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No.19733の一覧
[0] 白銀の討ち手シリーズ (灼眼のシャナ/性転換・転生)[主](2012/02/13 02:54)
[1] 白銀の討ち手【改】 0-1 変貌[主](2011/10/24 02:09)
[2] 1-1 無毛[主](2011/05/04 09:09)
[3] 1-2 膝枕[主](2011/05/04 09:09)
[4] 1-3 擬態[主](2011/05/04 09:09)
[5] 1-4 超人[主](2011/05/04 09:09)
[6] 1-5 犠牲[主](2011/05/04 09:10)
[7] 1-6 着替[主](2011/05/04 09:10)
[8] 1-7 過信[主](2011/05/04 09:10)
[9] 1-8 敗北[主](2011/05/24 01:10)
[10] 1-9 螺勢[主](2011/05/04 09:10)
[11] 1-10 覚醒[主](2011/05/20 12:27)
[12] 1-11 勝利[主](2011/10/23 02:30)
[13] 2-1 蛇神[主](2011/05/02 02:39)
[14] 2-2 察知[主](2011/05/16 01:57)
[15] 2-3 入浴[主](2011/05/16 23:41)
[16] 2-4 昵懇[主](2011/05/31 00:47)
[17] 2-5 命名[主](2011/08/09 12:21)
[18] 2-6 絶望[主](2011/06/29 02:38)
[20] 3-1 亡者[主](2012/03/18 21:20)
[21] 3-2 伏線[主](2011/10/31 01:56)
[22] 3-3 激突[主](2011/10/14 00:26)
[23] 3-4 苦戦[主](2011/10/31 09:56)
[24] 3-5 希望[主](2011/10/18 11:17)
[25] 0-0 胎動[主](2011/10/19 01:26)
[26] キャラクター紹介[主](2011/10/24 01:29)
[27] 白銀の討ち手 『義足の騎士』 1-1 遭逢[主](2011/10/24 02:18)
[28] 1-2 急転[主](2011/10/30 11:24)
[29] 1-3 触手[主](2011/10/28 01:11)
[30] 1-4 守護[主](2011/10/30 01:56)
[31] 1-5 学友[主](2011/10/31 09:35)
[32] 1-6 逢引[主](2011/12/13 22:40)
[33] 1-7 悠司[主](2012/02/29 00:43)
[34] 1-8 自惚[主](2012/04/02 20:36)
[35] 1-9 青春[主](2013/05/07 02:00)
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[19733] 3-4 苦戦
Name: 主◆548ec9f3 ID:0e7b132c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/31 09:56
「久しいな、頑固ジジイ」

張り詰めていく空気の中、唐突に、地鳴りのように低い声が響いた。それに応えるのは遠雷のように低い声。
「『贋作師』……。貴様、今までどこで何をしていた」
「おかげ様で、1000年ほど前にあんたに大目玉を食らってから、ほとんど紅世に引きこもってたさ。だが先日、俺もようやく、相応しい契約者を見つけた」
「先日だと?いったい何を言っている、『贋作師』!貴様、500年間もいったいどうして―――」
「そっちこそ何を言っていやがる、ついに耄碌したか?こっちは早く零時迷子の贋作を創りたくて仕方が無いんだ。さっさとそこをどけ」
「なに……!?」
両者の互いへの認識には決定的な誤差が生じていたが、“零時迷子の贋作”という容認できない科白によってアラストールの意識は憤怒へと向けられた。
「あのような常軌を逸した宝具が増えれば世界のバランスがどうなるか、わからぬ貴様ではあるまい!何を考えている!?」
アラストールはかつて、テイレシアスによる無秩序な宝具の贋作を危惧し、雷を落としたことがあった。それは今回のような暴挙を未然に防止するためであった。
轟々と怒りに燃える少女の胸元にあっても、圧倒的な怒気で大地を震わせる迫力は魔神そのものだ。だが、それに飄々と応える紅世の王もまた、それで臆する者ではなかった。
「俺は贋作を創ることができれば、他のことなどどうなろうが知ったことではない。それに、我がフレイムヘイズも零時迷子を欲している。やっと手に入れた、俺の力を十全に引き出すことのできるフレイムヘイズだ。“些細なこと”で仲違いをしたくはないのでな」
「些細なこと、だと!?」

語気を荒げていく二人と同様に、対峙する紅蓮と純白の闘気が二人のフレイムヘイズの間で衝突し、緊張感は否応なく高められてゆく。
互いが互いを油断なく見据えながら、同時に大太刀の柄を握り締める。

「貴様ら……堕ちるところまで堕ちたか」
途端、地を底から揺るがすような豪笑が辺りに鳴り響く。
「何がおかしい、『贋作師』」
「いや、なに。“同胞殺し”を根っからの生業にする者が“堕ちる”などと平然と口にできるとは思わなくてな。それより堕ちる外道など、元よりありはしないというのに」

相対する自分と同じ姿をした敵から放たれる、身体を串刺しにする殺気。
互いが放出する高密度の闘気が周囲の光景を陽炎のように揺らめかせる。
必滅の大太刀の切っ先が対峙する敵を見据える。

「―――口で言ってもわからんようだな、偏屈者の小僧」
「ならどうする?頑固ジジイ」

会話が途切れた瞬間、放たれた闘気が大気を燃やし、互いの闘気の衝突点にある地面に巨大な亀裂を走らせる。

それを合図に、二人が同時に地を踏み砕いた。

大太刀が月を描く。
紅蓮の大太刀は炎の軌跡を上弦の月に、白銀の大太刀は氷の軌跡を下弦の月に。切り裂かれる大気の悲鳴が鼓膜を穿ち、地面を這うように煌く刃が地を両断する。極限まで鍛え上げられた鋼と鋼が爆発的な速度で激しく合間見えた。

その余波で、互いの胸の神器が激しく衝突する。恫喝の如き衝撃音に負けない怒声で、魔神と王が情念に身を任せて吼える。

「身体でわからせてやろう、『贋作師』!!」

「臨むところだ、『天壌の劫火』!!」


 ‡ ‡ ‡


紅蓮と白銀が拮抗する。火花を散らし、互いに押し潰さんと全力で鎬を削る。

その紅蓮を纏った少女、シャナは心のどこかで落胆に似た感情を覚えていた。
『弔詞の詠み手』に“最悪の敵”と言わしめたほどの相手だ。どれほどのものかと覚悟をして挑んだが、こうして刀を合わせていれば相手の実力が手に取るようにわかる。
この鍔迫り合いは互角に見えて、実はシャナの方が勝っていた。全力を出してこの拮抗を崩せば、すぐにでも大太刀を弾き飛ばして目の前の敵を斬り伏せられる。

そう、剣技だけならシャナの方が一枚も二枚も上手だということは明白だ。シャナの身体と贄殿遮那に蓄積された情報を得たとは言え、サユの剣技の実力はシャナに劣る。―――剣技だけなら・・・・・・

『白銀の討ち手』の漆黒の外套が一際激しく靡くのを視界の端で視認した瞬間、そこから一枚、銀色のトランプカードが滑り落ちた。スペードのA。シャナはその“宝具”に見覚えがあった。それは、『狩人』フリアグネが持っていた―――
「な―――!?」
見開かれたシャナの視線の先で、カードは無数に分裂していく。人知を超えたスピードで幾百幾千と増殖し、魚群のように高速で宙を舞う。
それは、フリアグネの有していたトランプ型の宝具、レギュラーシャープに他ならなかった。
レギュラーシャープは一枚一枚がまるで意思を持っているかのように華麗に宙を飛び回り、一斉にシャナに向かって襲い掛かる。鍔迫り合いの状態では防御ができない。回避行動に移ろうと慌てて大きく後ろに跳び退る。
「いかん、シャナ!」
悲鳴じみたアラストールの叫びに驚き、そして贄殿遮那に喰らいついた白銀の鎖にさらに驚愕した。これは、敵の宝具に巻き絡まり使用不可能にする、フリアグネの宝具―――バブルルート!
突然重量を増した贄殿遮那に、シャナの動きが一挙に鈍る。
「うっ!?」
「強引に断ち切れ!」
頭上からはレギュラーシャープの雨が降り注いでくる。迷う暇はない。
「はぁあああああっ!!」
全身全霊の力を込めて贄殿遮那を振るう。人間の域を遙かに超えた怪力と熱量が迸り、バブルルートはバターのように一瞬で融解する。刀身にへばり付いた残骸を一振りで吹き飛ばし、返す刀で頭上のレギュラーシャープに斬りつける。炎を付加された斬撃は破壊的な力の本流を生み出し、レギュラーシャープの群れを粉微塵と化した。
豪雨のような粉塵が辺り一帯を覆い隠し、視界を濃灰色に埋める。
「アラストール、今のは!?」
「『白銀の討ち手』の能力は『贋作』だ。一度目にした宝具をコピーし、使用者の経験も抽出できる。強敵だ、油断するな」
「……わかった」
アラストールと『贋作師』テイレシアス、そして自分にそっくりな契約者には、何か因縁があるようだった。しかし、今はそれについて追求をしている場合ではない。思考を逸したまま勝てる相手でないことはすでに悟っていた。
「自分の能力を完全に使いこなしてる。あいつ、強い」
どんなに精巧な贋物を造り、使い手の経験を抽出しても、必ずや技に劣化が生じ、齟齬が生じるのが道理だ。いかに経験を手にしようと、使い手がその身に刻んだ研鑽までは手に入れられない。だというのに、『白銀の討ち手』は繰り出す宝具をまるで四肢の延長のように何不自由なく操っていた。
「奴の贋作はオリジナルよりも強度が弱い。そこを攻めれば、勝てる」
頷き、周囲の気配を探りながら脳裏でパズルピースを組み合わせるように敵の一連の攻撃を冷静に分析し、対抗策を導き出す。
相手の強みは、多くの贋宝具によって多種多様かつ臨機応変な連続攻撃ができること。弱みは、贋宝具一つ一つの強度が低いために強力な一撃に踏み出せないこと。こちらが力技で押し切れば先のバブルルートのように簡単に破壊できる。先攻の出鼻を挫いて攻撃を連続させなければ、勝機は見える。力押しなら、負けない。

戦術は決まった。粉塵から抜け出そうと身体を前のめりにして駆け出し―――痛みに先んじた直感が、シャナを死地から救った。
「ッ!?」
直感に従い、全身の筋肉を使って半身を仰け反らせる。その鼻先を、粉塵を穿ち唸りを上げて白銀の剛槍が貫いた。肩口を浅く抉られ、風圧に前髪が幾房か千切れる。
槍を切断せんと贄殿遮那を振りかぶるが、持ち手の姿を見せない槍は瞬く間に刃圏から粉塵の闇へと姿を消す。
持ち前の高度な体捌きで瞬時に体勢を立て直し、夜笠を身体を包むように展開させて防御力を上げる。気休め程度だが、ないよりはマシだ。シャナの額にじわりと汗が滲む。
(気配は感じなかったはずなのに、どうして!?)
シャナは肉弾戦に特化している。相対する相手の動きを読み、気配を掴むことは彼女の得意とするものだ。どんな敵にでも動作の直前に気配が生じる。それさえ読めれば、シャナは相手の考えている戦術すらいとも容易く読み解いて見せるだろう。しかし、今の攻撃にはその気配がなかった。粉塵で全周囲の視覚を遮られ気配も察知できないのでは、対処の仕様がない。

臍を噛むシャナの背後から再び槍の穂先が姿を現す。常軌を逸した刺突の連撃は数え切れないほどの槍の残像を作り出す。それはまさに槍の弾幕だった。この世界の物理法則にあるまじき狼藉に、大気がヒステリーを起こして絶叫する。
対するシャナもそれら全てを贄殿遮那で迎撃する。あらゆる方向に瞬時に対応し、襲い来る必殺の猛攻を一つ残らず切り払う。翻る手さえ見えぬ剣舞は数秒と続かなかった。あまりに苛烈な衝撃の連続に、槍の強度が持たずに砕け散ったのだ。
砕け散っていくその槍にも、シャナには見覚えがあった。『千変』シュドナイの持つ宝具、神鉄如意だ。
「次から次に……!」
気配を探ってみるが、やはり察知できない。代わりに、鋭敏な聴覚が側方で轟と風を斬る音を捉える。如何な達人であっても対処不可能の攻撃に神業と言うべき体捌きで贄殿遮那が防御に繰り出される。
金属音の大音響。
受け止めた銀色の大剣を見て、シャナの背筋が凍る。

(――――ブルートザオガー!?)

咄嗟に夜笠に意識を回し、身体の前面に即席の盾を作る。一瞬遅れて全身を叩きつけてくる衝撃。衣服が裂け、白い肌に幾筋も裂傷が刻まれる。無我夢中で夜笠を振り払い、反撃を叩き込もうと刺突の構えを取るが、敵の姿はすでにない。今度はすぐ背後で地を蹴る音。人の規格を超越した動作で転身し、再び斬撃を迎撃するが、横腹と太腿に激痛が走る。その余波を受けたアスファルトに無残な破壊の傷跡が刻まれる。
「くぅ……ッ!」
シャナが戦慄に歯噛みする。反撃に転じようにも、相手の姿も気配もわからない状態ではそれすら不可能だ。せめて粉塵が消えて姿が見えれば―――。
「だったら、吹き飛ばせばいいまで!」
迫るブルートザオガーを渾身の力で弾き飛ばし、硬化させた夜笠を刃のように左右に突きたてて大きく身体を捻ると猛然と回転する。それはまるでブレードのついたコマだった。荒れ狂うハリケーンが出現したかのように、瞬く間に立ち込めていた粉塵が吹き飛ばされる。

敵の姿がはっきりとする。『白銀の討ち手』は大きく間を開けて前方に佇んでいた。
外套を総身を包むように被るという奇妙な格好をした彼女からは、姿は見えるのに気配がまったく感じられない。回転に巻き込まれ傷だらけになった外套を背に払う。途端に、シャナは相手の気配を察知する。あの外套は気配を遮断する宝具のようだった。
(……あいつ、私の戦い方を知ってる)
そっくりな身体を持っているから、という理由では説明できないほどに敵はシャナの苦手とする攻撃を行なってきた。その持ち前の俊敏さを活かした接近戦闘を得意とするシャナの俊足を封じ、視界と気配を隠して、かつてシャナを大いに苦戦させたブルートザオガーによる攻撃を行なってきた。そして奇妙なことに、その太刀筋はどこかシャナに似ていた。
(どこかで会ったことがある?)
シャナはまるで、対峙する敵が自分の戦いをずっと間近で見ていたかのような奇妙な感覚を覚えた。
執拗に自分の弱点を突いてくる強敵に冷や汗をかき、

「なッ!?」
突然、『白銀の討ち手』がブルートザオガーを振り投げた。戸惑いながらも、迫るそれを贄殿遮那で横薙ぎに斬り裂く。たったそれだけでブルートザオガーは呆気なく両断された。二つに分割された剣が視界を覆う。
「シャナ!!」
アラストールの叫びと世界を包み込むような轟音が重なる。
シャナの動体視力でさえ視認できない小さな何かの大群が、両断され宙を舞うブルートザオガーを粉砕し、音速を超えて迫る。ほとんど勘だけでシャナはその全てを迎撃する。叩きつけてくるような重い衝撃がシャナの小柄な身体を容赦なく打ち振るわせる。
(なに、これ……!?)
苦痛に顔を歪ませながら必死に敵の持つ武器を見据える。二つの明滅する閃光(マズルフラッシュ)。その後ろで回転弾倉が激しく回転している。
それがフリアグネのトリガーハッピーだとシャナは瞬時に把握する。形は似ているが、威力はオリジナルを優に超えている。強化が施されているようだった。
「シャナ、このままでは不味い!距離を詰めろ!」
「わ、かってる……!ううっ!!」
銃撃による激震に腕が痺れてくる。絶対に折れることはないという並外れた特性を持つ贄殿遮那でも、持ち手が折れれば意味がない。迎撃できなかった銃弾が夜笠を次々と穿ち、蜂の巣にしていく。

自在式を苦手とするシャナは、遠距離から攻撃をしかけてくる敵に対する攻撃手段をほとんど持っていない。唯一の手段は炎弾だが、これは存在の力を込めるのに時間がかかる。今の状況はシャナにとって最悪のものだった。
いつもは洗練された優美な輝きを放つ贄殿遮那も、今はその繊細さが心細い。
(せめてこの銃撃が一瞬だけでも止めば、状況を覆せるのに……!)

「やあああああッ!!!」

思わぬところから閃いた斬撃が『白銀の討ち手』を襲った。風を切り裂いて振り下ろされた大剣がトリガーハッピーを両断する。復活した悠二が力を振り絞り、果敢に立ち向かっていったのだ。即座に放たれた反撃の拳に悠二の身体が吹き飛ぶ。

突然の事態に、しかしシャナは動じずに悠二の作ったチャンスを生かすために地を這う稲妻となって肉薄する。10歩以上はある間隙を何の脚裁きも見せないままに滑走し、極限まで高めた力を両腕に集中させる。
達人の域を超越する走法から繰り出される、持ち得る剣術の粋を結集させた斬撃。これなら――――!!




金属音と衝撃音の多重奏に悠二は意識を取り戻す。
だが、その光景が目に入ってきた瞬間、坂井悠二はこれが夢ではないかと思った。
それくらい馬鹿げていたのだ。
贄殿遮那を受け止めた、その武器の形状が。
「な―――」
炎の飛沫を飛び散らせ、金属を擦り合わせる甲高い異音の多重奏を立てながら贄殿遮那を受け止めたその異形の大剣に、さしものアラストールも唖然とするほかなかった。

たしかにそれには柄があり、鍔もある。だが肝心の刀身にあたる部分が、あまりに常軌を逸していた。円錐状の刀身は螺旋状に捻くれて深い溝が刻まれ、先端は鋭く尖っている。そして、その刀身全体が轟々と唸りをあげて回転しているのだ。

それは即ち―――“ドリル”だった。


 ‡ ‡ ‡


その剣のオリジナルは、紅世の王『壊刃』サブラクが有していたヒュストリクスという西洋大剣型の宝具である。それは、この時間軸ではない未来において『探耽求究』ダンタリオンによって勝手に改造が施され、無骨で実用的な造形は見る影もないほどに異形なものになってしまった。
しかし、それでヒュストリクスの誇る攻撃力が低下したわけではない。むしろ、曲がりなりにも“改造”が施されたことで、その性能は飛躍的に向上している。


轟然と風を逆巻きながら、刺突というにはあまりに巨大な一撃が放たれた。紙一重の差で飛び退いてそれを回避したシャナの脇腹を擦過する。途端、突風に身体を煽られて危うく体勢を崩しそうになる。
剣の旋転は刀身が回転するたびにその速度を増していく。一転ごとに速く、なお疾く―――気づけばドリル状の刀身はスクリューのように大気を激しく掻き乱し、周囲のあらゆるものを巻き上げるハリケーンの中心と化していた。やおら頭上高々に掲げられたヒュストリクスが己の力を示さんと囂々と咆哮する。破壊の嵐は蹂躙され粉砕されたアスファルトや建築物の残骸を軽々と上空へ吸い上げ、周囲の全てを吹き飛ばしていく。
「ぐッ!?」
身体が吸い寄せられ、シャナの姿勢が傾ぐ。ヒュストリクスは贋作の強度限界に達して紫電を撒き散らしながら、さらに回転速度を増して捻れ狂う。風の唸りが鼓膜を突き刺し、叩きつけるような大気が身体を打ち据える。
(あんなもの、一撃でも喰らったら……!)
想像しただけでも恐ろしい。シャナの小さな身体では、ただ掠るだけの攻撃であっても致命傷は免れない。触れればそこは肉片と化すだろう。直撃すれば結果など言うまでもなく、そこには死しか待ってはいない。
『白銀の討ち手』が駆ける。傲然と唸りを上げて迫り来るヒュストリクスに、シャナは一歩も引かずに贄殿遮那を構える。
あれほど巨大な剣なら、連撃の合間には必ず大きな隙を見せる。その虚を衝いて懐に飛び込み斬り伏せれば、勝機はある。いかに強大な攻撃も、見切ってしまえば怖れることはない。

瞬間、シャナの体内に炎が宿る。燃え盛る業火ではない。極限にまで高められた炎は青白く、波紋一つない湖面の如き静けさを持つ。体感時間が何倍にも引き伸ばされたような感覚。
「―――ふッ!」
眼前まで迫ったドリルの切っ先を最小限の動作で回避する。耳元を激しい閃光が掠めすぎ、烈風の音が鼓膜を叩く。これで詰め(チェックメイト)だ。振りかざした贄殿遮那はカウンターで『白銀の討ち手』を袈裟斬りにするだろう。


この時点でもまだ、シャナは改造を施されたヒュストリクスの埒外の威力を見誤っていた。


シャナの傍らを通り過ぎる刹那、ヒュストリクスが絶叫した。
限界点をとうに超えて刀身の至るところに亀裂が走り、断裂し、その身を砕く激痛に苛まれながら、今までの回転など序の口だと言わんばかりにヒュストリクスが破滅の猛威を撒き散らす。
爆発的な空気の渦に横殴りにされ、容赦のない衝撃が総身を蹂躙する。身体が捻れ、骨がメキメキと音を立てて軋む。当惑する暇すら与えられず、轟風に今度こそ体勢を大きく崩される。
甘かった。敵はこちらの思考を一歩先も二歩先も読んでいる。紙一重で避けてカウンターで斬りかかることも予測されていたのだろう。
間断なく、刀身のほとんどを砕き散らしたヒュストリクスが襲い掛かってくる。その姿はもはや残骸と言うべき様相だったが、絶大な破壊力を孕む刀身は依然として唸りを上げて駆動している。
咄嗟に贄殿遮那を防御に繰り出す。凄烈な火花を散らして大破壊力を受け止めるが、不安定な体勢のまま出された防御で封殺できるような攻撃ではなかった。
肩が砕けそうなほどの衝撃。
音を立ててヒュストリクスが跡形もなく砕け、反動で贄殿遮那が弾き飛ぶ。
遥か後方の地面に突き立った贄殿遮那に、しかし、シャナは見向きもせずに即座に反撃に移行する。
贄殿遮那がなくなった―――それがどうしたというのか。
手刀を形作り、紅蓮の大太刀を出現させるべく存在の力を集中させる。過去にソラトを一刀の元に切り伏せてみせた、超光熱の炎刃を顕現させる自在法だ。
振り上げた手刀から刃状になった紅蓮の炎が生まれ――――そして、音もなく消え失せた。

「――――――な、」
何が起こったのかを理解するのに2秒ほどかかった。
『白銀の討ち手』が突き出した左手の人差し指で光る、銀の指輪。その“宝具”は、かつてフリアグネが所持し、炎系の直接攻撃型自在法を消去する結界を展開して所持者を守る効果を持つ。

「“アズュール”……!」

その戦慄の呟きに応えるように、『白銀の討ち手』の顔に鋭い笑みが浮かぶ。こうもたやすく先手をとられ続けるなど、どう考えても異常な事態だ。

思考を巡らせながらも身体は流れる水のように次の攻撃に移る。贄殿遮那を失い、炎を封じられても、シャナにはまだ武器がある。鍛え上げた己の肉体という武器が。
地を這うように疾走し、電光石火の如き早業で敵の内懐に滑り込む。それは八極拳にて極意とされる走法、活歩である。
この超至近距離こそ、八極拳が最大効果を発揮する間合いだ。シャナは物心がついた時から中国武術を学び、その身に積み上げてきていた。その技の冴えは、すでに達人の域すら超えている。
踏み込んだ脚が轟音を立てて地面を抉り、全身の瞬発力を集積させた掌底が『白銀の討ち手』の胸板を穿つ。肋骨を残らず叩き割り内臓を粗挽き肉に変えるほどの威力を持った一撃。だがそれは、直撃すれば・・・・・の話だ。

シャナが舌打ちをして、手首を掴まれ胸の寸前で止められた掌底を蛇のようなしなやかな動きで引き戻す。
繰り出されてきた反撃の拳打を化勁(かけい)を使い巻き取って受け流し、すかさず突き手を鳩尾に叩き込む。―――半身を逸らされ虚空を穿つ。
ならばと足を敵の軸足に内側から絡ませ刈り払い、体勢を崩す。―――即座に足が踏み換えられ逆にこちらの足に絡み付いてくる。
脚を柱のように地に押し付け重心がぶれるのを防ぐ。がら空きになった敵の腹部に掌を押し付け寸勁を放つ。―――すんでのところで罠だと気づき身を捻るようにして間合いをとる。
勢いを腰の捻りに変えて槍のような肘撃を放つ。―――膝が地に着くほどのダッキングで回避される。
しかと大地を踏みしめ、高々と脚を振り上げ会心の連環腿を放つ。―――ほとんど同時に放たれた天空を打ち抜くかのような鋭い膝蹴りに迎撃される。

鋭くかつ鈍重な衝撃が脚に走り、骨が砕かれそうな激痛に顔を顰める。
「ぐ、ぅ……ッ!!」
さながら、同じ師の元で修行した門徒と戦っているような心地だった。同じ身体だから、という理由では説明しきれない。間違いなく、自分と行動を共にしたことのある人間だ。―――では、こいつは誰だ?
二歩分の間合いを置いて、再び活歩を駆使して肉薄する。腕の力だけではなく全身の筋肉の伸縮を最大限に生かして重心を掌面に移動させ、一気に敵の首に叩き込む。稲妻じみた残像を残して叩き込まれた掌底は、交差させた腕の手甲に阻まれる。手甲が砕け、その奥にある猛禽類の如く鋭い瞳が覗く。
そのぎらつく双眸を真正面から睨みつけ、シャナが叫ぶ。

「答えろ、『白銀の討ち手』! お前は―――誰なの!?」


 ‡ ‡ ‡


『行こう、悠二。―――私と、一緒に』


はっきりと思い出せる。そう言って手を差し伸べてくれたシャナの笑顔も、その背景の雲から草一本に至るまで、明確に脳裏に思い浮かべることができる。

葛藤の末、ボクはシャナとともに生きる道を選んだ。大切な仲間たちと涙を流して別れ、二人で御崎市を後にした。零時迷子を狙う紅世の王や徒から人々を守るには、ボクがとにかく移動し続けるしかなかったのだ。
ほんの数年間の短い旅だったけど、ボクにとっては人生で一番充溢した時間だった。笑って、怒って、泣いて、苦しんで、また笑って。二人ですべてを分かち合った。ボクは、そんな日々が限りなく永遠に近い時間、続くのだと思い込んでいた。ボクがシャナの前から消える、あの日まで。

「答えろ、『白銀の討ち手』! お前は―――誰なの!?」

シャナが叫んでいる。お前は誰だと問うてくる。
ダメだ、シャナ。それは言えない。言えば、きっと君は悲嘆して膝を屈してしまう。それではダメなんだ。
ボクと共に歩んだシャナは、君じゃない。だけど、それでも、君はシャナだ。かつてボクが恋した少女だ。君を悲しませたくはない。ボクたちの辿った結末を繰り返させたくはない。だから―――戦ってくれ、シャナ。

そして、ボクを―――


 ‡ ‡ ‡


「…………」
痛みに地に伏している悠二は、一刻も早くその場を離れなければならないというのに動けずにいた。否、たとえ痛みがなかったとしても動けなかっただろう。
果たしてそれは、本当に人間の戦いなのだろうか?少女のカタチをした“ヒトガタ”たちの、なんと凄烈なことか。
静かに、しかし迅速に交差する紅蓮と白銀の人影。抉られ破砕された足場においても、弾けるような二人の動きに一切の無駄はない。互いに必殺の一撃を繰り出し、それを紙一重で見切って躱し、二人の戦いはさらに激化の一歩を辿っていく。
命の駆け引きをしているにも関わらず、それはまるで完成された一つの芸術作品のようだ。ひどく典雅で思わず見蕩れてしまいそうになるその演舞は、あまりに完璧すぎるがゆえに完成度の高い殺陣を連想させる。
張り詰めた死線の気配はこちらまで押し寄せてきて、全身が強張り、呼吸することすら忘れそうになる。
シャナがここまで苦戦したことなど果たしてあっただろうか?常に戦いの中で勝機を導き出し敵を一刀の元に斬り捨ててきたシャナをここまで圧倒するとは……。

「ッ!」

唐突な自身の変質の気配に、悠二は目を見開き手首の腕時計を凝視する。戦火に晒された遺品のように傷だらけになった腕時計が、それでも懸命に針を動かしている。その長針と短針が、同時に頂点を指そうとしていた。もう零時が近い・・・・・
「シャナッ!!」
激しい格闘戦の最中、一度だけこちらを振り返った視線に腕時計を掲げて見せる。それだけでシャナには十分だ。
シャナが突然低く身を屈め、サユの突き出された右腕の下を鋭い動作でくぐる。次の瞬間、まるで怪我人に肩を貸すかのような姿勢でシャナが右腕を肩の後ろに背負い込んでいた。左肘と左脚が同時に動き、鳩尾と軸足を狙う。悠二は知る由もないことだが、これは八極拳の極意の一つ『六大開・頂肘』と呼ばれる套路であった。
それは成功すれば確実に相手に致命傷を与えられるはずの攻防一体の絶技だったが、それすら流れるような体捌きで間合いを開けられ受け流される。だが、シャナは牽制のためにその攻撃を使ったまでだ。間合いが開くや否や、鮮やかな動きで高く背転して敵の攻撃範囲から一気に離脱する。着地の瞬間、傍らの地に突き立っていた贄殿遮那を抜き放ち、足の裏から這い上がってくる衝撃を強靭なバネで殺してさらに流れるようにバックステップを踏んで悠二の元へ駆ける。
追い討ちをかけんと夜走獣のように低く疾駆してくるサユに向かい、残されたありったけの存在の力を使って炎弾を連射する。立て続けに撃ち出されたそれは弾幕と化し、サユの追撃を阻めてたたらを踏ませる。

ついに、時刻が零時となった。

零時迷子が時の事象に干渉し、時間を歪め、毎夜の奇跡をここに再現する。身体が熱くなり、悠二の中に力が漲ってくる。十全に動くようになった身体で立ち上がり、炎弾を放つシャナの肩を掴む。

防戦一方では埒が明かない。ならば、零時迷子で存在の力を回復させて全力全開の一撃を叩き込み一気に勝負をつける。シャナが全ての存在の力を一撃に乗せて放てば、その力は鏖殺の威力にして余りある。
紅蓮の長髪が輝きを増し、体から溢れ出る火の粉が渦を巻いて舞い上がる。
「離れてて、悠二!」
力強い頷きを返して安全圏まで退避する。直後、背後で紅蓮の爆炎が顕現し、辛うじて原形を保っていたビルを蹂躙する。振り返らなくてもわかる。存在の力を完全回復させたシャナの背から巨大な炎の翼が生まれ、大きく羽ばたいたのだ。
振り返れば、サユは中央に立つシャナを挟んで悠二と反対側に悠然と佇んでいた。目を眇め、轟々と燃えるシャナを無表情で見つめている。

ふと、サユと目が合った。刹那にも満たない時間の視線の交錯の中、その表情が緩み、安堵と諦観に似た微笑が向けられるのを見た。

何を安心しているのか、何を諦めているのか―――。
悠二が疑問を思い浮かべるのとシャナが踏み込むのは、果たしてどちらが先だったのだろうか。
巨大な翼は常時の数十倍もの初速をシャナに与え、音速の壁を轟音と共に楽々と突破する。衝撃波によって瀑布のカーテンを左右に巻き上げながら地上すれすれを猛滑走するシャナが贄殿遮那を突き出す。
だというのに、サユは動かず、迫り来るシャナをじっと見つめている。

時間にして、その滑走は数秒にすら満たないものだった。20メートルを超える距離を一瞬で0にして、シャナとサユが交差する。そして、



贄殿遮那の切っ先が、白銀の少女に突き立った。




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