第四十二話 フレイヤの息吹
エーギル駐留軍が基地ごと消失したという報告がペンドラゴンにもたらされた数分後、その中心に存在する壮麗な宮が連なるブリタニア皇宮。
その中のさらに中心のひときわ煌びやかな装飾で彩られたブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが住む宮殿に、その主の姿はなかった。
「陛下、陛下はいずこにおわす?」
「この宮にはいらっしゃらないようだ・・・侍女や侍従も居場所は知らぬと皆口を揃えて言っている」
そう囁き合うブリタニア軍人達は眉をしかめながらも、自らが所属する最高司令官へと通信を入れた。
「シュナイゼル殿下、皇帝陛下のお姿は確認出来ませんでした。
また、親衛隊およびナイトオブラウンズのドロテア・エルンスト、さらにナイトオブワンのビスマルク・ヴァルトシュタインの姿もなく、宮殿には侍従と侍女がいるばかりです。
現在他の后妃方の宮も探索に当たっておりますが・・・」
「いや、それはいい。あの方のことだ、后妃のところにはいないだろう。
陛下の姿がないのなら、宮殿の主要個所を抑えればそれで目的は達成される。
次の指示があるまで、そのままブリタニア宮殿に待機していたまえ」
「イエス、ユア ハイネス!!」
淡々と指示を出す弟に、力なく椅子に腰かけたオデュッセウスは頭を抑えながら言った。
「・・・君がまさかこんなことをしでかすとは、考えてもみなかったよ」
「世界を平和に導くためです、兄上。このまま戦火が鎮まらなければ、世界は疲弊するばかりだ。
そのためにも、もはやこの戦争は早急に終わらせるべきなのです」
「それはその通りだが、だからと言ってあんな兵器を生み出していい理由にはならない!
クーデターを起こし父上を退位させるだけならまだ理解出来るが、何故あんなことを・・・!」
戦乱を終わらせるために戦争をけしかけ続ける父シャルルを排除する、というのなら理解出来るし、当初はそう聞かされて自分はクーデターに加担することを承諾した。
さすがに殺すのはあれでも父なのだからためらうが生涯幽閉にでもしておき、超合集国連合やEUとの戦争を終結に持っていくようにするはずだった。
ブリタニア国内が落ち着くまでの間、黒の騎士団がブリタニア大陸に攻めてこないようにするつもりだとも言っていたから、てっきり休戦条約でも結ぶのだろうと考えていた。
ところがシュナイゼルは何を思ったか、黒の騎士団をエーギル駐留軍ごと葬ろうと、口にするにもおぞましい兵器を使用したのである。
「この世界の戦火の中心にいるのは父上とゼロだ。
この二人を排除し、戦乱を望んでいない人間で世界をまとめるべきです」
超合集国連合をユーフェミアが、EUをエトランジュが、そしてブリタニアをオデュッセウスが治めればいいと言うシュナイゼルに、オデュッセウスは茫然となった。
理屈は納得出来るのに、何故手段がこれほど理解を超えるものになるのか解らない。
弟の歪んでいる理想の実現方法に、弟の所有物であるダモクレス内に閉じ込められている以上、何の手も打てないオデュッセウスはもはや力なく椅子に座りこんで身じろぎもしなかった。
「父上がいないのなら好都合です。兄上が御即位し、そのうえで戦争停止を宣言すればフレイヤの威力をあちらも知った以上、ブリタニアにうかつに攻め込むことはしないはずです。
その後エリア支配をしていた国々に対する適正な賠償交渉、人体実験を行っていた者達に対する処断を行えば、謝意を示したブリタニアに戦争を仕掛ける理由はなくなります。
さらに戦争を行おうとする国にフレイヤを落とせば、もはや世界は争わなくなる。
我々はそれを、ダモクレス内で見守りましょう」
「・・・シュナイゼル」
フレイヤの威力を背に強制的な平和への道を指し示そうとする弟を、オデュッセウスは得体の知れぬ人間を見るような目でただ見つめている。
穏やかで父シャルルの覇権主義の元でも自分よりも犠牲なく穏健に物事を推し進めているように思っていたのに、何故このような手段をと聞きたいことは山ほどある。
しかし言葉の端々から、シュナイゼルは自分とは異なる感性と思想を持っていることに気付いたため、己の説得を受けないことを悟ったのだ。
今になってシュナイゼルの持つ闇に気付いたところで、もはや手遅れだった。
黙りこくったオデュッセウスを無視して、シュナイゼルは何やら通信機に向かってあれこれ指示を飛ばしている。
(まさかユフィはすでにシュナイゼルの異常さに気付いたのか?
だから兄弟の誰もが頼りにするシュナイゼルに何も相談することなく、合衆国ブリタニアを創ったのだろうか)
もしそうだとしたら、あの頼りなげな三番目の異母妹は実に人を見る目があったということだろう。
的確に協力者を集め、特区を成功させて今もブリタニア人に悪いことがないようにと合衆国ブリタニアを治めていることからも、彼女は為政者として充分な力をすでに持っているようだ。
オデュッセウスはギアス嚮団による人体実験のニュースを知ってから、神聖ブリタニア帝国がそう長くはないことをうっすら悟っていた。
だから黒の騎士団によっていよいよブリタニアが追い詰められた時、自分が矢面に立ってブリタニア国民に被害がない形に持っていって降伏するつもりで、ペンドラゴンに残った。
父シャルルと皇太子として自分が責任を取ることで政治の場から退き、優秀なシュナイゼルがユーフェミアを補佐していけばそれが理想だと思った。
(・・・こんなことなら、最初から自分も合衆国ブリタニアに参加表明してブリタニアを出ればよかった)
後悔することしきりでオデュッセウスは何度目か解らない溜息をついたが、そこでふと思った。
(だが、何故シュナイゼルは自ら即位しない?
穏健派と言われる僕を皇帝にすることで世界に対してこれからのブリタニアは平和路線で推し進めるとアピールするつもりかもしれないが、味方ごと殺戮する兵器を擁している時点でそんなものがいったい何の役に立つ)
現につい先ほどのエーギル基地の件を聞いて抗議に来た自分を見ても、未だにシュナイゼルは自分を即位させるつもりのようだ。
(・・・いや、もうそんなことはどうでもいい。この国は、もう終わりだ)
父を止められず、弟の仮面に気付かなかった無能な自分を、もはや誰も本当の皇帝として認めまい。
そしてこのような未曾有の破壊兵器を生み出した国として、ブリタニアは未来永劫呪われる国家となった。
以前は遠くにあった神聖ブリタニア帝国の崩壊の足音が間近に聞こえたオデュッセウスは、この負の遺産を抱え込む羽目になった異母妹を憐れむのだった。
話はエーギル海域戦が始まる二時間ほど前にさかのぼる。
合衆国日本の東京府にある黒の騎士団本部。
そこにエトランジュに貸与されている部屋に、マグヌスファミリアの一行とC.C、マオ、ナナリーとロロが集まって会議を行っていた。
「これが枢木神社にあった資料ですか」
車椅子に座っていたアドリスが机に大量に並べられた古ぼけた本や巻物を、興味深そうに見つめた。
「ええ、ゼロが出陣前に枢木神社に行って持ってきてくれましたの。
すべて翻訳するのに、数カ月かかりましたわ」
ふう、と大きくため息をついたルチアに、アドリスはご苦労様ですとねぎらった。
シャルルのラグナレクの接続はコードをこちらにすべて集めたことでいったんは止められたが、まだ完全に阻止出来たわけではない。
何よりコードを完全に消滅させるという最終目的のためにも、ギアスについて調べる必要があったため、暇を見つけては研究・調査にあたっていた。
シャルルからコードを奪い日本に戻った後、神根島についてまず調べたルルーシュは少し驚いた。
日本がブリタニアによって滅ぼされる前、その島を所有していたのは枢木家だったからである。
日本では神社仏閣が島を所有している、ということがある。
今でも女人禁制の島や男子禁制の聖域があり、神根島も枢木神社が祭っている神の家だとし、管理していたようだった。
それとなくスザクに聞いてみたところ、彼も神根島についてはそういえばうちは島を一つ管理していると聞いたことがある、という程度しか知らなかった。
そして神社に祭っているご神体はその島から移されたものだと聞いた、とも。
それを聞いたルルーシュは調べてみる価値がありそうだと判断し、スザクを言いくるめてそのご神体の場所を聞き出し、さっそく枢木神社に向かった。
だがそこはすでに荒らされており、ご神体があったとみられる場所には何もなかった。
おそらく自分と同じように神根島を管理していた枢木家に狙いを定めたシャルルが持ち去ったのだろうと判断したルルーシュは、枢木神社にあった無事だった古い資料をこっそり持ち帰り、その解読を始めた。
日本語が出来るエトランジュだがそれはあくまで現代語で、古語など全く解らない。
もちろんそれはルルーシュも同じで、今は全く使われていない万葉仮名や旧字体の漢字などさっぱり解らず、今から学ぶ時間などまったくなかった。
そこで悪いと思いつつもエリザベスの他人の能力を他者に移すギアスを使い、旧字体や古い日本語に詳しい考古学者からその知識をこっそりルチアに移して借り受け、資料の解読にあたっていたのである。
ちなみに考古学者にはその間、ルルーシュのギアスでそのことを忘れて貰っている。
以前シュナイゼルが何か実験らしきことをしていたという事実を口実に神根島を封鎖し、マグヌスファミリアのギアス研究チームが遺跡を調べ、ようやくコードとギアスの全容が明らかとなったのだ。
何故コードが生み出され、ギアスが出来たのか。
そしてアカーシャの剣が出来た理由も、それに記されていたのである。
「・・・なるほど、神根島の遺跡はアカーシャの剣を設置するために造られたものでしたか。
最初に造られたのではなく、最後に造られた遺跡だったのですね」
報告書を見ているアドリスの目は、読み進めるにつれて冷ややかなものになっていた。
そして全て読み終えたアドリスは、報告書を机に軽く投げ置いた。
「・・・人間の発想というものは、今も昔も大して変わらないようですね。
楽をするためならどんな苦労をもいとわず、他人に責任を負わせようとする」
「・・・・」
先にすべてを読んでいたルチアもその意見には同感だったのか、何も言わなかった。
「・・・まあ、今さら何千年も前の人間達の所業に文句を言っても始まりません。
コードを破壊するアカーシャの剣を造ったことを認めて、コードを破壊しましょう」
資料にはアカーシャの剣を使ったコードを破壊する方法が記されており、これですべてのパーツが揃ったとアドリスは喜んだ。
「さて、エディにもそれを伝えて、ゼロにどのタイミングで神根島に向かうか相談しなくてはいけませんね。
すぐにあの子に連絡しましょう」
アドリスがルチアに連絡を指示しようとした刹那、エリザベスの手伝いをしていたエヴァンセリンがノックもせずにドアを開けて部屋に入ってきたかと思うと、叫ぶように報告した。
「た、大変アドリス叔父さん!エーギル基地が、ブリタニアの兵器で消えちゃったって報告が来たの!
黒の騎士団も巻き込まれて、かなりの大損害だって!!」
「・・・は?何ですかそれ」
エーギル基地はブリタニアの重要な基地で、それを自ら破壊するはずがないと普通に思ったし、さらに言えば破壊するならともかく、消えたとはどういうことか。
エーギル基地は、マグヌスファミリアの国土に匹敵する広さを持つ。
それが消えたというのだから、アドリスが眉をひそめるのも無理はない。
「なんか、特殊な兵器っぽいの。アル従兄さんがとっさに指示したお陰で被害が減ったとか・・・。
でも出撃したアル従兄さんが行方不明で通信も入らないって・・・」
「・・・なんですって?!それは本当ですか!!」
珍しく焦った声音のアドリスの叫びに、エヴァンセリンは涙目で頷く。
「エド従姉さんにも今連絡したから、コードを通じて呼びかけてる頃だと思う。
生きてたら従姉さんには解るから・・・」
「・・・解りました。すぐに私も黒の騎士団本部に向かいます。
エディにも連絡しなくてはいけませんからね」
一族はギアスで繋がってはいるものの、こちらからの連絡は出来ないうえにエトランジュと自分はギアスやコードで繋がっていないので、普通に連絡しなくてはならない。
エトランジュから連絡が来ないところを見ると、まだ彼女にその報告はいっていないようだ。
大事な家族であるアルフォンスが行方不明と聞けば、エトランジュはさぞかし心配するに違いない。
加えてとうとうシュナイゼルの計画が発動されたのかと、脅えて途方に暮れることだろう。
「次から次へとろくでもないことを・・・ルチア、すぐに本部へ」
「解っておりますわ。エヴァ、貴女はこのことを他の一族へ・・・くれぐれも騒がず自重し、アドリスの指示を待つようにとも伝えるのですよ」
「はい、ルチア先生!」
ルチアの指示にエヴァンセリンが頷くと、大急ぎで部屋を出て行った。
「・・・ここまでの事態になった以上、シュナイゼルからのリアクションがあるでしょう。
もう少しというところで、嫌なことをしでかしてくれたものだ」
アドリスはそう吐き捨てると、ルチアとともに黒の騎士団本部へと向かうのだった。
ほぼ同時刻、かつてエリア18と呼ばれていた中東国家の一つにいたエトランジュは、孤児を保護する施設で外が雨だからと数人の子供達と共に室内で蛇を使った芸を楽しんでいた。
「面白いですね、蛇が笛に合わせて踊るなんて・・・くねくねしてて、可愛いです」
「・・・え、蛇が可愛いんですかエトランジュ様」
エトランジュの護衛として黒の騎士団から派遣された加藤が少し驚いたように言うと、エトランジュは頷いた。
彼女は実に楽しそうに、ちろちろと舌を出す蛇の顎を撫でて可愛がっている。
「マグヌスファミリアにはいない生き物ですし、人に慣れてて可愛いと思います」
「お気に召して下さって光栄ですエトランジュ様。
ご希望でしたら一匹、無毒の蛇を躾けて差し上げますぞ」
植民地からやっと解放され、副大統領に就任した男がそう言ったが、エトランジュは残念そうに断った。
「蛇は亜熱帯の生き物で寒さには弱いそうですから、北方にあるマグヌスファミリアで飼うには不向きです。
でも、こちらにお邪魔している間は触らせて頂けたら嬉しいです」
「なるほど、それは残念ですな。もちろんよろしいですとも。
今この国は新たに開発したハミデス2世が守っておりますから、安心してどうぞご存分に楽しんで頂ければと思います。
威力も段違いで、少々の攻撃にはびくともしません」
自慢げにハミデス2世について語る副大統領は自国の解放はもちろん、国民達の生活安定のために物資を手配してくれたエトランジュに感謝していた。
楽しそうに子供達と蛇の芸に見入るエトランジュを加藤や副大統領らが見守っていると、ジークフリードの携帯電話が鳴り響いた。
同時に副大統領と加藤の携帯電話も鳴ったので三人が電話に出ると、同じ報告が三人の耳に飛び込んだ。
「何だと、それは本当か?!」
言語こそ違えど同じ台詞が同時に飛びだしたので、エトランジュが何事かと三人のほうに振り向き、やはり驚いた子供達に大丈夫ですからと言い聞かせてから小走りにやって来る。
「何か大変な事態が起こったようですが、何があったのですか?」
「エトランジュ様・・・お気を確かにしてお聞きください。エーギル基地が、ブリタニアの兵器により消滅したとのことです。
黒の騎士団も巻き込まれ、ゼロは無事ですが朝比奈少尉、杉山殿が戦死・・・さらに」
「・・・さらに?」
ジークフリードは伝えたくはないが伝えなくてはならないことを、ゆっくりと告げた。
「アルフォンス様が、消息不明とのことです。通信も通じず、海中に避難したクライスが必死で捜索中とのこと」
「・・・え?」
エトランジュはその報告を聞くや目を見開き、徐々に脳が理解してくらりと立ちくらみを起こした。
「エトランジュ様!」
ジークフリードが慌ててエトランジュを支えると、一同に向かって言った。
「大統領府に戻り、至急この件について協議しましょう。エトランジュ様は・・・」
「解っています。すぐに・・・!」
ギアスでアルフォンスの生死を確認するべきだというジークフリードの言葉にしない指示に、エトランジュはすぐに従った。
ジークフリードに支えられながら部屋を退出するエトランジュを、心配そうな顔で見送る子供達に副大統領が引きつった笑みで言った。
「エトランジュ様もお忙しくて体調を崩されただけだから、大丈夫だ。
さあ、ショーを続けたまえ!」
明らかに嘘と解る台詞だったが、芸人達も今ここで追及すべきことではないと悟り、こくこくとロボットのように頷いてショーを再開する。
だがエトランジュは顔色が突如青ざめ、副大統領の顔色も似たようなものになっていたことから子供達は顔を見合わせてひそひそ話を始め、ショーには見向きもしなかった。
副大統領も加藤も逃げるようにしてその場から立ち去り、今後について頭を痛めるのだった。
合衆国日本より暫定首都として借り受けた合衆国ブリタニア・元日本経済特区フジで、ユーフェミアはエーギル基地を攻略すればブリタニア大陸に進攻出来ることから取り決め通りに合流する準備を整えていた。
うまくブリタニア人の不安を取り除き、出来る限り迅速に混乱を治めるために日夜協議に勤しんでいたユーフェミアのもとに飛び込んできた凶報は、その努力を一瞬で無に帰してしまうものだった。
「エーギル基地をシュナイゼル兄様が破壊した、ですって?そんな、まさか・・・」
「事実です、ユーフェミア陛下。エーギル基地ごと黒の騎士団を葬ろうと、何やら新兵器を用いたと・・・。
被害は甚大でしたが幸い黒の騎士団は避難命令が早く、ゼロが乗艦していた斑鳩も無事だとのことです」
通信士からその報告を受け取ったユーフェミアが慌てて超合集国連合本部にダールトンと共に向かうと、そこには同じ報告を聞いた神楽耶がいた。
彼女の目の前にあるモニターには、見慣れた黒い仮面をかぶったゼロ・ルルーシュがいる。
「ユーフェミア皇帝・・・ゼロ様はご無事なのは何よりですが、でも・・・」
「ゼロ・・・神楽耶天皇・・・あの報告は」
「只今、ゼロ様とお話していたところですの・・・事実だとのことです。
黒の騎士団の被害もひどいですが、ブリタニアの要衝がなくなったのであちらからの攻撃もないだろうとのことですが・・・」
「シュナイゼルからの反応が気になる・・・ですわね」
ユーフェミアが疲れたように答えると、もう一つのモニターに映し出されたエーギル基地があったはずの海を見て、ユーフェミアは眼を見開いた。
「エーギル基地には日本に来る前に一度立ち寄ったことがあるのですが・・・本当にあそこに・・・?」
ブリタニア大陸を守り、また他国に侵攻する際にも大きな役割を果たしていたその基地には五千人ほどいたはずだ。
多数の艦艇を擁し、ナイトメア整備施設も整ったブリタニアでも屈指の広さと設備を持つ基地が一瞬で海だけになるなど、とても信じられなかった。
しかしそんな虚偽を言う必要などなく、黒の騎士団が受けた被害を考えるとやはり事実なのだとユーフェミアは青ざめた。
「現在、朝比奈と杉山の戦死が確認されました。
また、アルフォンスが行方不明です。彼の避難指示が功を奏して被害を大きく減らせたというのに・・・」
ルルーシュの報告に、神楽耶とユーフェミアは大きく目を見開いた。
「イリスアゲート・ソローが見つかりそれは回収したようですが、脱出装置を働かせたコクピットが見つからないとのことで現在クライスが捜索中です。
彼が発見するのを祈るしかありません」
「そんな・・・よりによってあの方が・・・」
アルフォンスのずばずばと歯に衣着せぬ物言いに腹を立てるブリタニア人も多いが、だからこそユーフェミアはアルフォンスに恩を感じている。
「シュナイゼルお兄様は・・・本当にあのような計画を実行に移すつもりだったのですね・・・」
エトランジュから聞いた時はまさかこんなバカげたことを、と思ったし、だが実際に大量破壊兵器を作ろうとしていたこともロイドから聞いたので止めなくてはと思った。
それでも大量破壊兵器といっても百、二百人ほどを殺せるくらいだと考えていたのに、桁違いの人間を広範囲に消滅させる代物だと、いったい誰が予測したというのだろう。
大急ぎでこれについて会議を行う、と相談しているゼロと神楽耶を見つめながら、ユーフェミアは青空の下で何事もなかったかのように凪いだ海を映し出すモニターに背筋を凍らせるのだった。
エトランジュ達が大急ぎで大統領府に戻ると、そこには事の次第に青ざめた大統領がいた。
ここは地理的にはブリタニア大陸から遠いからすぐに侵攻されることはないだろうが、それでも大規模な基地を消滅させるほどの兵器と聞いて冷静でいられるはずがなかったのだ。
「エトランジュ様・・・」
「落ち着いてくださいませ大統領閣下。急ぎゼロに連絡を取って、これからの対策を伺いたいと思います」
移動する車内で懸命にアルカディアに呼びかけたエトランジュだが、返事がないことに不安が増大していながらも懸命にそれをこらえて言った。
ゼロ、と聞いて大統領はこくこくと頷き、さっそく二人は回線を開くと見事に同じ顔色をした超合集国連合およびEU連合の代表者らが映し出されたモニターの前に立った。
桐原と神楽耶、天子と星刻もいる。
とりわけ合衆国ブリタニア代表のユーフェミアの顔色は、倒れずにいるのが不思議なほどに青白い。
ゼロが淡々とした口調で事態を報告し、ブリタニア大陸進攻はこの兵器についての詳細とブリタニアの動きをつかむまでは延期すると告げると、皆は妥当な判断であるとそれを認めた。
だがあれだけの兵器をどう処理するのかという声に、ルルーシュは言った。
「それについては少々あてがある。だがまだ詳しくは申し上げられない。
はっきりとした形になり次第、報告を上げる」
ぬか喜びはさせたくないというルルーシュに、さすがはゼロだと感嘆する声と同時に、明確なビジョンがなければ不安が消えないと言い募る声が重なった。
(ニーナを至急こちらに寄こして貰おう。あのエネルギー値、ほぼ間違いなくウラン原理を元にした兵器だ。
かろうじて取れたデータもそれを示唆しているから、彼女が力になるはずだ)
だが今それを知れば彼女を確保して同じ兵器を造ろうと各国が動き出しかねない。
そしてやられる前にやれとばかりにブリタニアに向けて使用した日には、もはや世界は他の国全てが滅ぶまで争うことをやめなくなる。
最悪の中の、さらに最悪な事態を何としても避けなくてはならない。
だからこそそう言うにとどめたルルーシュだが、まだ何やら言い合う代表達の中でエトランジュがルルーシュに安心したような口調で報告した。
《会議中に失礼いたします。ゼロに報告がございます・・・今、アル従兄様の行方が解りました。
エド従姉様から生きているとの連絡が来ました》
《それはよかった。で、彼は今どこに?》
せめてもの朗報にルルーシュも安堵しながら尋ねると、エトランジュは少し暗い口調になった。
《それはまだ・・・気絶しているらしく、まだ話は出来ないとのことです。
せめて意識があれば、エド従姉様が現状を把握してお話し出来るのですが》
《解りました。では解り次第救護を送りましょう。
それまでエトランジュ様はしっかりと気を持って、お帰りをお待ちください》
《解りました。ありがとうございます》
アルフォンスの生存を確認したエトランジュは何としてもシュナイゼルを止めなくてはと決意を固め、代表者に提案した。
「その兵器の全容を解明するために、その分野の方々の力をお借りする必要があると思います。
至急科学者のチームを造り、迅速に取り組んで頂きたいと思うのですが」
「わたくしもそう思いますわ。サクラダイトのミサイルのバリアを造ったように、あれにも隙があるかもしれませんもの」
神楽耶が賛成すると、サクラダイトのミサイルの話を聞いていた代表者らももっともだと頷き、各専門分野の科学者を日本に向かわせるとの承諾を得る。
あれだけの兵器なのだ、意見と知識はいくらあっても多すぎることはあるまい。
「シュナイゼルから必ず反応がある。それを一度待ち、改めて対応を協議する」
そうゼロがまとめてひとまず会議は落ち着いたが、せっかく足並みが揃ってきた超合集国連合とEUとの連携を崩さないためにも、あの兵器の防衛策を考えなくてはならない。
ルルーシュは仮面の下で歯ぎしりしながらも、ユーフェミアにニーナを黒の騎士団本部に連れて来るように指示し、ゼロが日本に戻るので代わって前線を星刻に任せるように命じるのだった。
一方、ブリタニア首都ペンドラゴン上空に浮かぶダモクレス内ではシュナイゼルがいつもの笑みを浮かべてカノンの報告を聞いていた。
「ほう、さすがはルルーシュ。あの中でも無事に生き残るとはね」
「黒の騎士団の被害もこちらが想定していたほどではありませんでした。
調べたところ、どうやらアルフォンス・エリック・ポンティキュラスがとっさに避難命令を出し、それが功を奏したからのようですわ」
カノンの報告に、シュナイゼルはなるほどと納得した。
「あのウラン理論は彼も考えていた、ということのようだね。
だが、それならあちらに打つ手は限られてくるね」
「はい、シュナイゼル殿下」
くすりと笑うシュナイゼルとカノンの視線は、先ほどシュナイゼルの指揮下にある海軍が回収したというコクピットの画像が送られてきたモニターに注がれている。
そしてそこから引きずり出されたのは、女性のように見えるがれっきとした男・・・ブリタニアでは青い虫と呼ばれているアルフォンス・エリック・ポンティキュラスだった。