挿話 私は貴方の物語 ~幸福のエトランジュ~
私が生まれた日お父様は泣いて喜び、おばあ様も伯父様や伯母様方もみんな喜んで下さったと聞きました。
叱られたことは相応にありましたが、それでも私は常に愛されていたという自信はあったので、不安を感じたことは一度もありません。
みんなが私を愛してくれるから、私も皆を愛そうと思ったので、みんなが喜ぶことなら何でもしようと思いました。
お母様はとても優秀な鍼灸師で、この国に嫁いできた母はみんなに慕われていました。
『大きくなったら、エディはお母様のようなお仕事をする人になる!』
単純にそう考えて夢を見た私を抱き上げて、お母様は言いました。
『エディはいい子だねえ、よしよし、大きくなったらあたしが教えてあげるよ。
学校に行って、資格を取るために勉強しなきゃいけないから頑張るんだよ?』
『はい、お母様!エディ頑張ります』
鍼灸師の資格を取るためには外の国の学校に行かなければならないから語学を学びなさいと言われ、マグヌスファミリアの教師としてやってきて下さったお母様とお父様の友人だというルチア先生に英語を学び、鍼灸の本場は中華だからと中華語をお母様についで学んでいました。
『エディは賢いねえ』
お母様に褒めて貰うのが嬉しくて、私は学校にまだ通っていないのにたくさん頑張って言葉を覚えました。
お勉強だけではありません。お母様のお母様、つまり私のお祖母様から五歳の時にお誕生日祝いに頂いた自転車の乗り方も、教えて下さいました。
嫌がる私の頭にヘルメットを被るように注意しながら。
『いいかいエディ、頭は頑丈だけど、それだけに傷ついたらとっても大変なんだ。
頭をガーンってやられちゃうと気を失って身体が動かなくなったりするから、ちゃんと庇わないとだめだよ』
『死んじゃうって、この前の牛さんみたいに動かなくなっちゃうのですか?』
『そうだよエディ。だからちゃんとヘルメットをかぶってね。
喧嘩する時も、絶対相手の頭を狙って物を投げたり当てたりしてはいけないよ。
だって、うっかり急所に当てたら、死んじゃうから』
お父様とお母様は物知りで、何でも教えて下さいました。
お仕事が忙しくても、聞けば私に何でも教えて下さったのです。
でも、お母様は。
『ごめんよエディ・・・もう教えてあげるのは無理みたいだ。
だけど必ずエディが鍼灸師になれるように、あたしがおまじないをかけておいたから』
『お母様・・・』
『あたし幸せな人生だったよ、エディ、アドリス。
未練はあるけど、後悔なんてない。だからエディも、自分のやりたいことをやってからあたしのところへ来るんだよ。
そして何をしてどんな人生を生きたか、あたしに話してね』
本当はもっと先まで私のことを見ていたかったと、お母様は言ました。
もっと続くはずの、まだ始まったばかりのお話を見ていたかったのだと。
私にそう言い残した翌日、お母様は息を引き取りました。
綺麗にお化粧をして眠ったように亡くなったお母様の亡骸の前で、お父様は呆然と座り込んでいるのが悲しいから、私は言いました。
『泣かないでお父様。大きくなったらエディがお父様のお嫁さんになってあげます。
だからお父様もエディと一緒にいて下さいな』
『エディ・・・そう、そうですね。そうしましょう』
お父様は私を抱き上げて、私の頭を撫でて下さいました。
ほかの伯父様や伯母様方も、ずっと一緒にいてくれるとおっしゃって下さったので、母が亡くなって悲しかったけれど、皆様がいて下さったから私はいつまでも落ち込むことはなかったのだと思います。
みんな私を愛してくれる。
だから私も少しずつ、やれるだけのことをしてみんなを愛したい。
いい子だね、えらいね、ありがとう。
それを言われるのが嬉しくて、お手伝いも勉強もたくさんしました。
勉強は言語以外は普通、算数は苦手というあんまりいいものではありませんでしたが、頑張って鍼灸師になって、みんなに喜んで貰おう。
私はそれだけを考えて、ずっと生きてきました。
王の娘という自覚もないままに私は十二歳になったある日、そんな日々が永遠に続くと信じていた幸せが崩れたのです。
前触れはあったのに、それに気づかないまま。
神聖ブリタニア帝国が植民地を15に増やし、EUとの関係が悪化していく情勢の中で、エトランジュの父アドリスは今日もEU議会へと出かけていた。
会議が長引くのかなかなか戻ってこない父にエトランジュは寂しかったが、父は国王でお仕事なのだからと我慢してマグヌスファミリアでいつも通りの日々を過ごしていた。
国民達のための城の一角にあるるセレスタイト・ドムス。
天国のような家という意味を持ち、ここで市場が開かれ、皆が集まってパーティーを開くために使われている。
その一角にポンティキュラス学園があり、逆隣には小さいが病院があるので首都の名前でもあった。
子供達は高学年、中学年、低学年の三クラスに分かれており、エトランジュは中学年クラスに在籍している。
「今日、アドリス様が戻ってくる日だねエディ。お土産はなにかなあ?」
「この前はブロックを崩さないように積み上げて、失敗したら負けっていうゲームだったよね。
アルは外の国じゃテレビゲームって言うのが流行ってるって聞いたけど」
その日の授業が終わりクラスメイトが楽しそうに話しているのを聞きながら、エトランジュが言った。
「ゲームもいいですけど、お菓子もいいですね。今回お父様が行かれたフランスでは、お菓子がとても美味しいのだと伺いました」
「お菓子か、それもいいわね!いつだったか日本の人から頂いたっていうお菓子もおいしかったし・・・早く帰ってこないかなあ、アドリス様!」
この年頃の子供は、お菓子には目がない。
それはどこの国でも同じようだとルチアが教室の外で見守っていると、既に卒業して漁師をしていたクライスが小走りに教室に入って来て叫ぶように報告した。
「おいエディ、アドリス様が乗ってる定期船が来たぞ!」
「本当ですかクライス!私、行ってきます!」
エトランジュが嬉々として教室を飛び出すと、クラスメイト達も後を追う。
「エディ、早く乗れ!みんなもほらほら!」
クライスが馬車を準備し、馬の手綱を取りながら叫ぶと、エトランジュを最初に乗せて次々に馬車に乗り込んでいく。
2台ほどの馬車で楽しそうに笑い合いながら港に到着すると、今まさに船から降りたアドリスが馬車に気づいてダッシュでやってきた。
「今戻って来ましたよエディ!お留守番ご苦労さまでした」
「お帰りなさいませお父様!お帰りをお待ちしておりました!」
父に抱きあげられていつもの出迎えの言葉を言いながら笑う娘に、アドリスの頬は緩みっぱなしである。
いつもならそのままエトランジュを抱き上げて城に向かうのだが、その日は未練がましげではあったが彼女を下ろし、お土産のお菓子が入った段ボール箱を指して言った。
「ほら、お土産のお菓子ですよ。昨日、マルガレーテさんが男の子を産んだそうですね。
今宵はその誕生パーティーの日ですから、みんなに配って一緒に食べなさい。
今日はEU議会の方がいらしていますから、城まで案内しなくてはいけませんので」
「あ、あの方ですね。ご挨拶に行ってきます!」
自分の予想通りお土産がお菓子だったことに喜びながら、エトランジュは父の後ろに立っている男の前までトコトコと歩いて行くと、笑顔で頭を下げた。
「はじめまして、エドランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します。
何もないところですけど、どうかごゆっくりなさって下さいね」
邪気のない笑顔で挨拶をするエトランジュに少々気が抜けたような顔をした男はこれはご丁寧にと応じていると、アドリスがお菓子を配るように再度促したのではい、と了承して友人達と歩き去っていく。
その後ろ姿を見送った父が打って変わって真剣な顔で同じく出迎えた長兄・アインに向かって小さく頷いていたことに、彼女は気づかなかった。
マグヌスファミリアは資源が少ないことから何事も計画を立ててから行うが、もっとも盛大に行われるものがある。それは国民の誕生パーティーだ。
マグヌスファミリアは毎年誕生日を祝うことはしないが、生まれた翌日に国民達に新たな家族のお披露目を行うパーティーと、成人の日を祝う十五歳の誕生日だけは盛大に祝う風習がある。
セレスダイト・ドムスには大きな鐘があり、“出迎えの鐘”と呼ばれてマグヌスファミリアで子供が産まれた時のみ鳴らされる。
この鐘が鳴ると国民達はセレスダイト・ドムスへ集まり、新たな家族を出迎えるための宴を行うしきたりで、深刻な食糧不足などが起こっていない限り盛大に祝うことになっていた。
夕方になるとマグヌスファミリアの各地区から続々と国民達が集まり、中心のベビーベッドに寝かされた赤ん坊と両親、そして直系の者達が座り、テーブルいっぱいに並べられた料理、明るい音楽の調べのもと、パーティーが始まった。
家族全員が集まるのはお葬式と誕生パーティーと成人祝いで、毎年行われることとはいえ新たな家族の誕生を祝う宴はともすればつい先週行われたとしてもやはり別格である。
「お帰りなさい私達の大事な家族の坊や!」
「今日からここが貴方の国だよ。僕は君の従兄だよ!」
「あたしは又従姉よ!あ、あたしを見て反応した!」
代わる代わる国民達が赤ん坊の顔を見ては、祝辞を述べる。
そして母に対しては、皆がお礼を言っていた。
「ありがとう、お疲れ様。安産でよかったわね」
「うん、初産だから大変だって聞いていたけど、よかったわ。こんな騒ぎの中泣きもしないなんて、図太い子ね」
今年十五歳になってすぐ妊娠して結婚したマルガレーテの呆れた声をよそに、きゃあきゃあとはしゃぐ声の中ぐっすり赤ん坊は眠っているようだ。
どうして皆が赤ん坊に対して『お帰りなさい』と言い、母親に対してお礼を言うのかというと、マグヌスファミリアでは一度死んでもまたこの国に家族として生まれてくるのだと信じられている。
そのため生まれた子供にお帰りなさいと出迎え、その家族を陣痛に耐えてこの世に呼び戻してくれた母親にお礼を言うのだ。
赤ん坊に祝辞を送ると、後は皆が歌い踊り、大人達は酒を飲んでの大宴会である。
「ありがとうございますマルガレーテさん!これ、私が作ったお人形です。坊やにどうぞ」
「まあありがとうございますエディ様。よかったわね坊や」
少し不格好な針目だが、可愛らしい猫のマスコットをベビーベッドに入れたエトランジュにアドリスははっはっはと自慢げに笑った。
「さすがはエディ、気が利く子です。こんな可愛い人形を作れるとは本当にいい子でしょう?この世の奇跡です」
お前からこんな娘が生まれたことが奇跡だ、とEU議会の使者であり大学時代の友人でもある男が内心で呟くが、二人きりならともかく仮にもこの国の国王の前でそのような暴言が言えるはずもなく、そうですねと辟易していた。
それを見かねてか、アインが手を振りながら助け船を出す。
「放っておいて結構ですよ。どうせ弟はただ娘自慢がしたいだけなのですから」
アドリスの娘自慢を華麗にスルーしたアインの言葉に全員が頷いたので、友人は目を丸くした。
確かに誰もアドリスの娘自慢トークを聞いておらず、ぐだぐだと娘の可愛さを語る国王を無視して宴は続く。
主役は国王ではないのだから、問題はないとばかりに。
いつまでも自分をたたえる父を恥ずかしがって止めようとしたエトランジュでさえ、そんなことよりお土産を配ってやれとアインに言われ、従妹達と手分けして国民達に一つずつお菓子を配り始める始末である。
普通の国なら国王に気を使い内心どれほど面倒だと思っていても親ばかトークに付き合うのに、この国ではそうではないらしい。
お菓子を配り終えたエトランジュはステージ上で歌を披露し、やんやの喝さいを浴びて嬉しそうに笑っている。
母と父が歌ってくれた、子守唄。
貴女は自分達が楽しみにしている物語なのだと、歌いながら言ったお気に入りの歌を。
歌が終わるとエドワーディンが、夫のクライスとともにやって来た。
「お疲れ様、エディ」
「エド従姉様!」
気が付けば既に夕日は沈み、満月が輝いてすっかり暗くなっている。
エドワーディンが外に出られる時間帯になっていたことに気づかないほど夢中になっていたようだと、エトランジュは苦笑した。
新婚夫婦のエドワーディンは人目をはばからずクライスとキスを交わし、私も早く産みたいなと笑っている。
「ちょうどよかったですエド従姉様。これ、お父様のお土産です」
「ああ、マドレーヌか。ありがとう。後で頂くわね」
マドレーヌをエトランジュから受け取ったエドワーディンは、赤ん坊に自分が織ったタオルケットをかけてやる。
「夜になれば寒いから、ぜひどうぞ」
「ありがとうございますエド様。よかったわねえ坊や」
気が付けばお祝いの品は既に百を超えている。
妊娠が解ってから、みんなが少しずつ作ってくれたのだろうそれに、みんなそうだとはいえマルガレーテはとても嬉しかった。
今回の宴はいつもに比べて盛大に行われているような気がするが、きっと長い間留守にしていたアドリスの帰還を祝う意味もあるのだろうと、誰も気にせずただ宴を楽しんでいる。
すべての子供達が望まれて祝福される国、マグヌスファミリア王国。
外の国で何が起こっているのか成人した者は知らされていたが、ここだけはきっと大丈夫だと根拠のない自信を抱く者が大半だった。
ここには争いも飢えもない楽園だったから、外に国があることを知っていても、誰も気にしなかったのだから。
国王の娘であるエトランジュですら、父が何をしてきたのかと興味を持っていなかった。
どうしてEU議会の使者が訪れたのかと、考えることもなく。
だが夜遅くになり眠気を訴え始めた子供達を城の中に連れて行って寝かせるように指示が出た時、成人した者達はようやく異変を悟った。
「楽しい宴の時にこのような事実を告げるのは心苦しいのですが、時間がありませんので皆が集まっているこの場を借りてお知らせいたします。
我がマグヌスファミリアは今、神聖ブリタニア帝国の脅威にさらされており、近々この国に攻め込んでくるという情報がありました」
ステージ上に立ったアドリスの言葉に皆絶句し、この国に言いがかりをつけてこの国を支配しようとしているとの言葉を、皆酔いも吹き飛んで呆然と聞いていた。
そしてこの国から全員で亡命する、その準備を整えてきたとい告げられ、国民達は二度仰天した。
この国から出るなんてと難色を示した者が大半だったが、ブリタニアが植民地に対して行ったことを記した資料を見せると皆絶句し、アドリスの命令に同意せざるを得ないことを悟った。
そしてその翌日、マグヌスファミリアの国民達は国を脱出するために動くこととなる。
楽しい宴の後はみんな笑顔で仕事に出るはずなのに、その日の大人達はみんな怖い顔をして動いていた。
学校も突然休みになり、大事な物だけまとめるようにと子供達に指示が出たのだ。
「お父様、みんなどうしたのですか?怖いお顔・・・」
「・・・これから強盗殺人を家業にしている一族が来るので、みんなでイギリスに避難することになったのです。
子供達は最初に出る手筈になっていますから、エディも準備をするように」
「怖い人が来るのですか?」
「そうです。でもみんな一緒ですから、怖いことはありませんよ」
アドリスがにっこり微笑むので、父がそう言うのならそうなのだろうとろくに考えもせずにエトランジュは頷いた。
エトランジュは母の形見や祖母から貰ったゲームなどをまとめると、亡命の第一陣となった子供達とその親兄弟を中心としたグループとともに船に乗り込まされた。
「お父様、お父様はご一緒ではないのですか?」
「ええ、私は国王ですから、私は最後です。エディはルチアと一緒にイギリスへ先に向かって下さい」
「そんな、エディはお父様と一緒がいいです!駄目ですか?」
だだをこねて船から降りたがる娘をアドリスは痛ましげに見つめていたが、厳しい口調で叱りつけた。
「いけません、エディ。これはもう決まったことなのです。さあ、ルチアのところへ行きなさい」
お父様と一緒がいいと言えば何でも許してくれた父の厳しい言葉にエディは驚いたが、エディはこくんと頷いた。
「いつか必ず帰って来るから、みんなで待っていて下さいね」
「はい、お父様。約束です」
エトランジュはそう硬く父親と約束を交わすと、何度も振り返りながら船に乗った。
「・・・行って参ります」
いつもは見送る側の自分が見送られているということを不思議に思いながら、彼女は家族とともに初めて国を出た。
そこで何が起こるのかまだ解らないまま、船の上に青い海原を見つめていた。
エトランジュがイギリスに到着し、次々に国民達がコミュニティにやって来たのに、何故かアドリスは来なかった。
父はいつ帰ってくるのかと毎日のように尋ねるエトランジュにきっともうすぐだよとしか返さない伯父や伯母に気を使わせたくなくて、それすらも言わなくなったある日、マグヌスファミリアがブリタニアによって占領されたという報が届く。
そしてアドリスとともに避難してくるはずだった93人の国民達が予定より早まったブリタニアの侵攻により脱出出来なかったという凶報も、同時にやって来た。
その報告をEU本部のマグヌスファミリア王国に割り当てられている執務室で聞いたエトランジュは、目の前が真っ暗になった。
それを何重にもオブラートにくるんで伝えてくれたフランス大使は、必死で友人の娘に向かって言った。
「何、大丈夫だとも。アドリスは昔から悪知恵の働く奴だから、きっと何とか戻ってくる。
可愛い君を置いてどこかに行くはずがないじゃないか」
自分でもそう思っていないだろうに、人形のように動かなくなったエトランジュにそう言って慰めたが、エトランジュは何も言わなかった。
そしてそれから、彼女の地獄が始まった。
王族の会議が行われていたその日、エトランジュはクラスメイト達と共に自室にいた。
「今日の会議で、お父様が行方不明なので暫定的に王を決めるそうです。きっとアイン伯父様がなると思うのですが」
「そっか、そうだよね。アドリス様が不在の時はアイン様がいろいろ取り決めをしておられたし・・・お母さん達もそう言ってたもんね」
亡命以後エトランジュは再開された学校にも行かず、父親が戻って来ると信じてEU本部にいるか自室に閉じこもってばかりいた。
同じくマグヌスファミリアに残って消息が知れない親がいる生徒もエトランジュの気持ちが解るのか、こうして一緒に傍にいた。
自分は王になんてなれない。まだ未成年だし、政治の勉強などしたことがないのだから、そんな子供がまさか王になど、と考えるまでもなく解っていたからだ。
だがその日、マグヌスファミリア国民に告げられたのはそのまさかだった。
「無理ですアイン伯父様、おばあ様!私お勉強だってしてません、女王なんて無理です!!出来ません!!」
出来ないことは出来ないと言っていいと教育を受けていたエトランジュは、叫ぶように言った。
やる前から出来ないなんて言うものではないと言われることが多いエトランジュだが、この時ばかりはその通りであるため、皆エトランジュから目をそらす。
「お前の言いたいことは解る、だがそれが国のためなんだ。
ギアスを手にして、どうかマグヌスファミリアを取り戻す力となってくれ」
泣き崩れるエトランジュにアインがコードとギアスについて語りこれから得るであろう力がマグヌスファミリアのためになるのだと言われ、これは決定事項であると拒否権がないことを告げられた。
「そんな力があっても、私なんか・・・!・・・怖い・・・!」
「大丈夫だ、私達が守るから・・・だから、許してくれ」
アインやアーバインがエトランジュの前で臣下の礼を取るのを見た時、エトランジュはその運命を受け入れざるを得ないことを知った。
その後真っ暗闇の地下室でE.Eと呼ばれるコードの所有者に触れられ、彼女は“人の感覚を繋ぐギアス”を授けられた。
常に誰かと一緒にいたいと望む彼女はこの力を得たことだけは安堵したものの、それが自分に王位という重みを背負うことになったと思うと素直に喜べなかった。
他に理由があるなど、想像しないまま。
「エディ、大丈夫だよ。僕達がするから君はここにいていいんだよ」
「アル従兄様・・・」
「何の心配もいらない。君が王になったのは勝手な上の都合なんだから。
だから・・・泣かないで?」
みんな自分に何もしなくていい、大丈夫だと言う。
事実彼女は会議に形式的に出る程度で、王として何もする必要がなかった。
ただギアスを使って連絡を行い、アドリスの娘として各国の者達から支援を引き出すために、玉座に座るだけでよかったのである。
(でも、それだけじゃ駄目なのです。やっぱり王として動かなくては・・・)
王は国民のために動いてこそ王だと、アドリスは言っていた。
内心どれだけ国王の地位を疎んだ彼でも、彼は最後まで見事に王としての責任を全うした。
父の名を辱めたくないし、何より国民のために何かをしたい。
何もしないまま自分だけが守られているのはおかしいのではないか?
そんな子供じみた考えで、エトランジュは連日つたない案を出し続けた。
なまじ周囲の空気を察知する能力に長けていたエトランジュは、皆が戦争を嫌がり生活を成り立たせるのに苦心しているかを知っていた。
だからこそ戦争はもはや不可避のものとなっている事実から目をそらし続ける案がどれほど非現実的なもので、現実を見続けてきたアルフォンスを苛立たせていたかも気づかないほど、彼女は心理的に追い詰められていたのである。
「無理だって前も言ったろ!エディが考えているのは解るけど、お前のそれはただの綺麗な夢物語なんだよエディ!
綺麗事ばかりで何の役にも立たないことしてないで、もう寝ろ!どうせまたろくに寝てないんだろ。
そんなだからいつまでたっても役立たずなんだ!」
父に次いで一番信頼していたアルフォンスからの怒声にエトランジュは呆然とした顔になった。
我に返ったアルフォンスは慌てて前言を取り消したが、役立たずという言葉が深くエトランジュの心に突き刺さる。
「ろくに寝てないのは僕もそうなんだ。今日はもう寝よう。朝まで一緒に」
アルフォンスはそう言うと、自分のベッドにエトランジュを押しこむ。
「エディは悪くないし、役立たずじゃないから。さっきのは・・・全力で忘れろ、いいね?」
「・・・はい、アル従兄様」
アルフォンスに抱き締められながら目を閉じたエトランジュは、失敗をしないために相談しただけでもそれがみんなにとって負担なのだと知った。
何をしても自分はみんなの負担にしかならない。
ならば自分はどうしたらいいだろう。
(せめて言われたことはきちんと出来るようにしましょう。
みんな大変なんですから、それくらいはしなくては)
そう決意したエトランジュは、二度と誰にも相談をするまいと決めた。
その日から、エトランジュは日記をつづることにした。
誰にも言えないことでも、父になら言えると思ったからである。
【お父様、今日私はアル従兄様に馬鹿なことを言って怒らせてしまいました。
やっぱり何にも知らない私が考えても、あんまりよくないみたいです。
みんな大変だから、お父様が聞いて下さい。お願いします】
最初にそう綴られた手紙日記。
いつか戻って来ると約束して、今はこの世界のどこかにいる父に向けて、エトランジュは手紙を書き続けるのだった。
それから一年後、エトランジュにEUからの依頼が舞い込んできた。
現在ブリタニアと交戦中のルーマニアにある軍事基地を見舞ってほしいというもので、孤児院にいる子供達をマグヌスファミリアの養子として引き取る案も出たことから、エトランジュが出向くことになったのである。
絶対に行くようにときつく言い聞かせられたことに疑問を感じたが、エトランジュは素直に了承した。
初めてコニミュティの外に出るとあって内心怖がったエトランジュだが、基地といっても後方だし危険はない上にアルフォンスやクライス、ジークフリードも同行すると聞いて、内心を押し隠して楽しみですと笑った。
「私達は大きな家族と呼ばれています。貴方達に私達の家族になって欲しいのです」
保護された子供達とすぐに仲良くなったエトランジュは孤児達から懐かれ、早く行きたいと楽しみにしている子供達を見て久方ぶりに心からの笑みを浮かべた。
故郷にいた頃のように、みんなで仲良く遊んで楽しみを共有する。
亡命して以降は生活を成り立たせることに必死で、戦争状況を把握したり会議に出たりと、遊んだことなどなかったからである。
「エトランジュ様、これ差し上げますよ」
そんなある日、たまたま警備に当たっていたルーマニア軍兵士が差し出したのは、ブリキで作られた人形だった。
「工場で余ってたブリキと倉庫で余っていた部品で作ったんですけど、即席にしちゃあいい出来でしょう。
ちょっと重いのが難点なんで、気をつけて下さいよ」
倉庫からかっぱらったというペンキで多少の色をつけられたブリキのロボット人形に男の子は喜び、ブリタニア兵をやっつけろー!と叫んでいる。
「ありがとうございます。女の子向けのぬいぐるみなら作れるんですけど」
イーリスと名付けた少女に作ってやったマスコットを指して笑うエトランジュに、ルーマニア兵士はまあ男女の違いですからと笑った。
平穏な日々は過ぎ、そして悪夢の雨の日がやって来た。
倉庫を改造した部屋の中で急に降って来た雨を罵りながらクーラーを調節していたアルフォンスに、クライスが言った。
「雨だってのに、クーラーなんか調子悪くねえ?」
「そうだねクラ・・・あー、これはちょっとモーターの動きが悪いだけだからすぐ直せるよ。
道具持ってくるから、クラ手伝って」
「へいへい」
ジークフリードは明後日の軍用ヘリについての説明を受けるため、この場にはいなかった。
アルフォンスとクライスがいなくてもここは味方の基地内なのだからと、エトランジュも気にしなかった。
「すぐに戻って来るから、鍵かけないでね。じゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
こうして快く二人を送り出したエトランジュがいつものようにみんなを集めて歌を歌い始めて間もなく、外で大きな音が響き渡った。
「な、なんだろう・・・外がちょっと騒々しいみたい、エディ様」
「そのようですね・・・火事か何か・・・ではありませんね。それならすぐに誰かが来て下さる筈ですから」
この部屋には敵襲だの敵を粉砕せよだのという言葉を子供達には聞かせられないとの判断から、スピーカーは置かれていなかった。
連絡手段である携帯電話はアルフォンスが持っており、どうしたものかと考えていると、ドアが乱暴に開け放たれた。
そこには息を荒く吐き、ところどころ擦り切れた見たことのない軍服を着た青年の男だった。
「どなたですか?あの、外の騒ぎがなにか・・・」
よもや脱走したブリタニア兵だと思いもよらなかったエトランジュが冷静にそう尋ねると、その質問を無視したブリタニア兵は、中にいるのが女子供だけだと知ってニヤリと笑みを浮かべた。
「俺は神聖ブリタニア帝国の大佐だ!劣等人種の分際で、よくも我が誇り高きブリタニア人を牢に押し込めてくれたな・・・!」
ブリタニア人、と聞いて一斉に悲鳴が上がり、子供達がエトランジュに抱きついた。
「動くなガキども!これからお前達を使って、俺の同胞を助け出すのだからな・・・光栄に思うがいい!」
哄笑するブリタニア兵にエトランジュは青ざめながら子供達を抱き締め、助けが来るまで何とかしなくてはと考えた。
まずはギアスでアルフォンス達に連絡を、と考えた刹那、ブリキ人形を持った少女、イーリスが勇気を振り絞って叫んだ。
「こ、こんなことしたって無駄なんだからね!ここにはいっぱいEUの人達がいるんだから、お前なんかすぐに捕まっちゃうんだから!」
慌ててエトランジュが彼女の口を塞いだが、激昂したブリタニア兵はイーリスを殴りつけた。
「イーリス!!」
大きな音が部屋中になり響き、泣き声が一斉に響き渡る。
エトランジュが殴りつけられたイーリスに駆け寄って抱き締めると、完全に逆上しているブリタニア兵はそんなエトランジュの頭をぐりぐりと押さえつけながら叫んだ。
「黙れ、この劣等人種のガキどもが!!いいか聞け、ナンバーズ!我々ブリタニア兵を速やかにみな解放し、これまでの無礼を詫びて降服しろ!
さもないとここのガキどもを一人ずつ殺していく!」
「待って下さい、ここにいるのは子供だけです、私だけ残るから他の子は・・!」
自分は死んでもまた代わりの王が即位すれば済むことだ。
自分は王だから、と守るべき国民達のために哀願するエトランジュをうるさいとばかりに、ブリタニア兵はその頬を殴り飛ばした。
拳ではなく平手だったのはせめてもの理性だったが、殴られた側にとっては何の慰めにもならない。
自分を罵ったガキを見せしめに殺してやる、と喚きながらイーリスの首をつかんだ時、エトランジュの視界に入ったのはイーリスが持っていたブリキの人形だった。
(誰か誰か誰か助けて・・・!あの子を助けて・・・・ああでもここにいるのは私だけ・・・!
私は王で、あの子を守らなきゃ・・・!!誰かあの子を助けて!!
あの人を止めなきゃ!)
混乱した思考の中で床に転がっていたそれを手にした彼女は、今床に抑えつけられて首を絞められているイーリスを見て目の前が真っ赤になり、考える間もなく人形を手にしてブリタニア兵の背後に回り、その後頭部に向かって腕を振りおろした。
そしてガン、と鈍い音が響き渡り、生暖かい血が周囲に飛び散り、エトランジュの青いドレスに紅い斑点が飛び散った。
「う、動かないようにしなきゃ・・・!」
母は言った。頭に衝撃を与えると、気を失うことがあるのだと。
だからこれでいいはずだった。
「うが・・・があ・・・」
アヒルの鳴き声のような声が聞こえ、床に与伏せていたイーリスの呼吸が自由になるのを見た時、エトランジュはほっと安堵の息をついた。
だがそれも束の間、床に転がったブリタニア兵は自分の頭からダラダラと流れる血を見て目を血走らせ、ぎろりとエトランジュを睨みつけたのだ。
「こ、殺してやるぞこのガキ・・・!」
「ひっ!」
エトランジュは心底から怯えた声を出すと、この人をどうにかしなければととっさに考えた。
「うああああ!!!」
エトランジュは訳も解らぬままブリキの人形を持った手で男に馬乗りになり、何度も何度も人形を振り下ろした。
(動かないで、怖いの怖いの、この人を動かないようにしなくちゃ・・・!
私この子達を守らなきゃ、怖い怖い怖い・・・!!
動かないで、お願い!!)
ガン、ガン、ゴン、と鈍い音が響き渡る中、子供達は呆然となっていた。
やがて数人の我に返った子供達が慌てて部屋から飛び出していったが、それに気づかずエトランジュはひたすらブリキの人形をブリタニア兵の頭にめり込ませていく。
泣くことすら忘れ、ただ鈍い音が響き渡りだしてから間もなく、銃を構えたアルフォンスとクライスを筆頭に、救出部隊が突入した。
「エディ、エディ、エトランジュ?!」
自分が呼ばれたことも解らずまだ恐怖に駆られて同じ作業を繰り返していると、その手がゆっくりと止められた。
「もういい・・・やめようエディ」
「アル・・・さま・・・?」
「もう、死んでる」
アルフォンスがそう告げたことの意味を、エトランジュはろくに働いていない頭で考えだした。
(死んでる?ああ、さっきイーリスを殺そうと男の人・・・死んだってことは動かなくなったってことですよね)
もう動かないのならイーリスも自分達も大丈夫、みんな助かったのだと理解した時、エトランジュは笑みを浮かべた。
だがなぜ死んだのかと考えなくてもいいことまで思考がいった時、彼女の目が大きく見開かれる。
(だって、動かなくなったのってどうして?私・・・人形で何をしたのでしょう?
あれ・・・あれ・・・あれ?)
『いいかいエディ、頭は頑丈だけど、それだけに傷ついたらとっても大変なんだ。
頭をガーンってやられちゃうと身体が動かなくなったりするから、ちゃんと庇わないとだめだよ』
『死んじゃうって、この前の牛さんみたいに動かなくなっちゃうのですか?』
『そうだよエディ。だからちゃんとヘルメットをかぶってね。
喧嘩する時も、絶対相手の頭を狙って物を投げたり当てたりしてはいけないよ。
だってね―――』
母は絶対に、相手の頭に向けて物を投げたり当てたりしてはいけないと言った。
その理由は、二度と動かなくなるから・・・そう。
『うっかり急所に当てたら、死んじゃうから』
もう死んでる、とアルフォンスは言った。
おそるおそるブリタニア兵を見ると、彼は目を見開いたまま倒れており、床一面に赤い池が出来ている。
「あ、あ・・・・うあぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
先ほどまで美しい声で優しい歌を歌っていたとは思えぬ声が、辺りに響き渡る。
(わ、私・・・ひとを、ころした!)
「私、私・・・!ころし、でも怖くて、イーリスが!
だって、動かなくなっちゃえばと思って、でも死んじゃうと・・・!お母様がやっちゃダメだって言ったのに・・・!」
「落ち着いて、エディ!エディは悪くないよ、いいから落ち着け!」
「おい、エトランジュ様を抑えろ!誰か鎮静剤持って来い!」
錯乱するエトランジュを抑えにかかる軍人達の声を、エトランジュはどこか他人事のように聞いていた。
その後のことは、エトランジュはあまり憶えていない。
ただ精神安定剤で夢うつつの状態の中マグヌスファミリアのコミュニティに戻り、国境を超える医師団の精神科医のカウンセリングを受けた。
人を殺した自分を、誰も責めなかった。
それどころか人質となった子供達を守るためによくぞやってくれた、と誉めたたえられ、EU議会からも称賛された。
特にルーマニアは自分達の不手際で捕虜を逃してあの騒ぎとなったことから、山のような支援物資と勲章を贈って来た。
国民達もエトランジュは凄い、いいことをしたのだと賞賛したが、その視線があのエトランジュが、と驚いていたことに彼女は気付いていた。
「エディ、気に病むことないよ。ほんとよくやったと思ってる」
「そうそう、私だって十五歳になったら軍に入って、あのコーネリアを倒してやるんだから!
ブリタニア兵をやっつけたエディは凄いよ!」
(人を殺すのは一番してはいけないはずなのに、どうして私は褒められるの?)
家族から褒められるのが嬉しかった。
ありがとうと言われるのが好きだった。
驚きながらも家族はみんなエトランジュは偉い、よくやった、お前はいい事をしたのだと言う。
ああしなければみんな殺されていたのだから、あれしか方法がなかったのだから仕方ないと。
(これしか方法がなかったから・・・だからみんな戦うのですね)
誰が相手であっても、話せば解ってくれると思っていた。
だから言葉を学んだ。たくさんの言葉と誠意を尽くせば、ブリタニア人だっていつかは理解してくれると信じて。
だがあの時のブリタニア人は話を聞くどころか、何も出来ない子供にすら牙を向けた。
言葉を理解しても、聞く意志がなかった。
おそらくあのブリタニア人は、態度こそ違えど今相手にしているブリタニアを体現しているのだろうと、エトランジュはやっと思い知ったのである。
(話が通じないなら、あの時の私のように力に訴えるしかない・・・アル従兄様はそれをもう悟っておいでだったのですね。
だから私の案は役立たずだと、よく解っていらした)
アルフォンスはその事実を、自分には言わなかった。
ただ何も言わず、人を殺すための武器を造り続けてブリタニアと戦っていた。
どうして自分には何も言わなかったのか、エトランジュは知っている。
アルフォンスは自分を愛してくれている。
だから何も言わずにブリタニア人を殺す兵器を考え、造る努力をしてきた。
このままブリタニアとの戦争が続けば、いずれ十五歳になった国民達は軍に入り、ブリタニアと戦うのだろう。
既に何名かがEU軍に入っているし、軍需工場で働いている者も多い。
(軍に入って、ひとを・・・ころす・・・そんなの、駄目・・・!)
今でも手に残る、ブリキ人形の重さと生暖かい血の感触。
家畜を屠殺するのとはわけが違う。
命を奪ったというのに安堵の笑みを浮かべたことも、エトランジュはうっすらと憶えていた。
みんなもその恐ろしさは想像できるはずなのに、自分を慮ってか大丈夫、次は私達、と言い合う同級生の声に、エトランジュは決意した。
『人の嫌がることは自分が嫌なことでも、進んでやってあげなさい』
母が人に愛されて喜ばれるために教えてくれたこと。
殺人なんて誰もしたくないのは、自分でも解る。
だから既に手を汚した自分がやろう。
自分が死んでも代わりの王はいるし、ギアスだって別の人間に渡せば済む話だ。
まだ何をすればいいのか解らないけれど、もう逃げることはやめよう。
話し合いが駄目なら、殺すしかないのだ。
自分は王だ。国民達を守らなくてはならない。
そのためには、まず今世界に何が起こっているのかを自身で確かめなくては。
エトランジュはそう考え、友人達と別れた後アインの元へと歩いて行った。
「本当に行くの?エディ」
心配そうなエリザベスに、エトランジュは微笑んだ。
「はい、ブリタニアは強大ですから、仲間を集めることから始めようと思います。
ブリタニアへの抵抗活動をしている方はたくさんいますが、ばらばらのままで動いていては意味がありません。
だから、協力し合うように説得してみます」
この案はEU議会でも激しい論争があったが、成功すれば強力な組織となると踏んだこともあり彼女に白羽の矢が立てられた。
父の友人達も、出来るだけの支援をしてくれた。
ドアの外では車の準備をしているアルフォンス、クライス、ジークフリードの姿が見える。
「大丈夫です、必ず戻ってきますから。だから、安心してお待ち下さいな」
行ってらっしゃいと、常は自分が送り出す側だった。
そして今、自分が送り出される側に立つ。
目をそらさないで、世界を見に行こう。
どれほど醜いものがあったとしても、そればかりではないはずだ。
これから先自分は弱いから、また怯えたり泣いたりすることもあるだろうけれど、自分には仲間がいる。
ほんの少しだけ泣いて、叱られて、そしてまた頑張れと言われたら、きっと立ち上がれるから。
大きく開け放たれた扉の外に出たエトランジュは、抜けるような青空を照らす太陽の光にまぶしそうに眼を細めた。
成り行き任せの物語はもうおしまい。
自分の意志で、これから先の展開を進めていこう。
みんなで仲良くいつまでも。
それが己の物語であるために。
『――――行ってらっしゃい』
「・・・お父様?」
どこかで父に呼ばれた気がしたエトランジュは小さくを笑みを浮かべ、太陽に向けて手をかざす。
「行って参ります」