第四十九話 その手の中の希望
ルルーシュ達がコードを消し、V.Vの遺体を鮫が住む海域に遺棄し、遺跡内部にあったコードとギアスに関する個所を抹消して、神根島から戻って来たのは夜明けのことだった。
桐原達には特に手掛かりはなく、神根島の安全確認をついでに行ったと報告した。
そしてアドリスは神楽耶達とのお茶会の後も寝つけず、徹夜でルチアと部屋で待っていた娘のもとへとやって来た。
「お父様・・・無事にコードを消すことが出来て、よかったです」
「ええ、コードを消すのは少し先延ばしにしたかったのですが・・・コードをシュナイゼルが狙っている以上、何をするか解りませんからね。厄介な物は消しておくに限ります。
ただ、シャルルがやったように自分で作る危険が高い。そうなると今度は逆にこちらが不利になります」
そうならないためにも、シュナイゼルを早急に確保したいところである。
幸いあの男は空飛ぶ要塞にこもっているので、遺跡を調べる事は出来ないようだ。
だからこそエトランジュ、ひいては自分達ポンティキュラス家を確保したいと考えていることは、予想がつく。
「休戦条約が終わるまで、あと半月余り・・・アンチフレイヤについては、順調とのことです」
「それはよい報告です。私も研究成果を見に行きたいものですが」
「だめです!コードがなくなった以上、お身体にはいっそうお気をつけて頂かなくては大変です。お部屋に戻りましょう」
エトランジュがコードを宿していた時と同じように動こうとする父を止めると、アドリスは緩く笑みを浮かべた。
「・・・そうですね、無理をして貴女に心配をかけるのはよくない。
では病室に戻らせて貰います」
「あ、お父様、私がお送りしま・・・」
「いけませんわエディ、今日は休みとはいえ、一睡もしていないではありませんの。
ぐっすり眠って、それからアドリスの部屋にいらっしゃい。今回の件は、その時に」
ルチアが厳しい口調で叱責すると、アドリスも頷いた。
「そうですよ、きちんと睡眠を取って下さい、私はちゃんとこうして帰って来たんですから、安心して眠れるでしょう?」
「お父様・・・はい、解りました」
エトランジュが素直にベッドに入ったので、アドリスとルチアはエトランジュの部屋から出て、アドリスの病室へ戻る。
「アドリス、さっきフランス大使から連絡がありましてよ。
EUにて不穏な動きをしていた議員を数名、秘密裏に処分できたとのこと」
アドリスを病室に送るや、ルチアがそう報告すると、アドリスは言った。
「最近、エディ達に精神的に甘えるバカがいることも問題です。仕事をもっとそちらに回すよう、桐原公にお願いしておきました。
仕事に没頭する方が、連中も余計なことを考えなくていいでしょうから。
太師にも、天子様をここに留めるように進言したのですが」
「さすがにずっと、と言うのは無理でしょう。この場合は一週間ほど中華に戻って頂いて、その後また日本に、というほうがよろしいのではなくて?」
「なるほど、その方が角が立たないかもしれませんね。
解りました、その方向で進めて下さい。
ああ、それから超合集国のコウズ国のことですが・・・」
「ゼロが既に対処済みです。この協調が大事な時に、超合集国から脱退してシュナイゼルにおもねるなどされては、たまったものではありません」
とうに代表がギアスの餌食になっているだろうと言うルチアに、後顧の憂いはこれで消せたとアドリスは安堵した。
「これで全員、マークしていた連中を消せましたね。
・・・徹底的にしておかないと」
「いっそ、エディ達に任せてみればよろしいのではなくて?」
エトランジュ達なら議員達のように暴走しないし、力を適切に使えると言うルチアに、アドリスは首を横に振った。
「駄目です、あの子達はまだ若い。どんな力でも、大きすぎるそれは毒になることの方が多い」
ギアスも便利すぎる力だが、それに若いうちから慣れてしまうとそれが甘えに繋がり、暴君へと変貌させる原因になる。
それは権力とて同じで、若いうちから最高権力を有しているとそれが万能だと勘違いし始め、安易に力を振るうようになりがちだ。
ルルーシュのように、ギアスを得ても片っ端から乱用に走らない人間の方がまれなのだ。
若いうちの苦労は買ってでもしろ、と日本のことわざにあるし、それと類似した格言は世界各地に存在する。
やはり人間とは文化は違えど、根本の行動は同じだという証明であろう。
エトランジュ達は確かに聡明で真面目だが、経験不足で天秤をうまく動かせていない。
今回も、シュナイゼルに降ろうとする人間がいたことに気付かなかったのも、自分がしっかりしなくてはという意識が先行し、余裕がなくなっているせいだ。
先日、エトランジュ達を称賛する議員の前で『親がだらしないから、子供がしっかりするんですよね・・・情けないことです、皆さんもそう思いませんか?』と言ってみたら、目をそらす連中のなんと多かったことか。
一度誰かに責任を負わせる楽を覚えてしまった人間は、それに縋りたがる。
何だってまだ若い彼女らが、政治と言う常に全力疾走を続けるマラソンをせねばならないというのか。
「この状況では、あの子達は二十年は王という地位から逃れられそうにないですからね・・・。
こういう汚れ仕事くらいは私達が引き受けないと、あの子達は長く走ることが出来ません。
だから、ブリタニアのほうはよろしくお願いしますね、ダールトン将軍」
そこまで言ったアドリスが呟くと、そこには青ざめた顔で入室してきたダールトンがいた。
「・・・渡したい物がある、とルチア女史から伺って参りました」
「ええ、急にお呼びたてして申し訳ありませんね。
今いるブリタニア人の中で、出来ればユーフェミア皇帝やエディ達から見えないところまでいなくなってくれると、ありがたいかなあと思う方々のリストです」
ダールトンがパラパラとその書類を見ると、確かに不穏な動きをしているとの報告が自分の耳にも入っている名前がいくつかある。
ただ明確な証拠がないので動けなかったが、アドリスがよこした書類にはいくつかの証拠が添付されていた。
「・・・ブリタニア人の恥は、同じブリタニア人の手ですすぐべき、というわけですな」
「そのほうが、貴方がたの立場としては何かとよろしいかと。
貴方なら、コーネリアのことを口に出せば、連中も口が軽くなるかなーと思いますし」
くす、とアドリスは笑うが、ダールトンは彼の真意を理解した。
フレイヤの件でブリタニアに対する恐怖と不満が高まっている状況で、合衆国ブリタニアの中で不穏な動きが起これば、事がすべて終わった後ブリタニアと名のつくもの全てが世界から弾き出されてしまうだろう。
そして皇帝に自らなっておきながら、それを御せなかったとしてユーフェミアも排斥されかねない。
“ユーフェミアから見えないところまでいなくなってくれれば”と、アドリスは言った。
公にせずに片づけるとなると、綺麗な手段は使えない。
いくら裏切り者でも、汚れた手段を使ったとなればユーフェミアにも傷がつく。
かといって今裏切り者をを公にするわけにはいかないが、放置するわけにもいかない。
だからダールトンが陰で動けと言っているのである。
「・・・今はゼロがその連中を抑えてはいますけど、彼が処断するのと合衆国ブリタニアが処断するのとでは、他者の見る目が違いますからね」
ギアスをかけてそれ以上の裏切り行為を働かないようにしたが、コードを消せばもしかしたらギアスの効果も切れてしまう可能性がなきしもあらずなので、策は必要だ。
「・・・やって下さいますよ、ね?」
アドリスは底冷えするような笑みを浮かべると、懐から赤黒く染まったハンカチを、ダールトンの前に突き出した。
「・・・アドリス陛・・・!!」
「時間がないんです。黒い手段は政治には良くも悪くも欠かせないものですが、早い段階から覚えて慣れてしまうとどんな人間になるか、貴方はよくご存じのはずです。
あんなことを覚えるのは、本当に大人になってから・・それも経験を積んだ後でいいんです。
二度も同じ轍を踏みますか?」
妹を守るためとはいえ、手段を選ばず任務を遂行することに慣れた亡き主君であるコーネリアのことだ、とダールトンには解った。
ユーフェミアが同じことをするとは微塵も思わないが、汚れた手段がいい影響になるかと言われれば答えはノーだ。
他者の心の傷をえぐってくるアドリスに不快感はあるが、それでもその血に染まったハンカチと、既に狂気すらにじんでいる笑みを見れば、彼が焦っているのが解る。
「・・・おっしゃる通りです。とりあえず彼らは私の息のかかった者達の直属にするよう、ユーフェミア様に進言します。
フレイヤが攻略された暁には、ある程度痛い目を見た彼らの背任の証拠が出るかもしれませんな」
「優秀な部下をお持ちのようですね。ではよろしくお願いします」
にっこりと微笑んでルチアに見送られて病室を出たダールトンは、冷や汗をかいた。
(姫様のことをあの連中に話せば、確かに私にも裏切りの話を持ちかけてくるろう。
それを狙って、私に話を持ってきたのだ)
何故アドリスがシュタットフェルトやルルーシュではなく、ユーフェミアの護衛に関してしか権限のない自分に話を持ってきたか、ダールトンは理解していた、
シュタットフェルトは正式に任じられてこそいないが、合衆国ブリタニアの宰相に近いため、権限が大きい。だがそれだけに、うかつに裏切り者を近づけるわけにはいかなかった。
ジェレミアはルルーシュの直属であり、表立って彼が動けばルルーシュの存在が明るみに出る危険があるから、彼にも無理だ。
(ユーフェミア様のためと言えば私が断れないことを承知の上で・・さすがは小国といえども国王。他者を動かすすべを熟知している)
亡き主君を餌にしろという非情極まる提案を、平然と持ち掛けてきたアドリスにダールトンは正直好意を持てなかった。
しかし確実性があるのは間違いないので、ダールトンは腹を決めた。
(すぐに私の部屋にボイスレコーダーや盗聴器を設置しよう。
連中を適当な口実で呼びつけて、私がゼロを恨んでいるかのように言って奴らの口を滑らせるのだ)
演技は苦手な方だが、そんなことを言っている場合ではない。
新たなブリタニアのため、主君の遺命を果たすため。
そして何よりも、大事な新たな主君のためだ。
と、そこへアドリスのせき込む声が聞こえたので、思わずダールトンが病室へ駆け込もうとした刹那、震える声が響き渡る。
「・・・たいんです、ルチア。
せめて戦争が終わるまでいい・・生きて・・・いたい」
弱い声音だが、これほど力のこもった慟哭を、ダールトンは初めて聞いた。
そしてダールトンは歯を噛み締めると、足早に自室へと向かうのだった。
「お帰りなさい、お兄様!」
兄の帰りを寝ずに待っていたナナリーが嬉しそうに出迎えると、ルルーシュは報告した。
「ただいま、ナナリー。すべてうまくいったよ。
・・・これで後は、シュナイゼルのフレイヤをどうにかするだけだ」
「それはよかったです。私にはよく解らないのですが、ギアスがなくなってもなにか困ったことはございませんか?」
「今のところ、身体には何の不調もないな。ロロ、お前はどうだ?」
「僕も大丈夫。何かあったら、すぐに言うよ」
自分だけなら我慢するが、もしかしたら皆が気づいていないだけで体に異変が起こっているかもしれない、というロロに、ルルーシュは感動した。
「ロロ、よく気がついたな!全く正しい意見だ」
よしよしと兄に頭を撫でられて嬉しそうに笑うロロに、ナナリーは頬を少し膨らませて強引に話に割り込んだ。
「お兄様、ユフィ姉様はお茶会の後、お部屋に戻られました。
あまり顔色が良くないご様子で・・・」
「・・・そうか。こちらにも被害が来る兵器を造るとは、実に忌々しい。
安心しろナナリー、いざとなれば俺とスザクでアンチフレイヤシステムを動かして、フレイヤを防ぐから」
一か八かの賭けだが、十九秒とコンマ4の壁なら、スザクと二人で突破してみせるとルルーシュは既に覚悟を決めている。
実際成功率はかなり高いのだから、大丈夫だとルルーシュは笑った。
「それは私も聞きました。ユフィ姉様も神楽耶様も天子様も、とても安堵されておられましたわ。
ただ、お兄様が必ず必要という条件が厳しいと・・・」
コンマ4秒ならクリア出来るのが数名ながらいるが、問題は十九秒で演算を直接入力するという作業である。
ルルーシュがどこぞの不思議の洞窟に出てくる長い舌で舐めてくるモンスターのごとく分裂出来たらいいのにと、ロイドが言っていた。
「あとまだ半月余りある。俺も研究施設へ行くことが多くなるから、すまないが留守を頼んだぞ」
ナナリーは足のリハビリがあるし、ロロは神根島から新たに仲間になったギアス嚮団員の世話があるため、兄と同行出来なかった。
そのため寂しかったが仕方ないと、ナナリーとロロは了承した。
「はい、お兄様。お任せ下さい」
「ギアス嚮団のほうは、C.Cとエドワーディン様の指示に従って何とかやってみる」
「頼もしいな。さて、夜も遅いし今日は寝よう」
ルルーシュがそう言って立ちあがると、ナナリーとロロは嬉しそうに頷き、兄の腕にしがみつくのだった。
それから時間は過ぎ、とうとう休戦期限の一か月まで、残り一週間となった。
工業特区阪神の研究室では、研究者達がふらふらする身体を叱咤して、ようやく研究を完成させようとしていた。
「エラー修正に、まさかこんだけ時間食うとは思わなかったねぇ・・・」
「バグがなかなか消えてくれないしさ・・・プログラマーの皆さん、もう屍状態だね」
ラクシャータの力のない声に、ロイドがごくごくと特別製プリン味の栄養ドリンクを飲みながら同意する。
最終調整が終わったのか、チーフプログラマーがゼロに向かって叫んだ。
「よーし、最後にもう一度やってみるぞ!ゼロ、お願いします!」
「任せろ。枢木!」
「了解!」
シミュレーションルームでスザクが操作の準備に入ると、ルルーシュもキーボードを打つ構えに入った。
「シミュレーション作動!ダモクレスより、フレイヤを発射確認!!
爆発予想時間は、およそ20秒!」
オペレーターの状況報告に、ルルーシュは指を猛スピードで動かし、一糸乱れぬ正確さで演算を打ち込んでいく。
「よし、出来たぞ!行け!!」
「うおおおおおおお!!」
ルルーシュが打ちこんだアンチフレイヤシステムを拾ったランスロットは、見事な動体視力で正確にフレイヤ弾頭に放り投げる。
するとフレイヤはその回転をゆっくりと鈍らせ、そして静止した。
「うおおおお!さすがだゼロ!」
「プログラム打ち込み時間、十秒!ランスロットによるシステム撃ち込み時間、コンマ4秒!」
「さすがにスザクの時間は減らないな。だが爆発予想時間を照らし合わせれば、余裕で可能だ」
その後何度か同じ実験が行われたが、この二人に限れば全て成功し、研究者達は歓声を上げる。後にスザクとカレンが交代して行われ、機体性能の差だろうか、なんとカレンはコンマ3秒で成し遂げた。
続けて星刻とはコンマ6、7になったが、それでもフレイヤを止めるには充分で、藤堂も一秒ほどで同じく成功。
四聖剣らは残念ながら差をつけて二秒前後かかってしまったが、充分にフレイヤを止める事が可能だった。
「演算プログラムをある程度自動で動かし、操作する個所を減らすことに成功しました。
よって演算する時間を大幅縮小することが出来ましたので、その分爆発時間までに投げればフレイヤは止められます」
ニーナの説明に自分達でもチャンスはあると、四聖剣達も大喜びだ。
しかし、ニーナやルルーシュ、ラクシャータとロイドの表情は喜びとはかけ離れていた。
「ゼロ、他に何か問題があるのか?」
千葉が代表して尋ねると、ルルーシュは難しい表情で言った。
「確かにプログラム自体は簡略化出来たから、私と誰かが組むには問題はない。
だが、私以外と組む誰かが問題なんだ。フレイヤが爆発する十九秒以内に、これを打ち込める人間が、他にいるか?」
「あ・・・」
ルルーシュは余裕でプログラムを動かせるからこそ、四聖剣レベルでも組める。
しかし彼以下の人間がプログラムを操作するとなると、結局は驚異的なスピードを誇るスザクレベルの人間が必要になる。
「藤堂達のナイトメア技術レベルは、確かに飛躍的に上がっている。だが、プログラムはそうはいくまい。
一度止める事は確定済みだが・・・」
「でもゼロ、フレイヤは高エネルギーな分、次に撃つには何分か時間をおかなくてはいけません。
一度止めて、それからダモクレスを一斉に落とせば・・・」
セシルがそう提案すると、ルルーシュが首を横に振る。
「一度防げばシュナイゼルのことだ、すぐに可能な限り連発して、短期決戦に持ち込もうとするだろう。
・・・一度無駄に撃たせて次に撃つ間に肉薄し、その瞬間に私と枢木でフレイヤを止める・・・というのが一番成功率が高い。
しかし、出来ればその手段は使いたくない。だからこそ、何度撃たれてもフレイヤを無効に出来ればいいと思っている」
一部隊を犠牲にする、最悪の手段。
いざとなれば使うしかないが、死兵を使わなくてもいいのならそれに越したことはない
それに、それが出来ればフレイヤなど何の役にも立たぬ兵器として世界にアピールし、フレイヤの拡大再生産を防ぐことが出来るだろう。
「プログラムを造ったプログラマーなら、出来るのでは?」
「確かタイピングの早打ちが得意な者がいたはずだ。彼らなら・・・・」
研究者達がそう提案すると、ラクシャータがパイプから煙を出しながら言った。
「ここはシミュレーションルームだからいいけど~、戦場で正確に打てるかっていうとぶっちゃけ難しいんじゃない?
たとえればアレだね、いくら十分で千文字以上打てる人でもさ~、バイク飛ばしながら出来るかって話」
「それをやっちゃってるのがゼロだけど、僕もそんなのレア中のレアだと思うね~」
バイクを運転しながらカードゲームが出来る連中もいるようだが、残念ながらナイトメアには乗ったことがないと言う。
ロイドも同意すると、その例えに納得したのだろう、星刻が苦渋の表情で言った。
「む・・・ではやはり、死兵隊を組織するしかないのか?」
「・・・それが一番犠牲がないのならば、わしがその隊を引き受けましょう。
このおいぼれの最期の花道、ぜひ歩かせて下され」
仙波が迷いなくそう申し出ると、何をバカなと卜部が止めた。
「何言ってんだ、俺がやる!朝比奈の仇は俺が・・!」
「わしは生きても二十年かそこら。じゃが卜部、おぬしはまだまだ若い。長く生きて、神楽耶様や藤堂中佐を長く補佐してくれ」
「仙波中尉・・・!」
星刻と藤堂も死を恐れる人間ではないが、立場を思えば自分が参加するわけにはいかないため、目を閉じて彼らの会話を聞いていた。
既に死を覚悟した者達が、死兵をどのように選ぶかと言う話にまでなった時、ラクシャータが溜息をついた。
「アンタ達いぃ~、気が早すぎ。
実はこうなるだろうと思ってた研究者の子が何人かいてね~、あの子らのうち二人が、覚悟決めてくれたよ」
そう前置きしてラクシャータが告げたところによると、ゼロが出撃して一度で止められるならまず失敗はない。だが二度目ともなればさすがにきつい。
実を言うとこのアンチフレイヤシステム、“打ち込む作業をするだけ”なら出来る人間が、ここに六人ほどいたのである。
彼らはプロのプログラマーであり、中には凄腕のハッカーとして鳴らした者もいたため、短時間でのプログラム解析と打ちこみは慣れたものだ。
だが問題はラクシャータも言った通り、彼らにはナイトメアの操縦技術などない。
協力を申し出てくれた二人を前に、ロイドは考えた。
「複座式ナイトメアを造ろうと思うんだよ、対フレイヤ特化のヤツをね。
一人がナイトメアの操縦に専念してプログラマーの子を運び、いざって時にはアンチフレイヤをその子が動かすって寸法さ」
そのナイトメアは防御と機動力に特化し、アンチフレイヤシステムを搭載したガウェインをモチーフにして制作すると、ロイドがモニターに設計図を見せながら説明する。
「これなら二度目、三度目の備えが可能になる。
ただ、欠点としては攻撃力はイリスアゲート以下だよ。護衛必須になるけど」
アンチフレイヤシステムの効率化のため、余計なものはつけたくないというロイドに、全員はそれならばと顔を見合わせた。
ルルーシュは五秒ほど考えたが、他に道はなかった。
「・・・いいだろう、もはや時間がないからな。
ロイド、ラクシャータ、すぐにそのナイトメアを造れ。どれほどかかる?」
「ガウェインを蜃気楼に改造した時のパーツがいくつか残ってたし、ガウェインの前に造った試作機を改造したのが、実はもうあらかた出来てるんです。
素人の子でも、揺れをほとんど感じない乗り心地に改造してね。
たぶん、こうなるだろうって思ってたんですよね~。だから、後は微調整だけです」
二日くらいあれば出来るというロイドに、ルルーシュは頷いた。
「協力者二名には、アンチフレイヤシステムに向けての打ちこみ訓練、およびナイトメアの体験訓練を受けて貰うよう、手配してくれ。
いきなりナイトメアに搭乗は、さすがにきついからな」
「それなら、このナイトメアに慣れて貰うほうがいいですね。
ロイドさん、二日と言わずもうちょっと早く出来ません?」
セシルが彼らにも訓練が必要なのだからとロイドに尋ねると、彼はうーんと悩みぬいた末に言った。
「・・・人手を十人ばかり増やして、死ぬ気でやったら一日半かな」
「死ぬ気でやりましょう。ゼロ、こちらに人は回せそうですか?」
「アンチフレイヤシステム考案に回っていた者と、それからナイトメア関連の学者を回そう。急かして悪いが、とにかく急げ!
休戦期間を伸ばすのは、相手に軍備を整える時間を与える事にもなる」
休戦期間が終わる前日に、シュナイゼルとの会談が予定されている。
おそらく向こうも伸ばしてくるだろうが、フレイヤ増産に成功すると言う事態が万が一も起こり得ているかもしれないのだ。
ルルーシュの指示が飛ぶと、セシルが新しいナイトメアを造ることに内心小躍りしているロイドを引っ張り、ラクシャータが肌が荒れるとぼやきつつも二人の背についていく。
「戦争に行くべき者ではない者達が、覚悟を決めてくれたか。
協力者が二名なら、二部隊が必要だな。彼らの護衛部隊を、至急選抜する」
星刻がそう告げると、藤堂が言った。
「フレイヤを受けるかもしれんのだ、慎重に選ぶとしよう。
仙波、卜部、それぞれの部隊をまとめてくれ・・・頼んだぞ」
「承知!!名誉なことです。何としてでも、プログラマーには指一本触れさせませぬ」
「承知!朝比奈、絶対お前の仇は取ってやるからな・・・!」
ようやく見えた光明。
それをつかむために、一同は力強い足取りでそれぞれの持ち場へと戻るのだった。
それから五日が経過し、とうとう休戦期間切れが明日に迫った。
ルルーシュ達は超合集国・EU連合議会に対し、モニター越しにフレイヤ対策が完成したと告げた。
「それは本当か?まさか、今になって・・・?」
「実はとうに完成していたのですが、シュナイゼルに情報が漏れぬよう、お伝えするのは控える事に致しました。
シュナイゼルに通じようとしていた者が出た事件がありましたので、念には念をと思いましてね」
「議長権限で、この桐原がそれを追認しました。ご不満はありましょうが、何とぞ事情を鑑み、ご理解のほどを願いたい」
フレイヤに恐れおののき、シュナイゼルに媚を売ろうとした者が居た件は、既に知られていた。
そのため、桐原とゼロの行動はやむなしと天子とエトランジュが支持したので、一同も咎められず、ならば、と震える声で言った。
「ではゼロ、休戦期間を終えると・・・?」
「軍事的見地から言わせて貰えれば、これ以上シュナイゼルに時間を与えるのは好ましくない。
よって至急、ダモクレスを攻略すべきと考える」
あのような兵器がブリタニアにあるだけでも、既に世界は大混乱だ。
よって対抗策が出来た以上、早急に消し去るべきというゼロに、しかし、と躊躇する者が出た。
そこへユーフェミアが言った。
「でも、このまま休戦を続けていたら、向こうはフレイヤをたくさん作るでしょう。
時間を与えたら不利になるのは、こちらなのではないですか?」
「フレイヤを止める手立てはあるが、数を増やされるとこちらも対処の手が減って来る。それもあるからこそ、私としては早く決着をつけたいと思っている」
ユーフェミアの指摘にルルーシュも同意した。
さらにエトランジュと天子が言った。
「それに、また何かされるかもと脅えながら暮らすのはもう嫌なんです。
いつまでもフレイヤに脅されて、びくびくして暮らす未来を私は望みません」
「私も、いつか誰かがどうにかすると思って、何もしないのはよくないと思います。
エディだって、動いてやっとここまで来たんだもの。だから、私達も動くべきだと思います。
何もしなかったら、何にもならないの」
『いつか誰かがどうにかする』・・・ブリタニアが覇権主義を掲げ世界各国を侵略し始めた時も、そう思って形だけの行動ばかりで、大部分が何もしようとしなかった。
・・・自国にその刃が向けられる、その時まで。
その誰かが、ゼロだった。
そしてゼロに助けられた少女達も、何もせずにいたわけではない。
彼に指示されたとはいえ、彼女達は自分の足で歩き、手を動かし、今もこうして懸命に訴え続けてる。
「フレイヤを・・・必ず止められるのだな」
議員の一人が尋ねると、ルルーシュはマントを翻し力強く是と答える。
「我ら黒の騎士団と、超合集国及びEUの全ての力を結集した!
必ずやフレイヤを止めて御覧に入れることをお約束する。
そしてかの忌まわしき兵器を、速やかに過去の遺物にしてみせましょう!」
そうだ・・・もともとフレイヤを止めるために、科学者達を差し向けた。
そしてそれが成った以上、それらを使いフレイヤを止めるのは、自分達の義務である。
「・・・我が国は、シュナイゼルとの休戦終了、およびブリタニア開戦に同意する!」
実際問題の先送りを続けても、事態が悪化するだけと言うことを知った議員の一人が同意の声を上げると、次々にそれに続いた。
「我が国も!」
「我々もだ!」
もはや否定する者はおらず・・・いたとしてもそれさえかすむほどの開戦賛成の声に、議会は埋め尽くされた。
「結論は出ましたな」
「そうですな、桐原議長」
桐原とEU議会長はそう頷き合うと、議長席から立ち上がり堂々と宣告した。
「我々超合集国は、ブリタニアとの休戦条約の延長を却下する。
本日の日付の変更を持ち、ブリタニアとの開戦を行うものとする!」
「我がEU連邦も、同じくブリタニアとの休戦条約は期限の本日を持って終了する!」
おおおおお、と議会が拍手に包まれると、ルルーシュが手を挙げた。
とたんに会場は静まり返り、ゼロの発言を待つ。
「では我が黒の騎士団は、速やかにブリタニアとの交戦準備に入る。
後のブリタニアとの交渉は、お任せしたい」
「承知した。本日午後に入って来るシュナイゼルとの通信には、不肖この桐原が向かいたいのだが、よろしいですかな?」
異議なしと議員達が了承し、EUからも通信でEU議会長が休戦条約の延長を認めない旨を直接伝える事になった。
そして一度散会し、各々が一度休憩した後、シュナイゼルからの通信が入ったとの報告が来る。
それを聞いたアドリスは、自分が行くと言いだしたがドクターストップがかかり、エトランジュも滅多に使用しない女王命令を下して父を病室に軟禁すると言う実力行使に及んだため、ベッドの上でモニターを見つめていた。
せめてそれくらいはと押し通して、会談の内容だけは把握したかったのである。
超合集国本部、大会議室。
ゼロことルルーシュは、黒の騎士団はあくまでも超合集国連合の外部組織であるという建前のもと、列席していない。
そこに設置された巨大モニターに映ったシュナイゼルは、いつもと同じ穏やかな笑顔を浮かべている。
「またお会いする機会を頂きまして、感謝します」
いつものように穏やかなロイヤルスマイルで挨拶をするシュナイゼルだが、エトランジュを初めとする議員達にとっては底冷えのする笑みにしか見えなかった。
「・・・これが最後の会談となりましょう、シュナイゼル宰相。
我らの結論は、既に一致しておりますゆえ」
桐原がまっすぐシュナイゼルを見てそう切り出すと、横にいたEU議会長も同意の頷きを返した。
「結論と申しますと、こちらとの和平に合意して頂けるという吉報ですか?」
「いいえ、我ら超合集国連合、およびEU議会は本日のブリタニア大陸における日付変更を持って、休戦の期限とします。
そしてそれを持って、再びそちらに対し侵略行為を止め、またフレイヤなる兵器を破棄するべく貴国に進攻する」
EU議会がきっぱりと宣告すると、シュナイゼルは柳眉をひそめた。
(フレイヤに脅えるあまり、こちらにフレイヤの数がまだ少ない隙を突こうと言う考えか・・・その程度の情報は彼らの耳に入っていたようだね)
フレイヤやダモクレスのデータを奪って亡命した者達がいることを、シュナイゼルは知っていた。
それにまぎれてこちらの手の者も送り込んだが、亡命者は片っ端から体よく軟禁されたという情報を得たので持ち出されたデータを解析するにも、一か月では無理だろう。
しかし、既に各国の指導者達は腹を括っているらしく、桐原が開戦は揺るがぬともう一度告げた。
「フレイヤ破棄を、先月の会談でシュナイゼル宰相は明言されなかった。
あのような恐ろしい兵器を生み出すなど、言語道断」
「そう一方的に決めつけるのも、いかがなものでしょうか。
私としてはこれ以上の戦争をさせないためのフレイヤ、と認識しております」
「亡命してきたブリタニア人によれば、ペンドラゴンにもそのフレイヤは向けられているそうですな。
戦争をすればフレイヤを撃つ、と」
「ええ、ですから戦争をさせないためのフレイヤ、と申し上げました。
侵略を行ってきた我が国を止めるためには、劇薬が必要だと判断しましたので」
「なるほど、かような歪んだ平和を望まれるか、シュナイゼル宰相。
我々は無用な戦を望みはせぬ。じゃが、敵国といえど無辜の民まで犠牲になるとあっては、傍観しては我らも同罪。
そのおつもりならなおさら、ブリタニア進攻をやめるわけにはいきませんな」
強硬に開戦を譲らない桐原とEU議会長に、もう少し準備期間が欲しかったシュナイゼルは、説得する相手をエトランジュに変更した。
「エトランジュ女王、私は無駄な戦いを望んではいないのです。
前皇帝シャルルは未だ見つからず、差別国是主義を改革する時間にはまだ足りません」
「申し訳ありませんが、大量に人が死ぬ武器を造った上にそれを所持して自国に向けている貴方が怖いので、お断りします」
即座に断ったエトランジュに、ユーフェミアと天子、神楽耶も何度も頷いて同意していた。
淡々とフレイヤをペンドラゴンに向けていることを認めたシュナイゼルに、本気だったのかとようやく思い知った議員達も同じである。
「自国に無差別に人が死ぬ兵器を向けるなど、正気じゃない・・・!!」
確かに平等と言えばそうかもしれないが、こんな形での平等など誰も見たくない。
人間が大量に死ぬ兵器を持っていて、それを自国に向けているというだけで、理由など気にするより先に恐怖を感じるのが人であろう。
「私達はブリタニア国民に反省を求めているのであって、死を望んでいるわけではありません。
ただ自分の意見に反する者がいたから、治める民ごと消すと言う方法を取っている貴方が、私にはコーネリアやクロヴィスと同じ思想を持っているようにしか見えません。
だから貴方が造るブリタニアが、いいように変わると思えないのです」
震える声だがそれでもしっかりそう告げたエトランジュを見て、桐原が言った。
「まことにエトランジュ女王陛下のおっしゃるとおり。
シュナイゼル宰相には、何が問題なのかをご理解頂けぬようだ」
「重ねて申し上げる!超合集国、およびEUは、本日の日付の変更を持ってブリタニア大陸へ進攻する!
恐ろしき大量殺戮兵器を、平然と使用する人間を放置するわけにはいかない。
これは正義に適う行動である!!」
EU議会長の宣言に、一斉に議会から拍手が沸き起こる。
「そうですか・・・実に残念です。
私はこの世界を、貴女のマグヌスファミリアのような平和を享受する世界にしたかったのですが」
「・・・・」
心から残念そうな表情でそう語るシュナイゼルに、エトランジュは何も言わなかった。
しばらくの沈黙の後、シュナイゼルはやむを得ないと小さくため息をつく。
「お世辞ではなく、私は心からそう思っておりました。
ですが、そちらが戦いを望むおつもりなら、やむをえませんね。
では我がブリタニアも防衛のため、最大限の努力をさせて頂く。
ご理解頂けず、残念です。ではまたお話の機会を頂けたら、幸いです。
それでは、失礼させて頂こう」
モニターからシュナイゼルの姿が消えると、超合集国の議員の一人が小さな声で呟いた。
「まずお前が一般感覚を理解しろ、話はそれからだ」
全くだとその呟きが聞こえていた議員が同調した。
「・・・意外にあっさり引き下がりましたな、桐原議長」
「説得しても無駄、と思ったのやもしれませぬな。
黒の騎士団CEO、ゼロ!」
桐原が呼びかけると、別のモニターからゼロの扮装をしたルルーシュが現れた。
「ブリタニアとの休戦条約は、予定通り本日をもって終了する。
よってすみやかに、黒の騎士団にブリタニア進攻を行うことを命じる!」
「黒の騎士団はその命令を確かに受諾した。
必ずやフレイヤを攻略し、世界をあの恐ろしき兵器から救って御覧に入れよう!」
オーバーアクションで右手を掲げて宣言するルルーシュに、一気にゼロコールが沸き起こる。
ルルーシュは既に日本を離れ、エーギル海域に近い国にある基地にいた。
既に卜部と仙波が率いる部隊と、彼らが護衛するプログラマー達が覚悟を決めた顔でナイトメアの調整を幾度も行っている。
ブリタニアとの休戦終了まで、残り15時間。
それすなわち、フレイヤとの戦いまでの時間である。
同時刻、神聖ブリタニア帝国首都、ペンドラゴンではとうとう黒の騎士団が攻めてくる事態となり、もはやどうすればいいのかと皇族達が顔を突き合わせて相談していた、
シュナイゼルがフレイヤで追い払うだろうが、その後に待つのは自分達がシュナイゼルに抑えつけられると言う、それはそれで恐ろしい未来である。
「シュ、シュナイゼルも黒の騎士団を倒せば、和平なんてバカなことを言いださなくなるはず。
そうなったら、フレイヤをペンドラゴンから撤去してくれることでしょう」
ギネウィアが希望を口にすると、そうなればいいがと大部分が懐疑的である。
どう考えても感性が黄昏時にあるとしか思えないシュナイゼルの行為を見るにつけ、この際黒の騎士団が勝利し、その後降伏してユーフェミアに忠誠を誓った方がいいのではないかと考える貴族も多い。
静かなる混乱に包まれたブリタニア宮殿。
そこにもう八年以上も前に、惨劇の舞台として忘れ去られたアリエス宮に、カリーヌは自身と同じ年頃の少女騎士を連れてやって来た。
どこの宮に行っても同じことを言い、頭を抑える者ばかりの混乱の状況から逃れるには、惨劇の痕跡が消し去られた後は庭師や清掃係のメイドが訪れるだけの宮殿は、うってつけだったのだ。
もう陽は沈みかけた道を歩き、扉を開こうとしたが惨劇が起こった館の中に入るのは何となくためらったカリーヌは、あずまやのほうに足を向けた。
庭園を見れば八年前と変わらず美しく整えられていたが、異母兄ルルーシュと、異母妹ナナリーのために造られたブランコや滑り台などがなく、月日の流れを感じさせる。
『お兄様、お母様の帽子、綺麗です!』
『こらナナリー、母さんに帽子を返せ!』
マリアンヌから帽子を借りたナナリーは、それを被ってご機嫌そうにはしゃぎ回っていた。
それを取り上げようと、ルルーシュが必死で追いかけている。
マリアンヌはあらあらと、楽しそうに見つめていた。
一緒にいた自らの母は、『庶民出の母親の娘は品がない』と蔑んでいたけれど。
あの後コーネリアとユーフェミアが来て、当時あったブランコの方に駆け出していた。
カリーヌは何でこんなことを思い出すんだろうと疑問に思いながら、あずまやへと赴くと、そこには人影がいた。
「・・・だ、誰?!」
カリーヌが脅えた声で誰何すると、少女騎士がカリーヌを庇うように前へ出て、相手を確認しようと近づき、そして仰天した。
「へ、陛下!!」
「え・・・あ・・・!!」
カリーヌもそこへ力なく座っている人物が父であると確認すると、安堵していいのかそれともどうしてこんなところにいるのか聞くべきかと、混乱した。
「ご、御無礼を働きまして、申し訳ございません!しかし、何故こちらへ・・・?」
跪いて謝罪する少女騎士と、茫然と佇む五番目の娘をちらりとだけ視線をやったシャルルは、何も言わなかった。
助けを求めるように少女騎士に視線を送られたカリーヌは、ともかくシャルルが見つかったのだからと、彼女に命じた。
「す、すぐにギネヴィア姉様にお知らせして!!後は姉様の指示に従うのよ」
「イエス、ユア ハイネス!!」
少女騎士は敬礼してその命令を受け取ると、ギネヴィアがいる本宮へと走っていく。
それを見送ったカリーヌはどうしようと戸惑うも、この現状をどうにかするのは父しかいないと思い、おそるおそる訴えた。
「よかった、陛下が無事で・・・あの、シュナイゼル兄様がクーデターを起こして、フレイヤをペンドラゴンに向けてるんです。
戦争を起こそうとしたら、フレイヤを落とすと」
「・・・・・」
「それに、黒の騎士団が休戦条約を今日で終わらせて、侵攻するって通告がありました」
その報告にシャルルがぴくりと反応すると、それを見逃さなかったカリーヌは勢い込んで言った。
「もう、お父様しかこの状況を変えられる方はいません!助けて下さい、陛下!」
自分の前に跪いて懇願する娘を、シャルルはただ黙って見下ろすばかりである。
と、そこへ報告を受けたギネヴィアが、3人ほどの皇子を連れてアリエス宮に飛び込んできた。
「ああ、本当に陛下ですわ。さすがは陛下ですわ、ここなら誰も来ませんものね。
よく気付いたことカリーヌ」
忘れ去られた宮殿なら、誰も来ないからシャルルが隠れていることに気づいたカリーヌが探しに来たのだと勘違いしたギネヴィアは、カリーヌを褒め称えた。
「既にカリーヌが報告したと思いますが、今ペンドラゴンはシュナイゼルに支配されておりますの。
オデュッセウス兄様は担ぎ出されただけのようですが・・・それに黒の騎士団も、フレイヤにヤケになったのか知りませんが、我がブリタニアに侵攻すると・・・」
ようやく希望が見えたとばかり、目を輝かせて跪く子供達を見て、シャルルは茫然と眼を見開いた。
「やはり理想はフレイヤをシュナイゼルから奪い、それを黒の騎士団に撃つことかな。
あれさえあれば、黒の騎士団はむろん、生意気なナンバーズどもを皆殺しに出来る」
「そうだな、もともと慈悲をかけて生かしてやったのが冗長のもとだ。
この際だ、労働力となる者以外はすべて殺してしまうべきだろう」
「そうよギネヴィア姉様達、黒の騎士団やナンバーズなんてやっつけちゃえばいいのよ」
平然と邪魔する者は皆殺しにすれば解決するのだと言い合い、そのための策を嬉々として語る子供達。
(バカな・・・基地一つをまるごと消す兵器を使うなど・・・)
シャルルの本心など想像すらしていない彼らは、晴れやかな笑顔で言った。
「ああ、陛下が見つかって本当によかった。
もうこうなった以上、陛下だけがわたくし達の希望ですもの。
ラウンズのスリーはシュナイゼルに捕まっておりますが、すぐに居場所をつかんでお知らせしますわね」
「もはやこの状況を打破できるのは、父上だけです!
どうかシュナイゼルを倒し、返す刀で黒の騎士団を殲滅して下さい。
我々はそのためなら、いかようにも尽くす所存です」
「常は陛下のおっしゃられたとおり、互いに競い合っている我ら兄弟ですが、力を合わせるべき時は合わせますとも。
陛下、どうか我らに御指示を!!」
「皇帝陛下!!」
「お父様!」
(や、やめろ・・・わしにやれというのか・・・!
恐怖で押さえつける世界の創造を・・・!)
「陛下こそが我々の最後の希望です!」
彼らが連れていた騎士達の言葉に、シャルルは耳をふさぎたくなった。
(やめろ・・・わしはお前達の希望などでは・・・!
これ以上押し付けるな・・・!!)
自分達で勝手にやればいい、とシャルルは突き放そうとした。
(何故だ、わしは真に世界を優しいものに変えようとしてきただけなのに、何故自分達だけの安寧を望む者だけが世界に望まれるのだ)
自分さえよければいい、と言ってのけたアドリスは、本当に理解してほしかった息子と娘から頼られ、病身の身で世界中から平和のために動いていると称えられている。
そして今、自分を心から望んでいるのが、自分達以外を殺戮の対象として見るのが当然の者達ばかりだった。
黄昏の間で、あの男・・・アドリスが告げた台詞が、脳裏に響き渡った。
『ええ、差別を肯定し他国を侵略して奪い、支配することを望む人達です。
貴方が方便で実行して来た弱肉強食の国是を推進する人達は、みんな貴方を求めているではありませんか。
貴方の命令に忠実に従い、数多くの人間を殺し物資を奪い、ブリタニアを豊かにして来た方々です』
(黙れ黙れ黙れ・・・!
それはわしが命じたことだが、それはわしの本意ではなかったのだ・・・!)
「さあ陛下、どこにシュナイゼルの手の者がおりますか解りません。
とにかくアリエスの宮にお入りになって下さい」
ギネヴィアが心配そうに促すと、皆も同調する。
と、そこへアリエスの宮殿の扉が開き、中からビスマルクが現れた。
「どうなさいました、陛下・・・これは殿下方!どうしてこちらに?」
「まあビスマルク、貴方も無事でしたのね、よろしかったこと。
ラウンズの長たる貴方がいれば、黒の騎士団もシュナイゼルも敵ではありませんでしょう?期待していますよ」
当然のようにそう告げたギネヴィアは、騎士に必要な物資をアリエス宮に極秘に運ぶように命じた。
「さあ陛下、わたくし達に何かお命じになることはありませんか?」
「何でもいたしますから、どうぞおっしゃって下さい」
期待に満ちた目でそう尋ねる子供達に、シャルルは何も言えなかった。
自分はもう戦いたくなどないのに、もはや全てを失っていると言うのに、それも知らずに自分に依存する。
常は蹴落とし合っているのに、都合のいい時だけは協力し合うことにも疑問がない。
敵を殲滅するために、今自分達を恐怖に陥れている兵器を使おうとすることにさえも。
(・・・ああそうだ、すべてわしが言ったことだ。
奪い合い蹴落とし合えと・・・そう命じた)
ブリタニア人のみが優秀で、それ以外はただ搾取すべき生き物なのだと、声高に何度も言い続けた。
我がブリタニアに害をなす者はすべてなぎ払えと、数えきれないくらい命じた。
だから彼らは、自分に忠実に従っているだけ。
今さら違うと考える余地のないほどに、その道を進んできただけだ。
「はは・・・ははは・・・そのとおりだ。
すべてわしが言ったことだ。そうだとも、わしに歯向かう者は滅ぼせと、わしは命じてきたな」
「・・・?そうです、お父様。だから、どうすればいいのかとお尋ねしています
あっ、もしかしてそれくらい自分で解らないのかとお怒りですか?ごめんなさい!
私も全力で頑張りますから・・・!」
見捨てないでと懇願するように謝るカリーヌを見て、今度こそシャルルは心から絶望した。
『嘘が嫌いだと言った貴方の言葉に共感している方々です、大事になさって下さい。
それ以外に、味方なんていらっしゃいませんから』
「陛下・・・」
主の心情を痛いほどに理解したビスマルクが、シャルルの横に歩み寄る。
「ふふ、すべてあの男の言う通りになったな。
これがわしに残されたものというわけか」
シャルルは、自分が六十年の生の果てに手に入れたものをを見渡しながら、自嘲した。
「ははは・・・・ははは・・・こんなものを手にするために、わしは・・・」
あずまやの外に視線をやると、既に陽は沈んでよくは見えない。
だが、シャルルの目に映ったのは、楽しそうに遊ぶ最愛の妻の子供達の姿だった。
『どっちをお嫁さんにするの、ルルーシュ!!』
『お兄様、私でしょう?ずーっと一緒にいてくれるって、お約束して下さいましたもの』
そう言ってルルーシュの両腕を引っ張るナナリーとユーフェミアに辟易したルルーシュは、戸惑いながら傍で笑っているコーネリアに助けを求めた。
『兄妹で結婚は出来ないって言っても、解ってくれないんです姉上!
姉上からも言ってやって下さい!』
『はは、いいじゃないかルルーシュ。私もお前ならユフィをやっても構わないぞ』
『ほら、お姉様だってこうおっしゃってるわ。だからルルーシュ、私のお婿さんになって!』
『ユフィ、だから・・・兄上達も笑ってないで何とか言って下さい!』
のんきにチェスをしているシュナイゼルとクロヴィスにも援護を求めたルルーシュを、妹達から睨まれたクロヴィスはあっさり見捨てた。
『いやあ、ルルーシュはモテるなあ。あと十年もすれば、社交界でも私の株を持っていきそうだ』
『おや、社交界で艶聞に事欠かないクロヴィスがそう言うなら、十年後にはどれほどの女性から結婚を申し込まれるんだろうね?』
それを聞いたユーフェミアとナナリーは、絶対だめ、とますますルルーシュの腕をつかんで離さない。
『いたたた・・・二人とも、喧嘩するならどちらも僕は選べないぞ。
僕はユフィもナナリーも愛してるんだから』
痛そうに顔をゆがめるルルーシュに反省した二人が手を放すと、ルルーシュを困らせたと反省してしゅんとなった。
『ごめんなさい・・・でも、ルルーシュのお嫁さんになりたいの!』
『ユフィ姉様、私もです・・・そうだ!二人でお兄様のお嫁さんになりましょうよ!』
いいことを思いついた、とナナリーがそう提案すると、ユーフェミアもそれはいいアイデアだと賛成した。
『そうね、そうすればいいんだわ。ずーっと三人でいれば問題ないものね!』
『こら、それも無理に決まっているだろう。
正式に複数の妻を持てるのは、皇帝だけなんだぞ』
皇族・貴族は正妻が一人、他に妾を囲うことは黙認されているが、正式に側室として籍を与えられるのは皇帝だけだ。
『だったら、ルルーシュが皇帝に成ればいいじゃない!
そうしたら二人でルルーシュのお妃になれるわ』
『なるほどユフィ、それは見事な解決策だね』
『ルルーシュは賢いし、ありえない話ではなさそうだからなあ』
シュナイゼルの台詞に、チェスでルルーシュに連敗したクロヴィスが同調する。
常ならば地位を奪い合うライバルとして火花を散らすであろうはずの異母兄弟のはずなのに、野望のないシュナイゼルと皇帝にはなるつもりのないクロヴィスはそう言って笑っている。
『あとは兄妹で結婚出来ないところだけど・・・』
『大丈夫ですユフィ姉様!今度のお誕生日に、法律を変えて貰うようにお父様にお願いしましょうよ。
“兄妹でも結婚できるようにして下さい”って!』
子供らしい無邪気なナナリーの案にさすがにそれは、と一同は止めようとしたが、面白がったマリアンヌがけしかけた。
『あら楽しそうね。私も陛下にお願いしてあげるわ。
そうね、ルルーシュと貴方達の子供なら、きっと可愛くて優秀な子が生まれるものね』
『マリアンヌ様、それはそうですが・・・』
ルルーシュとユーフェミアの子供なら間違いなくそうだ、とコーネリアも姉バカまるだしで認めるが、さすがに本気ではないだろうと苦笑いだ。
『じゃあさっそくお父様にお願いしましょう。
今度はいついらっしゃるのかしら』
『あら、陛下ならそこよ。ほら』
マリアンヌが指差した先には、ずっとその様子を見ていた自分が居る。
手を振ってくるナナリーとユーフェミアに、無表情ながらも照れていたシャルルは振り返せなかった。
『ルルーシュやナナリーは、他の兄妹とも仲がいいな。
・・・これなら、このままでも構わないかもしれん』
自分達がどれほど望んでも得られなかった光景を、見る事が出来た。
それならこのままでも、充分幸せだと思った。
兄があの惨劇を起こしたのは、それからほどなくしてのことだった。
楽しそうに笑っていた娘達に、弟の才能を認め伸ばそうとしていた息子達。
皇帝の地位を血眼で争うよりも、小さな幸せを感じて平穏な日常を続けようとしていた。
手を伸ばす。
無邪気に自分に向かって手を振る子供達の方へ。
あと少しで届きそうな場所にまで来たけれど、何もつかめない。
だってそれは、もう遠い過去の幻。
・・・もう、何もない。
『どうして捨てたんですか?大事なものだったのに』
アドリスの呆れた声が、響いたような気がした。