第三十八話 逆境のブリタニア
喜びと怒り、相反する感情に染まった超合集国連合と敵対している神聖ブリタニア帝国では、表向きは中華の人体実験施設をブリタニアの罪とした超合集国連合許すまじと、連日報道していた。
だがマグヌスファミリア女王の父親と従姉が発見されたこともあり、実際は超合集国の報道が正しいと考えている者が圧倒的に多い。
差別国是を盲信している者などは、たかがナンバーズと裏切り者を有効活用しただけのことと笑う者すらいる。
それでもそれを認めてしまうと離反者が増大することは明白なため、常は他者の風評など無視するブリタニアといえどそうしてしまうわけにはいかなかったのである。
そのためブリタニア内部では超合集国連合を討って全ての罪を押し付ける方針で一致しており、軍備を再編して開戦の準備を整えている真っ最中だった。
(父上も何を考えているのか・・・人体実験というだけでもおぞましいのに他国で行うなど、あれではユーフェミアが父と呼びたくないと言うのも解るよ)
状況把握能力の高いオデュッセウスは正確にギアス嚮団なるものが父の組織だと理解していたがゆえに、テレビの中でユーフェミアの会見を見ながら大きく溜息をついた。
オデュッセウスがどうしたものかと思案していると、側近の一人が恭しく報告した。
「オデュッセウス殿下、エリア5で反乱が発生いたしました。既にいくつかの地方庁が陥落したとのことです」
「またか・・・」
エリア8とエリア14が解放された後、黒の騎士団が独立戦争を仕掛けてきたことはないが、それに触発されたのか自発的に起こった反乱の情報はかなりの頻度で上がってくるようになった。
特にギアス嚮団のニュースが世界を駆け巡ってからは、いくら情報統制を行っても無駄で一気に反乱の件数が増えた。
もはやもう自分の手には負えないとオデュッセウスは匙を投げてしまい、帝国宰相であるシュナイゼルに丸投げすることに決めた。
それではシュナイゼル殿下が次期皇帝に決まってしまうのではと後見人の貴族や母后に言われたが、正直ここまでの悪行をやらかした国の皇帝になどなりたくないとオデュッセウスは思っている。
自分は面と向って父に直訴する力も気力もない。
かといってシュナイゼルのように水面下でどうにか片付ける力もない。
ユーフェミアのように他国を味方につけることも出来ない。
どちらが勝つにせよ、何も知らないブリタニア国民を戦火から守ること。
それがオデュッセウスが自らに課した仕事だった。
「国民達のデモや暴動が起こらないようにしよう。
国務をずっとシュナイゼルに任せてきた父上が最近会議に出席することが多くなったところを見ると、かなり追いつめられているからね、厳しい弾圧になりかねない」
ギアス嚮団の所業が発表されてからというもの、ブリタニアの衝撃も並大抵のものではなかった。
ナンバーズを対象にしているだけならまだしも、裏切り者とされていたとはいえジェレミア・ゴッドバルドという辺境伯の地位にあった者すら人体実験にかけられたという情報は、ブリタニア国民を恐怖に陥れるのに充分だったからである。
いくら情報を統制しようとも、向こうがあらゆる手段を使って情報を送りこんでくるのだからどうしようもなかった。
(・・・ブリタニア宮殿で父上に事の真偽を確認しようとする者がいなかったり、マスコミなどがやたらおとなしいのもそれが原因だろうな。
もっとも、他者から見れば皇族から弾圧されていると思われているだろうけれど)
命がけでジャーナリズムを貫き通すという気骨ある記者らは大半が既に合衆国ブリタニアに行ってしまっているし、わずかに残った記者達も協力者が少なすぎるせいで身動きが取れなかった。
処刑や投獄を覚悟している者達でも、さすがに拷問まがいの人体実験にかけられると思えば及び腰になりもしよう。
その意味では反乱やデモは杞憂に終わるかもしれないと考えたものの、オデュッセウスにはそれがブリタニアの終焉の前触れに見えた。
神聖ブリタニア帝国、皇帝の居住する宮殿。
その皇帝の私室では、そこに閉じ込められた少年がベッドの上でうつろな目で天井を見上げていた。
弟がコードを奪われて戻って来たあの日、V.Vは弟の軽率な行動を責め立てたが、その後に自分が七年前にマリアンヌを殺したことを知られていたことを聞かされて、真っ青になった。
『マリアンヌもC.Cからギアスを与えられていたことはご存知でしょう。
死ぬ前に発動したようで、アリエス宮の行儀見習いをしていたアーニャに乗り移って生き延びたのですよ』
冷やかな声でそう言われたV.Vは、それまで起こった出来事を全て告げられて自分一人が蚊帳の外にあったことを思い知らされた。
シャルルはマリアンヌを殺したことを責めなかった。
それは心だけでも生きていたからだが、また同じことをされては困るとの判断で黙っていただけだった。
そして次はルルーシュとナナリーの番だと思ったから、あの二人をブリタニアから逃がしてことのついでに日本侵攻の口実にしたのだ、とも。
弟は計画を一番に考えていたのだとV.Vはその意味では安堵したものの、それでも計画に協力してくれていたマリアンヌを殺した自分は既に信用を失っており、もう何もするなとばかりにこの部屋に閉じ込められてしまった。
コードもなくギアス嚮団もなく、ただの無力な子供でしかない自分は何も出来ないのだから当然だ。
シャルルがコードを奪われたあの日以来、自分達の間に会話はない。
コードを奪い返すために黒の騎士団とEU連合軍との戦闘準備のために夜遅く戻ってくることが多く、まれに仕事が早く終わっても他の后妃の宮に足を向けて戻ってこない。
明らかに自分を避けている弟にV.Vは苛立ったが、かといって自分もシャルルに何を話せばいいのか解らない。
自分の世話をしているのはシャルルに忠実な執事一人だけで、相談出来る者もいない。
暇潰しにつけたTVでは、レポーターがレポーターが中華での人体実験施設をブリタニアへ押し付けた超合集国連合、およびゼロは卑劣な男であるとコメントしていた。
「・・・ギアスのことを隠すのはいいけど、マグヌスファミリアの前国王があんな体になったのは僕達のせいじゃないのに」
都合の悪いことは全部自分達のせいにする、だから嘘は醜いのだと、V.Vは己のしたことを省みずにそう呟いた。
結局は自分の都合のいいものばかりを見ていたい彼が今望んでいるのは、弟の関心を自分に向けることだった。
邪魔なマリアンヌは完全に消えているようだが、身体を殺したのは自分であることは事実であり、マリアンヌがシャルルにとってかけがえのない存在だったのだと改めて思い知らされた。
さらにルルーシュも計画よりは優先順位が低いとはいえ、あれだけのことをされても愛情を向けていることを悟っていた。
だからこそルルーシュを勝手に殺そうとした自分が、シャルルは許せなかったのだとV.Vはようやく気付いたのである。
(何とかシャルルの怒りを解かなきゃ・・・!そのためには、計画を進めなきゃいけないんだ)
シャルルはもう一度マリアンヌに会いたいと願っている。
自分にとっては邪魔な女だが、弟が彼女を望み身体を殺した自分に怒りを抱いている以上、仕方なかった。
その時点でいくつもの矛盾を抱えていることにさすがにV.Vもうっすらと気付き始めていたが、現実を見たくないV.Vはそれから目をそらし続けた。
ベッドから起き上がったV.Vはギアス嚮団からコピーした資料をパソコンで開き、情報を集めて考え始めた。
(違う、これでもない・・・確かどこかで見たことが・・・)
コードがなくともアカーシャの剣を動かす方法がないものかと考えながらV.Vが資料を読み進めていくと、目的の資料を見つけてV.Vは笑った。
「見つけた・・・!やっぱりコードの所有者じゃなくても、ギアス能力者ならコード所有者を遺跡の中に引き込めば動かせるんだ」
アカーシャの剣を動かすにはコードが必須だが、コードと繋がっているギアス能力者がいれば理論上は可能だとこの資料には記されている。
それが事実ならコードを奪うのは容易ではないが、生け捕って遺跡の中に連れて行くだけなら何とかなる。
ビスマルクのギアスの元は自分のコードで、そのコードはマグヌスファミリアの女王の父親が持っているという。
ろくに動けない身体だとテレビでも伝えていたから、捕まえるのは簡単だろう。
実際は警備が厳しい上にギアス嚮団が既に駒ではなくなっているので言うほど簡単ではないのだが、朗報を見つけたV.Vは先ほどからの鬱屈した気分が吹き飛んでにっこりと笑みを浮かべた。
そして近くにいた執事に、シャルルに話があることを伝えるように命じる。
ラグナレクの接続という計画でしか繋がるものを無くしたV.Vは早くシャルルにこのことを知らせ、弟の関心を取り戻したいと思った。
自分が本当には何がしたかったのかを忘れたまま、V.Vは最愛の弟の帰りを待つのだった。
一方、その弟は超合集国連合と黒の騎士団を潰すべく、各方面に指示を出していた。
さすがに一代でブリタニアを世界最大の国家に押し上げただけはあり、圧力をかけて出兵反対派を黙らせると着々と軍備を整えていた。
「我がブリタニアは常に競い戦い、そして勝利をこの手に掴んできた!
かつてブリタニアに屈した者どもは敗北を認めず、無様にあがいておるにすぎぬ!
慢心し進むことを忘れた者こそが敗北を生む!
敗北したコーネリア、ジェラールの両名は勝利に酔い己の進化を止めた者の末路だ。
今こそ己を戒め、闘うのだ!競い奪い獲得し支配し、その果てに、未来がある!!
敗北した者と同じ末路を辿りたくなければな!!」
負ければ死に勝る屈辱の人生、それを逃れたくばより一層競い合って高め合えと叫ぶ皇帝に、貴族達は真剣な顔で息を呑んだ。
敗北した者・・・それはつまり自分達が敗者と呼び蔑んだ者達にした仕打ちが返って来るということだ。
いくら黒の騎士団が人道主義を掲げようとも、実際はどうなるかという保証は全くない。
悪党が最も恐れるのは、自分がしたことをやり返されることなのである。
「弱者は強者に従う義務があるが、強者は強者であり続ける義務がある!!
我がブリタニアは常に強者、ひいては勝者であり続けなくてはならぬ。
奪われたものを取り戻すのだ!!オールハイル・ブリタニア!!」
「オールハイル・ブリタニア!!黒の騎士団から我がブリタニアの領土エリアを奪い返せ!!」
「オールハイル・ブリタニア!!」
自分達が奪うのは構わないが奪われたことは不当だと考えるブリタニア貴族の思想に、シャルルの演説は砂に水がしみ込むように浸透していく。
事実これ以上黒の騎士団の進撃を許せば何もかもが奪われるのは確定なのだから、貴族達も必死なのだ。
アドリスが言ったとおり、彼の味方は今やビスマルクやV.Vを除いては他人を虐げることで己の優位を見出す者達ばかりになっている。
シャルルやブリタニアのためと言うより己の地位や財産を守るために、彼らはシャルルの言葉通りに下の身分の者達から物資を奪い、軍備を競い合って黒の騎士団の進攻に備えていた。
いつ植民地エリアが狙われるか解らないと判断した者は反乱を防ぐためにもと、一気に税金を上げて物資の制限を行った総督もいる。
だがこれは逆効果で、ほどなくしてそのエリアで反乱が発生した。
常に奪うことを繰り返してきたブリタニア貴族にとって、逆に物資を与える懐柔策など思いつく方が珍しかったのだ。
しかしシャルルは植民地エリアよりも計画の要である日本の神根島の遺跡さえ取り戻せればいいと考えており、そのためにその日本に基地を置く黒の騎士団を潰す必要があったので他の植民地エリアの反乱やエリア解放に興味を示さなかった。
兄からの情報でコードさえあればアカーシャの剣を動かすことが可能だと解ったのだから、なおさらである。
(アドリス王はエリア11にいるようだからな・・・遺跡を奪回するためにも、エリア11を再度攻め落とさねば)
兄からの情報が間違っていても、どのみちコード所持者は手中に収める必要がある。
そのため、シャルルはこれまでシュナイゼルに丸投げして来た政務に没頭していたある日、彼は次男のシュナイゼルを呼び出して命じた。
「シュナイゼルよ、そなたが所有しているダモクレスをわしに献上せよ」
藪から棒に命じられたシュナイゼルは内心で眉をひそめた。
父に知られているだろうことはうすうす気がついていたが、何も言わなかった彼が突然何故、と疑問に思ったからである。
バトレーの連絡が途絶えた以上彼はすでに死んでいるとみるべきで、そうなればシャルルとて自分が既にギアスを知っているだろうことを悟っているはずだった。
ギアスなる力と生きていたルルーシュ、そしてマグヌスファミリア・・・断片的な情報だったが、ある程度は推測が立てられた。
バトレーからクロヴィスが人体実験にかけていた不死の少女の話を聞いていたシュナイゼルは、末弟はその少女とおそらくシンジュクで出会い、その後与えられたギアスでゼロになったと正確に推測していた。
そしてその不死でありギアスを与えられる人間は複数おり、それはマグヌスファミリアにもいたのだということも。
マグヌスファミリアに出向いた時に、神根島の遺跡と同じマークがあるものをいくつも発見したし、彼らが迅速にルルーシュと同盟を結べたことから見ても、ほぼ間違いないだろう。
戦略は質の良い情報が数多くあってこそ正確に立てられる。
ギアスなるものについて不透明な情報しか得られていないシュナイゼルは、ブリタニアと黒の騎士団との戦争の原因がギアスにこそあると気付いていた。
(これはギアス絡みで何かあった、と考えるべきかな?
詳しいことを知っていたであろうバトレーを救いだせなかったのは残念だ。早急にマグヌスファミリアを手中に収めておけばよかったな)
EUを攻略してマグヌスファミリアを手に入れるという計画を立てたのは、ギアスを知らなかったからだった。
もしあの時点で知っていたなら、適当な皇子とエトランジュを娶せた政略結婚などの手段を取っていた。
しかし既に黒の騎士団とEU軍はマグヌスファミリアを通じて強固な同盟関係を築いており、今さらたとえ第一皇子のオデュッセウスや自分を婿にと申し出たところで寝言は聞きたくないと言われるだけであろう。
(世界を平和にするためには、戦争を奨励する父上が邪魔だ。
この方には早々に退場して頂いて、オデュッセウス兄上が即位、その後でダモクレス計画を発動するのが一番なのだが)
しかしギアスなる力で妨害に入るだろうルルーシュとエトランジュ達が厄介だ。
ギアスというのが超能力のたぐいであることは解っているが、種類が複数あるらしいのでどんな手段で妨害するか解らない。
さらに明らかに父は日本というより神根島の遺跡のほうに執着しており、そこに何があるのかも解らない以上、うかつに動けなかったのである。
「・・・あれは未完成です、陛下。エリア11の奪回にはまだ使えないかと存じます」
事実大量破壊兵器を搭載した上での完成なので、それがまだ出来上がっていないのだから間違っていない。
しかし逆に言えば世界最大級の空中要塞としてなら完成しているので、正しいともいえないのだ。
ダモクレスを父に使わせるわけにはいかないのでシュナイゼルが遠まわしに断ると、常にギアス嚮団員に探りを入れさせて知っていたシャルルは冷たい声で再度命じた。
「既に要塞として使える状態ならばよい。ゼロの手が伸びる前に、トロモ機関からブリタニア本国へ移送せよ」
どうせ既にルルーシュ達に知られている。
ならばカンボジアよりも自分達の勢力内であるブリタニアに置く方が何かと安心だ。
「・・・承知いたしました、すぐに手配いたします」
シュナイゼルも父の意図にすぐに気づき、確かにそれは正しいと認めた。
ルルーシュはダモクレス計画を阻止すべく、既に策を巡らせていたことに気づいていたからである。
エトランジュが知っていた以上、ルルーシュも知っていると見るべきだから当然だ。
シュナイゼルは何のため、ゼロの正体であるルルーシュの処遇について尋ねた。
「陛下、ゼロの正体についてですが、捕らえた暁にはどういたしますか?」
「お前も既にゼロの仮面の下の顔を知っていよう。
だがあれはマリアンヌの子、余計な面倒事を引き起こしかねぬゆえ、仮面ごと葬るしかあるまい」
予想通りの答えにシュナイゼルは了承したとばかりに頭を下げた。
事実、ゼロの正体はこちらも把握していないとしたまま殺すのが一番面倒がない。
(だがさすがの父上もブリタニア本国をも巻き込んだダモクレス計画は妨害するだろう。
今になって政治に関心を持ち始めたということは、ギアスとやらで父上が進めていた計画が破綻したか、一度中断しなくてはならなくなったというところだろうね。
例の兵器の有効性はすでに実証出来たと聞いている。父上に気づかれる前に、完成を急がせよう)
黒の騎士団も軍備再編に大わらわで、ブリタニア首都ペンドラゴンや黒の騎士団や世界各国の軍基地を破壊し尽くせるだけの分を製造出来れば充分だ。
製造計画によれば三ヶ月あればそれくらいは可能である。
だからその兵器が完成すればシャルルを暗殺し、ダモクレス計画を発動する。
(・・・人々が私に平和を望むのならば)
シュナイゼルは無表情でそう考えながら、謁見の間から退室した。
それを無表情で見送ったシャルルは、息子の考えを正確に読んでいた。
子供達に無関心なシャルルだが、それでもさすがに長年皇帝として君臨して来ただけはあり、シュナイゼルが己の計画を諦めていないことを悟っていた。
シュナイゼルのダモクレス計画は“この世界から戦争を消す”のが目的であるため、戦争を煽り立てる自分がまず邪魔なのだ。
(だがそれでは真の平和にはならぬ。人間は知恵を働かせる生き物、しょせん人が造ったシステムである以上、人の手で破られよう。
そうなれば結局は元の木阿弥、実行に移させるわけにはゆかぬ)
シュナイゼルのいう平和は、いずれ破られる。
ダモクレス計画だけではなく、ルルーシュが唱えた超合集国連合とていずれは瓦解するだろう。人の作ったものは、いつか必ず消える運命にあるのだから。
物であれ、国であれ、システムであれ、それはいつか終わりを告げるものだ。
自分が唱えた弱肉強食の国是も、富み過ぎた国はその重さに耐えきれず滅びることもシャルルは理解していた。
それでもそれを推し進めて急速にブリタニアを富み栄えさせたのは、人々の意識を一つにすることで争いを無くす計画のためでしかない。
嘘のない平和な世界を創れば、シュナイゼルのような人間が危険な計画を立てても皆がすぐに気付いて止められるのだから。
嘘がなく、そして死者とも語りあえる世界。
V.Vを恨んでいないマリアンヌと再会すれば、兄も妻に対する愛情と兄に対する愛情は違うのだと理解し、和解出来るはずだ。
ルルーシュも自分達の考えを歪んだ形でしか理解しなかったのだから、正しく理解して貰うためにも成し遂げなくてはならない。
思考エレベーターの構築実験で既にCの世界に行ってしまったクロヴィスと話した時も、彼はまた生き返ることを望んでいたのだ。
七年前のアリエス宮は、本当に平和で幸福な日々だった。
異母兄弟でも仲良く遊ぶルルーシュやナナリー、コーネリアとユーフェミアにクロヴィスの姿は、幼い頃自分がどんなに望んでも手に入らないものだったから。
アリエス宮の庭で仲良く遊ぶ子供達を見るのが、シャルルは好きだった。
兄の介入さえなければあの光景を見ながら計画を進められたはずだという恨みはあるが、今さら言っても詮無きことだ。
時の流れに取り残され、寂しさのあまり暴走した兄を責めることは出来ない。
自分は兄だからとその運命を引き受けた兄を、どうしても捨てることが出来なかった。
失った日々を取り戻そうと、シャルルは必死だった。
手の中にあったはずのものだったから、どうしても取り返したかった。たとえ自分で捨てたものであったとしてもだ。
既に世界のためではなく自分のためだという思考になっていることに気づかないまま、シャルルは軍備再編を進めていたビスマルクと会った。
左目を封印していたピアスを解き、出来るだけギアスを発動しているビスマルクは深々と頭を下げた。
「軍備再編は急ピッチで進めております陛下。三ヶ月以内にはエリア11へ進攻するようにいたします」
「うむ、軍に関してはお前に任せる。して、ギアスの方は?」
「・・・残念ながら暴走する気配すらありませぬ。不甲斐無き身で申し訳ありません」
「・・・そうか。代々コードとギアスを継いできたマグヌスファミリアの王族ですら三年近い月日をかけたからな。
幼くして暴走した兄さんやわしのほうが例外なのであろう」
となればやはり短期にことを終えたいのなら、V.Vが持ってきた情報に賭けるしかない。
シャルルが気難しい顔でそう考えていると、ビスマルクの眉が不愉快そうに寄っているのを見て尋ねた。
「どうしたビスマルクよ、何かあったのか?」
「は、大したことではありません。V.V様のコードを奪ったアドリスが、コードを通じてふざけたことを言ってくるだけです」
「・・・そうか。相変わらずいい性格をしている男だ」
ビスマルクのギアスは元はV.Vのコードによって与えられたものだから、アドリスに移った今彼はアドリスと会話が出来る。
ビスマルクとしては主君を罵倒し計画の邪魔をしてくれた怨敵と話す気などこれっぽちもないのだが、アドリスは明らかに嫌がらせでコードを開き、苛立つようなことばかりを言ってきたのである。
『ルルーシュ皇子のお菓子は美味ですね。エディと一緒に頂きました。ナナリー皇女のリハビリも進んで、とても結構なことです。
シャルル皇帝に対していろいろ苦情をおっしゃっていました。ユーフェミア皇帝も同様で、ご姉妹で身内の恥をそそぐと決意を新たにしておいででしたよ。
貴方がたは本音を聞き続けることをお望みのようですから、大事なお子さん方の本音を教えて差し上げようかと思いましたので、お伝え頂けませんか?』
憎い家族の仇の望みを叶えて差し上げる私って優しいでしょう?と腹黒い笑みでほざくアドリスに、ビスマルクはせめてもの抵抗で無言でいるしか出来なかった。
アドリスの経歴を調べたところアドリスは大学で心理学を選択科目で取っていたそうだから、相手の心理につけ込んだ言動をすることくらい、簡単なことなのだろう。
あれほどの腹黒さを持ちながら世界各地に友人がおり、中華の前皇帝ともたった一度会っただけで大事な孫娘である天子とエトランジュとの文通を認めさせたほどだ。
(何故だ、何故あのような男に人が集まる!
陛下は真剣に世界を憂えておられるというのに、自分や家族のことばかり考えるような男にルルーシュ様も・・・!)
思想が問題なのではなく行動が問題だったのだと、ルルーシュが聞けばそう答えるだろう。
シャルルを思うあまりそれに従わない者達すべてが悪だと断じるビスマルクも、見ようによってはシャルルの硬直した思考に一役買ってしまっていた。
ビスマルクの忠誠心は見事ではあるのだが、それによって他者の心を推し量ろうとしないのならばそれは尊敬に値するものではない。
アドリスにふざけるなと返したビスマルクには、本音のみの世界を望みながら何故本音を拒むのかと不思議がられていることも解らない。
アドリスのしていることこそが、自分達が作る世界の一端を表しているのだと気づくこともなかった。
これまで辛く長い道のりを歩いてきた主君が理解される世界を。
ビスマルクは心からそれを望み、そのために左目に赤い羽根を羽ばたかせた。
日本にあるブリタニア人居住区では、アッシュフォード生徒会のメンバーが募金箱を手にして募金を呼びかけていた。
「ブリタニアが行った人体実験の犠牲者となった方々への医療基金への募金をお願いします!
私達はかつて弱肉強食の国是のもと、多くの人達を踏みつけて暮らしてきました。ユーフェミア皇帝陛下のもとでそれを正していこうと立ち上がった合衆国ブリタニアはかつてのブリタニアとは違うとはいえ、それでも他人事と無視することは出来ません!」
ミレイの透き通った声にブリタニア人はもちろん、日本人ですら足を止めて募金箱にお金を入れていく。
と、そこへストロベリーブロンドの髪をした女性が黒髪の男性とともにやってくると、シャーリーが持っていた募金箱へ多めのお金を入れた。
「ありがとうございます!あ、また来て下さったんですね」
シャーリーがここ最近定期的に訪れるブリタニア人夫婦を見てにっこりと笑みを浮かべると、妻が大したことではないとだけ応じた。
「いつもありがとうございます!そうだ、今度アッシュフォード学園でチャリティバザーをやることになっているんです。
騎士団の人達も参加するので、警備も安全なようにしてくれるから安心です。よろしかったら来て下さい」
シャーリーが一枚のチラシを妻に配ると、彼女はそれをじっと見つめて受け取った。
このバザーの売上はすべて、ギアス嚮団の犠牲者となった者達の医療基金に寄付するという趣旨のそれに、妻はならば向かわねばなるまいと思った。
「ああ、仕事と時間が合えば向かわせて貰う。ちょうど服や生活用品を安く手に入れたいと思っていたところだ」
「そうですか、それはよかったです。他にもイベントを企画しているので、楽しんでくださいね」
「そうそう、ルルー・・・に男女逆転祭でオイランのカッコさせるって決まったもんなー。
写真取って売り出したらいい値段すると思うんだけど」
ついいつものくせでルルーシュと呼びそうになったリヴァルが何とかごまかして楽しそうに言うと、妻はその名前にぴくりと反応したが幸い誰も気づかなかった。
「男女逆転祭とは?」
「読んで字の如く、男が女の扮装を、女が男の扮装をして楽しむお祭りのことです。
訳あって休学中の友達がいるんすけど、あいつが女装するとすっごい似合うので無理に頼みこんでやって貰うことになったんですよ」
女装するだけならマリアンヌにうり二つになるから駄目だとうまく逃げようとしたルルーシュだが、和装で化粧をすれば大丈夫だと言いくるめられ、ナナリーを味方につけることに成功したミレイにより敗北した。
桐原や藤堂もたまには友人達と息抜きするのもいいだろうといらぬ善意のもと一日休日を与えてしまい、彼は仕事という逃げ場を失ったのである。
「こんな時だからこそ、こういう催しが大事だと思うってエトランジュ様もおっしゃって下さったんです。
日本人の皆さんの学校も協賛して下さるので、楽しみにしてくださいね」
「・・・ああ、必ず向かわせて頂こう。では失礼する。行こう、リッター」
「はい、フラーム」
夫婦が立ち去ると周囲にいたブリタニア人もチャリティーバザーの話を聞き、自分もチラシが欲しいと生徒会のメンバーに申し出てきた。
こうしてあっという間にチラシを配り終えたのでいつものように募金箱を黒の騎士団本部に預けに行き、ルルーシュと会った。
ゼロとして多忙を極めているルルーシュだが、たまに時間が空くとこうして自分達と会ってくれるのだ。
「大丈夫、ルル?ちゃんと寝てる?」
「ああ、それだけはみんな許してくれないからな。移動時間短縮のために家にこそ戻っていないが、睡眠だけはちゃんと取っている」
シャーリーの心配そうな声に、黒の騎士団本部にはゼロの部屋もあるから大丈夫と言うルルーシュに、アッシュフォード生徒会のメンバーは安心した。
「チャリティバザーの宣伝は順調だよ、ルル。まさか日本の人達がここまで協力してくれるとは思わなかったけど」
「この件はあくまでも旧ブリタニアのせいなのだからな。超合集国連合に加盟しているブリタニアを責めることはない。
アドリス様やエトランジュ様も顔を出して下さるそうだ」
「本当?それは嬉しいわ。でもエトランジュ様のお父様、動いても大丈夫なの?」
ミレイがニュースを見てとても三十代とは思えぬ容貌になっていたアドリスを思い浮かべて心配そうな声で尋ねると、ルルーシュは頷いた。
「医者からのOKは出ているし、付き添いの医者もいるから問題ないだろう。
さすがに長居は出来ないだろうが・・・」
今や時の人となった父娘が長くいるとバザーどころではなくなりそうなので、すぐに引き上げる予定だと告げると皆納得した。
エトランジュもアドリスが戻って来て落ち着いてきたのか、幼い子供のような行動からも徐々に脱却していっていた。
ずっと黒の騎士団本部やEU大使館にしかいなかったエトランジュだが、今回のチャリティーバザーも自分から見に行きたいと申し出て来たのである。
「他にも以前世話になっていた精神科医が日本占領以前に頻繁に参加していたというイベントも行ってみたいとおっしゃっているんだが、まだ再開されるかは不透明だから残念だとおっしゃっていた」
何でも夢を大勢の人間で共有する戦場だとか、ドMな横断歩道があるとか、狩りをしながら歩くことを禁止するとか、どれほど暑くとも多くの人間を収容するために前の人の耳に息がかかるくらい詰めるとか、良く解りませんが数々の逸話があるのですと楽しそうな声でエトランジュは語っていた。
「何万人もの人間が一日で集まるほど大きなイベントだったそうだが、一度でもエトランジュ様がご参加なさったら何故か俺の胃が悲鳴を上げる事態になりそうな気がするから、おやめ頂きたいんだがな・・・」
珍しく理論によらないカンを働かせたルルーシュの台詞にシャーリー達は首を傾げたが、ルルーシュはすぐに話題を変えた。
「それにしても、いつも募金活動を行っているのに毎回そこそこ集まるものだな」
「うん、いつもほとんど同じところでしてるんだけど、やっぱりみんな罪悪感みたいなのがあると思う。
同じ人が何度も募金してくれることも多いよ。今日もね、常連の夫婦の人が来てくれたんだ」
「そうねえシャーリー。あの言葉づかいから察するに、奥さんの方はきっと貴族の出だと思うから、なおさら罪悪感があるのかもしれないわね」
「ああ、それで旦那さんが奥さんの方をやたら気遣ってたのか。
合衆国ブリタニアに参加するために家を飛び出して、従者と一緒になったーとかなら、超王道だよな」
上流階級特有の発音に気づいていたミレイの台詞にリヴァルが応じると、ルルーシュは一瞬目を見開いたがやがて小さく笑みを浮かべた。
「そうか・・・そうだな、いい話だよ確かに」
「だよな~。でも正直、お前の人生を作品化する方がよっぽど意外性があってウケると思うけどな。あ、もちろんジョークだからな?」
「解っている、俺もそうだろうなと思うから、気にするな」
ルルーシュが親友の軽口に笑って応じると、シャーリーが言った。
「ハッピーエンドで終わらなきゃ、いい話とはいえないよルル。
あのご夫婦もそうだけど、ルルも幸せにならなくちゃ」
ルルーシュだけではなくて、ナナリーもロロもカレンもスザクもユーフェミアも。
そしてエトランジュもアドリスもアルフォンスもジークフリードさんも、大事な仲間はみんな幸せになって初めてハッピーエンドだ。
「そうだな、シャーリーの言うとおりだ。そのためにも平和を世界に実現させなくてはな。
バザーには俺達は表立って参加出来ないが、マオが出る予定なんだ。
あいつこの前にエトランジュ様から絵具を貰ったとかで、いくつか風景画を描いていたからそれを売るそうだ」
「そうなんだ。じゃあ私も時間を見て顔出そうっと」
マオに対するトラウマはほとんど消えたシャーリーがそう軽く言ったが、ルルーシュはマオがしたことがしたことなので念のため一緒にいくことにした。
「俺も顔を出すから、よかったら一緒に行かないか、シャーリー」
「え、いいの?!うん、行こうルル!」
「おお、ルルーシュ君も進歩しましたねー」
ルルーシュからの誘いに顔を真っ赤にして喜ぶシャーリーに、リヴァルは友人の成長ぶりにハンカチで涙を抑えるしぐさをする。
何の進歩だと首を傾げるルルーシュを部屋のドアから覗いていたC.Cはぽつりと呟いた。
「だからお前は坊やなんだ・・・まあ、確かに少しは進んだのかもな」
クスッと笑みを残して、魔女はピザを食べに行くかとその場を後にした。