤う狂笑がそれを物語っている。

少女がいやいやと子供のように首を振ってそれを拒否するが、捕縛され宙に縫いとめられた彼女はされるがままだった。それを見て勝利を確信したのか、それとも眦に涙を浮かべる少女の姿に興奮を覚えたのか、凄絶な狂笑がさらに大きいものになる。
「ひハハはッ!存分二甚振っテ辱メテかラ、ジッくり殺シてやル!」
「ッッ―――ァアアアアアアアアアッッッ!!」
めきめき、ごりごり、とあらゆる関節が軋みを上げる。強引におかしな方向に捻じ曲げられた腕や脚が苦痛に小刻みに震え、多量の汗が伝い落ちた。
美脚に絡まった触手が細い足首から螺旋を描き、脹脛、膝、太ももまで登り、スカートの中へ潜り込んでいく。別の触手が戦装束のスカートを膝上まで押し上げて内部の様子を顕わにしていく。
サルマキスが少女に“何”をしようとしているのかわかってしまい、背筋が凍りつく。
「わあっ!?ど、どこ触ってんだコラァッ!ッぅああっ!」
少女が抗議に声を荒げるが、スカートの中で触手が嬉しそうに暴れた途端に背筋をぴんと伸ばして小さな悲鳴をあげた。もじもじと腰を捻らせて健気に抵抗する様子は触手をさらに興奮させるだけだった。

スカートが完全に捲り上げられると、そこには付け根から健康的に伸びた陶器のように白い脚と、少ない布で秘部を隠す白いショーツがあった。ショーツは噴き出した汗でぴったりと肌に張り付いていて肌色が透けている。少女もこれから何をされるのか理解できたのか、最初とは打って変わって明らかに動揺して叫ぶ。
「やめろ、やめろってばぁ……!」
あまりの恥ずかしさに上気して少女の耳たぶが真っ赤に染まる。しかし、触手はそんなことはお構い無しに相争うように次々と太ももの付け根に絡みつく。
「や、やめて……!」
ついに触手の先端がショーツを脱がしにかかった。汗と粘液の染みた布がぐいぐいと下に引っ張られ、形のいい臍の下の窪みが顕わになる。

目の前で、想像するだに胸が悪くなるような酸鼻な悪事が行われようとしている。自分は命の恩人すら―――あんな小さな女の子すら助けられないのかと血が滲むのも構わず臍を強く噛む。自分に力があればと激しく後悔する。これほどまでに力がほしいと思ったことはない。
何でもいい。あの娘を助ける力がほしかった。死に物狂いで全身を暴れさせて体と触手の間に隙間を作ろうともがくが、そんな隙は見せてくれない。
ぎりぎりと締め付けられる少女の抵抗が次第に弱くなり、それに反比例するように触手が動きを増して少女の秘部を己の領土にしようと蠢く。力尽きたかのように俯く少女の頬を涙が伝った。

「チクショウ、チクショウ、チクショウッ!ちくしょぅおおお――――ッ!!」

じたばたと不様に脚をばたつかせながら自分の非力さを嘆いて吼える。それに呼応したかのように義足が再び燃えるように熱くなったが、今さらそんなもの何の役にも立ちはしない。
どんなに俊足であっても、女の子一人を危機から助け出してやることすらできない。偉そうに孤独に浸っていて、他人を見下していても、実はこんなにも役立たずだった。今まで自分が誇りに思ってきた全てが悉くちっぽけなものに過ぎなかったのだ。

途方も無い無力感と自己嫌悪が脳髄を焼き尽くし、俺は怒りに身を任せて水色に燃える義足を地面に叩きつけ、


「なッ、ナんダトぉオおオオおッ!?」


轟く大破砕音。サルマキスの悲鳴。急激に傾いていく景色。崩壊していく教会。足元に突然穿たれた巨大なクレーター。そのクレーターの中心は――――義足の踵だった。

何が起こったのかはさっぱりわからなかったが、一つだけ確かなことがあった。
それは、

「“今だ!!”」

精一杯声を張り上げて叫ぶ。俺が叫んだ先にいるのは、触手の拘束が緩んで自由になった少女。慌てて触手の群れが少女を再び縛り付けようとするが、時すでに遅しだ。
少女が腹腔に蟠っていた激情を解き放つ。触手がたじろぐかのようにビクリとのたうちなんとか少女を押え込もうと圧力を強めた瞬間――――少女が“爆ぜた”。怒りに沸騰した雄叫びとともに白銀の炎を全身から迸らせたのだ。炎の超炸裂に、少女の矮躯を圧し包んでいた触手の束はただの一瞬とて持ち堪えることなく破断し、細切れの肉片と化して周囲に四散して消滅した。
朗らかな微笑が似合っていたその表情は、轟々と灼熱に燃えて悪鬼の如く怒りに歪み、美しかったその双眸は獲物を狙う獰猛な猛禽類のそれになっていた。目尻に浮かんでいた涙が音を立てて蒸発する。その迫力に怖じたのか、どこかからサルマキスの小さな悲鳴が聴こえた。俺でさえもその威圧感に気圧されて思わずたじろぐ。
純白の炎に焼かれてアスファルトが表面を泡立たせながら融解し、白銀の鎧にこびりついていた粘液の一片までもが残さず燃え尽きて曇り一つない輝きを放つ。その様は、軍神もかくやという恐るべきものだった。異常極まるこの世界すら霞ませてただの背景に変えてしまう威圧感に世界そのものが恐怖して大気がビリビリと震える。

少女が両手を高く振り上げる。銀色の炎が少女の手に収束し、何かを形作っていく。それはリボルバー式の拳銃だった。凶悪な光を放つ大型銃だったが、そこへさらに爆炎が重なり覆いかぶさっていく。より巨大に、より強大に――――。
「んな、アホな……」

剣呑な光を放つ五つの銃口、長大で剛健な回転銃身、無骨で角ばった射出ユニット、純白に燃える給弾ベルト。あまりにも巨大でこちらの感覚が狂ってしまいそうなそれは――――どこからどう見ても、“ガトリング機関銃”にしか見えなかった。

自分の身体ほどもある白銀の巨銃を構えて引き金に指をかけると、そのまま躊躇なく発砲する。明らかに通常のそれではない燃える給弾ベルトが射出ユニットに次々に吸い込まれ、銃身が風を捻じ切らんばかりに回転して轟音と共に超常の弾丸の雨をそこらじゅうに叩き込む。音速を遥かに超過した魔の弾丸が硬く舗装されているはずの路面を見るも無残に無茶苦茶に耕していく。
狙いをつけているのではなく、サルマキスがいると思われるところに手当たり次第に攻撃しているようだ。

「ブッッッ殺ォオ――――ッッッす!!!」

どうやら怒りで完全に忘我しているらしい。俺の頭上を弾丸の雨が通り過ぎ、その余波で危うく吹き飛びそうになる。背後で何かが盛大に吹き飛ぶ音がしたが、振り返る余裕なんてない。頭を押さえて姿勢を低くしてその場を逃げ回るが、弾丸の嵐はまるで俺を追いかけてくるかのように辺りを灰燼と化していく。かろうじて形を留めていたレンガ造りのカフェが積み木のように崩れ去り、落下してきた教会の鐘が最期の音色を披露する間もなく一瞬で木っ端微塵に粉砕されて鉄片の雨を頭上に降らせた。天を衝くような轟音に鼓膜を叩かれ、三半規管に穴が開きそうだ。
(もうメチャクチャだ!化け物を倒す前に、この街が跡形もなくなくなっちまう!)
「落ち着け、頼むから落ち着いてくれ!!」
「これが落ち着いていられるかァ!あの野郎ォ、よくもよくもよくもよくもぉおおおおおお!!」
俊足を駆使して破壊の嵐から逃れて少女の背後に回りこみ、その腕を羽交い絞めにする。しかし、その矮躯からは考えられない怪力に俺の身体は縦横無尽に振り回される。白熱した回転銃身が大気を燃やして陽炎を揺らめかせ、さらにその速度を増して街を破壊していく。建物は根元から薙ぎ倒され、街灯は残らず吹き飛んでいく。これではどっちが悪役なのかわからない。

ふと、どこからかやれやれという低い男の呆れ声が聴こえた。
「落ち着け、サユ。奴ならとっくに逃げたぞ」
「へ……?」
呆けた声と共に唐突に銃撃がぴたりと止んだ。それ一つで戦車一台分に相当する威力を有した白銀のガトリング機関銃が少女の手の中で音もなく消え失せる。気づけば、サルマキスの気配はどこにもなかった。

今度こそ本当に安心して脱力し、その場に座り込む。
少女は目の前の惨状を見てしばし呆然としていた。乾いた風が吹いてひゅうと土煙を舞わせる。
「えっと……もしかしてこれ、ボクがやったの?」
気まずそうな顔をしてこちらを振り返った少女に俺は頬を引き攣らせて無言で頷くしかなかった。
「まったく……少々やりすぎだ、サユ」
「ご、ごめん。でも、あ、あんなことされたらさすがのボクでも怒るよ」
爆撃の直撃でも食らったようなこの凄惨な光景のどこが“少々”なのか理解できなかったが、きっとこの少女と“声”はこういうことを何度も繰り返しているのだろう。
いろいろと聞きたいことがあるのだが、それより気になることがある。
「なあ、この街はこのままなのか?どうして人間は誰もいないんだ?みんなあの化け物に……?」
まさか、あの恐ろしい化け物は街一つ分の人間を食い殺してしまったのか……。
俺の不安を察したのか、少女――――サユが微笑んでゆっくりと首を振る。
「それは大丈夫だよ。これは封絶っていう自在法―――要するに結界なんだ」
「フウ、ゼツ?」
またもや知らない言葉を聴かされて眉を顰める。俺の知らないことが多すぎる。そんな俺に、サユは実際に見ればわかるよと言って指をぱちんと鳴らした。
途端、サユを中心として白炎が舞い上がった。それらは高空まで達すると花が開くように展開し、雪のような白い火の粉を降らせる。世界が乳白色に包まれた。崩れた建物や荒れ果てた路地に火の粉がはらはらと降り注ぐと、逆再生をするかのように元の町並みへと再生させていく。
まるで一つの絵画のようなそれは、“奇跡”と呼ぶに相応しい幻想的な光景だった。
だから、思わず口が滑ってしまった。
「――――天使みたいだ」
それを聴いたサユが目をしばたかせて、ありがとうと気恥ずかしそうに頬を朱色に染める。

今日はたしかに散々な目に遭ったが、この娘に会えたのだからそれもよかったのではないか。

そう思ってしまうほどに、その微笑みは可憐で、美しかった。


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