第四十七話 合わせ鏡の成れの果て
巨大な剣が、静かに吊るされている。
それを見上げながら、シャルルは目を閉じていた。
『母さん、兄さん、待って!』
『シャルル、こっちこっち!』
『二人とも、走っちゃだめ!転ぶわよ』
遠い遠い昔、母と兄と三人で遊んだ記憶。
『貴方達は双子の兄弟、喧嘩をせずに仲良くなさい』
幸せだった日々はある日突然奪われ、ギアスを与えられて、コードを継承するのはどちらかを話し合った日、兄は言った。
『だって、僕はお兄ちゃんだから』
そう言って笑った兄を、自分が守るのだと誓ったあの日から、もう何十年が経ったことだろう。
皇帝に即位し、貴族達をまとめるために妃を数多く娶り、子供を産ませ。
遺跡を奪うために侵略を推し進め、やがてラウンズとなったマリアンヌと出会い、異母兄弟達が中心となった血の紋章事件を鎮圧し、彼女に求婚して。
そしてルルーシュとナナリーが生まれて、あの時のような幸せが戻って来たように思っていた日々も、もうすでにない。
もう一度この手に取り戻すには、もはやこの手しかない。
シャルルはそう信じて、ただ全ての準備が整うのを待った。
東京湾にある黒の騎士団専用の港で、今一機の潜水艦にマグヌスファミリアの一同やマオ、そしてC.Cに率いられた元ギアス嚮団員が四名乗り込んでいた。
シュナイゼルが実験を行っていた神根島に手掛かりがないかと、そして危険があるかどうかの確認を行うと言う名目である。
コードを消すのが目的のため、アドリスも極秘で既に潜水艦に搭乗している。
アドリスの病室は今はからっぽで、ルルーシュにギアスをかけて貰った医者が誰もいない病室で変化なしとカルテに記入し、看護師が空の点滴を操作したりしていた。
C.Cもマオもポンティキュラス家もエトランジュを除いてすべて出動し、彼女のそばにいるのはジークフリードとルチアだけだ。
もし超合集国連合や黒の騎士団に何かあれば連絡するためと、皆がいないフォローを行うべく、エトランジュだけが残されたのである。
狭い室内で車椅子に座ったアドリスは、目を閉じて過去を思い返していた。
『ねえねえおとーさま、抱っこしてー』
『お父様、おままごとしてくださーい』
『お父様、お馬さんに乗せて下さい』
ほんの三年前までは、何のためらいもなく自分におねだりをしてきた可愛い娘。
ちょっと離れていた間に以前の無邪気さは失われ、代わりに目に映ったのは異常な環境に耐えて自らを抑制した大人になった姿だった。
『大丈夫ですお父様。だからご心配なさらないで下さいな』
無理をしてそう笑う娘の姿をこれ以上見たくなかったから、戦争が終わるまで生きていたかった。
だからもう少しだけ、確実に安心していられる時間がほしかったのだけれど。
けれど、不自然な形で生まれた力は歪みしかもたらさない。
そしてその力に頼ることに慣れてしまえば、自分もまたあの男達と同類になってしまう。
「また、悲しませることになってしまいますね・・・」
アドリスがそう呟くと、ドアの外からノックの音が響く。
「ルルーシュです、アドリス様。
忙しくて聞きそびれていましたが、コードとギアスの全容についてのお話を伺いたい」
フレイヤのせいで解明出来たコードとギアスついて説明する時間がなく、ルルーシュはまだそれについて聞いていなかった。
そのため、移動中に説明を行うことになったのだ。
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼します」
ルルーシュがドアを開けて入室すると、続けてC.Cやマオもやって来た。
コードとギアスに人生を翻弄された身としては、知らずにはいられないのだろう。
「少々長くなりますので、椅子を用意して貰いました。どうぞ、お座り下さい」
アドリスに促されて一同が狭い室内に何とか用意された椅子に座ると、海底から神根島に向かうという放送が流れた。
ゆっくりと動き出した潜水艦は、沖合で海中に潜る予定である。
「では、さっそくお話させて頂きます。コードとギアスについて」
アドリスはコードとギアスについて書かれた資料を取りだすと、ゆっくりと語り始めた。
王の力として創られ、そしていつしか王を縛るための鎖と化した忌むべき力。
過去数多くの人間が翻弄され、人知れず消えていった闇の歴史を、滔々と。
全てを語り終えた時、いくつもの感情が複雑に絡まり合った表情が、一同の顔に浮かび上がる。
「・・・当時の人間達にも、これを生み出した事情がありました。
ですが、もう、必要のない物です。
必要がないどころか害をもたらす道具は、廃棄されるべきでしょう。今が、その時です」
アドリスの言葉に、一同は静かに頷いて全面的に同意した。
これより海中に潜水します、との放送が流れてくる。
コードとギアス、この二つを全てこの世からなくすための地、神根島。
過去の全てを清算する刻は、もうそこまで来ていた。
それから一時間後、黒の騎士団の潜水艦と蜃気楼でやって来たルルーシュとマグヌスファミリアの一行は、神根島に上陸していた。
日本解放後はギアスについて調べるために極秘で訪れていたので、既に勝手知ったる他人の土地である。
だが上陸してすぐマオが調べたところ、他国に派遣されていたのでギアス嚮団の嚮主が交代したことを知らずにいたギアス嚮団員三名とV.Vが、警戒に当たっていることが判明した。
「嚮団を制圧した後、数を照らし合わせたら数人がいなかったから、もしやと思ったが・・・まだV.Vがコードを持っていると思っているのか?」
「うん、隠したままだねあの兄弟。嘘が嫌い、って言ってる割に、ホント自分に都合のいい嘘は平気でつくんだね。
ギアス嚮団が寝返ったのも、ルルのギアスが原因だって説明してる」
マオの呆れた報告にルルーシュはそうか、とだけ応じ、三人のギアス内容を尋ねた。
「一人目は視覚型で、目を合わせた相手の身体から一時間ほど力を抜かせるギアス。これはコンタクトがあるから大丈夫だね。
二人目は接触型で、触れた人間の場所の感覚を停止させるギアス。麻酔ギアス、と言えば解ると思う。
三人目は範囲型、百メートル以内にいる人間の位置を把握出来るよ。持続時間は限られてるけどね」
「前者二人はどうとでもなるが、最後がやっかいだな。
連中に逃げられては元も子もない。どうするか・・・」
「洞窟の近くにはいないようですし、団体行動を取っているなら手っ取り早く片がつけられますよ」
アドリスの案にルルーシュは頷き、一同は行動に移った。
百メートル以内に入れば気付かれてしまうので、彼らが洞窟から距離を取る位置まで移動するのを待つことにした。
案外その時はすぐに来て、三十分ほどでルルーシュ達が来たらすぐに解るように、洞窟から三人が出てきた。
入口近くを見張ろうと、察知ギアスを発動させたところを見計らい、C.CとE.Eことエドワーディンが、すたすたと彼らの前に現れた。
「な、何だお前達は?!俺のギアスに引っ掛からないだと?!」
半径百メートル以内にいる者ならすべて解るギアスを持つ男は驚愕したが、二人が額と、左手の甲に刻まれたコードを見せると目を見開いた。
「V.V様以外の、コード所持者!」
「そうだ。そして今は、私がギアス嚮団嚮主だ。そして彼女は、副嚮主のE.Eだ。お前達は私達が守る。
武器を捨てて投降してくれないか?」
C.Cがゆっくりと説得にかかるが、三人は首を横に振らない。
しかし自分達にとっての不可侵の存在であるコード所持者には手が出せず、どうしようかと途方に暮れるばかりだ。
だが次の瞬間、自分のギアスの有効範囲に多数の侵入者が現れたことを悟った察知ギアスの能力者が、声を上げた。
「侵入者だ!それも8,9・・・十人以上いるぞ!」
「V.V様に連絡を・・・」
「V.Vへの連絡手段を忘れろ!」
慌ててトランシーバーでV.Vに連絡を入れようとした元ギアス嚮団員達だが、響いてきた声に動きを止めた。
そして手にしているトランシーバーが何に使うのか解らなくなり、三人はV.Vに報告しなくてはと焦るが、同時にその手段がどうしても思いつけずにいた。
メガホンを片手に現れたクライスに、エドワーディンは親指を立てた。
「ふー、間に合ってよかったぜ。大丈夫か?」
「大丈夫よクラ。無事に終わってよかった」
いちゃつく二人を無視してC.Cが座り込む嚮団員達の前に腰をかかめると、三人に向かって言った。
「お前達、V.Vがまだコードを持っていると思っているようだが、違うぞ。
あいつのコードは私達が持っていて、もうあいつはギアス能力者ですらないただの子供なんだ」
「そんな、嘘です。ちゃんとV.V様の右手の手のひらには、コードがありました」
「嘘ではありませんよ。ほら、証拠がここに」
マグヌスファミリアのギアス能力者に囲まれたアドリスが車椅子に乗って登場すると、彼は自分の右手の手のひらを見せた。
「これだけでは証拠になりませんから、もうひとつ見せましょうか」
「アドリス、何をするつもり?」
「これが一番手っ取り早い手段です」
エリザベスが顔をしかめると、アドリスはギアス嚮団員が落とし、自分の足元に転がってきていた銃を手にするや、おもむろに自分の手を撃った。
「きゃあ!何するの叔父さん!」
「いった・・・・!さすがにきついなこれは・・・」
痛みを顔をしかめたアドリスだが、血が吹き出た傷口がゆっくりと再生していくのが誰の目にも解った。
「あ・・・これ、ほんとにコード?」
「じゃあ、V.V様は・・・?」
ざわめく三人に、アドリスは痛みに耐えながらもにっこりと笑った。
「・・・ではこうしましょう。今からあのV.Vのところに行って、怪我をさせれば真偽が解ります。
どうせ貴方達の負けは確定していますが、あの子供に騙された被害者である貴方達に危害を加えるつもりはありません」
「そうだ、お前達はギアス嚮団員だろう?今は私が嚮主だ。何があっても私達が守ると約束する。
お前達が死ぬまで、私はお前達のそばにいる。もちろん、実験などにも参加させない」
「・・・実験、しなくていいんです、か?」
思わず尋ね返した嚮団員は自らの口をふさいだが、C.Cはそんな彼を抱きしめた。
「ああ、もうしなくていい。約束しよう」
「本当だよ、C.C様とE.E様はもう何もしなくていいっておっしゃって下さったんだよ。
美味しい食べ物も、綺麗な服も、何でもくれる。一緒に行こうよ」
そう言ったのは、C.C達に同行を申し出てくれたギアス嚮団員の者達だった。
外の世界は醜いと教えられてきた彼らだが、いざ目にした世界は争いこそあれどマグヌスファミリアの面々は、いろいろ便宜を図ってくれた。
黒の騎士団でも特に若年層には甘く、何かと気を配ってくれた。
何もしなくても愛をくれる人間達に囲まれた彼らは、徐々にではあるが人間らしさを取り戻しつつあったのである。
「・・・V.V様が嘘をついていたと判明したら、新しい嚮主様に従います」
「解った、それでいい。おいで、お前達」
全員それを了承した後、改めて黄昏の扉の前に行く陣容を整えにかかる。
まずギアスキャンセラーを持つジェレミアが先陣に立ち、ルルーシュとC.Cとマオ、さらに元ギアス嚮団員四名に加えて先ほどの三人がそれに続いた。
殿を務めるのはE.Eことエドワーディンとその夫のクライスが彼女を護衛し、最後にマグヌスファミリアのギアス能力者達が、アドリスを取り囲むようにして歩く。
V.V達に気取られぬよう細心の注意を払いながら扉の近くまで来ると、ルルーシュ達は一気に走って黄昏の扉の前に飛び込んだ。
突然の強襲に驚いたV.Vは、慌てて護衛についていたギアス嚮団員の背中に隠れた。
そしてギアス嚮団員がギアスを発動させるも、ジェレミアがギアスキャンセラーで無効化する。
「無駄だ、私の前ではギアスは無力!」
「そんな・・・V.V様!」
「うあ・・・!シャルル!」
V.Vは脅えきって黄昏の扉の前に走って行くが、もはやコードどころかギアスすらない彼では扉は開かない。
「シャルル、助けて!シャルル!」
「よし、今だ!V.Vを捕えろ!」
「はい、C.C様!」
C.Cの号令で元ギアス嚮団員が、V.Vを取り押さえた。
「放せ、この裏切り者!」
「だって、もう貴方はコード所持者じゃない。僕達の嚮主様はC.C様」
冷淡にそう言い放った元嚮団員がV.Vを後ろ手に回して拘束すると、C.CがつかつかとV.Vに歩み寄り、その顔を平手打ちした。
「いたっ・・・!何するんだC.C!」
腫れ上がった頬に、叩いた拍子にC.Cの爪が彼の皮膚を傷つけたのだろう、小さく血が流れた。
「あ・・・V.V様の傷が・・・・」
「治らない・・・!」
洞窟の入り口で捕まえた嚮団員が息を飲むと、V.Vは青ざめた。
「見ての通りだ、こいつはもうコード所持じゃじゃない。
それでもお前達は、こいつに従うのか?」
C.Cが静かに問いかけると、その場にいたギアス嚮団員達はC.Cを見つめ、彼女に尋ねた。
「貴女が新しい嚮主様、ですか?」
「そうだ、そしてこのE.Eが副嚮主だ。コードもここにある」
C.Cが額に、エドワーディンが左手の甲にコードを浮かび上がらせると、嚮団員達は安心したように笑みを浮かべて彼女達に駆け寄った。
「よかった、新しい嚮主様がいるんですね。どうかご命令を」
V.Vには目もくれずに指示を乞う彼らに、V.Vに騙されて新たな嚮主に牙を向けてしまった嚮団員はC.Cに謝った。
「申し訳ありませんでした。疑ってしまったことを許して下さい」
「大丈夫、私達は怒ってなんかいないわ。だからここでちょっと待っていてくれる?
私達はこれから黄昏の間で、大事な用事があるの」
エドワーディンが優しくそう言い聞かせると、嚮団員達ははい、と素直に了承した。
「やめろ!嚮主は僕だ!コードがなくても、ずっとお前達の面倒を見てきたのはこの僕だぞ!
ルルーシュ・・・!この、呪われた皇子め!」
見苦しく喚くV.Vに、マオが呆れたように言った。
「呪ったのはお前だろ。
孤児を集めては勝手にギアスを与えて、ロロみたいな副作用の激しいギアス能力者を失敗作呼ばわりして使い捨ててきたくせに、よく言うよ。
自分に都合のいいようにしておいて、自分だけは大事にされたいなんて通じると思ってるから、誰もお前を好きにならないんだよ」
冷ややかな台詞にV.Vが嚮団員の顔を見渡すと、誰もが自分に無関心な視線を向けるばかりで、助けるそぶりはない。
ルルーシュもV.Vからギアス嚮団員を取り上げられれば彼が無力な子供と知っているので、淡々とアドリス達と相談していた。
「ここにいるのはV.Vだけか。よし、ではこれから俺とコード所持者三人は、黄昏の間に向かいましょう。
念のためマオと、そのほかの嚮団員は俺達が戻るまでここを守っていてくれ」
「了解。まあ向こうも駒がない以上、めったなことはないと思うけど、用心はしておかないといけないもんね。
気をつけてね、C.C」
マオが心配げにC.Cを見つめると、C.Cは笑った。
「大丈夫だ、私はC.Cだからな。V.Vは、打ち合わせ通りに処置を頼む」
マオが解ってると頷くと、C.Cはエドワーディンと共にギアス嚮団達に向かって言った。
「さて、お前達には先に言っておくことがある。よく聞いてほしい。
既に私達と共に来た嚮団員達には話してあることだが、今日でコードとギアスはこの世から消える」
突然新たな嚮主からそう告げられた嚮団員達は何を言われたのか解らず、ぽかんとなった。
「驚くのも無理はない。だが、これはもう決まったことだ。
この力は歪な理由で生まれた、歪な力なんだ。
この力が原因で命を落とした仲間がいることを、お前達も知っているはずだ。
だから、終わりにしようと思う」
「で、でも嚮主様、外の世界は」
「怖がるな、というのが無理なのは解る。だが、お前達のそばに私達はずっといるよ。
既にロロや他のメンバー達は、ゆっくりとだが外の世界になじんでいっている。
大丈夫、私はもう、二度とお前達を置いてどこにも行かない」
約束だ、と優しくC.Cが差し出した手を、彼らはおずおずと手に取った。
「これから先、ギアスはなくなる。だが、仲間達と過ごした時間と絆は残る。
それを糧にして、少しずつ自由を学んで、どうか幸せになってほしい」
「嚮主様・・・」
『どうか幸せになってほしい』
これまで言われたことのない優しい言葉は、ギアスとコードがなくなると聞いて不安に駆られた彼らの心にさざ波を起こした。
「急な話ですまないと思っているが、時間がない。
だが、私達はお前達が自由の意味を理解し、幸せな人生を歩んでいると心から言える日まで、お前達のそばにいることを約束しよう。
それが私がお前達と交わす、最後の契約だ」
C.Cがそう言い聞かせると、嚮団員の一人がこくりと頷いた。
「それが嚮主様のお決めになったことなら、従います」
「その決定を貴方達が正しいと思えるよう、最大限の努力をするわ。
本当に急で勝手な話になってしまって、ごめんなさい」
エドワーディンが頭を下げると、嚮団員はそんな、と戸惑ったように押しとどめる。
「話はつけたようですね。とり急ぎあの肝心の馬鹿皇帝を止めましょう」
「ではアドリス様、ビスマルクの予知ギアスを止めるべく、打ち合わせ通り私が先鋒を務めさせて頂きます」
ジェレミアが黄昏の門の前に立つと、アドリスが扉に手をかざした。
とたんに扉に大きく羽根を羽ばたかせた鳥のようなコードの文様が浮かび上がり、ひとりでに大きな音を立てて開かれていく。
「あ・・・僕も、僕もそこに・・・!シャルル!」
嚮団員に抑えつけられたV.Vが身をよじって彼らから逃げようとするが、彼らは元は自分達の主だった彼には目もくれず、扉の中に入っていくC.Cらをお待ちしていますと言って見送っていた。
「放せ、放せ!!僕はお前達の・・・!」
「私達が貴方にお仕えしたのは、コード所持者だったからだもの。
だからコードを持っていない貴方の命令は聞かない」
「C.C様は僕らにピザを食べさせて下さるし、E.E様は綺麗な服を作って下さるし、A.A様はいろんなことを教えて下さるから、こっちのほうがいい」
「もう実験台にされなくていいもん、嫌なことを無理強いされないもん。
もう貴方なんかいらない!」
中華でルルーシュ達に保護されたギアス嚮団員達の言葉に、V.Vは怒鳴った。
「この、恩知らずめ!僕達が拾わなかったら、どこかで野垂れ死にするしかなかったくせに!」
「世界で戦争が起こってたから、孤児なんて探さなくてもすぐ見つかるよね。
君達が率先して戦争してたもんね。無限に駒が集められて、ほんと無駄のないことしてるよ君達は」
ドォン、と大きな音を立てて閉じた扉の前に立ったマオは、アドリスから預かった銃を持ってV.Vの前に来た。
「お前は・・・」
「僕はマオ、C.Cに拾われて育てて貰ったんだ。
僕もギアス能力者で、暴走中!ま、ルルのお陰でそれも制御出来てる身だけど」
両目にギアスの文様を浮かび上がらせたマオに、V.Vは震えた。
「へー、君ってほんと弟が大好きなんだね。
お母さんから兄弟仲良く、って言われて、遺言を忠実に守っていい子だねー。
よかったじゃないか、弟のほうも自分の妻を殺されて、娘の足を使い物にならなくされてもそれを隠ぺいしてくれちゃうほど愛されてるんだからさあ」
「お前・・・なんでそれを・・・!」
『貴方達は双子の兄弟、喧嘩をせずに仲良くなさい』
遠い昔、母に弟と二人で抱かれながら幾度となく言い聞かせられた言葉。
母が殺された日も、事切れる前に母は言った。
『私が居なくなっても・・・兄弟仲良く・・・助け合っていきなさい』
「お前のギアスは・・・・!」
「ぴんぽーん、僕のギアスは心を読むギアス!
だからお前のこともぜーんぶ解っちゃうよ。
あははは、君、マリアンヌのことが大好きだったんだあ。兄弟揃っていい趣味してるよ、ほんと」
第二次日本防衛戦の顛末を聞いていたマオは、よくもまああんな性悪な親のもとに生まれてルルーシュがまともに育ったものだと思った。
自分も子供を捨てて蒸発するような親を持ったが、それでもごめんなさいと置き手紙を残したあたり、自分のしたことが悪だという感覚くらいは持っていたことが解る。
だがマリアンヌは自分のしていることがどれだけ他者に苦痛を強いるものか理解しておらず、周囲から咎められても自分を理解しないのが悪いのだと断定し、世界を混乱に陥れて平然としていた。
「やめろ・・・言うな・・・!」
「マリアンヌは自由に生きてたから、そこが魅力に映ったんだねえ。
先にシャルルが求婚して、彼女と結婚して祝福したのも事実だけど、弟を取られちゃったみたいで嫌だったのかあ。
あ、マリアンヌを弟に取られたのも嫌だったのか、複雑だねえ」
「黙れ、黙れええええ!!それ以上言うとっ・・・」
「何怒ってんのさ、ラグナレクの接続が成れば僕だけじゃなくて、みんながこのことを知る事態になるんだよ?
僕一人に知られるくらい、どうってことないだろ」
マオがニイっと笑みを浮かべて指摘すると、V.Vは真っ青になった。
彼が言った通り、全ての意識が一つになると言うことは己の全てが知られてしまうことと同義だということに、今さらに気付いたのである。
だがそれから目をそらしたいV.Vは、懸命に頭を振って否定する。
「違う、僕は、あのマリアンヌがシャルルをたぶらかしてっ・・・!」
「嘘だね。シャルルをたぶらかしたのはマリアンヌじゃないって、お前も解ってるんだろ?
たぶらかしたのは彼女じゃなくて、ルルとナナリーだって」
「違う、違う!!」
「ルルとナナリーが、異母兄妹のコーネリアやユーフェミア、シュナイゼルやクロヴィスと仲良くしてるのを見て、シャルルがこのままでもいいんじゃないかって呟いたの、聞いちゃったんだろ?」
自分はこの幼い姿のまま数十年を過ごし、計画と弟だけを見て生きてきた。
弟は計画を遂行するため、遺跡を奪い国を富ませるべく植民地を推し進めた。
国をまとめるために貴族から献上される女を次々に妃にして、子供を産ませるまではV.Vは気にしなかった。
それからしばらくして、不老の身となった自分を、初めて受け入れてくれた女がいた。それが、マリアンヌだ。
自分達の計画を知って、それは素晴らしい計画だ、自分も協力させてほしいと言われた時、V.Vは嬉しかった。
シャルルのラウンズとなったマリアンヌと、幼い頃からの忠臣のビスマルクと、四人でますます計画にのめり込んだある日に起こった、血の紋章事件。
シャルルに忠誠を誓ったはずのラウンズすらも加担した事件は、V.Vがギアス嚮団員を裏で使い、圧倒的な力でねじ伏せたマリアンヌとビスマルクの活躍により片が付いた。
すべての処理を終えたその日、シャルルはマリアンヌにプロポーズをした。
年甲斐もなく顔を赤くして、自ら望んで妃にしたのは、彼女が初めてだった。
『よかったね、シャルル。マリアンヌなら君を任せられるよ』
だって自分はこの身体なのだ。
マリアンヌだって結婚まではさすがに受け入れてくれないだろうと、ごく当たり前の判断を下したV.Vは、自分はお兄ちゃんだから、弟の恋を見守るべきなのだと自らに言い聞かせて、祝福の言葉を贈った。
やがてマリアンヌは妊娠し、生まれた甥はマリアンヌにそっくりだった。
自分に似ているのは紫色の瞳だけで、後はマリアンヌに瓜二つだな、とシャルルは笑った。
さらに二年、続けて生まれた子供はどちらかといえばシャルルに似ている娘だった。
他の子供には無関心なシャルルだが、愛した女との間に生まれた子供は格別なのか、表立ってはともかく、割と目をかけていた。
マリアンヌの子供だから仕方ないと、そこまではV.Vもまだ安心して見ていられたが、シャルルがある日ぽつりと呟いた。
『ルルーシュやナナリーは、他の兄妹とも仲がいいな。
・・・これなら、このままでも構わないかもしれん』
折しもラグナロクの接続の研究が行き詰っていた時であり、シャルルが計画をやめるのではないかと、物陰にいて聞いていたV.Vは焦った。
このところマリアンヌやルルーシュ達の話ばかりをする弟が、計画をやめれば自分など見向きもしなくなるのではと、恐怖した。
だから・・・。
「それでマリアンヌを殺して、ルルやナナリーもって考えたわけだ。
ああ、二人にも嫉妬してたんだ。自分達はずっと異母兄弟に疎まれてたのに、あの二人だけ愛されるのはずるいって」
過去、自分達にも数多くの異母兄弟がいた。
だけど彼らとは日々争いを繰り広げ、その果てに母を殺された。
それなのに、ルルーシュとナナリーは貴族達から庶民出の妃の子供と陰口を言われる程度で、有力な妃から生まれたシュナイゼルやクロヴィスから目をかけられ、コーネリアやユーフェミアから愛されていた。
「・・・そうだよっ、どうして僕達だけ、僕だけがこんな運命になったのに、なんであいつらだけがっ・・・!」
どうして自分達は権力闘争に巻き込まれなくてはならなかったの。
どうして自分達の母は殺されなくてはならなかったの。
どうして自分の好きになった子が弟と結婚して、その子供が幸せになるの。
「僕はシャルルのために何かも犠牲にしたのに、どうしてシャルルは僕を一番に見てくれないの・・・!」
「一番に見てたから、お前が望んだとおりルルとナナリーを捨てたじゃないか。
喜びなよ、マリアンヌも聞く限りじゃお前にハチの巣にされたことも怒ってないみたいだったしね。
計画遂行のために、一歩間違えば死ぬような境遇にまでしちゃってさあ、何が不満なのさ?」
「でもっ、シャルルはあの二人を!」
「大丈夫、あいつ本人は愛してるつもりかもだけど、他人やルル達からすれば愛情でも何でもないから。
ルルはお前達二人をまとめてあの世に送って、それでおしまいにするってさ。
あの世で兄弟仲良く好きなだけ暮らせって言ってたよ、よかったね~」
究極の伯父孝行だろう、と笑うマオに、V.Vは叫んだ。
「シャルルの気も知らない癖に、そんなことを言うな!」
「お前が言うのかい、それを?説得力のカケラもないとはこのことだね」
ぐっと押し黙るV.Vに、マオは銃口を向けた。
「不老不死が実現することが世界に知られたら、またぞろ人体実験とか行う馬鹿が出そうだからさ、お前にはここで死んで貰うね。
もうコードもギアスもたくさんだ、消えてしまえばいい。
こんなものがあるせいで、みんな不幸になる」
どんな経緯でV.Vがコードを宿すことになったのかは知らないが、それがあったからこそラグナレクの接続などという計画に目がくらみ、まともに人間関係を築くことから逃避した。
自分も同じで、ギアスが原因で人の闇の部分まで深く知る羽目になり、人間から逃げた。
「・・・お前の気持ちもさ、解らなくはないんだ。むしろ良く解る。
自分を正しく理解してくれる人間だけがほしいし、好きになった子には自分だけを見てほしいさ。
でも、それじゃ駄目なんだよ。だってそうだろ?大事な人間は一人だけじゃないんだから」
自分にはC.Cだけだったから、C.Cに執着した。
だけどルルーシュ達と会ってから、世界が変わった。
愛情は一つだけじゃなくて、愛し方、愛され方もそれぞれあることを知った。
C.Cに自分は、養い子として一番に愛されていた。
だけど契約遂行者として、共犯者としては、ルルーシュが一番だった。
ギアスは効かないC.Cだけど、それがなくてもC.Cがルルーシュをそれだけではない目で見ていることにも、やがて気付いた。
ルルーシュは一番の座にナナリーを据えてはいたけれど、最近ではロロ、そしてシャーリーがその横並びになりつつあることも。
愛は万華鏡のように、人によってその姿を変える。
だけど自分に向けられるのは、形が変われども愛には違いなかった。
「お前の不幸はさあ、それに気付かなかったことさ。
僕にはそれを教えてくれた人達がいたけど、お前にいなかったことには同情するよ。エディ達がいなかったら、僕はきっとお前と同じになっていた」
C.Cに愛されているのだと自分で自分に嘘をつき、きっとC.Cにそれを受け入れて貰えずに再度捨てられるか、悪くすれば殺されていた。
V.Vの最大の失敗は、受け入れてくれる人間を信じきることが出来ず、自らの不安を吐き出さずに、己の赴くままに邪魔者とみなしたルルーシュ達をシャルルの前から消そうとしたことだ。
あの時、シャルルに計画を必ず遂行するようにシャルルに訴えていれば、彼は兄の不安を知って何らかの手を講じただろう。
そのたった一言を伝えなかったことが、後に自らの首を絞める結果になったのだ。
「けど、それ以外にはまったく同情出来ないよ。
お前は八年前にマリアンヌを殺して、あんな母親だけどルル達から母を奪った。
その時点で、お前はもう誰からにも嘘をつかれたことに憤れる立場じゃないし、母を奪われたことに同情して貰う資格もない」
そして世界各地で戦争を引き起こし、直接間接に数多くの子供から親を奪い、親から子供を奪ったシャルルも同様だ。
だから、もうこの話は終わりなのだ。
「えっ、えっ、えっ・・・だって、僕はシャルルと一緒にいたかっただけなんだ。
生まれる前からずっと一緒にいたんだから・・・それだけだったのに・・・なんで・・・」
「それだけのために何でここまでしなきゃならなかったのか、僕らのほうが聞きたい。
いーかげん目的と手段が入れ替わっていたことに気づいたら?もう遅いけど」
えづき泣くV.Vに冷たくそう吐き捨てたマオが向ける銃口を、V.Vは泣き濡れた瞳で見つめた。
引き金の低音が、耳に重く響き渡る。
「シャルル・・・助けてよ・・・シャルル・・・!」
「執着と嫉妬ばかりの人生、お疲れ様。ばいばい、―――」
もうずっと弟にしか呼ばれたことのない本名でV.Vを呼ぶと、マオは彼に向けて銃弾を撃ち放つ。
響き渡る銃声の後、V.Vの額に小さな穴がうがたれた。
「やっ・・・!シャルル・・・」
一筋の血がV.Vの顔を伝い、V.Vの身体がどさりと地面に崩れ落ちる。
急速に目から力が失われた彼は、最後の力を振り絞って手を挙げた。
何かを掴もうとしたその手はすぐに力を失い、やがて彼は目を閉じた。
「・・・死んじゃったか。馬鹿だよねえ、こいつも。
ま、人のことは言えないかなあ、僕も」
過去の自分を思い返したマオはV.Vの脈を取って死亡したことを確認すると、用意していた棺を残っていたマグヌスファミリアの一族達に運んで来て貰い、V.Vの遺体を納めた。
この神根島からもう少し沖合にある海域はサメが多く生息しており、戻ってきてから遺体に石をくくりつけて放り込む予定である。
非道な手段だが、万が一にもV.Vの遺体が発見されてDNA検査などでシャルルと双子の兄弟だなど知られてはならない。
今の時代の科学技術の高さと、何がきっかけで何が起こるか解らない以上、やむを得なかったのだ。
「さて、あとはルル達がうまくやればいいけど・・・」
マオはそう呟くと、黄昏の扉に視線を向けて彼らの帰りを待つのだった。