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No.19733の一覧
[0] 白銀の討ち手シリーズ (灼眼のシャナ/性転換・転生)[主](2012/02/13 02:54)
[1] 白銀の討ち手【改】 0-1 変貌[主](2011/10/24 02:09)
[2] 1-1 無毛[主](2011/05/04 09:09)
[3] 1-2 膝枕[主](2011/05/04 09:09)
[4] 1-3 擬態[主](2011/05/04 09:09)
[5] 1-4 超人[主](2011/05/04 09:09)
[6] 1-5 犠牲[主](2011/05/04 09:10)
[7] 1-6 着替[主](2011/05/04 09:10)
[8] 1-7 過信[主](2011/05/04 09:10)
[9] 1-8 敗北[主](2011/05/24 01:10)
[10] 1-9 螺勢[主](2011/05/04 09:10)
[11] 1-10 覚醒[主](2011/05/20 12:27)
[12] 1-11 勝利[主](2011/10/23 02:30)
[13] 2-1 蛇神[主](2011/05/02 02:39)
[14] 2-2 察知[主](2011/05/16 01:57)
[15] 2-3 入浴[主](2011/05/16 23:41)
[16] 2-4 昵懇[主](2011/05/31 00:47)
[17] 2-5 命名[主](2011/08/09 12:21)
[18] 2-6 絶望[主](2011/06/29 02:38)
[20] 3-1 亡者[主](2012/03/18 21:20)
[21] 3-2 伏線[主](2011/10/31 01:56)
[22] 3-3 激突[主](2011/10/14 00:26)
[23] 3-4 苦戦[主](2011/10/31 09:56)
[24] 3-5 希望[主](2011/10/18 11:17)
[25] 0-0 胎動[主](2011/10/19 01:26)
[26] キャラクター紹介[主](2011/10/24 01:29)
[27] 白銀の討ち手 『義足の騎士』 1-1 遭逢[主](2011/10/24 02:18)
[28] 1-2 急転[主](2011/10/30 11:24)
[29] 1-3 触手[主](2011/10/28 01:11)
[30] 1-4 守護[主](2011/10/30 01:56)
[31] 1-5 学友[主](2011/10/31 09:35)
[32] 1-6 逢引[主](2011/12/13 22:40)
[33] 1-7 悠司[主](2012/02/29 00:43)
[34] 1-8 自惚[主](2012/04/02 20:36)
[35] 1-9 青春[主](2013/05/07 02:00)
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[19733] 3-3 激突
Name: 主◆548ec9f3 ID:0e7b132c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/14 00:26
「なんだか、寒いな」
人気のない寂寞とした一本道を歩きながら、悠二が肩を擦って呟いた。

夏真っ盛りだというのに、吹いてくる風は夜気に冷え切っていてやけに肌寒い。空気は重く澱み、身体に纏わりついてくるようだ。空を見上げると、夜の闇には星一つなかった。頼れるのは、心細い街灯だけだ。
「―――?」
唐突に、頭上からブツンという耳障りな何かが千切れるような音がした。同時に足元を照らしていた街灯の灯りが消え失せる。
街灯の電球が潰える瞬間に立ち会った経験は初めてだった悠二は、珍しい体験をしたと街灯を感慨深げに眺め上げた。別に帰り道の街灯すべてが消えてしまったわけではないし、怖がる必要もない。もとより、紅世の存在などを知ってしまった悠二は幽霊や妖怪などの類のものは怖いと感じなくなっていた。
さて、早く帰らなければ母さんに怒られる。母さんは怒鳴って口やかましく怒ることはないが、怒る時は静かに強く怒る。けっこう怖い。
早足で帰ろうと、街灯が白々しく照らし出すアスファルトに強く一歩目を踏み込み、


――――――ブツン、ブツン、ブツン


「え?」
背後で立て続けに街灯が消える音。振り返ると、自分が歩いてきた路地は暗黒と化していた。押し潰してくるような闇の壁に思わず後ずさり、


―――――ブツン、ブツン、ブツン、ブツン、ブツン、ブツン―――――


一本道の街灯すべてが、次々と灯りを失う。
気づけば、視界すべてが濃密な黒一色に塗りつぶされていた。

停電でも起きたのかと慌てて周りを見渡す。だが、それにしては様子がおかしい。周囲をどれだけ見渡そうとも、指先一つほどの光すら見つけることができない。それどころか突然の停電に狼狽して焦る人々の喧騒すら聴こえてはこない。
封絶が張られた気配は感じなかった。ならば、この静寂はなんなのか。
時が止まったかのような不気味な静けさに、悠二はごくりと息を飲む。

その静謐を、がりがりと硬質な何かを引きずる金属音が破った。ぞっとするほど冷ややかに耳に忍び込んでくるその音は、だんだんとこちらへ近づいてきている。

「……誰?」
言いようのない悪寒に貫かれながら、それでも問う。応えは返ってこない。
ついに音源がすぐ目の前まで迫る。五歩ほどの距離をおいて、何かが地を這う音はぴたりと止まった。闇の中に同じ闇色をした輪郭がぼんやりと見え、じっと目を凝らす。だが、見れば見るほどにその影は細部がぼやけ、ますます不鮮明になっていく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それはまさに、昼間に見た異様な風体の影そのものだった。

「お前は、誰だ」
意を決し、今度は声を張って呼びかける。

「―――『白銀の討ち手』」

返ってきた声に、悠二は驚く。
初めて耳にしたはずのその声は、聴きなれた少女の声――― つい今しがたまで会話していたシャナにそっくりだったからだ。

影が揺らぎ始める。霧が晴れるように、声の主を塗り潰していた闇が薄れてゆく。暗闇に馴れていく視界で、ついに声の主の姿が露わになった。
黒い外套を羽織り、顔を俯けてはいるが、悠二にはそれが“シャナそっくりの姿をした何か”だということがすぐにわかった。昼間に佐藤と田中に聞いた、シャナによく似たフレイムヘイズの話を思い出す。
「もしかして……君が、サユさん?」
返事はない。それは肯定の意味だと悠二は受け取った。

一歩後ずさり、身構える。楽しく会話をしに来たようには到底見えなかった。少女の身体から発せられる研ぎ澄まされた負の波動は、触れると切れる鋭利な刃物を連想させる。
フレイムヘイズが僕に何の用があるのかと疑問に思うが、答えは一つしか思いつかない。胸を守るように押さえ、サユを睨みつける。フレイムヘイズに零時迷子を狙われるのは初めてだった。理由を聞きたかったが、そんな押し問答をする意思があるようには思えなかった。
自分がフレイムヘイズ相手にどこまで戦えるか―――はっきり言って絶望的だ。だけど、ここはシャナの家からさほど離れていない。戦闘が始まり、その気配を察知したシャナが駆けつけてくれるまで抵抗し続ければ、勝機は自ずと見えてくる。

「―――シャナが助けに来てくれるまで堪える、か?」

背筋を掻き毟られるような、押し殺した声。思考を簡単に読み取られ、悠二は驚愕を露わにして目を見張る。しかもこのフレイムヘイズは、シャナという親しい者たちしか口にしない名前まで知っている。
小さな嘲笑が静寂に満ちた空間に響く。シャナと同じ声のはずなのに、それはやつれ果てた亡霊の呻り声のようだった。

「残念だけど、それは叶わない」

吐き捨てると、引きずっていた白銀の鉄柱を勢いよく振りかぶり、アスファルトに突き下ろす。アスファルトの表面を砕き、鉄柱はその三分の二ほどを地中に埋めた。


そして、それは“発動”した。


突き立つ鉄柱を起点に、葉脈のような光の筋が蜘蛛の巣状に広がる。それは悠二の足元を一瞬で通り過ぎ、街中に拡大していく。
地上にいる悠二には見えないが、上空からこの様子を見ていた者がいれば愕然となったであろう。光の筋は街のありとあらゆる場所に伝播し、そこを中間点としてさらに稲妻のように拡がり、ついには地表に幾重にも重なった巨大な五芒星を描き出した。
光が中間点としたのは、宝具メケストの贋作によって地面に穿たれた自在式である。カムシンの作った自在式の残骸を利用して作られたこの五芒星は、作り主の目的を達するために必要な舞台を形成する。
五芒星が、白日の如き銀色の光輝を屹立させる。人造の光を嘲笑うかのように圧倒的に輝く明光が天を突き、光の壁を造って内部の空間を隔離した。
それは封絶に似ていて、しかし封絶ではない。封絶の数段上を行く、地脈を利用した強力で容赦のない“隔絶結界”だった。
「な……!?」
威圧的にそびえる光の壁を見上げ、絶句する。理解したくなくても、せざるを得ない。
今、この瞬間、悠二はシャナから隔離されたのだ。

「坂井、悠二」

耳元で囁くような少女の声。反射的に振り返ると、いつの間に近づいたのか、すぐ目の前にサユのかおがあった。
端然たる美貌は死人のように凍りつき、見る影もない。悲しみと嘆きにやつれた無表情の中で、ただ昏い光を放つ双眸だけが爛々と燃えている。

見下ろすほどに低いはずの矮躯の少女に、悠二は例えようもないプレッシャーを感じて動けなかった。焦燥の汗が額から滲み、顎を伝い落ちる。

「零時迷子―――貰い受けるぞ」

地の底から湧いたような声。怯えて一切の動きが取れない悠二の胸に、サユの手が迫る。


 ‡ ‡ ‡


「あ、姐さん、これって、」
「で、でけぇ……」

「なによ、これ……」
玻璃壇に映し出された巨大な五芒星の結界に、マージョリーは呆然と呟いた。封絶など足元にも及ばない、その土地に流れる地脈の力場を応用した強固な隔絶結界。並みのフレイムヘイズはおろか、自分ですら破ることは難しい。
誰がどうやってこんなものを。よほどの知識と専用の宝具がなければこの結界は成し得ないはずだ。

思い当たる人物は、一人しかいなかった。
記憶にある宝具を贋作し、その宝具の過去の使い手の知識を吸収できるフレイムヘイズ。

「サユ……!」
臍を噛み、駆け出す。
マルコシアスを勢いよく窓から放り投げると自らも身を投げ出し、マルコシアスに飛び乗って飛翔した。背後から説明を求める佐藤と田中の声が聴えたが、後回しだ。

マージョリーの直感は当たった。サユは、何かとんでもないことを仕出かすつもりだ。
手紙の最後の『ごめんなさい』が脳内で反響し、マージョリーをどうしようもなく焦らせる。
間違いなく、サユはこの結界の中にいる。穴を開ける方法を考えるが、“自分ひとり”では数時間はかかるだろう。ならば。

群青色の光芒が虚空に弧を描き、高速で空を駆けて行った。


 ‡ ‡ ‡


間一髪で、恐怖に竦む身に鞭を打ちもんどり打って地面に倒れこみ、受身の要領で瞬時に立ち上がる。たった数歩分だが、間合いを開けることができた。

『白銀の討ち手』サユが、背から刀を抜き放つ。白銀のそれはサユの身の丈ほどもあり、芸術的なまでの優美な反りを見せる。贄殿遮那に酷似した、白銀の大太刀だった。

一切の無駄のない動きで大太刀が大上段に構えられる。このまま振り下ろされれば、自分は間違いなく真っ二つにされる。
「くっ!」
背のブルートザオガーを渾身の力を込めて振りぬくのと大太刀が脳天に向かって振り下ろされるタイミングはまったく同じだった。
まるで重機による鉄槌の一撃を喰らったかのような凄まじい圧力が剣を圧迫し、全身を軋ませる。分厚い皮袋も、刀身に何重にも巻かれていた布も、たった一度の一合でバラバラに散逸した。鎬を削る剣と刀が火花を散らせる。
歯を食いしばって鍔迫り合いに堪えるが、すでにこの身は至るところから悲鳴をあげている。関節がミシミシと鈍い音を上げ、膝がガクガクと震える。
やはり、フレイムヘイズを相手にするには僕ではあまりに未熟すぎる。何もかもが圧倒的に不足している。勝敗を競うことすら愚かしい。それでも―――!!

「あああああッ!!」

裂帛の気合を込めて吼える。存在の力が全身を荒れ狂い、腕を伝い、手を介してブルートザオガーに流れ込む。大剣の刀身が唸りをあげて震動し、大太刀とその持ち手を弾き飛ばした。その反動で僕自身も後方へ弾かれるが、間合いが開けて逆に好都合だ。

痺れる腕を叱咤して、ブルートザオガーを正眼に構える。
剣術はシャナから毎朝毎晩の鍛錬でみっちり教え込まれたが、まだまだシャナに傷ひとつつけられていない。素人に毛が生えたようなものだ。でも、やるしかない!

弾き飛ばされたサユは何事もなかったかのように地表に着地を決めていた。
だが、羽織っていた外套もその中に着ていた濃紺の給仕服もところどころが無残に裂けている。俯くその顔から弱い粘性を帯びた赤い液体が次々と滴り落ちる。
この剣と触れた敵は、たとえ武器を介した間接的な接触でもダメージを負うことになる。シャナもブルートザオガーを縦横無尽に振り回して戦う『愛染自』ソラトとの戦いで苦戦していた。接近戦を得意とする者相手に戦うのなら、この剣ほど最適なものはない。
この剣を今日渡してくれた田中と佐藤に感謝する。
乱れた呼吸を鎮め、眼前の相手の一挙動一投足まで見逃さないように意識を集中し――――かたかたと乾いた金属音が鼓膜を突きぬけ、脳を冷ややかに貫いた。

サユの双肩が漣のように震えている。それは、大太刀が細かく震えて発せられる音だった。軋るような、啜り泣くような声が俯く顔から漏れる。サユが総身を痙攣させながら、抑えきれなくなった情念を漏らしている。
その情念とは、


―――なんで、笑ってるんだ・・・・・・


悠二の背筋を悪寒が奔り抜ける。
思考ではなく本能の域で、恐怖が湧き上がってくる。身が竦むのを理性でなんとか防ぐが、内心の震えは止まらない。

ゆっくりと俯いていた顔が持ち上がる。頬に真一文字の傷を走らせおびただしく流血させながら、だというのにその艶やかな貌には獰猛でひきつった笑みが浮かんでいた。

「そうか、お前はもう存在の力を使いこなせてきてるのか……」

何が嬉しいのか、シャナの声で楽しげに低く呟く。

「だったら、こちらも遠慮はしない!」

冷厳な殺意が解き放たれる。歓喜か狂喜か見分けがつかない凄然とした破顔に、悠二は背筋を固くした。

獣じみた眼光に見据えられ身を固くする悠二の前で、サユの衣服に変化が生じる。
じわじわと内側から染み出てくるように、サユの濃紺の給仕服が白銀に染まってゆく。存在の力を鋭敏に察知することのできる悠二は、その変化の正体を見破ることができた。サユの体内で沸々と湧き出る存在の力が衣服を侵食し、支配し、強化を施しているのだ。
白銀が強化繊維で編まれた給仕服の全てを飲み込んで、メリメリと音を立てて変化させ、ついにその全容を明らかにさせる。

華奢に走らず、無骨に落ちず、それは機能美と豪奢さを紙一重のバランスで両立させた戦装束だった。磨き上げられたかのように銀色に輝く鎧を各部に備え、その下に華美でありながら決して動きを阻害しない純白のドレスを纏っている。
猛々しくも流麗なその戦装束はシャナそっくりの可憐な容姿に見事に叶っていた。

しかし、決定的に足りないものがある。シャナの持つ華やかさと輝きを、目の前の少女は一切持ってはいなかった。見る見るうちに治癒されてゆく頬の傷の上で、冷然とした愉悦を浮かべた双眸が燃えている。

衣服をこれほどまでに変化させてなお余りある存在の力が轟然と唸る竜巻を引き起こし、サユを包む。竜巻の中心で、サユの絹のような長髪が、奈落のような瞳が、純白に染まる。それは清浄な色彩というより、あまりに純粋な闘志の塊に見えた。

その肩に轟と漆黒の外套が翻り、旋風に激しく靡く。


これが、『白銀の討ち手』の完全兵装だった。


度外れた圧倒的なプレッシャーに打ちのめされ絶句する悠二に、サユが大太刀の切っ先を真っ直ぐに突きつける。
その瞳は、限りなく獰猛で残忍な、全てを塗りつぶす“白”。


「さあ、坂井悠二―――力の限り、足掻いてみせろ」


 ‡ ‡ ‡


「――――見つけた」
封絶の気配を探していたマージョリーが地表を見下ろすと、そこには見慣れたフレイムヘイズが二人、封絶の中で常人には見えない銀色の光の壁を前に苦戦していた。

紅蓮の炎を纏った少女が大太刀の一閃を結界に叩き込むが、光の壁にはわずかな亀裂が走っただけだ。すでにその行為は何度も繰り返されているらしく、攻撃のたびに亀裂は少しずつ広がっているものの、少女の頭一つ分の隙間すら開いてはいない。しかも、その隙間は少しずつ修復されている。地脈のエネルギーが常に循環するこの結界は驚異的な自己修復機能を備えているため、力業でこじ開けるのは極めて難しい。だが、それで諦めるような少女ではないことはマージョリーも十分すぎるほどに承知していた。
これだけ必死になっているということは、この隔絶結界の中には十中八九坂井悠二が閉じ込められているに違いない。
その健気さに微笑を浮かべ、マージョリーは封絶に穴を開けると少女の元へ急降下し、金の髪を翻して降り立つ。
「ちびじゃり、そんなことしてもこの結界は破れないわよ」
「『弔詞の詠み手』!?」
少女―――『炎髪灼眼の討ち手』シャナが驚いて振り返る。必死すぎてマージョリーの接近すら察知できていなかったようだ。少女の隣では、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルが佇んでる。彼女はマージョリーの接近に気づいていたらしく、この事態に多少の戸惑いはあるようだが、視線を交わすとすべて把握していると頷きを返してくる。

「『弔詞の詠み手』、これがいったい何なのか、知っているようだな」
シャナの神器から聴こえる、アラストールの訝しげな声。これが隔絶結界であることは彼にも理解できているだろう。彼が聞きたいのは、“この事態が何者によって引き起こされたか”である。
もちろんマージョリーは知っている。が、答えるのは少し憚られた。まさか、この場で『未来の坂井悠二がフレイムヘイズになって過去に来ている』と説明するわけにもいくまい。あまりに突飛過ぎてこの堅物たちには理解できないだろうし、そもそもそんな時間もないだろう。

おそらくサユは、坂井悠二を閉じ込め、フレイムヘイズたちから切り離す目的でこの結界を作ったのだろう。その真意はわからないが、みすみす放っておくわけにはいかない。
「ええ、知ってるわ。だけどそれは後回し。今はこいつに何とかして穴を開けなくちゃね―――ヴィルヘルミナ」
「我々なら、この結界に数秒だけ亀裂を開けることができるのであります」
マージョリーの言葉をヴィルヘルミナが正確に引き継ぐ。シャナはそれだけですべてを把握した。
「その亀裂に私が飛び込めばいいのね」
相変わらず頭のいいちびじゃりだ、とマージョリーは不適に微笑む。ヴィルヘルミナも一見無表情ながら、満足げな微笑を浮かべる。二人の視線が交差し、タイミングを示し合わせる。次の瞬間、群青色の炎と桜色の炎が二人の総身を包み込んだ。
「ちびじゃり、言っとくけど穴はあんた一人が入るのが精一杯だろうし、その穴もすぐに閉じるわ!」
「つまり、我々はすぐに加勢にいけないのであります」
世界に名を馳せる古兵(ふるつわもの)のフレイムヘイズ二人でさえ、この結界にはシャナ一人が通るだけの隙間しか開くことはできない。だが、シャナにはそれで十分だった。力強く頷き、炎の翼を拡げて身構える。
それを確認したマージョリーとヴィルヘルミナが身に纏う炎の勢いをより一層激しく燃え立たせる。
「ヒィーハーッ!派手にかまそうぜ、『夢幻の冠帯』ィ!!」
「委細承知」
マルコシアスとティアマトーの力強い応酬に弾かれるように、二人のフレイムヘイズが渾身の力を込めて、貫通力を極限まで高めた一撃を放つ。桜色のリボンの一撃と群青の爆炎が混ざり合い、巨大な炎の砲弾となって結界の壁に激突する。
さすがの結界も大破壊力を帯びた二人の攻撃には数秒も持たず、ガラスが割れるような音を立てて一メートル四方の穴を開けた。その向こうには、空恐ろしいほどに虚ろな闇が立ち込めている。

紅蓮の双翼が大気を叩き、背後で爆発が起きたかのような速度をシャナに付加する。神速の速度で開いた穴を擦り抜ける瞬間、

「ちびじゃり、気をつけんのよ!相手はあんたにとって最悪の敵よ!!」

マージョリーの台詞が耳に入った。
最悪の敵、それがどうしたというのか。零時迷子を、悠二を脅かす存在ならば、それが何であっても問答無用で切り捨ててみせる。
「待ってて、悠二―――!!」
炎の稲妻と化した少女は大切な少年の元へ駆けつけるべく、暗闇の中へと飛翔した。


 ‡ ‡ ‡


なんという膂力、なんという速度。

受身をとることすらできずに地面に叩きつけられ、身体をバネのように跳ねさせながら、悠二は相手の力に畏怖を覚えた。
あまりに強烈な衝撃に手足が全て外れ落ちてしまったかのような錯覚に陥る。だが、痛みになら今までの数々の訓練や戦いで馴れている。常人なら気絶しかねない意識を焼けつくす激痛にも、悠二は懸命に堪えた。

足元に転がっているブルートザオガーを自分でも驚くほど機敏な動作で掴み、痛みを押して滑るような動きで立ち上がるとその勢いを殺さぬままに猛然とサユに斬りかかる。力任せの攻撃ながら、ブルートザオガーの重さも加わったその渾身の斬撃は分厚いコンクリートですら切り裂く威力を孕んでいた。
衝撃が腕に奔る。バットで鋼を猛打したような鈍い衝撃だった。
「ぐぅ……ッ!?」
果たして、悠二が力の限りを込めて繰り出した一撃は、サユの片腕の手甲だけで防がれていた。白い双眸が再び愉悦に歪む。
「お前、ボクより成長が早いな」
サユが何を言っているのか、悠二には理解できなかった。理解する余裕もなかった。存在の力を込めてブルートザオガーの本領を発揮しようと柄を握る力を強めるが、むざむざそれを許してくれる相手ではなかった。
サユがまるで羽虫を払うかのように無造作に腕を振る。それだけで、悠二の身体は大きくよろめいた。一回りも二回りも体格に差がある矮躯の少女に赤子のように翻弄され、悠二は歯噛みした。たとえ相手が物事の条理など簡単に覆す超常の存在だったとしても、悠二のプライドはズタズタに切り裂かれそうだった。
「あああッ!」
悔しさや怒りを剣に乗せ、もう何度目かもわからない一閃を放つ。
しかし、沸騰する心とは反比例するように剣の冴えは瞬く間に上がっていく。坂井悠二は危機的状況になればなるほど本領を発揮するという稀な特性を持っている。それが今、発揮されているのだ。
シャナとの鍛錬を思い出す。
地を踏む両脚の力に、腰の回転、肩の捻りを相乗させ、全身の瞬発力を総動員してこの一撃に集積させる―――!!

朗々たる金属の打撃音が鳴り渡る。
今度はさすがのサユも手甲だけでは防ぎきれないと判断したのか、大太刀を盾にして防御する。瞬時に弾き返そうと大太刀が動くが、それよりも悠二が剣に存在の力を装填する方が早かった。

バァン、と耳を聾さんばかりの凄まじい轟音がブルートザオガーと大太刀の接点から響く。銀の大太刀が真ん中から破断し、咄嗟に防御に回されたサユの手甲が砕け散る。たまらずサユが後方へ跳び退く。
剣を振りながら強い存在の力を剣に込めることに初めて成功した悠二は自身の成長に驚いた。しかし、それで油断などできるはずもなかった。今までのサユの攻撃に手心が加えられていたのは明らかだったからだ。

まるで自分を鍛えているようだ、と悠二は思った。事実、悠二は一合を交えるごとに自分が強くなっていると確信している。だが、そんなことをしてもサユには何のメリットもないはずだ。

何を考えているのか、と疑問に満ちた目でサユを睨み―――その姿がノイズのように掻き消えた。
白い輝きが視界を埋め尽くす。反射的に持ち上げた剣の刃に、いつのまに取り出されたのか新たな大太刀の刃が激しく重なり、拮抗状態に突入する。メキメキと不快な音を立てて刀身から火花が散る。これまでの攻撃とは段違いの圧力に人間の筋力しか持たない悠二が対抗しうるはずもなく。
「―――がッ!?」
後方に吸い寄せられているような錯覚に戸惑う暇もなく、石垣に背を思い切り叩きつけられる。耐え切れずに漏らした悲鳴も掠れた呻きにしかならなかった。激痛は喉の奥につかえたまま外に出て行かず、体内を激しく蠢く。
軋みを上げる身体に鞭を打ち、立つことすらおぼつかない身体を壁にしがみついてかろうじて支えて立ち上がる。
全身から血が滲んでいた。酷使しすぎた筋肉は限界をとうに超え、感覚すらない。気を抜けばこのまま昏倒してしまいそうな疲労感によろめきながら、それでも悠二は立ち上がった。

自分の弱さは嫌というほど痛感させられた。シャナがいなければどうしようもなく自分は無力だ。だけど―――だけど、諦めるわけにはいかないんだ……!

残されたわずかな力を振り絞り、腰を落としていつでも切り返せるように剣を構える。その見開かれた双眸には、不屈の精神が、戦士の魂が宿っていた。
その視線を真っ向から受けたサユの顔に、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、何かに安堵したような微笑みが浮かんだことに、悠二は気づけなかった。踏みしめる足が路面を穿つ轟音に、今度こそ自らの最期を覚悟したからだ。
それでも悠二は眼を逸らさない。捨て身の勢いで悠二も猛然と剣を振るう。

高速で交わる剣戟。一度だけ大太刀の攻撃を受けとめたブルートザオガーが悠二の手から遥か空中に弾き飛ばされる。返す刀で翻った銀色の剣閃が悠二の首に迫り、



空振った一閃の風圧が何もない空間を吹き荒れた。



風圧は間合いの遥か外の家屋の外壁を切り裂く。その家屋の屋根に、紅蓮の火の粉が桜の花のように美しく乱れ散る。


――― 力強く羽ばたく、激しく紅蓮に燃え盛る炎の翼。

――― 地獄から溢れ出したかのような業火に彩られる長髪。

――― 灼熱の闘志を宿し、眼前の敵を射殺さんばかりに怒りに燃える双眸。


見紛う事なき、最強のフレイムヘイズと謳われる『炎髪灼眼の討ち手』であった。

その足元には、力尽き倒れ付している悠二の姿があった。サユの大太刀が一閃するコンマ数秒の間に、超高速で飛来したシャナが悠二を助け出したのだ。
改めて悲惨な姿になった悠二を見て、シャナの双眸に猛々しい怒りの炎が宿る。

「なぜ、今になって……」
呻くようなアラストールの声。彼は、眼前のフレイムヘイズに対して覚えがあるようだった。だが、シャナにとってはそんなことは関係なかった。たとえ自分そっくりの姿をしていたとしても、悠二をここまで傷つけたことは絶対に許せない。

かける言葉などない。シャナの背に広がる双翼が、彼女の怒りを顕すように大きく羽ばたく。
怒りに燃える紅蓮の視線と冷ややかに凍った純白の視線が交錯する。


ここに、『炎髪灼眼の討ち手』と『白銀の討ち手』の熾烈極まる戦いの火蓋が斬って落とされた。


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