「ブリタニア皇族で王位継承権を持つ者は――かるく百人を超える」
勿論、全員が皇帝シャルルの息子・娘と言う訳ではない。2代前の皇帝の孫などの遠縁も僅かながらいる。そもそも皇妃は12人までと、皇室規範で確か決まっていた……筈だ。うん。
皇位継承権は、決して生まれた順番ではない。弱肉強食のブリタニア世界。より上を目指すならば、他者を従えてこそ。上位皇族は、行動と資質を示しているからこその上位皇族なのだ。
継承権を上げる為には、凡庸ではいられない。
「だから、だ。次の皇帝を目指す物は、揃って目立ち、『結果』を残そうとする」
皇族の中で目立つ。印象を残す。まずは宣伝し、自分を引き立たせ、その上で行動を示す。
必然的に、態度や行動方針は皇族内で違いが生まれる。
そして行動は派手になるし、目立つのだ。良い意味でも悪い意味でもだ。
ふん、と笑いながら魔女は言う。
返事は無い。その言葉に、嫌そうな顔をした男と、笑ったまま受け流した女がいるだけだ。両者ともに年齢はまだ若い。
「上位陣は、その良い例だよ。お前達も承知のはずだ」
例えば、と魔女は言う。
第一皇子のオデュッセウス。彼は唯の普通の男だ。国を改革する資質は無い。だが、だからこそ国民への理解は大きいし、民意を悟る事に長けている。社交性もあるし、子供心も忘れない。王宮内のトラブルも、オデュッセウスが間に入れば、そのまま何となく解決してしまう。毒気を抜かれてしまうのだ。
第一皇女のギネヴィア。彼女は冷徹だ。それも君主として冷酷なのではない。国家の裏で暗躍し、非道な手段を使ってでも国家の敵を排除出来る。そんな冷酷さだ。矜持が高いが、王になる気は無い。ただ自分の位置を、国家の闇に干渉出来る場所に置いているだけで。こっちは毒の塊。下手に触ると藪蛇だ。
2名に皇帝の資質が有るかと言われれば、怪しい。だが、国家における重要人物なのは間違いない。
あの2名を排斥しようとする者はいないだろう。それよりは今のまま現状を維持して貰った方がずっと役に立つからだ。ルルーシュだって同じ事を思っている。
ある意味、物凄く賢い在り方であろう。
排斥されない立場を築き、どんな情勢であろうと揺らがないのだから。
「シュナイゼルは政治家。コーネリアは軍人。クロヴィスは芸術家。カリーヌは……まだ、資質が見えていないから解らんがな。だが、まあ其々に違った側面を持っている訳だが……」
皇族ですらも手玉に取る魔女は、怪しく笑って2人に声を掛けた。
魔女が共に乗る相手など、同僚か皇族か、トップクラスのVIPだけしかいない。
この飛行艇に同席している2名は、皇族。それも目的地エリア11における重要人物だ。
「さて、じゃあお前達は、なんだろうな? 何に、……成れるんだろうな?」
皇族だろうと何だろうと、魔女が恐れる相手など記憶の中にしかいない。
期待を含んだ瞳を向けた先。
2名は、各々に何かを考えているようだった。
エリア11副総督
キャスタール・ルィ・ブリタニア。
サクラダイト生産国会議・ブリタニア代表(代理)
ユーフェミア・リ・ブリタニア。
来訪。
コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑭
エリア11の政庁に、ゆっくりと着地する飛行艇があった。
大きな船だ。外装からして湯水の様な金が使われた高級品。その艦体には神聖ブリタニア帝国の紋章が踊っていた。
空中には、円を描くように旋回する数機の飛行艇がある。何れも着陸した物よりも武骨。
慎重に、殆ど衝撃も無く軟着陸した機体は、飽く迄も人間を輸送する為の船だ。居住スペースが大きく、生活空間が確保されている。だが、護衛艦は何処までも防衛機能を持っている。
護衛として搭載できるKMFの格納庫は2機分だけだ。これは空中での襲撃に対して、KMFの効果が薄い事。そして空中の奇襲に有効に対処出来るKMFは――要するにラウンズを初めとする、ごく一握り程度の数しか存在しない(それは同時に、ラウンズの機体が乗るなら余分な機体を護衛に揃える必要も無いという意味でもある)。
効率を言えば、砲塔を備え、機動や火力、装甲重視の専用艦に護衛して貰うのが一番良い。
その結果が、豪奢な輸送艦と、装甲砲塔重視の警護艦と言う――――この景色だ。
「……来た」
飛行艇の発着所には、エリア11政庁の上層部達が揃って出迎えている。
総督であるカラレス。軍部の総指揮をとるジェレミア・ゴッドバルド。中央軍官局長のギゲルフ・ミューラー。そして、中央(帝国本土)から派遣された、アーニャ達ラウンズ。出迎えの端っこには、白衣を脱いでちょっと身嗜みを整えただけのロイドが、『特派』代表として眠そうな顔を出していた。
此処までしなければいけない、のは正直に言えば少し面倒だ。
ただ、まあ……。
(――ユーフェミア様に会うならば、良いかな)
皇族2名ならば、無理もないかと思う。
それほどまでに、皇族と言う立場は大きい。
アリエスの離宮には、リ家の姉妹も良く顔を出していた。
見習いとして働いていたアーニャの事は、彼女達も良く知っていて――色々と可愛がって貰った。
姉のコーネリア殿下には、アラビアで顔を見たけれども、ユーフェミア様と会うのは久しぶりだ。最後に有ったのは、本土。エリア18での作戦が始まる暫く前だから、もう3カ月以上になる。
アーニャが少し不安なのは。
(……キャスタール、殿下か)
エリア11の事を考えれば、丁度良い人材だとは、思う。
まず、ルルーシュ達による浄化を快しとしない、権力者たちの受けは良いだろう。何せルィ家ときたら、ブリタニアで最も金に汚いと言われる家柄だ。商売人ならば信用信頼を大事にするが、それは配下に任せているだけ。本人も――割と外道だ。ルルーシュくらいには。はっきり言うと。
利権と勝機を嗅ぎ付けるのが上手いから、飴と鞭の扱い方が恐ろしく上手い。特に、主義者のブリタニア人とナンバーズ。これを宥める手腕が、かなり優れている。敵対する相手への制裁行動は“ちょっと苛烈”で、“ちょっとやり過ぎ”と恐れられている事を除けば……まあ、妥当な人選だ。
カレラスとは気が合うだろう。嫌な気の会い方だが。
宰相シュナイゼル殿下。及び、その背後に居る『元老院』の決定に、アーニャが不和を挟める訳も無い。
無理難題を押し付けられないよう、祈るだけである。
「第三皇女ユーフェミア殿下! 第十五皇子キャスタール殿下! 御来訪!」
声と共に艦体のハッチが開く。そのまま豪華な赤絨毯が敷かれたスロープを下り、ゆっくりと降りてくる姿が有った。
桃色の髪。温和な笑顔。女性的な身体付き。居るだけで空気が暖まる様な存在感を持つ女性。
ユーフェミア・リ・ブリタニア。
青みが懸かった髪。鋭い青い目と引き結んだ口に見える、実直そうに“見える”、まだ若い青年。
キャスタール・ルィ・ブリタニア。
どちらも、帝国では皇帝と最高権力者達の次に重要人物と見なされる――皇族、だ。
ラウンズだって通常は、膝を付いて忠誠を示さなければならない。最大限の礼を、表向きは払いつつ。
(……C.C.は、相変わらずだけどさ)
目を伏せたまま、静かに思った。
2人に続いて、何を言うまでも無く、魔女は降りて来た。
アラビアからエリア11に跳び、アラビアに戻る。今度は本国に移動して、護衛として顔を出す。
明らかに途中で異常が有ったが、実際にやったのだから仕方がない。
(……転移って、チート)
本気でそう思う。エデンバイタルへの干渉だったか。神出鬼没のウィッチ・ザ・ブリタニア……。恐れと畏怖は、伊達ではないだろう。全員を睥睨し、しかし何も言わず、魔女は軽く鼻を鳴らして皇族二名に続いて行った。キャスタールの顔が微妙に引き攣っていたのが、妙におかしかった。
結局、その場が解散されたのは、それから20分後。仰々しい出迎えが終わった後だ。
「……さてと」
三々五々、仕事に戻っていく支配者達を横目に、アーニャも動き出した。
ジェレミアには指示を出してある。嚮導は、今日は休みだ。
歩きながら軽く現状を整理する事にした。
現状、ラウンズが4人もエリア11に居る訳だが、その受け持ちは違う。
まず皇族の護衛。これにはC.C.が付いた。ユーフェミアは兎も角、我が強いキャスタールを相手に対等に話が出来る存在が、C.C.しかいないからだ。皇族とは言え、年齢と社会で言えばまだ中学生。経験と年期が違う。適度に容貌を叶えつつ、不満を貯め込み過ぎないよう、上手にあしらえる。
正直、魔女にカラレス一派が接触しても……大した事が出来るとは思ってないし。
次に、軍部。こちらはアーニャがそのままだ。来てから1カ月近くなる今、ジェレミア達とのパイプも随分と強く、太くなっている。ここで担当を交換するのは、良くない。
アーニャは美少女だ。軍部の連中ときたら、自分をアイドル扱いしている。御蔭で士気は高いが、正直言うとウザい。誰が好き好んで、汗臭い男連中に祭り上げられなきゃならない、と思っている、が。
(……士気が高い事は、悪くは無い)。
で、モニカはと言うと、『特派』とか『機情』と絡みつつ、色々エリア平定のために動いている。事務仕事とか補佐仕事は、ラウンズでもかなり得意だし、外見からして優しいし。
他者や本国とのパイプという意味では、適任だろう。
そしてルルーシュは……。
「……危険が無ければ、良いけど」
一人で色々と動き回っているらしい。裏工作とか潜入工作は得意だから心配してないが……。
「体力、大丈夫かな……」
そういえば今日はどこに言っているんだったか。
確か、エリア11で気になる相手がいるから、そっちに顔を出すと言っていた気がするが……。
そんな事を想っていると、自室に戻ってきてしまっていた。危うく、通り過ぎる所だった。
「……見られて、ないよね」
うっかりを目撃されると、意外と恥ずかしいのだ。
きょろきょろ、と周囲を見回し、目撃者がいない事を確認して、自分の部屋に入る。
自分の部屋――ここは自分の部屋だ。ルルーシュ達と共同で使用する執務室ではない。ラウンズと言う事で個別に与えられた、将官クラスの個室。
「さて……」
自分の机の上には、モルドレッドから取り外した情報端末がある。政庁のパソコンに繋ぎ、携帯端末とも繋いだその「特製の機械」は、アーニャの大事な友人だ。……伊達に電子機器を扱っているわけではない。アーニャにだって……ラウンズとして、戦い以外に誇れる、隠された技能の一つや二つ、持っている。
即ち。
「――」
薄手の、指紋を残さない専用手袋をしたアーニャは、軽くキーボードを叩き。
「――……スタート」
政庁のデータベースを漁り始める事にした。
●
当然ながら、来訪したのは二人の皇族と、護衛(名目)の魔女だけではない。特に、サクラダイト生産国会議に出席するユーフェミアには、政治関係の補佐官がしっかりと付いている。
政庁の廊下でモニカがばったりと出会ったのは、いかにも生真面目で堅物そうな、眼鏡の女性だった。
「あっと、……ミス・ローマイヤー?」
一瞬の停滞は、名前を思い出すまでに時間が掛かったからだ。何千人といるブリタニア皇室関係者、皇族や貴族なら兎も角、一介の外交官まで覚えてはいられない。そんな事が出来るのは、それこそルルーシュやシュナイゼル宰相閣下くらいだ。
でも、彼女の顔は覚えていた。『帝国特務局』から派遣された、一流の外交官で政務補佐官。
アリシア・ローマイヤだ。
「これは、クルシェフスキー卿……。ご健勝そうで、なによりです」
背筋をきっちりと伸ばしたまま、教本通りの動きで、実に固っ苦しく頭を下げる。見ているこっちが緊張してしまいそうだ。この女性は、実に真面目で仕事が出来るが、しかし少々堅物に過ぎる。
その分、ユーフェミアの柔らかく穏やかな、ともすれば甘い部分を、上手に補い合っているのだが……。互いの中間くらいになってくれれば、バランスが良いんじゃないかなと、モニカは内心で思っている。
「いえ。こちらこそ」
折角出会ったのだから、何か話でもしようと思ったが、取っ掛かりが無い。
社交性には自信があるモニカだったが、表情を全く変えない彼女は、難敵である。
――――何か、話題……。話題、有りませんかね……。
しばし考えて、在り来たりの話題を出すことにした。
「ミス・ローマイヤ、今後のご予定は?」
「ええ。ユーフェミア様と、少々の打ち合わせの予定が入っております……。姫殿下は甘すぎます。生産国会議は、国際社会に、ブリタニアの国力を表明する機会。強気に出るべきなのですが……。殿下は優しすぎる。譲歩の姿勢は、国際会議の場では思わぬ弱点になります」
「……なるほど」
確かに彼女の言う事にも一理ある。譲歩は大事だが、自分から妥協案を提案する事は、良策ではない。ユーフェミア皇女殿下の優しさは、ブリタニア皇族では非常に貴重だが……
「確かに、優しいだけではやっていけないのが、この世界です」
何かと折衝や交渉を任されるモニカだ。その辺は分かる。
「お部屋に向かう最中でしたか」
「ええ」
ユーフェミアにも政庁での執務室が与えられている。
この際、彼女の実務処理能力に関してはノーコメントだ。勿論、彼女が、仕事を全くできない、訳では無い。だが未熟な部分が多い事は紛れもない事実。一人で十分ならば、ミス・ローマイヤが同行する筈もない。頑張っているが、それだけで評価してくれるほど、哀しい事に社会は甘くないのだ。
「折角です。私も挨拶をしたいので、御同行しても?」
「はい。……殿下も、クルシェフスキー卿と会話をすれば、少しは学べることもあるでしょう」
年齢が近いと言っても、モニカとユーフェミアの交流は、実は多くない。社交の場で会話をしたり、顔を合わせたり、が過去にあるくらいだ。
ミス・ローマイヤと会話をしながら、政庁の部屋に向かう。
雑談は出来ないが、国際情勢や、教養の話なら、どうやら普通に受け答えしてくれるらしい。
『帝国特務局』での内部情報をさりげなく探りつつ、執務室へ。
「殿下。――――ローマイヤです。クルシェフスキー卿も御同行されています。……入っても宜しいですか?」
軽いノックの後、返答を待つ。
返事は、無い。
彼女が出かけたという報告は入っていないのだが。
「……おかしいですね」
微かに眉を潜めたローマイヤを見て。
「んー。……そこの兵士さん。殿下は何処かに、御出立なされました?」
モニカは尋ねてみることにした。部屋の前には、きっちりと隙なく軍服に身を包んだ若い兵士が、警邏している。
直立不動で敬礼をした後、兵士Aは返す。
「はっ。殿下は、一時間前に到着されて以降、部屋からお出になってはおられません」
「ですか。有難う」
と言う事は、この扉を出てはいないのだろう。
ふむ、と少し考えたモニカだったが、結論を出す。
「……殿下。モニカ・クルシェフスキーです。……開けますよ」
室内に、主の許可なく入る。この場合の主は皇族だ。ミス・ローマイヤが行ったら後々咎められる(かもしれない)行動だが、モニカならば何とでもなる。ユーフェミア皇女殿下が、そんな事で攻めるほどに心が狭いと思っても居ないし。
扉をあけると、風が入ってきた。
妙だな、と思いつつ入ると、直ぐに理由は分かった。
「……おや、まあ」
電気が消えた部屋の中は、まだ整頓されていた。隣室の扉が少しだけ開き、ベッドの上には衣類が入っていたと思しきトランクが一つ。トランクは開け放され、どうやら――私服が抜けている。
室内には誰も居ない。
ただ、執務机の上に、綺麗な筆跡で置手紙が残されている。
『――ちょっと市内を観察してきます』
そして、机のすぐ背後には、開け放された窓と、風に揺れるカーテンが……。
「やれやれ」
随分と、お転婆なお姫様だった。天然かと思いきや、行動力がある。これは確かにコーネリア殿下も手を焼くだろう。
「……衛兵。君達の責任は問わないでおきます」
兎に角、絶句したまま固まってしまった衛兵とミス・ローマイヤとを、何とかしよう。しかし――――。
「……やりますねえ。ユーフェミア殿下」
モニカは思わず感心してしまった。
政庁の上層部。高さはざっと地面から数十メートル。
この部屋の、窓のすぐ下に別館の屋根がある。この窓からカーテンを持って屋根の上に降りる。そのあとは、多分非常階段や人気のない廊下をこっそり通ったのだ。有る程度下まで下ったら、また別の部屋に入って窓から降りる。
政庁の出入口を通る必要もない。まさか皇族・第三皇女が、そんな方法で政庁の自室を抜けだすとは誰も思わない。まさに盲点を付いた脱出方法だ。
「ユーフェミア殿下、意外と運動能力も高いようで……」
「か、感心している場合ではありません! クルシェフスキー卿」
一人で納得していると、再起動を果たしたミス・ローマイヤが声を上げる。
「急いでお探しにならないと。全くあの方は、こんなはしたない……。自分が皇族であるという自覚がおありなのですか、全く――!」
「まあまあ、そんなに慌てないでも大丈夫ですよ」
宥めて落ち着かせながら、モニカは窓から離れる。
この様子だと、まだそう遠くには行ってないはずだ。
「私が探してきましょう」
「……はい。大変なご迷惑を――」
「いえいえ。お気になさらず。外に出るのも良いと思ってましたから」
にっこりと笑って、モニカは部屋を出る事にした。
●
その日、枢木スザクは珍しくも疎開内部を一人で歩いていた。
『特派』の研究も、今日は休みだ。副総督の来訪歓迎会が開かれるらしいのだが、そこにロイドも招かれていたのだ。彼のアスプルンド“伯爵家”という肩書を、珍しく実感した。
この所ずーっと研究続きだったし、当座の日程にも問題は無い。
『というわけで、今日は休みー。英気を養ってきてね』
というロイドの掛け声で、休日と相成った。
空いた時間の、各々の使い方は違う。
セシル・クルーミーは、研究ということで数々の野菜・果物・調味料を買いこんできた。思いっきり料理をするのだそうだ。何が出来るか不安で仕方が無い。だが、一生懸命な彼女の顔は楽しそうだったので、良いとしよう。
マリエル・ラビエは「寝る」と簡潔に言って、さっさと政庁の仮眠室に潜り込んでしまった。今頃、広いベッドで存分に安眠を享受しているだろう。
小寺正志は久しぶりに田舎の両親の元に、一日だけ顔を出しに帰省しに行った。
スザクは――。
――――さて、何をしようかな。
こうして思いっきり、自由な時間で背筋を伸ばす事は久しぶりだ。空いた時間をどうやって有効に使おうか。それが中々、思いつかない。
――――ルルーシュは。
さりげなくロイドに聞いた所、外出しているそうだ。これは、もう立場が違うので仕方が無いのだ。
なんとなく外を歩いている。
天気は良いし、風は快い。太陽は眩しいし、疎開は平和だ。だが、この平和は、決して誰もが満喫出来ている訳ではない。それを、忘れてはいけないのだ。
そんな風に、歩いていると。
「ど、どいてくださーい!」
上から、声がした。
「え?」
声の方向を見る。
カーテンとシーツのローブを掴んだ美少女が、上から降ってきていた。
咄嗟に両腕で受け止めて、まるでお姫様を抱くような格好になってしまったのは――――偶然だった。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
御免なさい、と頭を下げるブリタニア人の美少女がスザクの目の前に居た。
長い桃色の髪の、美少女だ。眼鏡で印象を地味にしているが、穏やかな笑顔がとても可愛い。
服装は一般の私服だが、来ている中身は一級品。スタイルは良いし、肌も白い。はっきり言ってスザクには不釣り合いな少女だった。スザクがナンバーズと言う事は、一目で分かる。それでも少女は、気にしないで謝っている。
「いえ。気にしないで下さい。怪我が無くてよかった」
服に汚れもない。ちゃんと受け止められたようだ。
人一人分の重量を支える事は、スザクには別に難しく無い。女性の体重について語る事は止めておく。が、……そう重くもなかった。しっかりと肉付きは良かったけれど。
(いやいや。僕は何を考えている)
慌てて思考を誤魔化して、少女に尋ねた。
「ところで、何故、上から?」
「ええ。護衛の方の視線を誤魔化すのが面倒で……。窓から、逃げてきちゃいました」
「なるほど」
この辺の建物は、政庁に、政庁の別館に、関係者が利用するホテルに……と、貴族が利用する建物が多い。そこからこっそり抜け出して来たという事は、彼女はブリタニアの支配階級に属するのだろう。
「では。お気をつけて行動ください。怪我をされたら、ご家族が心配されます」
そこまで考えて、スザクは礼儀正しく少女から離れることにした。
ナンバーズで、ただの准尉の一兵卒。ブリタニア貴族と関わるのは、恐れ多いにも程がある。
『特派』所属という肩書があったとしても、そんな物は政庁では大きな役には立たない。陰口や陰湿な攻撃を受けるのは――言いたくは無いが、さり気に多い。小寺正志が厳しくとも『特派』に入り浸っている理由はその辺にある。
それにだ。
この美少女が――――自分と一緒に居て、何か良からぬ噂を立てられたら、それは良くないだろう。
「では、自分はこれで」
偏見の目を持たない美少女と、一瞬だけでも交流出来た。外に出て正解だった。
そう考えて、素直に背を向けて歩き始めた。
「あ、――――貴方。お待ちになって」
――のだが。
その背後に、声を懸けられ、呼びとめられた。
無視して逃げるわけにもいかない。素直に振り向く。
美少女は、スザクの元に駆け寄ると、にこりと笑って。
「貴方。もし良ければ、疎開を案内して下さらない?」
とても、スザクに嬉しい言葉を投げかけた。いや、スザクでなくとも嬉しい。ブリタニアという国是の元、イレブンと呼ばれながら毎日大きな苦労を背負っている日本人なら、同意するだろう。
命令とも同情とも違う、普通のお願い。異なる人種の人に、そう言われたのは何時以来か。
「自分が、ですか? ――その、有難い申し出ですが……自分はナンバーズです。自分と一緒だと、貴方に良くないのでは」
やんわりと断ったスザクの言葉に。
「いいえ。問題はありません――――。第一、私は気にしませんし、流言飛語を気にする程、私は立場が弱くありません。それとも、私と連れ添って歩く事は嫌ですか?」
「いえ! そんな事は全くありません」
そう返されて、慌てて否定した。迷惑だなどトンデモナイ。
ともすれば、嫌とは言えない威圧感と共に発せられる可能性がある言葉。だが、少女の言葉は飽く迄も丁寧で、そんな思いを全く感じさせなかった。
人を使う事に慣れている言葉だと、スザクはその時、気付いていなかった。
「では案内を宜しくお願いしますね。――ええと。……御免なさい。名前を」
そう言えば。今まで、一回も名乗っていなかった。
そもそも、名乗るほどの関係に発展するとも思っていなかったし。
「はい。――――スザク。枢木スザクと申します」
「スザク……」
美少女は、スザク、と軽く数回呟いて。
「良いお名前ね。スザク。――――私は……ええと、ユフィと呼んでくれると、嬉しいわ」
ユフィ。美少女の雰囲気に相応しい、優しい名前だった。
「では、ユフィさん。……ご案内させて頂きます」
礼儀正しく頭を下げたスザクに。
「そんなに固くならないで、スザク」
彼女は楽しそうに笑って背中を押した。
かくして枢木スザクは、彼女と一日、疎開を巡る事になる。
尚。スザクは全然、気付いていないが。
この少女は……、まあ、敢えて言うまでもないか。
●
モニカ・クルシェフスキーが、勝手に消えたユーフェミア皇女を探し始め。
枢木スザクが、空から降ってきた可憐な少女ユフィを、間一髪で抱きとめ、案内し始めた。
丁度、その頃。
「ここか」
ルルーシュ・ランペルージは、目的地に到達していた。
地図に印刷された住所は、記憶の中の情報と一致している。
「ふむ。……中々、外見は見目麗しいな」
目の前には、大きな邸宅がある。
鉄格子の門。その奥に置かれた豪邸は、疎開でもかなり大きな部類に入るだろう。何十ものガラス窓で太陽を取りこむ、しっかりとした煉瓦作りの屋敷だ。門と館の間には、噴水を迂回するように車道が走っている。馬車や乗用車が通行できる広い車道だ。門から豪邸に行くまで、徒歩で数分は必須。
これ程の家ともなれば、それは貴族にしか持ちえない。
通常ならば、アポイントメントも無しに入る事は出来ないが……。
「――――ラウンズが持つメリットだな」
肩書は本当に便利だ。こうしていきなり、貴族の屋敷を尋ねても文句は言われない。むしろ歓迎される。
ラウンズという相手と良い関係を持つ事が出来れば、それは即ち家へのメリットだからだ。
門を無造作に開けて、何食わぬ顔で敷地に入る。
一歩入った所で。
「お兄さん。悪いがここは侵入禁」
「お仕事ご苦労……。身分証明をすれば構わないだろう?」
直ぐそばで此方の一挙一動を伺っていた警備員が、声を懸けてくるが。
先んじてルルーシュは、営業スマイルで返した。こういうのは相手の呼吸を乱した方の勝ちだ。
「そ、りゃ」
一瞬、相手が怯んだ隙に。
手首に巻かれ、繋がれた騎士の紋章を見せる。
「神聖ブリタニア帝国《ナイト・オブ・ラウンズ》第5席――ルルーシュ・ランペルージだ」
「は……?」
騎士の紋章。
KMFの始動キーと一緒になっているそれは、ラウンズとしての証明書でもある。
ラウンズは、一人一つ、己の紋章を必ず保有している。腰に刺した剣と同じく、ラウンズに任命された時に、皇帝直々から与えられた名誉の証だ。
あれだ。昔、日本で過ごしていた時に見た、「ご老公の印籠」みたいな物である。偽造をしてはいけない、偽造をしようとは一切考えない位に、絶対的な権威の印なのである。
「不安ならば政庁に確認を取っても構わないが」
「い。いえ。――た、大変に失礼をいたしましたあ!!」
ビシッ、と無駄に緊張した姿勢で、言葉を返す警備員の横を、通り過ぎる。
近くに居た別の警備員は、凄まじい勢いで邸宅に向かって行った。自分の来訪を、家の人間に伝えたのだろう。警備員が入って数分もしない内に、初老の執事が慌てて顔を出す。どころか、家中で人間が走り回る音が聞こえ、扉は開かれるわ、メイドが出てくるわで大騒ぎだ。
――――ま、この騒動を見るのが面白い部分もあるのだがな。
突然に現れたラウンズ。その自分にどんな対応をするのかも、判断材料の一つだ。
冷静に考え、ついでに庭を見ながら、車道を辿って玄関の前に。
出てきた、いかにも貴族です、と示すかのような、無駄に豪華な衣装を着た女性に一声。
「――――カレン・シュタットフェルトさんは、御在宅かな?」
そう声を懸けた。
ここは、シュタットフェルト伯爵家。
ルルーシュが疎開で出会い、ゲットーで戦った、紅月カレンの家だ。
用語解説 その18
サクラダイト生産国会議
サクラダイトの国際分配レートを決める国際会議。
富士五湖の一つ・河口湖湖畔に建てられた高級ホテルでの開催が予定されている。サクラダイト産出量が多く、鉱山にも近いこの場所は、それなりに治安も良く、ブリタニア人観光客も多いそうだ。
KMFを始め、ギアス世界においては必要不可欠な希少資源の源サクラダイト。その分配レートは、そのまま世界における国力の違いである。当たり前だがブリタニアが圧倒的な割合を占める。
ブリタニアの代表はユーフェミア・リ・ブリタニア。その補佐官にアリシア・ローマイヤが出席。
はてさて、会議では一体何が起きるのか……。
登場人物紹介 その19
キャスタール・ルィ・ブリタニア
NDS『コードギアス ~反逆のルルーシュ~』のゲームに登場。PSP『Lost Colors』にも一瞬だけ登場している。
神聖ブリタニア帝国の第十一皇子。
青い瞳をもつ若い青年。中学生くらいだが、政治の才能は結構ある。少なくともユーフェミアよりは。
だが、はっきり言えば外道。コーネリアを不意打ちで銃撃したり、名誉ブリタニア人のスザクに日本人を大量虐殺させたりとか普通にしてる。これが普通だからブリタニア皇族って恐ろしい……。
ゲームではコーネリアに代わって総督の座に付いた。この話では、副総督という立場で赴任する。かなり激しい性格の為、ブリタニア人からの支持は強いが、ナンバーズや主義者からは疎まれている。
はっきり言ってラウンズと仲は良くない、が。――彼にも色々あって、全部が全部敵で、邪魔な相手というわけではない。その辺は追々話していこう。
お久しぶりです。お待たせして申し訳ない。
リアルが本当に忙しくて(あと、最近TRPGに嵌っていて)、中々SSの更新が滞っています。
が、最後まで書くつもりはあります。気長にお待ちください……。
スザクとユーフェミアも遭遇しました。サクラダイト生産国会議は、アクションの予定なので……。今はその為のチャージ期間です。
ではまた次回。