第四十話 決意とともに行く戦場
ルルーシュがブリタニア進攻を宣言してから三日後、黒の騎士団は一路ブリタニア大陸に向けて各国を防衛する以外の全戦力を集め、進軍を始めることになった。
先陣を指揮するのは自ら先頭に立つことを持論とするルルーシュで、親衛隊長たるカレン・紅月・シュタットフェルトと合衆国ブリタニアを代表してゼロの指揮下に入った枢木 スザクが陣頭に立つ。
後方部隊は黒の騎士団総司令である黎 星刻が務め、遊軍や輸送部隊等の指揮を執ることになった。
身体の具合はほとんど快方に向かっており、病が完治するのも遠いことではないと診断が出たが無理をさせないに越したことはないので、前線はルルーシュや藤堂が引き受けることになったのである。
カレンの父シュタットフェルトは日本のブリタニア人居住区の責任者であるために日本を離れることが出来ず、藤堂達にくれぐれも娘をよろしくと何度も頼んで涙を飲んで娘を見送った。
ユーフェミアは黒の騎士団が国境戦を制した後に合流し、占領したブリタニア地域の統制に当たって貰うことになっている。
そして黒の騎士団とともにブリタニア進攻に加わるEU軍に、なんとエトランジュは自ら同行すると名乗りを上げた。
理由はブリタニア大陸に向かう途中にあるブリタニア植民地を解放する時、レジスタンス組織とつながりがある自分がいると何かと話が通りやすいというものだった。
確かにその通りなのだが、父アドリスが日本から離れられる身体ではないのだから、エトランジュも傍にいたほうがいいのではと周囲が止めるも、エトランジュは静かに首を横に振る。
「お父様に再会できた喜びはもう充分噛み締めることが出来ましたし、私のわがままでこれ以上職務を放棄することはよくありません。
あまりお役に立つことはないかもしれませんが、同行させて頂けませんでしょうか?」
父親べったりだったエトランジュの申し出に、周囲は顔を見合わせた。
アルカディアは眼を見開き、真っ先に反対した。
「何を言ってるのよエディ、後はブリタニアを倒すという戦闘だけなんだから、何もエディが来ることはないわ。
レジスタンスとの連絡なら、私が取れば済む話だし」
「でもEU軍も進軍する以上、国の代表がいるほうが植民地の方々との連携も取りやすいかと思います。私はまだ若輩の身ですが、幸いお知り合いの方々が多いですし・・・」
ずっと父に仕事を任せきりにしてきたのだからそろそろ働きたいと言い出したエトランジュと、危険地帯に行かせるまいとアルカディアが言い合っている、
アドリスはそれを静かに聞いていたが、やがて何かに気付いたかのように言った。
「エディ、もしかして私に治療のほうに専念してほしいから、自分がやると言い出したのですか?」
「・・・はい。だから、私行きます。私は早くすべての戦いを終わらせて、お父様とともにマグヌスファミリアに戻りたい」
エトランジュがまっすぐにアドリスを見据えて答えると、アルカディアは眼を見開き、アドリスは静かに眼を閉じた。
「・・・解りました。フランス大使のほうに、貴方の護衛グループを作って貰うように要請しておきます。
騎士団の皆さんにも、娘をよろしくお願いしてもよろしいですか?」
「アドリス叔父さん!!でも・・・!」
アルカディアが叫ぶが、苦渋の決断、と表情で解るアドリスに頼まれた騎士団の幹部達は、それはもちろんだと言いながらも代表して藤堂が言った。
「エトランジュ様をお守りすることは当然ですが、本当によろしいのですか?
アドリス様と離れ離れになることになりますし、激戦地は何かと危険がつきものです」
「娘が決めたことなら仕方ありません。それに、娘の言うように話が迅速に繋がりやすいというのは大きなメリットです。
・・・どうか娘をよろしくお願いいたします。そして、速やかに戦争を収束に・・・」
藤堂が最終決定権を持つゼロと超合集国連合議長の桐原に視線を向けると、二人は頷いて了承した。
「では申し訳ありませんが、エトランジュ様にはもうしばらく我々とご同行願います。
必ずやお守りいたしますので、ご安心を」
ルルーシュの言葉にアドリスが静かに頷き、こうしてエトランジュのブリタニア進攻の参加が決定した。
アルカディアもエトランジュの意志が固いことを悟ると、大きくため息をついて護身用スタンガンでも造るかと呟き、研究室へ向かった。
出発前夜、アドリスの病室に泊まり込んだエトランジュは他愛もない話をしながら笑っていた。
「それでですね、ナナリーさんがお作りになったおでんがとても美味しくて、皆様がほとんどたいらげてしまったのでお仕事で遅れていたルルーシュ様がほんのわずかしか召し上がりになれなかったのです。
ブリタニアに進軍中は日持ちするものを送るとナナリーさんがおっしゃって、ルルーシュ様はとてもお喜びになってらっしゃいました」
「ドライフルーツやブランデーを使ったケーキなんかいいですね。後でレシピをお渡ししてあげるといいですよ」
「はい、お父様。確かあったと思うので、咲世子さんにお渡ししておきます」
ころころと笑うエトランジュだったが、話の種が尽きるにつれて表情がなくなっていく娘に、アドリスは静かに問いかけた。
「ねえ、エディ。貴方は私の身体について、いつ知りましたか?」
びくっと肩を震わせたエトランジュは黙りこくった。だが父に見つめられて、小さな声で答えた。
「・・・ロイド博士から伺いました。何年も植物状態にいた人間の体に起こり得る弊害と、お父様の病状についてすべて。
お父様のお身体が悪化していないことと、改善もされていない状況について不思議に思っておいででしたが、慢性化しているためだろうとお考えになっているようなので、怪しまれてはいないようですが」
「・・・それで解っちゃったんですね。エディもなかなか洞察力を身につけたものです」
ロイドはセシルに渡したレシピの件でエトランジュに大層な恩義を感じており、あれこれ貢いだりして感謝の念を伝えたため、彼女とは仲が良かった。
彼はナイトメア開発を得意分野としているが、もともとナイトメアは医療に使われるために考案された代物なので、医療資格を持っている者もいる。
そのためラクシャータほどではないせよロイドもかなりの知識を有しており、エトランジュに尋ねられた彼は知っている限りのことをすべて話したようだった。
「・・・だから、私にお仕事を任せてお父様は治療に専念なさって下さい。
コードのせいで元通りのお身体にはまだ戻れませんけれど、治る手掛かりを見つけられるかもしれません。
あともう少しですし、ルーマニアの時みたいにならないようにちゃんと皆様と一緒に行動して、危ない真似はしませんから」
戦争が終われば戦費に回っていた予算が医療費に回り、ずっと治療研究が進むはずだから早く戦争を終わらせると言うエトランジュに、アドリスは眼を閉じた。
「・・・解りました。EUが派遣するSPの数を極力増やして貰います。
くれぐれも無理はしないように。いいですね?」
「はい、大丈夫です。私、必ず戻ってきますから」
激戦まっただ中に行くことに脅えがないわけではないが、それでもここを乗り切らねば戦争は終わらない。
自分達の目的は、戦争を終わらせて故郷に戻り、みんなで仲良く暮らすことだ。
手段に固執し、目的を忘れてはならないという娘に、アドリスは小さく笑った。
「そのとおりですエディ。本当に成長しましたね」
大好きな父に褒められたエトランジュはにっこりと笑みを浮かべると、アドリスは病室に運び込まれた看護人用のベッドにエトランジュを寝かせた。
「さあ、明日は出発なのですからもう寝なさい。
眠るまで私が手を握ってあげますからね」
「はい、お父様。おやすみなさいませ」
ぎゅっと娘の荒れた手を握りながら、アドリスが亡き妻の子守唄が録音されたボイスレコーダーのスイッチを操作した。
ランファーの優しい子守唄が流れると、エトランジュはゆっくりと瞼を閉じていく。
その寝顔を見つめながら、アドリスはつぶやいた。
「本当にしっかりした人間に育ったものです・・・育ちすぎだ」
聞き分けが良すぎ、状況判断が出来すぎすぎる。
自分はもちろん、姉や妹だって十五歳の時は反抗期真っ盛りで、親の言うことなど正論であればあるほど反発したというのに。
やりたくないことをやりたくないと言わず、やりたいことをやりたいとすら言わない。
せめて自分にだけは愚痴でも喋るかと思ったのに、お父様のお身体の負担になってはいけないからと何も言わなかった。
強引に自分が仕事を奪ってやっと落ち着いたかと思えば、このままではやっぱり駄目なのだと自ら悟ってこの有様である。
「・・・本当、ダメな父親ですね私は」
アドリスはそう自嘲すると、エトランジュの護衛体制を徹底的に行うようにEUに依頼するため、病室に置かれている電話を手に取った。
翌朝、ブリタニア進攻を開始すべく、黒の騎士団は早朝から忙しかった。
エトランジュは黒の騎士団の移動基地である斑鳩に同乗することになった。
荷物を運び終えたエトランジュは、自分に付けられることになったSPの数を見て、眼を丸くした。
「二十二名、ですか?そんなに・・・?」
「いえ、交代制ですので、黒の騎士団から派遣して頂いた護衛を含めれば全部で四十五名です。
解放されたブリタニア植民地内をご視察なさることがあるとのことで、万全を期すためです」
そう言ったのは以前ルーマニアで起こった人質事件の時、エトランジュを救ったブリキの人形を作ってくれた軍人だった。
ブリタニア進攻に参加していた彼は、昨夜上官からエトランジュの護衛にと打診され、捕虜の担当ではなかったとはいえ自軍のミスであのような事件を引き起こさせたという負い目から、護衛を引き受けたのである。
これだけの護衛がエトランジュに付けられたのはアドリスの要請もあるが、EUと黒の騎士団との同盟の立役者であるエトランジュを是が非でも守らねばならないからだ。
彼女を激戦区に送るのは危険だとと止めた者もいるが、メリットとデメリットを考慮した結果、大量に護衛を派遣することで彼女の従軍が認められたのである。
「ありがとうございます。またお世話になりますが、よろしくお願いいたしますね」
ぺこりと頭を下げたエトランジュの後ろで、護衛部隊の隊長にアドリスが念を押していた。
「エディは無茶な行動はしませんし、聞きわけもいい子なので手を煩わせることはないと思いますが、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「お任せ下さいアドリス様」
斑鳩に乗り込むタラップの前で、エトランジュは父親のほうを振り向いた。
「では、行って参ります」
「ええ、エディ。行ってらっしゃい」
ゆっくりとタラップを昇って斑鳩に乗り込んだ娘を見送ると、同じくアルカディアを見送ったエリザベスがアドリスの車椅子を押しながら言った。
「本当にいいの、アドリス?・・・やっぱり今からでも止めたほうが」
「どうせさしたる戦闘もなく植民地の国は解放されるんですから、ブリタニア植民地以外のことであの子を関わらせさえしなければ大丈夫ですよ。
それに・・・気付かれちゃいましたからね私のこと」
自嘲するように笑う弟の言葉にどういうことだと怪訝な顔をしたエリザベスは、弟が差し出した布を見て愕然となった。
その布は、赤黒い血に染まっていた。
その頃、ルルーシュは黒の騎士団本部の一室で束の間の別れを愛する弟妹と惜しんでいた。
「ペンドラゴンを陥落させて、ブリタニアの混乱を収めるまでだ。
なるべく連絡を入れるようにはするから、咲世子さんの言うことを聞いていい子にしているんだぞ」
「はい、お兄様。ロロとお帰りをお待ちしております」
「僕も、ちゃんと仕事をして頑張るから、兄さんも無理をしないでね」
しっかりしてきた弟妹に安心しながらも、ルルーシュは言った。
「何かあったら桐原にも頼んであるし、シャーリーやリヴァル達にも暇を見て顔を出して貰うように頼んだからな。
あとカードを預けるから、これで必要なものを購入しろ。それから・・・」
「はーい、ストップルルちゃん。まったく心配しすぎよ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、なぜか黒の騎士団の服を着たミレイだった。
背後にはシャーリーとリヴァルもいる。
「いよいよだなルルーシュ!急に来るのはまずいと思ったんだけど、アルフォンスさんが顔出してやってくれって言ってくれたから、お言葉に甘えさせて貰ったんだ」
先ほど騎士団本部でブリタニア遠征に参加する騎士団員用に発売されている人形焼きを手にしているリヴァルに続いて、シャーリーが複雑な感情が絡まりあっている表情で言った。
「ちょっと悩んだんだけど、やっぱり顔が見たくなって・・・迷惑だった?」
「いや、嬉しいよシャーリー。そんな顔はやめてくれ、必ず俺は生きて戻る。
長く見積もっても半年ほどで終わるはずだし、折を見て連絡はするつもりだ」
「うん・・・無理しないでね。私も早く卒業したかったけど、まだ単位が取れなくて」
ちらっとシャーリーがミレイに視線を送ると、彼女がアッシュフォードの制服や私服ではなく、自分が最近よく見慣れている黒い制服を着ていることにルルーシュは眉をひそめた。
「会長、どうしたんですかその制服・・・まさか?」
「うん、そのまさか。ミレイ・アッシュフォードは先週飛び級制度を使って無事学校を卒業し、黒の騎士団に正式入団して報道部企画課に配属されましたー」
「・・・・何?」
驚かせようと思って内緒にしてましたーと明るく笑うミレイに、ここまで大きくなった黒の騎士団の人事に逐一関わっているわけではなかったルルーシュは唖然とした。
「アッシュフォードの寄付金活動やチャリティーバザーの企画とかが評価されてね。
入団試験の論文でブリタニアと日本や他の国々と仲良くするための文化交流とかをテーマに書いたの。
あと、ミスター玉城が推薦状書いてくれたし」
チャリティーバザーでやった男女逆転祭りを騎士団内でやろうぜって言ってくれた、とサムズアップして語るミレイに、悪夢再びとルルーシュの顔が引きつった。
「まだ下積みだけど、何とかみんなとうまくやってる。
以前ジャーナリストをしていたディートハルトって人とも知り合ってね、ゼロの写真集とか出したらどうかと言ったら乗り気で、色々企画出してるところなの」
「まあ、ゼロのお兄様の写真集ですか?私も欲しいです」
「僕も!楽しみだね」
最愛の弟妹達に楽しみだと言われ、ルルーシュは頭を抱えた。
リヴァルやシャーリーも、もちろん自分も買うよ、とノリノリである。
明らかに確信犯なミレイは、なおも悪魔の囁きを語り続けた。
「絶対売れるわよ、フィギュアとかもね。騎士団の大きな収入源になるし、実はゼロ変身セットとかも考えてるの。
そしたらルルちゃん、アーサーに仮面取られても慌てる必要もなくなるじゃない?」
「う…それは確かに」
うっかりゼロの衣装や仮面を誰かに見られても、大量販売された後なら誰も騒がないしどこでもゼロの服に着替えやすくなるというメリットも、ルルーシュには抗いがたいものだった。
「百万人分くらいなら初版で売れそうよねー。実際自作で造ってる人見たことあるから。
ふふふ、楽しみ楽しみ」
百万人のゼロとかやってみたら面白そうだとさらにノリノリのミレイに、ルルーシュは諦めたように溜息をつく。
「それでディートハルトさんにこれまで撮りためてたゼロ画像集を借りに来たの。
すっごい量だけど、頑張って編集するわね。なんかもうあの人ゼロマニアって感じ」
「いいな、私も手伝いたいです会長。駄目ですか?」
大好きなルルーシュのゼロとしての変遷が見られるとシャーリーが羨ましげに申し出るが、ミレイは残念そうに首を横に振った。
「ごめんねシャーリー。これは部外秘で、企画部以外に見せちゃだめだって言われてるの。
別に流出したからって騎士団に迷惑がかかる類のものじゃないけど、やっぱり騎士団のものだから部外者に見せるわけにはいかないんですって。解るでしょ?」
黒の騎士団に限らず、どこの組織でもどんな小さな情報であっても外部に漏らさないというのは基本である。
いずれ売り出す予定の画像とはいえ、決まりは決まりなのだから守らなくてはならないのだ。
「はい、会長。無理を言ってごめんなさい。あー、早く私も卒業して、騎士団に正式に入りたいなあ」
アッシュフォード生徒会は黒の騎士団アッシュフォード支部、と自称しているものの、正式に認められた支部ではないからシャーリーは大きくため息をついた。
今が一番大変な時だから、ルルーシュの助けになりたかったというのに。
「発売日が決まったら、一番に教えてあげるからね。それくらいなら大丈夫!
気合い入れてルルちゃんのゼロの歴史を編集するわよ!!」
拳を突き上げて燃えるミレイを見たルルーシュは、ゼロ写真集の発売を阻止することを早々と諦めた。
売れると言うなら果てしなくかかる戦費の足しになるからいいか、と前向きに考えることにしたようだ。
かなりの容量を持つCDロムを十枚以上受け取ったミレイは、早く写真集や変身セットを望むナナリーとロロに向かって言った。
「さて、私はこれを取りに来ただけだから、そろそろ企画部に戻らなきゃいけないの。
シャーリー、リヴァル、ナナリーとロロを部屋に連れて帰ってあげてくれない?」
そろそろゼロの出撃の演説の時間だと知っていたミレイが時計を見ながら言うと、シャーリーはルルーシュの手をぎゅっと握りしめた。
「私、ルルーシュが勝つって信じてるから」
「ああ、必ず戻る。ありがとう、シャーリー」
見つめ合う二人の背後で、自分もルルーシュに激励を言いたいのだが空気を読んでリヴァルが口を押さえていた。
やがて二人が手を離すと、それを見て少し複雑な表情をしていたナナリーとロロが、兄にしばしの別れを告げた。
「お兄様、お身体にお気をつけて・・・愛してます」
「ああ、ありがとう。愛しているよ、ナナリー、ロロ」
「僕も、兄さんのこと愛してる」
兄妹愛溢れる台詞とともに三人が抱き合うと、ゆっくりとナナリーとロロはルルーシュから離れた。
「くれぐれも二人をよろしく頼む、会長・・・いや、ミレイ、リヴァル、シャーリー」
「うん、 ルルちゃんこそ気をつけてね・・・じゃ、みんなで貴方の帰りを待ってるから」
ミレイは顔こそ笑っていたが心配を含ませた声音でそう告げると、リヴァルとともに名残惜しげにしているナナリーとロロを連れて退室した。
そしてシャーリーもドアの前まで続くと、ルルーシュが呼び止めた。
一度だけ振り返り・・・勢いよく部屋の外に出て行った。
それを見送ったルルーシュは、ゼロのマントを翻して仮面を被る。
「・・・最後の戦いだ。俺は・・・俺達は必ず勝利を収め、日本へ戻る」
愛する者のため、帰りを待つ者のため、自分は何としてでも勝たねばならない。
・・・そしてすべての戦いに、決着を。
自身を鼓舞するようにそう決意を呟き、出撃の指揮を執るべく斑鳩に向かうのだった。
パフォーマンスのためにわざと大げさに広げた艦列を組んで、斑鳩を中心とした黒の騎士団はついにブリタニア大陸へ向けて出陣した。
海岸にある基地内では騎士団員の家族が大きく手を振り、勝利を祈り、無事に帰ってくるようにと叫んでいる。
斑鳩が雄大に空に飛び立つと、それを見送る日本人やブリタニア人から大きく歓声が上がった。
「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」
「ブリタニア帝国を倒し、世界に平和を!!」
「カレン、頑張れ!だが、くれぐれも無理はするな!」
思わず立場を忘れて叫ぶシュタットフェルトの横で、同じく娘を見送っていたアドリスがふっと笑みを浮かべた。
「やはり娘さんが気になりますか、ミスター・シュタットフェルト」
「ア、アドリス様、これは失礼を」
慌ててかしこまるシュタットフェルトに、アドリスは小さく手を振った。
「いえいえ、お気持ちはよく解りますからお気になさらず。
・・・行ってしまいましたね」
「・・・ええ。少し見ない間に、いえ、ずっと見ていてさえ、子供はすぐに大きくなってしまうものだとは思ってもみませんでしたよ」
複雑な表情で呟くシュタットフェルトに、まったくだとアドリスは頷いた。
「まだ十代の子供が重責を担うなんて、本当に狂った時代です。
でも、ご安心くださいミスター・シュタットフェルト。この戦争が終わればご令嬢は必ず貴方のお手元にお返しし、戦争に関わらないようにしますから」
アドリスの言葉にシュタットフェルトがえ、とアドリスの顔を凝視すると、彼は詳しいことは告げずに車椅子を動かした。
「さあ、そのためにも私達は私達の仕事を行わなければ。
剣を振るい拳を振り上げるだけが戦争ではないのですから、私達の戦場へと向かいましょう」
「・・・その通りです。では、御前を失礼させて頂きます」
深々と頭を下げたシュタットフェルトは、みるみる遠ざかっていく斑鳩の姿が見えなくなった後、自身の責務を果たすべく合衆国ブリタニア庁へと向かうのだった。