第六話 同情のマオ
翌日夕刻、シンジュクゲットーにあるルルーシュの隠れ家でエトランジュはC.Cと会っていた。
「事情はある程度ゼロより伺っておりますが・・・いくら何でも、何も知らない人間にギアスを与えて利用するのは酷くありませんか?
ましてギアスの暴走と言う必ず伝えなくてはいけない事すら教えないなんて」
冷たいエトランジュの声に、C.Cはいつものように涼しげな態度で応じた。
「解っていてやったんだ・・・私は魔女だからな」
「私にはコードを持っただけの普通の人間の女性に見えますが」
思いもしなかった台詞で言われて、C.Cは驚いたようにまばたきする。
「お前には、私が普通の人間に見えるのか?」
「ええ、どこにでもいる普通の女性に見えます。だから、こうやって苦情を申し上げているのではありませんか」
貴女は人間以外の存在に、こうやって懇々と苦言を呈したり説教したりということをするのですかと言われ、C.Cはなるほどと笑みを浮かべた。
「そうか・・・人間扱いされるのも、ルルーシュ以外では久々のことだな」
生まれた時から孤児で奴隷として売られ買われた日々。
やっと自分を望んで愛してくれる人がいたと思えば、自分をいわば生贄として利用するために選ばれただけだった。
ギアスでしか愛を得られず、それ以降は魔女として疎まれた。
けれど目の前の小さな女王は、自分が人間に見えるからこそこの行為に怒っているのだと言う。
(ルルーシュとは違った意味で、初めてだなこんなやつは)
「とにかく、これからマオさんに会いにいくわけですが、貴女には必ずして頂きたいことがあります」
「なんだ?」
「マオさんに謝って下さい」
C.Cがどんな目的でマオを拾い、そして何故捨てたかを正直に言い、その上で謝るべきだとエトランジュは言った。
「人間相手に迷惑をかけたら謝るべきだと、私はお母様から教わりました。
貴女は理由があったとはいえマオさんを大事に育てたのかもしれませんが、彼を歪む原因を作ってしまったのですから」
「解った・・・今日、トウキョウ租界の小さな遊園地で会う手はずになっている。
ルルーシュが当分の間、そこへ誰も入れないようにするそうだ」
「解りました。では、参りましょう」
エトランジュは隠れ家の外で見張りをしていたジークフリードとC.Cの三人で、トウキョウ租界へと戻った。
約束の時間までまだあるので、エトランジュは先にアルカディアやクライスのお土産としてタコヤキやタイヤキを買いたいと言ったが、冷めるとまずいと言われて断念する。
「せっかく桐原公からお小遣いを頂きましたのに・・・日本の美味しいものを買って、みんなで食べようと思っていたのですが」
日本の食べ物は、こうやって細々と屋台で売られているものだけで、物珍しさからブリタニア人、懐かしさから日本人が買っていく程度のものだった。
「昔頂いた赤福も、もう売っていないそうです。何か他にないでしょうか・・・」
屋台を見回してみると、apple candyとcotton candyと書かれた屋台を見つけた。エトランジュはなんだろうと思って近寄ると、確かに林檎を飴でくるんだものと、綿のようなお菓子が並んでいる。
「わあ・・・これ、何て言うんですか?美味しそうです」
目を輝かせて尋ねるエトランジュに、名誉ブリタニア人の男が丁寧に説明する。
「これはご覧のとおり、林檎を飴でくるんだものです。少し食べづらいですが、甘くて美味しいですよ」
「私には甘すぎそうなので合いそうにないな・・・」
ジークフリードが果物の飴漬けと聞いて胸やけがしそうな顔をしたが、エトランジュはニコニコしている。
「こちらは砂糖を機械で綿状にした飴です。手で食べるとベタベタしますが、こうやって割りばしで絡めれば・・・」
店員が器用に機械から出てきたわたあめを絡め取ると、まるで雲が割りばしに刺さっているかのようだ。
「わあ、綺麗!あの、これお土産に持って帰りたいんですけど・・・出来ますか?」
「はい、もちろんです!こうして袋に詰めれば・・・リンゴ飴もビニールに包めば大丈夫ですよ」
「じゃあ、林檎飴とわたあめを十人分ずつ」
「どれだけ食うつもりだお前」
C.Cが思わず突っ込むと、エトランジュは実に嬉しそうな表情で答えた。
「だって、おじ様方やお友達の方にも配りたいんです。きっと皆さん、喜んで下さいます」
おじ様方とはキョウト六家の面々で、お友達の方とは神楽耶のことだ。
日本奪還を目指して日々粉骨砕身している方々に、せめてもの差し入れをというエトランジュに、C.Cはナリタで会って以来常に感情を抑制しているように見えた彼女の本質を垣間見た気がした。
ふとジークフリードを見てみると、彼は無表情でわたあめが作り出されているのを年相応に興味津々に見ている主君を見つめている。
「凄い、砂糖が綿みたいに・・・どうやって作るんですか?」
「機械ですから、詳しい事はちょっと・・・はい、どうぞ」
大量に積まれた林檎飴とわたあめに、エトランジュは少し重そうに受け取った。
「けっこうかさばるんですね」
「わたあめは食べようとすると量はそれほどでもないので、それくらいじゃないと物足りないんですよ」
「そうなんですか・・・あ、これお代です」
先に荷物になる物を買ってしまったが、夜になると名誉ブリタニア人は特例を除いて帰宅しなければならないため、屋台が閉まってしまうから仕方ない。
こうして時間を潰すこと二時間後、マオとの約束の時間の十五分前に、エトランジュ達は待ち合わせ場所である遊園地にやって来ていた。
「マオさんとおっしゃる方は、白い髪で背の高い男性・・・でしたよね?年はお幾つですか」
「十一年前の六歳の時にギアスを与えたから・・・十七歳のはずだ」
「アルカディア従姉様より年下なのですね」
(そういえば、ルルーシュとも同じ年になったんだな・・・)
マオと出会ったのは十一年前で、それからはずっと彼を育てて暮らしていた。だがある日マリアンヌとシャルル、そしてV.Vと出会い、“ラグナレクの接続”という計画を知らされ、それならマオにコードを押し付けなくてもよくなると思い賛同した。
それ以降はお飾りのギアス嚮団の嚮主になり、マオには内緒でブリタニア首都のペンドラゴンの宮殿とギアス嚮団本部にたまに顔を出していたが、それでも彼と暮らしていた。
だが七年前にマリアンヌが殺され、シャルルとマリアンヌ、V.Vに不信を抱いたC.Cは当初の計画通りマオにコードを渡そうとしたが・・・結局、出来なかった。
嫌なことを後回しにしていたツケが今回ってきたと、C.Cは自嘲した。
暗い園内で三人で待っていると、いきなり電気が点灯しメリーゴーランドが回り出した。
「C.C~!来てくれたんだね!余計な子もいるみたいだけど・・・」
白馬に乗った王子様、と己で言いながら現れたマオは、ぎろりと鋭い目でC.Cの横に立つエトランジュを睨みつけた。
「何だよ、お前・・・僕を説得に来たんだろ?どうせ無駄だと・・・思うけど・・・」
マオは初めこそバカにした様子だったが、だんだん語尾が小さくなっていく。
エトランジュはいきなりな登場の仕方に初めこそ瞬きを繰り返して呆気に取られていたが、すぐに表情を引き締めてマオを見つめた。
「初めまして、こんばんは。私はエトランジュと申します、マオさん。
C.Cさんから貴方のお話は伺いました。だから、私と話をして頂けませんか?」
「う、うるさいうるさい!何だよ、僕に同情してるのか?!
そんなの僕はいらない!C.Cがいればいいんだ!!」
「はい、それは解っています。でも、それは私達が困るのです。
だから、丸く納まる方法を考えてみたので、検討して頂きたいのです」
「なんだよ、確かにその方法なら、何とかなるかもしんないけど!!その方法はすぐには使えないんだろ!
日本が解放されるまではたぶん無理だって、それまで僕はどうしろってんだよ!
それに、その方法でギアスが僕からなくなったって、今更僕は人間となんか暮らせないんだ!!
C.Cとじゃないとだめなんだよ僕は!!」
エトランジュの心を読んで彼女の提案する策を知ったマオだが、頑なに拒否してメリーゴーランドから降りた。
だが、それでもエトランジュが己に同情はしても悪意は持っていないことは理解しているのだろう、ゆっくりとエトランジュとC.Cに歩み寄る。
そしてギアスを使いエトランジュの記憶を読み取ると、だんだんその顔から血の気が失せていく。
「それに・・・嘘だよねC.C。僕に不老不死のコードを押し付けるつもりだったなんて・・・ね、僕にそんな酷いことするつもりだったなんて、この子の勝手な推測なんだろ?」
本当は自分ですらそのとおりだと心の底では解っているだろうに、マオは震える声でC.Cに否の答えを求めた。
「・・・すまない、マオ。私はお前を・・・」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!C.Cがそんなことを僕にするはずがない!!」
「そうですね、マオさん。C.Cさんは貴方にそんなことが出来なかった。だから、貴方の元から去ったのです」
エトランジュが静かな声でそう言うと、マオは荒く呼吸を繰り返しながらエトランジュを見た。
「貴方を大事にしていたから、貴方に辛い運命を押し付けることが出来なくて・・・でもコードを自分から消したくて・・・・だから貴方を置いて行ったのです」
「でも、でも!僕はC.Cがいないと生きてけないんだ!独りは嫌なんだよ!
だから僕が死ぬまでは傍にいてよ、お願いだから!!」
エトランジュの言葉が真実だと知ったマオは、それでもC.Cを頑なに求めた。
そして常に誰かと共にいるエトランジュには、マオの気持ちが痛いほど解る。
独りで生きていくことが、どんなに怖いか。そしてたった一人と決めた存在が失われたことが、どれほど恐ろしいことか。
だから、エトランジュは言った。
「貴方の気持ちは解りますよ。貴方の人生に、C.Cさんは大きな責任がありますからね」
「そうだよね、そうだよね!だからC.C、僕と一緒にオーストラリアに行こう。僕、家を買ったんだ!」
エトランジュから同意を得られて嬉しそうな声で言うマオだが、心の中でエトランジュが思っていることを知り、台詞が止まった。
「何だよ、だけどC.Cを連れていかれたら困るって・・・ブリタニアがC.C狙ってるからって・・・!」
「C.Cさんがブリタニア軍に捕まって、人体実験を受けていたことは今ご存じになったかと思います。
ただでさえ不利な中、ブリタニアにギアス能力者を大量に得られたら困るのですよ」
「そんなの、僕には関係ない!」
「でも、オーストラリアに一緒に逃げたとしても、また貴方もろとも捕まってしまうかもしれませんよ?
貴方は特に、戦争に便利なギアスをお持ちですし・・・」
「う、うるさい!・・・そーだ、いい事を教えてあげるよエディ。ゼロの正体」
エトランジュが真っ正直にC.Cがブリタニアに連れていかれたら己が困ると告げたのと同時に、本当に自分を心配してくれているのだとマオは解ったが、人間と言う存在を信じていないマオは彼女の醜い部分が見たくなった。
ゼロがブリタニアの皇子と知れば、きっと彼女は騙されたと怒るに違いない。
「ゼロはね、今のブリタニア皇帝の末の皇子なんだよ!彼は自分を捨てた父親に復讐したくて、君達を利用しているにすぎないんだ!」
C.Cが止めるより先に、マオは満を持して暴露した。
にやりと笑みを浮かべてエトランジュを見やると、彼女は目を小さく見開いた後口を開いた。
「そうですか・・・ブリタニア皇帝は子供を捨てるような人なんですか。それなら怒って仕方ないですね」
「え・・・何で君、ルルに対して怒らないのさ」
マオが理解不能というような顔で尋ねるのを見て、C.Cも驚いた。
彼がそう言うからには、本当にエトランジュは怒っていないのだろう。
「どうしてって・・・親から捨てられた子供が怒るのは当たり前でしょう?
マオさんだって、C.Cさんからいきなり捨てられて怒ってらっしゃるのではありませんか?」
「怒って・・・怒ってるわけじゃない!ただ、C.Cを連れ戻したくて!!」
これまで見てきた人間とはまるで違う反応をするエトランジュが理解出来なくて、マオは必死で彼女を否定する。
「うるさいうるさい!何でお前怒らないんだよ!同じブリタニアを恨みを持つ者同士で同盟を結んでいくのに変わりない、理由は人それぞれなのは仕方ないって!!
何でそんな割り切って・・・割り切らないとやってけない?!戦争やってる時点で奇麗事じゃやってけないから・・・・?!」
マオが読んだエトランジュの考えは、こうだった。
戦争をしている時点で、奇麗事ではない。目的を達するためには、汚れた手段などいくらでも使わなければならない。
他人を利用するのだから、自分達も利用されても仕方ない。
ブリタニアを恨む人達は数多くてその理由もそれぞれだから、いちいち気にしていたら切りがない。
ゼロはブリタニアを恨んでいる。たとえその正体がどのようなものでも、彼の才能を頼りにしてブリタニアを倒そう。
ゼロの正体はブリタニアの皇子・・・でも父皇帝から捨てられた。なら自分達を利用はしても裏切りはしないだろうから、気にしなくてもいいだろう。
マオはエトランジュの理論は筋が通っている分、理解は出来た。ただ、感情で生きている彼は、そこまで理性で物事を捉えるエトランジュが理解出来ないのだ。
理解出来ないものを遠ざけようと両耳を塞いだマオに、エトランジュは心の声で語りかけた。
《聞こえますか、マオさん。どうか、私と話をして下さい》
「・・・・っ」
《ゼロの正体を教えてくれてありがとうございます。でも、それは今関係のないお話なのです。
貴方の今後について、話し合いましょう?》
「う、うるさい!お前、僕の能力が欲しいだけなん・・・じゃないんだ!あればいいかなって思ってるだけって!」
《はい、あったら物凄く便利だなとは思いますが、別にないならないで仕方ないので気にしません。
ですから、私の話を聞いて・・・貴方の話を私に聞かせて下さい》
「・・・・・」
《貴方には私のことが解っていても、私は貴方のことが解らないのです。話して下さらなければ、解らないのです。
だから、どうか話して下さいな》
ちゃんと聞くから。
だから、貴方の言葉を聞かせて下さい。
「・・・どうやって話せばいいのさ」
マオはこれまで、自分の考えを人に話すということをしなかった。
その前に他人の本音が透けて聞こえて、自分の真実を話すことが怖かったからだ。
C.Cは自分が言葉にしなくても、己のしたいことや話したい事を理解してくれたから、それでいいと思っていた。
だけど、エトランジュはそれでは解らないと言う。
「では、私の質問にゆっくりでいいので答えて下さい。いいですか?」
「解った・・・」
マオが小さく咳払いをすると、エトランジュは尋ねた。
「では、貴方はC.Cさんと一緒に暮らせれば、それでいいのですか?」
「うん・・・僕はC.Cが傍にいてくれればいいんだ。でも、それじゃ君達が困るしC.Cも困る。
ブリタニアはC.Cを狙ってるし、そしたら僕も危なくなる・・・だから、一緒にいようってことだろ?」
「そうです。でも、貴方のギアスの暴走はまだ治まりそうにないようですので、黒の騎士団にいるのは辛いことと思います。
だから、当分はC.Cさんと一緒にどこかで暮らして貰って、日本解放が成ったら遺跡を使ってマグヌスファミリアのコミニュティにいらして貴方のギアスを譲り受けたいのですが・・・その策についてはどう思っていますか?」
「・・・マグヌスファミリアに、“他人の能力を他の人間に移す”ギアス能力の叔母さんがいるから、僕のギアスを他の子に渡そうって・・・出来るなら、いいけど」
「前例はいくつかございます。暴走状態のギアスは、こちらとしても願ったりなことなので」
ブリタニアが遺跡を次々に手に入れてはいくつか作動させた形跡があったので、ブリタニアにもコード所持者やギアス能力者がいる可能性は濃厚だった。
そのためブリタニアからコードを奪う必要があると考えたマグヌスファミリアは、コードを奪える“達成人”になるべく、目下努力を重ねている。
ところがポンティキュラス家はギアスの適性が低いのか、実はいまだに暴走状態にすらなっていないギアス能力者ばかりなので、マグヌスファミリアとしてはマオのギアス能力と言うより暴走状態のギアスが欲しいというのが本音だったりする。
ただそれならマオにコードを奪わせるだけでもいいのだが、さすがに何も知らずにギアスを与えられて暴走状態にまでなってしまった人間に、そこまで背負わせるのは酷いと思ったのだ。
「・・・僕もこのギアスはいらないから、貰ってくれるならいいと思う。君達も利用価値があるから別にいいって思ってるみたいだし」
「では、ギアス能力を私どもに譲るという策は受け入れて頂けますか?」
「うん、構わないよ。でも、日本を解放して遺跡が自由に使えるようになるまで、僕はどうすればいいの?C.Cは・・・僕のこと」
利用していただけだったんだろ、という言葉を飲み込んだマオは、視線をC.Cからそらした。
そしてC.Cはゆっくりとマオに近寄り、彼の顔を見て言った。
「すまなかった、マオ」
「C.C・・・」
「私は孤児だったお前を見て、ギアスの素養があるとすぐに解った。もうこの長い長い生にケリをつけたかったから、お前にしようと思ったんだ」
だからギアスを与え、以前の自分がされたように大事に育てた。
マオのギアスは範囲型で、実はそれは常に発動するものではなかった。
「お前のギアスは“一度発動すると一時間持続する”ものだったんだ。
一時間経てばギアスはその後一時間使えなくなるというのが、制約だった」
「え・・・でもC.Cは一度もそんなこと言わなかった!」
「もし言えば、お前はギアスを使わなくなるだろう?そうなったらギアスの力は強まらず、暴走状態にならない。
だから私は誘導して、お前に常にギアスを使うよう仕向けたんだ」
C.Cとマオは、初めは中華連邦の小さな貧民街で暮らしていた。
マオの能力の詳細を知ったC.Cは、ここは治安が悪いからギアスを常に使うように言い聞かせたのだ。
もちろんいずれ暴走するなど、一言も告げないまま。
「お前はまだ小さかったから憶えてないだろうが、周囲の心の声が聞こえない時間帯があったはずだ。
それはギアスが使えない時間だった・・・その間に昼寝をさせたり勉強させたりして巧みに気づかせないようにしてな」
マオが大人になる頃には、きっと暴走状態になっているはずだ。そう思っていたのに、予想外にギアスの成長が激しくすぐに彼のギアスが暴走した。
自分に縋りついて怖い怖いと言う幼い彼にコードは渡せなかったから、C.Cはせめて彼が大きくなるまでと思い、彼の傍にいることにした。
紆余曲折あってマリアンヌやシャルル、V.Vと出会い、“ラグナレクの接続”計画で彼にその運命を負わせなくなると思ったのだが、それも駄目で。
だから、マオに呪いを渡して終わりにしようと思った。
だけど。
『ざぁんねん!あなた、騙されちゃったの!!』
ああ、自分はあの時眼が眩むほどの絶望に我が身を覆われたというのに、同じことをしようとしたのだ。
「お前が成長した後も、心が子供のままのお前にコードは渡せなかった。
だから、今度はコードを背負っても強く生きていけそうな奴に渡そうと思ったんだ」
「それが、ルル?」
「そうだ。あいつは言ったよ、『それでもいい』と」
「・・・嘘だ」
「本当だ」
C.Cにきっぱりと断言されて、マオは震えた。
「嘘だ!僕の方がC.Cのこと想ってるはずなのに、僕が思っていないことをあいつが思ってるはずがない!!」
「マオさん、愛情の示し方は一つではないのです。マオさんにはマオさんの愛し方が、ゼロにはゼロの愛し方がある・・・それだけの話なのですよ」
エトランジュの正論に、マオはその通りだと納得しつつも頭を振る。
「う・・・!でも!」
「C.Cさんも、貴方を利用するつもりで育てた。でも、貴方を愛していたからこそ捨てた・・・どちらも本当のことで、それもまた愛情の一つではあったのでしょう。
C.Cさんにとっての愛情がコードを受け取ってくれるものであるなら、貴方はコードを自分に宿さなくてはならなくなりますよ?」
「・・・・」
「愛情は簡単なようで複雑です。
考え込んでも答えは出ないので、一つだけ言えることは“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”ということくらいですね」
「“自分が嫌なことは他人にもしない方がいい”・・・じゃあC.Cは、僕にコードを渡さなかったの?」
「・・・そうだな、何の覚悟もないのに渡すものじゃないからな」
C.Cはそう答えると、マオを抱き寄せて再度謝罪した。
「すまなかった、マオ。ごめん」
「C.C・・・わあぁぁぁん!!」
マオはC.Cの胸に顔を埋めて泣いた。
自分を捨てたと思って、怒って泣いた。
だけど自分を捨てたと信じたくなくて、本当は自分と一緒にいたいんだと思い込もうとして、無理やりにでも連れて行こうとした。
本当は解っていた。C.Cが自分に何かを望んでいたということは。
でもそれを聞きたくなくて、C.Cがルルーシュを選んだ理由からわざと耳を塞いだ。
自分は醜い本音が嫌いだったのに、自分で自分に嘘をついていたのだ。
「僕、僕もうやだよ!こんな力もういらない!エディ、エディはこの能力が必要で持っていってもいいんだろ?!」
「ええ、私達にはあればいい能力です。
でも、残念ながらまだそれは出来ないのです・・・隙を見て叔母様がこちらに来ることが出来ればいいのですが、今の状況では難しいと思います」
以前に遺跡に到着してすぐにブリタニアの軍人や研究者をみんな殺してしまったため、恐らく警備はもっと強くなっているだろうと言うとマオは納得はしたが駄々をこねるように叫んだ。
「それまで、僕はどうすればいいの?C.Cはルルの手伝いしなくちゃいけないから、ずっと僕の傍にいるの難しいかもって思ってるじゃないか」
「ならば、俺がどうにかしてやろう」
唐突に傲岸不遜な声が、一同に響き渡る。
声のした方向に振り向くと、そこには黒髪で美しい紫電の瞳を持った少年が立っていた。
「ルルーシュ・・・来たのか」
C.Cが半ば予想していたように呟くと、エトランジュはルルというゼロの愛称らしき呼称から、それがゼロの本名だと悟った。
「貴方が、ゼロなのですか?」
「ええ、エトランジュ様。実はずっと、会話は聞いておりましたので・・・正体がばれてしまったのなら、もういいと思いましてね」
C.Cに仕掛けてあった盗聴器を指すと、エトランジュはそうですか、とあっさり納得した。
「本当に怒らないんだねえ、君」
「ゼロの立場を思えば、当然かとも思うので」
「そっか・・・いろんなこと考えなきゃいけない立場って、大変なんだね・・ああ、そんなことがあったんだ」
エトランジュの記憶を読んだマオは、彼女がどうして理性的に物事を捉えるかを知り、生まれて初めて他人に同情した。
「『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』か・・・そんなこと言われたら、そうなっちゃうよねぇ」
「そう言われてしまうのも、無理はなかったのです。当時の私は本当に、何も知らないままでいようとした愚かな小娘でした」
エトランジュはこれ以上さすがに己の暗い過去に触れられたくはなかったらしく、ルルーシュに向き直った。
「ゼロ・・・ルルーシュ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「ゼロとお呼び下さい、エトランジュ様。ただ、租界内で会った際はルルーシュと」
「解りました・・・では、本題に戻りましょう。どうにかしようとは、どういう意味でしょうか?」
エトランジュの問いにルルーシュが答えようとすると、その前に考えを先読みしたマオが嬉しそうに笑った。
「わざわざ実験までしてくれたんだ、ルル。そっか、その手があったんだ」
「マオ、お前は考えを読めるからいいだろうが、エトランジュや私には解らないんだ。
きちんとルルーシュの説明を聞いてやれ」
C.Cに窘められて、マオがルルーシュに言った。
「解ったよ・・・じゃあルル、説明してあげてよ」
「ああ・・・一言で言えば、“俺のギアスでマオのギアスを制御する”」
ルルーシュの簡潔な説明に、エトランジュが疑問の声を上げる。
「なるほど・・・しかし、ギアスの暴走は生理現象のようなもの。ギアスで止められるものなのでしょうか?」
「俺のギアスの有効範囲は、かなり広いのです。
自殺をさせたり毎日同じ行為をさせたりも出来ますが、記憶を消したり逆に“こういうことがあったと思い込め”ということも可能です」
「ギアスで能力がないものと思い込めとか、そんな命令で打ち消すということでしょうか?」
「いや、それだとマオが日本にいる間、マオのギアスが使えなくなります。
彼にはブリタニア軍人から情報を集めて貰いたいのですよ」
「ああ、あの女の子が撃った軍人の情報ね。ルル、僕のギアス使う気満々だぁ」
「お前がシャーリーにかけた迷惑料だ・・・それくらいは働け」
マオの言葉にそっけなくルルーシュが言うと、マオはえーと頬を膨らませる。
それを見たエトランジュが、眉根を寄せて尋ねた。
「マオさん、貴方はシャーリーさんとおっしゃる方に、何かご迷惑をかけたのですか?」
「う・・・ルルとちょっと心中して貰おうと・・・心理誘導した」
さすがに口にすると多少の罪悪感は出てきたらしい。マオが視線を逸らしながら答えると、エトランジュは大きく肩をすくめた。
「いいですか、マオさん。人間関係の基本は二つあります」
人との付き合い方が解っていない彼のために、エトランジュは懇々と説いた。
「“自分がされて嫌なことは他人にもしてはいけない”ことと、もう一つは“他人に迷惑をかけてしまったらごめんなさいと謝ること”です。
この二つさえ出来たら、大概の人間関係はうまくいきます」
もっとも、言うほど簡単なことでもないみたいですけど、とエトランジュは複雑そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、僕シャーリーに謝って来るよ・・・それでいいだろ?」
「エトランジュ様のご意見はもっともなんだが、今お前が会いに行くとシャーリーは卒倒する。
自分のしたことに罪悪感で死にそうなほど青くなっていたんだからな」
自分のギアスで操ったのとは違い、シャーリーは誘導されたとはいえ己の意志でやろうとしたのだ。
ただ愛する人と一緒にいたいという純粋な想いは、方向性を間違うと恐ろしいものになる。
「お前がそれを一番知っているだろうに、自分だけは別だと思うなよ、マオ」
「・・・ごめん、ルル」
「俺に謝るな、シャーリーに言え・・・と言いたいが、今は無理だ。
だから頼む・・・シャーリーの安全のために、ヴィレッタ・ヌゥの情報を集めてくれ」
もともと巻き込んだのはマオではなく自分のせいだと、ルルーシュは思っている。
マオにばかり責任を負わせるつもりはないが、政庁にうかつにハッキングなどを仕掛けて藪蛇をつつく結果になってしまっても困る。
その点マオなら軍人が集まる場所にアルカディアと共に行って貰えれば、ヴィレッタの情報がすぐに集まると考えたのだ。
「いいよー、借りは返さないと気持ち悪いからその件はOKだよ」
「よし、ならやるぞ・・・俺の目を見ろ」
マオが頷くと、ルルーシュは説明するより早いとばかりに左目に赤い羽根を羽ばたかせてマオに命じた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!
お前のギアスで聞こえる心の声は、“自分の意志で聞くものでない限り”全て聞くな!!」
その声がマオの脳裏に届いた瞬間、彼の両目が赤く縁取られる。
「うーん・・・あれ?」
マオは少し瞬きしたが、生まれて初めての違和感に眉根を寄せる。
「あれ・・・すごい!やったやった!」
「どうした、何か不具合でもあったか?」
C.Cがマオの髪を撫でてやりながら問うと、マオはパアっと顔を明るくして言った。
「うん、あのねC.C!凄いよ、心の声が聞こえないんだ!
ルルの声も、エディの声も聞こえない!!」
嬉しそうにはしゃぐマオに、“自分の意志でなら聞こえる”ようになっているのかを確かめるべくエトランジュが言った。
「本当ですか?では、試しに私の心を読んでみてくれますか?」
「う、うん・・・あ、そしたら聞こえた」
マオが“エトランジュの声を聞きたい”と念じると途端にギアスが解放されるらしく、エトランジュの心が聞こえてきた。
「おそらくだが、マオのギアスは暴走したままだと思う。ただ、俺のギアスで“心の声”に関する感覚のみが遮断されたというところだろう」
ルルーシュはエトランジュからマオのギアスを自分の一族の人間に移すという策を聞いた時、それをマオが受けいれる公算は少ないと思っていた。
というのもその案自体はいいのだがすぐに実行出来るものではないため、それまでの間どうすればいいのかという問題が生じる。
彼女はその間C.Cとどこかで暮らせばいいと思っていたようだが、C.Cは自分としても必要なため、正直困る。だからルルーシュはギアスを使い、いくつかの実験を行った。
適当な人間に“俺が何を言っても無視しろ”・“自分の気に障る言葉は忘れろ”といった大雑把なギアスをかけてみたところ、それらは全て通じた。
他にも外道な命令をしても良心が咎めない人間に“熱湯に指を浸しても痛みを感じるな”というギアスをかけてみると、その人間は無表情で熱湯に指を浸していた。
つまり絶対遵守のギアスは、人間の感覚をある程度制御出来るということになる。
だからルルーシュはギアスをなくすことは出来なくても、感覚を制御すればいいと考えたのである。
ルルーシュの説明に、マオはくるくると回りながら叫んだ。
「なるほどー。ああ、誰の声も聞こえない!!こんな清々しい気分は初めてだ!」
今にも踊りだしそうなマオは、年齢がもう少し幼ければ貸し切りの遊園地で我を忘れて遊ぶ子供のようだ。
「ありがとう、ルル!ありがとう、エディ!」
マオは生まれて初めて、C.C以外の他人に感謝した。
多少の打算はあったとしても、それでも自分のためを思って力を貸してくれた二人。
人間の本音など、醜くて汚いと思っていた。
他人の嘘も、だからこそ醜いだけだと信じていた。
だけど、エトランジュは心の声で自分に言った。
《優しい嘘は好きですよ、綺麗ですから。
でも、怖い本音は嫌いです・・・泣きたくなりますもの》
マオも優しい嘘は好きだ。C.Cの綺麗で優しい嘘に包まれていたかったのだと、あの時に気づいた。
けれどマオが一番好きなのは、優しい本音だ。
エトランジュは心の底から自分に同情し、そして心配してくれていた。
だから即座にマオを殺そうとしたルルーシュを止め、拙いながらも代案を出して救おうとしてくれたのだ。
自分のギアスが欲しかったのも本当だが、自分を心配する心もまた真実。
でも、もしこの案をマオが呑まなかったら彼を殺すことに同意するつもりだったから、そうなるのが嫌たったことも。
(こんな子、初めてだなー。それに、この子も可哀想・・・人なんて殺したくないのに、でもやらないといけないなんて)
マオはエトランジュはある人物から『奇麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』と詰られ、それ以降は自分が取りたくない手段を出された場合代案を考えるようになり、それでも駄目なら相手の意見を受け入れるようになったことを知っている。
ただ人が死ぬのを見たくないと強く思っている彼女が、同時に暗殺を提案し、自ら手を汚すこともいとわぬ覚悟を持っている理由が彼女らしくはあったが哀れなものだった。
(“人の嫌がることは自分が嫌なことでも進んでやってあげなさい”、か・・・殺人なんてそりゃ普通は誰でも嫌がるだろうけどさ)
王族として生まれど、普通の教育と愛情を受けて普通に育ってきた少女。
戦乱の時代でさえなければ確実に幸福になれたはずなのに、征服された王国の唯一の王の娘として生まれたことが、彼女の不運であった。
(ちょっとくらいなら、協力してあげてもいいかなー。借りは返さないと気持ち悪いし)
マオはそう内心で決めると、とりあえずシャーリーが撃ったヴィレッタ・ヌゥの情報を集めるついでに、彼女の故郷を滅ぼしたコーネリアの情報も集めることにした。
極秘でどこかに行く情報でもキャッチできれば、自分を認知出来なくするギアスを持つアルカディアが暗殺出来るだろう。
「ねえ、話がまとまったところでさ・・・僕はさしあたってどうすればいい?」
「ゲットーに部屋が借りてある・・・中華連邦人のお前ならそっちのほうが目立たない」
ルルーシュが言うと、エトランジュも言葉を添えた。
「キョウトの方々には、貴方の事は母の縁戚として私に協力をするために来日してくれたと話をつけておきます。
母は中華とイタリア人のハーフなので、それで通じると思いますから」
エトランジュの母・ランファーは、父が中華、母がイタリア人のハーフだ。ただ彼女が五歳の頃に両親が離婚して父親に引き取られたが、十歳の頃に父が亡くなったので母の元に引き取られてイタリアに移り住み、大学時に父・アドリスと出会ったのである。
「正直祖父のことは詳しく聞いていないのですが、適当に話を作っておきます。 なので、マオさんも黒の騎士団の方とお会いした時はそのようにお願いします」
「それならゼロがマオを捜させた理由も“エトランジュ女王の縁戚”ということが出来ますね。よし、それでいこう」
ルルーシュがそう話を締めくくると、エトランジュはC.Cに言った。
「では積もるお話があると思いますので、今夜はマオさんとC.Cさんお二人でお過ごし下さい。くれぐれも、喧嘩はなさらないで下さいね」
「解ったよ・・・C.C」
「ああ、久々に一緒に寝るか、マオ」
C.Cが差し出した手をぱあっと顔を輝かせて取ったマオは、嬉しそうに歩きだす。
「ではルルーシュ、騎士団に顔を出す前にゲットーの部屋に来い。マオに旨いピザの味を教えたいからな」
「それはつまり、俺にピザを作って持って来いということか?」
「ゲットーにピザなど宅配してくれないからな。いいな」
C.Cは一方的にそう要求すると、浮かれるマオと共に姿を消す。
「くっ、あの魔女!」
「いいではありませんか、丸く収まったのですから。話し合いで解決するって、気持ちいいですね」
エトランジュがたしなめると、歯軋りしていたルルーシュはそれもそうかと息を吐く。
「そうですね・・・こういうのも、悪くはない」
血生臭い戦争よりも、綺麗な手段。出来るなら、その方がいいに違いない。
愛しい妹が望んだ、“優しい世界”にふさわしい。
「では、俺も戻ります。俺の正体は、桐原公しか知りません。
ですから、俺の正体に関する事は、彼とだけ話をして頂きたい」
念を押すルルーシュに、エトランジュは了承した。
「解りました。では、これで」
二人が別れて遊園地を出ると、そこにいたのは親指を立てて笑う仲間達だった。
「うまくいったみたいね、エディ。一応心配で見ていたけど、その必要なかったわ」
「アルのギアス、心の声も認知出来なくするみたいだな。お陰で全然気づかれなかった」
アルカディアとクライスが笑い合うと、エトランジュは嬉しそうに微笑んだ。
「では、美味しいお菓子を買ったのです。みんなで帰って食べましょう」
ジークフリードは息子に荷物を半分押し付けると、一行は租界の桐原邸へと歩き出す。
他愛もない話をしながら歩いて行くその一行は、途中ブリタニアの軍人とすれ違っても気にされないほど自然だった。